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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1016話 その人たちのことを

「……これが各地の調査員が調べてくれた反応か」


 ベレリヤの王宮内、伊織の自室にて。

 数年前に訪れた際にあてがわれた部屋と同じ場所である。

 その室内のテーブルに並べられた沢山の資料を見下ろし、静夏が緊張した面持ちで呟いた。その表情は伊織本人よりも固く、苦笑したヨルシャミが背中を軽く叩く。


「どちらに転んでも対策は考えてある。そう固くなるな」

「そうだよ母さん、それに僕も心の準備をする時間は貰えたし」


 ひとつずつ確認していこう、と伊織は書類を手に取った。


 その隣から腕を伸ばしたのはシァシァである。

 ナレッジメカニクスも大きく関わっているため、自室にはシァシァの他にセトラス、ヘルベール、ナレーフカ、パトレアも同席していた。

 リータたちも気にかけてくれていたが、彼女たちは現在魔獣の残党狩りに参加しており留守にしている。


 シァシァは摘まんだ書類を見ながら言った。


「この量をひとりで確認するのは大変でしょ、日が暮れるどころか日を跨ぐヨ。ワタシたちも棒立ちで待ってるだけでなく目を通したいな」

「でもパパ、ナレッジメカニクスについても公表したから相当反発があると思うんだけど……その……」

「アハハ! 人から恨まれるのは慣れてる。それに今は恨まれるべきだ」


 これからの伊織のためにも、と言外に含めながらシァシァは言った。


 心からの反省をするには麻痺しすぎたが、伊織のためになるなら彼以外にも恨まれる対象は多いに越したことはない。

 それに民衆も空に向かって恨み言を言うより、はっきりとした対象がいるほうが留飲を下げやすいだろう。そうシァシァは思う。


 伊織は心配げな顔をしていたが、続けてセトラスたちも書類に手を伸ばしたのを見て止めることはやめたようだった。


「イオリよ、確認はゆっくりでいい。慌てず気負いすぎずにゆくぞ」

「ありがとう、ヨルシャミ。……よし」


 どんな意見でも受け止めよう。

 この世界でこれからも生きていくために。


 そう心の中で自分を鼓舞し、伊織は少しずつ各国の反応に目を通していった。



 ――諜報活動と取られかねないため、一部の国ではだいぶ手を緩めた調査になったそうだが、伊織が知りたい情報は多く含まれていた。

 本来ならここまでアフターケアをせずともいいアイズザーラたちが労力を割いてくれたことに感謝しながら目を通していく。


 伊織に対する感情は概ね好反応であり、理解を示す人の割合が多かった。


 これは伊織の境遇と、その後に成したこと――世界の穴を完全に閉じ、新たな魔獣が生まれなくなったことがあまりにも大きな偉業だったからこそである。

 もちろん世界の穴がよりにもよって自国の傍で根差すきっかけを作ったなど言語道断という意見もあったが、その償いは世界の穴を閉じるという行為で完了したのではないか。そんな言葉もあった。


 世界の穴に対してなにも出来なかった自分たちが責めることはできない。

 救世主は子供だったが、子供に救世主という役割りを押しつけたのは我々だ。


 そんな意見の中、被害を受けた者の中にも「世界の穴を閉じてくれたのなら、そしてもうこれから失うことがないのならいい」という――本人が口にするには様々な葛藤があったであろう言葉を見つけ、伊織は口を引き結んで瞼を閉じる。


 心の中で謝罪と感謝を述べる伊織の肩にヨルシャミが無言で手を置いた。


 反対にナレッジメカニクスに関しては厳しい意見が多く、その技術力を見込んだ上で『これからの挽回の機会を与えよう』という反応もあったが、処刑すると意気込む国もある。

 当たり前ですよね、とセトラスが小さく呟いた。

 それは自虐ではなく納得からの言葉である。


 それどころか、セトラスは伊織を許してナレッジメカニクスに怒りを向ける世間の反応に安堵さえしていた。

 セトラスは長い時間を生きる中で様々な人間を見てきたが、その大半は宜しくない面を多々と持つ人間だった。善人など存在しないのではないかと思ったことも多い。

 それは自分も汚れた人間だったからだろう。

 しかし、世の中はそんな腐った考えの者ばかりではないと目の当たりにしたような気分だった。


 そして――ナレッジメカニクスへの反応にも、伊織への反応にも言えることはただひとつ。

 今後この評価がどうなるか、それはこれからの彼ら次第ということだ。


 そうしてすべての報告を読み終わった伊織は書類をトントンと纏め、丁寧にテーブルの上へと置いてから短く息を吐き出した。

 安堵はしたが、消耗もした。

 疲れの滲んだ目で伊織は両手を見つめる。


「――決めた。僕、修行をしながらそれぞれの国を自分の目でも見てくるよ」

「これだけある国をすべて渡り歩くつもりか?」


 何年かかるかわからないぞ、とヨルシャミは言う。


 だが伊織は自分を許してくれた者、受け入れてくれた者、今も許せない者を直接自分の目で見るべきだと考えていた。

 報告を読み、その間ずっと心の中に湧き続けていた想いだ。

 伊織を認識することで心乱される者も多いであろうことを考慮し、救世主として名乗り歩くつもりはないが、大切な行動だと感じている。


 柔らかな反応だったから嬉しいなどとは思わない。

 むしろそんな反応をしてくれた、その人たちのことをしっかりと見たい。


 そう伊織は口にした。


「その、ヨルシャミには付いてきてもらうことになるけど……」

「っははは! 良いとも、まぁとんでもない新婚旅行のようになってしまうが、思い詰めやすいお前にだけ行かせるのは心配故な」


 笑みを浮かべたヨルシャミは何度か頷いてみせてから快諾する。

 初めから断る選択肢などないと言っているかのようだった。


 そこへナレーフカがおずおずと手を上げる。


「お邪魔でなければ途中から私も同行させてもらってもいいかしら」


 途中から、という部分を強調した言葉なのはヨルシャミの『新婚旅行』という単語に配慮したからだろう。

 ナレーフカは眩しいものを見るように目を細める。


「外の世界をもっと沢山見てみたいの。それに――イオリ君が見せてくれるって約束した場所を訪れるのにも良い機会でしょう?」

「……! そうだね、ナレーフカさえ良ければ是非!」

「私も賛成だ、お前にとって学びのある経験になれば嬉しい」

「ありがとう、……私も色んな場所で人々を見て、誰がどういうことに困っているか調べるわ。それを元にお父さんと一緒に解決策を見つけようと思う」


 これが罪滅ぼしの一環になるかはわからないけれど、と小さく言いながらナレーフカはヘルベールを見上げた。


「お父さん、イオリさんたちに同行している間は別行動にしましょう」

「!? だがナレーフカ、お前をひとりだけで行かせるなど……」

「ひとりじゃないわよ」


 頼もしいふたりがいる。

 そう瞳で示す娘にヘルベールはなにも言えなくなったのか、しばらく唸るほど葛藤した後に「……ならば俺も別ルートから情報を集める。期間を決めて最後には合流しよう」と折れた。


「……フレフェイカのことは任せておけ」

「うん、お母さんに聞かせる外の世界の話も沢山集めておくわ」

「ああ……そうすれば、いつか彼女も外へ足を踏み出せるかもしれないな」


 同じ目に遭い、同じ恐怖心を外の世界へ感じている娘からの報告なら、フレフェイカの心を動かすに値する力があるかもしれない。

 そう感じながらヘルベールは仄かに口角を上げた。


 そこへセトラスとシァシァの声が重なる。


「私も別途各地を行脚して情報を集めま……」

「ワタシも前に言った材料集めをしながら各地を見てみ……」

「……」

「……同時に言うとかなんか一緒に行くみたいでヤダなァ」

「それは私のセリフなんですが」


 パトレアの「仲良しでありますね!」という言葉にセトラスは盛大な咳払いをしながら「同行はしませんが」と言い重ねながら口を開いた。


「情けないですが、まず何なにどう償うのが一番効果的かわからないので、そのためにも情報を集めます」

「効果的などと言ってしまうのがナレッジメカニクスらしいな……」


 だが前向きな心であることは確かか、とヨルシャミは苦笑する。


 様々な問題は山積みだが、その問題は目標でもあり、課題でもある。

 はっきりと見えていて損はない。


 そう実感しながら伊織はこれからのことを考えた。

 バルドとオルバートを取り戻す。

 未来を良いものにするために全世界で団結する。

 そして世界の神、フジに『苦しまない死に方』を見つけて手渡す。


 その間、ずっと隣には家族がいるだろうという確信と共に。

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