第1027話 あなたを草原のハンモックで 【★】
ナレーフカの一言により、セラアニスに新たな肉体を作るという目標は目まぐるしい進展を見せた。
伊織が自分の夢路魔法の世界とセラアニスの新しい肉体を紐づけられるか否かで大きく左右される案だったが、それを四ヶ月ほどかけて成功させることができたのである。
ヨルシャミはニルヴァーレから着想を得た命綱魔法をそこへ組み込み、時間切れやなんらかの外的理由で肉体が壊れた際に安全にヨルシャミの夢路魔法の世界へ戻って来れるように調整した。
この命綱魔法はセラアニス専用に作られたものだ。
初めは機能の維持のためにはヨルシャミが傍から離れられないといったデメリットがあり、他者の魔法を植え付ける技術を持つセトラスに協力を仰ぐ案も出たが――ヨルシャミは「それではいざという時に奴がいなくては修復やかけ直しすらままならんではないか」と指摘し、自力でデメリットを消してみせた。
やはり天才は天才である。
その際に利用したのが『隣接する夢路魔法の世界は部分的に繋がることがある』という特性だ。
この特性はヨルシャミも伊織が夢路魔法を使いだしてから初めて気がついたものだという。
今まで傍に他の使い手がいなかったのだから気づかなくて当然だろう。
解析したヨルシャミ曰く「夢路魔法の世界もいくつかの階層に分かれて存在している。それはミルフィーユのように綺麗に並んだものではなく、例えるなら波のように不定形なものだ。この波の重なった部分だけ繋がるわけであるな」とのことだった。
――フジのいた空間と夢路魔法の世界の底が繋がったのと似た原理だ。
そう理解した伊織は自分の目標にもまた一歩近づけた気がした。
もっともフジのいた空間とは異なるため、夢路魔法の世界同士だと一度重なった部分は意図的に変形させない限りは基本的には繋がったままだ。
これを利用し、セラアニス用の小さな夢路魔法の世界と重なる部分を作ってパイプを通し、ヨルシャミの夢路魔法の世界から命綱魔法及びその維持に必要な魔力の供給を行なうことに成功したわけである。
ヨルシャミを起点として世界の反対側に行けばさすがに切れてしまう可能性があるが、それより短ければ多少の遅延はあるものの問題ないとヨルシャミは言った。
なんか最強の光回線みたいだな、というのが伊織の感想だ。
これも『命綱魔法と魔力を通す』という目的に特化したもので他に流用はできないからこその強度らしいが、それでも凄いよと褒めるとヨルシャミは至極素直に照れていた。
僕のお嫁さんかわいい、というのが伊織のふたつ目の感想である。
***
時間は流れ、ヨルシャミが試験を繰り返して更にひと月が経った頃。
伊織は西に位置するベレリヤの友好国のひとつ、ヴォルネリアに滞在していた。
ここはレプターラとも友好国であり、ミッケルバードのワールドホール閉塞作戦にも王自らが参戦した国だ。
季節は夏の終わりの少し手前といったところである。
草と花の香りが風に乗って吹き込む草原は近くに大きな街へと続く道が走っており、草原も一部が整備され野宿できるようになっていた。
旅人や行商人向けの簡易キャンプ場のような場所で、国の指示で作られたものだ。
真昼の現在は使用者がおらず、ここなら落ち着いて計画を実行できるのではないか、と伊織たちは少しの間ここを借りることにしたのである。
「気候も良く、万一失敗しても目立つことはない場所だ。――イオリ、落ち着いてやるのだぞ」
「うん、大丈夫。この日のためにコンディションも整えてきたしな」
伊織は腕まくりをし、出力魔法で目の前に木を二本、その木の間にハンモックを作り出した。
魔力へ更に細やかな指示を出すために持ち上げた右手は以前より成長し、閉塞作戦の頃はまだ少年らしさが残っていた姿は青年に変わっている。
身長もニルヴァーレには及ばないが、シャリエトやセルジェスとほとんど変わらなくなっていた。
それだけの時間を要してしまったことを感じながら、伊織はハンモックの上にセラアニスの肉体を作り出す。
胸の上で手を組み、ただ眠っているだけに見える少女。
目を閉じたその表情は穏やかで、同じ肉体だというのにヨルシャミとは明らかに異なる。
作り出した肉体をその場で微調整し、伊織は呼吸を整えてセラアニスの魂を入れるために夢路魔法を発動させた。
一瞬脱力した体をニルヴァーレが抱き留め、ほんの数秒で伊織は目を覚ます。
「……よし、無事に移動してもらえました」
「良い調子だ。イオリの夢路魔法の世界もきちんと維持されてるよ」
良かった、と笑みを覗かせた伊織はニルヴァーレに礼を言って立ち上がると、伸びた髪をひとつに結んで深呼吸した。
ここからが大勝負だ。
セラアニスの魂を入れた小さな夢路魔法の世界を出力した肉体に移す。
ただそれだけではセラアニスは夢路魔法の世界から出てこられないため、専用の補助魔法も作った。
この補助魔法はあくまで補助だ。
実際に肉体を動かせるようになるにはセラアニスにも訓練が必要であり、それはニルヴァーレが指導していた。
憑依に近い感覚だというが、その感覚は伊織やヨルシャミにはわからないため、指導役が務まる人物はニルヴァーレしかいなかったのである。
師匠と呼べるような人物がこの世にひとりしかいない中でもセラアニスは努力し、伊織たちがブラッシュアップしている間もひたすら真面目に取り組んでいた。
――ニルヴァーレ曰く、その時のセラアニスはむしろ嬉しそうだったという。
人任せにするだけでなく、自分も努力するべきことがあって良かった、と。
そんなセラアニスの努力を実らせたい。
伊織は己の夢路魔法の世界を体の内側に繋ぐべく、金色の目でセラアニスの肉体を見据えた。
「……イオリよ。なにがあっても私がサポートする。心配するな」
「あはは、ありがとうヨルシャミ。頼りにしてるよ」
でも失敗する気はない。
そう目で語り――伊織はセラアニスの魂が収まった夢路魔法の世界と、伊織の魔力で出力された肉体を結合させた。
伊織用の弁当を作るヨルシャミ(絵:縁代まと)
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