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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第997話 聖女マッシヴ様のフルコース

 伊織がしっかりと目覚め、そして目を瞠るほど回復したことをひとしきり喜んだ静夏は「そうだ」と笑みを浮かべて出入り口へと向かった。


「待っていろ、すぐ食事を用意する」


 眠っていても腹は空く。

 伊織は延命処置を受けたため飲食そのものは不要だが、まだ日が浅いことも手伝って一定の空腹感は感じていた。

 喉を掻きむしるほどの飢餓感はないが、むしょうになにか口に入れたい気分だ。


 延命装置への魔力供給は自前の魔力でなんとかなるため、魔石すら食べなくてもいいというとんでもない状態だが――可能な限り今まで通り食事をしよう、と伊織は決めている。


 しかしまさか寝起きの食事が母の手料理になるとは、と思いを巡らせているとヨルシャミが背を叩いた。


「安心するといい、あれからシズカも大分上手くなった」

「味については心配してないよ、どんな料理でも母さんの手料理なら嬉しいから。ただ怪我しないかどうかは心配かな……」


 静夏が、とも、厨房にいる人が、とも指定せずに伊織は雪国で見た静夏の料理風景を思い返す。暴れ回る食材が爆誕していないだろうか。

 ただし、それすらも大いに改善された可能性はある。

 伊織が離れ離れになってから経過した時間の大きさを感じ、少しばかりしんみりとしていると――ずずん、と施設全体を揺らす振動が駆け抜けた。


「――本当に大丈夫?」

「う、……む」

「溜めが長い……」


 それでも伊織は静夏を信じて待つと決め、待っている間に手早く体を拭いて着替えることにした。

 そして胸元と脇腹の手術痕に気がついて目を瞬かせる。

 着替えを手伝っていたヨルシャミが伊織の視線を追って「あぁ」と納得の声を漏らした。


「延命装置による回復はバルドのように瞬時に行なわれるものではないそうでな、そのため埋め込んでから脇腹の傷も一旦塞いだのだ。一部はシァシァの人工皮膚で賄っているそうだぞ」

「パパ万能すぎる……!」

「いや、新しいものは用意出来なかった故、義腕のものを流用したらしい」

「それでも万能すぎる……!」


 聞けば損傷した臓器は『命を保つのに必要』と装置が判断し、真っ先に修復が開始されたという。それが必要最低限完了したところで手早く縫合して傷を塞いだ後、安静にしながら回復を待っていた。

 そうして伊織が目覚めたのがシェルターの中でヨルシャミたちと再会を果たしたあの瞬間である。


「最高モデルの装置といえども普通はここまで修復は早くないそうだがな。お前の潤沢な魔力があってこその結果だろう」

「なんか父さんたちの不老不死みたいだな……」

「いや、もし装置が傷つけばその場で暴走しかねん。無茶だけはするな」


 バルドなら巨大魔獣に踏み潰されても復活するが、伊織はその場で装置ごと壊れて一巻の終わりということだ。

 緊張を顔に出しながら伊織は何度も頷く。


「それでも傷跡は残ったのか、これは今後も治らない感じ?」

「人工皮膚がお前用ではない故らしいな。傷跡となってしまえば装置の回復も効きづらいらしい。回復魔法と同じだ」


 ヨルシャミは伊織の傷跡を視線でなぞりながら目を細めた。


「ただ、他の技術を駆使して消すことも可能と聞いているが……胸部に関しては、シァシァとしてはメンテナンスのたびに付くせいでいたちごっこのようだ」

「――なら戒めとしてこのままにしておこうかな」


 伊織は傷跡を見下ろしながら言った。

 肩の火傷跡にも同じ気持ちを込めてある。

 無茶をした証であり、仲間に心配をかけた証だ。


 ヨルシャミは両耳を下げると呆れながら笑った。


「お前は形に残すのが好きだな、イオリよ」

「見るたびに思い出したいんだ。……あー、けど、ヨルシャミとしては嫌かな?」


 その問いに今度は溌剌とした笑いを返し、ヨルシャミは伊織の肩を叩く。


「どのような姿でもイオリがイオリならば嫌とは思わん。お前と同じようにな」


 伊織はヨルシャミがどのような姿でも愛する。

 それと同じだとヨルシャミは言っているのだ。


 伊織は照れ笑いを浮かべると新しい上着に袖を通した。

 そこへすぐにそれとわかる足音が近づく。ふたりで顔を上げると静夏が巨大なトレイを片手にドアを開けたところだった。


「待たせたな」

「ぜ、全然。むしろ早かった……というか……」


 そのトレイのデカさ、なに。


 そう視線で示しながら伊織は静夏を見上げる。

 静夏はにっこりと笑うとテーブルにトレイをどすんと置いた。ステラリカの強化型土製テーブルが固い音を響かせる。


 トレイの上に載っていたのはサラダからスープ類、肉料理数種、デザート、パン類、ご飯ものだった。

 まさかのワンプレートである。


「なにこの、その、ええと、フルコース……」

「どんなものを食べたいかリクエストを聞くのを忘れてしまったからな、では思いつくものを一通り作ろうと思ったんだ。まだ上手く消化できないかもしれないが……」


 その場合はこれがおすすめだ、と静夏は雑炊を指してみせる。

 白身魚のほぐし身が入っており、目にしただけでも美味しそうだ。見たところ骨も丁寧に取り除かれている様子だった。


 そしてトレイに載せられた料理はすべて整った見た目をしている。

 伊織としては予想外の結果をお出しされた形だった。

 料理下手な静夏が多少上手くなっていても想像の範疇から逸脱することはないと思っていたのだが、それは侮りだったわけだ。


 静夏はきっと沢山の努力をしたのだろう。

 伊織は反省しながらスプーンを手に持つ。


「完食は難しいけど全部食べるよ」

「そうか、ではゆっくりと食べてくれ」


 嬉しそうな静夏の表情に伊織も自然と笑顔になった。

 そのまま先ほど薦められた雑炊から手に取る。消化は問題ないが味の薄いものから食べた方がいいと考えたのだ。


(やっぱり小骨の処理がしてある。凄いな母さん……こんなに成長して……)


 まな板ごと切っていた頃とは大違いだ。——音から察するに今回も切っていた可能性はあるが。

 伊織は再び経過した時間を感じながら一口目を頬張った。


 味の薄いもの。

 そう思っていたが――雑炊は骨付き肉ばりの肉汁溢れる雄々しい味がした。


(なんで!? なに!? なに入れたの!?)

「どうだろうか、伊織のために美味しくなってくれと筋肉の波動を当てながら調理したんだが……」

(遠赤外線で焼く的なやつ!?)

「あとは隠し味にニンニクも入れてみたんだ」

(隠れてない! 隠れる気がない!)


 雑炊を食べたというのに口の中はステーキを平らげたような状態になっている。

 伊織は最終戦でも感じたことのないほど脳が混乱しているのを感じた。

 口直しにと傍にあったオニオンスープらしきものを口に運ぶが、それもまた見た目からは想像もつかないほど濃厚な味をしており、伊織は思わず瞼を閉じて天を仰ぎ見る。


(でも……)


 インパクトは凄まじいが、どれも美味しい。

 母の手料理を次々に口へ運びながら伊織は笑い、そして親指を立てた。


「全部美味いよ、母さん!」


 若干斜め上だが、静夏も成長した。

 良い変化であれ悪い変化であれ、大事な家族の時を重ねた『結果』が目の前にあるのは、そして自分の目で見られるのは良いことだ。

 一歩間違えば叶わなかったことなのだから。

 そんな想いと共に伊織が発した言葉に静夏はとても嬉しげな顔をし、そして。


「それは良かった! じつはまだ外にもあるんだ、好きなだけ食べてほしい」

「え」


 一旦廊下に出た静夏が巨大トレイを今度はふたつ持って戻ってきたのを見て伊織は固まった。三つ同時にどうやって運んできたんだ、という疑問が過ったが、恐らく頭に載せてきたのだろう。


 新たなふたつのトレイ。

 その上にも想像を絶する味を持つ料理が所狭しと並んでいるのだろうが――伊織は、今は笑顔でそれを迎え入れることにした。


 その笑顔が若干固かったのは致し方ない。

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