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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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再生者が行く その二

「ク、クローディア様!?」

「ん?おお、イチローか。こんなところで出会すとわの。奇遇じゃな」


 ノアの鐘の面々と共に王都アンラへ赴いた私達は、早々に冒険者ギルドへと向かったのだ。どうやら、彼らの知る黒髪黒目の女性というのは、冒険者であるらしい。


(アンラなんて…1年目に寄った場所なのに…)


 アンラ神聖国の王都アンラでは、ほとんど活動することができなかった。初めてアンラへやってきた時などは、冒険者ギルドに真っ先に立ち寄ったのだが、そこでゴローが揉め事を起こしたのだ。


(それがために…3年も無駄にしたのか…)


 リーブリヒらノアの鐘が受付嬢と話している間、私達はゴローへと非難の視線を向ける。流石のゴローもこれは堪えたらしく、視線を逸らして小さくなっていた。彼には猛省してほしいところだ。

 そんな中、ふと視線を階段の上へと向ければ、何処かで見た魔人族の少女が踊り場から現れたではないか。これには驚いて、思わず声を上げた。


「ク、クローディア様!?」

「ん?おお、イチローか。こんなところで出会すとわの。奇遇じゃな」


 また睡眠時間を削っているのか、色濃いクマを拵えたクローディアは、私達の姿を認めると破顔する。何故、彼女がこんなところにいるのか?—と訝しむも、それを尋ねるよりも先に、階段を下りてきたクローディアが口を開いた。


「ちょうど良いところに来たの。少し頼まれてくれぬか?」

「え?…あ、はい。…な、何でしょうか?」


 クローディアは、オサカの言を借りるに、ワーカーホリックというやつだ。さらりと無理難題を押し付けてくるぞ—というのもオサカの言だが、的を射ていると思う。そして、今度の頼み事もまた、なかなかに厳しいものだった。


「少し前にの、修道士の一団がアンラから各地に散ったらしい。その一団を追いかけてほしいのじゃ」

「…はあ」


 修道士の一団というのは、聖火を運ぶ者達のことだろう。アメランドからアンラへと向かう道中にすれ違った。騎士達に四方を固められた修道士らは、その列の長さも相まって、なかなかに物々しく見えたものだ。


「あの…アメランドから我々はやってきたのですが、それと思わしき修道士団とすれ違いました。…それを追いかけるとは、何かあったのですか?」

「おお、もう見たか。ならば話は早い。追ってほしいのは南下した者達ではない。北上してアトリアへと向かった者達だ。なんでも、冒険者のパーティを一つしか雇っておらんらしい。訳あって、そこにはアーサーさんもおるからの、万が一もないとは思うが…どういう訳か、そ奴らと連絡が取れんそうじゃ。直ちに北上して合流してほしいのじゃよ」


 クローディアの言に、サブローとゴローが肩を落としたのが気配で分かった。私達はつい先ほどアンラへ辿り着いたばかりだ。疲れを覚えており、今日くらいはゆっくりと休みたいのだろう。


(ク、クローディア様に言われては、断ることはできません。…しかし、アーサーさんが付いているなら、一泊くらいは許されるのでは?)


 クローディアはオサカと共に、私達にホムンクルスの肉体を作ってくれた恩人だ。その頼みを断ることなどできようはずもないが、今の私達は疲れ知らずのスケルトンではない。肉体を持つ以上、歩けば疲れを覚えるし、そうでなくとも精神は摩耗する。経緯は知らないが、我々よりもはるかに強いアーサーさんが側にいるならば、何の問題もないのではなかろうか?—と、思わずにはいられない。だが、それを愚見する前に、クローディアが耳を貸せ—と、手招きしてきた。


「それにの、今、この国は危険じゃ。…この町は特にの。少しばかり離れておれ。もしかしたら荒事になるかもしれん。万が一の時に備えて、万全でいてほしい」


 小声で耳打ちされた言に、驚いて目を見開く。クローディアに視線を戻せば、クローディアはゆっくりと頷いた。


「緊急事態での。早急に頼む」

「…承知しました」


 私が頷いて見せれば、サブローやゴローのみならず、ジローとシローまでも、肩を落としたのが気配で感じられた。気持ちは分かるが、致し方ないだろう。平穏そのものにしか見えない王都だが、クローディアが言うならば、何かしら危惧するべき事態があるのだ。


「どうかしたのか?」

「え?いや、なんでも…」


 唐突に背後からかけられた声に振り返れば、声をかけてきたのはリーブリヒだった。私とクローディアを交互に見つつ、フン—と鼻を鳴らす。私達がアンラに慣れていないことは、ここまでの道中ですっかりと知られている。そんな私達が冒険者ギルドで人と話しているのは、不信感を抱くには十分だろう。例えそれが私達の身内であっても、彼女には知る由もないのだから。


「ではの。頼んだぞ」

「は、はい。本日中に出立します」


 胡乱げな視線を向けてくるリーブリヒなどそっちのけで、クローディアはふらつきながら冒険者ギルドを後にする。どれだけ寝ていないのかは知らないが、年端もゆかない少女にしか見えないクローディアだ。もう少し御身を労ってほしい。


「…知り合いか?」

「…ええ。まあ。彼女はメキラ王国に籍を置く冒険者です。…まさか、こんなところで会うとは思っていませんでした…」


 リーブリヒと共に、開け放たれた扉の向こうに消えるクローディアを見送る。私の発言に納得したらしいリーブリヒが再び口を開いたのは、クローディアの背中が人垣に隠れてからだった。


「…悪い。入れ違いだ。俺らの知る奴は、依頼を受注して遠出しちまったらしい。しばらくは戻らないそうだ」

「…そうですか」


 申し訳なさそうに目を伏せるリーブリヒだが、冒険者ならそんなものだろう。こちらも都合が悪くなったところだ。しばらく戻らないというならば、逆に助かる。


「実は、先の少女…クローディアから頼まれ事がありまして、私共も一旦アンラを離れなくてはならなくなりました」

「あん?なんだそりゃ?」


 何が気に入らなかったのか、リーブリヒの顔が険しくなる。どう答えたものか—と悩んだが、下手に誤魔化さず、素直に白状することにした。


「道中ですれ違った修道士の一団を覚えてますか?」

「あ?ああ…修道士の聖火隊だろ?それがどうしたのか?」

「ええ。彼女らではなく、北上した修道士団の方なのですが、護衛が冒険者の一パーティしか付いていないらしいのです。そちらに急ぎ合流してほしいと頼まれました」

「…一パーティしか付いていない…だと?」


 私の言を聞くや否や、見る見るうちにリーブリヒの顔が歪む。そのまま考え込むかのように腕組みしたため、口を挟まずに待った。


「…それだよ」

「…え?」


 渋い顔のリーブリヒが舌打ちしながら呟いたが、何のことか分からず、首を傾げる。リーブリヒは忌々しそうに受付を睨み付けると、吐き捨てるかのように乱暴に続けた。


「…黒髪黒目の冒険者が受けた依頼だ」

「なっ!?」


 耳驚いて声を荒げる。修道士団はかなりの数だった。南に向かった者達と、北に向かった者達とで、そうそう数は違わないはずだ。となれば、どれほどの数を、たかが一パーティで守ろうというのか。クランではなくパーティだ。多くても6人が精々だろう。いくらアーサーさんが付いているとはいえ、それは流石にまずい。


(確かに緊急事態ですね。クローディア様は、そこにマイロードの同胞がいると知っていて?)


 クローディアの消えた人垣に視線を向ける。アンラの大通りを行き交う人々の喧騒はなかなかのもので、辺境の田舎町であるメットーラと比べるべくもない。当然のことだが、クローディアの姿は、すでにそこにはなかった。


(…いや、知っているならば、もっと早く動いていたことでしょう。立つ前に、連絡だけはしておきますか)


 ケイタイを取り出して、クローディアへと発信する。だがしかし、どれほど待とうと、クローディアが応答することはなかった。


「…何してんだ?」

「いえ。先のクローディアに連絡を取ろうかと…」


 ケイタイをしまいリーブリヒに向き直れば、付き合え—とばかりに受付を指し示す。私達は連れたって、ロドリゲスらがプリプリと怒りを顕にする受付へ向かった。


「ちょっと!リー!聞いてちょうだいよ!この子ったら、アエテルヌムだけで修道士の子達を護衛させてるって言うのよ!信じられないわ!♪」

「…ああ。さっき知ったよ」


 ロドリゲスが指差すのは、妙齢と思わしき獣人族の女性だった。背後に見える尻尾が膨らんでいるのは、緊張故だろうか。


「あわわ!だから、あの時は仕方なかったんですよ〜!」

「なら追加依頼出しなさいよん!今すぐ北上した修道士団を追え—って!あたし達が受けるわん!」


 カメイラがカウンターに拳を振り下ろせば、受付嬢の肩が跳ね上がる。何の決定権も有さない受付をいじめるのもきまりが悪い。周囲の視線も集まり出せば、受付嬢はあわあわと慌てふためき出した。もはや、まともな判断は望めないだろう。ここは助け舟を出すことにする。


「お待ち下さい、ノアの鐘の皆様。その依頼、私が出します。時間がありませんので、正規の手順を踏んでいられません。ですので、これで如何ですか?」


 手持ちの金貨を、財布ごとカウンターの上へ載せる。私とクローディアのやり取りが聞こえてはいた訳ではないだろうが、リーブリヒの言から状況は理解しているのだろう。後ろに控えるジローらは、何も口を挟まなかった。


「気前がいいな。この額なら私は受けても良いと思う」

「カームに賛成だ。すぐにでも行けんぜ」


 よく言いますね—と、苦笑する。カームやリーブリヒは、財布の中身も確認せずにオーケーしてくれているのだ。本当に気の良い人達だと思う。


「オーケーよ。なら、すぐにでも出るわよ。疲れているとは思うけど、そうも言っていられないわ♪」


 ロドリゲスの言に皆が頷いた後には、さっさとギルドを出て、城壁目指して坂を駆け下りた。途中、シローから視線を感じて顔を向ければ、窺うかのような目でこちらを見ている。急ぐか?—と、問うているのだろう。これには首肯を返しておく。黒髪黒目は、オサカの同胞である可能性があるのだ。そうであった場合には、万が一など許されない。早急に合流するべきだ。


「城門を出たら、乗合馬車を一台借り受ける!悪いが、先の金貨をいくつか使わせてもらうぞ!?」


 肩越しに声をかけてきたのはカームだ。我々のレベルにもなれば、走った方が馬—今は冬なので騎獣だが—よりも早い。それは、ノアの鐘とて違いはないだろう。しかし、それが何日も続くとなれば話は別だ。疲労からパフォーマンスは著しく低下し、いざ修道士の一団に追いついた時には、使い物にならなくなっている可能性とてある。それを避けようとしての提案だろう。平時ならば否やはなかった。


「ご心配には及びませんわ。乗り物はお気になさらず」


 ところが、シローがそんなことを口にするので、前を行くノアの鐘の面々が、揃いも揃って振り返る。アンラの大通りは多くの人々で賑わい、一般市民や子供も多くいる。危ない—と、気が気ではなかった。


「ま、前を見てください!すぐに分かりますから!」

「ははは。アメランドからこっち、イチローは振り回されてばかりっスね」

「まあ、良い経験で御座ろう」


 ついには、日頃から悩みの種である二人がこんなことを言い出したので、私の顔が険しくなったのは、無理からぬことだろう。


「いやん。怒らないでん」

「そうよ。イイ男は懐が深いものよ?」

「でも、怒った顔も素敵♪」

「いいから、前を見て走ってください」


 そのまま大通りを下り、城門を駆け抜ける。門兵が何やら声を荒げていたが、我々はおろか、ノアの鐘もが見向きすらしなかった。


「…イチロー。この辺りでいいですわ」


 シローが足を止めれば、私達もそれに倣い立ち止まる。アンラの町はまだ遠くなく人目も多いが、気にしてはいられない。オサカの同胞が危機的状況にあるかもしれないからだ。シローへと頷いて見せ、街道から少し離れた。


「さあ、いきますわ」


 言うや否や、シローの掲げた杖が黒い光を放つ。まるで周囲を侵食しているかのように錯覚させられる黒い輝きは、やがて、シローが全身に纏うものと同質の包帯へと変わった。


「な、なんだよこりゃあ!?」

「お、驚いたな…」


 見る見るうちに包帯が組み合わさり、形作ったのは、獅子の身体に女性の顔を持ち、背から見事な翼を生やした混成獣(キメラ)であった。その上背は、私達全員を影で覆い隠せるほどに大きく、リーブリヒとカームの口が開きっぱなしになっているのも、無理からぬことだろう。


「…スピンクス…かしらん?」

「スピンクス?」


 カメイラの呟きに反応したのは、私のみではない。目の前に鎮座する巨大な混成獣(キメラ)を生み出した本人もまた、首を傾げていた。


「スピンクスだよ!スピンクス!なんで作った本人が知らねーんだよ!」

「そんなことを言われても困りますわ。私はこの人数を載せて、空を飛べる従魔—という条件で呼び出しただけですもの」

「迷宮内でしかお目にかかれないような、超大物よ♪」


 リーブリヒが吠え、シローがそれを受け流せば、ロドリゲスが教えてくれた。推定レベルは300程の魔物で、砂漠地帯を有する迷宮で見られる魔物であるらしい。


(目の前のこれは、包帯を依代とした召喚術で形作られた紛い物。レベル300という力はないでしょうけれど…まあ、十分ですかね)


 腰を落としたスピンクスに乗り、女性陣へと手を差し伸べる。何故かオネエ3人組も手を伸ばしてきたが、断りきれずに手を握った。私などよりはるかに厳つい手だった。


「行きなさい」


 全員がスピンクスの背に乗れば、シローの指示でスピンクスは翼を羽ばたかせる。たちまち風が大地を叩き、私達は上空へと持ち上げられた。


「うわっ!?ちょ、シロー!もう少しゆっくり飛ぶっスよ!」

「さ、寒いで御座る…」


 サブローとゴローの2人は、ガチガチと歯を鳴らしながら、スピンクスにしがみ付いていた。冬の寒空を、とんでもないスピードで駆けているのだ。2人の反応はもっともであろう。実は私とてそう変わりないのだが、私にはリーダーとしての意地がある。寒さは気合で耐えていた。


「ううううう…さ、寒いわ…」

「そうね、人肌で温めてほしいわん」

「イチローちゃんのような、イケメンの肌でね♪」


 我々同様に、スピンクスの背にしがみ付くロドリゲスらが熱い眼差しを向けてくる。悪寒を感じてか、余計に背中が寒くなってきたため、シローの魔術で温めてもらった。


「ちょっと待つっス」


 それからどれほど時間がたっただろうか。最初の頃は物珍しさに大地を目下ろしていた私達も、寒さには勝てず、毛布に包まり小さくなっていた。そんな中、ただ一人、下を眺めていたサブローが、手招きして私を呼ぶ。何事か?—と近寄れば、イチローは北東の山脈を指差して言った。


「あの山脈を見るのは4度目っスよ」

「え?ど、どういうことですか?」


 サブローの指差す山脈の尾根付近には、雪に埋れていてもそれと分かる、特徴的な小屋が設けてあった。4度目—というのが何を意味するのか分からずにサブローへと尋ねる。アンラ大平原は確かに何度も通過しているが、いつも街道を進んでいたため、山の頂など見たこともないからだ。


「どうもこうも、そのままの意味っスよ。特徴のある尾根っスからね。俺達はどうやら、同じところをグルグルと回っているようっス」


 ところが、サブローの口にした内容は、ほのぼのとは程遠い、剣呑なものだった。全員の顔が引き締まり、ノアの鐘の面々は、即座に眼下に広がる街道へと、鋭い視線を向けた。


「…ちっ、確かなようだぜ」

「そうだな。このスピードで飛んでいて、未だにこの辺りというのは異常だ」

「…どういうことかしら?」


 カーム、リーブリヒ、ゴリアテらが腕組みして唸る中、シローが声を上げた。


「呪術…いや、これは妖術ですわ」


 全員の視線がシローへ集まる。シローはスピンクスへ地上に戻るよう指示を出した後、私達を順に視線でなぞった。


「妖術という術理があるのですわ。即効性のない術理で、術師達には良い印象がないものですが、幻惑、幻覚、境界の生成といった、ある一定の空間を切り取って、そこに作用する術を多く扱えるのです。妖術師(ソーサラー)という特殊な職にある者、あるいは、気が遠くなるほどの鍛錬の果てに、空間を制御する術を会得した者ならば扱えますわ」


 ズシン—と、包帯の集積体とは思えないような音を立てて、スピンクスは大地へと降り立つ。流石に冬という厳しい季節では、我々の他に平原を行く者などおらず、騒がれることもなかった。


「妖術…つまり、誰かが俺達の妨害をしている—ってのか?」

「違うと思いますわ。術者が他の誰かの妨害をしていて、その境界により、私達は先に進めない…そう考えた方が自然ですわ。だって、私達がアンラを出たのはついさっきですのよ?妖術には即効性はありませんもの。そんなに早く、境界を形成して結界化したとも思えませんの」


 シローの言に、リーブリヒはさらに考え込む。さて、どうしたものか—と、私も腕組みした。


「境界?結界?…まあ、何でもいいで御座る。それを飛び越えて向こう側へ行くことはできるで御座ろう?黒髪黒目の者を探すのは、何よりも優先されるべきで御座る。こんなものは無視して、さっさと先に行くで御座るよ」


 ゴローの言うことももっともだ。オサカ謹製の地図は、亜空間を開く魔道具でもある。それがあれば、アトリアへ直ちに赴き、そこから南下することもできる。非常事態ともなれば、使うことを咎められることもない。


「…いえ、この妖術空間を何とかすべきです」


 しかし、ゴローの言にはジローが待ったをかける。訝しむ私達へと説明をしたのは、ジローではなくカームだった。


「…もしかすると、妨害を受けているのはアエテルヌムかもしれん—ということだ」

「…ちっ!なら急ぐぞ!ぐずぐずすんな!」

「何をどう急ぐのリー?落ち着きなさい♪」


 スピンクスの背から飛び降りようとするリーブリヒの腕を、ロドリゲスが慌てて掴む。何度か出ているアエテルヌムという名が、黒髪黒目の女性がいる冒険者のパーティなのだろう。チラリと視線を向ければ、ジローは首肯して見せる。カームの懸念は十分に考え得ることだ—と、語っているに違いない。


(…妖術…か。厄介な…)


 実を言えば、妖術師を斬ったことはある。帝国の首都を出て北上している道中だったと記憶しているが、あからさまに怪しい者達から襲撃を受けたのだ。その中には、空間を歪め、迷宮の中にでも迷い込んだか?—と、錯覚しそうな迷路を作り出す者がいた。今にして思い返せば、あれが妖術に違いなく、討つのは相当に骨が折れたものだ。


「サブロー、シロー。気配を探れますか?」

「…まあ、やってみるっス」

「お任せあれですわ」


 我がパーティには優秀な魔法師の2人がいるため、気配を察知することにかけては優れている—と言えば聞こえはいいが、実際はそうではない。サブローもシローも、己の影や包帯を周囲へと展開して、後は不死系魔物(アンデッド)の嗅覚により術者を探すのだ。術者が生者であるならば、気配を隠蔽していようと、これで即座に分かるのである。以前に出会した妖術師も、最終的にこれで見つけた。

 

「うおっ!?随分と物騒な探り方だなっ!?」


 サブローらが影やら包帯やらを周囲へと張り巡らせ始めれば、その異様さにリーブリヒが叫声を上げる。もう少し、魔術的な何かを想像していたに違いない。


「あの子も魔法師なのねん?」

「ええ、まあ。サブローは前衛ですが、どちらかと言えば、魔法師よりのステータスになっておりますね。本人の魔法もあの通り、索敵に攻撃にと、マルチに運用できますから」


 カメイラの質問は、適当に誤魔化す。私達は全員が全員、不死系魔物(アンデッド)である。それを明かしたとて、きっと彼ら彼女らは嫌な顔を見せないことだろうが、余計な疑念は抱かせたくない。職業がもれなくスケルトンであることは、言わない方が良いだろう。


「いたっスよ」

「…あら?先を越されてしまいましたわ」


 スピンクスを適当に走らせて探せば、やがて、サブローが瞼を持ち上げる。サブローの影を操る魔法は、極めて広範囲に展開することができる。範囲の広さがそのまま結果として現れたようだ。


「…見つけたっスけど、こっちも気付かれたっス」

「気付かれた?サブローがですか?」


 サブローの魔法は極めて隠密性に優れる。痕跡を残さないのはもとより、魔力的な反応すら見せない。故に、初見で看破することは不可能に近い。だが、相手はそれに気付いたらしい。


「ヤバい相手っスよ。俺達でも一対一では勝てると言い切れねっス。ノアの鐘の皆さんは、ここで待ってた方がいいっス」

「…ダメだ。俺らも行く」


 ノアの鐘を気遣って提案したサブローだが、その提案はあっさりと却下された。腕組みして私達を睨み付けるのはリーブリヒだが、その他の面々にしても、黙って待っているつもりはないらしい。


再生者(レナトゥス)の皆が恐ろしく強いのは、道中で嫌になるほど見せつけられたけれど。…だからと言って、私達だけが安全な場所で待ってるなんて…できないわ♪」

「そういうことよ。私達にもできることがあるはずだわ」


 こう言われては、何も言い返せない。確かに私達は強者ではあるが、冒険者としては半人前だ。道中では、こちらが教わることとて少なくなかった。連れて行くことに不都合もなければ、無駄な問答で時間をかけるのも馬鹿らしい。チラリとサブローに視線を向ければ、サブローは苦笑しつつ頷いた。その他の面々にしても、否やはなさそうだ。


「分かりました。しかし、戦闘になった場合、こちらの指示に従ってください」

「ふふ。頼りにしているぞ」


 私の要請を承知したのかしていないのか、どうとでも取れる曖昧な返事をするカームに頷いて返し、サブローの案内に従い、進路を東にとった。


「山の中腹に洞窟があるっス。その中にいるっスね。逃げる気配すらねっスよ」


 アンラ神聖国と死の樹海を隔てる山脈は、大平原から見た麓付近こそなだらかであるが、そこから少し上がると、たちまち険しくなる。その後は特別な道具でも用いなければ、登ることは不可能と言い切れる絶壁となるのだ。サブローの探し出した洞窟は、絶壁の中程にある岩棚にあった。


「…よくもまあ、こんな場所を見つけるものですね」

「うひひ。もっと褒めてくれていいっスよ」


 スピンクスから岩棚の上へと飛び降り、スピンクスは一旦消す。なかなかの重量であるスピンクスは、岩棚の上で待機させるには都合が悪い。呼び出すのにはMPをそれなりに消費するのだろう。ブチブチと文句を言うシローには、皆が苦笑を向けた。


「…確かにいるな。中から魔力を感じるぜ。隠す気すらねーよーだ」

「そうだな。よほど見つからない自信でもあるのか…あるいは、見つかったとしても、どうとでもなるのか」


 喉を鳴らすリーブリヒとカームに先んじて中へと入る。不死系魔物(アンデッド)である我らとは違い、ノアの鐘は夜目が利かない。荷物の中から松明を取り出して火を付けた。


「…何か?」

「いや…お前らさ…あんなに強いのに、光属性の魔術は使えないのかよ?」


 じっと私の手元をリーブリヒが覗き込んでいたため、どうしたのか?—と問えば、私達5人を見回しながら、リーブリヒは何気ない疑問を口にする。冒険者として活動する術師の多くは、洞窟内での活動を想定して、光属性の初級魔術であるライトを習得するものだ。それを考えれば、確かに松明は不自然なのだろう。ここは、下手に隠し立てしない方がよさそうだ。


「使えることは使えます。しかし、サブローやシローは、扱う魔法の性質上、魔力が闇属性に傾いているのですよ。光属性の魔術を使おうとすると、MPが湯水のようになくなるのです」

「ああ、なるほど。納得だわ。はは、お前らにも弱点はあんだな」


 特に我らに疑念を抱いていた訳でもないらしく、それだけでリーブリヒとの問答は終わった。気付かれないよう小さく安堵の息を吐き、先頭を歩く。今の受け答えは我ながらナイスだと思う。この設定は、今後も使えることだろう。


「…これは…なかなかに…」

「酷い臭いだわん」


 暗い窟内は天井付近こそ広いものの、足元は狭く、湧水でもあるのか、濡れていて滑りやすい。そんな悪路を下ってゆくと、やがて開けた場所へと出た。しかし、そこを覆うのは死臭。ここを塒にしていたであろうハーピィらの死骸が、そこ彼処に積まれていた。


「…随分と長いこと放置しているようですね」

「…皆様、ここを出たら、直ちに浄化の法術を。穢れに毒された可能性があります」


 松明で照らしながら呟けば、その後に続いたのはジローだった。彼女の言う穢れとは、オサカ曰く細菌のことだ。彼の言を借りるに、この世には、目には見えぬほどに小さな生き物がおり、病や呪いとされている症状の過半数は、これが原因であるそうだ。しかし、私共もそれをそう簡単に受け入れることはできなかった経緯があれば、ノアの鐘に理解してもらうこともまた難しい。故に、穢れなどと言ったに違いない。こう言えば、この世界に生きる誰しもが疑うこともない。現に、それもそうだな—と、皆が納得していた。


「後で焼き払っておくべきでしょう」

「ここから疫病が…なんてことになってはことですからね」


 ジローと言葉を交わしながら奥へと進む。道は再び狭くなり、足首まで浸かるような水場を過ぎれば、曲がりくねった道の先で、青白く光るものを認めた。


「どうやら、目的地に着いたようです」

「いつでも行けんぜ」

 

 何を問う前に、リーブリヒが両手を打ち鳴らす。パァン—と、景気の良い音が辺りに反響すれば、私を含めた皆が苦笑する。こちらのことも当然バレてはいるだろうが、もう少し、慎重に行動してほしいものだ。

 さて、リーブリヒのみならず、皆が首肯を返してきたため、明かりの差す奥へと向かう。角を折れれば、青白い魔法陣の真ん中で、妖術師と思わしき者が腰を下ろしていた。


「おや、お客さんかな?」

「…失礼します。貴女が妖術を展開している術者ですか?」


 問いかければ、妖術師はゆっくりとこちらへ向き直る。頭まで覆う黒いローブを纏い、目深に被ったフードからは、顔付きを窺い知ることはかなわない。枯れ木のような手には、多くの指輪がはめられていた。声から察するに、老婆だろう。


「いかにも。…存外、気付くのが早かった。もう少し、長丁場になるかと思っていたんだけどけれどね。まあ、寒さは老骨には堪える。早く来てくれて助かったよ。…よっこいしょ—っと」


 老婆は砂を払いながら立ち上がると、何を言われる前に魔法陣を消した。


「え?あ、えと…」


 予想していなかった老婆の行動に、どう声をかけていいのか分からなくなり、ジローらに助けを求める。けれども、私を押し除けて前に出たのは、リーブリヒだった。


「…何の真似だ?」

「何の真似?…ふうむ」


 こちらに背を向けて、洞窟の奥へと消えようとしていた老婆だが、リーブリヒの声に振り返ると、上から下まで、確かめるかのように、リーブリヒを観察する。その視線に抵抗するかの如く身構えるリーブリヒには、少しばかりヒヤリとした。


「あんたらは、アンラ神聖国の冒険者かい?」

「だったら何だよ?」


 あくまでも喧嘩腰のリーブリヒに、それを微塵も意に介さない老婆。我らが剣を抜き放てば、老婆の生還は絶望的になるだろう。見たところ、力量はクローディアと同等。我らとて相応の手傷を負うことになるだろうが、それでも、老婆に勝ちの目はない。老婆の見せる余裕の根拠がまるで分からず、目の前の光景に困惑した。


「いやね、知っていたら教えてほしいのさ」

「…何だ?言ってみろ」


 リーブリヒの反応を楽しむかのように、老婆はゆっくりと言葉を紡ぐ。リーブリヒ自身も同じことを感じているのか、声音が剣呑な色を帯びてきた。ここで老婆が下手なことを口走れば、即座にリーブリヒは老婆めがけて飛びかかるだろう。


(それで返り討ちにでもあったら、目覚めは最悪でしょうね)


 背後で佇むゴローへと目配せすれば、ゴローは頷いて返す。彼我の力量の比較や、細やかな状況判断という分野において、もっとも優れるのは、意外にもゴローだ。故に、その辺りのことは彼に任せておけば、間違いはない。彼自身にでも喧嘩をふっかけられない限りは—だが。


「蟻の巣—と聞いて、思い当たることはあるかい?」

「…蟻の巣…だとぉ?」


 老婆が蟻の巣—と口にするや否や、目に見えてリーブリヒらの顔が険しくなる。私達には何のことか分からなかったが、ノアの鐘には思い当たる節があるらしい。


「あれはね、不本意ながら最高傑作だったのさ。それをどうやって攻略したものか、知りたかったんだよ」

「てめぇの仕業か!」


 流れるような動きで槍を構えると、そのまま老婆へと突き立てようとしたリーブリヒ。ゴローに任せていたため心配はしていなかったが、この時ばかりは肝を冷やした。


—キイン—


 甲高い音を鳴らしてリーブリヒの槍を押さえつけたのは、言うまでもなくゴローの刀だ。ゴローは老婆を睨みつけたまま、諭すように声を上げた。


「落ち着くで御座るリーブリヒ殿。相手は術者。最悪、生き埋めになるで御座る」

「…止めんなよ…こいつは!こいつのせいで!」


 槍の切っ先を持ち上げようとするリーブリヒだが、ゴローの刀は微塵も動かない。しばらくはガチャガチャとやっていたが、やがて、己の両腕の膂力はゴローの片手に及ばないと理解したらしく、リーブリヒは盛大に舌打ちした。


「…なんだい?やらないのかい?」

「…何があったかは知らぬが、退くならさっさと退くで御座る。さもなくば、某が相手になるぞ?」

「…ゴロー」

「この老婆、何かおかしい。見逃すなら相手にせず、やるならさっさと仕留めるべきで御座る」


 苦言を呈しようとゴローに呼び掛ければ、逆にゴローから警告を受けた。


(…やるならばさっさと仕留めるべき—ですか)


 ゴローの言に考える。オサカならばどうするか。どうすることが、オサカにとってプラスとなるか。


(マイロードならば、敵と見れば即座に殺しにかかることでしょう。あの人は、そういったことには容赦しない)


 そう。オサカならば、老婆とて躊躇なく殺す。その上で、誰にも犠牲を出さずに切り抜けることだろう。けれど、それが己にできるだろうか。


(…いや、難しいですね。ここは洞窟。魔術で崩落でもさせられた暁には、我々はともかくとして、ノアの鐘を助けることは難しいでしょう)


 この場に己らしかいなかったならば、どうとでもなる。けれど、現実はそうではない。ゴローなどは好敵手と見たのか、段々とやる気に傾いてきているようだが、この場は収めるべきだ。


「やるぞ。いいな?イチロー」

「…待ちなさい。ゴロー」


 痺れを切らせたゴローが、刀の切っ先を老婆に向けようとする。それを手で制しつつ、老婆の前へと出た。


「御婦人、この場は退いていただけませんか?」

「ひっひ。お前さんは利口だね」


 私の言に、老婆は機嫌を良くしたらしく、フードの下で口元が歪に歪む。これでいい。ノアの鐘をここで死なせる訳にはゆかない。彼らは、我々のような者にも実によくしてくれている。恩を仇で返すことは、オサカの名に泥を塗る行為だ。


「ゴロー…抑えなさい」

「…承知した」


 チッ—という舌打ちと共に、刀を鞘に収めた音が背後から聞こえた。戦闘狂のゴローが素直に聞き分けたのは、やはり彼もノアの鐘を案じているからに他ならないだろう。


「お、おい待てよ!俺は納得してねーぞ!戦え糞婆!」


 しかし、リーブリヒは聞き分けてはくれなかった。渋い顔で振り返れば、今にも飛び出そうとするリーブリヒの肩を、ゴローが押さえ付けている。


「リーブリヒ…ダメです。この場で戦っては、貴女方は生き埋めになりますよ?」

「上等だクソが!やってみろ!」


 ゴローの制止を振り解かんとするリーブリヒに呆れつつ、ノアの鐘の面々と苦笑を交わした。視線を老婆へと戻せば、お前さんは苦労人じゃな—と、何故か同情された。


「さて、そろそろわしは退く。誰かに突き止められたら、そこまで。元々がそういう契約であったからな」

「ちょっと待て。それはどういうことだ?」


 踵を返して背を向ける老婆へと、今度はカームが尋ねる。老婆は嘆息しつつ向き直ると、僅かにフードを持ち上げて笑って見せた。


「わしらが出張っては、人間側に勝ち目がなくなる。それでは、面白くないらしい」


 ひっひ—と声を上げつつ、老婆は洞窟の奥深くへと消えてゆく。しばらくはそれを見送っていたが、完全に気配が感じられなくなると、皆で一斉に、大きく嘆息した。


「リー!貴女バカじゃないの!?」

「んだとゴリアテ!」

「バカよ!冷や冷やしたわん!」

「るせー!カメイラ!悔しくないのかよ!」


 そして始まるのは、ノアの鐘による喧嘩という名の反省会だ。リーブリヒとて平常は優秀な冒険者だ。けれど、どうにも彼女は短気が過ぎる。頭に血が昇ると、周囲が見えなくなるところなど、ゴローそっくりだと思う。


「…何で御座る?」

「…いえ、何でも」


 ゴローもあれくらい小柄な女性であれば、多少は可愛く思えたものだろうか—などと益のないことを考えつつ、老婆の消えた先をじっと見つめた。

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