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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1003話 セルジェスは照れくさい

 シァシァの次に伊織たちが顔を出したのはヘルベールとナレーフカ親子が寝泊まりしている部屋だった。

 快く伊織を迎え入れ、体調を気遣ったナレーフカはこれからの身の振り方について口にする。


「私が今後どうしたいかはもう決まっているわ。罪滅ぼしをして、そしてお父さんを受け入れてくれる場所を探して……普通の人のように暮らしてみたいの」

「――ってことは、あの家を出るってこと?」

「うん」


 ナレーフカは母と共にずっと草花に囲まれた家で暮らしていた。

 周囲に人間の暮らす村はあったが、彼らはナレーフカたちを受け入れることはなく、それどころか魔女だと糾弾して討伐しようとしたのだ。

 そうしてナレーフカの母、フレフェイカは外の世界に怯えるようになった。


 しかし、それでも外の世界で生きてみたい。

 ナレーフカにはそんな想いがたしかにあったのである。


「私も怖いと思う気持ちはあるけど、これからは前を向いて生きていきたいから」

「ナレーフカ、僕も応援してるよ。……ミッケルバードでした約束は覚えてる?」

「ええ、もちろんよ。色んなところを案内してくれるのよね?」


 こくこくと頷き返して伊織は微笑んだ。


 ナレーフカに見せたい景色が沢山あった。

 旅先が多いため、その大半はベレリヤだったが、異種族に対する風当たりが比較的柔らかい国ならナレーフカが「ここに住んでみたい」と思える土地が見つかるかもしれない。

 もし最終的に他国に決めても、それを検討する助けになればいいなと伊織は考えていた。


 落ち着いたら絶対に案内するよと伊織はナレーフカと握手する。


「しかし家を出る、か……ナレーフカよ、ヘルベールがなにも言わぬということは納得済みなのであろうが、母はどう考えているのだ?」

「まだ話してないの。ただニーヴェオたちの療養のためにも一旦帰ることになりそうだから、その時に話し合うつもりよ」


 その言葉に僅かに視線を落としたのはヘルベールだった。


 ナレーフカも差別に晒されてきたが、フレフェイカはそれと同等のものを幼い頃から受けてきた。

 体に消えない傷跡が付いていることをヘルベールは知っている。

 そして、それは心にも刻まれていた。


(……しかしフレフェイカも今のこの状態が最善とは思っていない)


 ヘルベールのキメラに守られ、外界との一切の接触を断った家だけで暮らすこと。

 フレフェイカにとっては安心できる場所だが、しかしナレーフカと共に暮らす間に親として思うところもあっただろう。


 誘拐事件で更に警戒心を抱いたかもしれない。

 だが外から来た伊織とも自然に接していた。

 それが条件付きだとしても、フレフェイカにまだ普通の暮らしをしながら安心して過ごせる可能性があるのだとしたら、ヘルベールはそれを叶えたかった。


 そして「とはいえ」と口を開く。


「まずはよく説明をし、あの家にひとりで残るか我々と共に外へと出るか選択してもらおう。……決めるのはフレフェイカだ」

「うん、ちなみに……もちろんお父さんがあの家に暮らすって選択肢もあるのよ? 転移魔石でこっちにすぐ戻って来れるんだし」

「それではお前がひとりで暮らすことに――」

「あら、見た目通りの年齢ではないから大丈夫よ」


 外の世界に疎いから慣れないうちはサポートしてもらうことになるだろうけれど、と笑うナレーフカにヘルベールは眉を下げる。

 それは、完全に一人暮らし宣言をした娘を心配する父親のものだった。


     ***


 ナレーフカのもとを後にし、さあ次は、と考えたところでヨルシャミの腹が鳴る。


 会話に会話を重ねていたため、気づけば昼飯時だった。

 セトラスから貰ったアイスだけではさすがに足らなかったらしい、と言いながらヨルシャミは「そうだ」と手を叩く。


「これから訪ねたい者もこの時間帯なら食堂に何人かいるだろう、そっちへ行ったほうが入れ違いも防げるぞ」

「そうだね、もしかしたらメリーシャさんやミドラさんたちもいるかもしれな――」

「ちなみに今日の日替わり定食はラム肉ステーキとスープ、そして甘いポテトサラダとラズベリーパンだ。美味そうだろう?」

「そっちが目当てなんじゃ!?」


 王宮の食堂はミッケルバードのワールドホール閉塞作戦の際に開放された後、どんな身分の者でも使える場所になっていた。

 専属の料理人も常駐している他、自分で調理をすることもできる。

 いつの間にかメニュー表も作られており、王宮の食堂というよりも一般開放された市役所の食堂や大学の食堂のようだった。


 腹が減っては戦はできぬ、それは挨拶回りも同じ。

 伊織は笑いつつもヨルシャミの手を引いて食堂へと向かった。



 食堂にはヨルシャミの予想通り少なくない人数がおり、中にはランイヴァルの姿もあった。

 なんでもアイズザーラとイリアスがまだレプターラに滞在しているため、その護衛という名目で帰国せずに滞在しているらしい。騎士団長で残っているのは彼だけだという。

 伊織の回復に目に涙を溜めて喜びながらランイヴァルはそう説明した。


「ですがこれはレプターラが危険な場所というわけではなく、ベレリヤの国民を安心させるためです。王族の護衛がひとりも残っていないなど問題でしょう」

「故にこうして自由に飯を食べに来ているということか」

「はい。自分としてはいつでも対応できるよう、陛下の後ろについておきたかったのですが……」


 一日中へっぱり付かれたら肩が凝ってしゃあないわ! とアイズザーラに言われたそうだ。

 ランイヴァルが自由に動けるようにという気遣いか、それとも本心かはわからないが、脳内でアイズザーラの声が再生された伊織は肩を揺らして笑った。


「陛下も大変心配しておられました。少し会議が長引いていますが、もう少しすれば昼の休憩に入るはずなのでその時に元気な姿を見せてあげてください」

「……! はい、もちろんです!」


 そう伊織が勢いよく頷いた時、足音をさせて食堂に入ってきたのは――数名のベルクエルフを連れたセルジェスだった。

 水色の目に伊織の姿を移したセルジェスは表情を明るくする。


「イオリさんじゃないですか! よかった、あのまま目覚めなかったら妹に顔向けできないところでしたよ」

「セルジェスさんにも沢山お世話になりました、見ての通りもう飛んだり跳ねたりできますよ!」


 その場で跳んでみせるとセルジェスは安堵の表情を浮かべながら後ろに控えたベルクエルフたちを紹介した。

 五名中三名はラタナアラート出身、一名はベレリヤの他の里の出身、残りの一名は他国出身のベルクエルフらしい。

 出身は異なれど気質が似ているからとひとつの治療班に固められていたのだが、他国出身のベルクエルフ――シャスティという名の青年はセルジェスと同じ志を持つ者だという。


 すなわち『閉鎖的なベルクエルフの文化を現代に合わせて和らげ、外の世界にも目を向けるようにしたい』という目標を持っているということだ。


「半ば否応なく出た戦場でしたが、セルジェスさんのような考えを持つベルクエルフがいるとは思いませんでした。それだけで出てきた甲斐がありますよ」

「シャスティの里も我々の里とそう変わらない様子だったそうで……でもこの戦を機に変わることができるよう、一層張り切って取り組んでくれるそうです」


 僕もやる気が出ますよとセルジェスは拳を握った。


 ラタナアラートは現在、新しい里長により復興が進んでいる。

 その里長はセルジェスが推薦した古株のベルクエルフであり、穏健派だったがいつかは外の世界とも交流を持つべきだと考えていた人物だった。

 まず彼を口説きに口説いて表舞台へと連れ出したのである。


 そしてセルジェスが十分に外の世界を学んだ後、里長の座をセルジェスに明け渡すことになっていた。


 しかし里の頭が変わっても古い考えを捨てられないベルクエルフは多い。

 それは彼らにとっては古いものではなく、常に最新のものとして共に生きてきた考え方だからだ。


 そのため、セルジェスは外の世界で得た知識や様々な目新しいものを時折ラタナアラートに持ち帰っては他のベルクエルフに見せていた。

 もちろんただ見せているわけではない。

 その知識や物品の使い方、歴史、細やかなエピソード、地方による違いなどを添えて親しみやすさと好奇心を刺激するように努めている。


 そんなセルジェスの活動に賛同したのが後ろにいる同じ里の三人だった。


 三人も初めは反発心があったが――外の世界の綺麗な面だけでなく、汚い面まで包み隠さず話に組み込んで説明するセルジェスの言葉に耳を傾けるうち、自分たちの育った世界にも綺麗な面や汚い面はあるが、しかしあまりにも世界としては狭く息苦しいことに気がついたのだという。


 それを嫌だと思ったからこそ、戦の同行者を募った際に真っ先に挙手した、と三人は語った。


「おれもっス! お触れが出た際に、これは里から出るチャンスだなと思って……」


 ベレリヤの他の里から来たというベルクエルフの少年が頬を紅潮させて言う。


「不安もあったけど出てきてよかったっス。セルジェスさんを見習って、帰ったら里のみんなにも話して聞かせるっスよ!」

「嬉しいけどなんか恥ずかしいな……。え、ええと、そういうわけで同じ志を持つ全員が初の国外だったので、帰国する前に色んな人と交流しておきたくて。イオリさんも良かったら一緒に昼食を食べませんか?」


 セルジェスは手を差し出して誘い、その手を握りながら伊織は「ぜひ!」と頷いてからハッとしてヨルシャミを振り返った。

 その様子にヨルシャミは小さく笑う。


「私に気を遣うな。もうセルジェスも妹と同じ姿に戸惑うことはあるまいよ」


 そのままヨルシャミはセルジェスに視線をやった。


「今の話で終わりではないだろう? 色々と聞かせてくれ、あとでセラアニスにも伝えておこう」


 伊織の朗報の後、兄の頑張りを聞けばセラアニスはきっと満面の笑みを浮かべるだろう。

 セルジェスは何度か瞬きを繰り返した後、気恥しそうな笑みを浮かべて頷き、「やっぱり嬉しいけどなんか恥ずかしいな」と頬を掻いた。

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