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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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アトリア解放戦 その三

 南門を入ってすぐの商業区を北西方向へと抜ければ、民家が集う一般区画だ。その中程に、特に長屋が密集している場所がある。安普請と言っては言い過ぎかもしれないが、まあ、お世辞にも褒められないような歪んだ建屋の並ぶ一画だ。けれど、私の友人は、そこを好んで根城にしている。


「ヨール!ヨール!いるかっ!?」

「アイマス!声を出してはいけないので御座います!」


 ソティに腕を引かれて諌められる。あ、ああ—と頷いて返すも、気がはやり、注意を他所に向ける余裕がなかった。


(何故、物音一つしない…)


 最初は楽観視していた。いや、そう己に言い聞かせていたのだ。きっと大したことにはなっていない—と。別のことを考えて、不安に蓋をしたりもした。けれど、アトリアをいざ目にした時、わずかな希望は音を立てて崩れ去る。鉄の鳥で目の前に降り立ったにもかかわらず、南門には動きの一つもない。けれど、町中では普通に住人達が暮らしているという。表情はなく—というおまけ付きではあるが。訳が分からなかったが、もう、手遅れなのだろうな—ということは、朧げに理解できた。


(ここも鍵がかけられている…蹴破るか?…しかし…)


 それでも、アトリアへ入ると、もしかしたら—という期待が鎌首を擡げてくる。認めたくない—という衝迫にも襲われた。


「ちっ!くそっ!」


 ガタガタと扉を揺らして、舌打ちする。俄かに辺りを見回して、目の前の建屋に入り込めないか?—と模索した。


「アイマス、あの女将のことなら、きっと心配無用で御座います。もしかしたら、こんな時でも、通常営業しているかもしれないで御座いますよ?」


 なんとか私を励まそうとするソティを一瞥し、再び周囲に視線を走らせる。私は今、問題ないことを笑って示したつもりだったのだが、ちゃんと笑えていただろうか。


「…あの、どなたか…お知り合いの方が?」

「…ん?あ、ああ…まあな。すまん、私情に走った」


 おずおずと尋ねてきたのはファーレンだ。気遣わしげな顔で私を見上げる小動物めいた仕草に、少しだけ冷静になれた。


「私やアイマスがアトリアに来たときは、決まって彼女の宿に泊まっていたので御座います」

「…そうですか」


 ファーレンの問いかけにはソティが応じる。私はと言えば、大きく深呼吸して、煮えたぎる思考の熱を奪っている最中であった。


「…煙突から入ろうか」

「それが良いので御座います」

「僕は隣の長屋に行ってみます…何か聞こえる気がするんですよね…」


 修道士らの提案に、ソティとファーレンも即座に行動に移る。身軽な者達が、こういう時は羨ましい。


「アイマス…元気ないと思ってたけど…」

「…ユカリ…すまん」


 ユカリと二人で路地に突っ立ったまま、長屋の扉が開くのを待つ。ユカリはそれ以上は聞こうとせず、ただ私の背中を軽く叩いた。チラリと視線を向けたが、ユカリは微笑を浮かべた横顔を見せるのみで、こちらに笑いかけるでもなく、何か言う訳でもない。その気遣いが嬉しかった。

 

「ふわあ〜!」


 乱暴に扉が開け放たれたのは、隣の長屋だ。慌てて剣を構えれば、青い顔のファーレンが飛び出してきた。


「ファーレン!どうしたっ!?」

「なんか変なのがいます!変なのがっ!」


 全く伝わらない。変なのとは何なのか。ユカリと顔を見合わせて、私が行く—と、合図を送る。ユカリが頷いたのを見てから、ゆっくりと開け放たれた扉の中を覗き込んだ。


「ななななな…何なんですかあれ〜?」


 私の背中にしがみついて震えるファーレンにジト目を送った後、視線を室内へと戻す。薄暗い室内の奥には暖炉があり、扉から差し込む日の光で、煤が舞い上がっているのが見える。その手前にはテーブルがあり、傍には脚の折れた椅子が転がっていた。


「…どれだ?」

「暖炉の横です!部屋の隅です!」


 肩越しに尋ねれば、ひょっこりと煤だらけの顔を持ち上げて、部屋の隅を指差すファーレン。肩当(ボールドロン)には、ファーレンが齎したであろう煤が、べたりと付着していた。クルスもそうだが、国宝級の鎧だというのに、扱いが雑だと思う。


「…誰か、いるのか?」


 室内に呼びかけるも、応答はない。ファーレンの手を優しく払い除け、ゆっくりと室内へ踏み込む。アイマス—とユカリが声をかけてきたが、問題ないことを手振りで示した。


—ミシ—


 一歩踏み出すと、大きく床板が軋んだ。思わず視線を落とし、大丈夫だよな?—と、不安に駆られる。


—ミシ、ミシ—


 一歩、二歩。足場を確保するために、脚の折れた椅子は剣の腹で退かす。油断なく周囲を見回しながら、奥の暖炉へと向かった。


「…これは…」


 部屋の中ほどまで進んだところで、ようやく、それを認めた。入り口からでは、テーブルの陰に隠れて見えなかったのだ。部屋の奥に据え付けられた暖炉の横に、モゾモゾと蠢く何かがあった。ファーレンの言っていたのは、これに違いない。


「…」


 剣と盾を握り直し、目を細める。腰を落としたまま摺り足で近付けば、やがて、それが何であるかを把握できた。


「うっぷ」


 強烈な吐き気に襲われて、即座に外へと走った。ファーレンよろしく、逃げるように長屋から飛び出すと、壁に手をつき盛大に吐く。


「アイマス!?どうしたの?ソティを呼ぶ!?」

「…いや、すまない。もう平気だ」


 心配して声をかけてきたユカリに礼を告げ、唾で酸味を地面に捨てる。国宝級の鎧で拭う訳にもゆかないので、何度も唾を飛ばした。


「おええっ」

「…何でファーレンまで吐いてるんだ?」

「…もらいゲロです…」


 横を向いて尋ねれば、ご丁寧に私の隣でリバースしていたファーレンが涙目で応じる。私のゲロに誘われたらしい。悪かったよ。


「…何があったの?」

「…人間が…団子になってる—と言えば…伝わるか?」


 怪訝な顔で問いかけてきたユカリに応じると、ユカリは口元を押さえて絶句する。言葉にしたことで、脳裏に焼き付いた映像が呼び起こされ、再び吐き気を覚えるも、なんとかこれは堪えた。


(…あり得ない…なんなんだ?アレは…)


 先に見た光景がどうにも信じられず、再び視線を薄暗い室内へと向ける。とてもではないが、もう一度入る気にはなれなかった。


(肉団子…)


 肉団子—と言えば聞こえは良いが、その実態は人間を捏ねて丸めたような歪な造形だった。最初は何か分からなかった。肌色の部分もあれば、赤い部分もあり、金色の部分もある。目を凝らして見れば、奥の方に突起があることに気付く。それが指であると認識できると、後は早かった。赤いのは臓器で、金色に輝いていたのは髪だ。それが、震えるように、あるいは蠕動するかの如く蠢いていたのだ。


「…すまん。やはりソティを…おえぇ…」

「うっ…おえぇ…」

「すぐ呼ぶわ」


 思い出すと、また吐いた。もう胃液しか出なかったが、隣のファーレンは、2度目にもかかわらず、固形物を吐き出していた。どれだけ食べたんだ。


「…あれが何であるか…分かったのか?」

「いいえ…よく見えませんでしたから…」

「…そうか」


 壁に手をつきながら、ファーレンに問いかける。ファーレンは山精族(ドワーフ)としか思えないが、森精族(エルフ)であるらしい。森精族(エルフ)は夜に弱く、夜目も利かない。故に詳細を窺うことがかなわなかったのだろう。逆に見えなくて良かったと思う。わずかな付き合いだが、ファーレンは優しい子だ。あんな物を見せたくはない。


「…アイマス」

「…ソティ、すまん。法術を頼む」


 ギィ—と、扉の開く音がして、ソティが隣の長屋から姿を現す。私は未だに吐き気が治らず、ソティをろくに見もせずに法術をお願いした。


「…いや〜、酷いね、ありゃあ」

「…あれは何だ?」


 遅れて室内から出てきた修道士へ肩越しに尋ねれば、修道士らは眉をひそめて首を振る。神学を学び、勧学の徒にならんと努める修道士にも、あれが何であるかは分からないらしい。


「けど…殺したよ」

「…」


 徐に視線を向ければ、殺した—と告げた修道士は、悲しげに目を伏せる。必要なことだったのだろう。確かにあれは動いていた。あの状態でも意識があったとするならば、それは地獄に違いない。


「…そっちにも?」


 修道士らは、私達ではなく、私達が見てきた長屋に視線を向けながら尋ねてきた。隣の長屋にも、あれが居たのかどうかを問うてきているのだ。これには、答えるべきか否か逡巡する。肯定すれば、肉団子は直ちに貫かれることだろう。彼らを生きているとするならば、私の発言が彼らの命運を握っていることになる。事実、私やファーレンの様子を見て、答えなど察しが付いているはずなのだ。お前が決めろ—と、彼女らは暗に言っているのに他ならない。


(…きっと、助けを求めれば…協力してくれるだろう…)


 殺したくない—と私が甘っちょろい泣き言を口にすれば、きっと彼女らは笑顔を浮かべて付き合ってくれることだろう。あの肉団子を運び出し、町の外へと運搬してくれるに違いない。


(…動いていたんだ…なら、やはり…あれらは…生きてる…)


 一瞬、現実から逃げ出しそうになり、何をしているのか—と、歯噛みする。甘美な妄想の中に逃げ込み、その先を思い描こうとして、待ち受ける障害の大きさに気が付いたのだ。


(助けたとして、その後はどうする?一生涯、面倒を見てやれるとでも?)


 そう。彼らを元の姿に戻す術などない。ソティがいて殺したと言うならば、法術でもどうにもならないのだ。その者達の中には、見知った者とていることだろう。この先ずっと彼らの変わり果てた姿を見ながら生活するなど、耐えられなかった。


「…アイマス…」

「…いや、すまない…」


 ソティが気遣うかのように声をかけてきたため、問題ない—と、手振りで示す。よほど酷い顔を見せていたらしい。しっかりしろ、アエテルヌムのリーダー—と、気を引き締めた。


「…ああ、いた。すまないが、頼んでいいか?…私には、まだ…無理だ」


 力なく頷けば、修道士の何名かが長屋へと向かう。その後はソティへ法術をお願いして、気持ちを落ち着ける。知らぬ間に涙が出ていたのには、隣でもらい泣きしているファーレンを見て気が付いた。それからほどなくして、血の付着した得物と共に彼女らは帰ってきた。


(マコト、聞こえるか?)


 ソティの法術により、ようやく落ち着いた私は、マコトに念話を飛ばす。マコトはすぐに応じた。


『アイマス?どうしたの?』

(そっちでは、住人は見つからないのか?)


 念話の魔道具の調子を確かめながら、マコトに問いかける。蠢く肉団子のことを伝えるつもりはなかったが、仮に生きている住人がいたならば、マコトはきっと念話で知らせてくれたことだろう。それがないのは、どうしたことなのか—と訝しく思ったのだ。


『…いや、今のところ見つからないね』

(…そうか。…今更だが、MAP魔術では、どうやって人や魔物を見つけてるんだ?)


 はぁ?本当に今更だよ—と不満げな声を上げた後、マコトは教えてくれた。気にしてなくてすまん—と心の中で詫びておく。


『魔力を探ってるんだ。ざっくり説明すると、手足を動かしただけ、何かを考えただけでも、魔力は動く。厳密には他にもあるけど、簡単に言うなら、それを捉えてるんだよ。…何でそんなことを聞くの?』

(…いや、深い意味はない。ちょっと不思議に思っただけだ。それと、例えば…マコトに捉えられなくとも、動いている人がいたとする。そんなケースは、どう説明できる?)


 この問いには、しばらくの間があった。うーん—と、マコトは唸っていたが、マコトに代わり、ラヴァが応じた。


『それは、死んでいるのと同義です。動くという行為は、無意識に動いている訳ではありません。厳密には、頭で考えて、その通りに身体を動かしているのです。腕を振るう、足を上げる。全てが脳から全身への命令によるものです。つまりは、頭の動きに合わせて魔力が流れる訳ですね。…さて、私達に捉えられず、それでも動いている—というのは、考える力すら失っているということでしょう。不死系魔物(アンデッド)と同じ状態です』


 私とマコトは、同時に、ほぅ—と、感心して声を上げる。ラヴァのおかげで、少しだけ気が楽になった。これは修道士達にも教えてあげた方が良いだろう。マコトとラヴァに礼を告げて、念話の魔道具をしまった。


『…何があったのかは大体察しました。必要以上に背負い込まないことです。今は、己にできることをやりなさい』


 魔道具をしまった後、ラヴァからの念話が届く。マコトの声は聞こえてこないことから、私だけに送ってきたものだろう。念話の魔道具を取り出して返答しようとしたが、魔道具を用いての念話は、全体に届いてしまう。マコトに聞かせるのは気が引けたため、内心で礼を告げるに止めた。


「あれは…既に死んでいたらしい」

「…あの肉人形のことかい?」


 誰ともなしに声をかければ、修道士の一人が尋ねてくる。そうだ—と頷いた後、ラヴァらの教えてくれた内容を掻い摘んで説明した。


「…全く分からないので御座います」

「あんた、説明下手だなあ」

「まあ、言わんとしていることは…伝わった…と思う」


 ソティを含めた修道士連中は、思いっきりダメ出ししてきた。おかしいな—と、ユカリらを見る。ユカリとファーレンは共に苦笑いしていた。


「ま、少しは気が楽になったよ。有難うな」


 最初にダメ出ししてきた修道士が笑えば、皆も笑顔を向けてきてくれた。名も知らぬ修道士達だが、知己を得たのも何かの縁だ。この一件が終わったならば、改めて友誼を深めるのもありだろう。

 さて、気を取り直して付近の家屋を調べて回る。これは修道士達が率先して行い、私やユカリ、ファーレンの3人は留守番だ。申し訳なく思ったが、私達には無理だろう。野盗の類だったり、こちらに悪意を向けてくる相手には遠慮はしないが、そうでない者に向ける剣など、私は持ち合わせていない。


(いや、それでは修道士達に失礼か)


 違う。覚悟の問題だ。私も冒険者として数年やってきて、場合によっては非情な判断を下さなければならない—と分かっていたつもりだったが、その域には未だに到達できていないらしい。ユカリやファーレンとてそうなのだろう。私達三人は、すっかりと気落ちしていた。


「不甲斐ないわね…」

「…だな」

「…うう、すみません…」


 三者三様の落ち込みぶりは、側から見ていれば噴飯ものだろう。私など、武具一式を提供されたにもかかわらず、何もできていない。これでは、クルスに合わせる顔がない。


—ドォン—


 先にも聞こえた爆音が、また聞こえた。おそらくは陽動班なのだろうが、一体、何が起きているのかは気になるところだ。


「あわわわわ。クルスさん、少し派手にやり過ぎですよ〜。修理費を請求されたりしたら…」

「…それは恐ろしいな」


 少しばかりズレたファーレンの感想が、今は心地良い。修道士達が戻ってくるまで、そう時間はかからなかった。


「ダメで御座います。この辺りには人はおりませんので御座います」

「ここは諦めて、別の場所を探そうぜ?」

「…そうか。そうだな」


 戻ってきたソティや修道士達は、一様に首を振る。ソティと視線が交わった時、その表情からは、ヨールらしきものはなかった—と、告げられた気がした。






「畜生!ワラワラ出てきやがる!」

「落ち着けリーブリヒ!あまり前に出るなよ!?」


 このノアの鐘というパーティは、全員が前衛のパーティであるらしい。男性陣と女性陣に分かれ、二手でそれぞれ勝手に戦うという、変わったスタイルを取っている。先に声を上げた、悪い言い方をすると、猪武者の槍戦士リーブリヒ。その背後にぴったりとくっついてゆくのが、長剣を振り回して戦う技巧派のカームだ。


(リーブリヒは膂力任せな部分がありますが、時折、キラリと光るものがあるのであります)


 リーブリヒはおそらく、人間族と山精族(ドワーフ)のハーフだろう。目が半精族のそれではないため、少しばかり小柄な人間族にしか見受けられないが、女性であり、ましてはアイマスのように体格に恵まれている訳でもない。それでいてあの膂力は、少しばかり異常だからだ。そのリーブリヒの戦いぶりは、猪突猛進を絵に描いたかのようだ。だが、技量もそれなりにあるらしく、おっ?—と、思わず感心してしまうような動きも繰り出してくる。

 対してカーム。こちらはえらく美しい剣技を使う。長剣であるため、力ではなく技を用いて戦うそのスタイルは、冒険者で身を立てた者の動きではない。貴族のそれだ。出自は、いいとこのお嬢様なのではなかろうか。腕前も相当なもので、男性顔負けの剣筋には魅入ってしまうものがある。決闘スタイルであれば、かなりの強者に違いない。


(良いコンビでありますな)


 手榴弾を具現化し、不死系魔物(アンデッド)の群れに投げつける。ドォン—と爆音が響き、派手に飛び散った肉片を、オネエ共がしなを作りながら避けた。


「ちょっとクルス〜!それ、やるならちゃんと声をかけてよね〜」

「本当よ、もう!大事なドレスが汚れちゃうわん」


 声を上げたのは、体術使いのゴリアテに、戦斧使いのカメイラだ。この二人はとにかく前に出る。二人揃って、アビスやゴロー並みの巨漢であり、それが重戦車の如く突撃してゆくのだ。相対した時の迫力は相当なものだろう。二人を比較した場合、ゴリアテは技術に重きを置き、カメイラはとにかく力で押すタイプだ。男版のカームとリーブリヒである。


「うるっさいであります。いいからさっさと数を減らすであります」


 素気無く突き放し、ガトリングガンを乱射する。スピンアップに時間がかかり、加熱による影響も加味せねばならないこの武器は、集弾性も悪く、なかなかに癖が強い。重量も相当なもので、今の私では二丁機関銃とかゆかない。しかし、不死系魔物(アンデッド)のような連中を相手取る分には、非常に有難い。不死系魔物(アンデッド)は魔石を砕かない限り、本当の意味では死なない。頭を吹き飛ばそうと、魔石さえ無事ならば、そのまま襲いかかってくることとてある。その点、この武器で足元を撫でてやれば、その威力で片っ端から足を吹き飛ばし、機動力を確実に削ぐことができる。


「ちょっとちょっと、もっと離れてよクルス。それ、怖いわ♪」

「うるっさいであります。さっきから文句ばかり言って。私より数を稼いでから、不満を口にするであります」


 そしてノアの鐘のリーダーであるロドリゲス。彼?彼女?の得物は、なんと鞭である。盛り上がる股間がヒュンヒュンと振るわれる鞭の動きに合わせて揺れる様は、正直、背筋が寒くなる。


(身体を左右に振るうなら、もっと厚着をしてほしいものであります。せめて、股間くらいはしっかりと隠すであります)


 しかし、露出度の高さに比例するかのように、技量は極めて高い。どれだけの時間を鞭の研鑽に当てたのかは知らないが、仲間の合間を縫って、ピンポイントで鞭を唸らせている。やや後方から4人に目を配り、取りこぼしを正確に射抜いてゆく様は、確かにリーダーとしての風格を備えていた。

 

「畜生!本当にキリがねえ!何がどうなってやがる!?」

「全くだ!陽動の域を超えているぞ!?」


 耳を押さえながら、リーブリヒらが一旦後退する。その隙を埋めるべく群がろうとするゾンビ共は、まとめて吹き飛ばした。


「…確かに異常であります。この不死系魔物(アンデッド)共が、どこから湧いて出るものか、調べる必要がありますな」

「湧いて出る?…言いたくないけれど、この不死系魔物(アンデッド)は、アトリアの住人じゃないの?♪」


 鞭を振るい、視線だけを向けてくるロドリゲス。なかなか器用なことをするな—と感心しつつ、首を振った。


「アトリアの住人なら、傷み具体の程度はあれ、衣服を着ていると思うのであります。しかし、あれはどれもこれも裸体でありますよ。これはきっと、死霊術で生み出された魔力体であります。偽ゾンビでありますな」

「…なるほどねん」


 出てくるゾンビは、どれもこれも裸だ。男女の違いも分からないほど腐敗が進んでいるものばかりなのは、製作者の趣味かもしれない。


「なら、どうすんだ?適当に走り回る…かっ!?」


 槍でゾンビの魔石を正確に捉えたリーブリヒの問いには、首を振った。せっかく班を分けたのだから、彼女達を活用しない手はない。そう、調査班だ。この異常事態の原因を調べてもらえば良い。


「リー、調査班に状況を知らせてくれ」


 ふふん—と上機嫌で口を開く前に、カームが答えを言ってしまった。ああ、なるほどな—と呟き、リーブリヒはケイタイを取り出す。調査班と番号は交換済みであったらしい。


(…面白くないでありますな)


 私の台詞が横から掻っ攫われたことが、酷く不快だった。ムスッとして、ガトリングガンをぶっ放す。こういうところは、オサカから受け継いだ部分だろうと思う。人間の性質は、先天的な遺伝要素で7割が決まり、環境という後天的な要素で3割が決まる—と、何の役に立つのか、誰の提唱した理論なのかも不明なデータがインプットされているが、それに則れば、これはまさに先天的な要素だろう。何故なら、私は彼の分身であるのだから。


『オオオオオオオオオ』

「おいっ!何かデカいのがきたぞっ!」

「下がれリー!クルス頼む!」


 リーブリヒがケイタイで調査班に連絡しようとするも、そうは問屋が卸してくれない。周りのゾンビよりも二回りはデカいゾンビが、周囲のゾンビをかき分けながら突撃してくる。求めに応じてガトリングガンを構え、狙いも定めずトリガーを引いた。


—ガガガガガガガガ—


 二歩、三歩と、私のガトリングガンが火を拭く度にデカいゾンビは後ろへ下がる。ガクリと崩れ落ち、その他のゾンビ同様、地に伏した。だがしかし、前進は止まらない。頭などとうに吹き飛び、膝も粉砕済みだ。それであるのに、胴体だけは貫けなかった。うつ伏せに倒れたデカいゾンビは、身体を芋虫のように這わせ、二足歩行の時などよりも、よっぽど早く蠕動していた。


—ヒューン…—


 しかも、ここでガトリングガンが動作を停止する。連続で撃ちすぎたらしい。熱が篭り、狙いが定まらなくなってきた—と思った刹那だ。安全装置が作動して、強制的に冷却へ入ったのだ。これは危険だ—と、瞬時に判断した。


「退くでありますっ!」

「クルスでも無理なのかよっ!?」


 無理かどうかと尋ねられれば、まだ戦う術はある。だが、どうにもあれは様子がおかしい。何か、死霊術師—かどうかは定かではないが—から、動きを制御されている気がする。


「とにかく、今はあのデカブツから離れるでありますよっ!」

「くっそ!やってらんねー!」


 踵を返して皆を急かす。納得ゆかない—とばかりに4人は渋い色を見せるが、未知の敵—それも、特殊能力が怖い不死系魔物(アンデッド)だ。まだいける—は黄色などではない。とっくに赤色なのだ。町中でロケット弾をぶっ放す訳にもゆかないため、今は退く以外の選択肢はない。


「逃げてどうにかなるのんっ!?」

「うるっさいであります!今はキビキビ走れっ!」

「口が悪いわねっ!?」


 ガトリングガンを魔力へと還し、アサルトライフルを具現化する。バーストからフルオートに切り替え、ノアの鐘の退路を確保するべく、即座にトリガーを引いた。


—パパパパパ—


 ゾンビ共を蜂の巣に変え、その腐り切った身体を踏み付け、開けた場所へと走り込み広場を後にする。入り込んだ通路にも数体のゾンビはいたが、そんなものは物の数ではない。私が手を出さずとも、ノアの鐘が軽く処理した。


—ボォォォォン—


 まるで巨大な風船が割れたかのような破裂音に、ノアの鐘のみならず、私も振り返ってみれば、広場には濛々と瘴気が充満している。デカいゾンビが破裂した結果に他ならず、あれは瘴気の運搬役であったことが知れた。


「…何が起きてるのかしら!?♪」

「俺が知りてーよ!」

「ロドリー、リー、抑えろ」


 こんな時でも冷静なカームの存在が、非常に有難い。路地を疾走しながらも、どうするべきか—と、考えを巡らせる。姿の見えない未知の敵に、瘴気をここまで運んできたデカいゾンビ。魔石があるため、瘴気そのものは問題にならないが、瘴気が何らかの布石である可能性は高い。何を企んでのものか分からず、警戒する以外に手がなかった。やり辛い—と歯噛みしながら、敵を称賛した。


「ロドリー!どうするのかしらん!?」

「開けた場所に出るまで直進よ!♪」


 先頭を走るロドリゲスは、プリプリと筋肉質なお尻を左右に揺すりながら走る。カメイラにゴリアテもだ。何故、あんな走法で早く走れるのかは不明だ。


「おいおっさん共!それ止めろ!気持ちわりーよ!」

「よせ、リー。指摘すれば、より強く振りだすぞ」

「あらん!分かってるじゃない?サービスよ♪」

「ぐああ〜!くそがっ!」


 うん、いいパーティであります—と、考えることを放棄する。これが彼ら、彼女らの普通なのだろう。


「おい、マギステル!聞こえるか!?」


 走りながらも、リーブリヒがケイタイで会話を始めた。繋いだ先はマギステルであるらしい。


「ゾンビの数が異常なんだよ!どこからともなく湧いてくんだ!どこから来てんのか、探れねーか!?」


 リーブリヒを待つ傍ら、周囲の警戒も行う。無限湧きポイントは限定的なのか、後方にゾンビの姿は見えるが、前方には認められなかった。


(…無限湧きする場所に意味がある…とか?)


 突拍子もない考えだが、不思議と的を射ているような気がする。少し真剣に考えてみよう。南門を抜けた場所は商業区だ。多くの店舗が軒を並べ、屋号がなく、一見すると民家と変わらない店舗も多い。私達の暴れていた広場は、商業区に入ってやや北西へ進んだところだ。道なりに走っていたら、そこへと出たのだ。暴れるのにちょうど良い広さであったため、そのまま広場を戦場に決めたのである。


(…ダメでありますな。馬鹿の考え休むに似たり—であります)


 何か引っかかるのだが、その何かが分からない。モヤモヤとした陰鬱な思いを引きずりながら、前を走るカメイラの尻に眉を寄せた。 

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