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小坂、ロロナに告げる その二

 さて、話が一段落ついたところで、調理場からファーレンが現れる。ニコニコと弾けんばかりの笑みを浮かべた彼女の手には、杯がいくつか載せられた、お盆が握られている。


「疲れた時には、僕の搾った特性オレンジジュースが良いですよ!キンキンに冷やしてあるので美味しいのです!」


 これはどうしたことか?—と訝しみ、開け放たれた調理場に視線を向けた。ファーレンは氷を生み出したり、火属性を反転させて制御するような器用な事は出来ないはずなのだ。粗探しのようで申し訳ないが、気になると確認せずにはいられない質なのだ。


(…ああ、そういうことか)


 調理場にいたのはアーサーさんであった。器用に火属性の魔法陣を反転制御してみせている。相変わらず器用なスライムだ。


(最近、本当になんでもありだよなぁ)


 留守番や猫、ヒヨさんやエルの餌やりまで任せられるアーサーさんは、我が家の陰の立役者と言っても過言ではないだろう。


「疲れた時…か。そうだね、もらうよ」


 ロロナはファーレンからオレンジジュースを受け取ると、一気に飲み干して、お代わりを要求する。美味しかったらしい。俺も飲んでみたが、確かに美味かった。


「あんた達には何かしら事情があるとは思っていたけど、とんでもないね…何を聞いていいのかすら分からないよ」


 ジュースからロロナへ視線を戻せば、ロロナは渋い顔で顳顬を揉んでいた。まだまだ頭の中が整理しきれないようだ。気持ちは分かる。俺とて、アビスに聞きたいことがあるのだが、何をどう聞いたものか、未だに整理しきれていない。


「イチロー達は?あの子らもそうなのかい?」


 思い出したかのように、イチロー達の事を尋ねてくるロロナ。彼らのことは、俺もあまり知らない。異邦人ではなかろうが、本人達に記憶がないのだから、知る由もない。


「彼らは違うと思います。彼らもまた、私同様に人の身ではありませんが、彼らは私達と出会った時には、既に記憶をなくしておりましたので」


 出会ってから今日までの事を掻い摘んで説明する。彼らの正体は、骸骨(スケルトン)系の高位種であるブラック・スケルトンであり、その肉体は俺同様にホムンクルスであること。生前の記憶はなくしているが、おそらくはアビスと同じ時代を生き、聖剣の迷宮を作り出した当人達であろうことをだ。


「聖剣の迷宮を作り…ああ、さっきの邪神の話で出てきたね…いけないね、どうにも頭がこんがらがっているよ」


 わしわしと後ろ髪をかき乱した後には、やっぱりあいつらもか—と、がっくり項垂れるロロナ。そのまましばらくは俯いていたが、目の前に出された二杯目となるオレンジジュースの爽やかな香りに、ゆっくりと顔を上げた。


「じゃあ、あいつらに外を歩かせているのは?」

「邪神や、こやつの同郷の者と思わしき者達がおらぬか、秘密裏に各地を探らせておる。今のところ、それと思わしき情報は入ってきてはおらぬがな」


 俺が答えるよりも早く、クローディアが応じた。ロロナはチラリとアビスを見て、得心いったかのように何度か頷いてみせる。アビスの姿を知る邪神がいないとも限らないということに、思い至ったのだろう。だが、実のところ、俺達からイチロー達へ頼んだわけではない。イチロー達が率先して、その役割を引き受けてくれたのだ。俺としては、彼らには自由に過ごしてほしかったのだが、俺達の役に立つことが一番の喜びであるらしい。そう言われては、無下にできなかった。なお、その道中で面白そうな本を見つけたら、確保するようにお願いしていたりするのは内緒だ。


「そうかい…それにしても…」


 はぁ—と大きく嘆息し、ロロナが頭を振る。何か声をかけようかとも考えたが、どんな言葉が適切か思い至らず、黙して待った。やがて、顔を上げたロロナは、己の側でお盆を抱えたまま佇む森精族(エルフ)へ視線を向ける。


「あんた達の中で、普通なのはファーレンだけかい…」


 そんなことを口にしながら、ロロナは疲れきったかのように、へらりと笑う。けれども、ファーレンを見つめるその目は、頑張れよ—と語っているかのようでもあった。


「え?何の話ですか?」


 可哀想なことに、ファーレンには伝わらなかったが。

 ところで、ロロナの質問が一段落したところで、俺も気になっていたことをロロナへと聞いてみることにした。


「今度は俺から質問いいですか?」

「…なんだい?」


 俺が声をかけると、ロロナはゆっくりとこちらへ向き直る。その気疲れを感じさせる仕草に苦笑しつつ、先を続けた。


「ロロナさんは、どうして俺達に依頼を受けさせようとするのですか?別に俺達がやらなくとも、それなりに回っていますよね?」

「…」


 ロロナは口を噤むと、黙然とした。答えられない訳ではなさそうだが、言い難いのだろう。


(もう少しだけ、つついてみるか)


 この町で貼り出される依頼の多くは、街道整備の護衛であったり、未開の大森林近くの鉱石や植物の採取だ。魔物の討伐依頼など、実はそこまで多くはない。それこそ、街道に魔物が余程増えたり、この間行ってきた小鬼(ゴブリン)の間引きように、未開の大森林から程近い場所に魔物が増えた場合でもなければ、魔物の討伐を目的とした依頼は出てこない。他の町では少し強い程度の魔物が目撃されただけでも大慌てらしいが、この地では、強い魔物がそこかしこを歩いているのは、日常的な光景だったりするからだ。


「俺達は確かに強いのでしょうけれど、強いからといって、そこまでアドバンテージがあるわけでもありません。むしろ、俺達が外に出れば、忍ぶ技術に長けている訳でもなし、逃げる技術に長けている訳でもなしで、悪戯に生態系を破壊します。未開の大森林の奥地ならばまだしも…街道近くでそんなことをすれば、何かあっても、その後のことまで責任が持てませんよ?それは分かっているはずです」


 ここで一旦話を区切り、ロロナの様子を窺う。ロロナは真っ直ぐに俺を見つめ返していたが、視界の隅で、テーブルの上の彼女の拳が、小さく握り込まれたのを認めた。


「これまではファーレンさんが加わったことで、ファーレンさんを活躍させてあげたい親心かと思っておりましたが…先ほどからのロロナさんの様子を見る限り、ほかに理由がありそうな気がします」


 俺の言に、確かにの—とクローディアも同意すれば、ロロナは観念したかのように渋面を作る。はああ—と深い溜め息を吐きながら、前髪をかき上げた。


「全く、嫌になるね。どうしてそうも頭が回るのか」


 俺の読みは、あながち的外れでもなかったらしい。二杯目のオレンジジュースを一気に飲み干した後、ロロナは吐き捨てるかのように言った。


「…税が重いのさ」


 一瞬、何の話だ?—と整理が追いつかず、皆に視線を向ければ、クローディアは訳知り顔で頷いており、ファーレンはもの悲しげに眉間に皺を刻んでいる。どこに話が繋がるのか理解できていないのは、俺とアビス、アムルタートの三名のみであるらしい。


「おや?君はどこの子でありますか?可愛いでありますね」

「なーうー」


 調理場の方から、クルスのものと思わしき、力の抜ける声が聞こえてくる。どこからか猫が迷い込んできたらしい。


「冒険者の斡旋料から、税収を賄っておる訳じゃな?」


 弛緩した空気を引き締めるかのようにクローディアが尋ねれば、ロロナは首肯する。一方で、俺は肩透かしを食らった気分になっていた。なんてことはない。当たり前の話であったからだ。少し難しく考え過ぎていたらしい。


「冒険者ギルドはね、仕事を受注する際には、難易度に応じて、依頼金、報償、あるいは報奨金の他、斡旋料も徴収する。依頼金と斡旋料がギルドの儲けになるんだけどね。その何割かは、税金として所属する国に納めることになっているのさ。あんた達には、あまり関わりのない話かもしれないけれどね」


 名目としては、所場代といったところだろうか。確かにあまり関わりはない。税金など、市民権の購入時に領主館で支払ったくらいで、その後は意識したこととてない。日本のような、定期的な納税義務などは無さそうだが、念のため、確認をとっておくべきだろう。まあ、今でなくとも良いだろうが。


(そういえば、ファーレンの市民権代をまだ返してもらっていないな)


 ふと、ファーレンを見て思い出した。市民権を購入しなくては、その土地や家屋の売買はできない。そればかりか、定住が認められないのがメキラ王国の法だ。だからこそ、ファーレンは二年余りにも渡り、宿暮らしを続けていた。いくらロロナに目をかけてもらっていたとはいえど、持ち合わせのない彼女は、市民権を得られなかったからだ。


「なるほどのぅ。難度の高い依頼になればなるほど、お主らの儲けは増える訳か」

「そうだよ。それは、他国のギルドで依頼を受けても変わらない。メットーラのギルドカードを提示してさえくれれば、うちにも相応のロイヤリティが入る仕組みさ」


 ロロナの言に、一つ得心がいった。俺達のギルドカードは、なかなかに曲者だったのだ。例えば、俺の職業欄は、“貪する者”という謎の職業になっていたり、アビス、クルスの種族が“竜人”であったりする。その上、全員のレベルが100をゆうに超えるのだ。ところが、ロロナはそれらの情報を書き換えた。バレたらどうなるか知れたものではなく、危険な橋に違いない。


“カードの更新さえしなきゃ、情報が書き換わることはない。どうしても更新したけりゃ、うちでやりなよ?あと、他人には見せないでおくれ”


 初めて俺達のギルドカードを見たロロナは仰天した後、急いで俺達の登録情報を上書きした。元々の情報にはロックをかけ、ロロナの解除なくしては参照できなくした他、外部からの問い合わせ用として、偽の情報をでっち上げたのだ。その時の真剣な顔の裏には、税金の目処がたったという打算があったのだろう。働け、ランクを上げろ—と、迫るはずだ。


「あんた達が現れてくれたことは、まるで神の思し召しに思えたよ。これならば、税金がどうにかなる—と、小躍りしたい気持ちになったもんさ…はぁ、軽蔑したかい?」


 力なく思いを吐露したロロナの顔は、憑物でも落ちたかのように穏やかなものだった。


「…」

「…」

「…」


 ロロナが口を閉じた後も、誰もが何も言えずに、互いに視線を交わす。言えるはずもない。誰しもが何かしらの思いを抱えているのは当たり前のことであり、ましてや、冒険者になりたい—と、やってきた者達だ。冒険者として活躍してくれることを期待するのは当然である。軽蔑など、どうしてできようか。


「…そんなに、切羽詰まっておるのか?」


 重苦しい空気の中、声を上げたのはクローディアだ。ロロナはチラリとクローディアを一瞥した後、ゆっくりと頭を振った。


「あんた達が持ち込んだ死霊騎士(デュラハン)の装備。あれのおかげでね、十年は安泰だよ。…メットーラ領だけで考えればね」

「え?国家予算並の額になると聞きましたが?」


 ロロナの言に、思わず上擦った声を出す。国家予算並の儲けがあっても、十年そこらで底をつくらしい。税金の相場など知りもしないが、メキラの税金は、重過ぎるのではなかろうか。


「売買の儲けに、税金は課せられておらぬのか?」

「得た金銭の追求は、巧妙に躱したよ。色々と伝手があってね。けれど、現物のいくつかは、王都に献上する羽目になった」


 クローディアの疑問には、乾いた笑いを浮かべつつ、ロロナは隠すことなく言って退ける。俺達から見えないところでは、随分と綱渡りをしていたらしい。


「はぁ…この国にはね、王都直轄領の他に、メットーラ領、オートメラ領、アメランド領があるんだよ」


 一拍置いて語り始めたロロナに、皆が視線を向ける。ロロナは誰を見つめるでもなく、オレンジジュースの注がれていた杯を弄びながら続けた。


「ここ、メットーラ領はね、以前話したかもしれないけれど、昔は開拓地だったのよ。私がここに嫁いで来る前…先代のママナルド伯の頃ね。けれど、大森林の魔物達は強過ぎて…今はもう開拓は諦めて、辺境の一都市として落ち着いたわ」


 この話はどこに着地するのか—と、俺とアビスは視線を交わす。どうにも長くなりそうな予感がするのだ。聞いておいた方が良いのであろうが、この上なく気乗りしない。なんなら、もう寝たい。


(いった!?)


 唐突に腿を抓られて、声を上げそうになった。何するんだ—とクローディアを睨みつければ、ちゃんと聞け—と言わんばかりに、クローディアも俺を睨みつけていた。ふと見れば、アビスもアムルタートに向けて、俺と同様に情けない顔を見せているではないか。向こうでも似たようなやりとりがあったに違いない。


「うちはもう開拓はやめたから、一先ずは落ち着いているのよ。小さな農村数個と、ここメットーラ。それがメットーラ領の全てで、公共事業としては、街道の整備や、設備の補修くらいしか金がかかるところはないわ。けれど、オートメラ領は違うの」


 クローディアに抓られた腿は未だにじくじくと痛む。その痛みに内心で不満をこぼしつつ、ロロナの話を聞いた。


「オートメラ領は、今なお開拓を継続しているわ。免税期間なんてとうに過ぎて、きっちりと重税が課せられている。それでも、開拓を止められない理由があるのよ。そんな訳だから、出費は馬鹿にならず、何度も王都へ足を運んでは、税の減額を懇願している状況よ。アメランドは貿易都市だから、多少無理すれば…どうとでもなるけれど…」


 ロロナの話を受けて、以前、誰からか教わった、この国の状況を思い浮かべた。まず、メットーラ領は広大な土地を持つ、メキラ王国最南端の辺境地だ。領主は、サトール・ママナルド・メットーラ辺境伯。多分、サトールというのが名前だ。辺境伯とはいえど、国境防備の責はない。他国に面している訳ではないからだ。ただし、自領内の半分以上を占める、未開の大森林から溢れ出る魔物の討伐の責を負う。未開の大森林が近い故に、鉱石や植物類は魔素を豊富に蓄えており、この地独自の物も多く、錬金やら魔術の触媒として重宝されるらしい。それらが一度、市場に出れば、かなりの額で取引されるそうだ。なお、アルセイド大陸中央に広がる死の樹海を除けば、この大陸の中では最も魔物の強い地域である。

 これだけ聞けば、危険に対する見返りはあるかのように感じるが、実際はそうではない。確かに、未開の大森林は脅威であり、同時に恵でもある。だが、脅威を恵とするには、腕の良い冒険者が必須となるのだ。けれども、若者は田舎には居つかない。そして、魔物が強すぎるため、他領からの冒険者も居つかない。結果、腕利きの冒険者は年々年老いてゆき、やがて恵は底をつく。今はどうにかやっていけてはいるものの、先細りなのは火を見るよりも明らかである。それはきっと、サトールも理解しているはずだ。頭の痛い問題だろう。


(で、その奥さんがロロナさんなんだよな)


 それでも、貴族であり、さらには年齢不詳の美魔女を妻にもつサトールは、俺の中では勝ち組だ。羨ましいことこの上ない。

 妬みは置いておくとして、次にオートメラ領。名前は忘れたが、オートメラ伯爵の治める、メットーラ領に次ぐ広大な領地だ。メキラ王国の北東をまるまる収めるオートメラ領は、過去のメットーラと同じく、開拓地として設けられた経緯がある。その目的は、ここと同様に居住可能地域の拡大だ。メットーラとの違いを挙げるなら、こちらの開拓は上手く進んでいるという点だろう。それもそのはず、向こうの魔物はここほど手強くはなく、一般的な術師達でも、数を集めればどうにかなったからだ。広い田園を持つ、メキラ王国の食糧庫である。そして、食糧庫であるが故に、開拓を止める事ができないのだろう。オートメラ領が税として納めているのは、間違いなく食糧だからだ。食う物がなくては人は生きてゆけない。きっと、自身の糧も、納税分も、必死になって耕しているに違いない。耕せば耕すほどに税は上がるが、己達の蓄えを作るためにも、止める訳にはゆかないのだ。いたちごっこの構図である。


(それと、アメランド領か…)


 アメランド領は、アンラ神聖国とメキラ王国の国境である、大渓谷を跨ぐ形で設けられた貿易都市とその周辺だ。領地というよりは、自由自治に近い都市だそうで、都市の半分はメキラ王国、もう半分はアンラ神聖国という、類を見ないユニークな形態をとっている。貿易都市の名に相応しく、町中には両国のあらゆる品のみならず、南の森羅連合、アンラの北に位置するディメリア帝国。そしてアンラの東に広がる小国郡の郷土品も数多く並んでいるらしい。メキラ側のアメランド領が治める町はこれ一つであり、食料はどうするのかといえば、有り余る財に物を言わせて、他領から食料品の類を仕入れるそうだ。保存食ばかりで飯は不味いに違いなく、有事の際には真っ先に立ち行かなくなるのであろう。なお、領主の名は完全に忘れた。きっと、アメランド伯爵に違いない。


(そして、王都メルアルド)


 他国からやってきた冒険者達の話を聞くに、メキラ王国の評判はすこぶる悪い。曰く、国民を蔑ろにしているだの、貴族が権力に物を言わせて好き勝手に振る舞っているだの、術者が威張りちらしているだの。それら全ての噂の発端が、この王都メルアルドに他ならない。王政が機能していないのか、あるいは王自らクズなのかもしれない。


「—そんな訳でさ、中央貴族は完全に腐ってる。それを私の旦那達、地方諸侯で諫めているのさ。…それが、この国の実態だよ」


 考えごとをしていたところ、づぅ!?—と、腿を襲った痛みに顔を歪める。我に返ってみれば、ロロナが滔々と語っているではないか。


(やべ。全く聞いてなかった)


 まるで聞いていた体を装って表情を取り繕うと、どうしようもないの—と、隣からのじゃロリの呟きが聞こえてきた。これには、流石にきまり悪くて、口答えの一つもできない。何となく想像はつくが、後で教えてもらおう。


「オサカ師匠…」


 ロロナが口を閉じた後には、ファーレンが物言いたげな顔で俺を見てくる。気持ちはよく分かる。俺も同じ心持ちだ。けれど、これには頑として首を振った。


「ダメだ」

「でも」

「ダメだ」

「けれど」

「ダメだ」

「ですが」

「ダメだ」

「しかし」

「いい加減にせぇ!鬱陶しい!」


 クローディアの怒声が上がったことで、ようやくファーレンも諦めたらしい。この場ではだが。


「ファーレン、聞き分けなよ。オサカ達の力は異常だ。それこそ、覇道を歩むつもりなら、阻める者などいないだろうさ。けれどね、多くの血が流れる。それに、オサカ達は目立つ訳にはゆかない。気持ちだけもらっておくよ」


 ロロナはどうやら、俺の言いたいことを理解してくれているらしい。俺達の力は、今や過剰だ。魔物や邪神相手にならば、力を振るうことを躊躇いはしないが、人間相手となった場合、そういう訳にもゆかない。相手がどれほどの悪党であったとて、きっと周囲には、強い恐怖の念を与えるに違いなく、ともすれば、後々に余計なトラブルを呼び起こす種にもなりかねない。それに何より、強い力を誇示すれば、いくら情報拡散の遅い世界であっても、俺達の存在は各地に知れ渡ることになる。そうなれば、何処に潜むか分からない、邪神達の耳に止まることとて、そう先の話ではないだろう。


「ロロナの言う通りであるな。現状においては、人の治世に暴力で訴えることは悪手である」


 アビスにまでノーを突きつけられて、ついにファーレンは唇を引き結ぶ。自身の手でロロナを助けてやりたいのであろう。俺だって、できるならば何とかしてやりたい。


「今は—で、あるがな。機を待て」


 ところが、俺達の反応を見てから、アビスは徐に口を開くと、驚くべきことを口にして締め括った。これには俺のみならず、ロロナも目を見開く。


「…良いのか?その…目立ってしまっては…」


 クローディアも動揺を隠せていない。けれど、アビスは呵呵大笑すると、俺にニヤリと笑ってみせた。


「敵対する大義名分があれば、これを討ち取るに異を唱える者があるであるか?」

「…なるほど」


 未だニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべるアビスに、俺も笑ってみせる。アビスが何を考えているのか、俺にも理解できた。


「え?え?え?…ど、どういうことですか?」

「…オサカよ…何と悪い顔をするか。アビス様まで…」


 俺達の悪巧みを聞きたいのか、ファーレンが椅子を引いて腰を下ろし、クローディアは呆れたかのような溜め息を吐いた。


「ああ、それなんだがな—」

死霊騎士(デュラハン)の装備でも、遠話の魔道具でも売り払って、その金をチラつかせれば良いのであります。金の亡者ならば、いとも簡単に食いつくことでありましょう」


 俺が言おうとしたことを、調理場から掻っ攫っていった者がいる。愕然として視線を向ければ、開け放たれたままのドアから、クルスが顔を見せた。


「おーよしよし。いい子であります」

「なーうー」


 クルスよりも先に、クルスの腕に包まれた、目つきの悪い猫に視線を奪われる。どこのどなただろうか。そして、クルスの背後には、裏切られたかのような眼差しをクルスへ向ける、我が家の愛猫、タンパク質の姿が。


「クルス…」

「はっ!そうでありました!」


 声をかけると何かを察したのか、くるりと背を向けてタンパク質へと駆け寄るクルス。


「動物とは、嫉妬深いものと教わったのであります!可愛がるのは、タンパク質が先でありますな!ビタミンは少し待つであります!」

「なーうー」


 ビタミン—という名?の目つきの悪い猫—を下ろしてタンパク質を持ち上げたクルスは、ゴロゴロと喉を鳴らす愛猫を撫でつける。タンパク質は満足げだ。一方で、床に下ろされたビタミンは、早速テーブルの上へと飛び乗ると、余ったサラダのレタスをむさぼり始めた。実に太々しい性格であるらしい。


(…ネーミングセンス)


 ところで、俺はぐっと言葉を呑み込んでいた。思うところがないわけではないが、俺とて人のことは言えない。ここは黙ってやり過ごそう。

 俺の葛藤はさておき、俺達はクルスが言葉を続けるのを待っていた。ジッと皆で視線を向けているのだが、当のクルスは全く気付く様子もない。


「にゃーんごろー」

「んん?ご飯でありますか?さっき食べたでありますよ?」


 ついには、巫山戯たことを言いながら、クルスは調理場へと戻ってゆく。食堂内は静まり返り、シャクシャクという、レタスの葉を食む音だけが木霊した。


「…ちょっと…」

「…きつく言っておきます」


 ビタミンの尻を見つめながら、ロロナに身内の非礼を詫びる。けれども、以前に比べて、クルスに個性が出てきたことは喜ばしい。苛烈な面の目立つクルスだが、あんな顔もあるのだ—と思うと、独りでに頰が綻んだ。


「まあ…その、なんじゃ。話を戻すがの…メルアルドはなんとかする—で、良いのか?」

「ええ。と言っても、特段何かをする訳ではありません。当面は、手持ちの金で凌ぎましょう。場合によっては、地方諸侯に恩を売るのも良いかと」


 ここで一旦話を区切り、チラリとアビスを見る。この先を口にすれば、もはや後にはひけない。ロロナやファーレンの期待は際限なく膨らみ、状況を打破すべく、有言実行を求められることだろう。そうなれば、目立たずに過ごすことは至難となるからだ。だが、アビスは口角を上げて笑ってみせるではないか。呆れるほどのお人好しだと思う。これでピンチにでもなった日には、どうするつもりなのか。


(全く、ついてゆく相手を間違えたな)


 内心では毒づいているはずなのに、妙に気分は晴れやかだ。俺はこの竜が好きなのだろう。この男の人懐こさや、弱者を捨て置けない優しさに惹かれているに違いない。


(分かりましたよ)


 遠慮は不要であるらしい。ならば言わせてもらおう。俺もアビスに笑ってみせ、ロロナへ視線を戻す。ふぅ—と一息ついて、覚悟を決めた。


「…その後は放っておいても、遠話の魔道具、魔石といった技術が、勝手に金を生み出します。その金でメットーラを発展させてゆきましょう。最初は口撃程度でしょうけれど、メットーラの発展が進めば、向こうから勝手に攻めてきてくれます。く、くくく」


 最後には、堪えきれずに笑いが口を割って出た。うわぁ—と女性陣が顔をしかめ、アビスも苦笑する。仕方ないだろう。悪巧みは面白いのだから。


「戦う大義名分があれば、力を使ったとて、問題にはならないである。メルアルドがメットーラに戦争をふっかけて、負けた—という話が広まるだけであるな。後は、どれだけ綺麗におさめるかである」

「無辜の民に血を流させたくはないですからね。それに、メットーラが発展すれば、王都からも移住者が出て、王都には戦う力そのものがなくなるかもしれませんよ?」


 アビスの言に続ければ、アビスとクローディアの二人は、ふと考えた後に、なるほど—と、首肯する。俺の言には一理あると思ってくれたらしい。


「…そんなに、上手くゆくものですか?」

「…僕にも信じられません…」


 アムルタートとファーレンが、消え入りそうな声で意見してくる。ロロナも二人と同意見であるらしく、難しい顔を見せていた。ここは少し、大風呂敷を広げても良いだろう。


「ははは。私が異邦人だということをお忘れですか?この世界にはない、数々の便利アイテムを生み出してご覧にいれましょう。世界が変わりますよ?」


 耳触りの良い言葉だが、これにはクローディアの頑張りが欠かせない。俺では、そこまででたらめな魔道具開発の力はないからだ。チラリと視線を向ければ、俺の考えなど見透かされていたらしく、クローディアはムッとした顔を見せていた。


「…まあ、仕方あるまい。乗ってやるわい。ただし、見返りはあるんじゃよな?」


 だが、それも束の間。すぐにクローディアは相好を崩し、取引を持ちかけてくる。善処します—と、冷や汗混じりに答えれば、期待しておるぞ?—と、さらにハードルを上げられた。


「ま、まあ、私達は目立てないので、ロロナさんと…後はモスクルさんの頑張り次第ですかね。販路の選別は、お二人に一任します」

「えっ!?」


 思わぬところで名を挙げられて、ロロナは目に見えて狼狽する。しかし、これにはクローディアが口を開いた。


「お主らの国の問題じゃろう。わしらだけにやらせる気か?そもそも、わしらは目立てぬのじゃ。矢面に立つのは、当然お主らの仕事じゃよ」

「うっ!…わ、分かったよ…」


 流石のロロナもクローディアには弱い。今後もロロナを言い含める—と言っては言い方が悪いが—時には、クローディアを使おうと思った。


「でも、一ついいかい?」


 それまでの浮かれていた空気から一転して、ロロナが表情を引き締めた。言いたいことはなんとなく想像がつく。俺も表情を引き締めて頷いてみせた。


「もし…戦争になったら…」

「最悪、メルアルドは滅ぼします。覚悟だけはしておいてください」


 ここはキッパリと言い切る。もちろん、希望を述べるならば、先に口にしたように、無血で終わらせたい。遺恨は残したくないし、目立たばそれだけ俺達には都合が悪い。しかし、現実はどう転ぶか分からない。メルアルドを地図から消すことが、この国にとって、あるいは俺達にとって、最良の結果となる未来とて、考えられなくはない。仕掛けるつもりならば、ここまで想定しておくべきであろう。


「…考えさせておくれ」

「そうしてください」


 あまりのロロナの落ち込みように、言い方を間違えたか?—と不安に駆られてアビスを見れば、アビスは苦笑を浮かべていた。


「そうならぬように、努めるであるな。時間はまだある。打てる手は打っておくである。オサカの言は、本当に最悪中の最悪であるぞ?そんなことになれば、メットーラそのものが近隣諸国から警戒される。分かるか?注目ではない、警戒だ。そうなれば、我らも動き辛くなるであるからな」


 アビスの言葉に、俺達皆が神妙に頷く。ロロナはいくばくか顔色を良くした。

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