表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
82/248

真、修道士を護衛する その三

 アイマスに遅れて、クシケンスとアーサーさんが現れた。アシュレイは、そのまま後方で、修道士と聖火を守るのだろう。高レベルな彼女にも手伝ってほしいところだが、彼女の呪術には結界がある。修道士達が動きを止めている現状、最も安全に彼女らを守れるのはアシュレイだ。贅沢は言えない。


「て…敵、は…」

「まだだから、まずは息を整えようか」


 ゼヒゼヒ—と荒い息を吐きながら、クシケンスが私達に並ぶ。私同様にデンテの扱きを受けたはずのクシケンスだが、デスクワークがメインになってからというもの、すっかりと体力は落ちてしまったようだ。これは、アンラに帰り着いたら報告せねばなるまい。デンテズブートキャンプの幕開けだ。


「…来ないな?逸れたか?」

「いや、まだ遠いから。そうそうすぐには見えないよ」


 焦れてきたアイマスに苦笑混じりに伝える。まあ、そうは言っても、もうすぐ見えてくるはずだ。MAP魔術では、まもなく接敵するところまで近付いてきているのだから。肩に乗るラヴァが目を細めているあたり、彼にはもう見えているのかもしれない。


『見えました。ちょっと、想像していたより大きいですよ。黒い犬型の魔獣が二体…痩せぎすで、黒いもやが口から漏れております。…あ、目が赤いですね。不死系魔物(アンデッド)でしょう』

「…もしかして、ヘルハウンドか?」


 ラヴァの語る特徴から心当たりを口にしたアイマスだったが、彼女の言を聞いた真っ当な修道士の皆さんは、浮き足立ち、騒めき始めた。


「はいは〜い、落ち着いてね〜。リラ〜ックス」


 後方からアシュレイの声が聞こえたかと思えば、修道士達の表情が不自然に弛緩する。一見すると、危ない薬でもキメたかのように見受けられるが、騒がれると厄介なのだろう。とりあえず、見なかったことにした。


「…強いの?」

「ああ。呪いが厄介だ。爪と牙は、間違ってもくらうな。不死系魔物(アンデッド)の呪いの多くは、死者に対するダメージを、そのまま転嫁するものだ。もらえば、なす術がなくなるぞ」

 

 言いながら鎧を外してゆくアイマス。兜どころか、上も下も、鎧は全て脱ぎ捨ててゆく。ついには、チェインメイルまで脱いだところで、訝しみ尋ねた。何故脱ぐのか—と。


「ん?ああ。相手が大物になるとな…鎧なんざ意味をなさないだろ?魔力鎧ならともかく、単なる鉄製だしな。しかも相手が呪い持ちとあっては、もはやこいつは重りにしかならない。それなら、いらんだろ。なにより、金属鎧は寒いしな」

「まあ!今更気が付いたので御座いますか?それに、また壊されでもしたら、家計が圧迫するので御座います。良い判断で御座いますよ、アイマス」


 ソティの毒が笑いを誘うが、前方からついに黒い山が二つ見えてくると、皆が緊張する。山はまだ背の一部が見えているに過ぎないが、想像していたよりもデカい気がする。


(あ〜、この感じ久しぶりだ。怖いね…逃げ出したい)

《同感ですよ。まったく、何故、貴女達はいつもいつも、退けない状況でハズレくじを引くんですか?》


 ラヴァと罵り合い、顔は自然と綻ぶのだが、それでも山の全容が見えてくるに従い、流石に歯の根が合わなくなる。初めて見える敵は、やはり怖い。それに、呪い持ちだそうだ。そんな相手と戦うのは、初めての経験だ。


不死系魔物(アンデッド)は魔石を砕かなきゃ死なない…んだよね?魔石の位置分かる?」

「…いや、流石にヘルハウンドの魔石の位置は知らないな。そもそも、実物を見るのは初めてだ。はは、私達はついてるぞ」


 私達はついているらしい。冗談じゃない。日の光をものともしない不死系魔物(アンデッド)ということは、かなりの高位種だろう。この世界に来てから間もなく4年になるが、見上げるほどの大物とやり合ったことなど、Cランク昇格試験の一度きりだ。あの時は通路を塞ぐほどのゴーレムだったが、通路が狭過ぎて立ち上がれないという、なんとも間抜けな敵だった。けれど、今回の相手は万全だ。耐性持ちならば、法術による特効も期待できそうにない。ガチな戦闘で乗り切る他ないだろう。


「誰か、魔石の位置を知っている者はいないか?」


 アイマスが問いかけるも、誰もが一様に首を振る。それはそうだ。あんなもの、そうそうに現れる相手ではない。私も落胆を隠せなかった。


“頭骨の奥にあります”


 やや重苦しい空気の中、私達の前に躍り出たのは、アーサーさんだ。いつもの調子で木板を取り出すと、その表面につらつらと、魔力で文字を書いてゆく。


“注意すべきは、爪と牙はもちろんのこと、下腹部から漏れる瘴気もです。後、見た目からは想像できないほど、口が大きく開き、伸びてきます。前衛の方だけではなく、後衛の方も要注意です”


 ポカンとしていたことだろう。私のみならず、皆がそうだったに違いない。


「え、ええと…アーサーさんは知っているのかな?」


 由香里が腰を屈めて尋ねれば、アーサーさんはプルリと震える。


“メットーラ領の南に広がる未開の大森林は、夜になると不死系魔物(アンデッド)も現れますから。大丈夫、勝てる相手ですよ”


 アーサーさんは平然と、そんなことを言って?退けた。勝てる勝てないはともかくとして、未開の大森林だそうだ。人類史の本で読んだことがある。大陸の南東に広がる大森林のことで、極めて高濃度の瘴気だまりが至る所に点在しているため、魔物があり得ないほど強いらしい。絶対に行きたくない非オススメスポットの一つとして、勝手に登録している場所だ。それでも、アーサーさんは行ったことがあるらしい。従魔であることを考えれば、彼の主人が連れていったのだろう。こんな賢くて愛らしいスライムを悪鬼羅刹の跋扈する危険地帯、それも夜に連れてゆくなど、彼の主人は狂っていると思う。


「ははは!勝てる相手か!そうだな!よし、やるか!」

「は、はいっ!…が、頑張り…ますっ!」


 アイマスが獰猛に笑えば、クシケンスが肩を跳ね上げて反応した。じゃあ、クシケンスには頑張ってもらうことにしよう。


「マ、マコトさんも…頑張って、ください、よ!?」

「…モチロンダトモ〜」


 さて、小山は次第に大きな山となり、肉眼ではっきりと全容が知れるくらいまで近付いてきている。既に彼らは走ってはおらず、こちらの様子を窺うかのように、ゆっくりと歩いていた。


「スケルトンと、ゾンビ、後はゴーストくらいかな?私の不死系魔物(アンデッド)経験」

「奇遇ね、私もよ。頑張りましょう、真」


 由香里と軽口を交わして不敵に笑う。中衛である私と由香里の盾となるかのように、アイマスやソティ、修道士—元異端審問官—の皆が並び立った。そこから少し外れたところに、アーサーさんが。


“一体は受け持ちます。なるべく急ぎますが、同じ闇属性同士です。消化に時間がかかるので、途中の手助けは期待しないでください”


 驚きの提案だが、今は素直に喜んでおくことにする。あんなのでも丸呑みにできるということだろうか。なるほど、モスクルがアーサーさんに勝てないと評するのも納得だ。きっと、アーサーさんは、人では到達し得ない高みにいる存在なのだろう。


「来たぞ!」


 言うや否や、アイマスは前へと飛び出した。そのすぐ隣には、巨大な戦斧を担いだ修道士が続く。ソティとマギステル、その他の修道士は、風となり音もなく消えた。


「ラヴァ!」

『任されました!』

「私も、続き、ます!」


 ラヴァとクシケンスのエンチャントが、アイマスら二人を強化すれば、二人の走りは一層力強いものへと変わる。エンチャントの苦手な私と由香里は、術者でありながらこの流れには乗れない。少しばかり心苦しい。

 さて、アイマスらが突っ込んでゆくヘルハウンドだが、真っ黒い体表を持つ、巨大な犬だった。ただし、痩せぎすで毛は殆どが抜け落ち、妙にテカテカした肌を露にしている他、下腹部の肉は完全になくなっており、黒い霧状の瘴気を撒き散らしていたりする。真っ赤な眼はアイマスをひたすらに睨み付け、鼻先にはこれでもかとばかりに皺が寄っていた。


『ゴワアアアアアア!!』


 アイマスめがけて凶悪な口が開かれた。その悍ましさに、一瞬思考が停止する。四足の犬型魔獣の見た目からは、想像もつかないほどに口が裂けて広がるのだ。顔から首、そして前脚の付け根である肩付近までが大きく上下に裂けたかと思えば、中には牙がびっしりと並んでいる。これにはアイマスも驚いたと見え、盾で受けずに跳んで躱した。


—ガキン—


 牙の打ち鳴らされる音に、背筋の凍る思いを抱く。絶対に正対するのはごめんだ。アイマスには悪いけれど、遠くからペチペチとやらせてもらおう。


「いい判断です!回避優先で!」

「おう!」


 戦斧を持つ修道士は、早くもヘルハウンドの側面へと回り込んでいる。即興ながら、連携は問題なく取れそうだ。


(ラヴァ、私達は足止めに専念するよ!クシケンス!)

《承知!》

 

 心の声が聞こえてしまうクシケンスには、思っただけで伝わる。私が詠唱を開始するや否や、彼女もそれに乗ってくれた。


「止まりなさい!」


 由香里は無数の蔓人間を生成し、そこから更に蔓を伸ばしてヘルハウンドの口を押さえつける。ヘルハウンドは頭を振って引き千切ろうとしているが、そうそう簡単には引き千切れそうにはない。あれならば、しばらくは持つだろう。


「ふっ!」

「はぁっ!」

「せい!」


 由香里の蔓がヘルハウンドの首までもを押さえつけると、ヘルハウンドの背には修道士の団体さんが乗っかる。これでもか—と、己の得物を首筋に突き立てているのは、首を切断しようとしているのだろう。グラグラと揺れるだろうに、足場の悪さを微塵も感じさせない安定感を見せていた。やっぱりあの人達は凄い。


「アース・バインド!」


 私も負けてはいられない。ヘルハウンドの足下から土を盛り上げて、ヘルハウンドの爪を封じる。私の変形させた土は、直ちにクシケンスが硬化させた。


(クシケンスは錬金陣…流石だね)


 私が土の変形に行使した陣は魔法陣。対して、クシケンスが硬化に用いた陣は錬金陣だ。魔法陣は錬金陣とは違い、魔法陣から術の発現場所をリアルタイムに変更できる強みがある。多少ズレたにしても、即座に修正可能なのだ。だからこそ、私は何も考えずに魔法陣を使用するのだが、クシケンスはここで錬金陣をセレクトした。


(その才能、少し分けてほしいね)


 錬金陣は効果こそ劇的に高いものの、消費する魔力が多く、さらには術の発現場所を指定できない。遠く離れた場所で錬金術を使おうとした場合、錬金陣そのものを遠隔制御で位置指定してやらねばならない。つまり、クシケンスは何の打ち合わせもなく、錬金陣が不発となるリスクや位置指定に失敗する可能性など物ともせず、当たり前のように遠隔制御で成功させたことになる。本当に、桁外れの天才だと思う。


「やるわね!」

「頼りにしてるよ!」


 どこから飛んできたか分からない声援に後押しされながら、アース・バインドの術式を書き換える。身動きの取れなくなったヘルハウンドの足元から更に土が伸び、ヘルハウンドの四肢を完全に固定する。抵抗が凄いが、私とクシケンスの二人がかりなら、なんとか維持できそうだ。


「クシケンス!余裕あるっ!?」

「ダメ、です!…抵抗が、強…すぎますっ!」


 私は抑えつけるだけで手一杯。それはクシケンスも変わらないらしい。口惜しいが、攻撃は皆に任せる他なさそうだ。


(そうだっ!もう一体は!?)


 己の仕事が一段落したことで思い出す。もう一体、アーサーさんが受け持つと言ってくれたヘルハウンドがいるのだ。チラリと視線を右に動かせば、黒く巨大な屑饅頭が鎮座していた。


(…何あれ?)

「あ、あの…おそらく、ヘルハウンドを、取り込んだ…アーサーさん、かとっ!」


 私の内心を読み取ったクシケンスの言が正しかったことは、直ちに証明された。私の視線に気が付いたのか、屑饅頭は頭上に木板を掲げると、ツラツラと文字を書く。


“抵抗が思ったより激しくて、動けないです。頑張って!”


 はぁ、そうですか—と唖然としていたのだが、アーサーさんの側部が大きく膨らんだ。中でヘルハウンドが暴れているらしい。まあ、本人も余裕そうだし、あちらは本当に任せていて問題なさそうだ。こっちは命懸けだというのに、力の抜ける光景だ。


「くそっ!堅いな!」

「アイマス!一旦離れて!拘束解けそうっ!」


 由香里の叫びに、即座にアイマスがヘルハウンドの鼻先から離脱すれば、そのすぐ後には蔓が弾け飛ぶ。ヘルハウンドの首が伸び、ガチン—と空を切った。危なくアイマスに穴が空くところだった。


『これを使ってください!』


 ラヴァの念話に視線を向ければ、驚くほど鋭利に研ぎ澄まされた石の槍が顕在化しているではないか。まるで注射器のような先端は、見ていると心細く、不安にしか思えないものの、私はラヴァの制御能力が、いかに優れているかを知っている。間違いなく必殺の一撃であり、撃ち込みさえすれば、眉間を貫くに違いない。


「首を落としますよっ!」


 ヘルハウンドの背に乗る修道士達が、ついに首に致命打を与える。不安定な背の上で、よくもまあ、あれほど自由に得物を振るえるものだ。その中にはソティもおり、心なしか表情が生き生きしている気がする。


『ゴワアアアアアア!!』


 両断とはいかないまでも、頭部を支えている筋肉は断ち切ったようだ。ヘルハウンドの頭部が、だらりと垂れ下がった。けれど、それでも動きは止まらない。ガチガチと歯を鳴らしながら、地上で活動する二人を狙い続けている。


「由香里!もう一度拘束できるかっ!?」

「任せてっ!」


 由香里の顔は結構青い。それでも、由香里はアイマスの求めに応じた。再び、大量に蔓人間が生成されると、そこから無数の蔓を伸ばしてヘルハウンドの口を抑えつける。あと一息だ。


『アイマス!これでっ!』

「おう!トドメはもらうぞ!」


 ラヴァの生成した槍を受け取り、アイマスが眉間めがけて飛び込む。暴れようともがくヘルハウンドの頭部は、戦斧を持った修道士がダメ押しとばかりに斧を叩きつけて押さえ込んだ。


「終わりだっ!」

『ゴワアアアアアア!!』

『なんとっ!?』


 ところが、石の槍がヘルハウンドの眉間に突き立てられようとしたその刹那、眉間から呪印が展開される。アイマスの突き立てた槍は、呪印に阻まれ紫電を撒き散らした。


(なっ!?なんだあれっ!?)


 呪印だ。今、アイマスの前に現れたものは、紛れもなく呪印。呪いのような魔法に近いものではなく、明らかな術理だ。あれは呪術によるものだ。人為的にヘルハウンドへ施されたものなのだ。


「うおおっ!ブーストパワー!」


 それでも、アイマスはお構いなしに力を込める。戦斧の修道士が鼻先を全力で抑えつけ、必死にアイマスを補助しているが、それでも足りない。呪印の中へと食い込んでこそいるが、もう蔓が保ちそうにない。一旦、立て直す他ないだろう。


「離れて!アイマスっ!」

「くそっ!?ダメかっ!」


 槍を手放して跳び退くアイマスの顔が、口惜しげに歪む。槍は未だに呪印に食い込んだままだが、あそこからでは、もうどうしようもないだろう。別の手を考える他ない。私も、クシケンスも、由香里も、修道士達もが、渋い顔を作る。


『いいえ、ダメではありません』


 ところが、アイマスの跳び退いた後には、ラヴァがヘルハウンドめがけて突っ込んでゆく。これには目を丸くした。


「ラヴァ!」

『真!借りますよ!』


 ごっそりと私の魔力が失われ、ヘルハウンドを拘束するだけの力がなくなれば、直ちに前脚が土の檻を脱して、ラヴァに降りかかる。


『ゴワアアアアアア!!』

『甘い』


 けれども、それを難なく回避したラヴァは、天高く飛翔した。


『真、拘束とは、こうやるのです』


 上空から届く、普段よりも少しだけ頼もしいラヴァの声に、グラグラと揺れる視界でヘルハウンドを捉える。すると、唐突にヘルハウンドの周囲に無数の石柱が現れたかと思えば、それらが互いに連結し、格子を作り上げてゆく。


「全員退避っ!」

「はっ!」


 ヘルハウンドの背に乗っていた修道士達がかき消え、たちまち私達の目の前に姿を見せた。それも驚くべきことなのだが、見慣れた光景であるため、あまり気を引かない。それよりも、目の前で起こっていることが信じられない。石柱を作り出したのは、私の魔法に他ならない。そしてそれを格子状に組み上げているのは、魔術によるものだろう。驚くべきことに、ラヴァは魔法と魔術を同時に行使していた。


(交互にやっている訳じゃない…同時に行使している…魔法と魔術じゃ…魔力の制御が真逆。…そんなの…あり得ないでしょ?)


 格子にすっかりと全身を拘束されたヘルハウンドが、必死にもがく。けれど、どんなにもがこうとも、格子の檻ごと身体を持ち上げられては、そうそう力も出せないのだろう。もがけばもがくだけ、空いたスペースに石柱が入り込み、更に動きが封じられるのみだ。


「マコト、魔石で御座います。魔力の補充を」

「…え?あ、うん…有難う、ソティ」


 差し出された魔石を握り、ため込んだ魔力を頂戴する。グラグラと揺れていた視界が、少しはマシになった。


『では、お眠りなさい』


 どうやらフィニッシュであるらしい。ヘルハウンドは首すら動かすことができなくなり、荒い息を吐くのみとなっている。ゴゴゴゴゴ—と大きな音を鳴らしながら、石柱の牢獄は角度を変えた。呪印と、それに食い込む槍が上空を向き、僅かな影しか見えないラヴァと直線で繋がる。


「あれは〜、また石柱〜?」


 いつの間にか、アシュレイもが近くに来ていた。やはり術者たるもの、今し方行われたデタラメな魔力行使には、目を奪われたのだろう。


「…そう、だね…石柱だ…」


 そして、アシュレイの言葉通り、はるか上空に作られたのは、これでもかというくらい、大きな石柱だった。石柱の影はどんどん大きくなり、私達のみならず、後方の修道士達も覆い隠す。一体、今度は何をするつもりなのか?—と、皆が喉を鳴らした。


『はっはっは。重さは力ですよ』


 ところが、既に勝ちを確信でもしているのか、ラヴァから齎されたのは、随分と間の抜けた声だった。それを訝しむよりも早く、影の濃淡が少しずつ動いているのに気が付く。どうやら、石柱が落下を始めたらしい。


「…おい、まさか…」


 アイマスの顔が青ざめる。ラヴァが何をするつもりか理解して、私も血の気が引いた。落とすつもりなのだ。押してダメなら、さらに押す。より強い力でだ。なんともラヴァらしくない、力技だった。


「退避退避〜!」

「離れろ!」


 大声で叫びながら、ヘルハウンドから距離を取る。石柱は既にラヴァの制御を離れ、本格的な自由落下を始めていた。






“いやあ、凄かったですね”


 修道士達は皆が無事だった。聖火もなんとかことなきを得た。もちろん、私達も皆が無事だった。朦々と立ち込める砂ぼこりに視界を塞がれながらも、肩で息をする。MAP魔術には、既にヘルハウンドの反応はない。勝ったのだ。


「ははは。怪我一つないとは、奇跡だな」

「本当にね…尊い犠牲は、ラヴァのみだよ」

『ずびばぜんべびだ。ぐびごじべばびべぐばばび』


 ラヴァの首をクイっと絞めているせいか、何を言っているのか分からない。呼吸の有無って、念話に影響するんだ—と、変な知識を得た瞬間である。


「まったく。もうあんな危険なことやめてよね」

『…善処します』


 善処じゃなくて約束しろよ、この野郎。そもそも、その前にあった間はなんだ。もう一度首を絞めてやろうか?—と睨み付けたが、今度は向こうも警戒している。きっと手を伸ばしたが最後、噛み付かれることだろう。


「まあまあ、助けられたことは事実なんだし、人的被害も何もなかったんだから、良しとしましょう?」

「ぐぐぐ…納得いかない…」


 皆で掴んだ勝利—になるはずが、ラヴァとアーサーさんの従魔二体に、全てを持っていかれた形だ。それでも、皆は特に気にしていないらしい。私一人がラヴァを睨み唸っていた。


「それにしても…派手にやったなぁ」

「ちゃんと修繕するのよ真?」

「…はい—って、私じゃねーし!」

 

 由香里の冗談に皆が笑い、私も一頻り笑った後は、石柱の残骸を土へと馴染ませる。やたらと硬い土になったが、もともと街道だ。まあ、問題ないだろう。


『…はぁ、はぁ…従魔使いの荒い…』

「もともとが…ふぅ、ラヴァの…せい、でしょ」


 ラヴァと私が汗水流して街道を修繕し終えた時には、既に日が暮れかけていた。修道士達は、ヘルハウンドの再襲撃を恐れて、移動を強く進言していたが、これはマギステルが却下した。夜の移動は危険であるし、動かなければ、アシュレイの結界があるからだ。その日は簡単に夕食を済ませ、街道を少し離れた場所で夜営をすることになった。


「まさか、ヘルハウンドとはなあ…はぁ、よくもまあ、全員五体満足で生き延びたもんだ」


 ヘルハウンドの鼻先で、ひたすら挑発を続けていたアイマスが身震いする。己の行動を思い返して、肝を冷やしているのだろう。


「アイマスが敵の注意を引き続けてくれていたおかげで、私達は攻撃に専念できたので御座います」

「ううん…そうは言うがな…結局、美味しいところは全部ラヴァに持っていかれたからなぁ…」


 アイマスの言に、私とラヴァは小さくなる。やはり、気にしていたらしい。いや、もしかすると、石柱の下敷きとなって、ダメになった鎧の恨み言かもしれない。


「仕方ないじゃ〜ん。光属性に対する耐性だけでも厄介なのに〜、その上、魔石をガードされてたんじゃ〜、ああするのが一番手っ取り早いし〜」

『そそそそうですよアイマス!それに、皆があそこまでヘルハウンドを追い詰めていたからこそ、最後の一撃が綺麗に決まったのです!皆の働きなくして、あの結末はあり得ませんでした!』


 ラヴァがアシュレイに乗っかり、必死にアイマスらを持ち上げる。言っていることはもっともなのだが、最後のインパクトが強すぎたせいで、まったく響かない。


「と、ともかく…危機は、切り抜け…ました!ヘルハウンド、だなんて…またしても、アエテルヌムの、名声が…高まり、ますよっ!」

「そうね。レベルも相当高かっただろうし、あれを倒したとなれば、きっとアイマスは金一封間違いなしよ?」


 ラヴァの援護なのか、クシケンスと由香里がアイマスをよいしょすれば、アイマスはついに破顔した。ちょろい。


「そ、そうかな…」

「そうだね〜。正直言って、私もビビってたしさ〜。素直に凄いよ〜」


 椅子代わりに盛り上げた石の上で、胡座をかくアシュレイが滔々と語り始めれば、皆が耳を傾ける。私も、珍しくアシュレイが(おのの)いていたというので、興味を引かれた。


「そもそも、ヘルハウンドの首が万全だったなら、ラヴァの石柱落としなんて決まらなかった訳でしょ〜?ヘルハウンドの首を落としたのは〜、ソティ達暗黒修道士の皆さんだけど〜、彼女達に一度もヘルハウンドの注意を向けさせなかったのは〜、由香里の拘束もあるだろうけれど〜、最前線で牙や爪の恐怖と戦い続けた〜、アイマスと斧の子のおかげだよ〜。ま、既に皆が言ったことをまとめただけだけど〜」


 言い終えたアシュレイが含みのない笑みをアイマスへと向ければ、アイマスはすっかりと舞い上がってしまったらしい。ガバリと勢いよく立ち上がり、アシュレイへと抱き付いた。


「アシュレイ!結婚してくれ!」

「うわ〜!キモ〜!男になって出直してこい〜!」


 アシュレイに袖にされたアイマスだが、それでも、アシュレイへ抱き付いたまま、頰を擦り付けている。アシュレイの迷惑はお構いなしだ。ラヴァと顔を見合わせて笑った。


「皆様、御歓談中、失礼します」

「うはぁっ!?」


 背後から突然聞こえた声に驚いて振り返れば、そこにはマギステルが佇んでいた。肩にはアーサーさんを乗せており、少しだけ疲れの見える微笑を浮かべている。


「ソティといい、マギステルさんといい、修道士ってのは、人の背後を取らないと気が済まないの!?」


 正確に表現するならば、修道士ではなく、元異端審問官の方々ということなのだろうが。う〜—と威嚇の如く唸れば、マギステルは少しだけ申し訳なさそうに眉を寄せる。


「すみません。悪い癖だと分かってはいるのですが、なかなか抜けなくて」


 どうやら身体に染み付いた習慣であり、簡単には抜けないらしい。ソティ曰く、血反吐を吐くような特訓をしてきたそうだ。そうなるのも無理ないことなのかもしれない。


「少し、真面目なお話がしたくて。ここ、よろしいですか?」

「はいよ」


 マギステルは何もない地面を指差して、ニコリと微笑みながら私を見る。皆と同様に椅子を作れ—ということだろう。特に困ることもないので、椅子を二つ作った。マギステルとアーサーさん用だ。


「先のヘルハウンド。皆様はどうお考えですか?」


 椅子に腰を下ろすや否や、マギステルは本題であろう話題を切り出す。私を含めて、皆の表情が引き締まった。マギステルの問いかけの意味するところが分からない者などいない。もともと、皆で車座になっていたのは、その件を話し合うためだったからだ。


「人為的なもので〜、間違いないと思うよ〜」

「やはり、皆様もそのように考えましたか…」


 代表してアシュレイが答えれば、マギステルはゆっくりと目を伏せる。アシュレイが人為的なものだと考えるのには、やはり呪術のことがあるだろう。ヘルハウンドの眉間に施された、弱点を保護する呪印。あれは間違いなく、人の手により施されたものに違いなく、呪術の使い手が噛んでいるとなれば、納得できることはさらに増える。ヘルハウンドという、本来アンラ大平原ではありえないような魔獣が出現したことだ。ここ、アンラ大平原では、夜になっても不死系魔物(アンデッド)はそうそう現れない。それほどまでに肥沃な土地であり、負の龍脈からは縁遠い場所だ。そもそも、あれほどの大型魔獣が育つ魔力がない。


「大型魔獣がたったの二頭とはいえ、群れるなんてあり得ないだろ?」


 アイマスの指摘に、マギステルは深く頷く。そう、それもある。あれほどの大型魔獣が群れるなど、本来ならばあり得ない。より上位種の、指揮官的な魔物がいたならばともかくとして、今回はヘルハウンド二頭での特攻だった。それがあり得ないのだ。あれほどの大型になれば、群れて過ごすなど、互いの餌場を潰すだけである。故に、大型魔獣が群れることはないと言い切ってよいほどだ。例外は、先にも述べたが、より上位種の統率能力を持つ魔物がいた場合のみだ。


「ならば、相手の目的はなんだと思いますか?聖火祭の中止ですか?どうして、何の罪もない修道士に、あのような凶暴な魔物をけしかけたと考えますか?」


 何の罪もない—というところで引っかかったが、マギステルやソティの出自は一先ず置いておく。


(聖火祭の中止ねえ…そんなことしても、大して意味があるとも思えないんだよね)

《そうですね。仮定でしか話せませんが、直接的な動機にはなり得ないでしょう》


 珍しく—もないが、ラヴァも真面目な顔で話し合いに臨んでいる。ラヴァの言にゆっくり頷いた。


「実はさ〜、アトリアには〜、今現在〜、ちょっとやそっとじゃ覆らないほどの〜、負の龍脈が集まってるんだよね〜」

「…え?」


 いつもと変わらぬテンションで、とんでもないことを言って退けるアシュレイ。これは流石のマギステルも予想していなかったのか、目を見開いて固まった。


森精族(エルフ)の瞳って、見開かれるとあんな風になるんだね。まじまじと見たことなかったから、ちょっと新鮮)

《確かに。分かり切っていたことですけれど、眼球全体が黒い訳じゃないんですね。はは、面白い顔です》


 ポーカーフェイスでラヴァと念話する我々だが、正面のクシケンスは必死に笑いを堪えていたりする。頑張れクシケンス。吹き出したら、首チョンもあり得るぞ。


「そ、そそ、それはどこからの情報ですか!?」

「え?あ〜…自分で調べた結果〜?…星占術でお星様に聞いた結果〜?」


 何故疑問形なのかは知らないが、アシュレイの言にマギステルは考え込み始めた。これは、王都に戻るという選択肢もあるのではなかろうか。


「…実はですね。ヘルハウンドの件を、大司教に報告したのです。何者かの悪意があるかもしれない。引き返すべきでは?—と」

「すみません、マギステル司教」


 マギステルの発言の途中だったが、ソティが手を上げてマギステルを制する。何事か?—と、皆が視線を向けた。


「聖火祭は、その全てが猊下の取り纏めであると伺っているので御座います。何故、猊下ではなく大司教様に?」

「ああ…それについては、猊下と連絡が取れないのです。猊下もケイタイをお持ちではありますが、何度連絡しても、猊下はおろか、ブルーツ様にも繋がらないのです。故に、大司教にお伺いをたてました」


 マギステルは流石に司教なだけあり、教皇に直接伺いを立てられる立場であるらしい。チラリとソティを盗み見れば、得心いった様子を見せている。女神教の内部事情など知りはしないが、教皇が取り纏める催事であるだけに、大司教に伺いを立てるというのは、それだけ不自然なことなのだろう。


「大司教様はなんと仰ったので御座いますか?」

「はい。猊下の判断を仰ぐ故、指示ない限りは、このまま北上するように—と」


 言い終えたマギステルは、どうよ?—と尋ねるかのように、私達を順に見つめてくる。なんと返したものか迷い、ラヴァと顔を見合わせた。


(このまま北上しろってさ)

《自分は命の危機などありませんからね。現場を知らない管理職など、そんなものですよ》


 結構な毒を吐いたラヴァであるが、ここばかりは同感だ。聖火祭は多くの人々が楽しみにする祭だ。それを己の責任で中止にしたくない—という心情は分からないでもない。私だったら、きっとパニックになっていることだろう。しかし、言い方がよろしくない。もう少し、現場の人間を労ったらどうなのだろうか。ヘルハウンドなどという、凶悪極まりない魔物に襲われたのだ。今回は、速攻が功を奏してことなきを得たが、次回も上手くゆくとは限らない。もっとも、次回なんてごめんだが。


「アーサーさん、あのお話をお願いできますか?」


 次にマギステルは、己の隣に座るアーサーさんに話を振る。バトンを渡されたアーサーさんは、いつも通り木板を掲げると、サラサラと魔力で文字を書いた。


“先のヘルハウンドだけどね、レベルに換算すると、200くらいはあったはずだよ。一般的なヘルハウンドのレベルは80前後だったはず。大幅に強化されていたと思う”


 レベル200もあったらしい。知りたくない情報だった。もう、次に出てきても、怖くて戦える気がしない。ラヴァも目を見開いて、青くなってるし。


「そ、そんな…凄い、魔物と…戦って、いたん…ですか…」

「いくら蔓での拘束とはいえ、私がああも簡単に力負けするなんて、おかしいと思っていたのよ…合点がいったわ」


 クシケンスも青くなり、由香里は嘆息しつつ頭を振る。力負けしたのを気にしていたらしい。ゴリラの矜恃というやつか。


「んじゃ〜、次はより一層アイマスに期待するしかないな〜」

「おおいっ!?ちょっと待ってくれ!今の話聞いてたろっ!?レベル200だぞっ!?」

「大丈夫で御座いますよ?先もいけたので御座います。次もいけるので御座います」


 そして始まるアイマス弄り。こんな時でもアエテルヌムのノリは変わらないらしい。皆の笑い声を聞いていると、妙に安心した。


(はぁ…せめて、おじいちゃんに繋がれば、何かしら解決するかもしれないのに…)

《何してるんでしょうね、デンテ…》


 ポケットからケイタイを取り出すも、未だに着信の文字はない。ヘルハウンドと戦ってからこっち、流石に訝しく思い、何度もデンテに発信しているのだが、繋がりもせず、未だに着信もこない。


「では、マコトも付けますので、二人で前衛を頑張ってほしいので御座います」

「おい馬鹿やめろ!」

「あははは〜」


 その夜は、誰もが眠れなかったらしく、朝になっても活気はなかった。私もまた、考え込んでしまい眠れていない。皆が皆、浮かない顔で、アトリア目指して北上を再開した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ