第101話 結婚指輪じゃないんです!
施設の破壊は一日がかりになるかと思われたが、途中からコツを掴んだらしい静夏により半日とかからず瓦礫の山と化した。
一体どんなコツを掴んだんだろう、と伊織は思ったが聞いたところで理解できる気がしなかったので心の奥にしまってある。
特に地下室があった場所はミュゲイラの証言を元に入念に潰し、もはやそこになにがあったかさえ欠片もわからない。
誰かが通りかかっても隕石の落下跡だと思うだろう。
怪しげな薬品類は念のため転移魔石で別の場所へ運び、後ほどヨルシャミの指導のもと処理する予定だ。
そして研究員たちを引き渡しに行ったサルサムとリータは「成功だ」という一報と共に戻ってきた。
「じゃあ証言を信じて全員引き受けてくれたのか?」
「ああ、それなりに偽の証拠も作っといたからな。あとは街の連中が決めてくれる」
どう考えても怪しい上に信じ難い理由を捏造したわけだが、それでもなお信じ込ませる手腕は凄まじい。
リータ曰く「あれ、首都のほうで役者をやっても通用しますよ多分……!」とのことだった。
***
――それから更に半日。
再び夜を迎えんと夕焼けに染まりつつある森の中、施設から離れた場所で野営することにした一行は焚き火の炎を囲んでいた。
サルサムとバルドも正式に合流し、ようやく全員揃って一息つくことができたわけだが、ヨルシャミは相変わらず眠っている。
今は焚き火の脇で荷物を枕代わりにしていた。
「あの嬢ちゃんとは後できちんと挨拶を交わすとして……改めて自己紹介しとくぜ。俺はバルド、宜しくな!」
「サルサムだ。色々騒がせてすまなかったな」
静夏たちもそれぞれ名乗りに返す形で自己紹介したのを眺めながら、伊織は少しほっとしていた。
名前を間接的に知っている者、直接知っている者と混ざっていたが、これでようやく全員が全員の名前を知った形になる。
残念ながらヨルシャミは例外になるが、それもすぐに解決するだろう。
「……あの、サルサムさん」
名前も顔も知った仲間。
ならば伊織としても話しておくことがある。
「あの時、転移魔石を持っていることを教えてくれたのは……僕らを信用してくれたからってことでいいんですよね?」
「まあ……そうなるな。ただ純粋にそれだけが理由ってわけじゃない」
「あー、コイツ多分子供に庇われたこと気にしてんだよ」
「第三者が扱うにはデリケートな問題だって思わないのかお前は……!」
どうやらバルドの言っていることは核心を突いていたらしく、サルサムは口角を下げてたしなめた。
「……まだイオリくらいの年齢の家族がいるんだ、だから余計にな」
「それでも嬉しいです。――その信用に僕らも信用で返したいんですけど、その、今から話すことは嘘じゃないって信じてもらえますか」
サルサムはきょとんとして伊織を見た。
そして伊織たち――聖女一行が伏せていることとは一体どういったものなのか、という点を考えてなにかに思い至ったのか頷く。
「旅してる理由か、それに近いものだろ? わかった、聞く」
「おうおう! 俺も聞くぜ、ずっと気になってたんだよ」
伊織は静夏と視線を交わし、大きく息を吸い込んでから今までの経緯を話し始めた。
異世界から転生したこと。
存在しないはずの神に救世を頼まれたこと。
ヨルシャミの助けを求める声に応えることで、ナレッジメカニクスという組織の存在を知ったこと。
そして自分たちの目的とナレッジメカニクスの目的が相反しているため、今回のように相手の拠点を見つけ次第潰すと決めたこと。
信頼すると決めた相手にこの話をするのは何度目だろう。
やはり核心に触れる部分になると伊織は自然と緊張してしまったが、ふたりがあまりにも真面目に耳を傾けてくれていたので、その緊張もいつの間にか溶けて消えてしまった。
なるほど、とバルドが静かに言う。
「――つまり、そのヨルシャミが女の子の姿をしてるのはナレッジメカニクスに脳移植されたからなんだな……!」
「まず最初に触れたのがそこ!?」
これもすげー気になってたんだよ! とバルドは言い訳のように言ったが、ほぼほぼ言い訳としては機能していなかった。
「ニルヴァーレはヨルシャミを男だって言ってたのに、どこからどう見てもエルフの美少女だしよー。まあ実力派の魔導師なら自分の趣味で可愛い女の子になる魔法くらい編み出してるのかもな~、なんてことまで考えてたんだぞ」
「それ起きてるヨルシャミの前で絶対言わないほうがいい……!」
バルドのとんでもない予想を聞いたヨルシャミが肩を怒らせて否定に否定を重ねている姿が頭の中に自然と浮かんだ。
そしてニルヴァーレの名前が出たことで伊織はハッとする。
話すべきことはもうひとつあった。
「そうだ、じつはふたりが転移魔石を持ってるってこと、夢路魔法の中でニルヴァーレさんに聞いて知ってました」
「知ってたのか!?」
「はい、だからその……黙っててすみません」
人が隠していたことを以前から知っていた。それを伊織は心苦しく思っていた。
ふたりが正式に仲間になったのなら尚更だ。
そんな様子にサルサムは呆れつつも首を横に振った。
「なんでお前が謝るんだ、気にしなくていい。――それにしても、あのニルヴァーレがそこまで喋るなんて……」
「やたらと気に入られてんだな」
サルサムの言葉を継いだバルドに伊織は頬を掻いて頷く。
なにかと破天荒なニルヴァーレに気に入られているというのは良いことばかりではないので喜んでいいのか迷うのだ。
しかし嫌な気分ではないのも事実である。
「なんか泥臭く戦ってる姿が美しかったそうです」
「き、気に入ったところがそこなのか」
「僕がヨルシャミと契約してるって聞いたらズルいって言って、ニルヴァーレさんも契約したがったくらいなんで気に入られてるのはたしかですね……」
「怖いなそれ」
サルサムとバルドは真顔になる。
彼らは伊織より長い間ニルヴァーレと接していたはずだ。
そんなふたりから見てニルヴァーレがどんな人物に感じられていたのかリアクションからよくわかった。
これが契約の証です、と指輪を見せるとふたりとも更に微妙な顔をする。
「ニルヴァーレに贈られた指輪、ってインパクトつえーもん持ってんな~」
「改めてそう言われると変な気分になるんですけど……」
そこでリータが「あれ?」と声を出した。
「その指輪って、もしかしてヨルシャミさんとお揃いですか?」
「あっ、うん、ニルヴァーレさんはヨルシャミとも契約したかったみたいで。結果的にこんな感じに……」
指輪を得てから静夏にも口止めしたものの、袖に隠すなり手袋をするなり上手く目立たないようにできていたので、これ幸いと黙っていたのだ。
危険な橋があるならまず渡らないに限る。
リータは「ふたりとも似合ってますよ!」と笑ったが、少し様子がおかしく見えた。もしかして指輪の位置に無頓着なのはヨルシャミとニルヴァーレだけだったのだろうか、と伊織は冷や汗を流す。
こんなことでからかってくる仲間ではない、とわかってはいる。
悲しきかな童貞故の妙な焦りと照れのようなものだ。
(考えてみればふたりは千年前の人間なわけだもんな……その間に風習が変わって今では日本と同じ意味で知られてるのかも……)
そう思わず指輪をした指を隠してしまったが、ミュゲイラやサルサムたちはこれといって気にしている様子はない。
リータもいつの間にか普段通りの様子に戻り、私もなにか装飾品を作ろうかなぁなどと呟いている。
安堵しかけた時、焚き火に枝をくべながらバルドが軽く笑って言った。
「なんか結婚指輪みてぇだな!」
「わああああ!! 予想外の人から言われたー!!」
再びリータはぎくしゃくした動きになり、静夏は顔を背けて小さく笑い、ミュゲイラは「なんだそれ?」と疑問符を浮かべ、サルサムはなんとなく察してバルドの口を塞いだものの後の祭り。
ヨルシャミ本人が寝ていることが唯一の救いだ。
そうさほど救いになっていないことに無理やり希望を見出しながら、伊織は「ヨルシャミにその風習のことは黙っておいて……」と懇願したのだった。





