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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第998話 ナスカテスラの声 【★】

 静夏の料理音痴は力加減や調理道具のサイズが合わなかったこと、そして経験不足が原因だったが――今世の静夏の母、ミリエルダの独特な味覚や料理センスも影響しているのではないかと伊織は思う。


 なんにせよ一通り母の手料理を味わった伊織はその足で仲間たちのもとを訪れることにした。

 無事目覚めたこと、自分の足で立って歩けることを知らせ、そして落ち着いて向き合って礼を伝えるためである。

 最後に様々な人に心配をかけたと自覚しているからこそ伊織はこうしたかった。


 部屋から近い順にしようという話になり、伊織はヨルシャミはまずはナスカテスラとエトナリカの部屋へ向かうことになった。

 現在セラームルの王宮には要人や戦の参加者が滞在しているため部屋が不足しがちで、姉弟は相部屋でいいよと自ら申し出たそうだ。


(お世話になってるから最初はリオニャさんたちに挨拶したほうがいいのかもしれないけれど……)


 リオニャ、ベンジャミルタ、ミドラたちは避難民の把握や魔獣に壊された街の復興について奔走しており今はまだ時間を取ることが難しい。

 ちなみに驚いたことにリオニャは足首切断などの大怪我をミッケルバードで負っていたが、セラームルに着いてから検査したところ回復魔法を使う前から綺麗にくっついていたとわかったらしい。

 本人曰く「ほら、言った通りですよ~」だそうだ。


 伊織はラタナアラートのラビリンスでドラゴニュートの恐ろしさを垣間見たが、その時とは異なる形で恐ろしさを再確認させられたのだった。


 ミドラたちも王宮に飛来した魔獣に襲われていたと後から知った。

 その際、この国の王子であるタルハを守るためメリーシャが専用の地下室へ避難することで難を逃れたが、世界の穴が閉じても残された魔獣が消えることはない。

 このまま放っておくと再び人を襲うだろうと判断し、現在ミドラが討伐隊を編成している最中だった。


 これと同様の動きは各国で見られ、魔獣の残党狩りと称して復興作業と共に進められていた。

 伊織は体が回復したら修行をする傍らで残党狩りにも参加しようと考えている。


 世界の穴の覚醒を促した罪滅ぼしだけではない。

 自分の思う『救世主』の役目は、穴を閉じたのと同時に終わったわけではないからだ。


「ナスカテスラさん、エトナリカさん、こんにちは!」

「……! おやイオリ、目覚めたのかい!」


 難しい顔で分厚い本を読んでいたエトナリカが立ち上がり、伊織とヨルシャミを迎え入れる。

 その隣でナスカテスラもメガネを指で押し上げながら笑みを浮かべた。


「体はもう平気か? 痛むところや違和感は?」

「はい、大丈夫です」

「いやはやナレッジメカニクスの技術は本当に不思議だな、回復魔法と合わせたらもっと色々応用できそうだが……うーん、リスクが大きすぎるか……」

「――あの、ええと。ただ一個だけ違和感が……」


 なに、と目を剥いたナスカテスラに伊織は口にすべきか迷い、しかしすぐに問い掛けた。


「ナスカテスラさん、なんか声量が普通ですね?」

「あぁこれか!!」

「ぅわっ唐突にうるさい!!」


 思わず両耳を押さえた伊織にナスカテスラも「俺様もうるさい!」と耳を押さえて仰け反る。

 つい先ほどまでナスカテスラはごく普通の声の大きさで話していた。

 彼は以前受けた呪いで『自分の声だけが聞き取りにくくなる』というハンデを負い、その結果いつも大声を張り上げているような状態だったはずだ。


 意図的に声をひそめることもできたが、その場合は自分の声が聞こえないまま勘で喋ることになるため、聞く側に『たどたどしい』という印象を与える喋り方になっていた。

 耳から手を離したナスカテスラは何度か発声練習のように声を出してから言う。


「まだ加減がわからなくてね、たまに今まで通り喋りそうになって……というか喋ってしまって自分でもうるさいったらありゃあしないんだ」

「もしかして呪いが解けたんですか? 一体いつ?」

「徐々に解けていったから、これは予想なんだが――」


 ナスカテスラは己の耳を指先でトントンと叩いてみせる。


「あの呪いの解除条件は俺様が死ぬことだったみたいなんだ」

「死ぬこと、……死ぬこと!?」


 死ぬと解除されるということはナスカテスラは死んだのか。

 では目の前にいるのは一体?

 そんな戸惑いと疑問が一斉に伊織の顔に出たのか、今度はエトナリカが笑いながら説明した。


「あの戦いでナスカもデカい一撃を食らってね、瀕死だったところをアタシが回復魔法で助けたんだ。けど……あの時に一時的とはいえ心臓が止まってたんだろうねぇ、それで呪いが『対象は死んだ』って判断したみたいなんだよ」

「あはは、まさか臨死体験をすることになるとはね」


 なんでもナスカテスラが蘇生した段階で呪い――ナスカテスラの体内に居座り、悪さをする特定の魔力が再び活動を再開しようとしたが、その時にはすでに大部分の呪いが消え去っており、元の状態に復帰できなかったのだろうとのことだった。

 しかも一度は成就してしまったせいで効力も弱まって弱体化し、結果的に数日かけて消え去ったというわけである。


 あまりにも綱渡りな過程だったが、伊織は素直に嬉しい気持ちを口にした。


「……っナスカテスラさん、おめでとうございます!」

「ありがとう、慣れるのにちょっと時間を要しそうだが……まあ解決してくれるのも時間だ、ゆっくり慣れていくよ」


 そう言ったナスカテスラの口調は穏やかなものだった。

 まるで親戚の集まりに参加した甥を見守るような声音だ。これが本来の彼の喋り方なのだろう。

 伊織はそう思いながら頭を下げる。


「そんな大変な思いをした後だったのに、セラームルに戻るまで……そして戻ってからも色々とありがとうございました。エトナリカさんもお世話になりました」

「おやおや、俺様は患者ファーストだよ? あれくらい当たり前さ」

「そうそう、それに動き回ってるほうがナスカにとってもリハビリになるからね」


 これからも好きに頼っていいよ、とエトナリカは快活に笑った。

 その手に持たれた本に視線をやったヨルシャミが「ほう」と目を凝らす。


「それは召喚魔法に関する本か。しかも有名どころであるな」

「お、わかるかい。ナスカと一緒に短期間に詰め込む形で学んだんだが、付け焼刃もいいところだったから。特にアタシはまだ連絡用の子くらいしか呼び出せないしさ」


 だからここらで落ち着いて基礎から学び直そうと思ったんだ、とエトナリカは本を揺らした。

 ナスカテスラも大物を呼び出せるようになったが持続時間が短く、まだ安定もしていないため揃って勉強し直しているという。

 強大な力ほどしっかりと基礎を学んでおかないと大変なことになる。

 それは伊織も身に染みてよくわかっていることだった。


(ナスカテスラさんたち、もう新しくやりたいことを見つけて進んでるんだな……)


 今までも戦い一辺倒ではなかったとはいえ、ひとつの大きな目標を達成した後でもやりたいことを見つけて前へと進んでいる。それが伊織は嬉しい。

 そして、これから様々なことを学ぶ自分にとっては励みにもなる。

 そう自覚しながら、伊織は「頑張ってください!」とふたりを鼓舞して笑みを浮かべた。






挿絵(By みてみん)

エトナリカ(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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