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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1013話 目覚めた時に笑顔だったら

 ミッケルバードのワールドホール閉塞作戦から二週間が経った。


 伊織は夢路魔法の特訓を進めているが、ヨルシャミの言っていた通り感覚的なものであり、指導の第一声が「自分の魔力で空間を作り、そこへ対象を引っ張り込むイメージだ」だったため難航している。

 ヨルシャミはヨルシャミでセラアニスの魂を肉体に定着させる方法、及び『命綱』を魔法として確立させるべくニルヴァーレと共に日夜試行錯誤していた。


 セラアニスの肉体作りは伊織の心配をよそに軌道に乗りつつある。


 目を瞑っていても表情がいささかヨルシャミ寄りなことを除けば精巧に作り出すことが出来るようになっていた。

 イメージは毎日しっかりと更新すべし、という理由からヨルシャミの姿をつまびらかに観察することもあり、年頃のカップルでもあるため大変宜しくない雰囲気になったこともある。


 ――が、伊織としてはこのような理由でそういった行為に至るのはセラアニスに対してスルー出来ないほどの罪悪感が湧く。

 そのためヨルシャミと話し合い、ひとまず「そういう事をしたいのなら、この件とは独立させて誘おう」ということに落ち着いたのだった。


 完全禁止に至らなかったのはお互いに無理だろうという確信があったからである。

 いつの間にか相談を聞いていたニルヴァーレが「仲がいいなぁ」と笑い、ふたりとも赤面して押し黙ったのは言うまでもない。


 ただ、以前ニルヴァーレの肉体を作った時よりも体感できたのは、複雑な作りをしたものを出力するのが上手くなっているという感覚だった。

 まだ伸びしろのある力なのだと指し示しているようで伊織は安堵し、しかし気は抜いていられないと気合いを入れ直す。


 一方、ニルヴァーレのファンクラブもどうやら軌道に乗ったらしい。


 会員証もニルヴァーレ曰く「結局シンプルが一番ってことになってね!」と薄緑色の紙に金色のインクで装飾を描き込んだものにニルヴァーレのサインを入れた形に決定した。

 ぱっと見はなにが描かれているかわからないが、太陽の光に当てるときらきらと美しく反射して浮かび上がるのだという。


 ――もちろん紙とインクの色の組み合わせはヨルシャミと伊織をイメージしたものであり、ニルヴァーレの執着心を感じ取ったヨルシャミは肌を粟立てていた。


 世界の穴がミッケルバードに定着した原因の発表はここから更に二週間後に予定されている。

 少なくとも国民の混乱を治めるためにはひと月ほどあったほうが良い、とアイズザーラやリオニャたち国の代表が話し合って決めたことだった。


 作戦に参加した各国の王、そして伊織たちの奮闘を間近で見ていた兵士や魔導師たちは伊織の境遇に対して好意的だが、民衆の反応は予想できない。

 アイズザーラはそんな孫のために、国民が真実を知ることができるようにしつつも可能な限り伊織に負の感情が集まらないように暗躍しているようだ。


 ――伊織としては小細工無しの判断をしてほしかった。

 しかし、あれだけネガティブな面を表に出さないアイズザーラがじつは孫の未来を案じて毎晩うなされていることをイリアス経由で聞いてからは反対できなかった。

 不安なのは本人だけではないのだ。



 そんな日々が続いた頃。

 伊織は特訓の合間にシャリエトの見舞いへ行くことにした。


 ヨルシャミは魔法の組み立てに追われているため伊織ひとりでの訪問である。

 この二週間の間に何度か顔は見に行ったものの、声に反応することなく昏々と眠り続けていた。


 命は助かったが大量に血を失った状態で治療までに時間を要したため、もしかすると脳にダメージを受けてしまったのではないかとのことだった。

 時折ベンジャミルタも親友の様子を見に顔を覗かせていたが、そんな彼の憎まれ口にもシャリエトは反応しない。


「体の傷はすべて癒えたんです。けど……やっぱり人の体っていうのは上手くいきませんね、なにも問題ないはずなのに、いつものように起きてくれないなんて」

「ステラリカさん……」


 シャリエトの体を拭くためのタオルを片付けながら呟いたステラリカは疲れているのが傍目からでもよくわかった。

 立場上、一向に目覚めない病人を受け持つことは何度か経験しているが、それが親しい人物だというのは初めてなのだという。

 今まで患者の目覚めを待っている家族や友人の気持ちを完璧には理解できていなかったみたいです、とステラリカは苦笑いを浮かべる。


「――ステラリカさん、笑顔は大切ですよ」

「え?」

「シャリエトさんが目覚めた時にステラリカさんが笑顔だったら、とっても安心すると思うんです。そして笑うことは辛い時に心を軽くしてくれます」


 だから元気を出してください、と伊織はステラリカを励ました。

 小さく笑ったステラリカはお礼を口にしながら頷いたが、やはり気分は晴れないようだ。そこで伊織は「そうだ!」と立ち上がる。


「ステラリカさん、看病しててお昼をまだ食べてませんよね? 僕が昼食を作ってきますよ、なにがいいですか?」

「そ、そこまでしてもらっていいんですか? それじゃあ……その、シャリエトさんが好んでいたものをお願いできますか。起きた時の話題にしたいんです」


 今まで彼と同じものを食べた経験があまりないので、と言うステラリカに伊織は快諾し、食堂の厨房を借りるとレプターラ産の素材を使った炊き込みご飯と味噌汁を作った。

 過去に食堂で振る舞った手料理とは少し異なるが、前にバルドからシャリエトはこういうのが好きみたいだと聞いていたものだ。

 どうやら日本風の料理が彼の舌に合うらしい。


 伊織はそれを部屋へと運ぶ。

 食堂に赴いてもらう形だと残してきたシャリエトが心配で気が気でないのでは、という気遣いだった。


「わぁ、なんだか優しい味ですね。レプターラは辛い味付けが多いんで新鮮です!」

「喜んでもらえて良かった。お茶も持ってきたんでどうぞ」


 レプターラではお茶も甘いものが多いが、今回は料理に合うように麦茶や緑茶に近いものを選んできた。そう説明しながら伊織はコップにお茶を注ぐ。

 窓から吹き込む風が涼しい。

 自然と穏やかな気分になる雰囲気の中、伊織は自分用のお茶を飲みながら言った。


「ヨルシャミから聞きました。僕もいつ目覚めるのかわからない状態だったらしいですね」

「はい」

「けれどこうして目覚めて、元気に暮らすことができてます。シャリエトさんもきっと突然目覚めて、また楽しくお喋りできるようになりますよ。……いや、この人なら早速忙しく仕事でもするかな」


 伊織はシャリエトとの付き合いは短いが、その短期間でもせっせと働いている姿が目に焼きついていた。


 世界を救う大がかりな作戦前というシチュエーションもあっただろうが、バルドから聞いたところによると元からああいった性分なのだという。

 つまり本人は仕事なんてしたくないと言っているが、社畜精神が染みついている上に妥協しきれない職人魂まで持ち合わせているのだ。


 そのせいで過去に精神的に追い詰められたこともあり、今はストレスに大層弱いという。

 それでも性分は変わらないのだから、目覚めてすぐに仕事をしだすというのもありえないことではなかった。ステラリカも同じことを想像したのか小さく笑う。


 風が再び吹いたが、今度は窓から出ていく形になった。

 その通り道にあるベッドにも爽やかな――そして、炊き込みご飯の香りを含んだ風が走り抜ける。


「……ぅ……、ごはんですか?」

「……えっ」

「っと……」


 シャリエトの目がうっすらと開き、掠れた声が聞こえた。


 もしかしたら伊織がご飯を作ったら目覚めるかも、とヨルシャミとの会話で話題になったことがあるが、それが実現したわけである。しかも最初の一言目がこれだ。

 シャリエトは状況を理解していないのか疑問符を浮かべながら喉に触れようとしたが、二週間も寝たきりだったため腕が上手く上がらない――布団の重みに抗えないのか、更に疑問符を浮かべていた。


 その姿を見ていたステラリカが目をぱちくりさせる。


「シャリエトさん、ご飯の匂いで目覚めたんですか? ……も、もう! そりゃあ唇を湿らせたり点滴くらいしかできなかったけれど、まさかご飯の匂いで起きるなんて予想できませんよ!」

「き、きっかけになっただけですよ。ステラリカさんの看病があってこそ――」


 フォローを入れようとした伊織はステラリカの表情を見て口を閉じた。

 嬉しそうな満面の笑みを浮かべた相手には野暮というものだろう。


 シャリエトは未だによくわかっていない様子だったが、ステラリカの笑顔を目にすると、よくわからないなりに安心したように笑みを返した。

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