第1007話 ニルヴァーレ・ファンクラブ 【★】
挨拶を一通り終えた伊織はこのままペルシュシュカのもとへと向かうか、一旦自室へと戻るか思案した。
昼と呼ぶには遅く、夕方と呼ぶにはまだ少し早い気がする、そんな時間帯だ。
ペルシュシュカは用事があると言っていたため、その内容によっては再び彼を訪ねていっても待つことになるかもしれない。
そもそも伊織は下手に邪魔をしたくないと考えていた。
一方ヨルシャミはというと、むしろ再訪問の約束を忘れていてくれと願っているのか話題にもしない。
では自室に一旦戻って休憩するべきか。
伊織は考えながら腕を組む。
(けどまだ疲れは感じてないし、病み上がりっていっても延命装置が正常に動いてるのか完全回復してるんだよなぁ……)
逆に運動をしたほうが適度に疲れていいのではないかと思ってしまう。
今夜、夢路魔法の世界でもセラアニスに声をかける予定だ。
もちろん夢路魔法の世界へ行くのに寝つきの良さは関係ない。多少の個人差はあるが、ヨルシャミが対象を指定して使った瞬間に眠りに落ちる。
しかし気分的には疲れていたほうがスムーズに行くような気が伊織はした。
そう悩んでいるとヨルシャミが腕を引く。
「先ほど話に聞いたニルヴァーレのもとへ行こう。さすがに一段落ついた頃だろう」
「王宮の外へ行くってこと?」
「うむ、……それに、お前が民衆へカミングアウトすれば簡単に外出もできなくなるかもしれない故な。今でも変装は必要になるだろうが」
気兼ねなく外へ出れるうちに出ておけ、というヨルシャミの気遣いだった。
伊織は微笑むと「そうだね、じゃあニルヴァーレさんのところに行こうか!」と自らヨルシャミの隣を歩く。
変装は簡易的なものでいいということで、ふたりは目深に被れるフード付きのローブを借りてからリオニャたちに一言告げて外へと出た。
ニルヴァーレの居場所、つまりファンクラブの会合場所として使われている場所はヨルシャミが把握しているという。
街は所々破壊されたままであり、まだ修繕が追いついていなかったが、一部の南ドライアドによる土魔法の修繕が各所で進んでいるおかげか住民たちは比較的落ち着いて――いたが、世界の穴が閉じられた一報が何周か駆け巡った後なのか雰囲気そのものがざわついていた。
だがこれは活気があると表現すべきだろう。
傷ついた兵士や魔導師たちの葬儀が行なわれ、回復魔法ではどうにもならなかった欠損を抱える者も散見されたが、街は暗い雰囲気に呑まれていない。
その風景を眺め、遠くを横切る葬列に足を止めた伊織の袖をヨルシャミが引く。
「イオリよ、すべての葬儀に出ることは叶わん。ある程度は割り切り、心の中で悼めるようになれ」
「なにも感じないくらい割り切れとは言わないんだな」
「そう言ってもお前は気にするだろうが」
仕方のないものを見るように笑うとヨルシャミは斜め前に建つ建物を指さした。
ここがニルヴァーレファンクラブの本拠地――もとい、集会場だという。どっしりとした四角い三階建てのビルのような建物で、周囲の住宅と比べると一回り大きい。
そんな見た目の通り丈夫なのか、魔獣により付いた傷跡も見当たらなかった。
「き、昨日の今日なのに立派な建物を借りたんだなぁ……」
「相変わらず行動力の怪物よな。さて、漏れてくるオーラを見るにニルヴァーレも中にいるようだ」
アポ無しでも我々なら大丈夫だろう、と言ってヨルシャミはずんずんと進んでいくと扉の前まで向かった。
扉には『ニルヴァーレ様ファンクラブ。会員、入会希望者は出入り自由』と書いた紙が貼りつけられている。それを半眼で見たヨルシャミは「どちらでもないが」とわざわざ前置きをしてから中へと入った。
一階は仕切りになるものが部屋の一角を区切ったカーテンしかないためか、外から見るより更に広く感じられる。
入ってすぐの右手側には受付カウンターがあり、綺麗な花が花瓶に挿してあった。
受付の男性が反応する前にカーテンがサッと開いてニルヴァーレが顔を出す。
「イオリ! ヨルシャミ! いやぁ目覚めたようで良かった、そして……もしかして僕を迎えに来てくれたのかな?」
「フードすら外さぬ間になんという察しの良さ……!」
「ふふふ、忘れたのかな。イオリの装置には僕の一部が使われているからね、ある程度近くまで接近したらわかるのさ。まあ君たちなら背格好と足音で凡そわかるが」
伊織はGPSを埋め込まれたような気分だと感じていたが、これはもしかするとそれ以上のなにかかもしれない。
そう思いつつも口には出さず「なんというか、さすがニルヴァーレさんですね」と笑った。
ニルヴァーレはにこやかにふたりを迎えるとカーテンの向こうにいた面子に声をかけ、伊織たちを紹介する。
老若男女様々な目が一斉に自分へ向いて伊織は少しばかりぎょっとした。
全員伊織が聖女マッシヴ様の息子であり世界の穴を閉じた救世主、ヨルシャミがその仲間であり超賢者だと知るとどよめき「よくニルヴァーレ様の話に出ていた、あの……!」というリアクションを見せる。
なにをどう話したのだ、とヨルシャミの目が語っていた。
ニルヴァーレはそんな視線をまったく気にせず上機嫌である。
「ニルヴァーレ様、でしたらおふたりにも二階を案内してはどうでしょうか?」
「おお、いいね! 一階の装飾は今決めていたところだけど、二階はもう終わったしお披露目だ!」
「イオリ……なぜか嫌な予感がするぞ……」
断るに断れないといった顔でヨルシャミは伊織にそう呟いたが、二階への連行はあっという間だった。
伊織としても嫌な予感がしていたが逆らうことはできない。
ファンクラブというわりにはだだっ広く、なにもない。
一階を見た段階ではそう思っていたが、二階は違っていた。
ぴかぴかと輝く装飾品や調度品が並び、赤い絨毯が敷かれ、祭壇のようになった――否、祭壇の上にはニルヴァーレを模したクリスタル像が鎮座している。
カーテンは一階にあったものと同じだったが、その隙間から差し込む太陽の光が部屋の中の様々なものをきらきらと輝かせていた。眩しいくらいだ。
「ここから射し込む太陽の光がとても綺麗でして、そのために一階ではなく二階に作ったんです。祭壇を」
「さ、祭壇を」
「はい! これから毎日ニルヴァーレ様の像を拝みます!」
「ぞ、像を拝む」
伊織はゆっくりとニルヴァーレを見上げると極力抑えた声で叫んだ。
「ファンクラブじゃなくて宗教じゃん……!!」
「あはは、そうだね。何故かこうなってしまった。僕が美しいせいかな!」
困ったね! とまったく困っていない様子で言いながらニルヴァーレは調度品の説明をし始める。なんでもほとんどは買い集めたものだが、あの像は完全なオーダーメイド品だという。
オーダーメイドでなければ怖いわ、とヨルシャミがツッこんだ。
一日前後でそんなものを作り上げる熱意に伊織はごくりと唾を飲み込む。
「け、経済を回してるのは良いことだけど、その、なんか凄いなぁ……」
「あの像は私の実家で作ったんです。私も魔法で補助したんですよ」
そう口にしたのは会員NО.1の会員証——恐らくまだ仮デザインの会員証を胸につけた男性だった。
伊織は目をぱちくりさせた後、その男性を凝視して問う。
「あの、ミッケルバードにいました……よね? もしかしてあの場で一緒に戦ってくれた——」
「ご存じでしたか!? はい、ミッケルバードで共に戦わせて頂きました。その際にニルヴァーレ様の光り輝く美しい姿を目にして、あの輝きを忘れられずファンクラブを立ち上げたのです……!」
あっ、そういうことか。と伊織は納得しつつ、つまりこの状況のきっかけは僕が作ったんだなと遠くを見た。
ニルヴァーレが物理的に輝いていたのは伊織がテイムした魔力を分け与えた影響である。
もしかすると比喩表現かもしれないと思ったものの、男性は続けて「本当に眩しかった……物理的に……」などと言っていたため望み薄だろう。
遠い目をする伊織の隣でニルヴァーレは「僕も長く生きてきたけど、こうやって教祖になるのは初めてだなぁ」などと呟いていた。
そして伊織とヨルシャミ両方の肩に手を置く。
「とりあえずウチのファンクラブは美しさを崇める場所だから、イオリたちのことも拝む対象だよ! 君たちは美しいからね!」
「予想外の巻き込まれ方した!!」
国の経済を回して活気を与えるのは良いが、しばらく気が気でない日々が続きそうだと伊織は直感し、そして確信した。
――なお、この後にニルヴァーレが伊織とヨルシャミの像も作って並べると言い出したためふたりがかりで制止したが、この時点ですでに作成が開始されていたことを知るのは少し後のことである。
伊織、ニルヴァーレ、ウサウミウシ(絵:縁代まと)
※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)





