真、空の旅を楽しむ?
「皆様が何者であるのかは、よく分かりました。グリムの件では、何とお礼を言っていいか分かりません。あの一件は、我らが教皇へも連絡済みです。後日、王都へといらしてください。女神教として—いえ、おそらくは、アンラ神聖国として、正式に謝礼を—」
「謝礼はこの場でいただくであります」
「えっ!?ク、クルスさん!?」
マギステルの発言を遮って、クルスが声を上げる。その横柄な物言いに、マギステルのみならず、私達も目を見開いた。何故かファーレンもびっくりしていた。
「え?…いえ、ですが…お恥ずかしい話ながら、この場では十分な褒賞を与えることが…」
「褒賞は、そこの黒髪黒目の女二人を預からせていただければ、十分であります」
しどろもどろに応じるマギステルに、クルスが求めた報酬は、私と由香里を引き渡せ—というものだった。困惑した様子で、クルスと私達を交互に見るマギステルに、何と返して良いか分からず言葉に詰まった。
「流石にそれは横暴です。私もこの子も物ではありません。助けていただいたことには恩義を感じておりますが、それを盾にして接収しようというのは、如何なものかと思います。後日、私達が自らの足で、そちらへ向かいます」
由香里が一歩前に出て声を上げる。けれども、クルスは引かない。私と由香里を交互に見た後、思いっきり眉を寄せた。
「ダメであります。失礼ながら、お二人はあまりにも弱すぎるであります。その身の安全を確保するため、私がお二人を連れ帰るであります」
これには私もカチンときた。仮にもこの世界屈指のレベルにまで上り詰めた私達に向けて、一体何を言うのか。
(これは、流石に言い返してやりたいね!)
《ええ。言ってやりなさい!》
しかし、私が口を挟む前に、クルスらの前に一匹のスライムが躍り出ると、クルスは目に見えて狼狽し始める。躍り出てきたスライムは、葛饅頭でお馴染みのアーサーさんだ。
「ア、アーサーさんでありますかっ!?」
“ご苦労様です、クルス”
例の如くツラツラと木板に文字を書くアーサーさんを前にして、クルスの態度はいきなり軟化する。それまでの力尽くも辞さない—といった空気は消え去り、ほのぼのとした絵面になった。
“ダメだよクルス。二人にも都合があるんだから。無理強いよくない!”
「いや、しかし…閣下の同胞かもしれない以上、その身に万が一があっては…」
“それでもダメ!そもそも、こんなやり方を彼は許容する?”
「うぐっ!?…し、しかし…ベロートらの許可は取り付けたでありますよ?」
スライムに言い負かされるクルスの、何と情けないことか。それまでは高圧的な女傑というイメージの強かったクルスだが、ここへきて一気に、可愛らしい女性にランクアップした。
《それ、ランクアップですか?》
(うっさい。それにしても…)
先ほど、クルスはこう言った。ベロートらの許可は取り付けた—と。ベロート—つまり、アンラ神聖国の国王陛下だ。会ったこともないが、彼は私達二人を売ったのだ。それに、“ベロートら”という言葉からは、他にも私達を売った者がいることを意味する。許せることではない。
“ふうん?ベロートは何て?”
「二人が納得したならいいよ—と…」
“じゃあ、彼女らは納得してないからダメ”
アーサーさんに言い含められ、クルスはガクリと肩を落とす。ファーレンは終始アワアワと慌てふためいていたが、諦めたらしいクルスの様子に、安堵の息を吐いていた。再生者の皆は、おそらく、この結末を予測していたのだろう。アーサーさんに小さく礼をしつつ、苦笑している。私はといえば、別に売られた訳ではなかったらしいことが分かり、怒りは早々に治っていた。
(スライムですら“さん”付けなのに、呼び捨てにされる国王様も可哀想に)
《…本当ですよね…》
さて、クルスの暴走?—が治ったことで、アーサーさんが場を仕切り始める。ニコニコ顔のファーレンに抱き抱えられたアーサーさんは、珍しいことに念話を使い始めた。
『さて、クルス。君の魔法で、修道士達を運んでくれない?トラブルばっかりで、修道士達の心が限界なんだ。さっさと終わらせてあげたいよ』
「…アーサーさんの頼みとあっては、断れないでありますね…」
はぁ—と嘆息しつつ、クルスはゆっくりと片手を持ち上げれば、彼女の肉体から、夥しいほどの魔力が発せられる。なんだその出力は!?—と、私をはじめをした魔術に覚えのある者達は、皆が目を点にした。
(…すご…)
《あれ、私にもできませんよ…》
大精霊であるラヴァが人間に膝をついた瞬間である。そして彼女が練り上げた魔力は、瞬く間に輸送機を作り上げた。先に空を飛んでいたものよりは、いくらか旅客機に近いものだった。
『じゃあ、皆さん乗り込んで。これで空の散歩だよ』
「あ、あり得ないだろ〜」
「ア、アシュレイさん…驚くのは、後回し…です!」
我に返ったアシュレイとクシケンスは、いの一番に輸送機の中へと駆け込んでいった。警戒も何もない。魔人族の知識欲というものは、ある意味危なっかしい。
「ちょっ!?アシュレイ!」
修道士を守るアシュレイが仕事を放棄したため、すぐに修道士達を輸送機へと押し込む。MAPで見る限り近場に敵影はなかったが、気が気ではいられなかった。その後には、未だにクルスを警戒するリーブリヒらを乗せ、最後に私達アエテルヌムに、再生者らも乗る。
『これで皆、仲良くなれるね』
そう言ってプルリと震えたスライムが、一瞬、魔王か何かに見えた気がした。
「シートベルトを締めるの。こうやるのよ」
「こ、こうですか?」
輸送機の中は、まるで旅客機のように快適な作りになっていた。窓はないが、キャビンには大型のモニタが取り付けられており、外の映像が映し出されている。シートはリクライニングする作りのようだが、飛行機に乗ったことのない私には、操作が分からなかった。
「アシュレイ!クシケンス!大人しく座って!」
「もう少し〜!」
「あ、あと少しだけ…」
私と由香里は皆にシートベルトの閉め方を教えて回っているが、アシュレイとクシケンスは、いつまで経っても座ろうとしない。あっちをウロウロ。こっちをウロウロし、救命胴衣や呼吸器を引っ張り出したり、どこからともなく機内食を取り出して、摘んだりしていた。アイマスに由香里という、ダブルゴリラに取り押さえてもらった。
『では、飛ぶであります。シートベルトは絶対に外してはダメであります。その他の注意事項は…ファーレンにでも聞くであります』
「僕っ!?」
機長であろうクルスのアナウンスに、キャビンの前の方から頓狂な声が上がる。行き当たりばったりな対応であることは疑いようがなく、隣に座る由香里と共に、思わず苦笑した。
『…あ、そういえば、滑走路がないでありますが…まあ、大丈夫でありますな』
「ちょっ!?降ろして!降ろして!」
機長が何やら恐ろしいアナウンスをする。そういうことはマイクを切って呟いてもらいたいものだ。横に座る由香里もまた、私ほどではないが、青い顔を作っていた。
「…大丈夫。振動が凄いだけよ」
「…本当?ねえ、本当?ひっくり返ったりしない?」
『あああ…動き出しました…音が!音がぁぁぁ!』
輸送機そのものは、難なく離陸したが、振動は凄かったと言っておこう。シートベルトって偉大だな—と、涙や涎を拭いながら実感した次第だ。
『もうシートベルトは外して大丈夫でありますが—』
アナウンスの途中で、ガチャ—と、早速シートベルトを外した音に驚いて視線を向ければ、例の魔人族の二人だった。二人はそのままダッシュで機体の前の方へと向かう。きっと、操縦室へ向かうつもりなのだろう。そして、鳥であるためにシートベルトが正しく着用できないラヴァは、離陸だけでえらい疲れていた。
『慣性というものを舐めていました。手すりに激突しましたよ。…バードストライクです』
「面白いわ、ラヴァ」
由香里の合格判定に、ラヴァは満足して力尽きた。着陸時は抱いてあげようと思う。
「もう、何がなんだか分からねーな」
すぐ後ろから声が聞こえて振り返れば、私達の席に、リーブリヒらノアの鐘がやってきていた。大型モニタに映る外の映像や、小さくなった陸の映像を見つめながら、茫然としている。そのリーブリヒらの背後には、マギステルと共に、再生者の面々もいた。
「マコト、それと…ユカリだったな。ちょっといいか?」
「…うん」
「ええ」
リーブリヒらと共に、誰もいない後ろの席へと向かう。アイマスとソティにも声をかけ、二人にもついて来てもらった。
「じゃあ、まずはグリムの顛末を聞きたいところだけど…それよりも、この子達のことね♪」
「既に一悶着あったが…このマコトが俺らの知る黒髪黒目の女だ。ユカリの方は…今回の同行が初顔合わせになる」
ノアの鐘がイチロー達へ私達のことを紹介する。既にカームからは聞いていたが、イチロー達は、黒髪黒目の女性を探しているらしい。彼らの指導者に引き合わせるために。先にはクルスが暴走しようとしたが、今は先の強引さは消え、私達をアトリアへ輸送してくれている。和解できたと見ていいのだろう。
『—ブツ—サーさん!その糞共を簀巻きにするであります!』
『待って〜!あと少し〜!』
『こっちの、スイッチは…何っ—ブツ—』
その操舵室からのアナウンスに、私達全員がスピーカーを見上げる。あちらは凄いことになっていそうだ。もっとも、アーサーさんがいるならば、何も問題はないだろうが。
「…あー、既に自己紹介はされちまったが、こいつらを連れてきたのは俺達だ。改めて紹介させてくれ。こいつらはメキラの冒険者で、再生者だ」
「改めて、イチローと申します」
「ジローです」
「サブローっス」
「シローですわ」
「ゴローで御座る」
リーブリヒに続き、再生者の面々は各自が名乗る。私達アエテルヌムも、それに倣った。
「じゃあ、なんで私達のことを探していたのか聞いてもいい?」
既にある程度は聞いているが、肝腎要のさわりを聞いていない。イチロー達は悪人という訳でもなさそうなので、特に私としては誤魔化すつもりもない。異世界云々の話が出てくると、リーブリヒらに説明するのは面倒そうだが。
「率直に聞きます。魔素のない世—いえ、地域としましょうか。その地域にあるニホンという国名に、覚えはありますか?」
イチローは、ノアの鐘をチラリと一瞥すると、少しだけ濁して尋ねてきた。私と由香里は顔を見合わせた後、同時に首肯を返す。やはり、そうだったのか—と、もはや驚きはない。なにせ、輸送機などが出てきては、疑う余地もない。後は、その目的だけだ。
「おお…やはり…」
「この者達が殿の探す娘であるならば、我らの仕事も一段落で御座るな」
イチローとゴローはこれまでの苦労でも思い返しているのか、感慨深そうな顔を見せているが、私はここで、ゴローの顔に既視感を覚えた。
「あっ!アイマス!このゴローって人!鉄の掟と喧嘩してた人だよ!」
「…ああ。言われてみれば…その精悍な顔付きは確かに…」
そして、その既視感は直ちに記憶の蓋をこじ開けた。輸送機を見たことで、刀という、この世界には存在しないはずの得物を手にした大男を連想したからだ。
「…はぁ、そうです。それがために、お二人を発見するのが遅れました」
「本当なら、私達の旅は、1年で終わっていたはずですわ」
「いやいや。まだ二人が当たり—と、決まった訳じゃねっスよ?」
ジローとシローも苦労を思い返しているのだろう。けれど、それは余計な仕事を増やした—という意味で、苦労というよりは徒労と表するべきものなのかもしれない。感慨深そうな様子はなく、深い溜め息が出てきた。
「私達は、旅を始めてすぐに、アンラヘも寄ったのです。ですが、そこでゴローが揉め事を起こしまして。まあ、マコト様らの目撃したのが正にそれでしょう。そして、その揉め事を起こした相手が不味かった。アンラにおいては、彼らはなかなかの影響力の持ち主であるらしく…アンラでは、まともに活動できなくなったのです。情報すら融通してもらえなくなりまして…やむなく退散しました」
「…ああ…そう…」
その場に私もいたのだが、私は背が低く、人垣で容易に隠れてしまう。きっと、ゴローやイチロー達からは、私の姿が見えていなかったに違いない。あの時、勇気を出して声をかけていれば、今回の件も、もう少し楽に進んだのかな—と、少しだけ後悔した。
「さて、黒髪黒目の女性を探す理由についてですが、マイロー…我が指導者が、探すように命じたからです」
私も由香里も、口を挟まずに黙って聞く。私達よりもむしろ、リーブリヒが何か言いたげだった。
「マイロードは気が付いた時、メキラ王国の端に倒れていたそうです。ニホンはトウキョウのカフェなる場所で、女性と会話をしていたはずが…です」
イチローはこちらの反応を探るかのように、ゆっくりと語る。それがためでもないが、あの日のことを思い出していた。
(そう。教科書を買いに行って、由香里とぶつかったんだよね。稟議書なんてものを見つけて、必死に由香里の後を追いかけたっけ)
慌てて大通りに出るも、広い道であるにもかかわらず、右を見ても左を見ても、由香里の姿はなかった。通勤ラッシュの時間でもなく、人影は疎だ。
(由香里がビルを出てから、まだ何分も経っていない。なら姿がないのはおかしい—って、片っ端からカフェとかの店を覗いて歩いたんだよね)
脇道に入った可能性を見落としていたことに、今になって気がつくと、何故か安堵の息が漏れた。結局、稟議書を届けた意味はなくなってしまったのだが、あの時は頑張ってよかったと思っている。
「マイロードは近くに町を見つけ、そこを一旦の拠点としました。それがメットーラという辺境都市です。…マイロードは、そこでこの地が如何に危険な場所であるかを知ります。魔物の脅威に野盗の存在。町中でも冒険者や衛兵は武器を帯び、夜闇にあっては、女の一人歩きなどもっての外。治安の悪さに頭を抱えたそうです」
イチローの語り口は、確かに、この世界を初めて見た者の感想に相違なかった。
「マイロードはそこで思い至ります。もしかして、この地に、あの時会話していた女性もまた、飛ばされているのではないか?—と」
あの時、由香里と共に会話していた男性の姿を思い出す。後ろ髪は刈り上げてあるのに、前髪は目が隠れるほど長い男性だ。顎にしか髭の痕がなく、若いのか老けているのか、見た目からは判断のつかない男性だった。もしかして、イチローの語るマイロードとは、その人のことなのではなかろうか。チラリと由香里を覗き見るも、由香里はただ黙してイチローの話を聞いていた。
「しかし、ここでマイロードは思わぬトラブルに遭遇したのです。目立つ真似をする訳にはゆかなくなり、各地を見て歩くことは他者に委ねざるを得ませんでした」
最初こそ我が指導者と呼んでいたイチローだが、もはやマイロード呼びを隠す気もないらしい。そこだけ切り取ってみれば狂信者にしか見えないが、それだけの忠義を覚えたのは、どういった理由があってのものか。後で、それも聞いてみたいな—と、考えた。
「その…マイロードさんの名前を教えていただけますか?」
「…申し訳ありません。マイロードは先に申し上げましたが、面倒事の真っ只中におります。例え、貴女方がマイロードの探し人であったとしても、おいそれと名を教える訳にはゆかないのです。直に、その目で見ていただきたく」
由香里の問いかけに、イチローのみならず、再生者の皆が、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。ならば—と、由香里は更に突っ込んで尋ねた。
「その人の名は、小坂帯刀。探し人の名は、高田由香里なのでは?」
「……直に見ていただきたく」
それでもイチローは応じない。けれど、その顔には、確かに喜色が見て取れた。
「有難う御座います。この件が片付いたら、私はメットーラに行ってみるつもりです」
由香里は私をチラリと見て、そんなことを言う。彼女は花冠の精であるため、日に1度、花の上での栄養補給が必要となる。それ故に、亜空間を開ける者の補助なくして遠出ができないのだ。もちろん付き合うつもりである。私も頷いて見せた。
「まあ、悪い人じゃなさそうだしね。由香里に付き合うよ」
「…有難う御座います。それまで、お二方の身の安全は、我ら再生者が保証いたします」
イチローをはじめとした5人が、一斉に首を垂れる。何やらむず痒くなり、すぐにやめさせた。
「よかったわねん、イチローちゃん」
「はい。ノアの鐘の皆様には、感謝しかなく。本当に助かりました」
声をかけたカメイラらに向けて、また礼をするイチロー達。顔を上げるように言ったのは、リーブリヒだった。
「そんでよ、グリムだ。あいつはどうなったんだ?」
リーブリヒの問いが、ノアの鐘やマギステルの興味の中心だろう。当然だ。彼らがここにいるということは、グリムから逃げ果せた証左に他ならない。
「グリムですか…」
「某でも、2度と会いたくない手合いで御座るな」
再生者の面々は、そろって苦笑いを浮かべる。よほど面倒な相手だったのだろう。私とて、もう戦いたいとは思わないし。
「結論から言うと、逃げられました」
「後一歩だったんスけどね〜」
ところが、私の予想は裏切られた。彼らはグリムから逃げた訳ではなく、グリムを追い込んだと言うのだ。これにはリーブリヒらも驚き、素っ頓狂な声を上げる。即座に食いついたのは、マギステルだった。
「て、顛末を教えてください」
「ええ。分かりました」
イチローせはまず、グリムという魔物のことを語り始める。グリムは鳥形の魔物ではなく、巨大な魔石を核とした不死系魔物であり、鳥の姿は、瘴気で形作った形態の一つでしかないらしい。
「魔力に強く、物理に弱い鳥形。風系統の魔法を扱うこの姿の時は、その不可思議な風が最も脅威です。次に、魔力に弱く、物理に強い獣形。この形態の時には、とにかく攻撃力の高さが脅威となります。こうなると、私でも単純には抑え込めません。そして、私達が見た限りでは、最後になる不定形。瘴気をただ垂れ流し、撒き散らすばかりで、後述しますが、攻撃手段は一つのみとなります。グリムにダメージを与えるならば、この姿の時、一気呵成に畳み掛ける以外に手はないでしょう」
ごくり—と喉を鳴らしながら、イチローの話を聞く。
「鳥形態の時には風魔法。獣形態の時には、おそらく身体強化。そして、全ての形態で、闇属性の魔法を多用し、敵の魔力を奪おうとしてきます」
「…私達が戦った時は鳥形態でしたが、闇属性の魔法など、使おうとはしませんでしたよ?」
手を上げて尋ねたのはマギステルだ。それに対して、イチローは申し訳なさそうに応じた。
「それは、その…皆様が、そのレベルに至っていなかったからかと…」
ソティやアイマスといった、強敵大好きな者達が頽れる。あの時、グリムは全然本気など出してはいなかったらしい。己の無力さを痛感して、打ちのめされているのだろう。
「そんな怪物を、どうやって追い払ったのかしら?」
「そうだな。気になるところだ」
ゴリアテとカームの質問に、イチローはすっごい渋い顔をする。その表情は一体なんなのか。
「このクルス様が応援として来てくださったのです。正直、私共だけでは、耐えるのが精一杯でした」
イチローの言に、私達は機内をぐると見回す。確かに、クルスはとんでもない。彼女ならば、グリムとて渡り合えそうな気がする。
「クルス様の武装は、とにかく馬鹿みたいに強力に御座る。なんと例えるが分かり易いか…」
「超大型魔術を連発できる—ってのが、破壊力としては分かり易い例えじゃねっスか?」
顎を摩りながら考え込むゴローに、頭の後ろで手を組みながら、サブローがあっけらかんと巫山戯たことを言う。それはないだろう—と皆が突っ込んだが、そのサブローは、私と由香里に尋ねてきた。
「無数に多連装ロケット砲を生成して、そこから雨よ霰よ—とばかりに、ロケット弾を飛ばしてくるっス。アンラ大平原は、悪いけど、地形が変わったっス。どれほどのものか、あんたらなら、分かるんじゃねっスか?」
「あ、事実だわ」
即座に理解した。イチロー達の話は事実だ。どうやらクルスは、兵器を顕在化させる魔法を使うらしい。チートだと思う。
「そのクルス様をもってしても、丸1日戦い続けていましたからね…どちらかと言えば、クルス様の攻撃に巻き込まれないようにするのが大変でした。そんな訳で、グリムとは2度とやりたくありません」
「そりゃ…お疲れ様だね…」
イチローの発言に思い出したのか、再生者の皆は青い顔を作る。よほど危ない橋を渡っていたらしい。そりゃそうだ。ロケット弾の飛び交うホットスポットに身体一つで飛び込んで、生きている方が不思議というものだろう。
『さて、皆様。お待たせしたのであります。既にアトリアは眼下に見えているであります』
『このまま〜、突っ込むのと〜、手前に着陸するの〜。どっちがいい〜?』
『じょ、冗談…ですよ。ちゃんと、手前で降り、ます…ただ、揺れは…離陸の、比ではない…です。シートベルトを、しっかりと…締めて、くだ…さい…』
クルス+2名によるアナウンスが聞こえたため、私達は各々の座席へと戻る。大型モニタに視線を向ければ、確かにアトリアが見えていた。
「いやあ、飛行機って凄いね…早い早い」
「本当よね。徒歩で10日程度の距離が残ってたのよ?それが1刻かかるかどうかで到着なんてね」
シートベルトを締めながら、由香里と笑みを交わす。いつもよりも由香里が上機嫌に見えるのは、きっと小坂のことがあったからだろう。
(良かったね、由香里)
直属の上司ではなかったらしいが、頼りになる先輩にして、かつて恋慕していたであろう相手だ。その思いが今はどのようなものに変わったのかは知らないが、悪く変わることはなかろう。間もなく会えるのだ。
(あの時、小坂さんは私のことも守ろうとしてくれたんだよね。ちゃんとお礼言わなきゃ)
カフェでの出来事を思い返しながら、震えるラヴァをしっかりと抱く。イチローの話を聞くに、小坂は由香里のような、不幸には見舞われなかったようだ。もし、由香里が思いの丈をぶつけたとしたら、彼は受け入れてくれるだろうか。彼女が人でなくなったとしても、気にしないでいてくれるだろうか。人の恋路になど口を挟める立場にはないが、由香里の友人として、そうなったらいいな—とは思った。
『…着陸するであります』
『舌噛むぞ〜。口はしっかりと閉じておけよ〜』
『着陸…したら、皆で、機内食を…食べましょう…』
アンラ大平原は、その名の通り広大な平原だ。凹凸は少なく、どこまでも平坦な平原が続く—と思っていたのだが、それは思い違いであったらしい。ガタガタと機体は揺れに揺れ、ラヴァを手放しそうになる。着陸の振動は、確かに離陸の比ではなかった。




