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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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真、アトリアの話を聞く

 朝である。妙にスッキリした心持ちでリビングへと向かえば、仏頂面のアシュレイがソファに座っていた。そういえば、昨晩、アシュレイがアンラにやってきたのだ—と喜んで声をかけたのだが、アシュレイは私を無視するではないか。訳が分からず、困惑した。


「マコト、昨晩、何があったか…思い返してみると良いので御座います」

「ふへ?」


 アシュレイの対面には、ソティが座っているのだが、私を見ては、クスクスと笑う。昨晩?—と、記憶の蓋をこじ開けて、戦慄した。


「うはぁっ!?」


 昨夜、アシュレイに抱きついたまま盛大にリバースした私は、そのまま力尽きた。それ以降の記憶はない。おそらく、アシュレイに抱きついたまま、寝落ちたのだろう。


「あわわわわわ…」


 視線を落として己の服を見てみれば、昨日着ていたものとは違う寝巻きが着せられている。着替えまでやってくれたらしい。アシュレイか、ソティかは知らないが。あるいは由香里かもしれない。


(やっべぇ〜!?)

《ようやく思い出しましたか》


 肩の上で嘆息するラヴァを睨み付ける。教えてくれてもいいじゃん!?—と念じるも、ラヴァは明後日の方向を向いては、また嘆息した。

 即座にアシュレイの元へ走り寄り、頭を下げて誠心誠意、詫びを入れる。それでも、アシュレイの態度は軟化しなかった。


「悪かったってば」

「黙れゲロ女。私に近寄ることを禁ずる〜」


 どうにかして機嫌を直してほしいのだが、アシュレイは頑なである。私とは視線すら合わせようとはせず、肩を揉もうにも、触れた先から払われる。ソティはニコニコと微笑むばかりであてにならず、アイマスは未だに寝ている。


「…クシケンス!由香里!?」

「…あ、ええと、ははは…」

「ちょっと…無理かなぁ…」


 振り返ってクシケンスと由香里に助力を求めるものの、この世界で上から数えた方が早いような天上人の到来に、二人はガチガチに緊張していた。これはもう、頼れるのは己だけだろう。


「本当にごめんってば〜。悪かったよ〜、機嫌直して〜」


 振り払おうとするアシュレイに全身でしがみつき、ガクガクと揺すれば、おうおう—とアシュレイの眼鏡がずり落ちる。それを見たソティは吹き出した。


「アシュレイ、そろそろ許してあげてほしいので御座います」


 ソティの援護もあり、アシュレイの態度は若干軟化したようだ。大きく嘆息すると、背後から抱きつく私へ、肩越しに視線を寄越す。なんだろう、キスでもしろ—と、言うのだろうか。ほっぺになら、してやらんこともない。


《なんで上からなんですか?》


 ラヴァが何か言っているが、それは無視した。


「誠意が足りない〜。もう少し何かあるんじゃな〜い?」


 そう言って人差し指と親指で、輪っかを作ってみせるアシュレイ。これには目を見開いた。地獄の沙汰も金次第とは言うものの、仲間内の失態すら金で解決とは、あまりにも薄情なのではなかろうか。


(そもそも、そんなに手持ちないよ)

『自業自得ですよ。これに懲りたら、酒は程々になさい』


 う〜—と唸りつつ、渋い顔で亜空間から貨幣を入れた袋を取り出せば、アシュレイは僅かに目を見開いた。


「ふ〜ん?…酒を飲んでばかりいた訳でもないんだ〜?」


 どうやら、亜空間を開いた事で、魔術の勉強もちゃんとやっていたことを評価してくれているらしい。これはチャンスだ。この機を逃す手はない。一気に畳み掛けることにした。


「そう、そうだよアシュレイ!私、頑張ってる!凄く頑張ってる!おかげで亜空間も開けるようになりました!」


 へぇ〜?—と、私の言葉にニコリと笑うアシュレイ。己の発言を思い返すも、おかしな点などない。気にし過ぎだとは思うが、この表情には覚えがある。碌でもないことを考えている時のものだ。どうにも嫌な予感がする。


「そうか〜。マコトが亜空間を開けるようになったのは、私のおかげじゃなくて、己の努力の賜物なのか〜」

「うっわ!?なんて意地の悪い!姑かよちくしょう!」


 ぐぬぬ—と唸って毒づくが、元々は自分で蒔いた種である。許しを乞うならば、素直に弄られるほかない。諦念に肩を落とすと、反省を込めて大声で叫んだ。


「いいえ!全てアシュレイ様のおかげです!アシュレイがいてくれたから!亜空間を開けるようになりました!」


 アシュレイのみならず、皆が声を押し殺して笑う。顔から火が出るほど恥ずかしい。年を重ねる毎に、失敗することが怖くなるというのは、これがためだろうか。


「ふふふ〜。いやいや〜、いいものを見させてもらったよ〜。仕方ないな〜、許して進ぜよ〜」

「おおう!流石アシュレイ!太っ腹!」


 ついにアシュレイは許してくれたが、てい—と、デコピンはされた。もうお酒は程々にしな〜—と、窘めてくれたのだろう。安堵の息を吐きつつ、今度こそ再会を喜び、抱きつこうと正面に回るも—


「おい〜。間抜けのコトちゃんは、さっき言われたことも覚えてられないのか〜?私に近寄るな—って言ったぞ〜?」


 それとこれとは別であるらしい。これは、しばらく引きずるつもりだ。手厳しい—と、項垂れた。


「おはよう…」


 ボサボサの髪を手櫛で解かしながら、見るからに寝起きのアイマスがやってきた。宿暮らしの頃と違い、同性しかいないためか、私とアイマスはどんどんズボラになってゆく。でも、今日のアイマスは一段と酷い。私は流石にそこまで酷くはない、はず。


「何を騒いで—って、アシュレイ!?いつ到着したんだ!よくここが分かったな!」


 リビングの中程まで進んで、アイマスはようやくアシュレイに気が付いた。しかも、今朝来たものと思い込んでいるらしい。これには、誰もが渋い顔を向けた。付き合いの長いソティも、ニコニコしてはいるものの、青筋が見え隠れしていたりする。


「…ん?なんだ?…どうした?」


 アイマスは私達の反応に首を傾げるものの、すぐに気にするのをやめたらしい。ソティの横に腰を下ろすと、早速とばかりにアシュレイに話しかける。


「アシュレイ、色々と分かった事を聞かせてくれ」

「その前に、自己紹介が先だろ〜?盆暗〜」


 アシュレイがいう自己紹介とは、クシケンスや由香里のことに違いない。アシュレイ自身もそちらに優しげな視線を投げているし、本人達も分かっているのか、一歩前へと出た。


「は…はじ、めまし、て…アシュレイ、様の…高名は、予々…伺って、おり…ます」


 そう言ってペコリと頭を下げたのは、クシケンスだ。Sランクのクシケンスがこれほどまでに気を遣うのだから、宮廷魔術師という肩書は、相当に偉いのだろう。


「ちょっと、名前、名前」

「えっ?…あっ!…ク、クシケンス…です!」


 由香里がクシケンスを掣肘し、クシケンスは名乗っていないことに気が付いたらしい。慌てて名を告げると、再び頭を下げた。


「私は由香里と申します。真と同郷—と言えば伝わるでしょうか?真と共にこちらに迷い込み、この身はアルラウネとなりましたが、今は皆の好意により、一緒に冒険者として活動させてもらっています。もっとも、戦いは不得手なので、日頃は錬金術師ギルドに勤めております。よろしくお願いします」


 ツラツラと語る由香里は、そつなく言い終えると、軽く礼をした。私は開いた口が塞がらなかった。アルラウネであることをあっさりと明かしたこともあるけれど、何よりも驚いたのは、完璧だったからだ。自己紹介の見本のような挨拶だ。私の思う理想系であった。


「…ユ、ユカリ、さん…凄い…」


 クシケンスも私同様に感心していようだが、うわぁ—と、感嘆の声を上げたのは、アイマスだった。


「頭良さそうな挨拶だなぁ…」

「あら?少なくとも、アイマスよりは皆賢いので御座います」


 肩越しに振り返り、由香里を褒めた?アイマスだったが、隣に座るソティの毒針が突き刺さると、まあな—と、大笑する。あ、笑うんだ—と、アイマスのぶっ飛んだ器のデカさに感心した。


「笑ってさえいれば、大抵のことは何とかなるんだよ」

「ああ、そういうことで御座いますか」

「懐かしいね〜。ははは〜」


 奇しくもソファに腰を下ろしていた、アエテルヌムの古株三人は、顔を見合わせて笑い合う。どういうこと?—とでも問うているのだろう。由香里やクシケンスが私に視線を飛ばしてくるが、私にも、三人の笑顔の理由は分からない。肩を竦めて返した。


(本当に三人は仲良いよね)

《ええ。彼女達には、彼女達のドラマがあったのでしょう》


 ラヴァと視線を交わしてから、二人—厳密には、一人と一羽だが—でアシュレイ達を暖かく見守る。程なくして、アシュレイは現実に返ってきた。


「二人とも有難う〜。クシケンスは〜、私と同じで魔人族だね〜?その出立は、錬金術師かな〜?霊薬系〜?」

「あ、は、はいっ!そう、ですっ!で、でもっ!…い、いずれ、は…魔道具もっ!はいっ!」


 慌てふためきながら、クシケンスは何度も頷く。少し落ち着けばいいのに。


「ユカリは〜…あれ?花冠の精(アルラウネ)って言ったよね〜?錬金術使えるの〜?」

「あはは…お見通しですか。…実は、錬金布頼りです。アルラウネであると同時に、迷宮主なんですよ。そのせいか、どうしても魔法として発現してしまって。魔力が、上手く練られないんです」


 二人の間では何事もなかったかのように会話が進められているが、これに私達は大層驚いた。いや、だって、アルラウネだよ?迷宮主だよ?え、嘘!?—とか、普通は尋ね返すものだと思う。


(普通に受け入れられるんだ…)

『アシュレイは、真如きとは懐の広さが違うのですよ』


 うっさいラヴァ—と、嘴にデコピンするつもりが、指が伸びたところで噛まれた。猛禽類の動体視力は、侮れないらしい。痛い。


「アシュレイ」

「ん〜?ああ…魔法師に多いんだけどね〜。魔法に特化した人達っていうのはさ〜、魔術がなかなか上達しないんだよ〜。ユカリ自身が言ったようにさ〜、魔術として発動させたくても〜、魔法として顕在化しちゃうんだよね〜。で、魔物化っていうのは、魔物の特性をもっちゃう訳でしょ?そうなると、魔物の魔法が使えるようになっちゃう訳じゃ〜ん?もう魔法師と同じだよ〜。魔術を使い熟したいなら〜、アルラウネの上位種に存在を進化させるか〜、あるいは魔力を常にニュートラルに固定する魔道具を作るか〜、もしくは寝る間も惜しんで練習するしかないね〜」


 いや、そこじゃねえよ—と、ジト目を向ける。これはこれでためになるが、アルラウネであることを聞かされて、どうしてそんなに落ち着いていられるのかを知りたかった。


「ア…アルラウネの先が…あるの、ですかっ!?」


 突っ込もうとして口を開きかけたその時、由香里の隣に並んでいたクシケンスが声を上げる。アルラウネの進化というところが、琴線に触れたらしい。メモ帳を取り出してパラパラとめくると、ペンを手にしてアシュレイの側まで進み出た。魔人族の性は、人見知りをも克服するらしい。


「あるよ〜。でも、この辺じゃ見たことないね〜。まあ、多分だけど〜、そう簡単には進化条件が満たせないんだと思うよ〜。あ、そうそう。花冠の精(アルラウネ)系の魔物ってのは〜、亜種が沢山いるでしょ?あれ、実際には、スタートは全てアルラウネなんだ〜。つまり、亜種じゃなくて、進化系って訳〜」

「アルラウネ…()!?ア、アルラウネは…種族、なのですか!?…も、もう少し、詳しくっ!」

 

 これでは話が進まない。後にしろ—と、二人の魔人族を無理やり引き剥がした。まあ、無理やりというか、実のところ、クシケンスくらいなら、由香里は片手で持ち上げられる。苦笑しながら抱き上げていた。見た目詐欺の隠れゴリラだ。


「じゃあ、盛り上がっているところ悪いんだが、アトリアの件を改めて聞かせてもらえるか?」


 アシュレイの自己紹介がまだなのだが、アイマスの中では終わったことになっているらしい。アシュレイも特に何も不満を口にせず、アイマスの求めに応じた。


「もうすぐ4年になるのかね〜。アトリアの町に行った時、不穏な気配を感じた訳だけど〜。メキラに帰った後さ〜、信用できる術士連中で〜、大型呪術を組んで〜、色々と探ってみたのよ〜。その結果分かったのは〜、アトリアには負の龍脈が集まってる〜—ってこと〜」


 うん、分からんな—と、アイマスは清々しい顔で言いきった。デンテに師事する私達だけど、皆集まって講義されることもあれば、一人一人、個別の課題に取り組むこともある。龍脈という単語は時々出ていたのだが、アイマスに向けて発した言葉の中には含まれていなかったため、遠慮して聞けずにいたのだろう。彼女はあれで、目上にはちゃんと気を遣う。アシュレイも目上のはずなのだが—というのは置いておくとして。


(仕方ないな)

《その点、貴女は強かったですよね?他人の会話にもバンバン割り込んでいって》


 うっさい—と、デコピンしようとしたら、また噛まれた。そろそろ血が滲んでいる。もう少し加減してほしいものだ。

 さて、龍脈とは、大地の奥底を流れる巨大な魔力のことである。私は、マグマのようなものだと整理してある。デンテに語らせるところによれば、正の龍脈が集まる場所は、生命に溢れ緑豊かな土地を形成するが、負の龍脈が集まると、逆に生命は育まれずに、死の大地が広がることになる。そういった場所では、地上の魔素も負の性質を帯び始め、やがては、不死系魔物(アンデッド)の跋扈する、人の住めない土地になってしまうのだそうだ。また、逆のパターンもあり、龍脈が地上の魔素に影響されることもある。町などの、活気や生命が満ちた場所には正の龍脈が集まりやすく、町や村などは、多少なりとも正側に傾くのが通常だ。反対に、災害などにより、死が蔓延している土地には、負の龍脈が集いやすい。


「…なるほど。そういうことか」

「…本当に分かったので御座いますか?」


 腕組みして深く頷くアイマスだが、ソティに疑惑の目を向けられれば、ニカリと破顔して見せた。どっちなのか、いまいち判断付かないが、ソティは呆れた顔を作っていることから、分かってはいないらしいことが窺えた。


「町の中が、不死系魔物(アンデッド)だらけになっている可能性が大きいってこと〜」

「なっ!?一大事じゃないかっ!?」


 アイマスは目を見開いて立ち上がる。今度こそ、ちゃんと理解できたらしい。アイマスの屈託ない笑顔は、怪しいと認識しておこう。


(どう思う?)

《アイマスがですか?》


 そっちじゃない—と、デコピンをかまそうとして、既の所で思いとどまった。危ない。また自爆するところだった。


(アトリアの方)

《ああ…怪しいですね。とは言っても、この目で見てみないことにはなんとも…》


 流石のラヴァも、話だけでは何も判断できないらしい。私の指を噛むべくして開け放っていた嘴は、羽繕いで誤魔化したようだ。


「アトリアは〜、負の龍脈がそこかしこから集まっちゃって〜、それが違和感として〜、私やデンテには感じられたんだろうね〜。どうする〜?行くの〜?」


 視線をアシュレイ達へ戻せば、アシュレイの説明は終わりであるらしく、口を閉じてからは、アイマスをジッと見つめている。アエテルヌムというパーティは、アイマスによるワンマン体制であることを知っているのだ。


「…少しだけでいい。考える時間をくれ」


 アイマスにしては珍しく、すぐには声を上げなかった。いつの間にかソファに座り直していた彼女は、顔を手で覆い、何やら呟いている。隣に座るソティが耳をそばだてるも、聞き取れなかったらしい。不満げな表情でアイマスから顔を離した後は、私に向けて首を振って見せた。


「危険度は?アシュレイの見立てでいい」


 やがて、顔を上げたアイマスは、そんなことを口にした。これには、私もラヴァも大いに驚く。ソティ達は言わずもがな。アシュレイまでも目を見開いていた。


「…熱あるの〜?」

「…随分じゃないか」


 おそらくは、本気で心配しているであろうアシュレイに、苦笑を返すアイマスだったが、彼女の体調を心配したのは、アシュレイだけじゃないだろう。かく言う私も、その一人だ。


「…強い敵と戦う。危険な状況に身を置く。それだけでは、本当の強さは得られない—ということを知ったんだ」


 アイマスの言に、ふぅん—と脚を組んで、気のないふうを装うアシュレイだが、彼女が脚を組むのは、聞く姿勢を整えた時の癖だ。実際には、興味津々なのだろう。強さを追い求めていたアイマスが、あんなことを言い出した理由に。


「ボーナスという男を知ってるか?」

「…十天の〜?剛剣ボーナス〜?」


 アシュレイが尋ね返せば、アイマスは頷きながら続けた。


「機会に恵まれてな。彼の戦いを間近で見た。凄かったよ。はるかに格上の相手を、たった一人で圧倒するんだ。最初は、なんて言うか…危なっかしい感じだったんだけどさ…どんどん動きが洗練されてゆくんだ。その動きを見て、気が付いた。剣の軌道が、ブレないんだよ。毎回、同じ軌道を描いて、敵を切るんだ」


 身振り手振りを交えて、アイマスはアシュレイに説明する。由香里とクシケンスの二人が、何のことか分からずに顔を見合わせて首を傾げていたので、後で話す—と、視線を送った。


「あれは、ひたすらに剣を振り続けた者の動きだ。実践云々以前に、血が滲むほどに鍛錬を繰り返した者の動きだった。基礎を熟達させ、剣の一振りすらをも技のレベルに高めた、ステータスでは測れない真の強さだったよ」


 やや興奮気味に語ったアイマスは、少しばかりテンションを落として、アシュレイへ視線を向けた。アシュレイは満足げに頷きつつも、続きを促す。


「…だから何〜?」

「ん?いや、これで終わりだぞ?」


 アイマスの話は中途半端だと思うのだが、彼女的にはあれで終わりらしい。ガクリと脱力した。まったく、説明が下手すぎる。そんなアイマスのフォローをすべく、ソティが苦笑を浮かべて後を継ぐ。


「レベルが全てではないと知った今、ただ悪戯に危険なだけの場所であるならば、私達だけで向かうのは、控えたい—ということで御座いますよね?」

「ん?ああ。そう言ってる」


 言ってないよ—と、突っ込みたい思いに駆られるも、今は真面目な会話の最中だ。アシュレイも必死に笑いを堪えているし、私もアイマス節の洗礼に、黙して耐えることにした。


「ふふ、随分と変わったね〜アイマス。そうだよ〜。君達のような接近職は〜、日々の鍛錬を欠かしちゃ〜いけないね〜。追い込まれた時には身体に染み付いた動きしかできないから〜、日頃の基礎鍛錬が疎かになっていると〜、格上相手に戦うことは難しいね〜」

「そうだ。それが言いたかった」


 耐えきれなくなったソティが、口元を押さえながら肩を震わせた。私もアイマスの顔を見ないように、天を仰いで深呼吸する。


(くっそ。今日のアイマスは手強いな)

《まったくです。それにしても、去年からこっち、アイマスはオフの日でも剣を握っていたのは、そういうことだったのですね》


 ラヴァの言に頷いて返す。今日まで直接聞いたことはなかったが、アイマスの意識が変わったという認識はあった。以前のアイマスならば、オフの日は朝から酒を飲むことも珍しくはなかったが、あれ以来、ちょくちょくギルドの訓練場に脚を運ぶようになっていたからだ。だからこそ、ギルドの教官という仕事も任せられたのだろう。ランク上げに固執しなくなったのも、迷宮と騒がなくなったのも、アイマスの意識が変わったからに他ならない。接近職最高峰であるボーナスとの邂逅は、僥倖であったらしい。


「ちょっと。流石に話についていけなくて、寂しいんだけど」

「…せ、説明、を…」


 ついに辛抱できなくなったのか、由香里とクシケンスが私の元へとやってきた。苦笑しつつ、過去のアイマスがどういう人物であったかを語れば、二人は大いに驚いてくれた。今のアイマスからは、ひたすらレベルを上げて、敵を叩き潰すことを至上とする彼女は、想像がつかないことだろう。もっとも、一度敵と出会せば、これを殲滅するところは、今も昔も変わらないのだが。


《真、蟻の一件についても、ちゃんと教えておくべきでは?》

(…そう、だね。向こうの話も終わりそうにないし、少し語っちゃおっか)


 ついでに、2年前にアンラを騒がせた、蟻の一件に関しても詳細を伝えておく。さらりと要点だけを伝えたことはあったが、細かいところまでは教えていなかったのだ。これにも二人は目を見開いた。


「…改めて、聞くと…凄い、迷宮…ですよ、ね…」

「ちょっと想像つかないわね。そんな格上相手に、何の技もなしに立ち回れるなんて。…やりようによっては、どうにかなるものなのかしら?」


 クシケンスは迷宮の恐ろしさに顔を青くし、由香里はボーナスの強さを疑問視しているものらしい。確かに、彼はあの戦いの最中、一度も武技らしい武技は使わなかった。彼ほどの力を持っていて、まともな武技の一つも習得していない—ということもないだろう。これは、何か絡繰があるかもしれない。


「ねえ、アシュレイ」

「ん〜?何〜?」


 向こうの話も一段落していたようなので、ボーナスのことを尋ねてみることにした。


「先にアイマスが語ったように、私達はボーナスの戦いを間近で見たんだけど…その時に、はるかに格上の魔物に対して、彼は武技らしい武技を使っていなかったんだよ。これって、何か理由があるの?」

「あ〜…言っちゃっていいんかな〜これ〜」


 私の質問に、眉を寄せて考え込むアシュレイ。これは何か知っている。そう判断した私は、アシュレイに擦り寄ってヨイショした。


「いやいや。頼みますよアシュレイ様。アシュレイ様の知識だけが頼りなんですから」

「うっほぉ〜!気持ち悪〜!?首に息かけんなし〜」


 ヨイショは失敗した。おかしい。けれど、アシュレイは語る気になってくれたらしい。まあ、いいか—と姿勢を正しながら呟くと、ずれた眼鏡の位置を直した。


「あいつの強さの正体〜、それは魔法だよ〜。あいつはさ〜、ターゲットにした相手と剣を交わせば交わすほど〜、ステータスの上がる魔法をもってるんだ〜。それが〜、人類最強と呼ばれる〜、ボーナスの秘奥だよ〜。便宜上、格上殺し(ジャイアントキラー)って呼ばれてる〜」

「…凄い魔法で御座いますね…」

「ああ。マコトが言うところの、チートだな」


 最初は押されていたのに、時間が経つにつれて、圧倒できるようになった絡繰は、それが故であるらしい。なるほど—と、得心いった。


「理論上なら〜、倒せない敵はいないんだよね〜。実際〜、あいつは凄いしさ〜。そのうち圧倒できるようになると分かっていても〜、格上の相手に向かってくとか無理〜」


 そう言って肩を竦めるアシュレイの顔は、黄昏たかのように複雑な色を湛えている。もしかすると、過去には私達のように、彼の凄さを目の当たりにしたことがあるのかもしれない。


「よし、話を戻そうか。アシュレイの見立てはどうなんだ?」


 かなり寄り道したが、改めてアイマスが尋ねれば、アシュレイは小馬鹿にしたかのような顔を作り、さらりと言って退けた。


「原因も分からないし〜、町の中がどうなっているかも不明〜。脅威度は見積もりようがないし〜、それでも語れと言うならば〜、青天井かな〜」


 青天井らしい。危険極まりないとなれば、私達だけで行くなど無謀の極みだろう。そもそも、もはや冒険者の仕事ではないのではなかろうか。そう尋ねようとしたが、アシュレイはまだ言いたいことがあるらしい。口を開く仕草を見せたので、黙して待った。


「誰か、最近アトリアへ行った人いる〜?」


 アシュレイがぐるりと私達を見回すが、私を含めて皆が首を振る。ここ最近は、アンラ近郊か、西側でしか活動していない。北はとんとご無沙汰だ。


「皆と合流する前にさ〜、酒場でちょいと聞いたんだけど〜、このところ、北からの行商は来てないらしいじゃ〜ん?アンラの行商も〜、南にしか行ってないらしいし〜。冬だから仕方ないかもだけど〜、何も分かんないんだよね〜」


 言われてみればそうだ。冬が訪れる前にしても、北側へ行く行商隊は、ほとんどなかったように思う。帝国といえば、魚の干物やジャガイモ、トウモロコシなんかがメインとなる食料品だが、ジャガイモやトウモロコシは、自国で賄えるようになった。そうなると、わざわざ魚の干物や民芸品のためだけに、帝国と取引する旨味はないのかもしれない。


「多分、ジリ貧もいいとこだよ〜。龍脈の流れはちょっとやそっとじゃ変わらないんだ〜。それなのに〜、ここまで負の龍脈が人里に流れ込むのは異常〜。どうする〜?」

「…そうか…」


 アシュレイの問いに室内は静まり返る。アイマスは一瞬こちらを見たが、思い返したかのように腕組みし、むむむ—と、唸り始めた。私や由香里に頼ろうとせず、自分で考えるらしい。良い傾向だと思う。


「よし、決めた。冒険者ギルドだな。あるいは国に上奏すべきじゃないか?冒険者にどうにかできる範疇を超えている気がする」

「「「「「おお〜」」」」」


 アイマスの意見に、皆が感嘆の声を上げる。ソティに至っては、成長したで御座いますね—と、嬉しそうにアイマスを撫でていた。


(ソティって、最年少だよね?)

《そういえば、そうでしたね…》


 ソティもすっかり大きくなり、どっちが年上か分からなくなった今、アイマスを撫でていたとしても、絵面的にはおかしなところはない。アイマスの気持ちが複雑なだけだ。


「もう魔術師ギルド経由で〜、アンラには伝えてあるけど〜?デンテとか忙しそうにしてな〜い?」


 ソティの歓喜が一段落すると、アシュレイはそんなことを言って退ける。私はソティと顔を見合わせた。言われてみれば、ここしばらくデンテには会えていない。いつ魔術師ギルドへ顔を出しても不在なのだ。おそらくは、アシュレイから齎された報告の裏付け調査や、解決に向けた対応に追われているのであろう。


「…じゃあ、安心じゃん?」

「…そう…で、御座いますね…」

「…私が悩んでいた時間はなんだったんだ?」


 デンテならば間違いはないだろう。既に国には報告もしてあるだろうし、アトリアの一件は、アンラ神聖国として解決に乗り出すはずだ。そうなれば、私達の出番などないに違いない。

 さて、当てがすっかりと外れ、アトリアに行くことはなくった。では、この後はどうしようか。


「由香里とクシケンスは錬金術師ギルド?」

「真…昨日言ったでしょ?錬金術師ギルドは、今日から年始までは休みよ。だから一緒に行くって言ったんじゃない」


 そういえば、冬の夜10日から、錬金術師ギルドは研究棟を閉めるのだとか聞いた覚えがある。薬剤となる溶液類が冷た過ぎて、仕事どころではないそうだ。何をするにしても、由香里とクシケンスの二人は付き合ってくれるだろう。


「ソティは?」

「やることがないのであれば、いつも通り孤児院や教会へ行きますが…忙しかったのは昨日までで御座いますし、今日くらいは皆が揃っておりますから、一緒に過ごそうと考えていたので御座います」


 そう言ってソティは笑う。ならばソティも共に来てくれることだろう。残るはアイマスだ。


「アイマスは暇なの?」

「ん?ああ…今日は何もない。教官のバイトも、今年、予定されていた分は、昨日で終わりだ」


 どうやら、アイマスも用事はないようだ。私ももちろん暇だ。となれば、やることは一つだろう。


「じゃあ、冒険者らしく、冒険者ギルドでも冷やかしに行く?」


 私の提案に、皆は賛成の声を上げた。

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