アトリア解放戦 その四
「あの…マコトさん、ちょっといいですか?」
「え?あ、はい」
ケイタイを耳に当て、はいはい—と応じていたマギステルが、私に声をかけてくる。何用か?—と振り返れば、マギステルの用件は、今まさに気にしていた相手のことだった。
「陽動班の元に、大量のゾンビが発生しているそうなのです。発生源を調べられますか?」
「分かりました」
どちらかと言えば、そういったことはアシュレイの管轄なのだけど、そうも言ってはいられまい。やるだけやってみるのだ。マギステルに頷いて返すと、意識をMAPへ戻した。
(南西の商業区広場に多数の魔力反応。数が多すぎて真っ赤だよ…)
《発生源…ねぇ》
これはどうしたものか—と、途方に暮れる。発生源を探そうとするならば、細やかな魔力反応まで追えるようにせねばならない。できない訳ではない。ラヴァの感知できるものは、映像として反映可能である。私が耐えられればの話だが。
《うーん…過負荷になるかもしれませんが、試してみましょうか?》
(とりあえず、やってみる…怖いけど)
深呼吸して一拍置いた。何かしらの寄る辺が欲しくなり、チラリとアシュレイらの様子を窺う。アシュレイにクシケンスの二人は、呪術陣に錬金陣を重ね、龍脈の流れを具に追っていた。クシケンスが陣の維持に注力し、指から吊るしたペンデュラムへ意識を集中させているのがアシュレイだ。ペンデュラムは、まだ動く気配がない。
「む、難しいですか?」
「ああ、ごめんなさい。私の覚悟の問題でさ。とりあえず、やってみます」
気遣わしげに声をかけてきたマギステルへ、礼を込めた詫びを入れる。その後ろには、不安げに瞳を揺らす修道士の少女がいるのだ。もう大人である私が、怯えていては格好がつかないだろう。女は愛嬌—などと元いた世界では耳にしたものだが、こちらの世界では、女も度胸なのだ。やってやろうではないか。
「ラヴァ、やって」
『…分かりました』
うっ—と、小さく呻き声を上げてしまう。唐突に膨大な量のデータが、脳裏へと焼き付いてきたのだ。その一見すると意味のない文字の羅列だけでも、すでに私の頭は処理の限界を迎え、悲鳴を上げていた。
(きっつ…)
《大丈夫ですか?》
気遣うラヴァに手を上げて見せ、頭の痛みは歯を食いしばって耐える。まだ終わりではないのだ。せっかく送られてきた情報も、このままでは理解できない。それを意味ある映像として、視覚化してやらなくてはならないのだから。
「…ラヴァ…ごめん。もう少し絞って。これじゃあ、何が何だか分からない」
『…このくらいですか?』
ラヴァの感知した魔力的要素や地形情報を、一旦、魔力波へと変換し、私へと送信する。それを受信した私は、同じく与えられたデータテーブルに沿って、視覚化するのだ。これが、MAPと呼称する魔術の全容である。当初はラヴァによるフルターン制御に近かったが、私のレベル上昇に伴い、今の形へと落ち着いた。
「…もう、少しだけ…緩めて」
『…これくらい?』
感知する魔力量を絞ってもらったことにより、多少は見えていたMAPだが、そこから少しでも緩めると、再びアトリアの鳥瞰図は真っ赤に染まる。赤は敵対勢力を意味するのだ。つまり、静まり返った町に見えて、その実、至る所に敵がいる—ということなのだろう。
「…ラヴァ、これ…全部、敵?」
『…分かりません、私にも。一体、何が起きているのか…』
あまりにも真っ赤に染まりすぎて、ラヴァにも敵なのか何なのか、判別がつかないらしい。
「いっつ…」
そこで限界を迎えた。激しい頭痛に襲われ、思わず膝をつく。瞼の裏に焼き付く赤は次第に減り、ついにはMAPの制御も手放してしまう。ううう—と痛みに唸りながらも、何かを掴んだ気がした。
「南門付近…何かある…」
MAPの制御を手放した瞬間、反応の弱い魔力反応から消えてゆく中、数点、最後まで残ったものがあった。裏を返せば、それだけ強い魔力反応ということだろう。分かり易い南門だけは、捉えることができたのだ。
「南門…ですか?」
「うん…」
背後から聞こえる訝しむような声に、目元を押さえながら頷く。まだ痛みは緩解しない。マギステルへ視線を向けることはおろか、瞼を持ち上げることすらできなかった。
「…分かりました。調べに行かせましょう。誰か…」
マギステルが鐘塔から階下に呼びかければ、すぐに、承知—と、声が返ってくる。階段の踊り場に、修道士がいたらしい。
「あ、あの…」
「…ん?なあに?」
近付く足音に、鈴を転がすような声。少女が私の元へとやってきたのだ。未だに目を開けることは叶わないが、それでも肩越しに顔は向けた。
「…法術を…」
「ああ、気にしないで。大丈夫。すぐに良くなるよ。有難う」
貴重な法術を、こんなことで使わせる訳にはゆかない。ソティならば馬鹿みたいに信仰値が高いため、それなりに連発できるが、治癒の法術は、本来ならば燃費が極めて悪いのだ。丁重に礼を告げて断った。
「可愛いね、ちくしょー。…天使かよ」
『…声に出てますよ』
声に出していたらしい。顔から火が出るかと思った。聞かなかったことにしてもらいたいところだ。
『真、そのままで良いので、南門に何が見えたのか教えてもらえますか?我々は南門を通過してきております。その時、魔力が濃かったことは確かですが、何かあったようには見えませんでした』
ガンガンと内側から頭を叩かれるような痛みに苛まれる中、意外に容赦のないラヴァが問いかけてきた。何か思い付いたような気もしないではないが、今は何も考えられない。ひとまずは、時間をくれ—と返した。
「ごめん。それは私も分からない。ただ、一際強い反応が何箇所かあって…その一つが南門。分かり易かったから…頭痛が治ったら、もう少し見てみる」
「マコトさん!?」
私の言に、マギステルが上擦った声を上げた。心配してくれているのだろう。問題ないことを手振りで伝えてみれば、溜め息が返ってきた。
「大丈夫。何とかなりそうです」
これは強がりではない。ある程度の情報をMAP上に反映させた後、すぐさまMAPを終了すればいいのだ。先ほどと同じように、魔力濃度の高い場所は、ゆっくりと消えてゆくはずだ。裏技的な使い方に気が付いたのは、怪我の功名—というやつだろう。
「…オーケー。イケる」
『…いえ、流石に許可できません。もう少し、間隔を開けなさい』
うし—と、瞼を持ち上げて顔に力を込めるものの、今度は強がりだ。まだまだ頭痛の波は去っていない。目を開けただけでも、頭痛は存在の主張を強め、いたた—と、再び瞼を下ろした。どうにも私だけ休んでいるのが申し訳なく思い、無理を通そうとしたのだが、ラヴァから、あっさりとダメ出しをくらう。その後にはマギステルが続いた。
「そうですよ。せめて、目が開けられるようになってからお願いしますね」
「す、すみません」
謝りながら目元を揉み解し、早く良くならないもんかな—と、頭痛を恨めしく感じた。
「少しよろしいでしょうか?…ええ、はい。その件です」
次いで聞こえてきたマギステルの声は、ケイタイへ向けられたものだろう。リーブリヒに南門の件を伝えているらしい。目を閉じたまま耳を欹て、マギステルって優しい声をしてるよな—と、聞き入った。
「ぷふっ」
次いで聞こえたのは少女の声だ。今のは失笑だと思うが、何か吹き出すような要素があったのだろうか。
(ラヴァ、何かあったの?)
《いえ、あまりにも緊張しているようですので、少し、緊張を解してあげようか—と》
どうやら、うちの従魔の仕業であったらしい。チョコチョコと肩の上を行ったり来たりしていたかと思えば、何をしているのか。
(従魔の質が問われるよ?)
《今更ですよ。この主人にして私です。お似合いでしょう?》
ラヴァの言に、天使かよ—発言が思い起こされ、再び頬が熱を持つ。幼気な少女に汚れた大人の本性を見せてしまったことは、墓場まで持ってゆきたいと思う。特に、ソティには知られてはいけない。
「—ええ、私の部下を回してあります。…いえ、それは構いません。はい、よろしくお願いします」
マギステルの通話が終わりを迎えた頃、ようやく頭痛が落ち着いてきた。ゆっくりと目を開き、数回、瞬かせる。問題ないことを確認してから、マギステルへ振り返った。
「リーブリヒ?」
「はい。リーブリヒさん達も、南門へ向かうそうです」
それならば安心だ。リーブリヒらの元には、反則級の兵器を扱うクルスがいる。彼女ならば、ゾンビなど、ものの数ではないに違いない。
《油断は大敵ですよ。そのクルスがいても、不死系魔物の数に退いた訳ですから》
(いや、分かんない—って、退いたことは確かだけどさ…ノアの鐘にも、修道士の皆にも、後衛がいないじゃん。クルスさんがいてくれたら、安心だよ)
クルスの武器はガトリングガンだ。銃身が回転し、夥しい数の弾丸を瞬時に発射できる銃器だ。私の乏しい知識で分かるのはそれくらいだが、数を相手にするならば例え魔力により肉体を強化されているといえど、剣や槍でちまちま戦うよりも強力であることは想像に難しくない。
《ふむ…まあ、そうですね》
(でしょ?)
誤解がないように補足するならば、ノアの鐘や修道士らが力不足と言うつもりはなく、後衛の存在は大きいという話だ。
「地下だ…」
ポツリと呟く声が聞こえて、振り返る。声はアシュレイのものだった。閉じていた目は見開かれており、融合陣の上で吊るされたペンデュラムは小刻みに震えている。もっとはっきりと揺れると思っていただけに、少しばかりがっかりした。
「…盲点だったよ〜。地下だ〜。おそらく〜、汚水処理施設〜。そこに何かある〜」
「…や、やりました…ね…」
ゆっくりと陣を消しながら、クシケンスが嘆息する。玉粒の汗は、如何に陣の維持が難しいかの証左に他ならない。彼女とアシュレイならではのコンビプレイだった。
「汚水処理施設…す、すぐに行きましょう!」
「待てって〜。私達は調査班だぞ〜。勝手に動いていいはずないだろが〜。それに〜、ゾンビがやたら現れてるって〜?」
すぐに鐘塔を下りようとするマギステルに、アシュレイが待ったをかける。ペンデュラムに集中していたかと思いきや、ちゃんと私達の会話にも耳を傾けていたらしい。
「あ、聞いてたんだ」
「可愛いね、ちくしょ〜。天使かよ〜」
こんの性悪呪術師め。本当にしっかりと聞いていたらしい。薄ら笑いを浮かべながら、悪戯小僧の如く揶揄ってくる。文句の一つでも—と思ったのだが、眉を吊り上げた途端、アシュレイは真顔になった。
「ねえ〜、あれ、何〜?」
「…あれ?」
アシュレイは目を細めつつ、私の後方へと指を指す。最初、騙されてなるか—と、悪戯の延長のように考えていたのだが、汗を拭い終えたクシケンスやマギステルまで、鐘塔の際へと寄った。これは流石に訝しみ、私も振り向いた。
「…何もないじゃん」
くそ、騙された—と3人を睨みつけるも、3人は、未だにどこか遠くを見つめている。流石にこれは何かある—と考え直し、MAPを展開した。少しばかり不安を感じたが、頭痛は襲ってなかった。
(な、なにこれ!?)
《真、もしかして視認できないのですか?》
MAPに表示されたのは、アトリアの鳥瞰図だ。その町の中央付近に、大きな紅点が現れていた。MAPから視線を外し、鐘塔の縁から身を乗り出す。けれど、どれだけ目を細めても、私の視力では何かあるようには見えなかった。
(…まさか、グリム!?)
《いえ…グリムではありません。あれは、かなり小さいです。真達より、一回り大きいくらいですか…今、ゆっくりと上空へ上がっております》
私の肩から身を乗り出すラヴァには、良く見えているらしい。必死になって探すも、私が見つけるよりも早く、向こうが動いた。
「なっ!?」
「…これは…」
「魔術…で、すか?…」
上空に巨大な魔法陣が広がったかと思えば、おどろおどろしい雲が溢れてアトリアの町を覆い尽くす。その段になって、雲の広がり方から、アトリアの町がドーム状の何かに覆われているのを知った。
「…リ、リッチーだ!マコト、すぐにアイマスらに念話〜!ヤバイぞ〜!」
「え?ちょっ…う、うん!」
声を上げるや否や、階下へと駆け下りていったのはアシュレイだ。勝手に動いちゃいけないのではなかったか?—と抗議する間もなく、その後にクシケンスとマギステルらが続く。どうしようか?—と逡巡するも、念話を優先した。
(アイマス!聞こえる!?アイマスっ!…リーブリヒ!リーブリヒ!?)
何度呼びかけても、アイマスからの応答はない。MAPを見てみれば、アイマスら救護班も、リーブリヒら陽動班もが、別々の場所ながら、ゾンビに囲まれている。念話の魔道具を出していられる状況ではないのだろう。
(アイマス!町中央にリッチーが出現!私達は迎撃に向かう!リーブリヒ!町中央にリッチーが出現!私達は迎撃に向かう!)
《真、急ぎますよ!》
既に教会から飛び出したアシュレイらは、リッチーを目指して路地を走っている。ラヴァも私の肩から飛び立つと、階下に見えるアシュレイらの元へと向かう。ちょっと待ってよ—と、本気で泣きそうになった。
「おおお、置いてかないでよ!?」
後を追うべく身を翻したところで、何か障害物があるのに気がつく。何とか勢いを殺して止まれば、私以上に泣きそうな少女と目が合った。
「…おおう…」
「…あ、ああ…あの、そ、その…」
少女の背後には、階段の中ほどで待機している修道士が二人見える。共に苦笑し、私と視線が交差するや否や、肩を竦めてみせた。
「リッチーだとよっ!」
「もう!どうしろっていうのよん!?」
槍を振り回しながら、リーブリヒが叫んだ。肩越しに報を受け取り、視線を前方へと戻す。南門には未だに辿り着いていない。南門が近くなるに従い、不死系魔物の数が増えてきたからだ。アサルトライフルで敵を薙ぎ払いつつ、どうするのが最善か頭を働かせた。
(リッチーでありますか…ここに来られたら、厄介なことになるでありますな)
リッチーとは、不死系魔物系の魔物の中では極めて異質な存在だ。何故なら、魔石が本体となり思考能力が低下したはずの不死系魔物でありながら、魔術を行使するからだ。それも、並大抵の腕ではない。高位の術者が死後に変じる不死系魔物—と言われているが、その真偽は置いておこう。喫緊の問題は、リッチーとノアの鐘は、すこぶる相性が悪いことだ。
(向こうは上空から魔術を放つのみ。対して、こちらに対空攻撃の手段を持つのは、私一人であります)
そう。ノアの鐘は対空攻撃の術を持たない。皆が皆、近〜中距離のエキスパートではあるが、遠距離に徹された場合、打つ手がないのである。
(これでAランク?…全く、歪なパーティでありますなっ!)
ノアの鐘は、技量に優れるパーティだ。ここに至るまで、多少の不利は、己の腕で切り抜けてきたのだろう。けれど、リッチーはいけない。レベルにして、100を超える魔物であったはずだ。今、この戦場にやってこられると、私はノアの鐘を守りつつ、リッチー、そしてゾンビに応戦しなくてはならなくなる。いくらなんでも、手が足りなかった。
「っおいっ!?空がっ!?」
「ちっ!」
リーブリヒの言に顔を上げてみれば、空が厚い雲に覆われ周囲には夜の帳が降りたかの如く、闇のベールが施されはじめていた。これはまずい。光の届かない暗闇は、不死系魔物を強化するからだ。
「突破するでありますっ!」
「すまない!頼むぞクルスっ!」
もはや、町中だから—などと遠慮はしていられなかった。素早くロケットランチャーを2丁具現化し、安全ピンを外す。コッキングレバーを倒し、肩に担ぐと、包囲の薄いゾンビの群れ目掛けて発射した。
—バシュウ—
着弾、爆発。ゾンビの群れは肉片へと変わるか、火に焼かれて崩れ落ちる。周囲の家屋にも被害が及んだが、いちいちかまっていられない。濛々と煙が立ち込める路地の中へと突っ込んだ。
「…ゴホッ…ふう…本当にデタラメな破壊力だな」
「…その分、魔力消費がデカいのであります。ここまで、既に魔石を二つ空にしたでありますよ」
「あらあ…燃費が悪いなんてもんじゃないわね♪」
煙の中から現れるゾンビを処理しつつ、南門を抜けるべく疾走する。ノアの鐘は一旦町の外へと出すべきだ。私一人ならば、どうとでもなるのだから。せっかく南門へとやってきたのに、そのまま突っ切ろうとする私を訝しんだのだろう。リーブリヒが声を上げる。
「クルスっ!どこ向かってんだ!?」
「お前達を町の外へ出すでありますよ!」
肩越しに応じれば、私の発言を聞いたノアの鐘は、全員が全員、足を止めた。つんのめりながらも何とか停止し、歯軋りしながら振り返る。どういうつもりだ!?—と、吼えそうになった。
「…悪い、クルス。そりゃ無理だ」
けれど、最初に声を上げたリーブリヒの表情を見ると、怒りはたちまち霧散する。皆が皆、私を気遣うかのように優しげな笑みを浮かべたのだ。そこにあったのは覚悟だ。ここで死んでも良い—という思いが、表情に現れたものだろう。
「クルス、リーの言う通りだ。私達は、逃げない」
普段は皆を諌めるカームだが、この時は違った。リーブリヒに倣い、私の言を拒絶する。ここまで冷静沈着で、熱い一面を見せることのなかった彼女に否定されると、まるで私が間違ったことを言っているかのように錯覚してしまう。
「気持ちは嬉しいわ。貴女、口の悪さとは裏腹に、凄く優しいわよね♪」
「でも、ダメ。私達が逃げたら、誰が町の人達を助けるの?」
ロドリゲスとゴリアテにしてもそうだ。発言とは裏腹に、頭ではきっと理解しているはずなのだ。もはや、アトリアには生き残っている住人など、いやしないだろう—と。それでも彼らは頑なに離れようとはしない。
「そういうことん。だから、お願いしてもいいかしらん?」
そして、最後のカメイラに至っては、逆に私に願うことがあると言うではないか。腰に手を当ててウインクするカメイラを顎で促してみる。こんなことをしている場合じゃないことは百も承知だが、聞いておかねばならない気がした。
「クルスのあれ。あれで、戦える人を呼んできてほしいのん。なるべく正確に情報を伝えて、強い人をいっぱいねん」
カメイラの願いとは、増援要請だった。あれとは輸送機のことを指しているのだろう。耳驚き、聞き間違いではないよな?—と何度か思い返したが、やはり聞き間違いなどではない。無理だ阿保—と、切り捨ててやりたかったが、オブラートに包み優しく表現した。
「…持ち堪えられないであります」
カメイラの思いは、5人の優しげな笑みに透けて見えている。事ここに至っては、無関係な私を巻き込む。あるいは、死なせる訳にはゆかない—とでも考えているに違いない。既にここは死地だと理解しているのだろう。
「ハハッ、かもな」
「だが、それでも退けん…」
私と5人はしばし睨み合う。パチパチ—と木の焼ける音が、やたらと大きく聞こえた気がした。
「はぁ、馬鹿ばっかりでありますな」
大きく嘆息し、新たなロケット弾を作り出す。こいつらは、どうしようもない馬鹿だ。本当に、よくここまで生き延びてこられたものだと思う。よっぽど、悪運が強いに違いない。とてもではないが、こんな馬鹿を放り出してはいけないだろう。そもそも、この私を誰だと心得ているのか。こんなゾンビの群れなど、相手ではない。リッチーとて、多少苦戦する程度だ。舐められたまま勝手に死なれては、私の凄さをその目—否、節穴に焼き付けることができないではないか。やめだ、やめやめ。逃げ回るなど性に合わない。今度は、こちらから打って出る番だろう。踵を返して歩き出し、リーブリヒらの前を無言で横切る。そんな私の姿に、ははっ—と、さも愉快げな声が上がった。
「おう、そうかよ」
「なら、お前も馬鹿の仲間入りだな」
「ようこそ、こちら側へ♪」
5人が次々に私の肩を叩いてくるも、全て無視する。何がこちら側か、下らない—そう思い剝れているつもりなのだが、どうにも心地は悪くなかった。
(…馬鹿になるのが人生を楽しむコツだ—と、閣下も言っていたでありますな)
かつて、敬愛する主人の放った言葉を思い出す。オサカの悪戯を咎めていた時だった気がする。そんな発言で悪びれた様子もなく誤魔化そうとした彼は、次の瞬間にはクローディアに杖を振り下ろされていた。
(くふふ。思い返すと笑えてくるであります)
にやけそうになるのを必死に堪えて頬を揉む。その時、バキバキ—と音を立てて、家屋の一つが倒壊した。その家屋の陰から、火に焼かれた黒焦げゾンビらが姿を見せるも、今更そんなもので心乱される私達ではない。即座に動き、これを圧殺した。
「…リッチーは、私に任せるであります。お前達には、ここの調査を頼むであります。…何としてでも生き延びるでありますよ?これが、最大限の譲歩であります」
「おう、任せろ」
改めて告げれば、威勢の良い返事を返しつつ、リーブリヒが拳を突き出してくる。柄ではないのだけど—と、困惑したが、私も拳を突き出した。
「頼むぜ!クルス!」
ゴツン—と割と強く小突かれたが、悪い気はしない。オサカならば、こんな時にはどういう顔を見せるだろうか—と益のないことを考えつつ、家屋の煙突へとワイヤーを伸ばす。それを伝って素早く屋根へと駆け上り、リッチーを探した。
(カームとゴリアテは得物の性質上、挙動が大きい。既に体力は尽きていると見るべきであります。カメイラも強がってはいるでありますが、腕が上がらなくなってきていたのであります。そう時間はかけられないでありますな…)
Aランクの冒険者といえど無敵ではない。疲れれば精彩を欠くし、鈍することもある。そうなれば、相手がゾンビの群れとはいえ、侮ることもできなくなってこよう。急がねばなるまい。
(…何処だ?)
周囲を見渡し、リッチーの姿を探せば、上空へと展開された魔法陣の中程に、黒い染みのようなものを認める。なんだあれは?—と目を凝らして見てみるに、どうやらあの染みがリッチーであるらしい。
(いた)
ここからぶちかましてやりたいが、ここだとノアの鐘が近過ぎる。あの5人を狙われでもしたら、面倒なことになるに違いなく、もう少しこちらから近付く他ないだろう。
(ちっ、業腹でありますなっ)
屋根の上をひた走り、十分にリッチーへと近付く。向こうもこちらに気が付いたらしく、眼窩の奥に見える、赤い輝きが私を捉えた。
(くらうでありますっ!)
リッチーがこちらに手を伸ばす前に、ロケットランチャーを構えてトリガーを引く。推進剤の噴出により一気に最高速に達したロケット弾は、あっさりとリッチーに喰らい付いた。
(挨拶はこのくらいで十分でありますなっ!)
並大抵の魔物であれば、先のロケット弾一つでケリがつく。だがしかし、リッチーは並大抵ではない。襤褸を纏った骸骨という出立ながら、その姿は魔力体だ。動く霧状の魔石そのもの—と、言い換えた方が良いだろうか。物理攻撃は極めて効果が薄く、その膨大な魔力により、魔力攻撃にも耐性を持つ。先に撃ち込んだロケット弾は、実は魔力弾であるが、やはりリッチーは健在だった。リッチーが肉のない手をゆっくり持ち上げれば、一気に魔法陣が形を成す。
『ヲヲヲヲヲ…』
声にならない声を上げ、リッチーの眼窩が赤く光る。それを認めるや否や、横に飛んだ。それまで私のいた場所からは、黒く返しのついた錨のようなものが生えている。闇属性の魔術、シャドウ・アンカーである。その錨の先端には、破れた布地が引っかかっているのが目に付いた。チラリと己のコートに視線を落とせば、袖の裾が破れているではないか。
(あれ、厄介でありますな)
既存の闇属性攻撃魔術は、最も簡易なシャドウ・ボールを除き、相手の近くで発生させることができる。発動からのタイムラグもほぼなく攻撃が成立するため、知らなくては避けることが難しい。私とて見たことがなければ、あれを避けることはできなかったことだろう。闇属性の大家であるオサカに感謝だ。
『ヲヲヲヲヲ…』
「いや、もうやらせないであります」
再度ロケットランチャーを構えて見せれば、リッチーは霧となって周囲に同化する。かと思えば、私の目の前に姿を現した。リッチーお得意の瞬間移動だ。
「悪いでありますな。分かっていたであります」
ロケットランチャーはフェイクだ。リッチーは対峙した相手が遠距離攻撃の手段を持つ場合、この瞬間移動で間を詰めてくる。これも、知っていなくては面食らうことだろう。即座にロケットランチャーを消し、拳を握り込んだ。なんてことはない。ただのストレートである。ただし、魔力を練り込んだものではあるが。
—ボッ—
自分の中でも、ベスト3に入るのではないか?—と思えるほど、美しい風切音が聞こえた。もっとも、本当に風を切ったのみで、リッチーには命中しなかった。既のところで避けられたのだ。瞬間移動である。
「…仕切り直しでありますな」
『ヲヲヲヲヲ…』
こちらを警戒してか、随分と遠くに姿を現したリッチーを見つめつつ、マチェットを作り出す。遠近共に隙なく追い詰めてゆくことが、リッチーを楽に撃破する初歩だからだ。
「クルスさん!」
「ん?」
リッチーと睨み合っていると、聴き慣れた声に名を呼ばれる。誰か?—と視線を逸らした矢先、リッチーの目が光った。既のところで躱すも、シャドウ・アンカーが靴紐を食い破り、思わず舌打ちした。闇属性の攻撃魔術は威力こそ低いものの、食らってしまえば、精神異常や状態異常を引き起こすものが多く、その上躱し難い。本当に面倒な属性である。
「ファーレン、後で殺すであります」
「ええっ!?僕のせいですかっ!?」
喚きながら、路地から屋根の上へと上がってくるファーレン。わざわざ私の横に並び、ビシッと構える。ちょうど良い。次にシャドウ・アンカーが来たら、肉壁にしてやろう。
「…今、なんで笑ったんですか?」
「…いちいち気にするなであります」
くふふ—と、漏れ出た失笑を聞かれたらしい。相変わらずの聴力だ。輸送機のエンジン音にまいって、耳栓を付けるだけのことはある。
「ファーレン、アイマス達は良いのでありますか?」
「クルスさんの渡した、安全装置があるじゃないですか」
ファーレンの言う安全装置とは、魔石のことだ。あれには、闇属性に対する耐性の他、後二つの仕掛けがある。だからこそ、私もファーレンも、こんな状況でありながら、マコトやユカリの側を離れられている訳だ。
「…まあ、そうでありますな。最悪、私とファーレンの二人だけになるでありますよ?」
「望むところです!」
リッチーがゆっくりと動き出した。揺蕩うように空中を左右に揺れながら、少しずつこちらに近付いてきている。
「隙があれば、スタングレネードを使うであります。耳栓をしておくでありますよ?」
「…うへえ。あれやるんですか…」
スタングレネードと聞いて、ファーレンの耳は限界まで萎れる。森精族の目にも、耳にも、スタングレネードは優しくない。実はゴム弾で撃つよりも、ファーレンにとっては深刻なダメージになったりする。そして、森精族の目に優しくない、100万カンデラを超える閃光は、不死系魔物にも十分に通用するのだ。
「まずは隙を作るであります」
「はい!」
グッと腰を落として、両の拳に魔力を宿すファーレン。私も負けじと、マチェットへ魔力を通わせた。




