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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1031話 五年の間に。

 五年という月日は静夏に約束した共に暮らすか否かの現状確認と、バルド達の救出に関する進捗報告の年である。

 この五年間も時折顔を合わせていたが、それでも報告は旅の内容のほうが多く、未来に関する事柄とバルドとオルバートについては軽く触れる程度だった。


(母さんも気になってるだろうし、今日はしっかりと話したいな……)


 そう考えを巡らせつつ伊織は手土産を買うためにラキノヴァに立ち寄り、店先を見て回りながらヨルシャミに問う。


「そういえば、ヨルシャミはそろそろシャリエトさんのところに顔を出す頃じゃなかったっけ? 報告は僕ひとりでも大丈夫だけど……」

「ふは、大丈夫だ。前回訪問した際に指示を多めに書き残しておいた。一日くらいなら問題ない。それに私もシズカらに会いたい故な」


 ヨルシャミはワールドホール閉塞作戦の直前にシャリエトと約束した『もう一度多重契約結界の要を作る』という約束を守るため、時折レプターラに赴いていた。

 送迎に関しては転移魔石を持つニルヴァーレが担っている。

 旅立ってすぐはなかなか叶わなかったが、ようやく旅にも慣れて落ち着いた頃にヨルシャミからレプターラへと足を運んで「そろそろ作ろうではないか」と持ち掛けたのだ。


 多重契約結界は魔獣や魔物相手を想定して使われてきたが、世界の穴が閉じられた後も設定を弄れば他の対象への結界に早変わりするため、決して無駄ではない。

 例えば人類に対して害獣となる野生動物を弾くことも可能だ。


 そして魔獣はまだ完全にはいなくなっていない。

 王都に多重契約結界を張るメリットは未だに大きかった。


 初めはヨルシャミひとりですべてを行なう予定だったが、シャリエト曰く「なんかボクだけ楽してるみたいでアレなので、材料確保と魔法の組み立ての一部は担いますよ」ということで宰相としての仕事の合間に協力していた。

 律儀なものだ。

 第二の故郷に置く多重契約結界の要にまったく関わらないのも怖いから、というのも理由だったが、気持ちとしては口にしたものが強いらしい。


 環境の変化や働くことが嫌いだというのに自ら飛び込んでくる性分こそがシャリエトの一番の敵なのではないだろうか、とヨルシャミは呟いていたが――伊織も同意見のため、否定することはなかった。

 ワーカーホリックは複雑なのである。


 そんなシャリエトを不在の間に放っておくと盛大に無理をしそうだったが、今もステラリカが傍で見守っているため命の危険はないだろう。倒れる可能性はあるが。

 伊織はそう考えながら「あ、このお菓子、母さんとミュゲイラさんが好きそう」と手を伸ばしかけてぴたりと固まった。


 聖女マッシヴ様どら焼き。


 ――という名前の付けられたどら焼きである。

 茶色くふかふかとした生地には曲げた二の腕の焼き印が入れられていた。

 それを覗き込んだヨルシャミが口元を引き攣らせる。


「ふ、ふむ、美味そうだがさすがに本人にやるのは……」

「これ、マッスルマウンテンのお土産とデザインが被ってないかな?」

「気になっていたのはそこなのか!?」


 マッスルマウンテンまんじゅうをはじめ、マッスルマウンテンの麓で大々的に売り出されている土産物にも似たマークが採用されていた。

 伊織も洗脳中にシァシァたちと共に出向き、土産物として購入したことがある。


 ただしこの世界には前世のような著作権システムがないのと、ラキノヴァとマッスルマウンテンの距離が離れていることから故意ではないこともあり、デザイン被りを気にする者はいないだろう。

 それに逞しい二の腕は静夏という人物を象徴するパーツのひとつである。

 あと、そもそもこういった商品は静夏に許可を取っていない。同じ穴の狢だ。


 伊織はどら焼きと睨めっこした後、それを手に取ってカウンターに向かった。


「よし、きっと喜ぶしこれにするよ!」

「う、ううむ、まぁお前がいいならなにも言うまい……」


 ヨルシャミは店の外で遠くを見つつ呟く。

 そうして購入した手土産を持ち、伊織たちはベタ村へと移動することにした。


     ***


 現在、静夏とミュゲイラはベタ村を拠点に活動している。

 村にはかつて静夏と伊織が暮らしていた家がそのまま残されており、ふたりはそこで生活しているそうだ。


 魔獣の討伐依頼や常人の力ではどうしようもないことが起こった際に出動して解決すること、それが現在のふたりの仕事である。

 ベレリヤ騎士団のようなものだ。

 移動は強靭な足で行なうことが多いが、遠く離れた場所の場合は同じくベタ村に拠点を置いたヘルベールの転移魔石の世話になっていた。


 移動の際に頼りにしたい、と静夏からヘルベールに頼み込んだのである。

 ヘルベールはフレフェイカが外へ出たいと願った際に安心して住める土地を探していた。ベタ村は――少々筋肉信仰に偏りすぎておりヘルベールとしては遠慮したかったようだが、他の土地を探すにしても、そして世界への罪滅ぼしをするにしても拠点は必要だ。

 その拠点として『聖女マッシヴ様のお膝元』という村は悪くはなかった。


 結果、ベタ村を拠点に定め、時折ナレーフカの様子を見に行ったり彼女のためにニーヴェオに新規能力を与えたりしていたわけである。

 なお、ベタ村の住民は事情を知った上で「マッシヴ様の紹介なら」「よく見れば彼も良き筋肉をしているし」という理由からヘルベールを受け入れていた。


 最近ではヘルベールにより品種改良された作物がぐんぐん育つため、個人としても好かれつつあるようだ。


「イオリ様! ヨルシャミ様! お久しぶりです!」


 ベタ村の出入り口に到着した際、伊織たちを出迎えたのはベラの母親であるベルだった。

 ベルは静夏が救世主としての役割りを終えた後もそのまま村に残り、今も村付きの魔導師として働いている。

 高位魔導師として他の地へ移るよりも、長年暮らしたこの土地に残ったほうがいいと考えて決めたそうだ。ヘルベールの転移魔石への魔力充填も彼女が担当していた。


 ベルは満面の笑みを浮かべて伊織たちを家へ案内する。


「そういえば母さんたちとはよく会ってたけど、ベタ村に入るのは久しぶり――」


 そこまで言ったところで伊織は言葉を継げなくなった。

 村の中央には静夏と伊織の像が立っている。

 それ自体は初見の際に一生分驚いたのだが――その像が大きくバージョンアップした上、伊織が現在の外見、要するに青年の姿に作り直されていた。


 もちろん笑顔のままサイドチェストのポーズをし、なぜか上半身をはだけた姿で。


「……本物より筋肉が盛られているな」

「色々考えた末にそこしかツッコめなかったのはわかるよ、ヨルシャミ……」

「あちらの像はイオリ様の現在のお姿をヘルベールさんの絵……写真でしたか? そちらで拝見して作り直したものです。ミュゲイラ様のものもありますよ!」


 伊織の新しい像のインパクトが大きかったが、見れば静夏の像の隣にミュゲイラの像も立っていた。

 じつにムキムキで神々しい。太陽の光を弾いてぴかりと輝いている。

 痛むほど眩しくはないが目を細めた伊織の肩をヨルシャミが叩いていると、ベルが吉報を報告するように言った。


「そして来年にはイオリ様のお隣にヨルシャミ様の像も完成する予定です! 楽しみにお待ちください!」

「……」

「……」


 伊織はちらりとヨルシャミの横顔を窺い見る。

 その表情が半開きの口に寄せられた眉根、複雑そうな目元で固定されているのを確認し――今度は伊織からヨルシャミの肩をぽんと叩いた。

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