アトリア解放戦 その一
「そう、そこで僕はこう—ね」
ファーレンの武勇伝を聞き流しながら、深く嘆息する。着陸してから既に結構な時間が経過しているが、私達は未だに機内で待機中だ。この話はいつになったら終わるのだろうか?—と、5ループ目を迎えた魔物討伐の山場そっちのけでモニタを見る。モニタには、輸送機などという得体の知れないものが近場に降り立ったにも拘らず何一つ動きの見られない、不気味なアトリアの町が映し出されていた。
「ねえ、ファーレン」
「さあ、ここでついに僕の—って…はい?何でしょうか?」
声をかければ、ファーレンはニコニコと屈託のない笑顔を向けてくる。ああ、可愛いなぁ—と癒されながら、尋ねてみた。
「今って、何待ち?」
「何待ち?…何待ちでしょうね?」
大きな身振り手振りで持ち上げられていた腕を下ろすファーレンは、真顔で呟くと黙りこくる。それからは、お互い一言も発せずに、しばし見つめ合った。何でお前が知らないんだよ。
「ちょっと、クルスのところに行ってくるわね?」
「…私、クルスはちょっと怖いかも。任せていい?」
動かない状況に、痺れを切らせて腰を上げたのは由香里だ。一緒に付いていってあげたいのだが、クルスは怖い。あの目が怖い。そんな訳で由香里にお願いしてみれば、由香里は快諾してくれた。
「仕方ないわね。おかず一品で手を打つわ」
「oh…世知辛い…」
快諾してくれたのだ。
さて、由香里の背中を皆で見送った後、今度はゴリアテがファーレンへと語りかける。どうやら、ゴリアテとファーレンは同じ体術の徒であるらしく、色々と聞きたかったらしい。
「ねえ、ファーレンちゃん。ファーレンちゃんは体術使いよね?お師匠様は誰かしら?聞いてもいい?」
「はい!もちろんですよ!僕に体術を教えてくれたのは、ロロナさんと、オサ—」
そこでファーレンはピタリと止まる。心持ち顔が青くなった彼女は、ゆっくりと一同を見回すと、えへ—と笑った。
「ええと…ロロナさんです」
「…オサって何?」
突っ込まずにはいられなかった。笑って誤魔化そうなど、問屋が卸さない。男共ならば、その愛くるしい笑顔で骨抜きかもしれないが、同性には通じないのだ。
「ま、まあまあ。マコト様、誰しも聞かれたくないことはあります。ここはどうか…」
「そうだぞマコト。冒険者たるもの、詮索はなしだ」
ふぷっ—と、よく分からない声の詰まらせ方をして、顔を背けるファーレンだったが、そんなファーレンと私との間に、割って入った者がいる。イチローとアイマスだ。イチローがファーレンを庇えば、何故かそれにアイマスも乗ってくる。飼い犬に手を噛まれるとはこのことか。
「誰が飼い犬だ」
「そうです。アイマスはよくて、野良犬の類で御座います」
だよなあ?—と、ソティの言にアイマスは笑顔を見せる。貶していると思うのは、私だけではないはずだ。
「ロロナって、あのロロナ?疾風のロロナかしら?」
「は、はい!そうです!疾風のロロナです!」
一方で、追及を免れたファーレンは、再び満面の笑みを浮かべていた。コロコロと変わる表情は、森精族というよりも、喜怒哀楽のはっきりしている獣人族を思わせる。
「こっちはね、ライケンよ。最低な爺よ〜。ファーレンちゃんが羨ましいわ」
「ええっ!?ライケンさんですかっ!?そっちも有名人じゃないですか!?」
ライケンという名前に聞き覚えはないのだが、有名人らしい。体術を生業とする者が少ない世界だ。ただ耳にする機会に恵まれなかっただけのことだろう。二人はすっかりと盛り上がり、互いの技の違いについて議論に花を咲かせている。楽しそうで何よりだ。
「親父殿の言葉っスけど—」
誰ともなく—というよりは、置いていかれた私達に向けて、頭の後ろで手を組んだ茶髪の青年であるサブローが声をかけてきた。
「体術で使われる技は、全てが闘技だそうっス。まあ、武器を使わないから、武技ではなくて当然なんスけどね。それを学べば、当然、引き出しは増えるし、そうでなくとも、体捌きというのは、とても重要なものらしいっス。そんな訳で、どんな得物の使い手であっても、魔物の前に立つならば、鍛錬を積んで損はないらしいっスよ?」
「なるほど。道理だな」
サブローの言にリーブリヒが同意を示し、ソティも大きく頷く。そういえば、ソティの持つ電光石火は、武技ではなく闘技だ。そうでなくとも、彼女の体捌きは抜群に優れている。もしかすると、彼女には体術の心得があるのかもしれない。
『—ブツ—』
アナウンスが始まるのだろう。スピーカーの出力がONになった音が聞こえて、私達は皆がスピーカーに注目する。ええと—と躊躇いがちな声の後、アナウンスは始まった。
『今、アトリアの町を調査に行ってるわ。まだ戻ってくる気配もないし、先にご飯にしちゃいましょうか。各自、魚か、お肉。お肉なら、チキンかビーフを選べるわ。これから皆の席を回るから、何が良いか選んでおいて』
アナウンスの声は由香里のものだった。そういえば、彼女はクルスの元へ向かったのだ。状況を確認してくれたのだろう。
『魚一択だろ〜。高級食材〜』
『いえ…見る限り、チキンも…美味しそう…ですよ?』
そして、魔人族の二人もまた、操縦室に居座っているらしい。苦笑いしか出なかった。
『ファーレン及び、再生者の面々は、機内食の配布を行うであります。コックピットはこちらでやるから、キャビン内だけで構わないであります。あ、ちなみに、私は魚を食べるでありますから、副機長のファーレンは肉にするであります』
クルスが最後に締めて、アナウンスは終わった。そういえば、マギステルがラヴァのことを借りていったのは、調査—というか偵察—に向かわせたものだろうか。
「お、横暴だぁ!?僕だって魚が食べたいですよ!高級食材ですよっ!?フクキチョーって何なんですかぁっ!?」
「ぬはは。ファーレン様よ、諦めるで御座る」
そして、やはり可哀想なファーレンだった。
さて、私も配膳だけならば手伝えるため、ファーレンらと共に修道士達へ配って回る。特別な事情のない者を除けば、ほぼ全員が魚を選んだ。メキラ王国も同じ事情らしいが、アンラ神聖国でも魚は高級品なのだ。特に、干物ではない魚など、まず食べられない。修道士達の中には、初めて食べたという者も少なくなかった。
『食べながらで良いから、聞くであります』
さあ私達も食べよう—と、ナイフとフォークを手にしたところで、再びクルスの声が降ってくる。今度はなんぞや?—と魚にナイフを入れながら、耳を傾けた。
『あのアトリアという町でありますが、どうにもおかしいであります。モニタを見れば一目瞭然でありましょうが、この期に及んで、衛兵や門兵の一人として出てはこないのであります』
「…やはり、異常なんだな」
「そりゃそうよカーム。私達だって、最初にこれを見た時は警戒したでしょ?それなのに、何の動きも見えないのはおかしいわ♪」
前の席から、カームとロドリゲスの声が続く。確かに—と、口を動かしながら同意する。機内食は由香里の迷宮同様に、向こうの世界の味付けだった。
『故に、修道士の皆様においては、アトリアの調査が完了するまでは、このまま機内で待機してほしいのであります。護衛として、アンラ所属の冒険者の皆様、更にアーサーさんを加えるのであります。私とファーレン、それにイチロー率いる再生者は、アトリアの調査に向かうであります』
クルスの言が終わる前に、ガタリと乱暴に立ち上がる音が聞こえた。何事か?—と振り向けば、リーブリヒが不満げな顔で操縦室に向かってゆくところだった。きっと、調査班に選ばれなかったことが不満なのだろう。アンラ国内での事件なれば、アンラの冒険者である己が関われないのが我慢ならないに違いない。
(リーブリヒらしいなぁ)
アイマスも何か言うかな?—と、通路を挟んだ隣の座席に視線を向ける。アイマスは苦虫を噛み潰したかのような複雑な表情を見せていた。
(…グリムのこと、引きずってるのかな)
アイマスをはじめとした私達アエテルヌムは、グリムに手も足も出なかった。善戦はできた—などと思っていたのは、イチローからグリムの詳細を聞くまでの話だ。あれを聞いた後では、とてもではないが健闘したとは言えない。イチローらが間に合ったからこそ助かったものの、どこか一つでも噛み合っていなければ、私達はここにはいなかったことだろう。
「…アイマスは抗議に行かないので御座いますか?」
「え?」
そんなアイマスに向けて、アイマスの隣に座るソティが声をかける。また何か意地悪でもするのかと思ったが、単純に心配しているだけらしい。珍しいこともあったものだ。
「私もまだまだだ—で、御座います。グリムはもともと超格上の相手で御座いますよ?何もできなかったとしても、それが当然で御座いましょう。恥じる必要はないので御座います」
「あら、良いこと言うじゃないのん。そうよアイマスちゃん、気にしちゃダメダメン」
ソティの言に感銘を受けたのか、カメイラがアイマスらの背もたれに腕を預ける。ところで、カメイラのオネエ度が、以前の記憶よりもパワーアップしている気がする。ロドリゲスやゴリアテは問題ないけれど、カメイラのそれは少しキツい。私達女性でもキツく感じるということは、男性陣はもっと辛いことだろう。チラリと視線を投げてみれば、イチロー、サブロー、ゴローの3人は、青い顔でモソモソと口を動かしている。やっぱり辛いのだろう。せっかくの食事が味気なさそうだ。
「そ、そうだな。けど…うん…難しいな。上手く言葉にできん。とりあえず、行ってくる」
それでも、アイマスは元気になった。まだ何かを引きずっている感じはあるものの、先のような陰のある表情は和らいだ。今はこれでよしとしよう。私だって、そんな簡単には振り切れない。ソティとて、見せないだけで、きっと凹んでる。
「いってらっしゃい」
「マコトは…いや、なんでもない。行ってくる」
そう言ってアイマスは手を振ると、リーブリヒ同様に操縦室へと向かった。何か言いかけたのは、私も誘おうとしてくれたのだろう。けれど、私はまだそこまで吹っ切れていない。一緒に行くよ—という言葉はついに出ず、黙ってアイマスの背中を見送った。そのアイマスは、通路の途中で端による。すれ違ったのは由香里だ。そのまま由香里が戻ってきたため、窓際の席へと詰めた。
「温めておきました」
「…いやよ。普通に窓側に座らせて」
おかしいな—と、首を捻りつつ由香里を奥へ通す。猿め。ちっとも感謝されないじゃないか。
「アトリアの調査に行ってるの?」
「うん。マギステルさんの部下と、ラヴァとで。その結果次第なんだけど、ほぼ間違いなく異常事態だそうよ」
奥の席へと座った由香里は、持ってきていた己の機内食をテーブルの上に広げながら教えてくれた。やはりラヴァは駆り出されていたようだ。私だけでなく、他者にまでいいように使われるとは、可哀想な従魔だと思う。便利なのがいけないのだ。
「リーブリヒ、操縦室に行かなかった?」
「来たわよ?凄い剣幕だったわ。俺の国の問題なんだから、俺達が前線に出る!—って」
「どうやって収めたので御座いますか?」
気になっていたのか、隣の列に座るソティが割って入ってくる。狭いよ—と文句を言いつつ端により、ソティに座席を半分譲れば、由香里が私達へ返してきたのは苦笑いだった。察した。
「まだ収まってないのよ。揉めてるわ。逃げてきちゃった」
そう言うと、悪戯っぽく笑って由香里は締める。見に行った方がいいかな?—と、操縦室へ視線を向けた。
『ただいま戻りました』
「お待たせしました」
ちょうどその時、キャビンの入り口に、ラヴァと御下げの修道士が現れる。一人と一羽はすぐさまマギステルの姿を探し始めるも、その視線はすぐに下へ逸れて、見開かれる。皆が美味しそうに食べている機内食に視線が吸い寄せられたに違いない。
『ちょっと真!私の分はっ!?』
「ええっ!?もう食べちゃったよ!?」
嘘である。当然まだまだあるのだが、ついつい意地悪してしまうのだ。そんなことを言ったものだから、ラヴァとて穏やかではいられない。予想通り、私の機内食を奪おうとした。
『弱肉強食ですっ!』
「ぎゃー!許さんぞラヴァ!チキンの在庫を増やしてやる!」
「ちょっと使い方違うわよ。この場合は優勝劣敗ね」
分かっていたのに防げないラヴァの猛襲。私のメインディッシュは、あえなく奪われる。もはや戦争待ったなしであった。
「表に出ろ!焼き鳥にしてやる!」
『よく言ったものですね真!返り討ちにしてやります!』
「はいはい。まだあるから喧嘩しないの」
由香里の仲裁により、メインディッシュの奪われた機内食は、ラヴァの胃袋へ収まった。私は改めて魚を用意し、驚くべきことに、ラヴァももう一食食べていた。
「まさかのチキンだと…」
『そういうのはいいですから』
さて、皆が早めの夕食を食べ終えた後、キャビンにマギステルをはじめとして、クルスやリーブリヒ、遅れてアイマスも現れる。アシュレイとクシケンスはやってこなかったが、それはもういいだろう。アイマスとリーブリヒはそれぞれの席へと戻り、クルスはファーレンの隣へ腰を下ろした。
「さて、我々は無事にアトリアへと到着しました。本来であれば、これをもって、アエテルヌム他、冒険者の皆様への依頼は終了となります」
ざわざわ—と、マギステルの言葉に平静を失う修道士達。当たり前だ。道中は何度も命の危機に見舞われた上、グリムなどという伝説級の怪物にすら襲われた。ここまで正気を保っていられたのは、アシュレイの呪術だったり、絶対を約束するアーサーさんの存在。そして、由香里やソティのアフターケアがあってこそだろう。だが、依頼は完了された。アトリアへと到着した彼女らがアトリアの南門を通過した時点で、私達の仕事は完了となる。けれど、アトリアは異常だ。それは一体、誰がどう処理するのか。まさか、己らで対処するのか?—と、そんな思いが、恐怖や不安となって押し寄せてきたに違いない。
(なんか…上手く言えないけどさ…)
《ええ。分かってますよ》
ラヴァの優しさに礼を告げ、騒めきが治るのを待つ。修道士達が再びマギステルへ視線を戻した後、マギステルはゆっくりと続けた。
「特に、最初からずっと私達の護衛を請け負ってくれたアエテルヌムです。道中、彼女らは本当によくやってくださいました。思い出してください。夥しい数の魔物、真昼間に関わらず現れたヘルハウンド。そして、グリム。彼女達は、決して逃げませんでした。あのグリムにすら正面から挑み、ここに同席される、ノアの鐘、そして、メキラ王国の再生者、ネームレスが現れるまでの時間を稼いでくれたのです。それだけではありませんよ。皆様が恐怖や不安で押し潰されそうになっている時、それらを支えてくれたのもまた、彼女達です。私達は、返せないほどの恩を彼女達からもらいました」
マギステルが目を伏せて祈りを捧げれば、他の修道士達もまた、それに倣う。それは神への祈りではなく、私達へ向けられたものだ。流石に照れくさかったが、やめてよ—と声を上げられる空気でもなく、悶絶しながら耐えた。
「しかし、アトリアが異常であることは明白です。私達は、恥を忍んで、更なる助力を願う他ありません。これに、アエテルヌムのリーダー、アイマス。ノアの鐘のサブリーダー、リーブリヒ。そして再生者、ネームレスもまた、最後まで我らを助けてくれる—と、手を差し伸べてくれました」
ここで、話がどこへ向かうのか分からなくなり、ラヴァや由香里に視線を向ける。由香里は何か知っているのか、優しく微笑んでくれたが、教えてはくれなかった。
「だからこそ、皆様に問います。実は、つい先ほど、猊下より撤退の指示がありました。聖火祭は中止。アトリアへと向かった一団は、ネームレスのクルスが下す指示に従うこと—と」
「…由香里?」
一国の国王陛下が、国民の命にも関わりかねない判断を、一介の冒険者、それも他国の者に委ねるとはどういうことか。何が起きているのか分からずに尋ねれば、由香里はまたしても優しく微笑んだ。
「最後まで聞きましょう」
「う、うん…」
修道士達も、皆が戸惑いを見せている。無理もない。冒険者にしても、アイマスやリーブリヒは落ち着いているが、操縦室に向かわなかった者達は、皆が私と同じく怪訝な顔を作っていた。
「私は残ります。ここまで命をかけて私達を運んでくれた恩に報いるため、私はこの事態を最後まで見届けます。アトリアの町がどうなっているのか、何故、聖火祭は中止となったのか。それを知りたいのです。クルスさんも、それは承諾してくださいました。しかし、皆にそれを強いたりはしません。残りたい者は、挙手をしてください。それ以外の者は、速やかに安全が約束された町で、事態が収束するまで待機していただくことになります。…では、この場に残る者は、手をあげてください」
マギステルは口を閉じた後、己の右手を上げて見せる。それに続いたのは、彼女の部下が半数だ。おそらく、もう半数は待機組の護衛に回るものだろう。その辺の話は、既に付けてあるに違いない。
(…誰も手を上げないね)
《まあ、そうでしょう。致し方ありません》
修道士達は、誰も手を上げようとしなかった。やはり、極限状態だったのだ。助かる—という安堵から、緊張の糸が切れたに違いない。私にも覚えがある。初めて小鬼を倒したあの日、後から震えがきた。恐怖が止めどなく込み上げてきた。動く気にもなれず、しばらくはその場にへたり込んでいたのだ。
「あ、あの…」
そんな中、おずおずと手を上げた者がいた。この声には聞き覚えがあった。ゆっくりと立ち上がったあどけない横顔にも、見覚えがあった。いつかの夜営で、私や由香里がスープを手渡した、修道士見習いと思わしき少女だった。
「はい。どうしました?」
「は、はいっ!…わ、わた…私は…少しばかりですが、法術の心得があります。何かのお役に立てるかも、しれません。私は…私は…残り、ます」
少女の言に、マギステルは嬉しそうに首肯する。少女もまた、少しだけ笑った。
「分かりました。…では、残りの修道士達のことは、よろしくお願いいたします」
マギステルがクルスに頭を下げれば、シートから僅かに覗くクルスの制帽が上下する。それで、マギステルの話は終わった。
「次は俺からだ。いいか、よく聞け」
そう言って威勢よく立ち上がったのは、リーブリヒだ。彼女は私達冒険者を見回して、いやらしい笑みを浮かべる。凄く嫌な予感がした。
「修道士達のことがなくとも、アトリアの調査依頼がベロート陛下から直接発注された。内容はアトリアの調査と、可能であれば異常原因の特定と排除だ。俺達ノアの鐘、そして、アエテルヌム、後はネームレスもこれを受けた。どちらにせよ、俺らはアトリア行きだ」
目が点になるとはこのことだろう。なんの話だよ—と、アイマスに全力でガンを飛ばす。アイマスは即座に顔を逸らした。
「ギルドは通してねえ。故に、全て自己責任の、ある意味でヤバい依頼だ。気張って行くぞ!」
「…リー」
「やってくれたわね…」
気炎を揚げるリーブリヒに、ノアの鐘の面々は眉間を揉む。苦笑いしているが、怒っている訳ではなさそうだ。
「っしゃ。異論はねーみてーだな。んじゃ、表で作戦会議だ」
勝手に締め括ると、出口目指してズンズンと歩いてゆくリーブリヒ。ノアの鐘の面々が後に続き、私達や再生者、ネームレスもそれに倣った。
「まず、3班に分ける。派手に暴れる陽動班。異常の原因を探る調査班。町の人間を保護して歩く救護班だ。当然、俺は陽動班だな」
表に出るや否や、開口一番にリーブリヒは告げてきた。これに疑問を呈したのは、カームだ。
「待て。そもそも陽動が必要なのか?」
「ん?ああ…そこからだな」
カームの言にリーブリヒは頭をかくと、私達の奥へと視線を飛ばす。何があるのか?—と訝しんで振り返れば、いつの間にかマギステルらが佇んでいた。相も変わらず心臓に悪い人達だ。
「それについては、うちのメレンから、報告させていただきましょう」
マギステルの紹介を受けて前に出てきたのは、ラヴァと共に帰ってきたお下げの修道士だ。一歩前に出ると、気の弱そうな表情を引き締めた。
「町の状況におかしなところは無いように思えます。一見すればですが。けれど、よくよく見てみると、皆表情がないのです。井戸端会議に明け暮れる主婦も、路上で遊ぶ子供も、大声を張り上げて青果を売る主人も、皆表情がないのです。明らかに異常です。何らかの影響下にあることは想像に難しくなく、何が起きるか分かりません」
メレンの言にラヴァも捕捉した。
『そもそも、町の至る所に瘴気だまりが発生しています。間違いなく、住人の何割かは不死系魔物化しているはずですよ』
なるほど—と不死系魔物化した住人の姿を想像して、痛む胸を抑えた。
魔物化と不死系魔物化は違う。どちらも魔物とされ、その区別はないが、人間が変化する過程は別なのだ。魔素を過剰に取り込み、肉体が変化してゆくのが魔物化。由香里が辿ったのはこちらだ。対して不死系魔物化は、肉体そのものは変化しない。ただ、死ぬのみだ。けれども、体内に生成された魔石が核となり、肉体の死後も、魔石を核として動き続ける。不死系魔物化には瘴気の働きが関わっており、人が取り込んだ精霊石でも、瘴気の影響は避けられない。それが厄介なのだ。不死系魔物は活動する上で瘴気を撒き散らすため、生きとし生ける者全てを不死系魔物化させてゆく。もし不死系魔物化していたならば、討伐する以外に道はないだろう。
「っつーこった。さて、陽動班だ。他に立候補者は?」
応!—と威勢よく手を上げたのは、再生者のゴローだった。やる気満々といった様子で、気迫も十分である。彼ならば、陽動班に相応しいだろう。
「何言ってるでありますか?再生者はベロートから依頼を受けていないでありましょう?輸送機と共に修道士達を連れて、メットーラに帰るでありますよ?」
ところが、思わぬところからノーが突き付けられる。クルスだ。国王陛下を名前で呼び捨てたことはさておき、当たり前でありましょう?—とでも言いたげに、眉を寄せていた。
「ちょっ!?ちょっと待ってくださいよクルス様!我々は、輸送機なんて操縦ができません!」
「そ、そうです!ご再考ください!」
そんなクルスに、必死に食い下がるのはイチローとジローだ。無理もない。じゃあよろしく—などと渡されても、手に余る代物だ。私や由香里であっても無理であろう。
「ほぼ自動でやってくれるであります。手順はこの後教えるので、覚えるであります」
「まっ、待ってくださいまし!あれほど複雑なケイキ?類を一度で覚えろなんて、無茶ですわ!」
イチローらに続き、シローも抵抗する。しかし、はぁやれやれ—とばかりに嘆息したクルスが静かに凄むと、皆が押し黙った。
「お前達がやらないのであれば、修道士全員の命運は、ファーレンに委ねられるのでありますよ?」
「お…」
「それ…は…」
再生者全員が、ファーレンに見開かれた目を向ける。しばしの沈黙の後、観念したイチローらはガクリと肩を落とした。
「…やりましょう…」
「…何故、僕の扱いはそんなに酷いんですか?」
解せない—とばかりに強がるファーレンだが、私は知っている。クルスの無茶振りが再生者に向いたあの時、セーフ—と、呟いたことを。
「瘴気だまりがあるということは、それを作り出すほどの不死系魔物がいる可能性が高いのであります。私も陽動班に加わるであります」
「…へぇ。大口叩くだけのことはある—ってのを、見せてもらうぜ?」
さて、次に陽動班に立候補したのはクルスその人だった。彼女が名乗りを上げると、ヤンキー歩きでリーブリヒが近付いてゆく。キスしそうな距離で凄んでいるのを見るに、操縦室で一悶着あったのかもしれない。
「私達ノアの鐘は、全員が陽動班でいいでしょ?細かいことは私達には無理よ?♪」
「そうねん。陽動は任せてん」
ノアの鐘リーダーのロドリゲスが手を上げ、それにその他のメンバーも続く。陽動班は十分な数が揃ったと見て良いだろう。
「んじゃ〜、次は調査班〜」
「うわっ!?いたのっ!?」
てっきり、アシュレイとクシケンスは未だに操縦室にいると思っていただけに、いきなり上がった声に驚いて肩を跳ね上げる。ジロリ—と、アシュレイから睨まれた。
「コトとラヴァは〜、調査班と救護班の橋渡しをやってもらうから〜。激務〜」
「…うへぇ」
身から出た錆。自業自得だ。けれど、その役割はMAP魔術を使える私達にとって、むしろ適任だろう。ちゃんと考えての配置に違いない。二つ返事で受け入れた。
「期待してる〜」
「うん。任せて」
調査班には、他にクシケンス。司令塔として、マギステルが配されることとなった。
「救護には、私が向かうので御座います」
「私も救護班だな。力のある者は必要だろう」
「じゃあ、私も救護班ね」
「えーと、僕も救護班ですね!」
「私達も救護班よ」
救護班には、アエテルヌムの3人に加えて、修道士達の半数が加わる。主に、大きな得物を携えた力持ちな者達だった。他の修道士達はどうするのかと思いきや、各班の補助であるらしい。特に、陽動班のいない場所に不死系魔物がいた場合、それの撃破ないし、陽動班のいる場所への誘導がメインになるそうだ。
「うっし!決まりだな!なら、今夜はしっかり休もーぜ!」
リーブリヒが勝手に終了を宣言したが、異論はない。再生者だけは青い顔で肩を落としており、気の毒に思ったが、できることなどない。なるべく視界に入れないようにして、輸送機の中へと戻った。ごめんよ、命の恩人。




