再生者が行く その四
ついに私もテレワークになりました。コロナ、怖いですね。
“ご苦労様でしたイチロー”
グリムを退けた私に、真っ先に声をかけてきたのは、魔物としての先輩にあたるアーサーさんだった。例によって木板を取り出すと、さらさらと丁寧な文字を書いて見せてくる。このスライムは、念話が使えるというのに、なぜか普段はそれを用いようとしない。
「アーサーさん…見ていたなら手伝ってくださいよ。流石に危なかったです」
冗談混じりにぼやきつつ、苦笑して見せる。アーサーさんは修道士達を守っていたに違いなく、立派に働いていたのだ。私の言は冗談として通じたらしく、ごめんね—と、アーサーさんも軽く返してくれる。それに頷き、横たわるグリムの巨体へと向き直った。
「アーサーさん。魔石の位置は分かりますか?このグリムと呼ばれる魔物ですが、不死系魔物らしいのですよ」
不死系魔物の特性として、肉体が死しても、魔石が健在であれば死なない—というものがある。確かに脳と肉体を切り離し、活動の自由は奪ったが、それだけでは、グリムは死んだと言えない。
“そうなんだ?道理で、ちょっかいをかけても通じないな—と思ったよ”
やはり相性の悪さは感じていたらしい。次いで、探ってみようか?—と提案してくれたアーサーさんだが、流石に悪い。丁寧に断り、手作業で腹を切ることにした。
「イチロー!離れるっス!」
「え?」
後方からサブローのものと思われる叫び声が届き、何事か?—と、振り返る。見れば、サブローが青い顔で手招きしているではないか。何だあれは?—と、事態が飲み込めずに困惑している私の頭上から、深い影が覆いかぶさってきた。
「は?…なぁっ!?」
スピンクスでも降りてきたのか?—と思って振り返れば、首を切り落としたはずのグリムの肉体が、起き上がっているではないか。これは流石に驚き、大きく跳ねて距離を取った。
「ど、どういうことですかっ!?」
「どうもこうもねっスよ!見たまんまっス!」
「くはは!強敵万歳で御座る!」
「言ってる場合ですか!やりますよ!」
剣と盾を新たに作り直す私の元に、サブローらがやってくる。倒したと思っていたのだが、どうやら早合点であったらしい。悠長に構えていた己に歯噛みした。
(失敗しました。さっさと魔石を砕きにゆくべきでした)
腰を落として、いつでも魔力盾を展開できるように身構える。グリムはメキメキと音を鳴らして変形している途中ではあるが、その間隙を突こうなどとは思えなかった。
「イチロー!もう間もなくクルス様が来ますわ!それまで耐えますわよ!?」
「俺らも手伝うぜ!」
上空からスピンクスが舞い降り、リーブリヒらノアの鐘も私達に並ぶ。しかし、その顔は青く、膝は笑っている。無理だ。やらせるべきではない。
「お気持ちだけ頂いておきます。ノアの鐘の皆様には、修道士らを連れて逃げていただけますか?」
「おい待て。お前達の強さを疑う訳じゃないが、流石に協力すべきだろ?」
カームの言に、有難う—と感謝を述べてから、しかし—と、続けた。
「ちょっと想像を超える化け物のようでして。皆様は我らの恩人です。その皆様に万が一のことがあれば、私達は皆様に、そして何より、マイロードに顔向けできません。ここは任せてください」
リーブリヒやカームら女性陣は、ジッと私を見つめてくる。いや、睨みつけてきている。何か言葉選びに間違いがあったか?—と不安になるも、引くべきではないと考え、視線は逸さなかった。そんな彼女らを説き伏せたのは、ロドリゲスら男性陣だ。
「リー、カーム。彼の言う通りにしましょ。私達じゃ、足手纏いにしかならないわ♪」
「けどよっ!」
「けどもへったくれもないわん。足引っ張って、イチロー達の邪魔をするつもり?」
「そうそう。ここは任せて退くわよ」
ポンとリーブリヒの肩を叩き、返事も待たずにロドリゲスらは修道士達の元へと向かう。物言いたげな顔を見せていたリーブリヒだが、やがて、吐き捨てるように声を上げると、ロドリゲスらの後を追った。
「先に行くけどよ。…待つからな。お前らが来るまで、いつまでも待ってるからな」
「…ええ」
リーブリヒらの背中を見送った後、アーサーさんにも頷いて見せる。修道士団は大人数だ。アーサーさんの防衛力も不可欠だろう。本当ならば手伝ってほしいところだが、彼には彼の仕事がある。本当に大丈夫?—と問われたが、問題ない—と笑って返した。
「アーサーさん。黒髪黒目の女性二人は、マイロードの同胞である可能性があります。何としても、彼女らを守ってください。よろしくお願いします」
頭を下げる代わりに再度笑いかければ、アーサーさんはプルリと震えて見せた。ロドリゲスらの指示により、修道士達は早くも立ち上がると、足早に北上を始めている。動けなくなったアエテルヌムの冒険者らは、ロドリゲスら男性陣が肩に背負っていた。ピクリとも動かない大柄な女性が心配だったが、ノアの鐘の面々を見る限り、死んでいる訳ではないようだ。ほぅ—と安堵の息を吐いて、視線をグリムへ戻した。
「…では、やりますか」
「ははっ、そうこなくては。今度は某が一番槍をもらうで御座る」
剣を握り直しつつ皆の顔を見回せば、ゴローが不敵に笑う。ギラギラとした剥き出しの闘気も、今は非常に頼もしい。彼の攻撃力は私を超える。きっと、強力なダメージソースになってくれることだろう。
「お願いします。では、私とゴローが張り付きます。サブローは中距離から前・後衛の援護を。厳しいと思いますが、頼めますか?」
「はっ、やってやるっスよ」
「ジローはいつでも法術を発動させられるよう、基本は後方にて待機。それ以外の判断は委ねますが、私もあれに張り付きます。何かあれば、指示をお願いします。シローはそのままスピンクスを操って、グリムの足止めをお願いします」
「分かりました」
「承知ですわ」
全員の役割分担が確定したところで、ようやくグリムの変形も完了したらしい。それはまるで四足歩行の獣のような出立だった。両の翼角からは歪な爪が生え、どっしりと大地を踏み締めている。羽は羽毛というよりは、刃と見間違う硬質の輝きを湛えていた。身体も一回り巨大化しており、筋肉の隆起の何と見事なことか。
「もう不死系魔物であることを、隠す気もないらしいですよ?」
「あー、気持ち悪いっスねー」
そして、不気味なのは頭部だ。何と、切り落とした首の断面から、新たな頭部が生えているのだ。今度の眼は真っ赤に色付き、牙の並ぶ口からは、止めどなく瘴気を撒き散らしていた。それも、涎と表すよりは、凝りと言った方がしっくりくるような、粘度の高い液状の瘴気だ。何という負の力か。全く、嫌になる。
『バオオオオオオオオ!!』
「行きますよ!」
我々が駆け出すと同時に、周囲に暗黒の渦が形成されてゆく。これはグリムの魔法だろう。変形前は風属性の魔法だったものだが、変形後は闇属性の魔法になっているのだろうか。それとも、2種類の魔法を使えるとでもいうのか。どちらにせよ、警戒が必要であろう。
「打ち消します!」
ジローの声が背中から届くと同時に、眩い光が辺りを照らし、暗黒の渦をかき消した。ジローの法術は効果の低い混沌法術であるが、それでも闇属性の魔法効果を緩和するには十分な力がある。問題なのは、サブローとゴローの魔法も闇属性のため、ジローの法術で打ち消されることか。
「シッ!」
普段の腰の重さを微塵も感じさせない足捌きで、ゴローは早くもグリムへと斬りかかっていた。ゴローの得物は、刀と呼ばれる反りの入った薄い片刃の剣。独特の形状からは、すぐに折れそう—といった感想しか出てこないのだが、彼の技量ならば、そうそう折れることもない。その鋭い太刀筋を一眼でも見れば、私の剣技など、児戯にしか見えなくなることだろう。
—キィン—
ところが、ゴローの斬りつけた羽—あるいは、前脚とでも呼ぶべきか—からは、金属同士を打ち鳴らしたかのような硬質な音が響いた。
『バオオオオオオオオ!!』
「させません!フォートレス!」
反撃とばかりに振りかざされた前脚とゴローの間に割って入り、即座に魔力盾を展開する。それなりに魔力を込めたはずなのだが、魔力盾には、振り下ろしの一撃で深い罅が刻まれた。私自身も踏ん張り切れず、大きく地を滑って後退する。とんでもない攻撃力だ。
(動作が早い!?大型で素早いとか…反則でしょう!)
私の抜けた穴は、即座にスピンクスが埋めた。グリムめがけて急降下し、大質量の体当たりをしかける。グリムもこれは避け切れず、もんどり打って倒れた。
「スピンクス!追撃を!」
「ぬはは!某も続くで御座る!」
再び上空から迫るスピンクスの爪に対して、即座に体勢を立て直すと、前脚を振りかぶり迎え撃つグリム。スピンクスは決して弱い魔物ではないのだが、体格で勝るグリムに軍配が上がった。スピンクスは腕を落とされ、そのまま頭部を噛み砕かれて散る。足の竦むような光景だが、ゴローは微塵も躊躇することなく走り込んでいるのだから、たまげる。いや、呆れていると評するべきか。
「少しは考えるっスよ!」
サブローの影がどこまでも伸びて、ゴローに追い付くと、ゴローの姿は影の中へと沈む。そのまま影は伸び続け、やがてグリムの影へと辿り着いた。
『バオオオオオオオオ!!』
「サブロー!フォートレス!」
ゴローが消えたため、グリムから見て、もっとも近いのはサブローとなる。サブローのステータスは俊敏と魔力に特化しており、お世辞にも打たれ強いとは言えない。踏み潰されてはかなわない—と、止まっていた足を慌てて動かした。けれども、相当に慌てているらしく、フォートレスを先に発動させてしまった。
「サブロー!下がりなさい!」
『バオオオオオオオオ!!』
やはりグリムが狙ったのはサブローであった。鋭い爪を振り下ろし、サブローが潰されると思ったのだが、サブロー自身も影の中へと潜る。そういえば、自身も入れたのだな—と、肩透かしをくらった。
「ぬうん!」
グリムの影から飛び上がったゴローが、大上段から得物を振るう。即座に反応しようとしたグリムも流石だったが、サブローの機転がその上を行った。グリムの影が伸び、グリム自身を絡め取ったのだ。
「上手いですよ!」
「きええい!」
獣を思わせる咆哮は、ゴローが本気になった時に上げる叫声だ。オサカ曰く、猿叫と呼ばれるものに似ているらしい。
—ガギィン—
ゴローの顔が歪み、グリムの背を蹴って離脱する。音から察するに、傷付けるには至らなかったのだろう。サブローもゴローに合わせて離脱していた。
(くっ、本気のゴローでも駄目ですか)
ようやくグリムの前へと戻り、作り出した魔力盾を構える。私達は二手に分かれ、グリムを挟撃する配置となった。
「手出し無用!グリムと某の一騎打ちで御座る!」
「馬鹿言ってるんじゃありません!全員でやりますよ!」
挟み撃ちというアドバンテージを得たのに、ゴローは嬉々として、何やらトチ狂ったことを宣う。馬鹿言え—と、即座にダメ出しした。好敵手—と呼ぶには格上過ぎるが—と見ればすぐにこれである。実に困った男だ。
『バオオオオオオオオ!!』
「いいで御座るな!最高で御座る!」
グリムの咆哮に合わせて、再びゴローが駆け出した。サブローが援護するべく両手を突き合わせている。タイミングを見て、再び影魔法を行使するつもりなのだろう。私も反対側からグリムへプレッシャーを与えるべく駆ける。
—キィン—
振り下ろされた前脚の軌道を刀で逸らしながら、ゴローがグリムへと肉薄する。ちょうど私からは見えない位置へと飛び込んでいったため、様子を窺い知ることができず、やられてはいないか?—と、眉を寄せた。
—ガギィン—
甲高い音が連続して鳴り続ける中、ようやくグリムの後ろ脚へと取り付く。ここまで運んできた魔力盾の出番だ。
「シールドバッシュ!」
叫ぶのみではなく、魔力を伴った武技のシールドバッシュを用いる。身体は自然と動き、魔力盾がグリムの後ろ脚を叩いた。
「下がってくださいませ!」
「ゴロー!」
「ちいっ!」
魔力盾の質量は、今のグリムであっても十分に通用するらしい。グリムの後ろ脚は大きく外へと滑り、体勢を崩した。そこに追撃を仕掛けたのはシローだ。ゴローは面白くなさそうに顔を歪めているが、跳んだゴローの額には、小さくない切傷が出来上がっていた。流れる血が頬を伝って顎から跳ねている。危ないところだった。
『バオオオオオオオオ!!』
『フシャアアアアアア!!』
「ちょっ!?俺もいるっスよ!?」
何かが頭上を通過したかと思えば、四つん這いで逃げ出すサブローを着地の衝撃で吹き飛ばしたのは、黒い包帯で生み出されたヒュドラーだ。九つの首を持つ大蛇は、グリムに引けを取らないほどに巨大だ。これを召喚するには、ほぼ全ての魔力を消費したことだろう。後で労ってやらねばなるまい。
「ゴロー!ジローの元へ!」
声を張り上げつつ、二体の巨大魔獣が絡み合う死地へと飛び込む。この機を逃す手はない。破壊力特化のゴローと違い、私は防御能力に優れる。多少は巻き込まれても平気だ。平気なはずだ。
『バオオオオオオオオ!!』
『フシャアアアアアア!!』
ヒュドラーの背を走り、大きく跳躍した。グリムはヒュドラーの首に四肢を封じられており、拘束から逃れようとして、首の一本に牙を突き立てている。先の攻撃により砕けた魔力盾を再生成し、グリムの鼻先へ叩き付けた。
「はあっ!」
俄かに反応する兆しを見せたグリムだったが、ヒュドラーの首が巻き付き、押さえ込む。その心強さといったらどうだ。何の心配もなく、グリムに一撃加えることがかなった。
—バリィン—
鼻先は鳥形であった時と同様に極めて硬く、魔力盾は衝撃で砕け散る。やはり、ゴローの攻撃でも傷一つ付かないグリムには、私の攻撃など通用しないのだろうか。くっ—と歯噛みして剣を取り出した時、私の背を影が覆った。
「イチロー!手伝え!」
「ゴロー!?承知!」
投げかけられた声に顔を向ければ、大きく持ち上げられた影の頂から、ゴローが跳躍してきている。その手には、彼の獲物である刀が握られていた。下がれと言ったのに、仕方ない男だ—という思いとは裏腹に、顔は嫌でもニヤける。ゴローもまた私と視線を交わし、ニヤリと笑った。
「きぇぇいっ!」
ゴローの振りかざす刀身に、魔力が滾る。文句の付けようがない必殺の一撃だ。
「フォートレス!シールドバッシュ!」
ゴローが振り下ろした刀は、グリムの鼻先で弾き返されるかに思えた。だがしかし、そこから魔力盾の質量を加えたらどうか。
—ブチブチブチ—
嫌な音を立てながら、ゴローの刀はグリムの鼻先を断ち切ってゆく。上顎に下顎まで、縦一閃に切り裂いた私とゴローの二人は、そのままグリムとヒュドラーの眼前に着地した。
「うわっ!?」
さてどうやって抜け出すか—と、現実を見て青くなる前に、私の身体が影の中へと沈み込む。そのまま暗闇の中を流されるかのような感覚を味わった後、次に見たのは、サブローの足だった。
「無茶するっスね…」
「ぬはは。助かったで御座る」
「…ふう、驚きましたよ…」
サブローに手を引かれ、沼地を思わせる影から這い上がる。すぐさまグリムへと視線を戻せば、ヒュドラーの首は五つにまで減っていた。
「えっ!?いつの間に…」
「イチローとゴローが、グリムへ決死の攻撃を仕掛けているうちにです。さあ、ゴロー…額の傷を見せてください」
答えたのはジローだ。シローには余裕がないのだろう。我々など無視して、グリムとの戦いに専念していた。というのも、ヒュドラーの首を操作しているのはシローだ。九つの首を同時に制御するのは、そう簡単なことではないのだろう。シローの様子から、余裕は微塵もないのであろうことが窺える。
(…まいりましたね…)
劣勢だった。このグリムという魔物は強過ぎる。まともに戦ってどうこうできるのは、オサカくらいのものだろう。ならば、このまま相手はできない。そう遠くない未来に、我らは魔力切れを起こすに違いないのだ。
(逃げるべき—というのは、分かっているのですがね…)
私達が逃げるのは容易い。だが、逃げた後のことが怖い。グリムがどう動くか知れたものではないからだ。大人しく巣に帰るということはないだろう。これだけ傷付けられたのだ。怒りに任せて、近隣の村や町を襲い始めるかもしれない。
「…さて、次はどう仕掛けるで御座る?」
「動かないでください」
ゴローの声に振り返れば、額にジローの手を当てられたゴローが、ニヤニヤと上機嫌に笑っている。本当に戦闘狂だと思う。ゆっくりと首を振り、苦笑して見せた。
「…正直、どうしたら良いか、手が思い浮かびません。まず、攻撃が通じないのが痛い。その上、相手の一撃は、私の防御力をも上回ります。更には、見てくださいよ、アレ。もう修復していますよ?」
言いながら、顎でグリムを指し示す。ズシン—とヒュドラーの首がまた一つ地に落ち、ただの包帯へと還る。ヒュドラーの首を落としたのは、縦に裂いたはずの口だった。既に元通りになっており、次の首へと噛み付いている。尋常な再生速度ではない。
「…レベル600ちょっとっスね…俺達の3倍いかないくらいっスよ」
似合わない眼鏡をかけて、そんなことを言ったのはサブローだ。眼鏡はおそらく、簡易測定の魔道具なのだろう。
「確かにレベルが100未満の話であれば、硬くて攻撃が効かない—ってのはあるかもしれないスけど、俺達のレベルも相当っスよ?その上、俺らの得物は魔力武器っス。それで硬すぎる—ってのも、おかしくないスか?あいつの硬さ…絶対、絡繰があるっスよ?」
サブローは頭部の後ろで手を組みながら、胡乱げな視線をグリムへと向ける。私もグリムへ視線を向けた。確かにサブローの言う通りだ。魔物は確か、1レベルの上昇につき、4ポイントの能力値付与があったはずだ。それを全て筋力と体力に振ったとした場合、筋力と体力の強化値は凄まじいことになるだろう。そうなれば、確かに我らの攻撃が通らないことには納得がゆく。魔力武器でなければ—だが。
(しかし、それ以前に魔力が育たない…)
不死系魔物であるグリムが日光の下で活動するためには、光属性に対する抵抗を持つはずなのだ。そうである以上、魔力値は相当に強化されているはずである。その上、あの馬鹿みたいに大きな身体を支えているのも魔力だろう。でなくては、自身の重量に潰されて終わりだ。
「…むしろ、魔力特化なのでは?」
「…じゃあ、あの硬いのは魔法ってことスか?」
何となしに出た言葉だったが、それが一番しっくりくるような気がした。サブローも得心いったらしく、そうすると—と、考えを巡らせ始めた。
「何でもいいから、さっさとやるで御座る」
ゴローの言に振り返れば、呆れ果てたような顔で背後を指差す。そっちに視線を向けてみると、シローが凄い顔でこちらを睨み付けているではないか。やるにせよ、逃げるにせよ、早く決めろ—と言いたいのだろう。余裕がないのだろうが、女性が見せて良い表情ではなかった。
「よ…よし、あの魔法の正体を探ります。どのみち、逃げるなどという選択肢はありませんから」
「オ…オーケーっス。なんとなく、攻略の糸口が見えてきたっスね」
「よしよし。ならば、早速向かうで御座るよ!」
シローを見ないようにして、男3人で前へと出る。ヒュドラーは一度下がらせるように合図し、左右に広く展開した。
(さて、グリムの攻撃は全て私に集めなくてはなりませんね…正念場です)
少なくなった首で睨み合いながら後退するヒュドラーを見送り、大きく盾を打ち鳴らす。グリムはヒュドラーと私の間で視線を彷徨わせていたが、やがて、こちらに向き直った。
「サブロー、ゴロー。グリムの攻撃は一手に引き受けます。あれが私の方を向いている時以外は、攻撃を仕掛けないように」
「頼りにしてるっスよ、リーダー」
「ぬはは。まあ、気を付けるで御座る」
全く聞く気のないゴローに、ジト目を送り掣肘する。ああ、分かった—と言質を取れたので、よしとしておこう。
『ブオオオオ…』
「じゃあ…行きますよ」
「オーケーっス」
「承知した」
私が走り出すのに合わせて、サブローの影が伸びる。私をサポートしてくれようとしているのだろう。そのまま影の上へと走り込めば、影はグリムの側へと私を運んでくれた。氷上を滑っているかのような感覚を覚え、たたらを踏みそうになるも、気合で堪える。
「こっちです!」
『バオオオオオオオオ!!』
影の動きに従い、グリムの気を引きながら背後へと抜ける。すぐにグリムは私の方へと向き直った。
「サブロー!もう十分です!」
「しっかりやるっスよ!」
足下を覆っていた影が消え、大地の感触が戻ってくる。即座にフォートレスを行使して、グリムの攻撃に備えた。
『バオオオオオオオオ!!』
「ふん!」
まともに受けては危険だ。魔力盾の角度を変えて、少しでも攻撃を逸らすように努める。ここで可能な限り踏ん張ることが、盾職たる私の役目だからだ。
—パキィン—
グリムの背中から、景気の良い音と共に、笑い声が聞こえてきた。ゴローが斬り付けた刀が折れたらしい。それがどうして嬉しそうな笑い声に繋がるのかは不明だが、ゴローにグリムの意識が向かないよう、声を張り上げることにした。
「こっちですよ、デカブツ!」
『バオオオオオオオオ!!』
再び前脚が持ち上げられ、叩きつけられる。僅かに後退した魔力盾へと、更にグリムの牙が食い込んだ。魔力盾には無数の亀裂が発生し、魔力へと還りだす。やむなく、横へ跳んだ。
「フォートレス!さあ来い!」
『バオオオオオオオオ!!』
再び魔力盾を展開して構える。グリムの噛み付きには、一撃でも耐えられない—と、考えた方が良いだろう。全く、とんでもない怪物だ。
(どうした?さあ、来い)
ごくりと喉を鳴らして、グリムの攻撃を待つ。だがしかし、グリムは私から目を離すと、背後に向き直るではないか。侮られたことへの怒りよりも、仲間の危機に背筋が粟立つのを感じ、慌てて声を張り上げる。
「なっ!?こっちを向きなさい!」
「うおおっ!?何で俺っスか!?」
何が気に入らなかったのか、グリムは私やゴローではなく、サブローへと狙いを定める。慌てて距離を取るサブローの背中めがけて、グリムの周囲に黒い渦が生成された。
(くそっ!間に合え!)
魔力盾を抱えながら、サブローを守るべく駆ける。フォートレスの欠点の一つに、フォートレスが万全であると、放棄できないことが挙げられる。これほどそれを恨めしく思ったのは、今日が初だ。
—ボッ—
私が必死に走っても、サブローの援護には間に合わない。黒い渦からは、闇を思わせる漆黒の柱のようなものが、サブローめがけて真っ直ぐに伸びる。ヤバい—と、一気に血の気が引いた。
「サブッ—ゴロー!」
「させぬで御座る」
グリムとサブローの直線状へと滑り込み、闇の柱を叩き折ったのはゴローだ。剣閃が目にも止まらぬ速さで行き来した後には、血を迸らせるかのように、闇の柱は霧散した。ホッ—と、安堵の息を吐くも、グリムの周囲には、未だに闇の渦が形成されている。まだ油断はできない。
「…ぬ?」
「ゴロー!もう一度来ますよ!」
ところが、ゴローは気がかりでもあるのか、呆けていた。霧散した闇の柱の残滓を見つめながら、何やら眉を寄せているのだ。油断するな—と、青くなりながら声を張り上げた。
「—」
私の声が届いたのか、何かを呟きながら、ゴローの視線がゆっくりと持ち上がる。グリムは、次の狙いにゴローを定めたらしい。更に周囲を取り巻く渦が増え、伸びる柱の数も増える。けれども、それすらもゴローを捉えるには至らない。全てが先の焼き回しの如く霧散する。黒いもやが立ち昇り消えてゆく中、ゴローの目が見開かれた。
「見切った」
「は?」
言うや否や、ゴローは刀を構えたままでグリムへと走りだす。それに倣ったかのように、グリムもまた前脚を掲げる。何を馬鹿なことを。早まるな—と大声で叫ぼうとしたが、それよりも早く、ゴローとグリムが切り結ぶ。またしても血の気が一気に引いてゆく。実に心臓に悪い戦いだと思う。
—ブチブチブチ—
しかし、ゴローは無事だった。驚くべきことに、勝負を制したのはゴローだったのだ。残心とばかりに、刀を振り抜いたままで息を吐くゴローに、何が起きたのか分からず、戸惑うかのように首を傾げるグリム。グリムの前脚は、プラプラと皮一枚で繋がっていた。
(え?何故!?あんなに硬かったのに…)
グリムのみならず、私も困惑していた。先にグリムの鼻先を斬り付けた時は、ゴロー一人の力では傷を付けることすらできず、私の魔力盾の質量で、無理やり切り裂いたのだ。それがどうして、こんなに簡単に両断できるのか。腕が柔らかい訳ではない。腕に斬り付けて、弾かれたのをこの目で見ている。
『バオオオオオオオオ!!』
先に我に返ったのは、グリムだった。再び前脚を大きく振りかぶると、ゴローめがけて叩き付ける。しかし、今度もまた、ゴローは前脚を両断して見せた。もはや、まぐれではない。彼は何かを掴んだのだ。
「イチロー!此奴の体表を覆う肉と、その渦から飛び出してくる肉は、同じもので御座る!」
「何ですって!?」
更に斬りつけようと欲張るゴローめがけて、今度はグリムの牙が襲いかかる。これは流石に危ないと判断したのか、サブローの影がゴローを回収した。
『バオオオオオオオオ!!』
「ゴロー!詳しく教えなさい!」
ようやく追いついた私めがけて、グリムの前脚が振り下ろされる。慌ただしくそれを受け止めながら、サブローの元にいるであろうゴローへと声を張り上げた。しかし、サブローの影から這い出たと思わしきゴローは、既にこちらへと向けて、駆けてきているところだった。
「このグリムを覆う肉は、攻防一体の魔法で御座る!思うに、これの密度が高くなると、硬くなるので御座っろうな!」
言いながら、グリムの前脚を上下に切り裂いてゆくゴロー。なるほど—と得心いった。確かに、前脚の振り下ろしを幾度となく受けているが、今の振り下ろしには、先ほどまでのギリギリ感はもうない。あの渦から放出された肉の分が霧散したことにより、若干、密度が下がったに違いない。
「と、いうことは…」
「今が好機ですね!」
後方から全体を見ていたであろうジローが大きく手を振り上げれば、首を再生させたヒュドラーに、サブローまでもが攻撃へと転じる。私もまた、この機を逃してなるか—と、果敢に前へと出た。
—ブチブチブチ—
私の斬撃でも、グリムの肉を裂くことができ、いよいよもってゴローの推測は正しかろうと感じる。改めて見てみれば、断面は、繊維状ともいうべき細い糸の集合体だった。それが意思を持つかのように蠢き、切り裂いた先から結合、再生してゆく。実に気持ち悪い光景だ。
しかし、再生し得ないケースもあった。それは、完全に肉体から切り離した場合だ。その時、切り離された肉体は、先の黒い柱同様に霧散するのだ。勝てる—と、独りでに心臓の鼓動が高鳴り始めた。
『バオオオオオオオオ!!』
『フシャアアアアアア!!』
「ヒュドラーがきたっスよ!一旦離れるっス!」
再び大型魔獣の取っ組み合いが始まり、巻き込まれてはかなわない—と距離を取った。マナ・ポーションの蓋を開けて一気に煽り、魔力が回復してゆくのを感じながら視線を戻す。先ほどまでとは違い、今度はヒュドラーも押されるばかりではない。対等に渡り合えていた。これならば、少しは任せられる。今のうちに、完全に魔力を回復させておくべきだろう。もう一本、マナ・ポーションを蓋を開ける。吐きそうなほどに不味いポーションは、2本連続がキツい。しかし、飲まねばMPは回復しない。これもまた、戦いである。
(よし、何とかいけそうですね)
グリムの生成する渦は数を増し、そこから肉の柱がヒュドラーめがけて伸びる。そのままヒュドラーを呑み込んだ肉の柱だが、あのくらいならばどうとでもなるだろう—と判断し、魔力が回復するのを待った。しかし、それが誤算だった。あの魔法について深く考えていなかった私達は、そこで目を見開くことになったのだ。
「ちょっ!?ヒュドラーの魔力が吸われてますわ!」
「何ですって!?」
途端にシローが崩れ落ち、はあはあ—と、荒い息を吐く。ヒュドラーの制御を手放したのだ。手を取って引き起こしながら、グリムへと視線を戻した。
「ヒュドラーが…消えたっス…」
「…魔力を軒並み喰われたようで御座るな」
「…そ、そんなことが…」
肉の柱は渦の中へと戻り、そのまま渦も回転を止めれば、やがて消える。全ての渦が消えた後、グリムは大きく咆哮した。
『バオオオオオオオオ!!』
咆哮に合わせて、身体の至る所から濃厚な瘴気を噴き出す。これには、遠慮なくジローが法術を行使した。
「…どうやら、仕切り直し…で御座るな」
「…嫌になりますね…」
「また、あいつが渦を生成してくれるまで待つっスか?」
魔力の尽きたシローをジローに託し、乾いた笑いを浮かべながら、男3人で前へと出る。流石のゴローも面倒くさそうに眉を寄せていた。
『バオオオオオオオオ!!』
「どうやら、あちらさんはやる気みたいっスよ。けど、俺、もう帰りてっス」
「右に同じくです。まさか、魔力を吸い取る魔法とは…」
グリムはこちらを睥睨したまま唸るばかりで、近付いてこようとはしない。それなりに私達を脅威であるとは感じているようだが、だからといって逃げ出す様子もなさそうだ。あくまでも、決着をつけるつもりであるらしい。
「…きっと、また硬くなっているので御座ろうな…」
「ああ〜、そうに違いねっス」
「…また攻撃が重くなっているのですか…」
さて、どうしようかな—と、誰ともなく互いに顔を見合わせる。とてもではないが、また最初からなどと聞かせられて、突っ込む気にはなれなかった。
—ヒュイイイイン—
その時、聞き慣れない音が空から降ってくることに気が付き、グリムを含めた全員が上空を仰ぐ。いつの間にか厚い雲は消え去っており、燦々と輝く太陽に目を細めた私達が認めたのは、飛来するロケット弾だった。
「…ああ、あれは…」
「…クルス様が来たっスね…」
最初にあったのは安堵だ。私も、サブローも、ゴローすらも、力強い増援に気が緩む。彼女が来てくれたならば、何とかなるかもしれない—と、僅かに希望が抱けた。
「…あっ!ボケッとしてる場合じゃないですよ!退避!退避ですっ!!」
「うおっ!そうで御座った!」
「急ぐっスよ!」
違う。そうじゃない。まずはロケット弾に巻き込まれないようにするのが先決だ。我に返るや否や、グリムに背を向け全力で駆ける。ドン—と爆音が聞こえたかと思えば、私達3人は宙を舞っていた。




