真、ネームレスと出会う
「真、起きなさい。出発するわよ」
「ん?ん〜」
いつの間にやら寝ていたらしく、肩を揺さぶられて目を覚ます。目を擦り身体を持ち上げれば、涎、拭きなさい—と、由香里が苦笑していた。
「由香里っ!?」
「うん。心配かけてごめんね?」
飛び起きてマジマジと由香里を見る。由香里だ。間違いなく由香里だった。
「何?どうしたの?」
「…だって、由香里、容体が良くないって…」
「ああ、うん…ちょっと無理をし過ぎたみたい。やっぱり、人間とは違うのね。全然無茶が利かないわ」
そう言って申し訳なさそうに笑う由香里の背後から、すぅ—と、音もなくマギステルが現れる。かなり驚いた。いきなり視界に入ってこないでよ—と、心臓が動いていることを確認しながら文句を言う。感動が台無しだ。
「申し訳ありませんマコトさん。けれど、そろそろ出発しなくてはなりません。いつまでも、ここで野営—という訳にもゆきませんので」
マギステルの言はもっともだと思う。ヘルハウンドにグリム。どちらも、アンラ大平原ではまず襲われることなどないであろう怪物だ。そんなものと立て続けに出会したとあっては、修道士達は憔悴しきっていることだろう。早く身体を落ち着けて、休める場所へ向かわねばなるまい。もっとも、アトリアが休める場所か否かは別の話だが。
「道中、聞いておいてほしいこともあります。詳しくは、ラヴァさんから伺ってください」
「へ?ラヴァ?」
マギステルはラヴァから聞けと言うが、そのラヴァは魔力の使い過ぎで消えてしまったと聞いている。何を言っているのか?—と、困惑した。
《真が涎を垂らして寝ている間に、復活しましたよ》
ところが、頭の中に聞き慣れた太々しい声が響く。慌てて立ち上がり、ラヴァの姿を探す。けれども、ラヴァの姿はどこにも見当たらないではないか。アエテルヌムの皆や、ノアの鐘の5人の姿は認めたが、ラヴァはどこにも見当たらない。一体、どこにいるのか。
《上です。上》
(上?)
ラヴァの念話に天を仰げば、本日は晴天だった。冬の終わりを感じさせる、眩しいくらいの日差しに、手庇を作りながら目を細めれば、小さく何かが旋回しているのを見つける。それは、紛れもなく鷲だった。ラヴァである。
《泣いていいんですよ?》
(…馬鹿。絶対泣かない)
鷲のくせに、やたらと表情豊かな相棒の、にやけ面を思い浮かべ、込み上げてくる涙を気合いで押し込める。私の様子に、ラヴァとのやり取りを察したのか、由香里が苦笑していた。
「ほら。寝起きで悪いけど、行くわよ。歯は歩きながら磨きなさい」
「うん。うん!」
グリムに襲われて、それでも全員が生き残ったことは、幸運以外の何物でもないだろう。前を歩く由香里の横に早足で並び、久しぶりに見た気がするアエテルヌムの面々に手を振る。アイマスは腰に手を当てたままで笑い、アシュレイとクシケンスは軽く手を振って応じた。珍しいことに、ソティは機嫌が悪いらしい。目に見えて膨れている。きっと、ヘマを揶揄われた—というやつだろう。
「ごめん、寝坊した」
「いいさ。けど、また今日からMAP魔術を頼むぞ?」
アイマスの求めには否やなどない。快諾を返し、ノアの鐘にも挨拶した。
「ノアの鐘の皆さん、お久しぶりです」
「あら、マコトちゃん。見違えたわぁ。綺麗になったわねぇ♪」
「そうねん。でも、少し肉付きが足りないかしらん?」
「あら、ダメよカメイラ!そういうことを言っちゃダメ!」
ノアの鐘の男性陣?は相変わらずだ。女性陣はといえば、カームはアイマスよろしく腰に手を当てて微笑んでいたが、リーブリヒはムスッとしている。腕組みなどして、何故か私を睨み付けているのだ。久しぶりに会ったというのに、この態度はなんなのか。
「リーブリヒさん、何で怒ってるんですか?」
「…お前…随分と筋肉が落ちたな…トレーニングサボってんな?」
ようやく口を開いたかと思えば、第一声がこれである。サボってはいないが、肉体の鍛錬を積むことは少なくなった。筋肉が落ちたのは間違いないだろう。実にリーブリヒらしい着眼点だな—と、苦笑した。
「サボってないよ。最近は魔術のトレーニングの方が多くてさ。ほら、魔力の流れを見てよ?どう?」
「…随分と上手く誤魔化すようになったじゃねーか。けど、今度は斥候職にしは細過ぎる。満点はやれねーな」
リーブリヒは魔力の流れを視覚的に捉えられるらしい。上位者ならば普通なのかと当時は考えたものだが、デンテら術師に語らせれば、そういう訳でもないそうだ。ともかく、かつての私は、斥候職にしては、魔力の流れが流暢に過ぎる—と、ダメ出しを受けていた。その意趣返しではないが、鼻を明かしてやるつもりだったのだ。けれど、今度は細過ぎてダメらしい。なかなか手厳しい。
「厳しいね、リーブリヒは」
「たりめーだ。そう簡単に後進を認めてやるかよ。つーか、敬語は止めろ。気持ちわりーよ」
蟻の巣の一件以来だから、ノアの鐘とは1年半ぶりだ。少しは丁寧な物言いを心がけて、大人になったところを見せてやろうとしたのだが、リーブリヒ相手だと、すぐにボロが出てしまう。そして、私の敬語は気持ち悪いそうだ。文句の一つでも言ってやろうとしたが、修道士達が動き出したため、慌ててMAPを展開した。
(で、ラヴァ。聞いておいてほしい話って何?)
《このままアトリアを目指すことになりました》
上空を飛ぶラヴァの気配を追いながら、まあ、そうだろうな—と考えた。戻ればグリムと再びかち合う可能性も考えられる今、引き返すという選択はないに違い。
《ノアの鐘から、妖術師の話は聞きましたか?》
(うん、聞いた)
次いで、ラヴァから齎されたのは、昨晩にカームから聞いた妖術師のことだった。
《妖術師が消えたことで、ケイタイの機能が復活したようですよ》
(え?嘘?)
そういえば、どれだけデンテやモスクルと連絡を取ろうにも、ケイタイは一切繋がらなかった。それが妖術師のせいだとするならば、得心がゆく。ラヴァの言にケイタイを取り出して起動してみれば、二人からは何度も着信が入っていた。おそらくは、私が何度も発信し、メッセージまで入れていたのを、まとめて受信したのだろう。慌てて折り返してくれたに違いない。ところが、私はマナーモードになっていたため、気がつかなかったらしい。あるいは、寝ていたために気が付かなかったか。
《マギステルが教皇に連絡を取れたみたいですが、アンラも今は危険であるようです。そういった事情もあり、このまま進むことになりました》
(ちょっと待って!どういうこと!?)
ラヴァの不穏な発言に、慌てて尋ねる。ラヴァは淡々と語ってくれたが、彼から聞かせられたアンラの話は、とても信じられない。アンラの町全体が、呪印に侵されているという、どう考えても荒唐無稽で、妄言としか思えないようなものだっだ。
(ちょっと、もう少し詳しく教えてよ?)
《なら、マギステルに聞いてください。私の情報は、彼女からの受け売りです》
ラヴァもマギステルの受け売りだと言うが、そのマギステルとて、王都へ尋ねた結果であろう。ならば、直接王都にいる者へ尋ねるのがよかろう。護衛中だが、少しだけ席を外すことにした。
「ソティ、由香里、ちょっと電話…ああ、通話。すぐ終わるから」
「デンテさん?手早くお願いね?」
「では、少しばかり先行して、様子を見てくるので御座います」
由香里とソティにこの場をお願いして、デンテに向けて発信する。コール音を聞きながら、即座にデンテとの通話だと見抜かれたのが、悲しくなった。
(男かもしれないじゃん…)
《デンテは男ですよ》
うっさい!—と上空の鷲へ念を飛ばし、デンテが出るのを待つ。ラヴァの話は違わず、無事に通話は繋がった。
『マコトか。久しぶりだの』
「うん、久しぶりおじいちゃん。通話気付かなくてごめんね」
ほっほ、仕方ないわい—と、口調こそいつもと変わらないデンテだが、どうにも別人なような気がする。デンテはかなりの高齢だ。話していて喉が詰まるのか、言葉の節々に聞き取り難い音が認められるのだが、今日のデンテにはそれがない。おや?—と不審に思い、尋ねてみることにした。
「おじいちゃん、喉、良くなったの?」
『ほっほ。分かるか?そうとも。こんなに快適に話せるのは、気分がいい。わしのことを見たらきっと驚くぞ?』
デンテの喉が快癒?したことは喜ばしい。それ自体は良いのだが、見たら驚くとは何事か。本当にデンテか?—と訝しんで、ケイタイから耳を離した。
(ねえラヴァ…おじいちゃんの様子がおかしい)
《知りませんよ、そんなの…》
ラヴァに相談しようとするも、素気無く突き放される。なんだよ冷たいな—と、通話へ意識を戻した。
「ねえおじいちゃん。アンラは今、どうなってるの?危険な状況にある—って聞いたんだけど…」
『…うむ。まあ、そうだのぅ。今はまだ何も言えぬが、少しばかり厄介なことになっておる。マコトはアトリアを目指しているのだったか。…そのままアトリアへと向かうのが…良いだろう』
そのアトリアとてどうなっているのか知れたものではない。本当にこのまま向かって良いのだろうか。それはデンテも感じているに違いなく、そうでなければ言い澱んだりしないだろう。つまり、得体の知れないアトリアへと向かった方が、アンラへと戻るより、まだいくらかマシ—と、判断したのだ。
「…うん、分かった。…モスクルからも着信があったから、そっちにも問題ないことを伝えておくね。有難う」
『…くれぐれも、気をつけてな』
ケイタイを耳から離し、モスクルにも連絡するべく、操作しながら嘆息する。どう危険なのかが知りたかったのだが、それは話せないらしい。モスクルならば何か聞けるだろうか。
—プルルルル—
コール音を聞きながら、MAPを確認する。先日までの怒涛の群勢はいつになっても表れず、遠巻きにこちらの様子を窺う魔物がいるのみだ。もしかすると、あの魔物の大群もまた、妖術師の仕業だったのかもしれない。
(…妖術って、あんなに巨大な範囲へ影響を及ぼせるもの?)
己もまた妖術師であることから、妖術について編纂された、好事家のための本も読んだことがある。多くの場合は、意図せずに他者に害を齎した例と、その考察が纏められていた。それらの中には、結界を形成するものとて、あるにはあった。けれども、それは自宅の一室—という、実に狭い範囲での話である。とてもではないが、アンラ大平原を覆う結界を形成することなど、不可能だと思われた。
「あ、モスクル?」
『…マコトか。聞いたぞ?良くやってくれた』
通話がなったために声をかければ、モスクルは開口一番に労ってきた。どうやら私は、良くやったらしい。うん?—と首を傾げて考え込む。一体、彼は何の話をしているのだろうか。
『グリムだ。お前達アエテルヌムは、グリムを突撃を止めたんだろ?史上初だぞ。修道士達にも怪我一つないとは、もはや奇跡の域だ。その功績は誇っていい』
「…はあ。あ、有難う?」
私達はほぼフルメンバーでグリムの突撃を止めたのみだが、そのすぐ後には、たった一人でグリムと互角に渡り合った化け物がいるそうだ。それを聞いた後では、私達のやったことなど、比べるのも烏滸がましい気がする。
「後から来た5人組の話は、聞いていないの?」
『…ああ、聞いている…聞いているよ。…はぁ…あれはもう別枠だ。同じ土俵には立てん。気にしなくていい』
気にしなくていいのなら、そんなに気になる物言いをしないでもらいたいものだ。その深い溜め息は何だというのか。
『ともかく、ギルド長としての判断は変化なしだ。お前達はそのままアトリアへ向かってくれ。その道中で違和感を覚えたり、何か不審なものを発見した時は、手間をかけるが、都度、俺に連絡を寄越してくれ。お前達からの着信は、絶対に出る。出もせず、半刻経ってもかけ直してこなければ、何かあったと思っていい。その場合の指示だが—』
「ちょっと待って!待って!」
何やら長々と語り始めたモスクルを、慌てて制止する。デンテといい、モスクルといい、何かおかしい。これは何としてでも聞き出したい。今、アンラで一体何が起きているのかを。
「…アンラで何が起きてるの?呪印って、何?」
『…ああ…すまん。まだ迂闊なことは言えないんだ』
けれど、モスクルも教えてはくれなかった。この二人でダメならば、きっと、誰に聞いても答えは同じだろう。諦めるしかない。
『—何かあった場合、アイマスの指示に従え。彼女に大体は伝えた』
人選ミスだろそれ—と、モスクルの言に渋い顔を作る。アイマスだと、いざという時にド忘れする未来しか見えない。せめて、ソティ—もダメなので、クシケンスにも伝えておいてほしかった。もっとも、チッコと比較して、抜かりない—チッコと比較すれば、誰でも完璧に見えるのだが—モスクルのことだ。その辺りも折込済みに違いない。うだうだ言うのはやめておいた。
「うん、分かった。有難う、モスクル」
『ああ。修道士達を頼む』
ケイタイを耳から離し、鞄へとしまう。知らず知らずのうちに溜め息が漏れていたらしく、由香里に苦笑された。
「あら、期待外れだったの?」
「うん。アンラの話を聞きたかったんだけど、おじいちゃんもモスクルも、話せない—の一点張り」
「アンラがヤバいって話か?俺らがアンラに寄った時は、いつも通りに見えたけどな…」
由香里と私の間をこじ開けて、割って入ってきたのはリーブリヒだった。ノアの鐘の面々は、修道士達の横に配置しているが、リーブリヒは私達と同じ先頭にやってきたらしい。
「それよりも、アトリアがヤバいって話なんだろ?そっちはどうすんだよ?何かしら指示が出てんのか?」
「元々は、アーサーさんのパーティの人達が、手伝いに来てくれることになっていたけれど…」
「…それ、本当に人なのかよ?」
リーブリヒの問いかけに応じれば、思いもよらない疑問が飛び出してきた。確かに、全員がスライムで構成されたパーティという可能性とてある。赤から始まり、青、緑、黄色にピンク。黒であるアーサーさんは、困った時にやってくる助っ人枠だ。もしかすると、他の助っ人枠として、メタル的な銀色のスライムもいるかもしれない。
『馬鹿なこと考えてないで、護衛に専念しなさい』
上空で警戒を続けるラヴァから、呆れ声での念話が届く。はあい—と返事をして、意識を切り替えた。この先、何があるかは分からないが、まずはアトリアに行ってから考えよう。そう思えば、少しは気が軽くなったように感じた。
それから数日経った。道中はこれまでのトラブルが嘘のように静かなもので、私達やノアの鐘、修道士達でさえ、これが本来の旅なのだ—と、安堵している。そんな時に限って変化は起こるものだが、この日にあったそれは、歓迎すべきものであった。
『真…』
「うん…こっちでも捉えた…けど…味方?」
「どうしたので御座いますか?」
MAP魔術の南端には、巨大な青丸が表れ、凄まじいスピードでこちらへと接近していた。青い点は味方—つまりは、人類種であり、一度私達と接触し、かつ敵対行動を取らなかった者、あるいは、私やラヴァが認めた者であることを意味する。けれども、こんなに巨大な知り合いなどいない。まるでグリムだ。
「ああ、なんかさ…またしてもデカイのが南から近付いて来てるんだけど…」
「グリムで御座いますかっ!?」
言葉選びを間違えたらしく、ソティが慌てふためく。周囲の修道士達もパニックになり、アシュレイの世話になる羽目になった。呪術様々である。
「ち、違うから!味方っぽいんだよ…」
「…味方って…デカい味方?巨人族とか?」
「巨人族ってオメーな。絶滅した種族だぞ?」
リーブリヒの言に、私達は静かになる。いたんだ、巨人族—と、ファンタジーの片鱗を感じて、感慨にふけった。
—バラバラバラバラ—
やがて、南の空から、空力音を鳴らしつつ、何かが飛来してくる。地上に大きな影を落としながら、それは次第に高度を下げ始めると、呆気に取られて上空を見上げる私達を、瞬く間に追い越していった。それから遅れることしばし、割と近くを通過されたラヴァが、ふらつきながら私の肩へと戻ってくる。
『あああああ!煩いです!煩いです!耳が!耳がぁ〜!』
ラヴァには申し訳なく思いながらも、由香里へ声をかける。代わりに、労いとして、わしわしと頭を撫でた。
「ちょ、由香里…あれ…」
「…ええ。間違いないわ。あれは、輸送機よ…」
ファンタジーに想いを馳せた途端にやってきたのは、ファンタジー感を叩き壊すような科学文明の結晶。飛行機だ。それも、私の知るような旅客機ではなく、軍事用としか思えない、輸送機だった。
「マコト〜!あれ〜!あれってさ〜!飛行機ってやつじゃな〜い!?」
あまりの衝撃に呪術の効果が切れたのか、騒めく修道士達をかき分けて、アシュレイが表れる。即座に飛行機であると見抜いたのは見事だが、何故に瞳が輝いているのか。
「マ、マコトさん!今の、今のはっ!」
次いでやってきたのはクシケンスだ。彼女もまた、あれが飛行機であることを即座に見抜いたらしい。魔人族って凄いな—と、再認識した瞬間である。
「おい!今のはなんだ!?」
「すっごい音だったわ!♪」
「ビンビンしちゃったわん」
「ちょっと!若い子もいるのよ!?」
最後に、ノアの鐘の面々に、アイマスとアーサーさんがやってくる。リーブリヒはゆっくりと槍を構え、ソティはラヴァへ法術を施していた。
「…降りたわね」
「…うん」
輸送機は羽の先端にプロペラを付けていたが、左右の羽の中程から折れ、プロペラの向きを変えると、ゆっくりと垂直に着陸する。
「…静かになったな」
「…まて!動いたぞ!油断すんなよ!」
我々から十分に距離を取って停止した輸送機の後部扉が開く。中から表れたのは、車だった。それも、一般車両ではなく、戦闘車両とでも言えば良かろうか。世紀末感溢れる非装甲で、後部に大型の銃器を携えたものだ。アクション映画なんかでよく見た車だと思う。
「ファンタジー…」
由香里の呟きは、私の思いでもあった。色々とぶち壊しだ。私達が剣や杖を持って地道に戦っているのに、あんなものを出してきて良い訳がない。出演する舞台を完全に間違えていると思う。
「えっ!?」
「なっ!?」
ところが、車両が表へと出た途端、輸送機は影も形もなくなった。亜空間へしまった訳ではない。文字通り、消えてなくなったのだ。残された車両の側には何人か人が立っていたが、皆が車両へと乗り込めば、すぐにそれは動き始めた。
「…多分だけど、敵じゃない…」
「なんだって?」
リーブリヒ同様に得物を抜こうとしていたアイマスの手を抑え、危険はないことを伝える。いや、武装そのものは思いっきり危険だし、この世界にあって良いものではない。でも、私や由香里はあれを知っている。となれば、あれは私達の同胞である可能性が極めて高く、そうであるならば、私達を無下に扱うこともないのではなかろうか?—と思ったのだ。
「おいっ!本当に敵じゃねーのか!?すげー唸ってんぞ!?」
「あれはエンジン音といって…ええと、とにかく大丈夫だから!」
これまたとんでもないスピードで、凹凸を無視して直進してくる車両は、そのエンジン音もさることながら、ボンボンと車体を跳ねさせている。運転席でハンドルを握る者はともかくとして、後部座席にしがみついている者達は大丈夫なのだろうか?—と、不安になる絵面だった。
—ブロロロン—
私達から少しばかり離れた場所に停止すると、計7名の男女が車から降りる。車体の小ささを思えば、明らかに乗り過ぎだろう。運転席にいた女性はともかく、他の6人は青い顔で俯いているではないか。きっと、激しい揺れに、車体へしがみついて耐えたのだろう。可哀想に。
「再生者?…再生者じゃねーか!」
「…レナトゥス?」
リーブリヒが声を張り上げれば、後部座席に乗っていたであろう、青い顔の青年が弱々しく手を上げた。
「す、すみません。遅くなりました」
青年が笑って応じると、ノアの鐘の面々は、皆が安堵の息を吐く。よく分からないが、ノアの鐘の知己なのだろう。
『再生者といえば、あれですよ、アレ』
「へ?どれ?」
「今、巷で噂の冒険者パーティだな。瞬く間にBランクへ上がった期待の新星だ」
「そして…マコトさんに、とっては…古書や魔導書を奪い合う、宿敵…でも、あります」
アイマスとクシケンスに教えられ、レナトゥスという名を思い出す。私達の後進でありながら、私達アエテルヌムをも追い抜いていった傑物のことだ。私達は未だにCランクであるのに対して、彼らは既にBランク。その再生者のことだろう。
「お、お前らが私の本を!!」
「えっ!?」
そして、私と魔導書の壮絶な奪い合いを繰り広げるライバルでもあったりする。あ、この本いいな—などと読みたい魔導書を見つけても、本は基本的に高価だ。すぐには買えないことが多い。そこから、せっせと仕事に勤しみ金を稼ぐ。ようやく金貨数枚という大金を工面して店へと行くも、その頃には、行商が買い取っていった—ということが少なからずあったのだ。何度も取り置きしてくれるように依頼するが、その度に店主はこう言うのだ。
“なんでも、レナトゥスって奴らは、どれだけの値をふっかけても、ポンと言い値で買ってくれるらしい。それもあって、行商も金を惜しまん。こっちも生活があるからね。高値を付けてくれる方に売りたいのさ。魔導書や古書の類は、見つけた時に買っておくれ”
—と。悔しいことこの上ない。特に、最近は連戦連敗だ。相応に恨み辛みも溜まっている。私が指差して唸れば、レナトゥスの面々はたじろいだ。
「皆様の指揮者はどなたでありますか?」
私が一方的に威嚇する中、私を無視して声を上げたのは、運転席から降りてきた女性だ。軍服と思わしき上下の上にコートを纏い、顔の下半分までも、長い襟に隠れて見えない。更には、制帽を目深にかぶっているため、表情はほとんど窺い知ることができなかった。
「…お前は、お前も再生者の一員なのか?」
そんな軍服の女性へと向けて、尋ね返したのはカームだ。女性はゆっくり頭を振ると、制帽を取った。制帽の下から表れたのは、黒髪黒目の風貌。顔の左半分は、黒い眼帯に覆われているものの、キリリと吊り上がった右の瞳は、忘れかけていた日本を思わせる色合いだった。
「いえ。私は名もない冒険者パーティの一員であり、この再生者は、私共の仲間であります」
「…仲間?クランなので御座いますか?」
女性の言に反応したのはソティだ。クランとは、複数のパーティを纏めた組織のことである。多くの場合は、トップとなるパーティ名が、そのままクランの名になる。けれども、女性は再生者の面々を一瞥すると、またしても首を振る。
「いいえ。クランではありません。上下関係などなく、あくまでも、対等な仲間であります」
さて、再生者の面々は、女性の言葉に肩を跳ね上げると、実にきまり悪そうな顔で明後日の方向を見つめている。その反応は一体なんだと言うのか。
「再度問います。皆様の指揮者はどなたでありますか?」
再び女性が声量を高め、背後の修道士達も含めて尋ねてくる。答えて良いものか分からず困惑していると、指揮者当人であるマギステルが、修道士達をかき分けて前へとやってきた。
「はじめまして。女神教の司教職を預かるマギステルと申します。私がこの聖火隊の指揮者になります」
流石はマギステル。色々と得体の知れない相手にも、全く動じた様子はない。慇懃に礼をして、挨拶を締め括った。
「ご丁寧に。私はメキラ王国はメットーラ所属の冒険者で、クルスと申します。先にも申し上げたでありますが、パーティ名はありません。周囲からは、名無しなどと呼ばれているであります」
マギステルに礼を返し、クルスは名乗った。その後、隣に佇む山精族と思わしき女性を一瞥するが、山精族らしき女性はガチガチに緊張しているのか、口を引き結んだままで一言も発しない。眉を寄せたクルスが掣肘して、ようやく口を開く。
「お、同じくっ!ファーレンですっ!森精族ですっ!」
『え?』
「え?」
「森精族?」
どこで学んだのか、ビシッと敬礼して見せるファーレンだが、その名乗りに、私達は疑惑の視線を向けた。確かにファーレンは耳が尖っているように見えないこともない。けれど、その上背は小柄な私よりも低く、それでいて胸周りは私よりも立派だ。髪も茶色がかった金髪で、かなりの癖っ毛であるらしい。目は完全に半精族のそれだが、ヒョロ長い印象が強い森精族というよりは、小柄で逞しい山精族だろう。
「エ!森精族なんですよっ!」
「もう黙るであります」
私達の視線に猛抗議しようとするファーレンだったが、再びクルスに掣肘されては、ぐぬぬ—と言葉を呑み込む。力関係が垣間見えた気がした。
「私共は初見ではありませんが、改めて名乗らせていただきます。私がイチロー。こちらから、ジロー、サブロー、シロー、ゴロー。皆、ネームレス傘下の冒険者パーティ、再生者の一員です。グリムは我々が追い払いました。皆様に犠牲がなくて何よりです」
そして最後に名乗ったのは、リーブリヒに応じた青年だった。クルスは彼らを仲間と言ったが、イチローはクルスらネームレスの傘下であると言う。どっちが本当なのかは知らないが、クルスの咎めるような視線に、イチローらは顔を背けていた。
「イチロー…」
「酷い名前ね…」
そして、男女も一絡げの、どう考えても偽名でしかないそれに、私と由香里は渋い顔を作る。おそらく、彼らの背後にいるのは、私達の同胞だ。そうでなくては、あの偽名は出てこないことだろう。
(黒髪黒目の女性を探す5人組…)
《ええ。彼ら再生者のことですね》
チラリとクルスに視線を向ける。こちらの世界ではあり得ないような衣服に身を包み、向こうの世界でしか作り得ないような兵器は、彼女の仕業と見るのが自然だろう。顔立ちは日本人のものだが、言葉の操り方には、私や由香里のような、日本語を操る者が故の訛りは見受けられなかった。
(何にしても、注意が必要だね)
《はい。味方であるとは限りませんからね…》
ラヴァと念話しつつ、何事も見逃すまい—と、一挙手一投足に視線を向ける。私とクルスの視線が交差するのは、そのすぐ後のことだった。




