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小坂、ロロナに告げる その一

「逃げるか?…普通…」


 伸ばした手の先には、自慢の調度があるのみで、先に会議室を賑わせていた一団は、既に影も形もない。はぁ—と嘆息し、何度も眉間を揉んだ。


(ベロートにどう報告したもんか…)


 先にはロロナに対して、ベロートを陛下と呼べ—などと語ったが、ふと気が付けば、内心とはいえ、己もベロートを呼び捨てている。それがおかしくなって、笑いそうになった。


「どうかしましたか?」

「…いや」


 咄嗟に口元を押さえて事なきを得たが、何か心配事があるだろうか?—と、部下達に気を揉ませてしまったらしい。手を振って何でもないことを伝えれば、部下達は安堵の色を浮かべてみせた。


(…さて、これはなんだろうな…)


 ところで、俺の右手には、大きな袋がぶら下げられている。オサカが投げつけてきたものだ。ずっしりと重たいそれを開いてみれば、中に入っていたのは、彼らの技術の結晶であった。


「…これは…精霊…い、いえ!魔石!これは魔石です!信じられない!」

「どういうことだ?…魔石が霧散しない?」


 オサカ達との話し合いに同席させようとしていた部下達は、分野は違えども、各々がなんらかの技術に秀でた者達だ。俺などは戦闘しか取り柄のない御飾りだが、こいつらならば、桁外れな術師であるオサカとも、対等とはゆかなくとも、それなりに会話できると踏んで連れてきたのだ。


(蟻の巣で見せたあれか…)


 脳裏で再生されたオサカは、両手を高々と掲げ、蟻の巣を空中へと縫い付けていた。邪悪な笑みを浮かべるオサカの頭上には、おおよそ人の技とは思えない巨大魔法陣が展開し、その淡い光は、次の瞬間には別の模様へと移り変わり、蟻の巣を一瞬で圧壊する。

 そんな夢か現かの判別すら怪しくなる光景の中に、確かに魔石はあった。空中で魔法陣を展開していたものこそが、何を隠そう、魔石であったのだ。


「…またとんでもないものを…」


 魔石の性質も、おそらくは精霊石と変わりはしない。オサカがやって退けたアレも、精霊石で再現できることだろう。これほどの大きさを持つ精霊石を、何個も揃えられればの話だが。


(そうなると、これはやはり人工的に作り出したと考えるのが自然か…)


 袋の中の魔石を苦い顔で眺めていると、同じく袋の中で、魔道具と思わしき板切れが、チカチカと光り出す。


「…ん?これは…」

「“応答”…と書いてありますよ?」


 魔道具を持ち上げてみれば、部下の言う通り、確かに応答という文字が明滅していた。さて、どうしたものか?—と逡巡したが、なんとなしに明滅する文字を指でなぞる。


「うおっ!?」


 その瞬間、魔道具から無数の光が浮かび上がった。俄かに慌てるも、その中心には“ロロナ”と書かれているではないか。


「…ロロナ?…通話中?」


 よく知る人物の名前であったため、僅かに冷静になる。思わず口に出して、板切れの中程に表示された文字を読み上げては、すぐに顔を上げて部下達と視線を交わす。しかし、誰もが何のことか分からないらしく、首を振った。


(通話中…って、ロロナと会話しているのか?)


 その時、脳裏を過ったのは、各地の主要な冒険者ギルドに配置されている、水晶を模した遠話の魔道具だ。けれども、あれは大き過ぎる台座—に見立てた精霊石—があって、はじめて各地と通話が可能になる代物である。とても手に収まるような小型の魔道具で、それがなし得るとは考え難い。


『…スクル、モスクル、聞こえてるかい?』


 ところがどうだ。耳に聞こえてきたのは、本当にロロナの声だった。驚き目を見開きつつも、とりあえず声に出して応答した。


「ああ、ロロナなのか?聞こえてるぞ。どういう事だ?」

『…ちょっと、声が小さいよ。顔に近付け…耳に当てて』


 言われた通り耳に当てて、これでいいのか?—と尋ねれば、よく聞こえるね—と、ロロナは笑った。確かに、ロロナの声も先ほどよりはっきりと聞き取れる。


(これはいいな)


 どういう絡繰でメットーラなどという遠方と会話できているのかは知らないが、仮にこれが普及すれば、世界が変わることは間違いなく、それを思えば、年甲斐もなく胸が弾んだ。


(っと、違うだろ)


 浮かれつつあった意識を切り替えて、聞かねばならないことを整理する。チラリと部下達へ視線を向ければ、何やら紙束を熱心に眺めつつ、ゴツゴツした人の頭部ほどはあろうかという魔道具らしきものを弄っていた。


「でだ、ロロナ。何故彼らは逃げた?やましいことがある訳ではないのだろう?理由を教えてくれ」


 部下達から視線を切り、ロロナとの会話に集中する。だが、俺の問いかけに、ちょっと待て—と答えたきり、ロロナは押し黙った。


(なんだ?何をしている?)


 ちょっと待て—と言われた通り待ってみたが、待てど暮らせどロロナの声は聞こえてこない。気が急いて、一人でに足がリズムを刻み始めた頃、部下の一人が一冊の本を手に、小声で話しかけてきた。


「ギルマス、これを」

「…ん?取り扱い説明書?」


 手渡された本は、黒い魔物の革を表紙として、金箔で見事な幾何学模様を描いたものだった。どうやら、この遠話の魔道具の取り扱い説明書であるらしい。


「…わざわざ装丁したのか…ったく、芸の細かい奴らだ」


 部下の一人が更に遠話の魔道具を手渡してくれたので、片手でロロナと通話を維持したまま、もう片手で取り扱い説明書を眺めつつ、魔道具を弄った。


(…よくできてるな)


 説明書をパラパラとめくれば、目を見張るほどに見事な挿絵もあれば、一見しただけでは、この世の終わりを感じさせる気味の悪いものまである。文字とてそれは変わらない。几帳面さが窺える角ばった共通語もあれば、まるで子供の落書きとしか思えない砕けた—と、表するのも憚られる丸文字まであった。寄ってたかって作り上げた力作なのだろうな—と、途轍もない化け物集団が内職に勤しむ様を想像して、笑いそうになった。


(通話録音?…へぇ、そんなことまでできるのか)


 いつの間にか、説明書を読むことに夢中になっていたらしく、ロロナから声をかけられた時には、随分と慌てた。


『待たせたわね…権力者と関わるのは御免被るそうよ…悪いけれど、モスクルの方で上手く…いや、そのまんまを伝えてくれていいわ』

「まあ、それしかないな…」


 ロロナの言に、深いため息を吐く。ベロートは彼らと語り合える日を心待ちにしていたため、逃げられたとなれば、大変に落ち込むことだろう。


(仕方ないよな)


 もとより、強権を発動させられる手合いでもなく、そうするつもりもない。こうなっては諦めるしかないだろう。特に嫌われている訳でもなさそうだから、機会があれば、こちらから会いに行く分には、文句を言われることもあるまい。


「しかし、それにしても凄いな。この魔道具は世界に革命をもたらすぞ?」


 気持ちを切り替えて、魔道具のことに触れる。俺としては思ったことをそのまま口にしたのだが、ロロナからの返答は渋い。何かあるのか?—と訝しんで尋ねれば、ロロナは嘆息してから続けた。


『それなんだけどね…しばらくは、アンラの冒険者でテスト運用をしてほしいそうよ。それで色々と問題点を洗い出して、こっちにフィードバックしてほしいの。一般に広めるのは、問題点の洗い出しが終わってからだ—と、ついさっき説明されたわ。一番の問題点は、魔石の中の魔力よ。使用した分の魔力を充填しなくてはならない事らしいの。その辺のことも内々で処理できるかしら?』


 ロロナの言に、ふむ—と、考え込む。こちらは魔術師ギルドに顔が利く。付き合いの長いデンテが魔術師ギルドの長であるからだ。なんとかなりそうだ—と当たりをつけてから、ロロナに返事した。


「考えてるんだな。確かに言われてみればその通りだ。分かった。モデルケースとして相応しい奴らを何パーティか見繕って、テスト運用させてみる。魔力補充についても心配いらない。デンテに信用できる者達を集めさせる」


 俺の返答に、ロロナは少しだけ気分を良くしたらしく、魔道具越しに聞こえた声は、いくらか明るい調子を取り戻していた。


『なら安心ね。ちなみに、この技術に関しては、アンラの冒険者ギルド主導で進めてちょうだい。国に利権を握らせることは、認めないわ』


 ロロナの言に、今度は俺が渋面を作る。国に舵取りを任せるつもりはなかったし、ベロートはやりたがったりしないだろう。むしろ、俺に舵取りを押し付けるに違いなく、その恩恵である魔道具の試験だけ、嬉々としてやろうとするに違いない。


(…それがわからないロロナではない。となれば、殊更にそれを告げてきたのは、彼らの意志ということになる)


 指示に背くつもりはないが、どういう意図があってのものだろうか—と、しばし考え込んだ。


『で、知っての通り、メキラのグランドギルドマスターは…あれでしょ?できれば、アンラ側だけで進めてほしいのよ。まあ、何かあれば連絡してくる分には構わないけど…』


 取扱説明書をめくる動きが止まった。ロロナの言いたい事は確かに分かる。メキラの冒険者ギルドを統括するグランドマスターは、人格的に問題の多い人物なのだ。だが、オサカ達がいるのはメットーラ。いわばロロナの方が色々と都合が良い筈だ。


「いや、だがな—」

『頼むよ!私はあれと話したくない!』


 ロロナの懇願に、眉間を揉んだ。この技術を発展させてゆく上では、冒険者達の協力が不可欠だろう。様々なフィールドに赴き、活用してくれるであろう冒険者は、この魔道具のテスターとしては、本当に都合が良い。しかし、その反面で、ギルドの上層部に事がばれる可能性は低くない。そうした時、ロロナの苦労を鑑みると、嫌とは言えなかった。


「分かった…分かったよ。こっちでやってみる。期間はどのくらいだ?」

『ちょっと待って…テスト期間は?…ええ?そんなに?もうちょっと短くても…ちっ、分かったわよ』


 期間を尋ねてみれば、ロロナの一人芝居を思わせるような声が聞こえてきた。どうやらすぐそこに、彼らもいるらしい。


(会話に参加してこいよ)


 俺の開いている説明書のページには、多人数通話機能と書かれている。俺達に配って、己らが持っていないということもないだろう。物凄く歯痒い思いに駆られた。


『一年は見てほしいそうよ。その間、モデルケースとなる冒険者を変えて、何パターンか試してみてほしいわ』


 これにも苦い顔を作る。一度これを掴ませたら、もう手放したがらないのではないだろうか?—と思われるからだ。テスターを変えるから返却してくれ—などと言おうものなら、どれだけ文句を言われるか。それだけならばまだしも、不平不満を口にして、そこから情報が漏れ出ないとも限らないのだ。ロロナもそこは思い至っているらしく、まあ上手い事やってよ—と、労わるかのような声音で付け加えてきた。


『じゃあ、よろしく頼むよ。何かあったら連絡をちょうだい』

「ああ…分かった…」


 聞きたいことは山ほどあったはずなのに、何もかもが何処かへと飛んでいってしまった。通話を終えると、魔道具は嘘のように沈黙する。ゆっくりと耳から離し、大きく嘆息した。


「どうかしましたか?」

「…こいつの試験運用をやることになった。まずはテスターの選出だ」


 訝しむ職員達へ魔道具を手渡す。職員達が嬉々として意見交換するのを横目に見ながら、面倒くさいことを押し付けられた—と、再び嘆息した。






 ところで、メットーラは小坂邸に帰ってきた俺達は、さっそくロロナに説教を受けていた。曰く、ベロートに恩を売るチャンスであったとか、鼻持ちならないベロートを黙らせるチャンスであったとか…全て私怨絡みとしか思えないものであった。


「あの〜ロロナさん、僕達、今日は依頼を受けようかな…と」


 おずおずと手を上げたのはファーレンだ。珍しいファーレンの頭脳プレーに、俺達は耳驚いて表情を強張らせる。明日は槍でも降るのではないだろうか。

 けれども、正直者のファーレンは、良心の呵責によるものか、またしても耳を垂らしてプルプルと震えていたりする。そんな彼女に向けられたロロナのジト目は、誤魔化せていないことの証左に他ならないだろう。


「その手は食わないよファーレン。分かっていたことだけどね…あんた達、ここ最近は何の依頼も受けてないじゃないか?」


 そう言ってロロナが突き付けてきたのは、俺達の情報が鮮明に焼印された羊皮紙である。最後に依頼を受けたのは—ゴブリンの間引きの時であったらしい。蟻の件は依頼に含まれていないようだ。


「お主…それ…見せて良いのか?」


 クローディアが諌めるかのように尋ねるも、いいんだよ—と、ロロナは斬って捨てる。ギルドの窓口にも置いてある、やたら台座の大きな水晶を使ったのだろう。アンラにいた頃、作ったものに違いなく、冒険者の情報は、国を跨いでも取り出せるものらしい。


「お前も変わってしまったな…」


 ところで、ファーレンの演技は見れたものではないが、ロロナもなかなかに酷かった。ロロナの言葉は次第に尻すぼみになり、言い終えた後には、そっと目元を拭う。ただそれだけの動作で、どうしてそんなにもまごつけるのか。


「うーん、酷い」

「言うでない。もう少し付き合ってやれ」


 俺やクローディアは騙されるはずもないが、無垢なファーレンはあっさりと騙されるのもお約束だ。もう、無垢とか言ってられる次元じゃない気もするが。実はロロナと結託して、俺達を欺こうとしているのでは?—と、勘ぐってしまうほどの酷さだ。クルス?彼女はそもそも聞いていない。見ちゃいない。


「い、いや!ちゃんと働いてるんですよ!?昨日だって一昨日だって、毎日オサカ師匠やクローディア大師匠の手伝いを—」

「ほぅ?手伝い?この魔道具のことか?一体何をしているんだあんたらは?組織の上長には報告義務があるんじゃないのかな?ん?」


 ファーレンの発言に己の発言をかぶせ、勝ち誇った顔で遠話の魔道具を弄んでいるロロナ。冒険者としては上長かもしれないが、私生活に口を挟まないでほしい。本当に面倒くさい。


「余計なことは言わないでください」

「ううっ!無理ですよぉ〜」


 ロロナの目も憚らず、ファーレンにジト目と苦言を呈すれば、ファーレンは唇を引き結んで俺の背後に隠れた。これ以上はロロナの追及を躱しきれないのだろう。もっとも、もともと躱せていないのだが。


「なら、オサカに説明してもらおうかな?」


 平生ならば、俺相手にはここまで食い下がらない—こともないが—ロロナだが、今日はやけに迫ってくる。きっと、アンラに長いこと放置されていたのが腹に据えかねているのだろう。それそのものには反省しているため、もう少しだけ付き合ってやることにした。


「メットーラから足を伸ばして、東方を調査していたのですよ。魔物の生態調査や地形の把握とでも言えば良いのですかね。周囲の危険度を図るべく、東の山の奥地まで行っておりました」


 しれっと嘯けば、ロロナはジト目で俺を見つめながら、ほぅ?—と訝しんでくる。日頃の行いのせいであるのだが、全く信用されていないようだ—と思ったら、俺の背後で目を見開く森精族(エルフ)のせいであるらしい。その顔やめろファーレン。


「証拠はあるのか?」


 証拠ね—と、内心で笑う。ここまで信用されていないとなると、もはや何の痛痒もない。開き直れるから逆に楽ですらある。


(まあ、あるけれどね)


 俺が取り出そうとしたのは、例の地図だ。あの地図には踏破した箇所がしっかりと描かれている。あれを見せられて、なおも嘘だとは言えないだろう。


(師匠の魔道具には驚いていたが、俺の魔道具にも驚いてもらおうか)


 亜空間の中を弄るも、地図が見つからず、そういえばクルスが持っていたな—と思い至り、クルスを呼びつけた。


「クルス、地図を」

「ちょっと待て」


 ところが、突然ロロナの顔が曇る。なにごとか?—と訝しんでロロナを見れば、ロロナもまた、俺へと訝しむかのような視線を向けていた。これには少し面食らって口を閉じた。


「オサカ、あんた…上手く言えないけど…何か変わったかい?」


 ロロナの言に、俺のみならず、クローディア達も目を見開く。邪神を吸収したことで、確かに気配は変わったかもしれない。だがしかし、それは本当に僅かな差異で、日々顔を突き合わせている訳でもないのに、それを見抜いたとするならば、鋭いなんてレベルじゃない。


「…やっぱり、そうなんだね?…こう言っちゃなんだけどさ。オサカから感じられる魔力がさ…ちょっと違う気がするんだよね」


 そんなことないだろう?—と、皆の顔を順になぞるも、大きく首肯してくれたのはクルスのみだ。クローディアは苦笑いして誤魔化し、ファーレンは顔ごと逸らす。そんなことあるらしい。ちょっと傷付いた。


「…一体何があったのか、本当のところを教えてくれてもいいんじゃないかい?」


 それまでとはうってかわって、ロロナは真摯な表情で尋ねてくる。これはさすがにきまりが悪くなり、視線を外した。


「そんなに私は頼りないかい?あんた達の力にはなれないのかい?」


 畳み掛けるようなロロナの言に、渋い顔で頸を摩る。大事にするほど、事実を知る人間を増やすほど、邪神達に俺達のことが知られる可能性は高くなる。それは良くない。ロロナのように、社会に影響力を持つ人間の手助けがあるならば、得られるメリットとて大きかろうが、手助けを得られる保証があるわけでもない。話しておいて、なんの助力も得られないとなれば、リスクだけが増す。


(もっとも、ロロナさんはそんな人じゃないんだけれどな)


 ロロナは口煩いが、人情深い女性だ。俺達の事情を知れば、必ず手助けをしようとするに違いない。そうなれば、ロロナの身にも危険が及ばないとは言い切れなくなる。


「ファーレンさんは、話すべきだと思いますか?」

「ぼ、僕!?…え、ええっと…お、思います…」


 背後の森精族(エルフ)に声をかければ、随分と視線を彷徨わせてから答える。ファーレンは、ロロナに話すべきだと思っているらしい。ファーレンからロロナへ視線を戻せば、ロロナは既に笑みを浮かべて、俺の言を待っていた。話してもらえるもの—と、思い込んでいるようだ。


(残念。俺個人で決めてよいことじゃあないんだよな)


 はぁ—と、嘆息し立ち上がる。何か言おうとしたロロナを手で制して、先に口を開いた。


「ファーレンさん、ロロナさんを食堂に案内してください。私はアビスさんを呼んできます」


 やはり、もう話してもらえるもの—と早合点しているのだろう。ロロナは満足そうな表情を浮かべたまま、ファーレンの後ろについて歩く。


「まあ、仕方あるまい。後々、協力者は必要になるであろうからな」


 俺の肩を叩きながら、クローディアは苦笑する。その反応は、ロロナならば信頼に足る—という心持ちの表れに違いない。確かに、ロロナに不足はない。彼女ならば真実を伝えたとして、真っ向から受け止められる心の強さもあるだろうし、力添えもしてくれるかもしれない。最低でも、見て見ぬふりはしてくれることだろう。


(邪神はヤバい。相対した俺だからこそ分かるが、これはきっと口で言っても伝わらんだろうなぁ)


 けれども、邪神は危険だ。強い弱いの問題ではなく、権能という力そのものが、極めて厄介なのだ。


(ロロナさんに万が一なんて…考えたくもないよな…)


 ロロナはただでさえ、俺達の異常さを黙認してくれている。多少の打算はあれど、それでも事が公になった場合、その責を負うのは彼女に他ならないのにだ。


(俺達のことが邪神達に知れたなら…ロロナさんも危険に晒される…)


 まいったな—と頸を摩りながら、ファーレンに連れられて、食堂に赴くロロナの背中を見つめる。それでも、アビスは話すのだろうな—と、予感した。






「—というのが、邪神と我らの戦いであるな。我らが悪戯に目立ちたくないのは、偏にそれがためである。今回だって先手を取れたからこそ、トントン拍子に進んだであるが、敵が我らに勘付いていたとすれば…こう上手くは運ばなかった可能性が高いである」


 これで終わりとばかりに、アビスは腕組みして口を閉じる。

 俺達は食堂に集まっていた。刻は昼時であり、メットーラに住う人々が、1日の中で最も重きを置く食事の時間である。ご飯を食べたら、三刻ほどは食休みだ。今、街中へと繰り出しても、飯処以外は店を閉めているに違いない。そんな訳で、途中で昼ご飯を挟みつつ、俺達の事情をロロナへと語って聞かせていた。


「…俄かには…信じられないね…」


 ロロナの目は泳ぎ、焦点が定まっていない。ときおり、盗み見るかのようにアムルタートへ視線を送っているのは、とても彼女が女神には見えないからであろう。俺から見ても、村娘Aだし。


「まあ、無理もなかろうよ。オサカが異邦人だ—というだけでも眉唾なのに、そこに邪神や女神ときては…のぅ?」


 クローディアがロロナを気遣ってか、俺に同意を求めてくる。そうですね—と、応じておいた。そもそも、俺が異邦人であるとか、言う必要あったのか?—と思わなくもないが、アビスは必要と判断したらしい。


「なるほどね…異邦人であるが故に、精霊石の存在を知らなくて、魔物化してしまった…と。納得がゆくね。以前聞かされた、魔素のない地域がある—なんて説明よりも、よほど信憑性があるよ。しかし…クローディアと出会えたのは、運が良かったね」


 ロロナの言に頷いて返すが、このやりとりも三回目だ。ロロナの中では、邪神やら女神云々というのは、未だに消化できていないらしい。


「オサカのことはともかくとして…邪神ザリチュ…女神アムルタート…ううん、また頭が痛くなってきたね…考えがまとまらないよ」


 譫言のように、目元を押さえながら呟くロロナ。よほど信じられないのか、ついにはこんなことを言い出した。


「ねえ、そのザリチュとかいう邪神の力、オサカには扱えないのかい?」


 試して見せてくれれば、いくらか納得できるだろうけれど—とも。やはり、邪神の怖さというものは、相対しなければ分かりようがないのだろう。


「…勘弁してください。加減できる保証がありません。一瞬で干からびるかも知れないんですよ?」


 邪神の脅威を伝える目的もあるが、俺の言葉は、決して大風呂敷や出し惜しみではない。紛うことなく本心だ。いつもならば、初めての力を吸収した場合、腕の紋様が光り輝く。けれど、ザリチュを吸収した俺の腕は、紋様が光り輝いてなどいなかった。ではどうなったかといえば、紋様が広がったのだ。前腕部を包み込んでいた紋様が、二の腕の中程まで伸びてきたのだ。


「何か、これまでとは感じが違うのです。怖くて迂闊には使えません。街中でなど、もってのほかです」

「…さすがに神様の力ってことなのかい?」


 ロロナの問いかけには、どうなんでしょう?—と、首を傾げて返した。


「あ…あの…」


 話が停滞したその時、おずおずと口を開いたのは、アムルタートであった。皆が視線を向ければ、アムルタートは一瞬萎縮したものの、意を決したと見えて、勢い込んで語り出す。


「わ、私は、どんな草花でも、土壌や環境を無視して成長させられます!これでは、神の証明には足りませんか?」


 アムルタートの言に、ロロナは腕組みして難しい顔を作る。やや不満であるらしい。だが、俺は違う。驚きに目を見開いていた。


(不滅と再生の権能って、そんなこともできるのか?)


 これが本当だとすれば、凄まじいなどというものではない。ロロナは、彼女の凄さに気がついていないだけなのだ。


「アムルタートさん、質問いいですか?」

「え?は、はいっ!」


 俺が手を上げてアムルタートに呼びかけると、アムルタートは佇まいを正す。まだ俺に対しては、緊張を覚えるらしい。傷付くから、いい加減に慣れてほしいものだ。


「それって、野菜でもですか?土壌を問わず?」

「や、野菜?…ええ、まぁ…野菜なら、むしろ簡単な部類ですけれど…」

「なあっ!?」


 それまで、胡乱げな眼差しで俺達を見ていたロロナの目も見開かれる。ようやく、この権能の凄さに気がついたらしい。


「…もしや、環境を無視してというのは…冬でも作物が育つということかのぅ?」

「はい。できます」


 次いで質問を投げかけたのはクローディアであったが、アムルタートの回答に、すっごいのぅ—と、苦笑いして閉口した。俺も苦笑いしかできない。神様半端ない。


「いいね。毎年毎年、冬になると肉肉肉だ。顔中、できものだらけになって困りものだよ。神様云々は置いておくとして、是非ともお願いしたいところだね」


 俺はこの大陸での冬事情を知りはしないが、ロロナの反応を窺うに、ナイセイルと大差ないらしい。あちらは昼夜を問わず、深々と降り積もる雪により、クローディアの主食である木の実が、とんと手に入らなくなる。もちろん山菜の類もだ。そうなると、降雪前に蓄えておいたものを消費するか、あるいは魔物の肉しか口にするものがなくなるのだ。


(…なんだか懐かしいな)


 俺は砂糖楓を探して山間を飛び回っていたが、クローディアは亀の子のように、じっと隠れ家の中で寒さを凌いでいたものだ。最後らへんにはアビスやクルスが加わって賑わしくなったものの、俺とクローディアの二人だけで過ごした、静かな日々の思い出だ。


「そ、そういうことならお任せください!冬でも、夏にしか育たないような野菜を育ててみせます!」


 別に夏野菜である必要もないのだけれどな—と、苦笑する。けれども、表情に困っているのは俺のみで、ロロナやクローディアは大いに満足げな顔を見せているではないか。


(あ、そうか。冬野菜という認識が、こっちではないんだな)


 寒さの中に身を置くことで、野菜類は甘味を増すのだそうだ。故に、秋の終わりに収穫するような野菜類をあえて残しておき、冬の寒空に晒す。そういった野菜は冬野菜などと呼ばれ、大変に美味であったことを思い出す。もっとも、一般的に冬野菜と言えば、冬に旬を迎える野菜類のことを指すのだが。ともかく、寒さに対抗する術のない—魔術があると言えばあるのだが—この世界では、冬に寒空の下を歩いて、野菜類を育て、収穫するという習慣がないのであろう。


「寒い時期に旬を迎える野菜類は、こっちにはないのですか?ナイセイルにはありましたが」

「…え?そ、そんな野菜があるのかい?」


 手を上げて発言すれば、ロロナは大いに驚いた様子を見せる。クローディアやアビスはそれほどでもないが、アムルタートも目を見開いていた。きっと、あるに違いない。ただ知られていないだけなのだろう。


「ナイセイルにいた頃の話じゃがな。冬であっても、オサカが時折、野菜類を持って帰ってくることがあったのよ。まあ、それはどちらかと言えば、錬金術の素材として使われるものであったがの。食してみれば、それなりに食えるものじゃったよ」


 クローディアが俺の言に補足すれば、ロロナは考え込むかのように押し黙った。

 ちなみに、俺が取ってきた野菜類の最たるものは、セロリだ。カブもときおり見つけたが、雪をかき分けて探すのは骨が折れたため、見つけやすいセロリばかりを持って帰っていた。


「オサカの持ってきた野菜ってのはなんなんだい?錬金術の素材?本当に食べられるのかい?」


 ロロナは興味が湧いたらしく、クローディアへと尋ねる。ところがだ、問われたクローディアは、悪戯を企むクソガキを思わせる笑みを浮かべるではないか。これはアレを話そうとしているに違いない—と、ピンときた。


「うむ、そうじゃのう。こっちでも普通に売られているセ—」

「その話はそこまでだ」


 身を乗り出して割って入れば、ロロナが怪訝な顔を向けてくる。一方で、クローディアとアビスは、ニヤニヤといやらしい笑みを見せていた。


(セロリが精力剤の材料とか…知らなかったんだから仕方ないだろ)


 そういうことである。最初、セロリを持って帰った時は、クローディアが真っ赤になったものだ。うむ、そうか—とか呟いて、奥に引っ込んでしまった。なんだあれは?—と、アビスと共に首を傾げていた俺が、ナイセイルにおけるセロリの一般的な用途を知ったのは、その日の晩のことだ。


「…ええと、ダメなのかい?」

「ダメだ。その話題は、これ以上掘り下げることを禁ずる」


 思わず素が出たが、それほどの大事である。別に恥ずかしい訳ではない。この年になって、純朴な少年を揶揄うかのような扱いはされたくないだけだ。実に面倒くさい。


「はぁ。証明はもういいでしょう?難しいですよ、流石に。そのうち、アビスさんの本当の姿を見せてもらって、納得してください」

「そう!それだよそれ!」


 俺の適当な発言に、ロロナが食いつく。そういえば、アビスが竜人ではなく、竜そのものであることを説明した時に、ロロナは随分と驚いた様子を見せていたものだ。竜というのはやはり憧れの存在なのだろうか?—と思いきや、ロロナはこんなことを口にした。


「竜は、人里に被害をもたらすことがある。そうなれば…討伐しなくてはならないよ。それは…その、竜の神の一柱としてではなく、一体の竜としては、どうなんだい?」


 あっ—と、合点がゆく。同時に、俺は馬鹿ではなかろうか—と、眉間に皺を刻んだ。


(竜が憧れとか…それは竜の危険を感じたことない者の発想だ。こっちでは、竜が人や町を襲ったなんて話があるほどだ。憧れる訳ないよな。それどころか、多くの人々にとっては、竜は倒すべき敵だ)


 俺とて竜の怖さは知っている。迷宮の壁を天井を問わず、バターのように切り裂いた恐るべき光束。そう、ブレスだ。それだけではない。巨大な体躯は歩くだけでも脅威となり、尾の一振りすら、人間など百は軽く弾き飛ばすだろう。普通に生きているだけでは竜の脅威など感じることもなかろうが、もし、近くに竜の巣があったとするならば、人々は正気を保ってなどいられまい。


(…それにしても、竜の討伐となると、アビスさんからすれば、眷属を殺されたに等しい訳か。考えたこともなかったが、そうなれば、遺恨を残しかねないな)


 この質問にアビスはどう答えるだろうか—と俺のみならず、クローディアも視線を向ければ、腕組みして瞼を閉じていたアビスは、徐に双眸を開く。その眼は、人のものではなく、竜としての眼。竜眼であった。


「…竜とは、生まれたばかりから、数百年の頃においては、単なる巨大な蜥蜴である。知性も理性もなく、吸いた腹を満たすために命を喰らう…まあ、質の悪い魔物であるな」

「「…は?」」


 ロロナのみならず、クローディアですらも、間の抜けた顔を見せていた。俺は既知であったために特に反応なしだが、アビスの物言いには安堵した。特に遺恨を残すようなことには、なりそうもないからだ。

 さて、アビスは二人の反応に満足げに頷くと、ニヤリと笑って続ける。


「事実である。我とて、理性が芽生えたのは、果たして、生を受けてから、どれほどの年を刻んでからのものか、分からぬであるからな」

「いやいや、ちょっと待っておくれよ!じゃあ何かい!?外を普通にうろついている竜達と、あんたは同じ生き物ってことかい!?」


 外を普通にうろつく竜など見たこともないが、ロロナの疑問はもっともだ。この世界にも竜の伝承というものはあり、多くの場合、それは邪竜を討伐した者の英雄譚であったり、竜の逆鱗に触れた者の末路を綴った訓戒であったりする。そのどれもこれもが竜を悪なる存在として整理しており、これをしもアビスのように、話の通じる竜と同列に考えることなどできはしないだろう。


「無論である」


 だが、アビスはあっさりと認めた。何故か誇らしげにすら見えるから、はぁ—と、思わず溜め息が漏れる。確かに同じかもしれないが、言い方があるだろう。見れば、ロロナの顔色は真っ青に染まっているではないか。


「…そ、それは…すまなかったね…その、人間はさ…いままで何度か、竜討伐をやってるんだよ…も、もちろん…仕方なく…だけどさ」


 チラチラとアビスの様子を窺いながら、ロロナがきまり悪そうに告げる。アビスの仲間意識がどの程度のものか分からないので、怖くて仕方ないに違いない。むしろ、よく言えたものである。

 ところで、そんなロロナに対して、アビスは全然堪えた様子もなく、そればかりか、ロロナを—否、人間を労った。


「そうであるか。それはさぞかし大仕事であったろうな。大したものである」


 言い終えて、うんうん—と、満足そうに何度も首肯するアビスの姿を、唖然として見つめるロロナとクローディア。これは少しだけおかしかった。


「アビス様…その、もう少し詳しくお話ししてあげてください。困ってしまっています」

「う?うむ…詳しく?何を詳しく語るである?」


 クローディアとロロナのあまりの反応に、アムルタートがアビスを諌めるも、アビスは何を教えて良いやら分からないらしく、逆にアムルタートに問いかける始末だ。アムルタートはついに困り果てたのか、視線で俺に助けを求めてきた。ここは助けてやることにしよう。話が進まないし。


「アビスさんはね、中立なのですよ」


 俺が口を開けば、二人の女史は唖然としたまま顔を俺に向けた。吹き出しそうになるのを咳払いで誤魔化して、さらに続ける。


「竜に営みがあるように、人間にも営みがあるのです。アビスさんは竜ではありますが、人を守護する存在でもあります。そのアビスさんにできることといえば、中立を保つことです。竜に与することもないし、人が多大な犠牲を払ってでも竜を討ち取るというならば、それもやむなし—と、理解してくれているのですよ」


 ロロナが気にしているのは、まさにこれだろう。俺の言を聞いたロロナは、やや血色を取り戻してきた。


「もちろんである!幼齢の竜など、我から見ても魔物と変わらぬであるからな。被害が出たならば、これを討ち取るな—とは言えぬである」

「そ、そういうもんかい?」

「…割り切っておるのぅ…」


 もっとも、竜が人里に降りてくることなど、そうそうない—と、アビスは語る。確かにそうだろう。人間が余計なちょっかいを出さない限りは、魔素の少ない人里になど、降りてこようともしないはずだ。


「万が一に降りてくることがあっても、竜は互いの縄張りを侵さないである。我がここにいる限り、メットーラがどうこうなることはないであるな」


 そう言ってアビスが大笑すれば、皆は押し黙った。未だに釈然としない様子のロロナには、まだ聞きたいことがあるのかもしれないが、そろそろ次に進みたい。はい、これまで—と、竜の話題は切り上げさせた。

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