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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第1章 真、異世界デビュー
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真、クラスチェンジする

一話一万文字を目処にして書いているのですが、一万文字って多いですよね。

何度チェックしても、間違いが見つかります。

『ようやく、町へと辿り着いた…怖かった…』


 そう言って力なく笑うあたしの顔には、歳不相応に疲れが見て取れた事だろう。

 長旅で疲れが出た訳ではない。恐怖のあまり、緊張が続いていたのだ。


『何がそんなに怖かったんだ?最後の方はマコトも嬉々として魔物を狩っていたじゃないか?』

『嬉々となんざしとらんわ!あたしが怖がっていたのはあんた達だよ!』


 あたしの言葉にソティがまぁ—とか言っているが無視である。アシュレイはゲラゲラと笑い、アイマスは片眉を持ち上げてあたしを見ている。

 疎林を回避する事にして、迂回したあたし達は、コボルトに襲われる事になった。それを皮切りに、数多くの魔物達がアエテルヌムに襲い掛かる事になるのだ。

 アシュレイの見立てでは、大型の魔獣に疎林を追い立てられた魔物達ではないかとの事であったが、そんな事はどうでも良い。問題なのは、戦闘のインターバルが短くなるに伴って、アイマスとソティが常時戦闘状態になってしまう事であった。

 アイマスは常に鬼神の如き形相となり、ソティは仄暗い笑みを浮かべている。こうなると、あたしの心の拠り所はアシュレイのみとなってしまうのだ。

 あたしはなるべく早く戦闘を終わらせようと、必死に矢を射る。けれども、それとて考え方を変えれば、二人の獲物を横取りしていると取られても不思議ではない。実際に、何度か二人からは凄い目を向けられている。

 魔物の波状攻撃は疎林から十分に離れるまで続いたのだが、アイマスとソティの様子が平常のものへと戻ったのは、つい昨日の事であった。


『まあマコトも随分と強くなったし良しとしよ〜。弓も魔術の腕も上がったね〜』


 アシュレイの言葉は事実であった。四六時中弓を引いていたせいか、弓の腕はかなり上達している。それだけではなく、魔術の方も大分向上した。

 アシュレイ曰く、おそらくはあたしのレベルが上がっており、それに伴い魔力量も増え、制御に余裕ができているのであろう—との事である。

 だが、それは一旦置いておく。今はアイマス達に物申さねばならない。


『良かねぇよ!二度とあんな怖い思いはごめんだよ!』

『そうは言うがな、マコト。本当にマコトだって叫んでいたんだぞ?…早く死ねっ!—とか、あっはっはっは!—とか。結構怖かったぞ?』


 アイマスの言葉にソティが首肯する。

 え?嘘?—と、あたしは目を見開いてアシュレイを見た。だが、アシュレイはあたしから目を逸らす。どうやら、アイマスの言は事実であるらしい。


『…魔素だよ。…魔素のせいだよ…あたし、そんなキャラじゃないし』


 何かの間違いだ—と、整理する事にした。現実逃避である。


「次、そこの四人組!」

「ああ、すまないな」


 衛兵の呼び掛けにアイマスが応じて歩き出せば、ソティ、アシュレイと続いた。あたしも三人が歩き出した事に気が付いて、慌てて後を追い掛ける。


「冒険者か?この町には依頼でか?」

「いや、祖国に帰る途中だ。足を見つけたくてな」

「成る程。入門税は一人100Yだが手持ちはあるか?」

「ああ、問題ない。四人分だ。確かめてくれ」

「…確かに。通って良いぞ」


 何となくアイマスと衛兵の会話を理解する事が出来た。話せと言われてもまだ無理だし、理解できない単語は前後の文脈からの推測になるが。

 この世界に来てから20日経ったかどうかである事を思えば、素晴らしい学習速度ではなかろうか。


(中学校では3年間習っても英語なんて全く理解できなかったのに…何なの?)


 首を傾げながら衛兵の前を通過した。そんなあたしを訝しむ衛兵であったが、子供だと思われたのだろう。特に咎められる事もなかった。

 僅かに考えて、耳を使っている事が大きいのかも知れない—と、思い至る。

 常に生きた言葉を聞く環境にあっては、耳は次第にそれに慣れてゆくのだ。聞き取れるようになれば、理解は時間の問題であろう。

 弓に魔術に語学まで教えてくれるアイマス達には、本当に感謝である。


『この町はテレスという名の町だ。先の町の名は…カネットというんだが、あそこと比べると随分と開放的な町だ。城壁もないしな』


 アイマスが言うように、町には城壁はなかった。ただし、馬鹿みたいに大きな堀—というか、巨大な川の中ほどにある、突き出た島のような場所に町があるのだ。天然の堀である。

 川の流れは一見するとゆっくりに見えて、泳げそうではあるが、きっと早いのであろう。飛び込むのは遠慮したいところだ。

 橋を渡りきり町中に入ると、それまでの静寂が嘘のように賑やかになる。触れ役が歩き回り、訛りの強い言葉で何かを騒いでいる。売り子がレモンに見える果実を掲げては、頻りに甘さを訴えていた。

 防具類を風呂敷の上に広げた露天商も、負けじと声を張り上げているが、防具は声を張り上げても仕方なかろうと思う。


『カネットよりもテレスの方が賑やかだね』

『まあ、町としての規模もこちらの方が大きいしな。魔術師ギルドは相変わらず掘建小屋だが』

『魔術師ギルドは置いておけよ〜』


 アイマスが笑いながらアシュレイを揶揄い、アシュレイがむくれる。あたし達は笑いながら、先ずは冒険者ギルドへと向かった。

 相変わらずあたしは周囲をキョロキョロ見ながら歩いているが、カネットは石造と木造が入り乱れていたのに対して、こちらは木造の建屋しか見当たらない。石を切り出して使っているのは建屋の土台くらいのもので、木造建築がメインであるようだ。たまに見る石造りの建屋は、食料の保存場所になっているらしい。

 ところで、木造といってもログハウスのような建物が並んでいる訳ではない。壁はモルタルのようなもので覆われて、しっかりと色も付いている。建屋の壁はクリーム色、屋根は茶色といった具合だ。様相は集合住宅といった具合で、やはり防犯面が心配になる。


『この町は川の中にあるだけあって、川魚がよく食べられている。ムニエルはなかなかに美味いぞ』

『この規模の人達が毎日食べたら、簡単に川魚が絶滅しそうじゃない?』


 アイマスは笑いながらあたしの質問に答えた。ソティもかつて同じ質問をアイマスにしていたらしい。


『養殖してるんだよ。上流の方でな。ちなみに、この町は衛生観念が随分と進んでいる。最初は排泄塔と呼ばれる—いわゆる共同トイレが町を出たところにあったんだよ。川を汚さないためだな』


 アイマスは今あたし達が渡ってきた橋の先、衛兵達が立つ更に先を指差した。

 そちらに視線を向ければ、確かに用途不明の古い建屋があった。

 アイマスは町の事情に随分と精通しているが、歴史好きなのだろうか。

 ふと湧いた疑問は置いておくとして、アイマスは更に続けた。


『だが、な。ある魔物が衛生事情を一気に解決した。何か分かるか?』


 アイマスは意地の悪い笑みを浮かべてあたしを見る。あたしは答えに窮してソティとアシュレイを見るが、二人はアイマスに付き合ってやれ—とばかりに、苦笑するのみである。

 あたしは諦めてアイマスに首を振って見せると、アイマスは喜色を浮かべた後に言った。


『スライムだ。あいつら何でも食べるんだよ。排泄物から石鹸に至るまで、何でもだ。スライムを通過した後に出てくるのは、それはそれは綺麗な水だけだ。そんな訳で町の地下は汚水処理施設になっていて—スライムをこれでもかとふんだんに使っているんだ』

『えっ!?それ大丈夫なの!?』


 あたしの懸念はもっともであろう。スライムだって魔物なのだ。“ぼく悪いスライムじゃないよ!”なんて事は、そうそうない。


『ふふふ、それがな—大丈夫なんだ。スライムもここに居れば食べ物がひっきりなしに流れてくると理解しているようでな。逃げようとしない。今ではスライム専門の魔物調教師(テイマー)なんてのもいるくらいだぞ?ちなみに、この町がトイレ事情のモデルケースとなり、各国はこぞってこの町の真似をして、長年人々を悩ませた衛生問題をクリアしたんだ』

『へぇ〜、アイマスは物知りなんだね』


 アイマスは満面の笑みを浮かべて、好きなんだ、町の歴史を聞くのが—と言った。一風変わった趣味であるが、鬼の形相で魔物を屠り続けるよりはマシであろうか—と、あたしは考えて頷くに留めた。

 あたしはアイマスの話を聞きながら歩いていたが、それ故に町の中を見て歩くチャンスを逃した。話そのものは面白かったが、何だか損した気分になり、急いで周囲を見回すと、手近な屋号を指差して尋ねる。


『あれは何屋さん?』

『ん?あれは娼館だ』


 表通りにそんな店を出すなよ—と、あたしは真っ赤になって俯いた。

 さて、私達は冒険者ギルドへと辿り着く。冒険者ギルドの扉を開けると、カランと鐘の音があたし達の来訪を告げた。

 再び屈強な男達に睨まれるかと身構えたが、冒険者ギルドの中は閑散としている。あたしは首を傾げるが、ソティが理由を教えてくれた。


『皆、カネットへ行ってしまわれたので御座いましょう。ほら、迷宮で御座います』

『ああ、成る程』


 あたしは納得すると、改めてギルドの中を見る。ギルド内には何人かの女性冒険者がいるのみで、男達は一人もいない。男性が冒険を好むのは、どこの世界もそう変わらないらしい。


(命をチップになんて、割りが合わないと思うのだけれどな)


『ふふふ、マコトも何れは嫌でも迷宮へ赴く事になるぞ?』


 あたしの思いは漏れていたようで、アイマスがあたしの肩を叩きながら言った。どういう意味かと聞こうとしたが、アイマスはそのまま床を鳴らして、カウンターへと歩いて行ってしまった。

 今の質問は次の機会にしよう—と、飲み込んだ。


「Dランクパーティのアエテルヌムだ。メンバーのカード更新と、アンラ神聖国へ行けるような依頼があれば受注したい」

「カード更新はすぐに出来る。依頼は…ちょっと待ってくれ。探してみるよ」


 窓口で待機していた職員が、カウンターの上に水晶玉を置くと、依頼を探しに行ったのだろう。奥の棚をゴソゴソと漁っている。

 アイマスが腰袋からカードを取り出して水晶玉の下に置き、水晶玉へ手をかざすと、水晶玉の内部が淡く光る。やがて水晶玉の光が消えてから、アイマスはカードを確認した。


『お?レベルが一上がったな』

『アイマス、見せて見せて!』


 あたしはパタパタとアイマスに歩み寄ると、アイマスのカードを覗き込んだ。


名前:アイマス

種族:人間族

性別:女性

年齢:17歳

職業:戦士ファイター

レベル:31

HP:150

MP:27

筋力:38

器用:24

体力:32

俊敏:20

魔力:3

知力:12

信仰:21

精神:24

運命:18


冒険者ランク:D

所属パーティ:アエテルヌム


『強っ!?』

『何を言うか。私なんてまだまだだ』


 アイマスは謙遜ではなく本当にそう思っているようで、あたしの発言に怪訝な顔を見せた。だが、すぐにあたしがこの世界の人間ではない事を思い出したのか、苦笑いしてあたしを撫でる。


『いやいや〜、実際Dランクでレベル30超えてたら相当だよ〜?相対的には上位だよ〜?』


 あたし同様に横から覗き込んでいたアシュレイが、顔を上げて言う。

 上位者からの言葉は嬉しいのか、僅かに頰を赤らめたアイマス。それでも欲しいのは相対評価ではなく絶対評価であるらしく、最後には苦り切った顔でアシュレイに頷いてみせた。

 続いてソティが水晶玉へと手をかざす。あたしは早くもソティの側でハタハタと急かし始めた。我ながらお子様である。

 ソティが苦笑いしながらあたしの頭を撫でる。これには、おや?—と思ったが、気にしない事にした。


名前:ソングロント

種族:人間族

性別:女性

年齢:15歳

職業:異端審問官インクイジター

レベル:34

HP:102

MP:97

筋力:22

器用:34

体力:19

俊敏:41

魔力:18

知力:16

信仰:61

精神:22

運命:23


冒険者ランク:E

所属パーティ:アエテルヌム


『お?ソティ、15歳になってるじゃないか』

『あら、本当で御座いますね。冒険者ランクもGからEになっているで御座います』


 どうやらソティは成人していたらしい。というか、ソティも強かった。レベルだけならアイマスよりも上である。何というか、尖ったステータスである。そのうち職業欄が暗殺者アサシンになりそうな勢いだ。


『強い…でも、ソングロント?』

『ソティは愛称で、ソングロントが名前なので御座います』


 あたしは成る程—と首肯してアシュレイを見る。次はアシュレイの番だろう。レベル100が更に上がるのだろうか。あたしは期待の眼差しを向けた。

 ところが、アシュレイは一向に動かない。眼鏡の位置を調整しながらソティのカードを眺めるのみである。やがてアイマスがあたしの肩を叩いて言う。


『マコトの番だぞ?』

『え?いや、アシュレイは?』


 アイマス達三人は、その言葉の意図するところが分からなかったらしく、首を傾げた。あたしは更に言う。


『アシュレイのギルドカード更新は?レベル上がっているかもしれないじゃんか?』


 三人はようやく得心いったとばかりに声を上げた。三人を代表してアイマスが答える。


『アシュレイは、既に人類種の限界まで到達してしまったからな。これ以上レベルは上がらないんだ』

『は?』


 素っ頓狂な声を出すあたしへ三人は説明する。三人の話によれば、人間族や魔人族、その他を問わず、人類種はレベル100を超える事はないらしい。これには驚いた。


(レベルキャップかよ!?)


 あたしのやっていたオンラインゲームのレベルキャップは120であった。ここは何かのオンラインゲームの世界なのだろうか?—と、荒唐無稽な考えまでが頭を過る。


『な、何で?魔物は?魔物はどうなの?』

『魔物は…もしかしたら限界はないのかもしれないな。迷宮はもとより、地上でもレベル164のヴァンパイアが確認された事がある。通常のヴァンパイアのレベルは70〜80だ。その時は国一つが滅びたらしい』


 あたしの問いにアイマスが答えた。どんな無理ゲーだ?—と、顳顬を揉む。


『ヴァンパイア・ロードに進化せずにレベルが上がり続けた希少な例だよ〜』

『そこじゃないでしょ!?どうやって倒したの!?』

『全国から猛者が集まり、数多くの犠牲者を出しながら何とか—と、習ったので御座います』


 あたしは考える。この世界はゲームなどではない—はずだ。ならば、レベルキャップにも理由がある。何か必ず理由があるはずなのだ。だが、どんなに必死に考えても、答えは出なかった。

 そんなあたしの肩をアイマスが叩く。


『考えるのは良い事だ。もしかしたら、マコトならレベル100の壁を超える方法を見つけるかもな。だが、まずはそこまで辿り着いてからだな』


 アイマスに頷いて返すと、一旦考えを保留する事にした。

 カードを水晶玉の下へと置き、水晶玉に触れる。以前は分からなかったが、チクリチクリとした違和感が掌から全身に広がってゆくのが感じ取れた。

 水晶玉はどうやら魔素をあたしの体内へと放ち、あたしの魔力からあたしの情報を読み取っているらしい。違和感が頭を通過すると、流石に具合の悪さに顔を顰めた。

 後からアシュレイに聞いた話では、この現象は術者あるあるの一つらしい。“術者が水晶玉に手を置くと、必ず渋い顔になる法則”だそうだ。くだらな過ぎて、思わず吹いた。


名前:マコト

種族:人間族

性別:女性

年齢:15歳

職業:妖術師ソーサラー

レベル:13

HP:34

MP:32

筋力:7

器用:11

体力:8

俊敏:9

魔力:16

知力:87

信仰:0

精神:20

運命:1


冒険者ランク:F

所属パーティ:アエテルヌム


『おおっ!魔力の伸び幅が凄いな!』

『精神も高いので御座います』

『逆にその他はお察しだね〜。固定砲台〜』


 アシュレイの言葉は悪口にしか聞こえないが、あたしは一先ず胸を張って応じた。


『ところでさ、一気にレベルが上がったけど、こんな簡単に強くなるもんなの?』


 あたしがそんな事を問えば、何言ってんだ?—と、ばかりにジト目が向けられる。ソティが呆れたような声で、あたしの問いに答えた。


『一体どれだけの魔物を狩ってきたと思っているので御座いますか?ここまで、百や二百では済まない数の魔物を屠っているので御座いますよ?』


 ふと思い返すと、日々追われるように魔物と戦っていた記憶が蘇る。

 確かに—と、あたしは戦慄する。余りにも魔物との殺し合いが当たり前になり過ぎて、感覚が麻痺していたらしい。


『ははは、うちの新人としては、将来有望だな』


 そう言って笑うアイマスに、あたしが揉みくちゃにされていると、職員の男性が窓口へと戻ってきて言った。


「あったよ、アンラ神聖国のアトリアへの護衛依頼だ。でも出発は四日後の月の日だね」


 それを聞いたアイマスはソティを見る。ソティは肩を竦めて見せた。仕方ない—という意思表示であろうか。アイマスはあたしも見るが、任せる—とアイマスに一任した。だって良く分からないし。

 すると、そんなあたし達へ向けて職員の男性は口を開く。


「もしそれまで予定がないのなら、少しうちの依頼を受けていかないか?見ての通り、冒険者が足りなくてさ」

「…内容によるな。私達は見ての通り、か弱い女性だけのパーティだ。贅沢を言える身分では無いが、嫌でも仕事は選ばなくてはならなくてな」


 アイマスは申し訳なさそうに笑って答えた。真意は不明だが、この四人の中で、か弱いと言って許されるのはあたしのみなのではなかろうか。

 さて、職員の男性は遠回しに断るアイマスへ向けて、まぁ見てくれ—と言わんばかりに一枚の木板を見せた。アイマスは木板の上で素早く視線を走らせる。アイマスは読み書きできない—などと説明していたが、どうやら出来るらしい。あの発言は何であったのか、後々問い詰める必要がありそうだ。


「@#/&?」


 アイマスが職員へ向けて問う。だが大分慌てているのか、言葉が速過ぎてあたしには聞き取れなかった。


「いや、冗談じゃないんだよ。実際、現場の状況は緊迫している。頼まれてくれないかな?」

「四日後の月の日ね…良く言うぜ。承知した…手続きを頼む。読み書きは…苦手なんだ」


 アイマスは、最後にあたしをちらりと見て言った。どうやら以前読み書きが出来ない—と、あたしには受け答えしていたのを思い出したらしい。まあ、責めるが。

 それはそれとして、アイマスは仲間に何の相談もなく決めてしまったが、それは良いのであろうか。あたしがソティとアシュレイを見ると、二人は苦笑いで返した。どうやらいつもの事であるらしい。

 やがてあたし達の元へと戻ってきたアイマスは、両手を合わせて謝りながら告げてきた。


『すまん。この一帯の領主が保有する石切場なんだが、そこの精霊石が弱まったのか魔物が出没する様になってしまったらしい。精霊石の交換及び、入り込んだ魔物の討伐だ。急ぎの仕事だ。頼まれてくれ!』

『アイマスは人が良過ぎるので御座います』

『本当だね〜、間抜けのアイマスは、今日からアイスと名乗ると良い〜』


 二人は結構言うが、顔は笑っていた。どうやら否やはないらしい。

 あたしは周囲を見回してから尋ねる。


『急ぎなら、周囲の冒険者は何をしているのさ』

『きっと、ランクが低くて依頼を受けられないんだろう』


 そういえば、そんなシステムだったな—と、あたしは納得する。

 とはいえ、あたしのランクはFである。ランク不足で受けられないなら、あたしにも荷が重いのではなかろうか?そこを指摘すると、アイマス達は何でもないかの様に答えた。


『大丈夫だろ、マコトなら』

『下手なDランクよりも攻撃力—破壊力は上で御座いますし』

『いや待ってソティ。何でわざわざ言い直したの?』


 あたしの発言に笑う三人の後を、プリプリと怒りながら追う。今夜は町の宿に泊まり、明日の朝一で石切場へ向かう事にした。






「悪いけれど、全部屋抑えられてる。二人部屋の相部屋に一人ずつ散ってもらうしかないな…相手の了承は得ているし、女性の客だ」


 宿屋の店主は無愛想に言った。どうやら迷宮目当てでカネットへと向かう冒険者達が、テレスへ立ち寄っているらしい。何処の宿へ行っても同じだそうだ。

 アイマスはあたし達へと向き直ってどうするか?—と尋ねたが、視線はあたしへと向けられている。実質、何かあるとすれば、あたしのみなのだろう。

 本音を言えば怖いが、わがままを言える立場ではない。問題ない—と、首肯して告げた。

 アイマスも頷くと、店主に向き直り言う。


「じゃあ親父、それで頼む。湯浴みをしたいから中庭を貸してくれ。魔術師が二人いるから湯はいらん。そのかわり布をもらえるか?」

「分かった。一泊80Y。布は一枚10Yだ。えっと、合計で—」

『360Yだよ』


 店主が計算するより先に言って退けると、アイマスは僅かに驚いて背後を振り返る。

 だがすぐに、あたしの世界はその手の事に秀でいる—という事を思い出したのだろう。フッ—と笑って見せ、カウンターの上に360Yを置いた。あたしにしてみればなんでもないのだが、ちょっと嬉しかった。






『じゃあ、何かあったら即座に叫べ。マコトなんかは遠慮はいらん。魔術で応戦して良い。相手が挨拶してくるようなら、その棒を見せろ』


 あたしはアイマスの言葉に首肯した。あたしが手に持つ棒は、聾者、或いは唖者である事を示すサインになるそうだ。あたしは少しだけなら聞き取れるので、唖者という扱いになるのであろうか。

 私達は既に湯浴みを終えて各部屋へと散るところである。女四人の湯浴みなんて楽しい話題でいっぱいかと思われるが、あたしにはそんな余裕がない。魔術で水を生み出し、その後に湯にしなくてはならないのだ。アシュレイ監修のもと、黙々と集中して魔術を行使する必要がある。矢を飛ばす慣性を付加する魔術なんかとは違い、属性魔術は集中を欠くとすぐに失敗してしまうのだ。


『それでもマコトは異常なくらいに筋が良い』


 —というアシュレイの言葉を励みに、滝のような汗を流して頑張ったのだ。


(疲れた。湯浴みってこんなに疲れるものだっけ?)


 あたしはフラフラしながら部屋の扉をノックした。


「…はい?」


 混雑してきたら相部屋になる旨は既に伝えているらしい。特にあたしが喋れなくとも、意図は伝わるはずである。ゆっくりと扉を開けると、そこにはアイマスよりもやや年上であろうか。少しきつめな印象を受ける女性が椅子に腰を下ろしていた。術者のようで、黒いローブを纏い、杖を持っている。ローブの裾から覗く足元は革のブーツを履いていた。


「…あんた…野伏かい?」


 女性はあたしの姿に訝しげな視線を送る。気持ちは分かる。外套の下には魔術師のポンチョである。だが、弓を持ち、アームガードにレッグガード、頭部には鉢金を思わせるヘッドガードである。ところが足元は魔術師御用達のサンダルなのだ。統一性がなく、何をしている人間なのか一見しただけでは分からないのだ。こんな胡散臭い人間と相部屋など、あたしなら遠慮したい。


(とと、そうじゃない)


 あたしは慌てて手に持つ棒を見せた。

 それを見た魔術師は眉を寄せた後、何かを思い出したかのように手を叩いて言った。


「ああ!人間族のサインだね。えーっと、確か、耳が聞こえない…だったかな?あれ?話せない…だったかな?」


 正解は、これ一つでどちらも意味するのだが、あたしは“話せない”の方で激しく頭を上下させた。それで目の前の女性には伝わったらしい。

 女性は椅子から立ち上がると、あたしの側まで歩いてきて手を差し出す。


「私はカナリー。見ての通り森精族エルフだ。よろしくな」


 森精族エルフだとっ!?—と、興奮したあたしは、慌ててカナリーの顔を見た。

 カナリーは随分と上背がある。アイマスよりは低いものの、耳の先端は尖っており、髪は透き通るような鮮やかな金髪、そして肌は白い。何より特徴的なのは瞳で、瞳孔がやたらと広いのだ。正面から見た限りでは強膜が見えず、目全体が黒で塗り潰されたかの様である。まるで犬の目だ。可愛い。きつめな印象は一瞬で吹き飛んだ。


「いや、すまなかったね。混雑してきたら相部屋になるとは聞かされていたんだけれども、あんたが余りにも意味不明な格好なもんで、警戒してしまった」


 そこに関しては何も言えない。言いたくても言葉が話せないので言わないが。あたしは苦笑するだけに留めた。

 カナリーはなおも続ける。


「えーっと、あんたってのも申し訳ないな。でも、話せないんだよな…あんた、字は書けるかい?名前を知りたいんだ。何て呼べば良い?」


 あたしはポンチョの内ポケットからカードを取り出して見せた。カナリーは裏面を見て破顔したと思いきや、目を見開く。


「ちりょ、知力87!?妖術師!?」


 あ、しまった—と思ったが、後の祭りである。

 カナリーがあたしを正面から見据えてくると、きまりが悪くなって、あたしは僅かに後退る。

 だが、何もしない—と、ジェスチャーでアピールした後に、カナリーは口を開いた。


「マコト…マコトは妖術師なのかい?妖術師の意味分かるかい?」


 カナリーは何か冗談を言おうとしている態度ではない。あたしは気圧されながらも首を振った。そんなあたしの姿を見てから、カナリーは一度カードへ視線を落とすと、再びあたしを見つめた。


「いいかいマコト、落ち着いて聞きな。妖術師っていうのは、意図せずに魔術的に他者を傷付けてしまう様な能力の持ち主に与えられる職業クラスなの。覚えがあるかい?」


 それを聞いてあたしが想像したのは、剛弓で他者を巻き込む事である。

 けれど、カナリーの発言は、そういう事を言いたい訳ではないのだろう。あたしは首を振った。

 安堵した様子を見せたカナリーだったが、また顔を引き締めると、あたしへカードを返しながら言う。


「マコトは悪い奴じゃなさそうだから忠告するけれど、あまり人にカードを見せてはいけないよ?妖術師なんて知れたら、何を言われるか分からないからね?後、邪術師なんて奴には絶対に近寄ってはいけないよ?妖術師って周囲に知れたら、何処からともなく現れるから」


 カナリーの言にあたしは深く頷いた。妖術師が何であるのか、邪術師とは何なのか。後でアシュレイに聞いた方が良さそうである。それからはカナリーの他愛もない話を聞いて過ごしたものの、あたしの心が落ち着く事はなかった。

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