第1019話 ウェディングプランナー、キルダ
その日のお茶会はミリエルダの庭園で行なわれており、ドレスに合う薄茶のコートを着たミリエルダが男性と向き合って座っていた。
そう、気温はコートを着るほど寒いが――この庭園は風が吹き込みにくい作りになっており凍えるほどではない。
適度に冷えた空気の中で温かいお茶を飲むのがミリエルダは好きなようだった。
やってきた伊織たちに気づいたミリエルダは笑顔で手招きをし、向かいに座った人物を紹介する。
「キルダよ。二十年ほど前にラキノヴァに来た際に知り合った友人なの」
「ご紹介に与ったキルダだ。もう話は聞いてるかもしれないが、各地を渡り歩きながらウェディングプランナーをやってる」
そう伊織たちのほうを向いたキルダは真っ白な狼の頭を持ち、赤い目を伊織たちに向けながら牙を覗かせて笑った。
コートの襟に付いたふわふわのファーも相俟って獅子にも見える。
コーストウルフか、とヨルシャミが目を瞠った。
レプターラにもリョムリコという名の黒いコーストウルフ――狼の頭を持つ獣人がいたが、そう多い種族ではない。
獣人種の少ないベレリヤでは輪をかけて見かけない種族だった。
聞けばキルダは成人直前に他国の職業であるウェディングプランナーに憧れを抱いたが、故郷では職業として認められるものではなかったそうで、コーストウルフの里を出て各地を旅するようになったという。
そして比較的異種族に対して大らかであり、腕さえ良ければ珍しい職業でも受け入れられるベレリヤに根を下ろしたらしい。
「コーストウルフ全体がそうってわけじゃないが、うちの故郷は頭が固ぇ奴らばっかりだったんだよ。……で、独学で数十年試行錯誤して各地にパイプを作った。つらい時代だったが楽しかったな」
「ラキノヴァにもその一環で来たそうよ。あとお仕事もあったんだったかしら?」
「そうそう、貴族の結婚式でな。その貴族以上の大物と出会うことになったわけだが、それが今じゃルダルダコンビだ!」
ミリエルダのルダとキルダのルダだ。
名前を引き合いに出しつつ、からからと笑いながらキルダは伊織たちを見た。
「ミリエルダの孫のイオリ……そしてヨルシャミだったか。ふたりの話と、そして結婚の話を聞いたんだ。まだ詳細が決まってないなら俺に任せてみないか?」
「あ……あの、でも僕は今とても微妙な立場なんです。もしかするとキルダさんの評判を落としちゃうことになるかもしれなくて、ええと」
キルダは伊織の言葉にチッチッと指を振ると、自信満々な表情を浮かべる。
どことなくニルヴァーレを彷彿とさせるのは自己肯定感と自負が上手くバランスを保っているからだろうか。
そう伊織が思っているとキルダが口を開いた。
「大体は聞いてる。その上での提案だ。イオリの懸念するようなことになっても、それくらいで俺の評判は落ちやしない」
「……!」
「ミリエルダの孫だから、ってのもあるが――お前たちは救世主だ」
キルダはお茶を一口啜り、手元を見つめる。
「……俺の故郷は魔獣の被害が多いところだったが、それも今後は良くなってくと思う。イオリたちが世界を救ったっていうのは規模がデカくてピンと来ないが、故郷の未来を救ってくれたことはわかるんだ」
飛び出したとはいえ故郷は故郷だからな、とキルダは笑った。
だからこそ伊織とヨルシャミの結婚式を任せてほしい。そう重ねて言い、キルダは伊織たちに手を差し出した。
それを見つめた伊織は深く頷いて両手で握手する。
「――キルダさん、そこまで考えてくれてありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいますね」
「はははっ、そんな畏まるなって! 婆ちゃんの友人だと思って気楽に接してくれ」
「キルダよ、相談すべき事柄も多いかもしれぬが、我々の新たな門出を宜しく頼む」
伊織に次いでヨルシャミも固く握手を交わし、キルダは「任せておけ!」と頼もしい返事を返した。
「そんじゃあまずは全体的なイメージと規模について相談したいな、あとは衣装の希望だろ、お色直しも必要かどうか話し合いたいし……いや、まずはどこ式の結婚式にしたいか決めるべきか」
「あらあら、込み入った話は後で部屋に戻ってからにしましょう?」
仕事モードに入りかけたキルダに笑いかけ、ミリエルダは侍女にイスを二脚持ってこさせる。
そのイスを伊織とヨルシャミに勧め「多めに焼いてよかったわ、あなたたちもどうぞ」とテーブル上のクッキーを手の平で示した。伊織はハッとする。
――ミリエルダの味覚は随分と個性的である。
伊織とイリアス、そして恐らく他の兄弟たちは身を以て、もとい舌を以て知っているがヨルシャミは話にしか聞いたことがないはずだ。
(いや、でもキルダさんも涼しい顔して食べたり飲んだりしてるし……)
聞けばミリエルダはあれから手作りクッキーにはまっており、趣味の一環としてよく作っているのだという。もしかするとその過程でごく普通の味をしたクッキーも作れるようになったのかも、と伊織は思い至る。
静夏も料理の腕が上達したのだ。
静夏の今世での母であるミリエルダも同じかもしれない。
やっぱりみんな前進してるんだなぁ、と感慨深く思いながら伊織はヨルシャミと並んで腰を下ろした。
そして「それじゃあ頂きます!」と丸いクッキーをふたり同時に齧る。
それはエビフライの味がするクッキーだった。
ぎょっとして手を伸ばしたお茶――だと思っていたものは、塩と魚介出汁のスープだった。
「……」
「……」
「温まるでしょう? 少し胡椒も入れてみたの、あとティーカップの色もそれに合うものにしてみたのよ」
完全なる善意である。
伊織は混乱する脳を宥めて「あ、ありがとう」と頷き、ヨルシャミは目を丸くしたまま固まっていた。頭の回転が早いぶん混乱も大きかったのかもしれない。
そんなふたりの隣でキルダは悠々とお茶、もといスープをもう一口啜っていた。
伊達に長いことミリエルダの友人はしていない。
そんな貫禄のある姿だった。





