第1024話 伊織とヨルシャミの結婚式・前編 【★】
結婚式は挙式から始まる。
挙式の会場には色とりどりの花が飾られ、とりわけ目立つピンク色の花はアイズザーラとミリエルダがベレリヤの南部から取り寄せたものだった。
静夏から聞いた前世の故郷の花、桜に似たものを探したのだという。
形や大きさは桜というよりも桜色の木蓮といった様子だ。
しかしその美しさと、そこに祖父母の愛情が詰まっていることは揺るぎのない事実である。
音楽団による荘厳な音楽と共に新郎――伊織が入場し、参列者が拍手で迎えた。
高らかな口笛が響き、フランクな印象に伊織は緊張が解れるのを感じて微笑む。
会場の全体的な雰囲気は前世の結婚式にそっくりだが、こういった細々とした部分の違いはやはり異世界なのだなと実感させた。
そんな異世界も今や第二の故郷だ。
主祭壇の向こう側に立つ神父はキルダが選び抜いた人物で、立派なひげをたくわえたおじいさんだった。
転生者からすると神父よりもサンタクロースに見える風体だが、穏やかな表情は見ているだけでとても心穏やかになる。
神父――この場合、神父や牧師はベレリヤでは『なんらかの神に仕える者の総称』のため、宗派関係なくごちゃ混ぜで呼ばれることが多い。
転生者には翻訳の加減でそう聞こえるだけで本来はひとつの単語である可能性はあるが、伊織は細かく掘り下げたことはなかった。
こちらへ微笑みかける神父に伊織が笑みを返したところで新婦、ヨルシャミがウェディングドレス姿で入場する。
ヨルシャミは緑髪をポニーテールにし、その根元に桜色の花や葉を模した飾りを挿していた。
ドレスは肩の出たデザインだが、スカート部分がウエストまでふんわりと大きく持ち上げられたデザインであることも相俟って露出が多くは見えない。
ヨルシャミと共に入場した静夏は彼の頭にベールを被せ、嬉しそうに笑みを浮かべるとそのまま共にバージンロードを歩き始めた。
――前世の故郷ならこれは父親の役目であり、そして今世でも本来なら父親や親しい友人が受け持つことが多いそうだ。
だがヨルシャミは「父母という分類関係なく、シズカは私の親だ」と言いきった。
その上で静夏にこの役目を頼んだのである。
ヨルシャミが伊織の隣に辿り着くと音楽に美しい歌声が混ざり始めた。
歌が終わればいよいよ誓約だ。
背後には今まで出会ってきた沢山の人々が伊織とヨルシャミを見守っている。
ネロは前日に伊織を祝うついでに冗談めかして「本当に羨ましくて式で睨んでたらごめんな」と言っていたが、今はネコウモリを肩に乗せて笑みを浮かべていた。
ネロの隣には正装したナスカテスラとステラリカが座り、すっかり回復したシャリエトは――場の雰囲気に呑まれたのか冷や汗をかいて緊張している。
それに気づいたステラリカが背中を軽く叩いて小さく笑っていた。
セトラスとヘルベールが希望したのは最後尾の目立たない席だ。
しかし「今日くらいは後ろめたさなんて感じずにいてほしい」と伊織に懇願されたことで最前列に並んでいた。
そんな中でシァシァは初めから遠慮容赦なく最前列に座るという豪胆さを見せていたが、今は細い目を片方だけ開けて隣を見ている。水色の髪を下のほうで結い、しっかりとスーツを着込んだセトラスがドン引きするほど号泣しているのである。
「知らない……こんなの知りませんよ……なんですかこの感情は……」
「セトラスが初めて感情を知ったモンスターみたいになってる……」
邪魔をしないように声は潜めているが気になって仕方ない。
そんなセトラスの向こう側から、こちらも元気は良いものの声を潜めたパトレアがハンカチを差し出しながら訊ねた。
「博士! 博士! 私とバイク様の結婚式の時も泣いてくれるでありますか?」
「それは絵面的に真顔でいられる自信があります」
「そんなぁー!」
「バイクとの結婚そのものは反対しないんだネ……」
そんなシァシァのツッコミにハッとしたパトレアはニコニコしながら馬の耳を左右に開くように緩く寝かせる。
ミュゲイラは席についた静夏の隣に座れてほくほくとしていたが、サルサムの様子を横目でチラチラと見ては「あれホントにいけんのかな?」と心配していた。
サルサムはバルドのよく使っていたナイフを持参していたのである。
ミッケルバードにはナレッジメカニクスのよく切れるナイフを持っていったため、愛用品であったナイフの何本かはレプターラに置きっぱなしだった。その一本だ。
ミュゲイラの視線に気づいたサルサムが肩を竦める。
「べつに死んだ奴扱いしてるわけじゃない。ただまあ、二回目に参加できても「初回も出たかった!」って変な落ち込み方したら面倒だから予防線を張っただけだ」
「代わりにコイツを参加させたぞって言って聞かせるわけか……」
「ふふ、サルサムさんってなんだか女房役みたいですよね」
「それをリータが言っちゃいけない気がするぞ!」
声量を押さえつつもミュゲイラはそうツッコまざるをえなかった。
一方、ナレーフカはヨルシャミのウェディングドレス姿を見つめて静かに目を細めている。その視線には仄かな感情が籠められていた。
「……どうした、ナレーフカ?」
娘の様子に気がついたヘルベールが首を傾げる。
そして。
「なんでもないの。ただ、いつか私も着てみたいなと思って」
――というナレーフカの言葉に、今世紀最大の衝撃を受けた父親の表情を披露することとなったのだった。
会場には他にもリーヴァが今日ばかりはメイド服ではなく赤いドレスで背筋を伸ばして座り、セルジェスは穏やかな表情で伊織とヨルシャミを見守り、イリアスは腕組みをしてふたりに視線を送っていた。
普段は無表情なリアーチェも小さく笑みを浮かべ、メルキアトラとシエルギータ、そしてメルキアトラの妻リリアティエと娘のアトリも同席している。
ランイヴァルは良い席を用意されたことに恐縮しながらもふたりを祝福していた。
ペルシュシュカは自身も手伝ったドレスとスーツの出来に満足した様子を表情に出し、隣のミドラに「最高の出来でしょ、イオリにもスカートを穿かせられなかったのがちょっぴり残念だわ」と冗談を言う。――まだ一応冗談である。
それを耳にしたリオニャがくすくすと笑った。
「イオリさんなら似合いそうですね~。ベンジャミルタさんも如何ですか?」
「リ、リオニャさん、俺にはわかるよ。それわりと本気で言ってるやつだね?」
「あら、必要ならいつでも用意するわよ。五着くらい」
ベンジャミルタはやる気を出したペルシュシュカに「俺はいいからメルカッツェにどうぞ」と手の平を向ける。
突然矛先を向けられたメルカッツェは目をまん丸にし、メリーシャが未だかつてないほど素早い動きでそちらを見た。
そんな様子をシャウキーが苦笑しつつも見ている。
モスターシェはセトラスばりにだくだくと涙を流し、これを伊織が見ていたなら「なんか母さんに似てきてない!?」と叫んだであろう様子だった。
その涙をミカテラとベラがふたりがかりで拭いている。
会場に招かれたベタ村の面子は村長をはじめとした全員が無言で祝福のマッスルポーズを数種類披露していた。
各宗教や文化による祝福は事前にキルダに申請し、擦り合わせて問題のないものには許可が出ている。
つまりこの筋肉信仰による祝福もOKなわけだが、この席だけ異様な雰囲気を醸し出しているのは致し方ないことだ。
沢山の人がいる。
本当に沢山の人がいる。
それを背中に感じながら、伊織がもうひとつの故郷で家族となるヨルシャミの横顔を見ようと視線をやると、ヨルシャミも伊織を見ようとしていたのか視線が交差して笑い合った。
歌が終わり、背後の扉が開く。
そうして姿を表したのは、リングボーイとして装飾された箱を持った『ニル』姿のニルヴァーレだった。
ウェディングドレス姿のヨルシャミ(絵:縁代まと)
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