第1002話 難題ほど燃えるヨ! 【★】
ベンジャミルタやシェミリザのような転移魔法の使い手でなくても長距離を移動できる転移魔石は、シァシァの発明の中でも延命装置に次ぐ優秀さを誇っている。
使用には魔法とは別の才能――座標計算に適した頭や地図を立体的に捉える感覚、転移魔石による転移酔いをしづらい体質の有無、プログラムを扱うセンスや機械を使用する感覚に慣れているか否かの他、魔力提供源の確保など様々な難関が待ち受けているが、魔導師ではない一般人にも扱えるという点は大きい。
シァシァは「魔導師でもあらかじめ魔力を補充しておけば自分が魔力切れになっても使えるんだヨ、伊織も持っとく?」と作業を続けながらメリットを語ったが、そこで伊織は首を横に振った。
「クレーンゲームとかそんなに上手くなかったんだよね、僕。たぶん空間把握能力は人並みだからすぐにミスって壁に埋まりそう……」
「クレーンゲーム……あァ、転生者から得たデータにあったなァ」
伊織なら万一壁の中に出ても脱出する手段はある。
しかし使用に不安や恐怖を感じているのなら無理強いはできないなとシァシァは笑った。
「いや、転移魔石を使えたら伊織から会いに来るコトも可能なのになァと思ってネ」
「そ、そう言われると魅力的な案に思えちゃうなぁ」
「フフフ、まァ今回はワタシから何度だって会いに行くから気にしないでヨ。伊織の頼み事っていうのも叶えてあげたいし」
そこで笑顔でいた伊織が突然首を傾げる。
「でもたしかパパって転移魔石を落として帰れなくなったことがあったんじゃ……。も、もし似た事態になった時のために別の連絡手段も考えておく?」
遥か遠く離れた土地で転移魔石を紛失した場合、そこから元いた場所へ帰るには徒歩になるのだ。
かつてシァシァは雪山で伊織とヨルシャミを助け、山小屋に送り届けた後にそれと同じ事態に陥った。
黒歴史というほどではないが、本人としては少しばかり恥ずかしいエピソードだ。
同じナレッジメカニクスの幹部に知られるなら屁でもないが、伊織やヨルシャミに聞かれるとなると話は別である。
そんな理由からシァシァは驚いた顔をした。
「アレ!? その話どこから漏れた!? アッ、わかった、さてはセトラスが――」
「父さんだよ」
「ヨシ、オルバにも戻ってきたらヤモリくっ付けよ!」
「そろそろヤモリが可哀想になってきたぞ」
再びヨルシャミの鋭いツッコミが入り、シァシァは「協力してくれたヤモリには栄養満点のエサをご馳走するヨ!」とフォローを入れた。
なお、レプターラに生息するヤモリは基本的に手の平より大きいサイズである。
シァシァはトンボのような翅パーツを組み込みながら呟く。
「――オルバもよく迷子になってたなァ。今回も早く帰ってくるとイイんだケド」
心配しているわけではない。
実父と再び離れ離れになった伊織を気遣っての言葉である。それをひしひしと感じながら伊織は気になったことを問い掛けた。
「父さん、そんなに迷子になってたんだ……?」
「ほとんど本部から出ないから目立たなかったケド、物怖じせず突き進むせいか結構ネ。魔法をかけられるのを嫌ってたから環境的にはサバイバル状態だったんじゃないかな」
不老不死のため過酷な環境で命を落とすことはない。
しかし密林の奥地で文明レベルの低い、もしくは独特な文化を持つ民族に捕らえられたり、そこで生贄にされるも死ななかったため神と崇められたり、逃げた先で火もおこせず真っ暗闇の中で何度も夜を明かしたり、猿と食べ物をシェアしたりしていたという。
約千年前、ヨルシャミを捕まえるために比較的活発に動いていた頃も何度かあったとシァシァは言った。
ヨルシャミは「私が苦労して逃げ隠れしている時に迷子になってサバイバル生活をしていたのか、あやつは……」と半眼になる。致し方のないことである。
「この手の話題なら沢山あるヨ! 伊達に長い付き合いしてないからネ」
「うーん、父さん本人のいないところで聞いていいものなのかな……で、でも気になる……」
「とりあえずシァシァもオルバートからヤモリをくっ付けられそうであるな」
帰って来るなら受けて立つ、と笑ってからシァシァは伊織の肩をぽんっと叩いた。
「ま、きっとオルバもバルドもすぐ帰ってくるさ。聖女……静夏や伊織を待たせてるって本人もわかってるだろうしネ」
「うん」
「ワタシもできる限りのコトはする」
「……うん、ありがとうパパ」
お安い御用だと答えるシァシァに伊織も微笑みかけ、それと同時に高い羽音が室内に響く。
何事かと見てみればシァシァの手元にあった丸い球体が薄い翅を羽ばたかせて飛び上がっていた。
イーシュの新しい小型ボディである。
見た目は空飛ぶ大きな羽子板の羽根だ。
完成したんだね、と伊織は祝おうと口を開きかけたが、とある強い既視感からヨルシャミと顔を見合わせた。
「完成はめでたいけど、これ……」
「ナスカテスラばりに大きな蚊の羽音のようであるな」
「ウ、ウーン、内部構造は良い感じに出来たし軽量化も成功したのに、まさかココで改善点が浮上するとは……」
しかしシァシァはグッと手を握る。
「ケド、それでこそ挑み甲斐がある! 難題ほど燃えるヨ!」
「難題ほど燃える……」
小さく呟いた伊織にシァシァは「どうかした?」とイーシュを手元に戻しながら訊ねた。
伊織は目を細め、小さく笑いながら答える。
「いや、その通りだなぁと思って」
伊織のやるべきことも自他共に認める難題だ。
しかしだからこそ挑み甲斐がある、燃える、という感性に共感できる。
より前を向けたお礼として「ありがとう」と言うとシァシァは再び不思議そうな顔をしたが――その手の平でイーシュが再び羽ばたき、騒音と共に「絶対なんとかしてやる!」と言う彼に励まされたように、伊織は明るい笑みを浮かべ直した。
オルバート(絵:縁代まと)
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