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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1011話 ヨルシャミのように

 飛び交う小鳥。

 瑞々しい草と花。

 太陽の隣を漂う白い雲。

 吸い込まれるような青い空。

 丸太のテーブルとイスで作られた、そんな和やかな景色。


 しかしヨルシャミが口を開くなり周囲の景色に似つかわしくない話が始まった。


「まず目標はセラアニスの新しい肉体を現実世界に作り出すことだ。それを踏まえた上でいくつかの案を練っていたが……未知なる挑戦故に計算できない成功率は度外視した上で、危険性の低いものを挙げようと思う」

「はい……!」

「ニルヴァーレの診察の際に訪れたナスカテスラのことは知っているな?」


 洗脳された伊織がナレッジメカニクスにいる間、本体である魔石を損傷したニルヴァーレは昏睡状態になっていた。

 意識を取り戻した後も引き続き『ニル』として伊織と共にいたため夢路魔法の世界では眠ったままであり、理由を知らないヨルシャミたちはニルヴァーレを診察してもらうべく魔導師であり医師でもあるナスカテスラを夢路魔法の世界へ呼び込んだのである。


 こくりと頷いたセラアニスを見てヨルシャミは話を続けた。


「ナスカテスラは細胞培養の魔法を持っていてな、読んで字の如く細胞を増やしたり育てたりできる魔法だ」

「……! もしかしてその魔法で私の体を?」

「うむ、だが恐らくヒト一人分を作り出すのはナスカテスラでも至難の業だろう」


 魔獣に対して対象の細胞を増殖させることで攻撃を行なった際は相当の体積が増えたが、あれはまさに致死性を求めた荒々しいものだった。

 しかもナスカテスラへの負担も相当なものだ。

 あれをなんの不自由もなく動き回れる健康なヒトの肉体として生成するのは相当の難度だった。


「……セラアニスはヒルェンナのことは知っていたな。あやつの特殊な回復魔法で補いながらナスカテスラと共に各所をパーツごとに生成し、ヘルベールというナレッジメカニクスの幹部の技術で繋ぎ合わせれば組み立てられる可能性があった」

「けどヨルシャミ、それってかなり……」

「ああ、危険性が高い」


 伊織の言葉にヨルシャミは頷く。

 ヘルベールの技術はキメラを作るためのものであり、脳も相当弄るという。そうでもしなければ繋ぎ合わされた不自然な肉体に精神が壊れてしまうのだ。

 いくら繋ぎ合わせた結果がセラアニス以外に混ざりもののない肉体だとしても、長期的な目線で見れば危うさがある。


 そして、ヒルェンナの協力の時点でも少しばかり問題があった。


 度重なる魔力の消耗と時間の経過により、ヨルシャミの現在の肉体と魔力が覚えている『セラアニス』の情報が少ないのだ。

 脳の一部の再生はその記憶で賄えたが、脳全体となると綺麗にそのまま作り出せるか些か不確定だった。


「安定しない肉体で、しかもいわばヘルベールの作品として蘇らせるのは私としては満足のいく手段ではない。しかし、だ」


 そこでヨルシャミの視線が伊織に向き、伊織は目をぱちくりさせて自身を指さす。

 ヨルシャミは頷くと伊織を指さした。


「最後の戦いでイオリは魔力をテイムするという離れ業を会得し、出力したものを長く現世に留めておくすべをも得た」

「――え、っと、もしかして、ヨルシャミ」

「ニルヴァーレの肉体をそのまま再現し、奴がお前から離れても長時間行動を可能にする魔力の塊も作れるようになっただろう。それらを総合して見ると、先ほど提示した方法より安全だとは思わんか」


 ヨルシャミの言葉に伊織は即答できなかった。

 ニルヴァーレの肉体なら試行錯誤の末に作り出した経験から自信があるが、セラアニスの肉体は初めてである。

 僕ならできると言いきってセラアニスを安心させたかったが――彼女の命を預かるということでもあると思うと慎重になってしまう。


 その肩をニルヴァーレが叩いた。


「イオリ、君なら完璧なセラアニスを作り出せると思うよ」

「けど……僕はセラアニスさんがあの体を使っていた時のことを知りません。もしかするとヨルシャミの脳が入った状態で出力してしまうかもしれなくて、ええと」


 その戸惑いにヨルシャミが「それなら大丈夫だろう」と腕を組む。


「ニルヴァーレの子供の肉体……ニルだったか、あれのベースはイオリだったのだろう? 脳もそうだったはずだ」

「……!」

「カスタマイズはしているだろうが、兎にも角にもニルヴァーレはニルヴァーレだった。きっとお前の魔力で形作られたものなら問題ないのだろう」


 たしかに言われてみればそうだった。

 しかし不安は残る。もし肉体に不具合があればどうなるのだろう。完璧に出力できるはずだが、思い通りにならないことは必ずあるものだ。

 それに、と伊織は負けを認めた選手のような表情で手元を見つめる。


 不安になった時点でリスキーなのである。

 伊織の出力魔法はイメージ力が最も重要なのだから。


 それを理解しているヨルシャミが伊織を真っすぐ見て「不安があるならば口に出せ」と言った。


「そのすべてに解決策を出そう」

「……脳以外も、もしかしたら上手く出力できないかもしれない」

「ニルの時も何度も試行錯誤したのだろう? なにもぶっつけ本番で作れというわけではない。何度も練習すれば良いのだ。――自ずと魔力操作も強化される故、夢路魔法の修行にも繋がる」

「じゃあ……も、もし成功しても魔力の塊の残量が切れたり、塊そのものを無くしてしまったらセラアニスさんはどうなるんだ?」


 ニルヴァーレは特殊な例だ。

 そしてセラアニスも方向性の異なる特殊な例である。


 故に緊急時にどうなるかわからない。

 伊織は防げたかもしれないミスでセラアニスの命を二度も失わせるのは嫌だった。

 もちろん魔力が足らなくならないよう細心の注意を払えば良いが、その時にもし伊織が傍にいなければどうなるかわからない。


 伊織がそう視線を下げていると、ヨルシャミが親指でニルヴァーレを指し示す。


「こやつが使った『命綱』を少しばかり整えて専用の魔法として作り直せばいい」

「せ、専用の魔法として?」

「魔力が切れたら自動的に魂を夢路魔法の世界へ送還する魔法と思ってくれていい。これで肉体が消えてもセラアニスの魂が路頭に迷うことも、そのまま消えることもあるまい」


 まあこれはセラアニスが良しとすればだが、と頬を掻いたヨルシャミにセラアニスが「ここに引き戻されるのって、イオリさんの記憶にあったジェットコースターみたいな感じでしょうか……!」とそわそわした視線を送っていた。

 あまり問題はないようである。

 そしてヨルシャミは「あと」と少々言いづらそうに、しかし声をひそめて伊織にしっかりと耳打ちした。


「出力ミスに関して補足だが、……お前、普段は確認できぬ場所もこれでもかと見たであろう」

「……」

「完璧にイメージできると思うが、違うか」

「……ち、違わない、うん、違わない」


 なら心配はいらない、と自分で言っておきながらヨルシャミは仄かに赤面して顔を離す。

 ニルヴァーレは察したのかにっこりと笑い、セラアニスは疑問符を浮かべていた。

 ヨルシャミの肉体だ、いやセラアニスの肉体だと悩む段階はすでに乗り越えた後だが、改めて「いいのかこれ」という複雑な気持ちになりながら伊織は咳払いをした。

 しかしおかげで直前までの不安が払拭されたように思う。


 伊織は深呼吸するとセラアニスに手を差し出した。


「不安になるような態度を取ってすみません。……不自由もあると思うけど、僕にセラアニスさんの体を作らせてもらってもいいですか」

「……っ! はいっ、もちろんです!」


 ぎゅっと手を握り返したセラアニスに伊織は微笑み、ヨルシャミも同じ表情をしながら言う。


「ひとまずこの方向性で決定であるな。……さて、事前に言った通り、これは進捗状況の報告だ。まだ解決すべき件は残っている」

「――あ、もしかしてセラアニスさんの魂をどうやって移すとかそういう?」

「察しがいいな、そういうことだ。先ほど話した命綱を整える際に行き来できるように出来ればいいが、これは調整してみないとわからん」


 ニルヴァーレに手伝ってもらいつつ調整し、難しいようなら他の手を考える。

 もしくは新しく魂を移し替えるセラアニス専用の魔法を作る、とヨルシャミは言ってのけた。


 伊織はその姿を目に焼きつけるように見つめる。

 二の足を踏んでいた自分とはまったく正反対だ、と。

 そしてこれがヨルシャミを好きになった理由のひとつだと再確認し――唇を笑みの形にして頷いた。


 仲間たちに新たな目標ができたのは皆が前に進んだからだ。

 そして新たな目標ができた伊織たちもまた前進している。

 そう強く感じながら、伊織は更に前へと進むために三人の手を握って言った。


「必ず成功させよう」


 ヨルシャミのように、淀みなくはっきりと。

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