第1005話 王様サンド 【★】
少し遅めの昼食が終わったところで食堂の出入り口付近が騒がしくなる。
伊織たちが何事かと目を向けると――ひょっこりと顔を出したのはタルハを抱いたリオニャと、その後ろに続くベンジャミルタ、ミドラ、メリーシャだった。
地位の高い者でもシャリエトやミドラたちはよく食堂を利用していたが、国王であるリオニャが直接訪れるのは稀である。普段は王専用の食堂で食事を取っていた。
もちろんまったく足を運ばないわけではないものの、こちらの食堂へ訪れる際は事前に話が通っており、周囲が混乱することはない。
今回は反応を見る限り突然訪問したようで、厨房から飛び出してきたコックが大いに慌てていた。
「コックさん、急にすみません~! わたし達が戦に出てる間って、少しでも身を守るためにみんなで同じ場所……ここで食事してたじゃないですか。タルハがあの時みたいに食べたいって聞かなくて」
「で、殿下が? しっししかしこちらの倉庫には王族にお出しできる食材が――」
「? やですね~、皆さんと同じものでいいですよォ~」
リオニャさんそういうことじゃないと思うよ、とベンジャミルタが苦笑いしながら咳払いをする。
そしてコックに具体的な指示を飛ばした。
「専用食糧庫から運んでくるとなると時間がかかるだろう、だから食材はここにあるものでいいよ。俺たちも舌は君らと変わらないから気負わないでくれ」
「で、ですが危険が……」
「危険? あぁ」
最後に毒味をするから食材の危険の有無は確認しなくてもいい、とはならない。
王族に出す料理に使用する食材と通常の料理に使用する食材は管理体制が異なるのである。
しかしリオニャは肩を揺らして笑った。
「わたしもタルハもその辺の毒じゃ死にませんよォ、アカシマネキの毒でもちょっとお腹下すくらいですし!」
「それって即死する毒草……」
「マジなんだよね、隠遁生活中にやらかしたからこの目で見てる……」
リオニャが起こした過去の恐ろしいエピソードを思い出したのか、僅かに遠くを見たベンジャミルタは「というわけで気にせず作ってくれ」と話を繋げる。
それでもコックは不安そうだった。
「その、私は王族専属のコックの腕と比べると見劣りします。せめて作り手だけでもいつもの担当者に交代を――」
そこへミドラが一歩前へと出て言う。
「タルハが留守番中に食べたのはお前の料理だ、ハルマーズ」
「!? 私の名前をご存じで!?」
「当たり前だろ、私も何度もここを利用させてもらってるからな」
お忍びで、と笑いながらミドラは笑った。
「今回はさすがに気づいたみたいだが、いつもは厨房に引っ込んでて知らないだろ。ここを利用してる大物は多いぞ」
「な……なんと……」
「ほら、そっちを見ろ。聖女マッシヴ様の息子であり、世界の穴を塞いだ救世主でもあるイオリだ」
突然名指しで指名された伊織はぎょっとして肩を跳ねさせる。
リレーを観戦していたらなんの前触れもなくバトンタッチされた気分だった。
ひとまず無言というわけにはいかないだろう。
そう伊織は会釈し「定食、美味しかったです!」と忖度無しの感想を述べた。
コック長、ハルマーズは目を輝かせて震える。
伊織は既視感を覚えた。――初めてベタ村を出た後に立ち寄ったライドラビン、そこで馬車を出してくれた馬車屋の主人と同じ顔だ。
ついに自分もこういう顔を向けられるようになったのか、と思っているとハルマーズが「救世主に認められるとは! 生きてて良かった!」と泣き崩れ、メリーシャにぽんぽんと背中を叩かれていた。
「まぁそういうわけだ、昼ご飯はここで頂くよ」
そう言いながらベンジャミルタは伊織たちのもとへ歩み寄る。
「ダシに使ってごめんよ。まずは回復おめでとうと言うべきだったかな」
「いえ、偉い人でも好きなところでご飯を食べたいですよね」
「あはは、話がわかるなぁ。ほらリオニャさん、ミドラ、メリーシャ。同席させてもらおう」
「あっ、けど僕ら、さっき食事が終わったところで……」
しかしそれは話を振った時からわかっていたはず。
そう思っていると「デザート枠は空いてるんじゃないかと思ってさ」とベンジャミルタが微笑んだ。
世話になった挨拶をするにしても、相手が飲み食いしているなら自分も同じ席についていたほうが捗ると伊織はセルジェスたちで理解していた。胃にも余裕がある。
ヨルシャミも「私はいいと思うぞ。今度はウサウミウシに食われぬようにな」と背を押した。
「わかりました、ならデザートも楽しませてもらいます」
「そうこなくちゃね!」
「イオリさん、レプターラのアーモンドクッキーはめちゃくちゃ大きくて食べ応えありますよォ~! ぜひぜひ!」
伊織は笑って頷く。
喋っている間にそれらが無くなればお茶を追加で注文するのもいいが、恐らくそこまでは長引かないだろう。
そう予想していると――再び出入り口付近が騒がしくなった。
ああそうだ、とミドラが視線をやる。
「会議が終わったからベレリヤ国王も来るはずだぞ」
「!? 戦の前は人が多かったからここに来るのもわかるけど、今もここを使ってるんですか?」
「ああ、味が好みらしい。しかしこのざわつき方は一体……」
そうこうしている間に凄まじい圧を発しながらアイズザーラが食堂へ入ってきた。
会議で気が立っていたのだろうか。そう伊織は思ったが、すぐにそれは間違いだと思い知る。
「その声……やっぱりイオリか! 食事できるくらい回復したんやな! ああーッ良かった! ホンマ良かった! 恩に着るで天の神様!! イオリが死にかけたて聞いた時はこっちの心臓が止まるかと思うたわ!」
「あ、えっと……う、うん、心配かけてごめん」
おじいちゃんと呼びたいところだが、食堂には一般人の姿もあるため軽率には呼べない。
しかし一国の王の異様な様子に視線が集まっていた。
これはリオニャたちがこちらに歩いて来た時点で避けられない事態ではあったのだが、それはそれである。
ヨルシャミは「イオリのこととなるとフォレストエルフ並みの地獄耳であるな」と呟きつつ伊織の肩を叩く。
「無理に場所を移すのも怪しいだろう。救世主を労う王たちに見えるよう頑張れ」
「お、応援ありがと……」
これはやはりお茶も必要になりそうだ。
それも一杯では済まないだろう。
そう確信しながら、伊織はアイズザーラにも手招きをして席を勧めた。
ウサウミウシ(絵:縁代まと)
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