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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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真、修道士を護衛する その四

「これで!」


 宙空へ向けて魔力の矢を射れば、矢は射出後に二手に別れ猛加速すると、それぞれがハーピィの群れ目掛けて襲い掛かる。しかし、相手は動体視力に優れるハーピィ。私の射った魔力の矢は、あっさりと躱された。もっとも、それで構わないのだが。


—パシュン—


 魔力の矢が爆ぜ、そこを起点とした魔力波が放射線状に広がる。点ではなく、面の攻撃。動きの速いハーピィは、まともに相手していると疲れるばかりだ。ここは一気に決めてしまうが吉だろう。


「はーい、落ちてくるよ。後は信仰の糧で」

「素晴らしい働きで御座いますマコト!」


 魔力波が通り過ぎた後には、次から次へとハーピィ達は墜落する。MPを付与する魔術により、魔力酔いを引き起こしたのだ。その後は恒例となった首狩り祭だ。ソティが大喜びのやつである。


(あれ?あそこだけ魔力酔いの効きが弱い?)


 ところで、地上では阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられている最中、空中では妙なことになっていた。ハーピィの群れの中で、魔力酔いに耐え切った群れが空に残っていたのだ。


(あいつらだけ、やたらとレベルが高いとか?)


 おかしいな—と首を傾げつつ、もう一度矢を放つ。今度は魔力酔いを引き起こす効果を付与した矢ではなかったが、ハーピィは不思議なことに、逃げるでもなく私の射った矢に貫かれた。


(ありゃ?どうしたことだい?)

《落ちなかっただけで、魔力酔いを起こしていたのでは?》


 ハーピィにしては鈍過ぎる—などと考察するよりも早く、矢に穿たれたハーピィを起点として、大輪の炎が咲いた。爆発の魔術などという派手なものを使っては、とにかく悪目立ちする。魔物から野盗に至るまで、耳目のある者共に向けて、ここで戦っていますよ—と、宣伝しているようなものだ。そんな理由から、普通は使用を控えるものだが、これだけハーピィがいては、他の魔物や野盗など、近場にはいないだろう。仮にいたとするならば、とっくにハーピィ達の餌に変わっているに違いない。遠慮なくやらせてもらった。


「うわわ!火!火!」

「あ、ごめん由香里」


 一名、やたらと火に対して苦手意識を抱いている者がいたが、それは彼女の花冠の精(アルラウネ)という種族ゆえだろうか。焚き火や竃の火なら平気そうなのに。


(植物の魔物は大変だね)

《今後は控えてあげなさいよ》


 爆炎や爆風を免れたハーピィ達も、爆音に絡め取られて墜落した。あの高さからでは助かるまい。勝負ありだろう。


「よし、終わった」


 分が悪いと判断したのか、遠巻きに旋回していたハーピィの群れは、金切り声を上げながら逃げ帰ってゆく。弓の弦から指を離して、安堵の息を吐いた。ふと振り返れば、アシュレイとマギステルが呆気に取られた顔で立ち尽くしているのに気が付く。どうやら二人は、私達を助けようとして、前に出てきてくれたものであるらしい。


「さ、才能があるとは思ってたけど〜、たった数年でこれか〜。もう、純粋な火力勝負になったら〜、私に勝ち目はないかな〜。つかオリジナル魔術のオンパレードとか…自信なくす〜」

「え、えと…マコトさんはC?Cランク?本当にCランク?マコトさんだけはAランクとか?」


 目を泳がせる二人の言は、苦笑いして適当に流した。

 さて、ヘルハウンドを下した私達は、順調?にアンラ平原を北上していたのだが、大平原を半分過ぎた頃から、再び異変に遭遇している。どういう訳か、やたらと多くの魔物に会敵するのだ。多く—と言ったが、それはもはや10体とか可愛らしい数ではなく、先のハーピィで例えるならば、空が黒く染まる程の数である。そんな訳で、広範囲攻撃能力に優れた私が、文句なしのMVPに輝いていたりする。


「まあ、それはそれとして…先行して間引いてあるんだよね?これでも…」

「この辺りは…既にアトリアのギルドが担当しているエリアで御座いますね。やっていない—ということで御座いましょうか?」


 魔物がいくらなんでも多過ぎる。そんな思いから出た愚痴だったが、思わぬ情報を引き出せたものだ。全部が全部、アンラの冒険者が狩っているものと思い込んでいたが、この辺りはアトリアの冒険者達が間引いていたはずであるらしい。ほぅ—と軽く流して、ラヴァへ念話で尋ねる。


(いくらなんでもおかしくない?間引けてないよ、微塵も。むしろ、平常よりも魔物が多いとすら思う。ラヴァ、先行して様子を見てきてよ?)

《おかしい—という意見には同意します。けれどね、真。あのハーピィの群れの中に、単身で突っ込め—と?》


 尋ねたついでに可愛くお願いもしてみたが、ラヴァには通じなかった。どうあっても単身でアトリアを見に行くつもりはないらしい。きっと、ラヴァなら問題ないと思うのだけど。


(どうしたもんかな〜。おじいちゃんもモスクルも、ケイタイ繋がらないしさ〜)


 ポケットに手を入れ、未だに鳴らないケイタイを取り出す。時間を見つけてはデンテやモスクルに連絡しているのだが、依然として繋がる気配はない。メッセージも送っているのだが、それにも応答はなかった。本当に北上して良いのだろうか?何かとんでもない事態に陥っているのではなかろうか?—と、気が気ではない。本音を言えば、引き返したかった。


(どう考えたっておかしいよ…私達だからどうにかなっているけど…普通の冒険者だったら、こんなの無理じゃん)

《まあ、確かに。ここ最近の魔物の数は異常と言っていいでしょう。それでも、今はまだ、やり切るしかないのでしょう?》


 そうだけどさ—と、ラヴァの言に不平たらたらで、背後の修道士団に視線を向ける。修道士達の顔は青い。当然だ。大地や空を染め上げるほどの魔物に襲われて、平静を保てる訳がない。アシュレイの呪術により、夜は強制的に寝かし付けているものの、精神的な苦痛は消えないのだろう。日に日に足取りは重くなっており、聖火こそ未だに燃え盛ってはいるが、彼女達の心には、気概の火など、もはや灯ってはいないのかもしれない。


(そんな状況にもかかわらず…淡々と魔物を狩るだけの私達。蟻の巣で鍛えられた—ってことなのかなあ?あるいは、アエテルヌムの殲滅精神に鍛えられたのかも。…結構複雑な気分だよ)

《ははは、そうかもしれませんね》


 大きな溜め息を吐き、再び歩き始めた修道士団の先頭へと戻る。MAP魔術には、今のところ敵影はない。束の間の休息だ。


(あ!?)

《待った。味方です》


 気を抜こうとしたその時、MAP魔術の北方に、えらく移動速度の速い何者かが映り込む。慌てて身構えようとしたが、よくよく見てみれば、何者かは味方を指し示す青い点だった。肩の力が抜けると共に、まるでソティの如く猛スピードで接近してくる青い点に、驚かせるなや—と、ジト目を向けた。


「一体、どこのどなた様だよ」

「どうしたので御座いますか?マコト」

『こちらに猛スピードで接近してくる者達がおります』

「え?本当?」


 ラヴァの言に、ソティと由香里も目を細めて前方へ視線を向ける。程なくして、大平原を疾走する影が3つ見えてきた。


「…あれ?あの人達…」

「マギステル司教お付きの皆様で御座います」


 前方から走ってきたのは、マギステルやソティの同輩。すなわち、元異端審問官の皆様だった。ヘルハウンドと戦った時、ソティと共に、ヘルハウンドの頭上に得物を突き立てていた3人である。その3人は、私達を見て驚き戸惑っているらしく、目を見開いて足を止めた。


「…あの人達、いつの間に列を離れてたの?」

「さあ?…でも、様子がおかしいわよ?」


 由香里の言う通り、何か間違いでもあったのか、3人は困惑した顔で辺りを見回している。どうしたことか—とマギステルの判断を仰ごうとして振り返れば、既にマギステルは前列へとやってきていた。


「マギステルさん?」

「…少し早いですが、今日はここまでにしましょう」


 そのマギステルは、随分と余裕のない顔を見せていた。あ、うん—と頷き、街道からやや離れた地点へ移動する。修道士の一団は、聖火を設置するや否や、声もなく座り込んだ。


(…何?どういうこと?)

《さあ?私にも何がなんだか…》


 マギステルはソティ、アシュレイの他、何人かの修道士達を伴い、北から現れた修道士3人と言葉を交わしている。皆が皆、難しい顔を見せているのは、何かあったことの証左に他ならない。


「どうしたんだ?まだ日は高いぞ?」

「どなたか…体調、でも?」

「あ、お疲れ。アイマス、クシケンス」


 私達の側へやってきたのは、アイマスとクシケンスの2人だ。一団の後方に配置する彼女らには、北から現れた修道士が見えていなかったのだろう。話して聞かせると、アイマスも難しい顔を見せた。


「あの3人…先日、一団を抜けて南下していった者達だぞ?」

「え?北から現れたわよ?」

「見間違いじゃないの?」


 アイマスが渋い表情を見せていた理由は、私の想像とは違った。南に行った者達が、北から現れたのは、どういうことか?—と、不審に思っているのだ。その言葉に由香里が目を点にし、私も訝しむが、アイマスの言にはクシケンスも頷いている。見間違いではないのだろう。南下した者達が、北から現れたのは何故なのか。そもそも、一団を離れた理由は何か。訳が分からなくなり、首を傾げた。


『何にせよ、後で教えてくれるでしょう。我々は、ご飯の支度をしませんか?』

「ラヴァは食べることばっかりだね」

「ははは、だな。けど、ラヴァの言う通りだ。皆で同じことをやっていても仕方ない。ここは役割分担といこう。私達は夜営の準備だ」


 アイマスに頷いて返してから、ソティやアシュレイに視線を送るも、まったくこちらに目線を寄越す気配はない。ならば気にしても仕方ないだろう。私達は少し早めに夕食の支度をすることにした。亜空間を開けば、調理道具と共に、由香里が大量の食材を取り出す。何に使うのか?—と首を傾げていると、私の視線に気が付いた由香里は、苦笑しながら修道士達に視線を向ける。


「あれじゃ、もう保たないでしょ?少し、元気を出してもらおうかな—と思って」

「優しいね、由香里は」


 夕食を作る気力のない修道士達の分も用意しようとしているらしい。しかも、食材の中には、アルラウネの体液まである。高級ポーションの元になる原液だ。これは、色々と効能のある料理になりそうだ。






「アイマス、マコト、ユカリ、クシケンス」

「ようやくお呼びがかかったな」


 コンソメスープの良い香りが辺りに漂い始めた頃、ソティから手招きされた。何かしらの結論が出たらしい。アイマスは勢いよく立ち上がると、さっさとソティらの元へ行ってしまった。


「ちょっと待って。由香里」

「うん、もう大丈夫でしょ。出来上がったわ」


 修道士達は未だに俯いたまま、微動だにしない。私と由香里は、数杯のスープを手にして修道士達に話しかけた。


「ねえ、これを飲んで、元気だして」

「鍋はあそこよ。皆に行き渡るだけの量があるかは微妙だけど、遠慮せず飲んじゃって」

「…え?…は、はい…」


 修道士見習いと思わしき若い子に、杯の載ったお盆を手渡し、元気付ける。スープの匂いに刺激されたのか、くう—と、可愛らしい腹の音が聞こえた。


「あ、ありがとうございます」

「それ、特別製だよ?元気出るからね!」

『私が飲みたいほど、良いものですよ!』

「ふふふ、じゃあね」


 修道士達をアーサーさんに任せて、私達はソティの元へと急ぐ。彼女らの気分が少しでも上向けば良いな—などと考えていた。


「どうしたの?」


 ざすざすと雪を踏みしめながら、ソティ達の元へと近寄った。由香里の問いかけに、アイマスらもこちらへ向き直る。分かってはいたことだが、皆の表情は暗い。只事ではなさそうだ。


「いよいよ異常事態なので御座います」

「…この私が〜、ついていながら〜」


 ソティとアシュレイは渋い顔を作って見せ、他の修道士達も眉を寄せる。私と由香里は顔を見合わせた。


「勿体ぶらずに教えてくれ」

「…はい」


 アイマスが焦れて尋ねれば、重苦しい声を上げたのはマギステルだった。


「ここ最近、どう考えても魔物の数が異常でした。私はヘルハウンドの件も併せて、流石にこれを訝しみ、王都へ何人か、お伺いを立てに走らせたのです。…その、ケイタイが故障したみたいでしたので…」


 そう言いながら、マギステルはケイタイの履歴を表示させる。そこには、教皇と大司教への発信履歴が大量に並んでいた。しかし、いずれも繋がりはしなかったらしく、通話マークは付いていない。


(私と同じだ…)

《…確かに…何かあったのでしょうか…》


 私もデンテやモスクルと連絡を取ろうとしていたが、一向に繋がらないのだ。メッセージにも応答がないのは、実はケイタイを見れていないのではなく、メッセージそのものが届いていない可能性とて考えられる。本当に故障なのだろうか?—と、嫌な予感に眉を寄せた。


「ああ、そこの3人が南下したのは知っている。それで?」

「はい…その3人の語るところによれば、王都アンラを目指して、街道を南下していたはずなのに、気が付けば、我々の目前へと出てきたそうです…つまり、いつの間にやら北上していたことになります」


 そこで一旦口を閉じるマギステルに、アイマスは腕組みして唸る。マギステルの後を継いだのは、アシュレイだった。


「方向感覚を狂わせる術ってのは〜、まあ、あると言えばあるよ〜。結界術に分類される呪術の一つなんだけど〜、どちらかと言えば〜、方向感覚と言うよりは〜、身体の感覚全般を鈍くする感じ〜」


 呪術の基本は、奪うことと状態の固定化だ。私も術師である以上、多少は学んだが、身体の感覚全般を鈍くする魔術は、呪術の中でも高位の範囲魔術に分類される。しかし、その呪術はかけられたことが手に取るように分かる。当たり前だ。急に五感が狂いだすばかりか、真っ直ぐに歩くことすら難しくなる。そんな状況に陥って、元異端審問官の3人が気付かないはずはない。アシュレイが難しい顔を見せているのは、自分で言っておきながら、その可能性はないと判断しているからだろう。


「へえ?そんな呪術もあるのか?…じゃあ、アシュレイはそれだと?」

「いんや〜、微塵も〜」


 アイマスの問いかけに、あっさりと首を振るアシュレイ。自分で言い出しておきながら、そうではないと否定する。私達は慣れたアシュレイ節だが、修道士の皆様は、少しばかりジト目を見せていた。


「人為的なものだとは思うけれど〜、人類に御せる術理には〜、こんなことを可能とする術はないね〜。もっとも、体系化された術以外のオリジナルな魔術を使っているならば〜、この限りではないけれども〜」

「へ?魔術って体系化されてるの?」


 よほど私の質問が間抜けだったのか、全員が何とも言えない視線を向けてくる。由香里やクシケンスまで苦笑いしていた。なんだよ、仕方ないじゃん。知らないんだから。


「マコト…あんなに魔術書を読んでいて、何故知らないんだ?」

「…いや、だって…体系に関することなんて、魔術書には書いてないし…」


 魔術書には、その執筆者が完成させたのか、あるいは他者の作かは知らないが、あらゆる魔法陣が描かれている。どれもこれもが、オリジナリティに溢れる魔術ばかりで、炎の属性魔術の中で最も基本となる、炎の弾を撃ち出す魔術一つをとっても、その解釈や方法は数えきれないほどだ。


「普通は〜、誰かしらに師事して覚えた魔術を継承してゆくから〜、例えばマコトなら〜、デンテの清流一門の流れを汲むことになるのかな〜。けど〜、マコトはオリジナルの魔術ばっかり使うから〜、そういう意識がなかったんだろ〜ね〜」

「そういうものか」


 納得顔で頷くアシュレイに、アイマスが頷きを返す。修道士の皆は、相も変わらず、変な子でも見るかのような目を向けてきていた。なんとなくきまり悪くなり、乱暴にアシュレイを急かす。アシュレイは笑いつつ、とんでもないことを口にした。


「いいから先に進めてよ」

「はいよ〜。で〜、結論から言うと〜、高位不死系魔物(アンデッド)か悪魔の仕業だと思う〜」


 アシュレイの言に、皆の表情が緊張の色を帯びる。当然だ。高位不死系魔物(アンデッド)か悪魔となれば、どちらに転んでも簡単な相手ではない。ヘルハウンドは数の暴力で凌いだものの、今し方あがった者達が立ちはだかるならば、犠牲なしで切り抜けられるか以前に、勝てるかどうかすら疑わしい。最悪、逃げることすらかなわないかもしれない。


(高位不死系魔物(アンデッド)…悪魔…そっか。どっちも呪術結界が使えるんだもんね?)

《ええ。高位不死系魔物(アンデッド)は知能を持つ者がおり、そういった輩は、人類にはなし得ないほどに禍々しい呪術を行使します。悪魔などは、さらに厄介ですよ。彼らは呪術を魔法レベルで行使します。人類に呪術や錬金術を齎したのが彼らなのですから》


 ラヴァの言に、思わず震え上がった。呪術は闇の性質を備えた術理であるため、闇属性に大きく傾く不死系魔物(アンデッド)や悪魔には、人類をはるかに超える呪術が行使可能なのだ。


「理由なんかは知らないけど〜、空間そのものが〜、ねじ曲げられていると思う〜。皆のケイタイが繋がらないのも〜、それが原因かもよ〜」

「…そ、そんな…」

「…まいったな…退くこともできず、連絡も取れない—か…」


 一気に空気が重苦しくなった。クシケンスが泣きそうな顔で俯き、アイマスも弱り切って頭をかく。私も何も言えなくなった。


「ほらほら、どうせ考えたって分かりっこないんだから、暗い顔するのはやめましょう」


 そんな中、手を叩いて皆の注意を引きつけたのは、由香里だ。呆気に取られる私達に笑いかけながら、由香里はなおも続けた。


「助かるわよ、きっと。だって、アーサーさんの仲間が合流予定なんでしょう?空間がねじ曲げられているなら、こっちに合流することもできないだろうし…そうしたら、流石におかしいと思って、アンラに連絡を入れてくれるはずよ」

「…うん。まあ、そうか、な」


 由香里の言に、考え込みながらもアイマスが頷く。色々と突っ込みどころはあるが、それを分かった上で、由香里はあんな言い方をしたのに違いない。私が視線を向ければ、由香里は眉を寄せたままで笑ってみせる。他の面々にしても、気付いてはいるようであるが、この場は由香里の言葉に乗っかることにしたようだ。


「そうと決まれば、本日はここで夜営にしましょうか」

「天気が良くないからね。雪が降るかもしれないよ。火番の交代は、いつもよりも数を増やしておこう。私達も手伝うよ」

「そうだね。アエテルヌムの皆には、世話になりっぱなしだ。ソティの持ってきてくれた良縁に感謝だね」


 マギステルや修道士達が明るい声を出す。虚勢だろうが、今は無理してでも明るく振る舞った方がいいだろう。私もそれに倣った。


「由香里、食料はあとどれくらい残ってる?」

「まだまだあるわよ?調味料も十分ね。今夜くらいは全員に振る舞っちゃう?」

『私が日々、アンラとマールィを往復して回収してきた糧ですよ…まあ、仕方ないのは分かっています。ベーコンのブロックで手を打ちましょう』


 ふんぞり返って告げてくるラヴァに、はいはい—と、苦笑を返す。その日は大量に煮込み料理を拵えて、皆に振る舞った。先のスープにしてもそうだが、日持ちする硬いパンや、干し肉などで腹を満たしていた修道士達から感謝されたのは、少しだけ気分が良かった。


「分かっていると思うけれど、私達は節約よ?」

「え!?そ、そ、そんな…あんなに…美味しそうな…料理が…」

「ふふふ。仕方ないので御座います」


 杯を手にして配給の列に加わろうとしたクシケンスだったが、由香里に掣肘されて肩を落とす。あまりにも可哀想だったため、ラヴァがベーコンの塊を一部分けていた。

 その日の晩は修道士の懸念が当たり、雪が降った。アシュレイの結界のおかげで寒さは感じなかったが、明日からの移動が一層困難になることを想像すると、実に憂鬱な心持ちになった。






 アンラ大平原をひたすら北上すること二十日目。あれ以降も、私達は前進を続けている。相変わらず魔物の数は多く、山岳部に生息するハーピィ、ゴーレムなど、どう考えても平原部の魔物ではないような敵までも襲いかかってきている。既に修道士達は慣れてしまったのか、魔物の群れを見た程度では動じなくなった。どんなに数がいようとも、アーサーさんの鉄壁の防御を崩すことはかなわない—ということが理解できたらしい。ヘルハウンドを丸呑みにしたのもそうだが、修道士達を完全に覆うほどのドームになったり、近付く魔物は誰よりも早く触手で絡め取ったり—と、本当に色々と助けられている。

 ところで、今日はいつもと様子が違っていた。歩き出してから既に数刻は経っているものの、魔物の襲撃は未だにない。MAP魔術には魔物の反応はある。けれども、こちらに寄って来ようとはしないのだ。


(遠巻きにこっちの様子を窺っているのがいるね?魔物なんだろうけれど…向かってこないのが気味悪いよ)

《いやいや、それが普通ですから。こんな大人数で移動していれば、魔物は恐れて手を出してはきませんよ》


 言われてハッとした。どうやら、私もここ最近の異常な状況に、すっかりと常識を狂わされていたらしい。ラヴァに礼を言いながら、MAPの映像の中で、離れてゆく赤い点を追った。


(…あれ?)


 赤い点が進んだ先、北西方向に湿地帯のような場所を見つけて首を傾げる。アンラ平原の北西に湿地帯があるなど聞いた事がない。そもそもアンラ平原は高地である。そんな場所にどうして湿地帯などできるものなのか?—と考え眉をひそめると、横を歩く由香里へ声をかけた。


「由香里、ここから北西方向に湿地帯なんてあったっけ?」


 問われた由香里は眉をひそめる。何を馬鹿な—と言わんばかりの顔をしていたが、私がMAP魔術を見ての発言であることを理解したのだろう。ふむ—としばし考えて、口を開いた。


「ここって…魔物牧場の東よね?沼地があるなんて聞いた事ないわよ。今年は雨もそんなには降らなかったし、ちょっとおかしいかも。ここから遠いの?」

「…うん。距離にすると25kmくらいかな」


 由香里はその言葉に驚愕の色を見せる。言ったことはなかったが、私のMAP魔術は今や半径30km程度はカバーできる。私の力というよりは、ラヴァが凄いのだが。改めて言葉にすると、とんでもないな—とは思う。由香里の反応も頷けよう。


「すっご…どうやってるの?」

「ほら、あたしのMAP魔術は、ラヴァとの共同制御だから。地上だと、ラヴァが上空から見た景色を投写しつつ、さらにソナーの要領で、魔力波をグルグルと回しているみたい」

「成る程…ずるいわね。私には無理だわ」


 由香里は納得して肩を落とすが、迷宮主としてのスキルの方も、なかなかどうして羨ましい。私も蔓人間を作り出して、遠隔攻撃をしてみたいものだ。


(隣の芝生は青く見える—というやつかね?)

《そうですね。けど、私も由香里のトリッキーな戦い方は、カッコいいと思います。何体もの分身を手ずから操作する—憧れますよ》


 憧れるらしい。肩の上へと戻ってきたラヴァは、新たに更新した上空からの映像を私に投写すると、目を細めて深く嘆息した。そんなにか。


《いやだって、考えてもみてください。迷宮主としての彼女のスキルは、蔓人間にとどまらず、閉所ならばある程度はカスタマイズ可能なのですよ?我々の屋敷の中で、彼女の部屋だけは、やたらと文明が進んでいるではありませんか?》

(確かにね〜。あれは反則だよね)


 由香里の部屋には、巨大な花がある。言うまでもなくアルラウネの花だ。けれど、そんなものは彼女の部屋において、大した問題にはならない。それ以上に目を奪われる物が、そこかしこにあるからだ。それは、かつて私達がいた世界を再現したとしか思えない家電の数々である。特に由香里本人が何かをした訳でもないのだが、ある日の朝、目を覚ましてみれば、部屋の隅に冷蔵庫があったそうだ。コンセントも挿さっていないのに、何故か動く不思議仕様である。ところが、この冷蔵庫は由香里の部屋でしか動かない。最初は嬉々として調理場に運んだものの、すぐに由香里の自室へ戻すことになった。デンテやモスクルを呼んで調べてもらったが、由香里の胸で輝く迷宮核が、この部屋を迷宮化しようとしているのでは?—という仮説を立てるに至っている。今では、電子レンジにエアコン、果てにはフカフカのベッドまで。由香里の部屋だけは世界が違う。もっとも、ベッドなんかは由香里には用がない。夜はアルラウネの花の上で寝るからだ。コンセントが必要な家電でもなく、拝借してもしばらく経てば再び現れるため、遠慮なく皆でもらった。中が藁じゃないベッドは、やはり快適だ。


「…何よその目は?ラヴァまで」

「…羨ましい」

『…妬ましい』


 2人と1羽でふざけあっていると、ふと違和感を覚えて周囲を見る。けれども、周囲には特段変わった様子はなく、今のは何だったのか?—と首を傾げた。


「どうかしたので御座いますか?」

「…ん、うん。何か違和感があったんだけど…何だろう?気のせいかな?」


 キョロキョロと辺りを見回す私を訝しんで、すぐ背後を歩いていたソティが声をかけてくる。肩越しに何でもないと告げて、視線を前へと戻した。もしかしたら、気が張り詰めていて疲れているのかもしれない。


「先の湿地帯で御座いますか?」


 なおも気を遣って声をかけてくるソティに、思わず苦笑する。普段はこんなに良い子なのに、どうして鉈を構えると、ああも人が変わるのだろうか。


(ただでさえ難しい状況だしね)


 私達は今、それと分かるほどの異常事態に巻き込まれているのだ。これ以上、変なことに意識を割かせるのも申し訳ない。何でもないよ—と応じようとして振り返ったが、そんな私をラヴァが突いてきた。


『いえ、真。気のせいではなさそうです。MAPを』


 言うや否や、首を捻り後方を見つめるラヴァ。すぐさまMAP魔術に意識を向ければ、MAPの南端から、見る見るうちに赤く染まってゆくではないか。は?—と訳が分からず、一瞬固まる。けれども、それが何であるかを理解すると、今度は汗が吹き出てきた。


「な、何だよそれ!?」

「真?どうしたの?」


 慌てふためく私に由香里が尋ねてくるも、何と説明してよいか分からない。私がまごついている間に、ラヴァが由香里に答えた。


『とてつもなく巨大な敵。あるいは、馬鹿みたいに強い敵のどちらかが、後方から接近中です』


 言い終えると、由香里の返事を待たず、ラヴァは列の後方へと向けて飛び立つ。そのすぐ後にはソティが走り出し、私と由香里も続いた。


「後方から襲撃!厳に警戒!」

「承知です!」


 大声を張り上げて危険を伝えれば、修道士達のそこかしこから例の一団が飛び出してくる。元異端審問官の皆様だ。聖火の近くにいたマギステルも、既に列の横へと飛び出しており、後方へと向けて爆走している。聖火横に見えるとんがり帽子はアシュレイのものだろう。彼女には曲芸じみた真似はできず、修道士達に囲まれた状況では、流石に身動きが取れないらしい。


『アイマス、後方から何かヤバいのが来るよ!』


 走りながら、アイマスへと念話を送る。前方を疎かにするのもどうかと思うが、後方の状況確認が優先だ。最悪、前方はアーサーさんがどうとでもしてくれる。


『承知だ。迎え撃つ!』


 ややあってアイマスから念話が届く。念話の魔道具を取り出していたのだろう。


「由香里!先行って!」

「ごめんね真!」


 足が早い由香里は先に行かせて、私は私で必死に走る。いい加減に自覚しているが、私はすこぶる足が遅い。ステータスだけ見れば、そこそこ俊敏の数値は高いと思う。それでも当たり前のように置いていかれるのは、それだけ素の能力が低いのだろう。さらに言えば、走り方だ。フォームだ。足をついた時の音が違う。由香里はタッタッ—と軽快な音が鳴るのに対して、私はバタバタ—と鈍重さを隠しきれない音が鳴る。


(くうう…こっちに来てもうすぐ4年になるというのに、こればっかりはどうにもならないよ。情けない)


 ただでさえ雪で走り難い中、ようやく列の半分を超えるところまでやってきた。MAP魔術の南側から迫り来る敵は、どうやらサイズが桁違いに大きいものであるらしい。私達全員を覆って余りあるほどの、巨大な赤い円が間近へと迫っていた。


「マコト!何処だ!?」


 けれど、その姿は何処にも見当たらず、ようやく後方へと辿り着いた私に、アイマスが肩越しに尋ねてくる。そんなの、こっちが聞きたいわ。


『上です!』


 ラヴァの言に全員が上空を見た。油断なく剣と盾を構えるアイマスの横では、クシケンスも腰の短剣を大地に突き立てて、詠唱を開始する。錬金陣の準備に入ったのだ。私も乱れた息を整えつつ、魔法陣を展開する。


「いつでも…いけ、ますっ!」

「こっちも!」


 準備万端を告げる私とクシケンスに、アイマスは首肯のみを返す。全員が満を持して、空を覆う厚い雲を見つめる中、ついに敵はその姿を現した。


「…おい、嘘だろ…」


 雲を切り裂いて現れたのは、真っ黒い巨大な影。否、空を飛ぶ大怪鳥であった。全身を黒い羽毛に覆われ、嘴は岩のような硬質さを湛え、目は爛々と黄味がかった輝きを放っている。


「そ、そんな…」

「これって、相当ピンチなんじゃない?」


 クシケンスのみならず、由香里も流石に尻込みする。私など、言うに及ばずだ。それに狙われたら、もはや助からない—というのは有名な話であり、そこから齎された“絶望”という意味を込めて、人はかの怪鳥をこう呼ぶ。


「…グリム…」

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