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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第四章

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第100話 好きな者同士 【★】

「ふむ? その声は……」

「サルサムだ。すまないな、なかなか直接話せなくて」


 ああ、と得心がいったようにヨルシャミは頷いた。


「研究員たちの対処を任せるのはいいが、どうするつもりだ? 言っておくが殺すのは無しだ、シズカらも望まぬこと故な」

「集団で襲われたが雷に打たれて全員意識が混濁、一部は記憶も失ってしまった……っと言って近場の街に突き出す」


 サルサムの話を聞いていた伊織もさすがに首を傾げる。


「し、信じてもらえますかね? それにこれだけの人数を運ぶのは大変じゃ……」

「イオリ。俺は冴えない人生を送ってきたが、こういうのは得意なんだよ」


 サルサムが今まで見たこともないような悪役じみた笑みを見せたので、伊織は思わず半歩引いてしまった。

 以前話をした際、サルサムは鏡を売る駆け引きにも自信があるようだった。もしかするとそういったやり取りに長けているのかもしれない。

 そう思っているとサルサムはバルドを見遣って言った。


「イオリには貸しもできたしな……手の内を見せようと思う」

「あー、いいんじゃねぇの。俺は特に困らねぇしな」

「少しは困れよ……!」


 言いながらサルサムは自分の荷物の中から石を――魔石を取り出す。

 手の平サイズの魔石で、光を反射する様子は綺麗だったが淡いグレーをしているせいか無機質に見える。

 伊織は魔石に関して詳しくはないが、街で見かけた加工品や洞窟にあった天然ものとはどこか異なる雰囲気を感じた。


(あれって、もしかしてニルヴァーレさんの言ってた人工の転移魔石?)


 伊織はそうピンときたが、サルサムたちはそれを所有していることを隠していた。

 そして今それを明かそうとしている。

 だからこそ伊織は敢えて黙り、サルサムが自分の口で言うのを待った。


「……ナレッジメカニクスが作った人工転移魔石だ。これだけの人数を飛ばすには少し魔力を充填してもらう必要があるが、これで街まで連れていけるなら安いものだと思わないか」

「魔力充填式か! やれやれ……充填はコツがいるからリータらには任せられんな。わかった、大仕事の前だが私がやってやろう」


 サルサムはヨルシャミに近寄り、今まで肌身離さず持っていた魔石を手渡す。

 手の平と指で魔石の形を確かめながらヨルシャミは問う。


「目的地の書き換えは?」

「俺がやる。ニルヴァーレに丸投げされてたからな、それくらいならできる」

「ほう、器用な奴だ。では設定は任せよう、人工の魔石は持っているだけで全身に違和感が駆け巡って集中できん」


 僅かに脂汗を滲ませつつ魔石に魔力を籠めたヨルシャミはそれをサルサムに返す。

 するとサルサムが驚きの声を上げた。


「こんなに……!?」

「大人数なら必要だ。それに――お前たちが帰ってくるのにも必要であろう?」

「……話に聞いていたよりだいぶ優しいな」


 北の施設に囚われている古の魔導師。

 その話を初めて聞いた時、サルサムはどんな凶悪な魔導師なんだと様々な人物像を想像した。しかし目の前にいるのは少しばかり変わり者だが仲間に対する思いやりのある魔導師だ。

 サルサムは緊張を解いて笑うと、手の平に戻ってきた魔石を握り込む。


「なぜお前たちがその魔石を持っている!?」


 その時、研究員のひとりが目を剥いて人工の転移魔石を見て言った。

 サルサムとバルドも間接的ながら元ナレッジメカニクスの一員だと知らないのだから当たり前だ。

 どうやら人工転移魔石は幹部クラスが所有し、それを部下に配分するため、直接幹部に関わる者でないと持っていないもののようである。

 冷や汗を流す研究員の動揺を感じ取ってヨルシャミは思わずニルヴァーレの顔を思い浮かべた。


「ニルヴァーレのように組織の許可を取らずに雇った人間に対してこんなものを分け与えるのは珍しかったのかもしれんな」

「それだけ執着がなかったんだろうなぁ……」


 派遣社員やアルバイトの人間に会社名義のクレジットカードを預けているような感じだろうか、と伊織もニルヴァーレの顔を思い浮かべて思った。やりそうだ。

 そこで研究員に近寄ったバルドはにやりと笑ってみせる。

 やたらと演技がかったあくどい笑顔だった。


「なんと! 俺たちもナレッジメカニクスの一員でした!」

「なっ……」

「お前たちの処分を上から頼まれたんだよ。今までやってきた悪いことを悔いて、今後は真っ当に生きたほうがいいぜ。まあその『今後』があればだが」


 バルドの言葉を真に受けた研究員たちは口々に「そんな……」「これは発展に必要なことだったのに!?」「俺たち死ぬのか?」と零しながら絶望している。

 彼らから離れて戻ってきたバルドをサルサムが小声で叱った。


「バルド、記憶を封じるからって遊ぶな」

「ナレッジメカニクスに関する記憶を封印する故、どれだけ話しても害はないが……どこで聞かれているかわかったものではないぞ」

「あ、遊んでねぇって。――施設内でキッツイもん見てきたからな。少しくらい懲らしめてやらねぇと。それに……こうして刷り込んでおけば、記憶を封じた後に真っ当に生きれるかもしれないだろ?」


 研究員たちをここで殺し、命で償わせる方法もある。

 しかし人の命を奪うことは断罪であったとしても可能な限り避けたい。

 だからこそ記憶を封じ、別の罪で他者に裁いてもらうことにした。バルドはその後の研究員の生き方に心を砕いたわけだ。


 それでも別のやり方があったんじゃ? と伊織はツッコミを入れそうになったが、かといって他の方法が咄嗟に浮かんだわけでもないので黙っておく。


(それに、うん、バルドのその考え方は好きだし)


 ここは助け船を出そうか。

 そう口を開きかけたところでバルドが「まあ脅せてちょっと楽しかったが!」と付け加えたので、とりあえずしっかりと口を閉じておいた。


 ヨルシャミは重い腰を上げるとふらつきながら縛られた研究員たちに近寄る。

 見えないまま歩くのは危なっかしいため、それを伊織が支えた。


「お前たちのことは殺さん。代わりに今からナレッジメカニクスに関わる記憶を封じる。組織の思想に染まった奴には苦痛であろうな、自分の知識を失うというのは」

「そ、そんな高度な魔法をこんな人数に使えるわけが……」

「アホどもめ!」


 ヨルシャミは声を張り上げて言うと、片腕を上げて大きな魔法陣を展開した。

 煌々と光るそれを見上げて研究員たちは口を半開きにする。


「――我は超賢者ヨルシャミ! この程度の魔法、造作でもないわ!」

「……!? お前、北の施設の――」


 光により影ができる。

 特殊な影は自ら動いているように見えた。

 そのまま驚愕の表情で固まる研究員らの頭部に数多の影が吸い込まれていく。それはあっという間のことで、抵抗を見せる者はひとりもいなかった。


 表情が驚愕から無表情へ。

 そして胡乱なものになり、五秒もしないうちに全員が同時に昏倒した。

 地面に転がる人間たちを見下ろし、半眼になったバルドが言う。


「そっちも余計なこと言ってんじゃん!」

「どうせ忘れることだ! というか余計なことではないわ!」


 そう元気よく言い残し、予告通りヨルシャミは再び意識を手放したのだった。


     ***


 施設の処理は静夏が行なったのだが、その方法というのが神がかり的な筋力を活かしに活かして物理的に殴ることで建物を倒壊させるという原始人でも行なわないほどストレートな方法だった。


 だが静夏に頼んだ時点ですでに確定していた方法でもあるので、各自唖然としつつも自分のやるべきことに取り掛かる。


 まずサルサムは転移魔石を用いて街へ研究員たちを連れていった。


 その際に小細工として負傷メイクや手荷物の破損を装ったりと細かな準備をする。

 ついでに研究員側にも加害者に見える細工を施していたのを見て、その慣れた手つきに伊織はサルサムの過去が気になったものの、すんでのところで口には出さないようにした。

 きっと色々あったのだろう、と自分の中で結論づけておく。


 バルドはボロを出す可能性があることと、女性もいたほうが効果的だということでリータも同行することになった。

 ミュゲイラは妹を心配していたが、きっと大丈夫だろう。


 伊織とミュゲイラはヨルシャミを介抱し、バルドは水を汲んできた。

 この施設は居住も可能だったため、裏手に井戸があったらしい。

 そういうところはアナログなままなのか。そう伊織は一瞬思ったが、こんな場所に水道管を引いたり水の魔石等で貯水槽を作ることより、井戸を使う方がコストパフォーマンスが良かったのかもしれない。


(水道からいつでも水が出る、っていうのはやっぱり相当恵まれてたんだな~……)


 そう思いつつ伊織はミュゲイラの太腿に頭をのせたヨルシャミの顔を濡らした布で拭く。リータの太腿と違い、位置が高くて若干寝苦しそうだ。

 布はすぐに真っ赤になってしまった。

 その脇に座ったバルドがミュゲイラに声をかける。


「俺さ、あの聖女のこと真面目に好きなんだわ」


 伊織は変な声が出そうになるのを堪えた。

 しかし声を堪えられた代わりに思いきり手元が狂い、拭っていた頬を滑った布が耳にズボッ! と突っ込んでヨルシャミが呻く。

 それをスルーしつつバルドは真剣な声音で続けた。


「そんでもって、お前も同じ気持ちなんだろ?」

「……そうだ。姉御のことは好きだし尊敬してるし目標だからな」


 それを聞いてバルドは人好きのする笑みを浮かべる。


「ならお前は同志だ!」

「ど、同志?」

「オウ、だからよ、イイ女だけどお前のことは口説かねぇようにする。お互い同じ女を好きな者同士仲良くしようぜ」


 凄いことを言ってきたなと伊織は口を半開きにしたが『自分が好きだからお前は諦めろ』という思考は伊織も苦手なため、考え方そのものに抵抗感はなかった。

 どうやらそれはミュゲイラも同じだったようで、しばらく口籠った後にモゴモゴとしつつも「……ま、まあ、今はそれでいいぞ」と呟く。


 しかしその直後、ハッとした様子でバルドを見て言った。


「……ん!? つーか『お前のことは』ってなんだ!? 本当に姉御のことが好きなら他の奴も口説くなよ!?」

「あ~、それはライフワークっていうかなんていうか……」

「オイオイオイオイ……!」

「禁煙みたいなもんなんだよ! 断言できねぇ! だって人が傍にいると安心するだろ!? でも言いたいことはすげーよくわかる! だから善処する!」


 ――絶妙に信頼できないな。

 それはミュゲイラと伊織の気持ちが完全一致した瞬間だったという。





挿絵(By みてみん)

ヨルシャミのイメージイラスト(絵:縁代まと)

いつも閲覧やブックマーク、評価などありがとうございます!

ようやっと100話目に到達しました。

まだもうしばらく続く予定ですので、引き続きお付き合いして頂けると嬉しいです。


イラスト投稿は先行してTwitterで、まとめての保管はpixivにしております。

「マッシヴ様のいうとおり」で検索すると出てくると思うので、ご縁がありましたら宜しくお願いします!

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