第1008話 二回言わざるをえない 【★】
ヨルシャミの予想に反して会員証のデザインの決定には未だに至っておらず、ニルヴァーレはそれが決定してから王宮に戻るとのことだった。
「本当はイオリたちとの時間を大切にしたかったんだが……僕の美しさをここまで認めて好いてくれる人間たちをおざなりにするのは美学に反するからね! 代わりに帰ったら一緒に過ごそう、今夜は寝かせないよ!」
「おい、誤解を生むことを言うな」
「はい! ヨルシャミとベッドで待ってますね!」
「お前も凄まじい語弊を生むことを言うな! そして私を巻き込むな!」
ニルヴァーレと伊織に全力でツッコミを入れつつヨルシャミは肩で息をする。
会話の端々だけ聞き取ったらしいニルヴァーレファンクラブの面々がなにかを拝むように両手を擦り合わせていた。
一体我々のことをどういう風に話したのだ、とヨルシャミがそれを見ないよう視線を逸らしている間にニルヴァーレが「そういえば」と切り出す。
「リーヴァもそろそろ回復した頃じゃないかな」
「えっ、でも相当な重傷で……」
「完治は無理だろう。けど君と無理なく言葉を交わす程度には回復してると思うよ」
リーヴァはミッケルバードで世界の穴を閉じる伊織を護衛していた際に命を失う寸前まで追い詰められた。
そこで伊織は彼女が殺される前に強制的に送還したのである。
以前も療養のためにリーヴァの故郷へと送還したが、いくら故郷なら傷の治りが早いとはいえ心配なものは心配だった。
そんな伊織の想いを理解しているのか、ニルヴァーレが軽く肩を叩く。
「相手を心配する気持ちは君もリーヴァも同じものを持っている」
「同じ……」
「リーヴァはとんでもない場面で送還されたからね、召喚の繋がりから君の生存を察してはいるだろうが……その後のことが一切わからず心配しているんじゃないかな」
だから元気に生きてるって早く教えてあげなよ、とニルヴァーレは伊織に微笑みかけた。
その提案に伊織はこくりと頷く。
「そうですね、なにもわからないまま放置されるのは気が気でないし、それでゆっくりと休めなかったら意味がないし……王宮に戻ったら広い場所で試してみます」
「うんうん、そうしなよ。――あっ、そうだ、戻る前にお土産をあげよう!」
ニルヴァーレはパッと顔を上げるとカーテンの向こうへと消え、ややあってなにかを持って戻ってきた。
射し込む光による錯覚かと伊織は目元を擦る。
ニルヴァーレの手元がやたらと眩いのだ。
「レプターラは日光が強いからさ、ファンクラブ特典として配ろうと試作した僕特製のサングラスだよ!」
「……えっ!? サン……ええッ!? サングラス自体が眩しい!!」
レンズは黒いがフレームに金箔が貼られ、それだけでは飽き足らず小さな宝石がフレームの端とつるの部分を彩っていた。これに太陽光を受けたら余計に眩しいのではないかと何重にも疑ってしまう様相を呈している。
驚く伊織の隣でヨルシャミが今世紀最大の半眼になってニルヴァーレを見た。
「遮光レンズを量産したということか? お前、ナレッジメカニクスの技術をこんなところに活かして――」
「なあに、世間に還元しているだけさ。もちろん美しい形でね!」
「もう少し還元の仕方を考えろ……!」
今まで得た技術を住民たちに還元し、罪滅ぼしの一環にする。そんなセトラスと同じ発想をしているはずなのになんだこの差は、とヨルシャミは閉口した。
口を固く閉じすぎて一文字ではなくへの字口になっているくらいだ。
一方、ニルヴァーレは機嫌良さげにサングラスを伊織に手渡した。
数は三つだ。もちろんひとつはニルヴァーレ本人のものではない。
彼用のサングラスはすでに確保されているため、伊織に手渡す必要はないはずだ。
恐る恐る伊織が視線を上げると、ニルヴァーレは慈愛に満ちた目で言った。
「さ、リーヴァの分もどうぞ」
「……あ、ありがとうございます」
いらないって言われそう。
しかし、そう、本当にそうなるかどうかはその時が来ないとわからないものだ。
伊織は喉まで出かかった言葉を飲み込むと、サングラス――というよりもニルヴァーレの善意を受け取る形で三つの贈り物を手に取った。
***
王宮の敷地内には庭と呼べる場所がいくつか点在している。
しかし今回、伊織がリーヴァを呼び出すために借りたのはかつてアズハル弑逆計画の現場になった場所――パーティー会場として使われた開けた場所だった。
今では瓦礫も綺麗に片付けられ、適度な広さを十分に使うことができるようになっている。
その中央でリーヴァに呼びかけた伊織は、あっという間に目の前に現れた黒いワイバーンを見上げて笑みを浮かべた。
「リーヴァ! 良かった、怪我も治ってきてるね。あれから色んなことがあったんだけど、まずは僕やヨルシャミたちの無事を知らせたくて――ぅおわッ! ワイバーンの姿のままでハグは死ぬ! 死ぬから!!」
突進と区別のつかないハグを受けそうになり、伊織はものの見事に尻もちをつく形でひっくり返る。
ハッとしたリーヴァはいつもの黒髪に赤い目をしたメイド服の少女の姿になると、いそいそと伊織に抱き着いた。
相当心配していたというのが雰囲気から伝わってくる。
伊織は目を細めてその頭を撫でた。
「心配かけてごめん、そしてあの時はありがとう、リーヴァ」
「私にできることをしたまでです。――イオリ様、大望は果たせましたか?」
リーヴァの問いに伊織は静かに頷く。
「世界の穴は閉じた。シェミリザ姉さんも……眠ってもらった。新しい課題はできたけれど、このふたつはやり遂げたよ」
「お疲れさまです。その一助になれたことを誇りに思います」
そのままリーヴァは伊織を助け起こし、ぱんぱんと自分と伊織の服を払うと次はヨルシャミにむぎゅっと抱き着いた。
傍観を決め込んでいたヨルシャミは目をぱちくりさせたが、リーヴァが己のことも母として慕っていたことを思い出すとぎこちない手つきながら頭を撫でる。
「ヨルシャミ様もお疲れさまでした。空で戦っている間も身を案じていました」
「お前も大変だったろうに。傷の具合はどうだ?」
「引くほど巨大なカサブタができました」
「お……おお、それは辛かっただろう。今からでも回復魔法を――」
リーヴァはヨルシャミの申し出に首をふるふると横に振った。
「もうほとんど治りました。手を煩わせることはありません。それに……先ほどイオリ様がおっしゃったように、新たな課題ができたとのこと。ヨルシャミ様の力はそちらに割いてください」
「ふは、そう遠慮しなくて良いものを。まあワイバーンならば自然に任せたほうが治癒力の強化にも繋がる可能性があるか」
思案したヨルシャミはリーヴァに笑みを向け、代わりにと再び頭を撫でる。
そこへ伊織も手を重ねた。
「今日は無事を伝えるために呼び出したけれど……リーヴァが大丈夫なら夕飯は一緒に食べてくか?」
「宜しいのですか?」
「もちろん。他の人の無事な姿も見せたいしね」
では宜しくお願いします、とリーヴァは仄かに表情を和らげる。
そこで伊織はふと思い出したように荷物からあるもの――ニルヴァーレファンクラブのサングラスを取り出した。渡すか迷ったものの善意は善意だ。
この後にリーヴァがこれをどうするかは彼女に任せよう、と考えながら貰った経緯を説明する。
リーヴァはサングラスをじっと穴が開くほど見つめた。
その様子を眺めながらヨルシャミが頬を掻く。
「リーヴァよ、無理に貰うことはないぞ。断ったからといってあやつが簡単に傷つくことはない故な」
「はい、……ですが……そうですね、かける気はありませんが、頂いておきます。かける気はありませんが」
「二回言った……」
リーヴァは奇抜なデザインのサングラスを受け取ると小さな袋を作り出してその中にしまった。自分の姿を変える応用らしい。
「元の主人との付き合いもそれなりに長い期間でした。奇天烈ではありますが、善意で行なっているということはわかります。奇天烈ではありますが」
「また二回……いや、うん、奇天烈だけど善意だよな、やっぱり」
うんうんと頷く伊織にリーヴァが問う。
「イオリ様はおかけになられますか?」
「ん、んー……」
伊織はゆっくりと両手を目元に持っていくと、サングラスをかけるジェスチャーをしながら小さく笑った。
「ニルヴァーレさんの前で一回だけお披露目って意味でかけようかな、……一回だけ!」
リーヴァ(絵:縁代まと)
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