再生者が行く その一
「黒髪黒目の女性を探しております。何か見聞きしたことがありましたら、些細なことでも教えていただけませんでしょうか?」
「…ここは酒場だぞ?」
胡乱な者でも見るかのように私を一瞥すると、酒場の店主は杯を拭く作業に戻った。ふぅ—と嘆息しつつ、銅貨を数枚カウンターに並べ椅子を引く。酒精の強いものを—と告げれば、店主は無言のまま、棚から酒瓶を一つ手に取った。
「…あんた、帝国の騎士様か何かですかい?」
こちらに背中を向けたまま、呟くように齎された問いに、苦笑しつつ首を振る。魔力鎧を纏った姿ならばともかく、普段の私は旅人にしか見えない草臥れた旅装に身を包み、帯剣すらしていない。それでどうして騎士などと思われるのか。
「それ、たまに聞かれるんですが…どういう意味ですか?私はそんなに上等に見えますか?」
「…そうかい」
品定めでもするかのように、不躾な視線を向けてくる店主。ゴロー辺りならば逆に睨み返しそうなものだが、私はそこまで不快にも思わない。初対面の人間は信用などできるはずもないし、そうでなくとも、こういうことは稀にあったからだ。
「…知らないなら知っときな。一般には知られちゃいないが…黒髪黒目ってのは、帝国皇帝に所縁ある家柄の特徴なんだよ。あんた…誰を探しているのか知らないが、帝国に行くことがあっても、絶対にそれを口にするなよ?」
カウンターの上の銅貨をしまいがてら、店主は小声で耳打ちしてくる。耳驚いて、店主へ視線を向けるも、店主は取り合おうとしなかった。
「…なるほど。道理で…」
店主の言に、乾いた笑いが出た。もう数年早く知りたかった情報だ。帝国には既に2度足を運んでいるが、思えば、命を狙われるようになったのは、そこが始まりかもしれない。
「店主は、情報通ですね」
「ここをどこだと思ってる?商人の集う町、貿易都市アメランドだぜ?」
欲しいものとは違ったが、有益な情報の対価として、金貨を数枚カウンターに載せれば、店主は素早くそれをしまい込んだ。
「はいよ、お待たせ。もう一杯まではサービスしてやるよ」
「これは有難い」
カウンターに置かれた杯を早速煽る。蜂蜜酒を煮詰めて酒精と甘味を濃縮したものに、何かを加えたのだろうか。未だかつて口にしたことのない深い味わいに、目を丸くした。
「…美味い」
「だろ?」
そこで初めて店主はニヤリと笑うと、ごゆっくり—と言い残してカウンターの奥へと消えた。拭き終えた杯を片付けに行ったものだろう。
(やれやれ…まいりましたね)
コキコキと首を鳴らして、旅の疲れを吹き飛ばすべく息を吐く。それに呼応した訳でもなかろうが、暖炉の薪がパキリと音を立てた。
(黒髪黒目の女性は見つからないばかりか、障害まであるとは…帝国皇帝の血筋…ですか…)
オサカから密命を受けて、メットーラを飛び出したのが、大体3年前か。密命の内容は、彼と共にこの世界へ迷い込んだ可能性のある、彼と同郷の女性を探せというものだ。一人、もしかすると、二人かもしれない。一人は妙齢をやや過ぎた頃。もう一人は、妙齢の女性。もっとも、それはオサカがこちらに飛ばされる前の話だそうだが。
(これはもう、この大陸にはいない—と、結論付けても良いかもしれないですね)
もう一口杯を煽り、喉が焼ける感覚を楽しみながら嘆息する。3年、3年だ。それほどの月日を費やして、未だに何の成果も上げられていない。私は焦っていた。いるかどうかも分からない。もしかすれば、彼とは違い、この世界には来ていない可能性とてある。彼がよく分からない孤島に転移していた—という話からして、例えこちらに飛ばされていたにせよ、この大陸ではない可能性もあるのだ。
(ナイセイルに渡るべきか…しかし、調査は十全か?—と問われると…十全と言えるでしょうか…)
各地を巡り、色々な町で、村で、同じように問うてみた。道中では行商人などに手を貸しつつ、同様の質問をしているが、黒髪の女性について聞けたのは、一度きりだ。テレスという帝国の南に位置する町だったと記憶している。
“ああ、見たことあるぜ。黒髪の子供ならな。あんたが探している女性かどうかは知らないが、ありゃきっと聖女様に違いない”
そう語ったのは、大きな店舗を構える商人の男だった。なんでも、その少女は、単なる弓を立ち所に霊弓へと変化させたらしい。男は、それを元手にして成功したそうだ。
(しかし、マイロードが探しているのは、少女ではありませんからね。もしかすると、その少女が、帝国皇帝に所縁ある家柄の娘なのかもしれませんね…)
商人の話は眉唾物で、私含む皆が顔をしかめたものだが、帝国皇帝は常勝無敗を誇る帝国のトップだ。もし、かの血筋にそういった力があるならば、その覇道にも納得できようというものだ。
「おい、ちょっといいか?」
「…私ですか?」
不躾に肩を叩かれて振り返れば、頰から首にかけて刻まれた、大きな傷痕が目に付いた。
「隣、座るぞ」
「…どうぞ」
次いで目に止まったのは、己の肩から離された、岩のような手だった。これは珍しい—と、目を丸くする。大きな傷痕に厳つい手を持つのは、意外にも女性だからだ。それも、だいぶ小柄な。短く切り揃えた金髪は男勝りな性格の現れであろう。目にも相応に眼力が宿っており、それなりの年齢であることは疑いようがないのだろうが、小柄で狸顔なせいか、全体的にはあどけない印象を受けた。
「黒髪黒目の女を探してるって?」
「ええ、はい。そうです」
背負っていた槍をカウンターに立てかけながら、名も知らぬ女性は鋭い視線を飛ばしてくる。その瞳にはありありと敵意が見て取れ、何か無礼があったろうか?—と、狼狽た。
「…何故だ?」
「…」
女性の言に、こちらの目にも力がこもる。人探しの理由など、殊更に語って聞かせるものでもない。けれど、彼女はそれを聞かせろと言ってきている。それはおそらく、知っているからだ。黒髪黒目の女性に心当たりがあり、かつ、その身に危険が及ぶことを危惧しているのだろう。だからこそ、私に敵意を向けているのだ。
(…これは、当たりか?)
弾む心を押さえつけながら、どうやって害意のないことを伝えるべきか—と、頭をひねる。下手なことを言えば、彼女は情報を伏せることだろう。いや、元から話すつもりなどないかもしれない。
(今の私は…そう心象は良くないことでしょう。それをひっくり返して、何としてでも聞き出さねばなりません)
最悪、口を割らせる手立てはある。闇属性の魔術の中には、精神異常を引き起こさせるものもあり、シローなら問題なく行使できる。魅了や洗脳といった状態異常ならば、精神値が高いか、闇属性に対する耐性がなくては防げない。彼女が不死系魔物、あるいは魔人族でもない限り、実に楽な仕事であろう。それ以外にも、死霊術により魂魄を縛るなんてことも可能だ。どうとでもなる。
(…なんてね)
けれど、そんな真似をオサカは認めないに違いなく、私もそれに同感だ。何の罪もない者に、手荒な真似はしてはならない。
(…となれば、一つしか手はありませんね)
ゆっくりと椅子から立ち上がり、女性へ向き直る。こいつは何をしようとしているんだ?—とでも問いたげな表情は、私が頭を下げるに従い、驚きに目が見開かれていった。
「…お、おい…何の真似だ?」
「貴女は…黒髪黒目の女性に、きっと心当たりがあるのでしょう。誓って言います。その人を害することはありません。とある男性—我々の指導者に会っていただきたいのです」
誠心誠意頼み込む。これが、私の取り得る最善の手段だろう。彼女の目に宿る力強さは、金の力でどうにかなる類のものではなく、それどころか、買収など図った暁には、もはやその口が開くことはなくなるに違いない。ならば、彼女が折れるまで頼み込むのみだ。
「ちょ、お前!顔を上げろ!」
「教えてもらえるまで上げません」
長期戦も辞さない覚悟で頭を下げていたのだが、俺の質問に答える方が先だろーが!?—と言われては、もっともだ—と、顔を上げた。
「…はぁ…まったく…お前がどういう奴なのか、なんとなくは分かった。けど、それとこれとは話が別だ。何故、お前の指導者は黒髪黒目の女を探してんだ?」
訝しむかのような視線から一転し、呆れ果てたかのような、あるいは残念な生き物でも見るかのような視線を向けてくる女性に対して、さて、なんと答えたものか?—と、顎を摩った。
「…私の権限では言えぬことも多いのですが…我が指導者の生まれ育った土地では、皆が黒髪黒目であったそうです」
「…はあ?マジかよ!?…そんな町?村?聞いたこともねえよ…」
彼女が黒髪黒目の女性について、どこまで知っているかは不明だが、この反応に嘘はないだろう。初めてオサカの身の上話を聞かされた時の、私達の反応と同じだ。
「そこは魔素が豊富にないため、魔術は衰退し、代わりに科学という技術を用いて文明を築いているそうです」
「…待て待て待て」
額を押さえながら、私の発言を遮る女性の様子を見るに、この女性は私が探し求める者とは、そこまで深い仲なのではない、あるいは、彼女の知る女性は、私の探し人ではない—という可能性が浮上してきた。これには少しばかり落胆するも、まだ人違いと決まった訳ではない。話を止めるのは早計だろう。
「…お前、そんなんありえねえだろ?カガク?なんだそりゃ?…ええと…」
「イチローと申します」
「イチローね。俺はリーブリヒだ」
遅くなった自己紹介を互いに済ませ、力強い握手を交わす。彼女の手の感触は、やはり見た目通りで、オサカが言うところの、武人の手であった。
「とりあえず座れ」
「はい…」
リーブリヒの勧めに従い椅子に腰を下ろせば、いつの間に戻ってきていたのか、腕組みして佇む店主と目が合った。
「ここは酒場だぜ?リーブリヒ」
「ああ、悪い。こいつと同じものをくれ」
リーブリヒは店主は顔馴染みであるらしく、苦笑いしながら銅貨を一枚カウンターの上に置く。だが、それを認めた店主の顔は渋みを増した。
「…足りねえよ」
「はあっ!?お前っ!イチローこの野郎!真昼間から高級酒なんて飲んでやがんのかっ!?」
酒の相場など知るところではない。なんとなく銅貨を数枚出したのみなのだが、どうやら私は高級酒を飲んでいたらしい。流石は貿易都市アメランド。貴族街でもないのに、上等な酒が置いてあるのか—と、変なところで感心した。
「ったく、ほらよ!これで足りんだろ!…ええと、どこまで話したっけな?」
「魔素の少ない、あるいはない地域—という話をしました」
「ああ、そうそう!それは本当かよ!?」
驚きのせいか、次第に声の大きくなるリーブリヒにハラハラしつつも、頷きを返す。聞かれて困ることでもないが、殊更に吹聴したい話でもない。声のトーンを抑えてくれ—と、手振りで示した。
「あ、悪い。…それで?一先ず先を聞かせてくれ」
「はい。我が指導者は、そんな場所で生まれ育った故に、魔法・魔術というものを見たことがなかったのですが…ある日、友人と酒場で話していたところ、目の前に魔法陣が浮かび上がったそうです。気が付いた時には、見知らぬ平野—メキラ王国の端に、一人佇んでいたのだそうです」
多少脚色してはいるが、大筋は合っている。ナイセイルなどと言っても混乱させるだけだろうし、魔物化した件も不要だ。説明としてはこれで十分だろう。
「本人にも未だに何が起きたのかは整理できておりません。しかし、その時、酒場で話していた友人というのが、黒髪黒目の女性なのです。我が指導者は、彼女の安否を確かめたい。可能なら、保護したいと考えております」
語ることは語った。後はリーブリヒの裁可を待つのみだ。彼女は出された高級酒をちびりと舐めると、その酒精に顔をしかめた。
「あー…なんだ…嘘は言ってねえようだな」
「はい」
杯の中身を弄びながら、リーブリヒはこちらに視線を向けてくる。力強く頷き、やましいことがないことを態度で示した。
「名前は?」
「…え?…名前?」
「その指導者様とやらの名前と、探してる黒髪黒目の女の名前だよ」
きた—と、僅かに緊張する。オサカの名を明かすことはできない。そして、探している者の名も明かす訳にはゆかない。場合によっては、その身に危険が伴うからだ。リーブリヒは決して悪人ではないだろう。実直で裏表ない女性に違いない。けれど、この場で聞き耳を立てている者達は違うかもしれない。そればかりか、日頃、彼女の周りにいる者共とて、信用できるとは限らない。
「…我が指導者の名は明かせません。探している女性の名も。…察してください」
「…話になんねえな」
話は終わりとばかりに席を立ち、立ち去ろうとするリーブリヒの前を塞ぐ。再び頭を下げて、やましいところはないのだ—と、誠意をもってアピールした。
「お願いします。先にもお伝えしましたが、決して相手を害することはありません。不安なら、誓約陣を用いても構いません。相手が探している者でなければ、即座に退散します。マイロードの不安を取り除くことに、お力添えください」
「…マイロード—って…」
やや呆れたかのような深い嘆息が聞こえた。じっと頭を下げたまま、リーブリヒの次の言を待つ。仮初の鼓動が、嫌にはっきりと聞こえた。
「…明日、もう一度話したい。俺一人じゃ判断できねえよ」
「…承知しました」
頭を上げれば、リーブリヒの朴は仄かに赤くなっている。チラリとカウンターの上に視線を走らせれば、せっかくの高級酒は、ほぼ手付かずだった。あまりお酒には強くないのかもしれない。
「…ああ、一つ聞いていいか?」
「はい。何でしょう?」
立てかけていた槍を背負いながら、リーブリヒが尋ねてくる。まだ何かあるのだろうか?—と内心で首を傾げつつ応じれば、彼女は不安げな瞳で私を見上げてきた。
「イチロー、お前…いや、貴方は、もしかしてメキラの貴族か…ですか?」
それまでとはうってかわって、しおらしさを覚える立ち振る舞いに、ついつい吹き出した。足が浮くほどに重いボディーブローは、女性を笑ったことに対する罰としては、比較的軽い方だろう。甘んじて受け入れた。
「…なんだよ、同業者なのかよ?」
「ははは。そのようですね」
翌日、再び同じ酒場で、仲間を交えてリーブリヒと再開した。こちらの面子は、再生者の5人だ。いつも通り黒い神官服に身を包み、頭部を覆う黒い仮面を片時も外さないジロー。最近では魔力鎧である、オサカが言うところのジャージを脱がなくなったサブロー。外套の下は黒い包帯のみという寒そうな格好のシロー。黒い東洋甲冑を身に付けたゴロー。そして、この私の5人だ。対するリーブリヒらもまた、5人組のパーティだった。
「あら!リーちゃんの言った通り、可愛い子だわ♪」
「ダメよロドリー!己を保つの!私だって我慢してるんだからん!」
「カメイラ、股間の屹立を抑えなさい。嫌われるわよ?」
ムキムキの大男3名は、何故か私やサブロー、ゴローに向けてウインクを飛ばしてくる。男らしい見た目とは裏腹に、所作は女性そのものだ。実に気持ち悪—恐ろしい。
「…すまないな」
「やめろおっさん共!キモいんだよ!」
リーブリヒが叫び、彼らの仲間である長髪の女性が頭を下げてくる。サブローは目を見開き、ゴローは泡を拭いているが、気にしないでください—と、詫びを受け入れた。
「改めて、私達は“ノアの鐘”よ。普段はアンラの南西にある田舎町で活動しているの。私はリーダーのロドリゲス。よろしくね♪」
「サブリーダーのリーブリヒだ。夜露死苦!」
「あたしはカメイラ。見ての通り可愛い斧使いよん」
「私はゴリアテ。魔物相手としては珍しい体術の使い手なの。よろしく」
「カームだ。主に突っ込みを担当している」
実に濃ゆいノアの鐘の面々の自己紹介を受けて、私達も順に名乗る。先の一幕がトラウマになったのか、自己紹介の間、サブローとゴローは、ずっと視線を逸らしていた。私もロドリゲスは直視できなかったが。
「まあ!貴方達が再生者!?噂はこっちまで聞こえてくるわよん!?」
「ははは。良い噂だと助かるのですが…」
持ち上げるカメイラに苦笑を返す。私達は本当の根無し草だ。北から南へ、東へ西へと、大陸を駆け回りながら暮らしている。古書や魔導書の収集、そして、邪神と思わしき者共の情報収集に、オサカの同胞を探すためだ。その道すがら、トラブルとてそれなりにある。ゴローが喧嘩したりだとか、魔物との戦闘に他者を巻き込んだとかだ。そうなると、ホームのない私達には、悪い噂が立ったとて、庇ってくれる者はない。変な噂に背鰭尾鰭が付いて、情報を出し渋られるのはごめん被りたいところだ。
「うし。なら、話し合いだな。おいバース。奥の部屋借りるぞ?」
「…酒を頼んだらな」
リーブリヒが声をかけたのは、酒場の店主だ。名をバースというらしい。ノアの鐘はアンラの南西を拠点とした冒険者であるそうだが、ここアメランドは南東だ。アンラ南西の田舎町といえば、おそらくは森羅共和国との国境付近にあった町、アータルのことだろう。随分と離れた地にある町であるが、ここの店主と親しいのはどういうことか。
「…皆様は、アメランドにはよく来るのですか?」
「ああ。なんせ、私達のホームには雑貨屋しかないからな。鍛冶屋は数年前に店じまいしたし、食堂や酒場なんかもない。そんな辺鄙な所だから、何かしら入用になった場合、アメランドまで仕入れに来るのも私達の仕事だ」
私の疑問はカームが払拭してくれた。アータルの街並みを思い返せば、確かに何もなかった。冒険者ギルドはあるものの、冒険者が活動してゆくために必須となる、飯処もなければ宿も満足にない。古書を探して雑貨屋を冷やかしたのみで、一泊もせずに町を後にしたことを思い出した。
「なるほど」
「店主よ、一番上等な酒を頼むで御座る」
「ゴロー、お酒は一杯までですわよ?」
カームに頷きを返す私の背後では、ゴローが早速酒を頼んでいた。シローが制止してくれてはいるが、きっと無駄だろう。酒はゴローとサブローに任せて、私達はリーブリヒの後に続き、小部屋へと入った。
「さて、それじゃあ…私達の話し合いの結果を伝えるわね?♪」
「はい」
腰を下ろすや否や、ノアの鐘リーダーのロドリゲスが口を開く。私も聞く姿勢を整えて、ロドリゲスへ顔を向けた。
「まず、情報は渡せないわ」
「…理由をお伺いしても?」
ロドリゲスの言に、シローの纏う気配が剣呑なものに変わる。それを手で制しながら、先を促した。
「貴方達なら問題ないとは思うの。勘だけど、悪い子じゃなさそうだし。けれど、確約がある訳ではないし、誓約陣なんて物騒なものも、なるべくなら使いたくないのよ♪」
「…」
ロドリゲスの言うことはもっともだと思う。けれど、誓約陣は最大限の譲歩だ。これを物騒と言われてしまえば、何をもって交渉すれば良いのか。
「では、教えてもらうためには、どうすれば良いのでしょう?」
焦れたのか、ジローが声を上げる。ノアの鐘の面々はジローに視線を送ると、愛でるかのように優しげに笑った。
「俺達が案内する」
ジローの問いに答えたのは、腕組みしたままで不機嫌そうに眉を寄せるリーブリヒだ。彼女はノアの鐘の一団をぐるりと見回した後、鋭い視線を私に向けた。
「イチロー。お前の人となりは昨日見た。その他の面々は今日が初だが…信に足ると見ている。だがな、おいそれと他所様の情報を渡すことはできない。冒険者ってのは客商売だ。信用第一なんだよ。だから案内する。道中でお前らを見極め、おかしな動きがあれば、この話はなしだ。これでは不服か?」
リーブリヒの言に、ジローとシローへ視線を送る。2人は問題ないことを首肯で告げてきた。
「ごめんなさいね。私達の知る子なら、命の恩人とも言うべき子なのよ。あの子に万が一があったら—と思うとね、こっちも慎重になっちゃうの」
命の恩人という言に、オサカのことを思い出す。もし、彼を探しているという人間が目の前に現れたとして、私はその者を色眼鏡なしに見ることができるだろうか。
(…きっと、できないでしょう)
不信感を抱き、最悪、追い立てるかもしれない。それを思えば、このノアの鐘というパーティは、実に良くできた者達だ。
「…無理を言ってすみません」
「いいのよ。貴方の言うことが本当なら、同胞に会えることは喜ばしいことでしょうし♪」
「だがな!嘘だと分かったら、程度によっては殺すぞ!?そこは覚悟しておけよ!」
頭を下げれば、ロドリゲスが気遣い、リーブリヒが脅してくる。ジローとシローが顔を見合わせて、2人の温度差にクスリと笑っていた。
「…そういえば、お連れのナイスガイ達はどうしたのん?」
「そういえば、いつまで経っても来ないな?」
カメイラとカームの2人がサブロー達がやってこないことを訝しむ。なんとなく想像はついているため、心配無用である—と、伝えた。
「一人、滅法お酒に目のない者がおりまして」
苦笑しながら席を立ち、ドアを開けば、カウンターで酒を楽しむゴローの背中が目に付いた。サブローはその隣で渋い顔をこちらに向けている。巻き込まれたらしい。
「ね?」
「あら、本当にお酒が好きなのね」
「す、すみません」
私などは既に慣れたため何とも思わないが、ジローからすると恥ずかしいらしい。口を引き結んで俯いてしまった。シローは我関せずだ。
「うし。細かい話は道中にでもやっとけばいいだろ。目的地は王都アンラだ」
リーブリヒの中では、既に完結したらしい。言うや否や、席を立った。だが、アンラと聞いては平静ではいられない。ジローらも含めて、私達は皆が渋い顔を作る。
「…よりにもよってそこですか…」
王都アンラ。アンラ神聖国の王都である美しい町だが、この地では、ゴローが大型クランと揉め事を起こしていた。それ以降、どこに行くにも誰かの視線が付き纏い、アンラでの活動は諦めざるを得なかったのだ。時間をおいて立ち入ったことがない訳でもないが、その都度、ゴローはそれと思わしき者共から、つまらない因縁をつけられていたりする。
(やれやれ…避けていたアンラに探し人がいるとは…)
己の不運に嘆くべきか、無駄足を踏んだ怒りをゴローに当てるべきか—と、溜め息とともに脱力感を味わいつつ、眉間を揉んだ。
「んだよ?何かあんのか?」
「いえ、ね…彼がアンラで揉め事を起こしまして。アンラに足を踏み入れると、どこから嗅ぎつけるのか、輩が集ってくるのです」
ゴローの背中を指し示しながら、少しでも遣る瀬無い思いが伝わるように、渋い顔を作ってみせる。しかし、私の鬱々たる心持ちは、一笑に付された。
「何だそりゃ!?ハハッ!アンラにも行ったことがあるってのか?」
「…とっくにですよ。もっとも、ほとんど聞き込みなんてできておりませんでしたが…」
恨みを込めてゴローを見つめれば、何を感じたのか、肩越しに凄んでくる。そんな目を作る資格など、彼にはないはずだ。
「それは災難だったわね。ふふ、いいわ。理由次第だけど、少しくらいなら口を利いてあげる。これでも顔は広いのよ?♪」
「助かります」
最後にもう一度頭を下げて、その日は出立の準備をすることになった。私達は必要な物資を買い集めた後、翌日に備えて早々に宿へと戻った。




