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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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再生者が行く その三

「あのご老人のことは、ギルドに報告するわよ♪」

「ええ。それが良いでしょう」


 洞窟を出た私達は、再びアンラ大平原を北上している。先ほどと同様に、スピンクスの背で震えながらだ。


「人間側に勝ち目がなくなる—って、なんだよ!?クソ!面白くねー!」

「あの老婆は人間じゃないとでも言うのか?」


 喚き立てるリーブリヒと冷静に推測するカームのみならず、私も考え込んでいた。


(もしかして、あの老婆も我ら同様に不死系魔物(アンデッド)なのでしょうか?…そう考えれば、人間側—と言ったことにも説明がつきますね)


 なんとなく、己が身を思い返してみたが、どうにも違う気がする。あの老婆は魔術を行使していた時、闇属性を無属性へと変換する魔法陣を用いていなかった。つまり、老婆の魔力は闇属性ではない。そうなると、不死系魔物(アンデッド)という線は薄いだろう。


「まあ、今は考えても仕方ないっスよ」

「あら!良いこと言うわね。私も同感よ♪」


 サブローの言にロドリゲスも同意すれば、確かにその通りだ—と、皆が意識を切り替える。私も頷きを返して、老婆の姿を思考の奥へと押しやった。


「ところで、聖火の運搬?—って、年の始めの聖火祭のものですわよね?その護衛を冒険者が受け持っているのはどうしてなのかしら?通常は騎士団ですわよね?」

「なんでも、騎士団に負傷者が多く出てしまって、修道士団の護衛に十分な人を出せなくなってしまったそうよん」

「負傷者が…ですか。それにしたって、護衛が冒険者の一パーティというのは、少な過ぎる気がします」


 シローの何気ない疑問から、私も感じていた疑念を口にする。色々と潤沢な騎士団とは違い、多くの冒険者はカツカツだ。私達とて、大物を狩れれば、しばらくは贅沢な旅ができるものの、資金などすぐに底をつく。移動というものは、金がかかるものなのだ。もっとも、私達のケースを見れば、古書やら何やらを探して歩く渡鳥みたいな生活をしていることも理由としては大きいが、果たして、たったの一パーティで、十全な護衛体制が作れるのか疑問だ。


「あー…それは、まあ。言いたいことは分かるけど、仕方ねえ面もあんだよ」

「お前達はこの国の年末事情を知らないかもしれないが、年末になれば、冒険者は大忙しなんだ。空いている冒険者など、そうそういないんだよ」


 リーブリヒにカームは、そこで一旦話を区切り、私へと視線を向ける。こちらの反応を見てから、この先の話の流れを決めようとしているのだろう。私達はアンラの冒険者ではなく、彼女達の口にした、年末事情など知りはしない。そこから聞くべきだろう。


「年末事情とは?…何か、冒険者にも仕事があるということでしょうか?」

「そうだ。アンラへと北上する街道で、修道士団を見ただろう?」


 カームに頷いて見せつつ、道中で見た修道士の一団を思い返す。長い列を作り、騎士団と共に南下していた者達だ。ノアの鐘によれば、聖火をアメランドへと運搬する一団ということだった。騎士団は濃紺に白という二通りのスカプラリオを纏っており、濃紺のスカプラリオは、国お抱えの魔物討伐部隊である第三騎士団。白のスカプラリオは、教会の神聖騎士団という話だったはずだ。


「あれほどの大人数での移動となれば、魔物ですら普通は寄ってこない。しかし、念には念を入れて、年末が近くなると、街道付近から魔物を一斉に排除するための仕事が各地で発生する」

「それは、冒険者ギルドの受け持ちだ。俺達も年末が近くなると、アメランドへと出張って、街道掃除が主な仕事になる。だからな、年末に空いている冒険者なんざ、基本的にはいねえんだよ」


 なるほど—と、得心いって首肯した。ノアの鐘はアンラ南西の田舎町に拠点を設けた冒険者パーティらしいが、南東のアメランドにいたのは、そういった理由らしい。


「でも、酷いわよねん。いくら人がいないからって、アエテルヌムだけに押し付けるなんて。あたし、流石に怒っちゃったわん」

「そうよね。ネームレス?だかにヘルプを依頼しているらしいけれど…従魔のスライム一匹しか寄越さなかったっていう話だし…心配だわ。早く合流しましょ」


 クネクネとしなを作るカメイラにゴリアテだが、私達は皆が皆、苦笑していた。ネームレスのスライムといえば、当てはまるのは一人—いや、一匹か。アーサーさんである。オサカが実験と称して、最も力を注いだ、悪夢のようなスライムだ。彼がいるならば、私達が束になっても敵わない。まず、問題はないだろう。


「わ、分かりました。まあ、それは置いておきましょう」


 スライムの話題は一旦隅に寄せる。話せばオサカについての言及を避けられなくなりそうだし、見てもらえば分かることだ。それよりも、気になることがある。蟻の巣だ。先の洞窟の中で、老婆がその言葉を口にした瞬間、ノアの鐘の面々は、揃いも揃って剣呑な色を見せたのだ。只事でないことは疑う余地もないが、ここまでは熱が引いていなかったため、聞くに聞けなかった。そろそろ、尋ねてもよかろう。


「ところで、蟻の巣について…聞かせてもらえませんか?」

「…まあ、そうなるわな」


 やはりというか何というか、リーブリヒを筆頭にして、ノアの鐘は表情を固くする。碌な話でないことは確かだろう。


「…すみません。言いたくないのなら、無理に聞き出そうとはしません」

「…いえ。そういう訳じゃないの。ただね、箝口令が出てるのよ。途中までしか話せないけど…それでもいいかしら?♪」


 ロドリゲスが優しく微笑んでくれたのだが、ぶるりと薄寒いものを感じて、思わず笑みが引きつる。慌てて口元を押さえたのだが、ロドリゲスらは既にこちらを見てはいなかった。


「私達が現場に到着した時は…既に結構な被害が出た後だったの—」


 2年前の夏、アンラ大平原の南部で発見された蟻の巣。迷宮化していたその場所は、まさにこの世の地獄と呼ぶべき場所となっていたらしい。地上ではお目にかかれないような高レベルの蟻で溢れ返り、付近の村はおろか、辺りの地形までもが一変したそうだ。


「—その時、私達を救ってくれたのが、他ならぬアエテルヌムって訳♪私達はそのまま蟻の巣から脱出して、事なきを得たの。私達だけじゃなく、あの子らには、結構な数の冒険者、騎士団までもが救われたのよ?♪」

「…なるほど」

「まあ、その後…程なくして事態はあっさりと収束するんだけどよ…その辺のことは箝口令で話せねえ。悪いな」

 

 ロドリゲスの後を継いだリーブリヒが、申し訳なさそうに眉を寄せる。箝口令が敷かれているならば致し方ないだろう。それ以上は望まずに礼を告げた。


「その、地図を頭の中に描く魔術ですか?凄いですね、それは」

「うむ。流石の殿にも、リアルタイムでの実行は不可能なので御座ろう?」

「そう言ってたっスね。制御能力が足りないとか。上には上がいるもんっスねぇ〜。羨ましいっスよ」


 ジローらはMAPという魔術に思いを馳せているようだ。オサカが生み出した地図は、実に分かりやすく、また極めて正確だ。話を聞く限り、MAPは、それに近しいものを脳内に描けるようなのだ。


(凄いですね…これは、マイロードに報告しなくては。マコト様に、その術の詳細を教えてはいただけないでしょうか?)


 顎を摩りながら、どういうものか想像を膨らませる。オサカのあれは、正確な転移を行うために特化したものだが、マコトという名の術者が用いた魔術は、敵の位置や数、道を把握することに重きを置いているらしい。その術理の一端でも教えてもらえるならば、魔石がある今なら、オサカにも再現できるのではなかろうか。


(…いや、やめておきましょう。そういう術がある—その情報だけでも、マイロードならば再現してくれることでしょう)


 真新しい術の構想は、オサカにとって趣味のようなものだ。きっと、嬉々として取り掛かるに違いない。それが、既に一部でも判明しているとあっては、彼の楽しみを奪うことに他ならない。無粋にも程があるだろう。


(マイロード。まだまだ貴方の学ぶべきことは多そうですよ?早く…戻ってきてください)


 今はこの地にいない、オサカへと意識を向ける。もう間もなく、彼が消えてから2年になろうとしている。眷属化の影響か、生きていることは分かるものの、どこで何をしているのかまでは分からない。不安がないと言えば嘘になるし、側に仕えていなかった我が身を責めたこともある。それでも、オサカはきっと帰ってくると信じて、まずは己の仕事を果たすのだ—と、気を引き締めた。


「…あら?あれは何ですの?」


 その時、前方の様子を窺っていたシローが声を上げる。毛布に包まったままシローの元へと向かえば、シローは遥か先を指し示した。


「…黒い…岩?」

「…動いてないスか?」


 街道からやや離れた場所に、黒い大きな塊があった。サブローが動いているなどと言うため、目を凝らして見てみれば、確かに動いているようにも見えなくはない。


「あれは大型の魔物ではないで御座るか?」


 ゴローも前へとやってきて、私同様に目を凝らす。目を細めて眉間に皺を刻む彼は、黒い岩を魔物であると認識したらしい。そんな馬鹿な—と、再度目を凝らしてみれば、確かに魔物であるようだ。動いているように見える。いや、動いているどころの話ではない。徐々に鮮明になる魔物の近くには、ちょこまかと動く者達がいた。そして、その周囲にも。


「…おい!聖火隊だ!」

「グリムに襲われてるわん!」

「シロー!飛ばしなさい!」


 やがて、それが何であるか分かると、私達は全員が青ざめる。最初、黒い大岩に見えたものは、紛れもなく魔物であった。驚くほどに巨大な怪鳥だ。グリムと呼ばれる魔物らしい。対峙しているのは、アエテルヌムなのだろうか。グリムに取り付いているのは、修道士にしか見受けられなかった。


「全員掴まって!飛ばしますわよ!」


 グン—とスピンクスの加速を身体で感じながら、早くも抜剣する。巨大な体躯は高レベルの証だ。あのグリムという名の怪鳥は、とんでもない強敵に違いない。


(逃げるなどという選択肢は、ありませんがね)


 やがて、私の眼でも詳細が判別できるようになってくる。冒険者と思わしき者達は皆が膝をつき、倒れ伏している者までいるではないか。黒髪黒目の者は—と視線を走らせる前に、グリムが吠えた。


『ブオオオオオオオオオ!!』

「…何という声量でしょう…」


 未だに戦地は遠いのだが、グリムの咆哮はここまで届いた。ジローが怯むのも無理はないだろう。デカ過ぎるのだ。どれほどのレベルか知れたものではない。あの場に人がいなければ、隠れてやり過ごしていたことだろう。


「…私達をどうこうできる存在など、地上にはいないはずでは?」

「ふはは。アビス殿の言は、間に受けてはいけないで御座るな」


 オサカやアーサーさんといった者達を除けば、久しぶりに格上の相手と対峙することになりそうだ。緊張に高鳴る胸を感じつつ、更に状況を見守る。グリムは空中に停滞しつつ、眼下の者達を睥睨しているところだった。


「いけない!何かするつもりです!」

「シロー!」

「全速力なんて出せませんわ!私達が飛ばされます!これが精一杯ですわ!」


 ジローの言葉通り、グリムを覆う魔法と思わしき風は、ガリガリと不規則な傷痕を大地に刻んでいる。単なる風魔法でないことは明白であり、あれで突撃でもされた日には、修道士達の命は瞬く間に失われることだろう。


(くっ!アーサーさんは何をしているのです!?まさか、やられたのかっ!?)

 

 アーサーさんはかなりの高レベルだ。それこそ、あれほどの体躯を誇る怪鳥といえど、アーサーさんならば何とかできることだろう。それが、どうしてこんなことになっているのか。やられた—とは考えたくないが、姿が見えない以上、そうとしか思えなかった。


「ちょっと待つっス…あいつの魔力…あいつ、不死系魔物(アンデッド)っスよ!?」

「なっ!?くそ!どこまでも運がないっ!」

 

 サブローの言に、巡り合わせの不運を嘆く。今、この状況をどうにかできるとすれば、それは我々のみだろう。見殺しにする選択肢など、ありはしない。やるしかないのだ。


「シロー!クルス様に連絡を!緊急支援要請です!」

「承知ですわ!」


 即座にクルスへ連絡すべく、ケイタイを取り出したのを見てから、グリムへと視線を戻す。アーサーさんは異能に特化した魔物だ。彼で駄目ならば、エルやヒヨさんを呼ばなくてはならなくなるかもしれない。


(しかし、ヒヨさんもまた異能特化。エルは若過ぎるし…やはりクルス様がいらっしゃるまでは、私達で耐える他ないか)


 魔物の強化は、大枠で二通りのパターンがある。身体能力特化と、異能特化だ。身体能力に特化したものは巨大化する傾向があり、異能特化したものはサイズは据え置きで魔力が高くなる。グリムは前者。アーサーさんは後者だ。この二者が争うとなった場合、互いの相性が物を言う。しかし、グリムはそれに加えて、不死系魔物(アンデッド)だという。不死系魔物(アンデッド)は強い闇属性の魔力を備える。アーサーさんとて、また強い闇属性の魔力の持ち主だ。アーサーさんの魔力的なアプローチは、闇属性のグリムには通用しないことだろう。そうなると、体躯で劣るアーサーさんの攻撃は、巨大過ぎるグリムにほとんど意味をなさず、消極的な手立てしか取れないに違いない。例えば、誰かに貼り付いて、衝撃を吸収したりだ。ヒヨさんやエルとて、オサカの系譜を継ぐ闇属性の魔物である。グリムとは相性が悪い。


(クルス様は厳しい方ですが、我らを見捨てたりするような方ではありません。よほどのことがない限り、すぐに応じてくれるはずです)


 クルスさえいれば、少しは勝負になる。彼女は大物に滅法強いからだ。相性という意味でなら、圧倒的にクルスに分があるだろう。


(あれには不死系魔物(アンデッド)としての兆候は見えない。まだ本気になっていないのだ。今のうちに、ダメージを与える。狙うなら、首ですね)


 次第に近付いてきたグリムの姿に、飛び込むべく大きく息を吐く。みしりと音を立てて、剣の柄を握った。


「お、おいっ!やるつもりかよ!?」

「手はあるのか!?」

「ないですよ!だからといって、見捨てられないでしょう!?」


 普段は強気のリーブリヒにカームも、流石に及び腰になっている。音が鳴ったことで、ようやく私が剣を手にしていることに気が付いたらしく、慌てて声をかけてきた。


「私があれの気を引きます!サブローとゴローは攻撃を!」

「ああ〜、やるしかねっスね…」

「任せるで御座る!」

 

 ゴローは強敵を前にしてノリノリであるが、サブローは対照的に気落ちしている。やりたくないのだろう。私もやりたくない。


「ク、クルス様!緊急事態ですわ!支援をお願いいたしたく!」


 どうやら、クルスと無事に連絡がついたらしい。ならば、後は時間を稼ぐだけだ。ところが、我々の到着を待たずして、グリムは動いた。


「あっ!馬鹿野郎!」

「きゃあっ!」


 グリムが急加速して修道士の一人へと突っ込んだかと思えば、横から年若い修道士見習いと思わしき娘が、グリム目掛けて飛び込んだのだ。たちまち娘の腕はひしゃげ、その身体ごとグリムの纏う風に絡め取られる。もはや、猶予などなかった。


「ジロー!サブロー!ゴロー!あの子をお願いします!」

「えっ!?そ、某も!?」


 何か聞こえた気もするが、拘ってはいられない。申し訳なく思いながら、スピンクスの腹を蹴って加速した。


「フォートレス!」


 大盾を生み出す闘技を使い、巨大な魔力盾を顕在化させる。魔法や武技もそうなのだが、使い込めば使い込むほどに、使い勝手は増してゆく。オサカは習熟度が上がる—などと表現しているが、まさにその通りだと思う。私の盾は、使うほどに巨大化し、重量を増していった。ギルドカードのスキル欄を見ても、技一つ一つに対してレベル表記がないため詳細は知れないが、間違いなく私のフォートレスは高レベルに違いない。


「うおおおおお!シールドバッシュ!」


 身体に魔力を込めるに従い、身体を覆う魔力鎧が完成する。かつてオサカに賜り、今は完全に我がものとなった魔力鎧を生成するスキル。これがあれば、風の障壁など問題になりはしない。


(早々に頭を落とす!)


 更には身体強化を施し、魔力盾を力の限り振るう。シールドバッシュという武技があるにはあるが、私のこれは、ただ叫んでいるのみだ。シールドバッシュという盾を用いた武技は、身体全体での動作を強化するものだ。振り回しただけのものとは力の入り方や、角度が変わる。この微細な違いは、対人戦では大きく作用するのだ。使い分けて二択を迫るような戦いを繰り返しているうちに、叫ぶことが癖になっていた。


『ブオオオオオオオオオ!!』


 グリムの背へと魔力盾を叩き付ければ、グリムの背は大きく歪む。そのまま背に乗るのも悪くなかったが、叩き落とす方が安全だろう。飛ばれては分が悪い。ズドン—と大地に叩き落とせば、鬱陶しい風は消えた。修道士見習いと思わしき娘は、無事にゴローらが助け出したらしい。遠方に落ち着き、法術を施そうとしているのが見えた。何とか間に合ったようだ。


「焦らせてくれますね」


 グリムの眼前へと降り立ち、お前の背を叩いたのは私だ—と、分かりやすくアピールする。魔物にはこの手の印象操作が極めて有効だ。読み通り、修道士に向かっていた眼には、もはや私しか映ってはいない。


(大きいだけに、動作そのものは遅い)


 突き出された嘴を跳んで躱し、手にしていた剣は鞘へと納める。代わりに呼び出したのは、魔力武器生成により目覚める、己の真なる相棒だ。見た目は何の変哲もない片手剣だが、その切れ味は伝説級の武器などと嘯いたとて、通用する代物だ。


「私はね…」


 大きく開かれた嘴から、魔力の風が放たれる。オサカのように完全反射とはゆかないまでも、私の鎧とてまた、相当に磨き上げてきたものだ。格上相手の魔法だろうが、互角以上に渡り合える。


「今、割と怒っています」


 こちらを弾き飛ばさんとする暴威を正面から打ち破り、鼻っ柱に一条の剣閃を見舞う。これにはグリムも驚きを露わにした—と思う。


「シッ!」


 止まることなくグリムの側面へと回り、首を縦に裂く。ブシッ—と血飛沫が舞い、真っ白な雪原を赤く染めた。


(!?血が噴き出た!?)


 訝しみ、眉を寄せた隙に、グリムの嘴が迫る。辛くもこれを盾で受け流し、離脱間際に一撃を加えた。やはり、今度も血は吹き出した。


不死系魔物(アンデッド)ですが、あの身体は死んではいないということですか…)


 肉体の死した不死系魔物(アンデッド)は、傷を付けても血は吹き出したりしない。その固定観念により驚き戸惑ったが、何ということはない。要は、ヴァンパイアなどと同じ系譜なのだろう。ホムンクルスの肉体を持つ、我々みたいなものだ。


(これは厄介ですね。早々に化けの皮を剥いでおきますか)


 そして、ヴァンパイアと同じ系譜を歩む者ならば、何かしらの隠し球を持っているに違いない。肉体が生きているということは、物を考える脳もまた、健在ということに他ならないのだから。


「ぬっ!?」


 また風だ。けれど、今度は吹き飛ばそうとする風ではない。下から私を持ち上げるかのように吹き込む気流だ。こんなこともできるのか!?—と肝を冷やす。これでは力が入らない。


—ガキン—


 迫り来る嘴をギリギリのところで受ける。吹き飛ばされ、雪原の上に長い二筋の足跡を付けた。いなすことができず、やむなく盾で受けたのだが、腕を痛めたらしい。ジクジクとした鈍痛が、肘や肩からゆっくりと身体へ広がっていった。プラプラと腕の感触を確かめつつ、やってくれたな—とグリムを睨みつければ、グリムもまた、こちらを睨み返してくる。


(やむを得ませんね…なりふり構ってはいられないようだ…)


 チラリと視線を向ければ、先にグリムと戦っていたと思わしき武器を構えた修道士達も、雪原で一箇所に集まり、縮こまる修道士達も、冒険者と思わしき者達もが、こちらを縋るような目で見つめていた。ギャラリーが多い。あまり人間離れしたことはしたくなかったのだが、そうも言ってはいられない。冒険者の中には黒髪黒目の女性もおり、彼女らがオサカの求める者達であることを加味すれば、その安全が最優先だ。


(いざとなったら…クローディア様に泣き付くしかないですね)


 兜の面ぽおを下ろし、目の輝きが外から見えないようにする。黒曜骸骨(ブラック・スケルトン)の膂力を発揮すれば、どうやっても魔力の発露は抑えられないからだ。


「行きます」


 雪原を蹴り、一気に加速する。雪原どころか大地まで大きく捲れ上がった気がするが、些事だろう。対して、グリムは再び風を巻き起こした。またこちらを絡め取ろうとする上昇気流だ。けれど、それに対するカードは既にある。


「フォートレス!」


 目の前に現れた魔力盾をしっかりと掴み、そのまま縦に振るう。このあり得ないほどに重たい魔力盾は、さしものグリムも持ち上げるには至らないらしい。魔力盾による殴打は、面白いほど簡単に決まった。


「まだです!」


 グリムの股下から突風が発生した。上空へ逃げようとしているのだろう。そのまま退いてくれるならば、それでも良かろうが、どうも、そういう気配ではない。ならば、やらせる訳にはゆかない。勢いそのままに股下へと潜り込み、強かに胸部へと剣を突き立てる。ブシッ—と肉の裂ける音に確かな手応えを感じながら、剣を力尽くで横に薙ぐ。そのまま魔石を傷付けてくれれば御の字であったが、そう上手くは運ばないようだ。


『ブオオオオオオオオオ!!』

「しつこいですよ!!」


 咆哮に負けじと大声を張り上げ、裂いた胸部へ更に剣を突き立てるべく腕を振るう。しかし、いくら鈍重なグリムといえど、そう簡単にはやらせてくれないらしい。勢いを増した風が剣の軌道を逸らし、渾身の突きは、僅かに表皮を傷付けただけに終わった。


「ぐっ!?」


 更には、グリムの反撃を許してしまう。岩のような嘴による突撃を肩口に受け、膝が折れそうになった。歯を食いしばって衝撃に耐えるも、大地が耐えきれずに陥没する。姿勢を保てず、ぐらついたところに襲いかかってきたのは、まるで私を捩じ切ろうとするかのような風の奔流。おそらくは、修道士の娘の腕を切断したのがこれだろう。


(ぐうう…させません!)


 魔力鎧の上に身体強化を施しているのだが、風の圧力が強過ぎて、身動き一つ取れない。捩れないように耐えるので精一杯だ。魔力鎧にしても、確かに風を反射している。だが、それでも追いつかず、パキパキと嫌な音を鳴らし始めていた。


(強い…本当に強い…)


 ダメ押しとばかりに大口を開けたグリムの顔が迫る。このまま丸呑みにしようとでもしているに違いない。顔が迫るというよりは、口内が迫ると表した方が適切かもしれない光景だった。しかし、これは逆にチャンスでもある。私は膂力に優れるスケルトンなのだ。自分から掴まりに来てくるならば、これほど有難いことはない。


「捕らえましたよ」


 グリムの嘴の先を片手で押さえて見せれば、グリムの緊張が手を通じて伝わってくる。私のことを侮っていたのか、片手で押さえつけられるなどとは思わなかったことだろう。身を引こうとするグリムだが、そう簡単に放す訳がない。こちらを引き剥がそうとして送る風の壁により、己が飛び立てないという、滑稽な絵になっていた。

 ところで、どうにも肩が痛むと思えば、先ほど嘴の一撃を受けた時に、肩当てが陥没していたらしい。魔力を流して肩当てを修復した後は、グリムの首を手繰り寄せ、思いっきり脇を締めた。


「スマートなやり方ではありませんがねっ!」


 グリムは私を引き剥がすではなく、捻り切る方向に舵を切り直したらしい。再び、不可思議な奔流の風に全身を襲われ、グリムの首だけではなく、私の身体からも、ミシミシと嫌な音が鳴る。過去最悪の我慢比べだ。こうなると、いささか私に分が悪い。


(やってくれますね!)


 徐々に腰の辺りに異様な圧力を感じはじめ、あまりの痛みに顔を歪める。これ以上は保たない。


(痛たっ!全く!ゴロー達はまだですかっ!?)


 チラリと視線を向ければ、ゴローらは未だにこちらへ背中を向けている。修道士の腕を接続するのに難儀しているのだろうか。上空を見ても、スピンクスは遠巻きに旋回するのみだ。ノアの鐘がグリムに突撃を始めてしまいかねないため、降りるに降りられないのだろう。クルスもまだやってはこない。つまり、一人でこの状況をどうにかしなくてはならない訳だ。泣きそうになった。


(やってやりますよ!)


 半ば自棄になって、グリムの首を捻り、強く引き寄せる。何とかして、この状況を打開せねば—と、破れかぶれだったのだが、これが思いの外上手くいった。風が弱まったのだ。


(チャンス!)


 そのままグリムを引き回し、十分に勢いのついたところで、首投げさながらにひっくり返す。遠距離はもとより、中距離を保ってもジリ貧。近距離でも分が悪い。何ともやり難い相手もあったものだ。


—ズドォン—


 巨体が地を揺らし、僅かに足が浮く。こちらの姿勢が整うよりも早く、グリムの下から風が吹き始めた。体勢を立て直そうとしているに違いない。


(じょ、冗談じゃありません!)


 仕切り直そうかとも考えたが、自分が離れたことでグリムの狙いが修道士達へ向いても困る。このまま押し切るしかない。


「フォートレス!シールドバッシュ!」

『ブオオオオオオオオオ!!』


 黒曜骸骨(ブラック・スケルトン)の膂力に物を言わせ、巨大な魔力盾を振るう。一撃、もう一撃、更に駄目押しの一撃。魔力盾はひび割れたが、グリムの頭部もただではすまない。巌もかくやの嘴は欠け、側頭部は大きく凹んでいる。既に風はなく、グリムの抵抗も弱々しくなっていた。


(い、いける!?これは勝てるのでは!?)


 最後に魔力盾を横から叩きつければ、グリムはついに踏ん張りが利かなくなり、大地を滑る。時間稼ぎのつもりであったが、このまま決めてしまえそうだ。ならば、やるしかない。格上を一人で倒したとなれば、きっとオサカは喜んでくれる。私の成長を褒めてくれることだろう。ゴローはブチブチと煩いだろうが、そんなのは無視だ。


『ブ…ブオオオオオオオォォ…』

「これで止めです!」


 辛うじて持ち上げられたグリムの首めがけて走り込み、魔力により強化した剣を振るう。剣身が首の肉に食い付いた刹那、確かな手応えを感じ、渾身の一撃とすべく振り切った。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 修道士達に背中を向けたまま、荒れた息を整える。悪寒を感じるのは、きっとゴローが憤懣を覚えているからだろう。さっさと来ないから悪いのだ—と、開き直るしかない。


—ズゥン—


 グリムの首が横たわり、白い大地を紅く染める。徐に向き直り、ふぅ—と、安堵の息を吐いた。

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