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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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真、修道士を護衛する その一

『私の自己紹介のことは、最後まで思い出していただけませんでしたね、真様。どうせ私はしがない使い魔ですよ』

「悪かったってば。もうこの流れやめてよー!」


 朝ご飯と身支度を済ませた私達は、アンラ冒険者ギルドへ向かった。その道中で、アシュレイが尋ねてきたのだ。その鷲は何〜?—と。そうしたところ、ラヴァは水を得た魚のように滑舌を披露して、私に対する不満を口にしだした。終いには、朝のアシュレイが如く、へそを曲げるから始末に悪い。1日に二度も人の顔色を窺うことになろうとは思わなかった。


『さあ、アシュレイ。冒険者ギルドはこっちですよ!』

「ふふふ〜、有難う〜、ラヴァ〜」


 私達の住まいは王都の郊外にある。運河に挟まれた場所にポツンとある建屋で、元々は製粉所か何かだったものを、人が住めるように改装したものだ。そんな経歴を持つ家屋であるため、使い道のない水車が、いつも元気に回っている。どうせ改装するなら、水車も取り払っておけばいいのに—と、最初は不満を抱いたものだ。いつか、金に余裕ができたら取り払いたいと考えているのだが、クシケンスは逆だ。大型機材を導入した時の、動力にしたいと考えているらしい。まあ、製粉所だっただけに中は広いが、クシケンスが“大型”機材とわざわざ口にするあたり、一体どれほどのものか—と、警戒してしまう。

 そんな我らが拠点を出てから、運河に沿って歩く。川の上流である北側には、峻険な山へ踏み入る際に使用される城門がある。かつては、薬草採取でよく通った道だが、市街に出るには、この道を北上ではなく南下することになる。川幅が広くなってくれば、対岸には人の姿がちらほらと見受けられるようになり、運河も物資を運ぶための船で賑わう。やがて、跳ね橋を渡り、そのまま通りを真っ直ぐに進めば、冒険者ギルドと魔術師ギルドが向かい合う、噴水広場へと出た。


「…なんだあれ?」


 先頭を歩くアイマスが立ち止まった。何やら渋い顔を見せており、並んで歩いていた由香里と顔を見合わせると、どちらからともなく、アイマスの元へと向かった。


「…冒険者ギルド?」

『…屋号は間違いなく冒険者ギルドですよ?』

「何かあったのかしらね?」


 冒険者ギルドの入り口は、多くの修道士により塞がれており、入りきらない修道士達が、噴水広場まで埋め尽くしていた。その表情は皆が皆、一様に困惑した色を湛えており、何かあったことは間違いないと思われた。


「…あ、そういえばさ。商業区の貴族街近くに、甘味のお店ができたんでしょ?高いらしいけれど、ちょっと行ってみない?」

「ああ、それが良いな」


 私の提案にアイマスは二つ返事で返した。トラブルといえば、チッコである。少なくとも、ここまで大事になるようなトラブルは、彼女以外には起こし得ないと思っている。そうなると、顔を出すのは悪手だ。これ幸い—と、用事を言いつけられるに決まっている。即座に撤退すべきだが、アエテルヌムの拠点はまずい。あの建屋はギルドの口利きで安く手に入れたものだ。ギルドには場所が知られており、チッコが突撃してこないとは言い切れないからだ。


「申し訳ないので御座いますが、様子だけでも、見てきてはダメで御座いましょうか?」


 その修道士達の身内がここにいた。私は苦い顔をしていることだろう。見上げれば、アイマスも渋い顔を作っていたが、ダメなどと言える訳はない。


「はぁ。うしっ!みんなで見に行くか」

「…アイマス。有難う御座います」


 覚悟を決めたアイマスとソティが、ズンズンと修道士達の元へ向かってゆくのを、私達四人は苦笑混じりについて行く。


「邪魔するよ〜、はいはい〜すまんね」


 修道士の群れをかき分けて、ギルド内へ踏み入れば、案の定、ギルド内には修道士の鮨詰めができていた。冒険者の姿は見当たらず、カウンターの奥に、青い顔で立ち尽くすチッコがいるのみだ。

 ところで、そのチッコだが、何やら修道士の責任者と思わしき女性から、責められているように見受けられる。目は虚になり何者をも捉えておらず、修道士が声を上げる度に、はい、はい—と、うわ言の如く呟いている。これは大事に違いない。


「おいっ!チッコ!」


 上階からの叫び声にチッコの耳が大きく動く。目には精気が戻り、表情を取り戻すと、階段の踊り場へ向き直る。遅れて私達もそちらへ視線を投げれば、そこにいたのはモスクルだった。


「ダメだ!D以上の冒険者は、露払いで出払っちまってる!王都には、お前担当の冒険者以外いねーぞ!?そっちは当たったのか!?」


 露払い?—と首を傾げれば、チョンチョンと腰を突つかれる。振り返れば、それはソティの仕業であったらしい。


「年始を告げる聖火の運搬で御座います。私も、昨日までは準備作業で、てんてこまいで御座いましたから。この修道士の皆様は、きっとそれで御座いましょう。露払いも、聖火の運搬を円滑にするためで御座います」

「えっ?…てことは…この人達はもしかして、聖火の運搬さん?」


 周囲を埋め尽くす修道士達を見回して呟けば、おそらく—と、ソティが同意した。


「こんな大人数で運んでたのか…」

『いつも冬は引きこもってましたからね…いやあ、凄いですね。女性ばかりで良い匂いがします』


 ラヴァのどうしようもない感想はさておき、毎年、年の初めに行われるアンラ神聖国のお祭りで、聖火祭というものがある。春の訪れを喜ぶと同時に、去年一年を無事に過ごせたこと、そして今年一年をつつがなく過ごせるようにと、聖火を神へ見立てて、祈りを捧げるお祭りだ。その聖火だが、実は王都アンラの教会から、三大都市へと運んでいるのだ。


(一大事業だね〜)

《本当ですね》


 この祭の裏側は、なかなかに厳しい。毎年、秋頃から王都アンラの教会に所属する修道士や孤児達の手により、聖火台が用意され、そこに教会のお偉いさんが灯した火を必死に大きくして、消えないようにと細心の注意を払いながら、アンラ神聖国の三大都市へ運ぶのだ。すなわち、アンラ、アトリア、アメランドである。アンラはいい。聖火台の置き場は城内の広場であり、目と鼻の先だから。問題は、アトリアとアメランドだ。気が遠くなるような距離を、教会所属の修道士は歩く。祈りの句を唱えながら、何十日もかけて聖火を運ぶのだ。各都市で個別に聖火を準備すればいい—と、ソティに提案したことがあるのだが、そういうものではない—と、にべもなく却下されたことがある。ちなに、その旅路の性質上、今日までは少人数+護衛で行なっていると考えていた。


「はい。聖句を捧げる修道士の他に、修道士達の身の回りの世話をする見習いも含まれているので御座います」

「あ〜、なるほど」


 思い返してみれば、ギルドの表に集まっていた修道士達は、未成年としか思われない若い娘が多くいた。彼女達が、ソティの言うところの見習いなのだろう。


(女神教って、信徒が多いんだね…)

《私もびっくりですよ…》


 さて、思考がやや逸れた。モスクルの語った露払いとは、ソティ曰く、聖火を守るため、道中の魔物を未然に狩って歩く仕事のことだそうだ。修道士達を直接護衛するのは、魔物との戦いに慣れた第三騎士団や教会騎士団であるが、さらに保険をかけて、道中の魔物を間引くのだろう。大人数での移動も、魔物が襲ってこれないように、威嚇する意味もあるのかもしれない。


「んで、それがどうして、冒険者ギルドに修道士の皆さんが殺到することになってるのさ?」

「…さあ?そこまでは、存じておりませんので御座います」


 肝心なところは分からなかったが、やはり碌でもない話のようだ。先にモスクルの上げた声に、チッコは慌てふためいている。


「どどど、どうしましょうギルマス〜!?」

「どうしましょう—ってもなぁ…」


 モスクルも受付カウンターまでやってきて、パラパラと何かの書類をまくっていた。よくよく見れば、カウンターの奥にはギルド職員が何人かいたものの、皆が青い顔で棚の書類をひっくり返している。


「多分だが、アンラにいつ帰ってくるかの目算を付けてるんじゃないかな?」

「うん?なんでさ?」


 私の視線を目敏く読み取って、アイマスがそんなことを呟いた。アイマスを見上げると、アイマスは渋い顔でさらに続ける。


「いや、どう考えても修道士の護衛だろ?」

「え?それは騎士団がやるんじゃないの?」

「そうなんだが…この状況を見るに、それ以外に考えられないだろ?」

 

 確かに—と、視線をカウンターへ戻す。チッコのみならず、モスクルも修道士の責任者と思わしき女性へ、何度も頭を下げている。部下の責任は上司の責任というやつだ。可哀想に。


(さっさとチッコをクビにすればいいのに)

《…う〜ん。擁護できませんね》


 ところで、どう見ても冒険者スタイルの我々の登場に、周囲の修道士達の視線は、徐々に集まってくる。最初は遠慮がちにチラリと盗み見る程度だったのが、もはやガン見だ。付近の修道士達は、皆が皆、私達に熱い視線を送ってきていた。凄く居心地が悪い。そして、修道士達の視線に、ついにチッコも気が付いたらしい。ツゥ—と目線が動き、一際背の高いアイマスを捉えると、パァ—と、表情が花やぐ。ああ、嫌な予感しかしない。


「おや?おやおやおや?そこにいるのはアエテルヌムの皆さんじゃありませんか?」


 カウンターを飛び越えて、チッコが私達にすり寄ってくるが、私達は誰一人として反応しない。まるで声など聞こえなかったかのように、虚空を見続けている。


「マコト、帰ろう」

「がってん」

「待って待って待って〜!?」


 回れ右した私達の進路を、チッコが塞ぐ。両手を広げて涙目でアピールしてくるが、私達の反応は冷たい。


「何したか知らないけれど、自業自得なんでしょ?」

「もう尻拭いはごめんだ」

「待って!話を聞いてよ〜!」

 

 私とアイマスのジト目にも、チッコはめげずに向かってくる。その熱意を少しでも仕事に注いでいれば、きっと、こういう事態にはならないのに。


「アエテルヌムか…頼む。今回ばかりは、本当に飛ばす訳にはいかないんだ」


 ついに、モスクルもやってくる。前門の虎、後門の狼—と言っては語弊だが、二人のギルド職員に挟まれた私達は、話だけは聞いてみることにした。

 

「この依頼受けてよ〜!」


 ところが、話も何もあったものではない。許しを得た開口一番の台詞がこれである。依頼表をアイマスに押し付けて、涙目を向けてくるのみだ。チッコは救い難い。


「チッコ、ちゃんと順を追って説明してもらえないと、アイマスも判断できないので御座いますよ」


 ソティが優しく諭せば、チッコはポツポツと語り始める。長い言い訳が続いたため要約すると、依頼の条件が厳し過ぎて、後で考えようと放置したところ、そのまま失念していた—ということであった。


「却下で」

「お願い〜!」


 アイマスが一太刀に伏せれば、縋り付いてチッコが喚く。私としては、ちょっと楽しくなってきたのだが、そんな私の肩を由香里が叩く。クシケンスと二人で、依頼表を見ていたらしい。何かと思って向き直れば、由香里は苦りきった顔を見せてきた。


「これ、本当に条件が厳しいわ。チッコが思い悩むのも、無理ないと思う。見てみて」


 渡された依頼表に目を通せば、確かに厳しい。私の眉も自然と寄る。


“アトリアへ赴く修道士団の護衛をお願い致したく。ただし、教会の寄附金から報酬を支払うため、そう多くは出せません。1パーティ分の予算が精一杯です。大銀貨3枚でお願い致します”


 修道士団というのは、まさか、ここにいる全員だろうか。表にもいた修道士達を思い返して、顔を青くした。


(この人数を護衛?大銀貨3枚で!?)


 厳しいなどというレベルではない。話にならない。長々と拘束されて大銀貨3枚など、下手すればEランクのパーティを一つ雇ったとしても足が出る。馬車代や食費などのことも触れられていないが、おそらくはそれも実費だ。冒険者は慈善事業では務まらない。自分達にも生活があるのだから。いかに女神教総本山のお膝元で敬虔な信徒といえども、大赤字を承知の上で、ただでさえ苦しい冬に、依頼を受けられる者など存在しないだろう。


「タイミングの悪いことに、他の冒険者はな、皆、露払いの方に行ってしまったんだ。そもそも、この依頼はチッコが書類の山に埋もれさせちまっていてな。今日、彼女達がここにくるまで、受け付けたチッコも忘れていたほどだ。当然、掲示もしていない。そのせいか、誰も捉まらなくてな…」


 苦い顔で依頼表を見つめる私に、背後からモスクルが声をかけてきた。振り返れば、モスクルは頰がこけ、短く切り揃えられていた顎髭も、随分と伸びているではないか。遠目では分からなかったが、ここ最近は忙しかったのだろう。


「護衛は騎士団がやるんじゃないの?」

「それなんだが…秋の中頃に、大物とやり合ったらしい。第三騎士団の方に、怪我やら欠員やらが出て、立て直しは未だに終わっていない。今年はアメランドに向かう一団を護衛するので手一杯だそうだ。第一や第二は動かせんしな。教会騎士団も右に同じだよ。それで、その依頼が出た訳だ」


 なるほど—と得心いって、頷きを返した。だからといって、この依頼を受けようとは微塵も思わないが。嘆息しながらアイマスへ依頼表を見せてやれば、受け取ったアイマスも、たちまち渋い顔を作る。横から覗き込んだソティは、教会の懐事情が分かっているためか、やむなし—と、言わんばかりに目を伏せた。


「とはいえ…多くはないが、国から金は出る。俺達の手落ちであることも含めて、こちらからも多少の色はつける。絶対に赤字にはさせん。だから、頼む」


 モスクルが両手を合わせて懇願してきた。そういうことならば、金の面は問題ないのだろう。金の面だけは。


「…本当に申し訳ないんだけど、現状では無理よ、ギルマス。私達だけでこの人数は護衛できないわ。万が一がないとは、流石に言いきれないもの。何かあった時はどうするつもり?こんな万全とは言えない護衛で出発させておいて、もしもの時は責任を取れるの?」

「ぐっ!?そ、それは…そうなんだが…」


 誰かが余計なことを言う前に、由香里がはっきりとノーを突きつける。目上の人に対する言葉選びとしては、珍しく憚らない物言いだけど、それで正しいと思う。ソティと付き合いの長いアイマスは、じょじょに迷いが出てきているようだからだ。ここは先手を打って、アイマスの迷いごと断ち切るのが正解だろう。早馬でも何でも出して、他の冒険者達を揃えてから出発するべきだ。


(ソティや修道士の皆さんには…気の毒だけどさ…)

《毎日、朝早くから夜遅くまで働き詰めでしたからね。教会の明かりも、深夜まで点いていました。…きっと、準備を頑張っていたのでしょう…》


 ソティはアイマスの陰に隠れて、微動だにしない。きっと、私達に悲しげな顔を見せまいとしているのだ。由香里の発言が正しいことを理解してくれているのだろう。


「お、お願いっ!本当にお願い!他の冒険者も後追いで出すからっ!何とかするからっ!」

「お、おいっ!?今はそんなに金が…あっ!」


 由香里に泣き付くチッコを止めようとしたモスクルだったが、突然、電撃にでも撃たれたかのように動きを止めた。何事か?—と、チッコや私達のみならず、周囲の修道士達もモスクルに視線を向ける。しばらくは、そのまま固まっていたモスクルであったが、見る見るうちに目が見開かれてゆき、最後には、苦虫を噛み潰したような顔に変わった。


「…ああ、クソ…そういうことか…」

「…ギルマス?」

「…ど、どうかしたのか?」


 パン—と景気の良い音を鳴らして、モスクルは己の額を叩く。訝しげな目をモスクルヘと向けるチッコとアイマスを順に見て、モスクルはニヤリと笑った。


「いる!いるぞ!Dランクでありながら、あり得ないほど強い奴らが!あいつらなら、なんとでもなる!足も出ない!今うちにある手持ちでやりくりできる!」


 ケイタイを握りしめると、ちょっと待ってろ—と言い残して、モスクルは凄い勢いで階段を駆け上がってゆく。残された私達は、どうして良いか分からず、気まずい空気の中でモスクルを待つことになった。


「アトリアとか〜、今一番ホットな場所じゃ〜ん?本当に行くの〜?」


 それまで黙っていたアシュレイが、声を上げる。それは私も気になっていた。断れる流れだったから特に言い出しはしなかったが、アシュレイの話によれば、アトリアは危険な状況であるはずなのだ。


「…え?…あ、うん…どうしよう、か?…」

「うわぁ。効いちゃってるよ」


 アイマスの目は泳いでいた。ソティ達を助けてやりたい—という思いと、アトリアはまずい&万が一が怖い—という思いの間で、葛藤しているようだ。気持ちは分からないでもないけど、止めておいた方が無難だと思う。


「…あ、あの…」


 今度はクシケンスが声を上げる。私達が向き直れば、クシケンスはもっともなことを言った。


「すぐ目の前に…その、魔術師ギルドが…あります、から…デンテさん、に…聞いて…みません、か?」


 おお、なるほど—と納得するも、それ以前に、クシケンスの顔が青いのが気にかかる。フードを目深にかぶり、周囲の修道士達から身を隠すように縮こまっていた。どうしたのか尋ねようとして、ハタと思い出した。クシケンスには魔眼があったのだということを。


(あ、しまった)

《すっかりと忘れてましたね…失敗しました》


 修道士達の心の声が聞こえてしまうのだろう。しかも、彼女達を前にして、依頼を断ろうとしているのだ。ソティの存在があったにしても、彼女達は好意的な感情をこちらに向けてなどいないだろうし、それがこれほどの大人数でオーケストラを奏でていては、クシケンスはパンク寸前に違いない。配慮が足らなかった。急いで連れ出すことにしよう。


「そうだね。私はクシケンスと一緒に行ってくるよ。アシュレイは?」

「爺に会いたくないからパス〜」


 さっさと行け—と言わんばかりに、追い払う仕草をするアシュレイ。口は悪いが、彼女は彼女で、顔の青いクシケンスを気遣ったものなのだろう。そういえば、魔眼のことは説明していなかったので、後で話しておかなければなるまい。はいよ〜—と、言葉少なく応じて、クシケンスを連れ出した。


「ごめん。すっかり忘れてたよ」

「い、いえ…その…私こそ、その…すみません…」


 クシケンスが言い淀むのはいつものことだが、今日はいつもより遠慮がちだ。アシュレイというニューキャラクターの加入に加えて、修道士達のど真ん中に飛び込んだのだ。疲れて当然だと思うのだが、クシケンスはそこに負い目を感じているのだろう。


「気にするな—って言っても無理だろうけれど、そこも含めて、私達はクシケンスを受け入れているからね?辛かったら言ってよ?」

「…あ、その…はい…すみません…」


 クシケンスの手を引き、噴水広場を横切る。心持ち、表の修道士達は少なくなっている気がした。


「たのもー」


 魔術師ギルドの扉を開けて、誰ともなしに声をかける。いつも通り、カウンターの奥で作業をしていた魔術師達が、ひょっこりと顔を上げる。


「ああ、マコトか。相変わらず元気だね。デンテ様に用事かい?」

「うん。ちょっと聞きたいことがあってさ」


 どこかで見たフード付きのポンチョで手を拭きながら、目の下に大きなクマを拵えた男が近付いてくる。見た目はちょっと怖いが、慣れたものだ。デンテに用がある—と伝えると、男は眉を寄せて力なく笑った。


「ごめん。今日もデンテ様はいないんだ。多分、王宮だと思う」

「うわー、やっぱりか。…ええと、アシュレイって人のことについて、あるいはアトリアの町について、何か聞いてない?」


 デンテがいないのは、予想していたことだった。ならばと心当たりのワードを並べてみるも、男は申し訳なさそうに首を振った。


「今マコトが上げたワードだけど、聞いてはいるよ。でも、他言無用と言い付けられているんだ。ごめん」

「そっか。なら、仕方ない。うん、有難う」


 情報が何も得られなかったことは残念だが、クシケンスの気晴らしにはなったことだろう。振り返って顔色を窺えば、だいぶ血色が良くなっているように見受けられた。


「も、もう…平気、です」

「うん。辛かったら言ってね」


 クシケンスが頷くのを見てから、冒険者ギルドへ取って返す。キャラではないが、クシケンスの手を握れば、彼女もまた握り返してくれた。


(クシケンスの手、暖かい)

《真、言っていることはともかく、顔はスケベ親父のそれですよ》


 うっさいわ!—と、ラヴァを睨みつけながら魔術師ギルドの扉を開ける。片手では随分と重く感じられたが、せっかく繋いだ手を離す気にはなれない。気合で乗り切った。


「ん?何あれ?」

「…様子が、おかしい…ですね?」


 扉を開ければ噴水広場が一望できるのだが、修道士達は冒険者ギルドを取り巻くように—否、遠巻きにギルドを見つつ、皆が不安げな顔を見せているではないか。これはどうしたことか?—と、冒険者ギルドに近付くも、クシケンスの足が止まった。


「……スライム?」

「へ?スライム?何?」


 クシケンスがボソリと呟いた言葉は、“スライム”である。訳が分からず尋ねるも、クシケンスは真剣な顔つきで修道士達に視線を送っているのみだ。おそらくは、修道士の心の声を聞いているに違いない。黙ってクシケンスの発言を待った。


「冒険者、ギルドに…スライムが、いる…みたい、です」

「えっ!?町中に魔物!?従魔じゃなくて!?」


 スライムが町中にいても、実はそれほどおかしなことではない。汚水処理場から出てきたんだな—程度にしか思わない。けれども、ギルド内にいるとなれば話は別だろう。いくらなんでも、汚水処理場の入り口からは遠過ぎる。汚水処理場の天井を伝って、ギルドのトイレから這い上がってきたとでもいうのか。


「ちょっと様子を見に行こう。クシケンス、行ける?」

「…は、はいっ!」


 例えスライムがいたとして、モスクルやアイマス達がどうこうなるとも思えないのだが、修道士達の反応が引っかかる。退いて、ごめんね—と声を上げながら冒険者ギルドの中へと踏み込めば、そこには、ベレー帽をかぶったモスクルがいた。皆はそんなモスクルを遠巻きに見つめるのみで、誰も声をかけようとしないし、モスクル自身も酷く渋い顔を見せたまま、黙りこくっている。チッコもまた、モスクルの背後で、唖然としてモスクルのベレー帽を見上げていた。これはなんの冗談だろう。


「…何あれ?どういう状況?何でモスクルは帽子かぶってんの?」

「あ、マコトで御座いますか。びっくりしたので御座います」


 修道士に混じって、モスクルを見つめていたソティを突けば、ソティは肩を跳ね上がる。首元に鉈を突きつけられるくらいはあるかと思ったが、そんな余裕もなかったらしい。よほどモスクルのベレー帽に、魅入っていたようだ。


「違うわよ、真。あれ、スライムよ」

「へ?」


 由香里の言にモスクルヘと視線を戻せば、モスクルの頭上にある、ベレー帽がプルンと揺れた。


「揺れたっ!?」

『ほ、本物です!』


 よくよく見れば、ベレー帽には光沢があり、薄らと中に何かが浮いているのが見える。そういえば、冒険者ギルドにスライムが出たという話だった。あれが噂のスライムであるらしい。見たことのない、黒いスライムだ。


「…ど、どういうこと?…さては、イメチェン?」

「うん。違うと思うわよ?」


 由香里に問いかけるも、ニコリと笑って否定された。違うらしい。説明を求めようとして、アイマスやアシュレイの顔を見るも、胡乱げな瞳でスライムを見つめるのみで、私の視線に気付く余裕がないようだ。誰も事情を把握できていないのだろう。ケイタイを握りしめて階段を上っていったモスクルだけど、降りてきたと思ったら、頭にスライムを載せていた—ということだろうか。


「あー、ゴホン。自己紹介を頼む」


 そのスライムだが、モスクルが口を開くや否や、唐突に蠢き始めた。ピクッとアイマスが反応しかけたが、口を閉じて以降、渋い顔のままで立ち尽くすモスクルの姿は、焦っているようにも見受けられず、そのまま様子を窺うことに決めたらしい。僅かに力んだ腕は、すぐに下げられた。


“やあ、僕はアーサーさん。よろしく”


 自らをさん付けで呼称するスライム、アーサーさんは、驚くべきことに、無詠唱—のようにしか思えない。口がないし—で亜空間を開くと、中から木板を取り出して、高々と掲げる。そうかと思えば、アーサーさんが触手を伸ばして木板に触れると、そこにたちまち文字が浮き上がったのだ。これには目を見開いて驚いた。


「喋った!?」

「真、喋ってはいないからね?」


 驚き慌てて声を上げる私に、冷静な由香里が突っ込んでくる。いつもお世話になっております。


(じゃないっ!?文字?魔力で文字を書いた!?)

《驚きましたね。あのスライムには、知性や理性といったものがあるのでしょう…》


 ラヴァと共に喉を鳴らしてスライムを見つめ続ける。何やら凄いものを見ているような気がするが、モスクルの頭の上という面白い絵に加え、うちの魔人族二人組は、既にめいいっぱい近付いて、スライムを観察しているのだ。どうにも緊張感が持てない。気になるのは分かるけれど、ちょっとは遠慮してほしい。


「クシケンス〜!闇属性の魔力波長〜!知能は高いよ〜!中に何か、石みたいなものが浮いてる〜!メモして〜メモ〜!はぁ〜い!こんにちは〜!」

「は、はいっ!…任せて、くださいっ!」

“こんにちは”


 屈め屈め—と、アシュレイがモスクルをしゃがみ込ませれば、クシケンスのスケッチは一段とスピードが増した。


「…なあ、そろそろ、説明いいか?」

「…ああ。その前に、助けてくれ」


 アイマスが説明を求めるが、そのモスクルはアシュレイとクシケンスの二人に、息の届くような距離で迫られている。少しだけ顔を赤くして、引き剥すようにお願いしてきた。


「ユカリ。すまないが、クシケンスを頼む。私はこっちの騒がしいのを抑える」

「あはは。任されました」


 アイマスと由香里にかかっては、術者の二人になす術はない。軽々と担ぎ上げられ、回収される。二人の残念美人が離れたことで、ようやくモスクルは立ち上がった。


「まって〜!あと少し〜!あと少し〜!」

「い、今!今、いいとこ、なのでっ!」

「後にしろ」

「クシケンスも聞き分けて」


 引き剥がされてなお、情熱的な視線を向けられる探究心は大したものだが、少しは抑えてほしいものだ。無口な山精族(ドワーフ)もそうだが、種族ごとの特徴というのは、本能的なものなのだろう。見ていて面白い反面、抑えてどうにかなるものでもないため、ちょっとだけ面倒くさいとも思う。


「さて、じゃあ説明する。…こちらのスライムは、アーサーさんという名で、とあるパーティの従魔だ。今回、そこにヘルプを要請した。だが、生憎と、アーサーさん以外には、手の空いている者はいなかったらしい。そこで、先行してアーサーさんに来てもらった訳だ。他のメンバーは、後々合流する予定だ」


 黙ってモスクルの話を聞いていた私であるが、視線はアイマスに向けている。モスクルの言う、合流—とは、一体、何の話であろうか。私が席を外しているうちに、何があったのかは知らないが、依頼を受ける前提で話が進んでいる気がする。


「お前達が失礼のないように、先に言っておく。アーサーさんは、俺よりも強い。戦えば、十中八九、俺が負ける」

「はあっ!?」


 急にモスクルの声のトーンが変わったため、視線をモスクルヘと戻せば、彼はとんでもないことを言って退ける。私はもとより、アイマスやソティも驚いている。モスクルの表情を見れば、とても嘘や冗談とは思えないが、アーサーさんはスライムだ。本当にそんなことがあり得るのだろうか。


「防衛能力に関しては、特に期待できるそうだ。俺は、お前達アエテルヌムとアーサーさんがいれば、修道士達をアトリアまで護衛するのに不足はないと考える」

「じゃあじゃあ、請負のサインをお願いしま〜す」


 どさくさに紛れて、チッコがアイマスにペンを持たせようとする。その手の甲を叩いて、一旦チッコを下がらせた。


「…アイマス?」

「えっ?あっ…うん…まあ、その…な。受けてもいいかな?…とか」


 ジト目をアイマスへ向ければ、アイマスはきまり悪そうに白状した。その辺の話は済んだ後らしい。そういえば、先ほどまでは後ろにいたソティも前に出てきており、ニコニコと、この上ない笑みを見せている。


(ちょっと目を離せばこれか〜)

《まあ、仕方ないですよ》


 どういうことだよ—と、由香里に視線で抗議するも、由香里も肩を竦めるのみで、何か言い訳するわけではない。由香里は由香里で、請け負いに納得できたのだろう。私とクシケンスのみが置いてけぼりだ。


「修道士さん達を待たせているのは分かってるんだけど、私とクシケンスにも説明してよ」

「ああ、そうだな」


 鷹揚に頷いたモスクルだが、己で説明する訳ではないらしく、チッコに視線を向ければ、待ってました—とばかりに、チッコが胸を張る。何故そんなに誇らしげなのか?—と、引っ叩きたくなった。


「今回、ギルド側に落ち度がありましたので、修道士の皆様には、損失補填対応を取らせていただきます。ギルドの取り分はなし。ギルド有責の依頼未達成扱いとして、全額返金の上、賠償金をお支払い致します。その賠償金は、半分をアエテルヌムへの依頼料へ上乗せすることになりました。赤字どころか、美味しい依頼に早変わりですよ?…また、同時に、アエテルヌムに対しても、ギルド側は特例措置を講じます。完全請負という形式ではなく、護衛のみを請け負ってもらうこととし、万が一が発生した場合、その責は全てギルド側が負うこととします。例外は、アエテルヌムが意図的に過失を発生させた場合です。この場合のみは、アエテルヌムの責となります」


 どうよ?—とでも言いたげな、得意げな顔をチッコが見せる。お前のせいでこうなってるんだぞ—と、喉まで出かかった。


「そしてもう一つ。ギルドが責を負う以上、俺達が、リスクを可能な限り低減する必要がある。先にも紹介したが、とあるパーティに助力を要請した。そいつらはDランクと、ランク自体は低いが、これは、ほとんど冒険者としての活動実績がないからだ。一人一人は化け物みたいに強い。今現在はアーサーさんのみしかいないが、仕事が片付き次第、そちらに合流する手筈になっている」


 チッコの後を継いだのは、未だにアーサーさんを頭に載せるモスクルだ。アシュレイやクシケンスへのサービスなのか、頭の上のアーサーさんが、グネグネと形を変えていることには、まったく気付いた様子はない。彼の真面目な表情と、頭上の巫山戯たスライムとのギャップが凄い。


「どうだ?マコト?」

「う…ん。それなら、まあ…」


 嬉々として尋ねてくるアイマスに頷いて返すも、今の話を聞いた限りだと、疑問が残る。それは、当初、モスクルが金のことを気にしていたことだ。今し方、チッコの行った説明によれば、随分と大盤振る舞いするつもりであるらしいが、モスクルは金の話には触れていない。では、最初焦っていたのは何だったのか。


「ねえ、ギルドのお金は足りるの?」


 流石に看過できず尋ねれば、アイマスが苦笑いし、ソティは姿を消すではないか。何かおかしいぞ?—と訝しむよりも早く、由香里が答えを教えてくれた。


「ふふふ。実はね、真。私達に支払われる、上乗せされた金額のほとんどは、ギルドへの借金返済に使われちゃうの」

「へあっ!?」


 謎はあっさりと解けた。私達アエテルヌムは、拠点となる家を購入する際に、ギルドから多額の借金をしている。私達に支払われるはずの金のほとんどは、その補填に使われる。つまり、ギルド側としては、修道士達に支払う賠償金以外の現金は出ていかない。酷いと思う。トータルで見れば黒字なのかもしれないが、お小遣いを使い果たした身としては、身入りのない仕事など、実質、大赤字に等しい。もはや詐欺だ。


「酷い…酷いよモスクル…許されない…許されないよモスクル…そもそも、何でそんなにお金がないのさっ!?天下の冒険者ギルドでしょ!?」


 ぶちぶちと文句を言いつつ、ついでとばかりに問い質すと、モスクルはすまなそうに顔を歪める。他者には教えられない機密事項なのかと思えば、あっさりと教えてくれた。


「…冒険者ギルドの損失補填対応ってのは、依頼内容により一律—って訳じゃない。実は、積算なんだ。今回の件で説明すれば、この依頼には期限があった訳だ。それを超過したことで一つ。さらには、満足な数の護衛を用意できなかったことで一つ。護衛依頼である以上、護衛対象を意図的に危機的状況に晒す訳にはいかない。だが、過失により、これも一つだ。…で、それがデカい。何と言っても、この人数だからな。命がかかってる訳だから、一人一人が積算の対象になる。考えただけでも、ゾッとする額になるんだよ。こんな揉め事が起きた時点で、損失補填は確定だ。金がない—って、焦るだろ?そりゃ」


 納得だった。確かに金はなくなることだろう。そして、私達がこの依頼を受ければ、ギルドから出てゆく現金はそう多くなくなるのだ。ノコノコと鴨がネギを背負ってやってきた以上、モスクルやチッコには、私達にやらせる以外の選択肢など、ありはしなかったに違いない。


「ぐぅぅ…ア、アイマス…」

「悪いな。借金を一気に減らすチャンスだ。受けない手はなくなった。多少キツいかもしれんが、受けるぞ」


 とてもいい笑顔で返してきたアイマスに、何も言えなくなり項垂れた。頑張りましょうよ—と、私を気遣ってくれるラヴァを撫でる。


(ううう…お金が…お金が欲しい…)


 正直なところ、簡単な準備をする金も惜しい。今は本当にピンチなのだ。弓の弦の張り替えに、調整。新たな魔術書の購入。小手の修繕。多くの出費が嵩み、日々小銭を稼がなければ、春を目前にして資金は尽きる。ましてや、こんな依頼など受けた日には、準備をしている間もない。きっと、全てを買い揃えることで解決を図るだろう。そうなれば、春を前に—どころか、本日をもって一文なしだ。それは避けなければならない。こうなったら、由香里に借りるしかないだろう。背に腹は変えられないのだから。


「ゆ、由香里…」

「うん?昨日の飲み代を返してくれるのかな?」


 けれども、そこには鬼がいた。ニコニコと微笑んではいるものの、彼女の背後には、間違いなく鬼が見える。そりゃないぜ—と、崩れ落ちた。

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