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島津エルフ  作者: 十六夜やと
序章 薩摩建国編
1/2

プロローグ それは歴史の1ページ

 レーヴェ暦1685年。

 後の世に『ガスパール南域戦役』呼ばれる戦いにて。



「……何だ、これは」



 王国・帝国の連合軍による南方の亜人種国家群への戦争──通称・南伐と呼ばれ、今回その最高責任者を務めることとなった王国軍南伐最高司令官は人知れず呟いた。戦闘が始まる前までの想像を遥かに超える現実を前に、司令官は目を見開き口を開閉する。

 その光景に指揮する側の手が震え、後方支援で安全なはずの周囲の兵も不安が伝播していく。


 亜人種国家が複数割拠するガスパール大陸において、人類側が統治する国家から仕掛けた戦い。『奴隷産出国獲得』という本音を包め、人類側の弾圧を鎮圧する建前の名の下に開戦したそれは、案の定とも言うべきか、人類側の圧倒的有利な戦況が生まれた。そもそも労働力の確保を目的とした、亜人国家に攻めることは珍しくなく、実際に王国や帝国は亜人種族の植民地支配に成功した実績もある。なので今回の戦役は『勝つか負けるか』よりも、『帝国を如何に出し抜いて属国を増やすか』が課題となっていた……はずだった。


 大勢は決した。

 亜人種そのものがプライドが高く、我が強い連中なのだ。それが同盟を組んで帝国・王国に戦いを挑んだどころで、連合軍約50,000の敵たりえなかったのだ。足並みのそろわない集団など、烏合の衆とさして変わらない。

 既にドワーフや、ケンタウロス、スピリット、ナーガなどの、亜人国家同盟の主格となる軍は敗走している。特にドワーフやナーガは司令官クラスを捕縛したとの情報が入っている。もはや後は掃討戦となるはずだったのだ。


 残るは()()()()()()()。『森の民』と名高いエルフのことは、王国最高司令官もも知識だけなら知っていた。




 曰く、森と共に生きる種族であり、目の良さと手先の器用さにかけては他の追随を許さない技術を持つ。

 曰く、主な武器は弓と魔法。遠距離による攻撃は脅威であり、人間の魔力では彼等の魔法を防ぐことは難しい。

 曰く、寿命が長いため個体数が少なく、選民思想がかなり強く、彼等の信ずる森の神への信仰心は高い。

 曰く、非好戦的で博愛主義。エルフから戦争を起こすことはほとんどない。




 敵とするにはかなり厄介な相手だが、近年エルフの魔法を防護する術を身につけた王国は、北に生息するエルフ族の国家を植民地支配したばかりだ。ましてや勝ち戦での戦闘。エルフ側の戦線を維持している王国軍に負ける要素などなかった。

 正面に展開している王国兵20,000に対し、エルフの戦力は4,000ばかり。数ばかりが勝敗を左右する絶対条件ではないが、それでも数に勝る勝因は中々に存在しない。







「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっっっっっっっっっっ!!!!!!」」」」」」







「「「!!??」」」



 また()()()だ。

 精神的な攻撃魔法なのだろうか。彼等が時折響かせる、聞いたことのないドラゴンの咆哮を彷彿とさせる声は、我等王国軍の身体に重圧をかけ、同時に兵が死んで逝く。


 最高司令官は王国南域を治めるグランバート伯に注意されたことを思い出す。ちょうど王国とエルフ族の森を隣接する領地を任されたグランバート伯は、慎重に徹するゆえに臆病と笑われがちだが、それでも無能ではなかったと記憶している。

 グランバート伯は南伐をする王国軍最高司令官に注意を促した。




『どうして私がグランバート領(ここ)を任されていると思う? 臆病者だからか? ……あぁ、そうさ、私は臆病者だ。だからこそ、私は今もこうして生きているのだろう』


『……臆病者だからこそ?』


『今回の南伐は亜人種国家群を知ろうともしない、元老院(クソ共)が企画したに決まってる。数字でしか物事を見極められない無能が、どうして国家の中枢を任されているのか、甚だ疑問を覚えるがな』


『よく分からないな、なぜエルフに限定する。たかだか耳が長いだけの一族だろう? こちらの兵力は50,000弱、対して亜人同盟はエルフ含めた30,000程度。そこまで危険視するほどでもないと思うが?』


『それが間違いだと私は言っているんだ! いいか!? 南方のエルフ共は北方のエルフとはわけが違う! いいや、訳が違うとか言うレベルじゃない! 連中は化物だ! 私は南方のエルフを正面から相手にするぐらいだったら、ガスパール大陸の全国家を敵に回したほうが遥かにマシだ!』


『そ、そうなのか? でも、それはあまりにも言い過ぎじゃ……』


『生き残りたいのなら一つ忠告しておこう。奴等に勝とうと思うな。そして──()()()()()()()()()





 確かにその通りだったな、と司令官は声に出さず呟く。

 南方のエルフ共は北方のエルフとは全然違う生き物だと認識した。


 奴隷市で見たエルフの雄は、長身で耳が長く、剣を握るところなど想像できないほど細い。

 だが、目の前のエルフは何だ?


 長身で耳が長いまではいい。問題は、南方のエルフ共の兵が皆筋骨隆々で厳つく、槍や剣を振り回している点だ。兵士全てがギラギラと輝かせ、口からあらん限りの咆哮を響かせ、笑いながら王国の兵士を次々と斬殺していく。しかも武芸は他者を殺すことに特化された動きであり、王国の聖騎士団ですら彼らほどの動きはできないだろう。

 片刃の剣を振るえば兵士の首が飛ぶ。槍を突けば体に穴が開く。時には蹴って殴って、連合国兵の武器を奪って殺す。

 何が弓と魔法に長けた種族だ。

 王国よりさらに北に生息する蛮族国家よりも蛮族ではないか。


 その要因の一つを作っているのは、エルフ族の中に埋もれた一人の男だろうと、王国の司令官は推測する。戦を経験したことのある兵士ならば簡単に分かることだが、その男は王国の人間と容姿的な特徴や魔力量だけでなく、その()()()が異常だった。

 身長は王国民と比較して若干低く、王国や帝国、ドワーフやケンタウロスなどとは形や色の異なる甲冑を身に纏っている。それがエルフの将であることは常識的には考えづらいが、馬上で槍を大いに振るい、その甲冑を着た男がエルフ共に負けず劣らずの大声で指揮しているのだから、あれが指揮官であることは間違いないだろう。



「……何なんだ、あの男は」


「亜人、でしょうか? ですが、エルフには見えませんね」



 エルフは亜人の中でも特にプライドが高い。

 その高さは北方のエルフを属国とした領主が「隷従させるのに数百年、抵抗の意思をなくすのに数千年」と言わしめるくらいだ。

 しかし、現に男は手脚のようにエルフを指揮し、エルフ共はそれを当然のように受け入れている。戦の中でそのようなことを考えること自体が無粋だろうが、それでも不可思議な現象には首を捻るしかない。


 後方で温存していた戦力を投入するべきかの判断を下そうとしたその時、低い重音が戦に響き渡る。自軍から鳴り響くものではないのなら、答は一つだろう。その推測を裏付けるが如く、エルフの連中は撤退を開始する。

 蛮族じみたエルフ共も被害がないわけではない。ましてや同盟の大半が瓦解し配送している今、エルフ共が死に物狂いでここを死守する意味がないのだから当然だ。戦場となていたレヴェナ平原を捨てることは、エルフの森に撤退するということ。自分達の住処を蹂躙される危険性は高まるが、ここで壊滅するよりかは遥かにマシだろう。



「司令官、我々も追撃しましょう!」


「え、いや、しかし……」



 脳裏にグランバート領主の言葉がよぎったが、王国軍の前線は既にエルフの森へ侵入し、追撃を行おうとしている。

 最高司令官は舌打ちをする。

 士気が高まっている上での追撃を中止するわけにもいかず、誰かが興奮している兵士たちを指揮しなければならない。それは誰か?


 最高司令官は補佐に広報を任せ、一部の近衛兵を引きつれエルフの森へと向かう。

 それが地獄への片道切符とも知らず。




    ♦♦♦




「何やら不気味な森ですな」


「それは仕方のないことだろう。ここは奴らの森だ」


 司令官の答えに、近衛兵は納得したように笑った。

 軍馬を走らす6つの影は高速で動くが、まだ追撃部隊の後方は見えない。司令官自体が前線に出て指揮をする想定をしていなかったためだ。前線指揮官は有能なものを多く配置し、なるべく自分が動かないよう手配していたはずなのに。

 王国軍の司令官は大きく溜息をつく。



「しかし、これで亜人同盟は事実上の崩壊。我々の国力も大いに増すことでしょう」


「だが問題は亜人だけではない。戦後処理が一番の問題ではないか? 属国の分配で大いにもめるのは目に見えている」


「亜人の次は帝国、か」



 既に近衛兵たちの話題は戦後にあるようだ。

 緊張感のない……と思いつつも、実際に勝ち戦なのだから彼等の気持ちも分かる。


 さて、司令官たる自分の報奨はどれくらいなのか。

 まだ見ぬ莫大な報奨に想いを馳せようとした時──








 耳をつんざく爆発音が森に響き渡った。







 それは連続性のある爆発音。

 このような音は今まで来たことがなかった。訓練された軍馬すらも乗者の制御を離れ、動揺を隠せないでいる。馬は足踏みをし、そこに止まる。

 司令官は大声で叫ぶ。



「何だ、何なんだ!? この音は!」


「──おう、大将なのに、種子島を知らんか」



 いきなり聞き覚えのない声をかけられ、司令官は反射的に振り向く。いや、聞き覚えはあったのだが、まさかこの場で聞くとは思わなかったこえというのが正しいだろう。


 そこにはエルフ共に混じっていた男が居た。

 背後には不思議な形をした棒を持ったエルフ共が数十待機している。



「貴様……エルフ共の司令官か?」


「まぁ、そういうことになってるな」


「……ん? 人間か? 貴様は人間なのか!?」



 司令官は目の前にいる男の出で立ちは初めてのものだったが、男が王国民と同じ人間であることを認識した。黒い瞳というのは非常に珍しいが。

 その問いに男は、さも当然と肯定する。



「ん? なんだ、儂が人以外に見えるか? 物の怪や妖の類にでも見えるのか? 王国ん大将は面白いことを言う!」


「なぜエルフ共に与する?」


「……さぁ? なぜか、と言われてもなぁ。理由があるとすれば──」



 黒い瞳の男は笑う。

 笑うというよりも嗤うと表現する方が正しいと思わせるほどに。





「コイツ等らが薩摩兵児(さつまへご)になりたいって言うから、教えてるだけだ」





 薩摩兵児。

 それは司令官が人生で今まで聞いたことのない単語だった。こんな状況で首を傾げる司令官だったが、男が答えたのはここまでだった。

 男は手を挙げる。



「森に入ってきた兵は既に敗走して、大将たるお前が目の前にいる。ここは一つ儂の()()になってくれねぇか? ──撃て」



 自分達の目の前に敵の親玉が目の前にいる。

 ならば総大将足るものが取る行動は一つしかないだろう。


 男の前に棒を持ったエルフ共が並び、その場でしゃがみ先端をこちらに構える。その動きは熟練の老兵を彷彿とされ、棒の先端をまっすぐ王国軍側の人間へ向けている。

 いままで好々爺のような口ぶりだった男だったが、最後の命令口調は研ぎ澄まされた刃よりも鋭かった。その言葉とともに、棒から鼓膜を破るかの如く爆音が響き渡る。先ほどの森に響いたそれと同種の音であり、死神の大鎌を振るう音でもあった。


 爆発音が鳴れば人が死ぬ。

 いつの間にか司令官の前に立って盾となっていた近衛兵は、ただ一人の例外なく身体の何処かがはじけ飛び、驚愕の表情のまま骸と成り果てる。

 例外なく。そう、王国軍最高司令官も、だ。



「がっ──!?」



 司令官の脳がはじけ飛ぶその瞬間。

 彼の視界に映ったのは──エルフ共が掲げる旗。











 黒い十字の紋の旗だった。





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