第1021話 子守りもといウサウミウシ守り 【★】
それからはまさにトントン拍子だった。
さすが凄腕のウェディングプランナーである。
キルダは伊織とヨルシャミの希望を上手く汲み取った上で各項目の準備を最適化し、日を重ねるごとに必要な条件を満たしていった。
その間にもキルダに呼ばれた多種多様な職人たちが出入りし、会場に必要なものが揃えられていく。
ブーケは専門の職人に。
ウェディングケーキもラキノヴァ指折りの職人が呼ばれ、信頼できる神父もキルダが手配した。
また、当日は音楽と芸術の国とされる友好国ハラサルミスから最高位の音楽団が派遣されるという。これはアイズザーラたちのツテも利用したものだが、キルダの名前を出した時点で二つ返事でOKだったらしい。
大きな楽器は転移魔石で運ぶ予定だったが、これは少しだけひと悶着あった。
音楽団が転移の影響で楽器の調律が狂うこと危惧したのである。
たしかに転移魔石は転移魔法と異なり、人によっては盛大に酔う。パトレアほど弱い者は稀だが、その影響が繊細な楽器に出ないとも限らなかった。
しかしハルサルミスからベレリヤのラキノヴァまで海路から陸路を経て向かうのも時間以外のリスクがある。潮風や気候の違いによる楽器への影響だ。
それを考えれば転移魔石のほうがいいのではないか。
もし狂ってしまっても、移動時間のロスが抑えられて出来た余剰時間で調律し直せばいい。
そうハルサルミス側で結論が出たため、当日の半月前にラキノヴァへ呼び寄せて待機してもらうことと相成った。
――楽器の心配をするのはプロであることの他に、結婚式をより良いものにしようという気持ちからだ。
それを強く感じながら伊織は感謝する。
式当日の新郎新婦の服はお色直しの前も後もリータが担当することになった。
本人からの申し出である。
ペルシュシュカも手伝うそうだが、ヨルシャミ曰く「さすがに結婚式で女装はさせんだろう、……さすがに」とのことだった。
伊織としては若干不安だが、どう転んでも衣装が素晴らしい出来になることは確実だろう。
「ウサウミウシはどうする? ポチも合わせると二匹の動向をチェックする者が必要になるが」
採寸が終わり、部屋に戻ってきたヨルシャミがそう伊織に問う。
現在、ウサウミウシと青いウサウミウシのポチも王宮で寝起きしていた。
ポチに関しては伊織がテイムしているわけではないため、ステラリカが「私が面倒見ますよ。保護したきっかけを作ったのも自分ですし」と申し出たが、彼女はシャリエトのリハビリに打ち込んでいたため、邪魔するわけにはいかないと伊織が二匹ともベレリヤに連れてきたのだ。
食欲旺盛なウサウミウシたちだが、腹さえ満たされていればあとはぷうぷうと寝ているくらいで害はない。
ただし肝心の腹が減るタイミングがなかなか掴みにくいため、いつの間にか空腹を感じて食糧庫へ高速移動していることがあった。なにせ表情の変化に乏しく、かといって見た目に変化があるわけでもないのだ。
また、完全に満腹でもない限りは美味しそうな料理がずらりと並んでいれば我を失う可能性もある。
今もなお健在な、不定形の暴れ馬だった。
「外でのパーティー……披露宴ではテーブルに色んな料理が並べられるんだっけ」
「うむ。キルダが手配してくれた腕利きのシェフによるパーティー料理がな」
「……なんか嫌な予感がする」
「だろう……」
そんなこんなでウサウミウシは永続召喚であること、召喚主がすでにこの世にいないことから送還できないため、二匹とも参加させることになっているが問題は山積みである。
採寸で肩が凝ったのか、トントンと首の付け根を叩きながらヨルシャミが言った。
「各地での様子を見るに近くで世話役がいれば食い荒らすようなことはしないだろうが、パーティー中は挨拶回りもある。故に私とイオリがそれを担当するというわけにはいかんということだ」
「でも参列者に見てもらうのもなんか悪いなぁ……」
「リーヴァはどうなのだ? 召喚獣だが呼ぶのだろう?」
一度本人に相談したところ、リーヴァも父と母の新たな門出に立ち会いたいと参加を希望したのである。
なお、リーヴァもウサウミウシも出るのだからと念のためサメにも訊ねてみたが、結婚式という概念がよくわかっていないのか「?」という顔をしていた。
「リーヴァも参列者だし、戦でも影の功労者だったからなぁ……子守り、ウサウミウシ守り? に気を取られずに参加してほしいんだ」
頼めば快諾してくれるだろう。リーヴァにとってはウサウミウシも同僚のようなものなので「仕方のない同僚ですね」という表情はするかもしれないが。
しかし、伊織はリーヴァにも落ち着いて参加してほしかった。
結婚式は自分たちのためのものだが、参加者にも可能な限り楽しんでほしいのだ。
ヨルシャミは「ふむ」と顎をさする。
「ならば留守番させる手もあるが……功労者といえばウサウミウシたちもそうだ、祝いの場に呼ばぬのは扱いが悪すぎるか」
ミッケルバードでウサウミウシたちは美味しいもののために頑張った。
しかも合体までした。
戦闘が終わり、いつの間にか合体が解けていたウサウミウシたちは大半がミッケルバードに残っている。
しかし豊かな自然は世界の穴により失われたため、現在は『ウサウミウシたちを今後どうするか』が決まるまで連合が平等に負担する形でご飯を用意していた。
それが大変美味なのか、全匹表情は変わらないが満足げだそうだ。
彼らも話が決まり次第どこかへ引き取られるか、ミッケルバードのような環境の土地を用意されることだろう。
伊織のウサウミウシとポチも「頑張ったな」と様々な料理をレプターラとベレリヤで振る舞われた。
しかし伊織のウサウミウシが呼びかけ、主体となって合体したため、この子にはもう少しご褒美をあげたいなと伊織は考えている。
そんな相手をパーティーに呼ばないというのはあまりにもあんまりだ。
「……あ、それなら」
「む?」
「もういっそ、二匹用に食べきれないくらいデカいケーキを用意しよう!」
伊織が両腕を目一杯使って大きさを表現する。
それを見たヨルシャミは噴き出すようにして笑った。
「我々のウェディングケーキより大きそうだな?」
「あ、たしかに……」
「いや、しかしそのほうが対ウサウミウシケーキになる。ウサウミウシが一心不乱に集中して食べたくなるようなケーキを作ろうではないか」
これもあとでキルダに相談しよう。
そう笑いながらベッドに座ったヨルシャミの膝元に、話を欠片も理解していないウサウミウシがぴょんと乗って耳を揺らした。
ウサウミウシ(絵:縁代まと)
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