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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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アンラを襲う呪印 その四

今年に入ってから、実は出張続きで、日本全国津々浦々を飛び回っておりました。コロナ怖いです。

「うぬ?…寝ておったか…」


 机に突っ伏したままで寝ていたらしく、顔を持ち上げれば、頭を預けていた腕が途端に痺れ始めた。


「うおおおお…こ、これはきついのぅ〜」


 しばらくは腕の痺れにもがき、やがて痺れが抜けた後は、誰がかけたものか、背中を覆う毛布に足までくるまった。


「さささ、寒いのぅ〜。わしは馬鹿か!?よく今の今まで起きんかったものじゃ」


 いつの間にやら暖房の魔道具が停止していたらしく、部屋の中はすっかりと冷え込んでいた。立ち上がりたくはないが、魔道具を再起動させねば、いつまでもこの寒さに震えなくては成らない。そんなものはごめんだ。ううう〜—と唇を震わせながら、袖机の中からクルスの魔石を取り出すと、壁に据え付けた魔道具へと小走りした。


(魔力切れじゃろうな)


 魔道具の蓋を開いてみれば、中には無色透明な魔石が動力として組み込まれているも、やはり魔力は感じられない。魔力切れだ。


「さっさと補充してやらねば…ううう〜寒い〜」


 何故よりにもよって朝方に—と、魔道具の動力に向くファーレンの魔石を恨みがましく睨み付ける。ひいては、その向こう側に透けて見えるファーレン本人へも邪念を飛ばした。


「これでよし—っと」


 クルスの魔石は大出力であるため、魔石間の魔力補充の用に向く。ファーレンの魔石以外には、組み込んだ魔力回路の制御に、わしの魔石を使っているものの、そちらはまだまだ十分に魔力を残していた。


「ほれ、さっさと起動せえ」


 魔道具の蓋を閉め、起動陣に魔力を込めれば、暖房はたちまちのうちに暖かい風を送り始める。ようやく、人心地ついた。


「それにしても、今、何刻じゃ?」


 窓際に置かれた大きな砂時計に目をやれば、今は夜の12刻を過ぎた頃であるらしい。まもなく、早朝の鐘がなる。皆が起き出し、慌ただしく職場へと向かう時刻だ。もっとも、貴族街のど真ん中にある、ここ真・オサカ邸には、無縁の喧騒であるが。


(はぁ…数年前までは山の中に閉じこもっていたわしが、他大陸に来て貴族待遇かよ。人生、何があるか分からぬものよなぁ)


 鼻をすすり椅子の上で丸まると、再び足まで毛布で覆う。室内が暖かくなるのには、まだ時間がかかりそうだった。


(デンテは、目を覚ましたかのう…)


 昨日、アンラ神聖国は王都アンラへ呼び出されたわしは、死にかけのデンテを助けた—否、助けてもらった。アビスら超常の者達へと縋り付き、救いを求めたのだ。


(…やってしまったのぅ…)


 何のために、わしらはこんな辺鄙な場所で隠遁しているのか。それを思えば、己の愚かさに汗顔の至りへと達するが、デンテを救うにはそれしか方法がなかった。アビスらの優しさに付け込んだ報いとして、この恥は、終生取っておくことになりそうだ。もっとも、ホムンクスルであるこの身体に、終生などないが。


(何事もなければよいのう…)


 一通り赤面した後にやってくるのは、何処にいるかも知れない敵に、わしらの存在が知れるかもしれない—という恐怖だった。わしは元々、そう気の強い方ではない。むしろ、気弱な部類だ。オサカに強く当たれるのは、あやつはとても優しく、わしに対して絶対に暴力を振るったりしない—という確信があるからで、本当ならば人前に立つだけでも膝が震えるのだ。口の中が乾くのだ。


(大丈夫。大丈夫じゃ。モスクルは義理堅い男じゃ。彼が認めた者達なれば、約束は守ることじゃろう。ベロート達も、昨日の件は口外などせん)


 ぶるりと身体が震えたのは、果たして寒さのせいだったのだろうか。脚を抱き抱え、より一層毛布に深く包まると、身を固くした。


(真・オサカ邸。メットーラの技術の粋を結集した迎賓館。その代表者…か。このわしが。笑えるのぅ)


 魔石、ケイタイ、さらには、思わぬところでタイヤ。わしらの生み出した様々な道具類は、一気に世に広がり、驚くほどの財が転がり込んできている。それらを捌くのはアンラのモスクルだが、どうやって嗅ぎつけたのか、わしらの元へと直接やってくる者も少なくない。こういった手合いは相応の身分の者が多く、威嚇のためにアホみたいな豪邸を拵えた。そして、この屋敷における代表者はオサカだが、代理はわしだったりする。アビスが前面に立たないがために、何故かネームレスのサブリーダー的な扱いを受けておることから、なし崩し的にそうなった。弱音など、クルスと二人きりの時でもない限り吐けない。


(早く戻ってこい、愚か者。わしはもう…擦り切れそうじゃよ…)


 オサカに会いたい。もう恋云々などという淡い期待は完全に消え去り、そういったことは彼には求めていない。そもそも、1000年も一人で生きてきたのだ。半分は強がりだが、今更家庭を築きたいとも思わない。けれど、それでもやはり、彼のいた日常は恋しい。彼が馬鹿をやって、それを思うままに叱り付け、ファーレンが斜め上な方向に慰める。クルスも的外れなオサカの援護をし、それが新たな火種になったりもする。それをアビスが豪快に笑い、許してやれ—と締め括るのだ。その輪の中には、今やアムルタートにハルワタートもいる。二人の女神は、苦笑し、呆れているのだろう。


(わし、頑張っておるぞ?お主がおらんでも、立派にやっておるぞ?…だから、早く…)


 夢想に耽ると、いつも決まって最後には泣いてしまう。これはいかん—と、涙は乱暴に拭った。


「まだ朝までは時間がある。少しやるかのう」


 気持ちを切り替えると、机の上に広げられた大きな魔法陣が描かれた羊皮紙を手繰り寄せる。何度か視線を走らせて、完成には程遠い召喚陣の出来栄えに嘆息した。


(昨日は、結構よくできていると思ったものだがのう…ダメじゃな)


 オサカほどの怪物を万全の状態で召喚しようとすれば、その召喚陣も並大抵ではなくなる。陣は幾重にも重なり、複雑になるのだ。その結果、おおよそ神か悪魔にしか発動できないような—近場の神は匙を投げたが—、馬鹿げた陣が出来上がる。それではいけない。創意工夫をもってして、馬鹿げた陣を現実的なレベルへと、落とし込まねばならないのだ。


(オサカよ…良いよな?お主の身体は失っても)


 召喚という機構は、物質を呼び出すことが叶わない。呼び出せるのは魔力のみ。オサカを例にすれば、魔力の結晶たる魔石が分解された状態で現れるに違いない。呼び出したならば、即座に凝固させ、再び魔石化させる。ホムンクルスの肉体は向こうに放置されることだろうが、そんなもの、また作れば良いのだ。それまでは、亜空間に保管してある、彼本来の身体で過ごしてもらえばいい。魔石さえ召喚出来れば、不死系魔物(アンデッド)の彼は、どうとでもなるのだから。


—ゴォン—


 一の鐘が鳴るや否や、ドアがノックされる。誰何の声を上げれば、ドアの前にいるのは年若い侍女であるらしく、鈴を鳴らしたかのような声で、アビス達が来た—と、告げてきた。


「今行く。応接室に…いや、飯を食いに来たに違いない。食堂に通しておいてくれ」


 真・オサカ邸の本来の主人はアビスであるのだが、それを知る者は一握りの執事や侍女のみ。そういった者達が対応すれば、好き勝手に振る舞わせるが、年若い者が対応すれば、いちいちわしの指示を仰ぎに来る。それを煩わしいと思うのは、オサカ風に言い表せば、わしもまた小市民ということだろう。


(うわ…クマが酷いのぅ…)


 皆に姿を見せる前に、最低限の身嗜みは整えておこう—と姿見の前へと立ったのだが、姿見に映る己の顔は、それはそれは酷いものだった。連日の夜更かしが如実に現れたものに違いなく、これはいい加減にせねばな—と、自戒させるに十分な破壊力を秘めていた。早々に身嗜みのことは諦めた。


「クローディア、先に頂いているであるな」

「おはようございます」

「おはよー」


 食堂へと顔を出せば、アビスらは既にモリモリと朝食を食べている。積み上がっている皿の量は半端なものではなく、よくもまあ、朝からそんなに食べられるものだと感心さえする。もしや、三人前ではなく、五人前であったのでは?—と淡い期待を抱くも、どう見ても三人の前にしか皿はない。今日も、クルスとファーレンの姿はなかった。


「…まだ二人は帰ってきておらんのか」

「うむ。街道の拡幅工事など、冬であることを差し引いても、そうそう簡単に終わるものではないである。まだまだ帰ってはこれぬである」


 アビスの言に頷きつつ、三人の対面に腰を下ろす。クルスとファーレンの二人は、街道を広くするための工事へ、工夫達の護衛として駆り出された。スナイパーライフルで遠距離から一方的に魔物を駆逐できるクルスに、驚くべき駿足で危機に駆けつけられるファーレン。この二人の存在は、工事には不可欠だった。メットーラの急速な発展に従い、街道を本格的に整備する必要に迫られた町の施政者達は、広く人足を募り、広範囲に渡って工事を開始したのだ。だがしかし、メットーラ近郊の魔物は平野部でも馬鹿みたいに強く、メットーラの冒険者以外では、よほどの熟練者でもない限り臆してしまい、この護衛依頼を受けようとはしなかったそうだ。まあ、無理もない。大した旨味もなく、敵が強いだけの危険な依頼など、誰が受けようとするだろうか。同じ強敵と戦うならば、旨味のある迷宮に赴くのが普通だろう。そうなると、メットーラの冒険者だけで護衛しなくてはならなくなるのだが、メットーラの町に住う者達とて、冒険者を必要としているのだ。故に、多くの冒険者を護衛に回すことなどできはしない。単独で広範囲をカバーでき、かつ、人類種の限界を超えている二人に白羽の矢が立ったのは、当然のことだったりする。


「わしらは…役目があって難を逃れたが…」

「ぬはは!難か。まあ、そうであるな」

「この生活に慣れちゃうと、暖房もなく、風呂に浸かれない日々になんて、とてもじゃないけど戻れないわ」

「クルス様やファーレン様には申し訳ないですが、私も同感です」


 わしと違い、三人は未だに旧オサカ邸を塒にしている。旧オサカ邸とて機能面はアップグレードしてあるため、快適さでこちらに劣ることはない。わしもそうだが、すっかり贅沢になったものだと思う。余談だが、こちらと旧オサカ邸との差は、自炊の有無だ。アビスなぞは面倒がって買い食いで済ませるが、ハルワタートやアムルタートは料理の腕を磨いているらしい。


「それで、今日もアンラへ行くのであったな?」

「うむ。アンラは大事なビジネスパートナーじゃからの。すまぬが、アビス様達にも御足労願いたい」


 すっかりと満足したらしいアビスが凛々しい顔で首肯を返すも、デザートが運ばれてくると、再び表情はだらしなく緩む。食べることが大好きであるらしい。


「あの…クローディア様の目の下のクマが…その、酷いです。綺麗にしましょうか?」

「そうよ。人前に出る面じゃないわ。やってもらいなさいよ?」


 わしのことを心配してくれてはいるのだろうが、アムルタートに任せるのは不安が残る。というのも、昨日、全快したデンテの瞼を、何を考えてか、二人はヒョイと持ち上げたのだ。その時に漏らした声は—


「良かった」

「ギリギリセーフね」


 —であった。デンテの眼球は、不死系魔物(アンデッド)よろしく赤みがかっていたのだ。生命力を急速に補充し過ぎて、不死系魔物(アンデッド)化の一歩手前まで行ってしまったらしい。心配せずとも、今日には落ち着いているそうだ。


「嫌じゃ。アムルタート様の腕が信用ならんわ」

「ええっ!?そんな」


 キッパリと断れば、アムルタートは項垂れる。昨日あんなものを見せておいて、何故わしが身を任せると思えるのか。彼女もまたファーレン同様に、頭の中は見渡す限りの花畑なのかもしれない。


—ゴォン—


 2刻を告げる鐘の音に、わしらの顔は自然と引き締まる。こっちとアンラでは、多少時刻にズレがある。メットーラが2刻の時、アンラでは1刻を過ぎた頃になるのだ。オサカはこれを時差と呼んでいた。


「さて、では行くであるか」

「うむ、亜空間を開く」


 とは言ったものの、侍女達の控える食堂では、亜空間を開く訳にはゆかない。適当な空き部屋へと移動してから、亜空間をアンラへと繋げた。


「やあ、いらっしゃい」

「待ってたぞ」


 そこは昨日と同じく石造りの会議室。机の上に置かれた、座標を示す魔道具を頼りに亜空間を開いたのだ。その場には、ベロート、ブルーツ、モスクル、一瞬誰だか分からなかったが、デンテ、そして、昨日紹介された宰相のスポマガジニーがいた。


「お主ら、飯は済ませたのか?」

「もう済ませたよ。早起きっていいね〜」


 一同を順に見ながら尋ねれば、答えたのはベロートだった。他の面々も頷きを返したので、気にしなくても良さそうだ。


「さ、座ってよ。早速だけど、話し合おう」

「…なんでそんなに機嫌が良いのじゃ?命の危機じゃというのに…変な男じゃのぅ」


 ニコニコと笑みを絶やさないベロートを訝しく思い尋ねるも、ちょっとね—と、本人は明言を避ける。その他の面々は皆、ベロートにジト目を向けているところから、わしらには関係ないが、何かあるということなのだろう。


「クローディアよ。そして、アビス、ハルワタート、アムルタート…で良かったかな?話は聞いた。わしを助けてくれたそうだな。恩に着る」

「うはは。気にするなである」


 今や爺言葉に違和感しかないデンテが、慇懃に頭を下げる。髭は綺麗に剃り落としており、眉毛も短く揃えられていた。言葉遣いどころか、見た目にも違和感しかない。


「ん?おお…これかの。いや、な。目が覚めてからすぐに、娘と孫にやられての。何をするか—と慌てたが、鏡を見せられた時には仰天したわい」

「じゃろうな」


 苦笑するデンテに、わしも苦笑で返す。デンテのことはモスクルが担いで帰ったのだが、最初に仰天したのは、デンテの家族であったことだろう。


「ほっほ。妻の元に行くのは、まだ先になりそうだ。こうなったら、曽孫、玄孫の顔も見てやるわい」

「ふふ、その様子では、心配はなさそうじゃな?」

「ああ。俺も心配して、一の鐘が鳴る前に様子を見に行ったんだがな?こいつ、夜明け前から孫達と遊んでやがった。若返って、すっかりと体力まで戻ったらしい」


 憎まれ口を利きつつも、モスクルも嬉しそうではある。長い付き合いなのだろう。わしとアビスらは、顔を見合わせて破顔した。


「ところで、デンテの件に関してだけど、これを見てほしい」

「む?何であるか?」


 わしらの話が一区切りついたところで、ベロートが羊皮紙を突き出してきた。それをアビスが手に取ったため、わしも覗き込む。そこには、昨日アビス達が行った一切について、他言しない旨が、誓約陣と共に記されていた。


「昨日、皆で話し合ってね。君らが見せてくれた奇跡は、他者に軽々しく話してよい類の物ではないという結論に至った。故に、あの場にいた全員が、この誓約紋を手の甲に刻んである」


 ベロートの声に合わせて、一同が手の甲を見せてくる。そこには、羊皮紙に記された誓約陣と同じ紋様が浮かび上がっていた。これにわしらは困り果てる。その思いだけで十分であり、何があるか分からない誓約紋を背負わせるつもりなどないからだ。


「…そこまで求めていないである」


 言うや否や、アビスは羊皮紙の誓約陣をあっさりと解除した。術者としては目を見開くような光景だが、アビスの加護を知るわしとしては、この程度なら朝飯前なのだと理解できる。竜とは、羨ましい生き物だ。


「…いいのかい?」

「いいわよ。あ、貸しよ?貸し。いつか、ちゃんと返してもらうから。ね、アミー?」

「ふふふ。そうですね」


 ベロートの問いに、ハルワタートとアムルタートが応じた。相変わらずハルワタートは度を越して無礼だが、ベロートらはそれすらも笑って許してくれている。できた人物だと思う。


「それより…あんたさあ…どっかで見た顔なのよね〜。なんか…腹立ってきたわ」

「お姉様!?」


 ベロートの顔をまじまじと見つめながら、ついにはそんなことを言い出したハルワタート。本当に無礼だと思う。アムルタートも青い顔で慌てている。わしも、これは流石にアウトじゃろ—と思ったのだが、ベロート本人は毛ほども気にしていなかった。


「え?本当に?僕みたいなイケメンって、そうそういないと思うけど?ねえ、ママ?」

「うーん、そうねえ」

「おい止めろ、また話が脱線する。クローディア達も座ってくれ。本題に入ろう」


 まったく—と、ぼやきながら椅子を進めるモスクルの言に従い、アンラの面々と対面に腰を下ろす。スポマガジニーの苦笑から、モスクルの日頃の苦労が窺えた。


「早速だが、ここまでの流れを教えてもらえるかのう?」

「それは、わしから語ろう」


 わしの質問にはデンテが応じる。彼は誓約紋の消えた手の甲から視線を持ち上げると、ゆっくりと話し始めた。


「まず、この件は4年ほど前にアトリアへとわしが赴いたところから話が始まる」

「4年前じゃと!?」

「クローディア…貴様もせっかちであるな」


 出だしから口を挟んでしまった。アビスに制され、続けてくれ—と、デンテに促した。


「わしはここから北にある、アトリアという町を訪ねていた。魔術師ギルドの会合でな、数日はそこに宿泊しておったのだが…そこでふと、違和感を感じるようになっての。違和感の正体は掴めんものの、一度気が付くと、どうにも気になって仕方ない。これは流石におかしいと感じて領主館を訪ねたが、領主の体調が優れない—との話で、門前払いをくらったのよ。やむなく、わしは冒険者ギルドへと赴いた。そこに内密で依頼を出そうとしたのだ。だがな、ここの責任者もまた話の通じん男での。わしの発言をなかなか信じようとしない」


 デンテは深く深く嘆息する。当時の心労でも思い出したのかもしれない。魔術師の勘というものは、決して侮れたものではない。摂理の深淵に臨む魔術師の多くは、魔力が高い。この魔力という力は、身を覆う見えない衣のような存在だ。しかし、この衣が侮れないのである。かなり敏感で、ちょっとした異常でも鋭敏に感じ取るのだ。魔術師ならばデンテの話も理解できるが、術の心得のない者達には無縁の感覚だ。信を得られないのも、無理ないかもしれない。


「けどな、そこに知り合いの術師も乗り込んできたのよ。この町は何かおかしいぞ—とな。その術師は立場ある者だが、ちょくちょく仕事場を抜け出しては、冒険者として気ままに外を歩いておったりもする変わり種でな。たまたまアトリアで出会した。わしと、その者。二人の高位術師が言うならば—と、ギルドマスターもついに信じてくれたのよ。それに、その術師だがな。そやつが呪術で調べてくれると言うでな。ならば安心—と、わしは一旦身を引いた」

「…すまぬ。その術師、魔人族か?」


 わしの問いかけに、デンテは頷いて返す。わざわざ尋ねたのは、一般的な術者で比較した場合、魔人族と人間族の呪術の完成度には、雲泥の差があるからだ。デンテクラスともなれば、その差はあらゆる手立てで埋めることが可能だろうが、呪術ならば魔人族が間違いない。


「それでだ。すっかりと忘れていた昨今、その術師から便りがあった。曰く、アトリアに負の龍脈が集まっておる—というものであったな。目玉が飛び出るかと思ったわい。急ぎ、向こうの魔術師ギルドへ連絡を取った。何か変わったことはないか?冒険者ギルドと連携して、調査してはいないか?作物や、生まれてくる赤子に異常はないか?—あらゆることを聞いた。何日も何日もやり取りをして出た結論は…“アトリアに異常はない”という信じられないものであった」

「…負の龍脈が集っていて、何も起きないなどあり得ぬである。嬰児の突然死や、作物の不作。住人達の不死系魔物(アンデッド)化…何かしら影響が出るはずであるな」


 デンテの言にアビスが補足する。これは既にベロート達も理解しているらしく、頷きを返してきた。


「そう。だが、魔術師ギルドは何も起きていないと言いおる。何日も何日も待たせた挙句の結論がそれよ。もはや己らで動く他ないと考え、宮廷魔術師の手を借りるべく、王宮へ話を持って行ったのだ」


 一旦デンテが話を切ったため、頭の中の整理をつける。ここまでの話の中で、疑問に思ったことはない。何故、最初にアトリアの魔術師ギルドではなく、冒険者ギルドへ話を持って行ったのか?—と思わなくもないが、これは単純に省略したまでのことであろう。


「デンテの話を聞いた僕らは、皆で協力して呪術を行使したんだ。アトリアの様子を探るべくして、アトリアの住人の意識を一部借りようとした」

「なんと!?よくもまあ、そんな大それた呪術を使おうと思ったな!?呪具は!?」


 デンテの後を継いだのはベロートだったが、その言に耳驚いて問いかける。遠隔地に暮らす者達の意識を乗っ取るなど、並大抵のことではできない。となれば呪具があるはずだ。王家が持つ呪具など、どれほどの代物か想像もつかず、ついつい好奇心が抑えきれなかった。


「ははは。実はね、呪具はないんだ」

「はあっ!?なんじゃと!?それでどうやって…」


 しかし、呪具はない—などとベロートは宣う。そんな馬鹿な—と眉を寄せるも、思い当たる手立てはあった。


「…まさか、大規模呪術陣かの?」

「そういうこと。宮廷魔術師団全員で呪術陣に魔力を注いで、どうにか実現させたんだ」

「危ないことをしよるわ…」


 大規模呪術陣は、呪具を用いない代わりに、大人数で陣に魔力を込める。その魔力を頼りに、一人が呪術を発動させるのだ。問題は呪詛返しをくらった時で、複数人の魔力が全て、呪術を用いた一人に返る。そうなれば、当然オーバーフローし、呪術を用いた者は大ダメージを受けることは間違いない。


「呪具には、呪詛返しの変わり身となる役割もある。それを省いて強力な呪術を用いようなど…一歩間違えたら、人が死んでおったぞ?…し、死んでおらんよな?」

「死んでないよ。なんとかね」


 なんとか—ということは、呪詛返しをくらったことに他ならない。よくもまあ、死人が出なかったものだ。


「こっちも、形振りかまってられない事情があってさ。聖火祭って、知ってるかい?」

「年初めの祭…じゃよな?…ああ、なるほどのう」

「そういうこと。聖火を運搬する修道士団は、既に王都を立った後だったんだ。それもさ、秋に修道士団の護衛を務める騎士達が、大怪我する事故があってね。冒険者チームを護衛に据えての出発だ。こっちもギリギリで綱渡りしていたところに舞い込んだ報だったからさ」


 修道士団の護衛—これには聞き覚えがある。最初はデンテから知らされ、ロロナへと問い質せば、アーサーさんを借り受けたい—と、言われたのだ。もう貸し出した後じゃろうが—と、しぶしぶ承諾したのは、何日前の話だったか。


「本当にギリギリだったようだの。わしのところの従魔も一体、それに同行しておるわ」

「へえ!それは奇遇だ。僕ら、何かと縁があるね!」


 そう言って上機嫌に笑うベロートだが、その他の面々のジト目はどうしたことだろうか。突っ込もうかとも考えたが、それよりも早くベロートが先を続けた。


「最初にクローディアに連絡を取ったのは、その時じゃないかな?モスクルやデンテと会話したよね?」

「…うん?…ああ。あの時か。呪術について尋ねたい—とか言われたのう」


 そこで初めて知ったのだ。アトリアの町の住人が、全員呪術にかかっているということを。昨日聞いた話では、勇敢な術師の男が、弾かれてもめげずに何度も挑んだ結果、そういう結論に達したらしい。なんともスマートではないやり方じゃと思うが、嫌いではない。


「…あい分かった。それで、昨日の話につながる訳か。操られておった可能性の高いヘルハウンド。王都民に施されていた呪印。…はぁ、頭が痛くなる国じゃなあ」

「僕も施政者として、頭が痛いよ」


 わしのぼやきにベロートも肩を竦める。わしは整理がついたが、アビスらはどうだろうか—と視線を動かせば、アビスとハルワタートは大きな鼻提灯を作り、アムルタートは苦笑いしていた。こやつら。


「クローディア、一点確認したい」

「なんじゃ?」


 モスクルがわしに声をかけてきたため視線を戻せば、モスクルは一度頷いてから尋ねてきた。


「お前達ネームレスを、アトリアに向かった修道士団の護衛として借り受けたはずなんだが…聞いているか?」


 ん?—と首を傾げる。確かにロロナとは話した。アーサーさんが既に現地入りしていると聞いて、どういうことか—と問い合わせた。けれど、ネームレスに出張れ—などとは要請されていない。アーサーさんを借りるよ—と言われたのみだ。そもそも、クルスとファーレンの二人はそう簡単に動けない。わしには魔石やケイタイの製造、その他諸々があるし、アビスらには農園のことがある。ヒヨさんやエルは、メットーラ近郊の脅威を間引くのに忙しい。アーサーさんを除いて、誰も動ける者などおりはしない。


「…何の話じゃ?アーサーさんを貸してくれ—としか、わしは聞いておらんぞ?」


 わしの答えに、アンラ組の顔が途端に青くなった。


「え?え?ええっ!?う、嘘だよねクローディア!これでも僕は一国の王だよ!?嘘は重罪だよ!?しょっぴくよ!?」

「私は王妃よ!?嘘は重罪なのよ!?しょっぴくわよ!?」

「し、知らんわ。そんなものに忖度するつもりなどないわい。それに嘘など言うておらんぞ。わしは本当に聞いておらん。ロロナがそう言うたのか?」


 ベロートとブルーツの剣幕に狼狽えつつも尋ね返せば、皆の視線がモスクルへと集まる。わしもモスクルへと顔を向けた。


「…手が空いた者から…順次出す…と…」

「なら、手は空かなかった—とでも言うつもりじゃったな。全員忙しなく走り回っておるよ。残念じゃのうモスクル。お主、騙されたのよ」


 モスクルは、途端に腹を抑えると、いてて—と、声を上げ始める。きっと、精神的にまいった時にくる腹痛だ。可哀想に—と思いつつ、アムルタートに目配せする。


「あ、はい。あのくらいなら、何てことありません」

「おい!止めろ!俺は若返りたくないぞ!?」


 しかし、アムルタートの施術は拒絶された。泣きそうな顔でこちらを見るアムルタートに、ほら見ろ—と、少しだけ気分が良くなった。

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