第1010話 驚いたのはこっちのほう
伊織が世界の穴を閉じることに成功したこと、死にかけながらも現世に帰還したこと、これからの課題、セラアニスが知る者たちの近況。
ニルヴァーレの言うように、それらを話せばきっとセラアニスは様々な感情を織り交ぜながら驚くだろう。
その表情を想像しながら伊織はヨルシャミたちと共に大樹の上に作られたツリーハウスへと向かった。ツリーハウスは以前と寸分違わぬ外観で迎えてくれる。
ここへ足を運ぶのももう何度目かわからない。
今では心の落ち着く自宅のひとつのように感じられる。
そう安心感を感じながらドアを開くと――まず先に驚くことになったのは、伊織たちのほうだった。
「っイ、イオリさん!? それにヨルシャミさんたちまで……!」
「セラアニスよ、報告に来たぞ。し、しかしこれは一体全体どういうことだ?」
ツリーハウスの中にはおびただしい数の折り鶴が吊り下がっている。
まるでカラフルな藤棚のようだ。
今まさにイスに座ったセラアニスの手元でも新たな折り鶴が生まれつつあり、これをすべて彼女が作ったということは明白だった。
――ベレリヤには無い風習だが、ピンときた伊織は緑の折り鶴を手に取って問う。
「千羽鶴ですか?」
「……! はい、前にニルヴァーレさんが見せてくれたんです。祈りを込めて折ると祝福になると聞いたので……」
「それでずっと折ってくれてたんですね。ありがとうございます、セラアニスさん」
伊織の言葉にほっと安堵しながらセラアニスは微笑んだ。
折り鶴は不器用さ故か不格好ではあったものの首は折られておらず、すべて綺麗に糸で繋がれていた。
きっと一生懸命僕の故郷の千羽鶴になるように観察したんだな、と伊織は嬉しさとありがたさが胸の奥から湧いてくるのを感じる。折り紙の本は見当たらないのでニルヴァーレが折ったものを見本に試行錯誤したのだろう。
ただし、量がいささか多い。
千羽鶴というより一万羽鶴のほうが近そうだ。
しかもよく見れば普通サイズの千羽鶴の陰に小さな千羽鶴の姿もあったため、実際の数はそれを凌ぐだろう。
ヨルシャミがそのひとつを凝視する。
「ニルヴァーレよ、あまり勝手に人の記憶から物品を再現するものではないぞ」
「ははは、ごめんよ。ここで待っている間の暇さったら人を殺すレベルなんだ。鶴は折り紙を再現して自分で折った。ただ、今までのも含めてイオリに許可は得るべきだったね」
「夢路魔法の世界の主にも許可を取れ……!」
ニルヴァーレなりに遠慮の心というものが生まれたようだが、ヨルシャミには適用されないようだった。
幼馴染だからかな、と思いながら伊織は笑う。
「こういうものや日用品やテレビとかなら大丈夫ですよ、変なやつでなければ」
「変なやつ?」
「ちょっとプライベート的に見られたくないものとか、うん」
伊織の言葉にニルヴァーレが咳払いをする。
思い当たるものがあったらしい。
そして思い当たるということは『そういうこと』だ。
彼を見上げた伊織はしばし無言の時間を過ごしたが、精神衛生のために深くは追及しないことに決めた。しっかりと決めた。
「……そうだ、セラアニスさん。ちょっと外で話しませんか? ミッケルバードで起こったことで色んな報告があるんです、お兄さんの近況も知らせたいですし。あっ、お兄さんは無事ですよ!」
「お兄さまの? わぁ、ぜひぜひ!」
「ふむ、ではリラックスできるようピクニックのような形式にするか」
ヨルシャミがパチンッと指を鳴らすなり景色が変わり、四人は陽光の柔らかい草原に立っていた。
傍には丸太を切って作られたテーブルとイスが四脚あり、サンドイッチといくつかの菓子類、そしてお茶が並んでいる。
それを見て目を輝かせたセラアニスに微笑みながら伊織たちは腰を下ろした。
まずワールドホール閉塞作戦の結果を簡潔に報告し、バルドたちが行方不明になったことを伝える。
セラアニスは大層心配げにしていたが、伊織の目標を聞くと「応援しています! 私に出来ることがあればなんでも言ってくださいね!」と前のめりになっていた。
セルジェスの活躍を聞き、さすがお兄さまですと満面の笑みを浮かべたところで、彼が今現在外の世界のことを学びながら『外の世界の良いところ』を里に取り入れようと同志たちと頑張っていることを伝える。
セラアニスはどこか懐かしそうに目を細めた。
「お兄さまにも外の世界の楽しさを知ってもらえてよかった。……なかなか受け入れられない人も多いと思いますが、頑張ってくださいと伝えてください」
「うん、次に会った時に伝えるよ」
きっと喜んでくれるはず、とセルジェスの喜ぶ顔を想像しながら伊織は微笑んだ。
そこでセルジェスと義理の兄弟のような関係になったと報告し、目を丸くしたセラアニスに大層祝福された。
複雑な関係ではあるものの、セラアニスは「言われてみればそうですね?」とあまり気にしていない様子で納得している。
「でも、そうすると私は……イオリさんとヨルシャミさんの妹……?」
「前提条件的に更に複雑さが増すぞ、セラアニスよ」
「ふふ、けど私はもう皆さんのことを家族のように思っていますよ」
お友達で仲間でもありますが、とセラアニスはにっこりと笑った。
そして神と出会った話をした際にはどこかそわそわとした様子で伊織たちを見る。
「魂だけで会いに行ったということは、私もいつか会えたりするんでしょうか?」
「僕も魂が強かったのと運が良かっただけなので、下手するとそのまま生まれ変わっちゃうかもしれませんね……あれ? そういえばセラアニスさんって魂が再編成された形だから、もしかして以前のセラアニスさんはもう生まれ変わってる?」
うむ、と頷いたのはヨルシャミだ。
「今のセラアニスの魂は魔力や肉体の記憶を元にヒルェンナの魔法で再生されたもの故な、恐らく以前のセラアニスの魂はすでに生まれ変わっているだろう。……この世界内での転生のシステムはよくわからんが」
それでも予想くらいはできる、とヨルシャミは少々難しい顔をする。
すでに生まれ変わった自分がいるというのはどういう気分なのだろう。
伊織はセラアニスの心情を心配したが――当のセラアニスは特に辛そうな様子は見せていなかった。
「すでに生まれ変わったってことは他人も同然ですけど……なんだか不思議な感じですね。けど私は私です、これからもセラアニスとして生きます!」
もちろん肉体はヨルシャミさんのものですよ、と念押ししながらセラアニスは美味しそうにサンドイッチを頬張る。
ヨルシャミは「相変わらず強かだな」と眉を下げた。
「――私もこの肉体で生きていくことを前向きに考えている。そこでこの話題が出たついでに進捗状況を報告しようか」
「進捗ですか?」
「お前の体をどう用意するか、だ」
セラアニスは夢路魔法の世界でも幸せそうに暮らしているが、彼女が心惹かれたのは外の世界だ。いくらここでそれを再現できたとしても限りがある。
そしてセラアニスの友人はここではなく、外の世界にいるのだ。
ヨルシャミの言葉にセラアニスは目を輝かせ、自分が身を乗り出していることにハッと気がつくと姿勢を正して自分と同じ顔に向き直った。
「……っはい、お聞かせください」





