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小坂、古城に立ち入る

「…何ですかね、これ?」

「…流石に分からんであるな」


 帰宅した俺達を出迎えたのは、リビングを埋め尽くす魔道具の数々だった。尋ねるまでもなくクローディアの仕業と思われるが、当の本人の姿は見えない。

 突っ立っていても仕方なく、二人で亜空間に魔道具をしまうべく手を伸ばしたその時、魔道具が俄かに輝き出した。


『ファーレン、聞こえるか?ファーレン?』

『聞こえますよー!感度は抜群です!クルスさんはどうですか?』

『ファーレンの声以外聞こえているであります。感度は抜群であります』

『なんで僕の声以外しか聞こえなくて、感度は抜群なんですか!?』

『煩いであります、山精族(ファーレン)

『聞こえてるじゃないですかぁ!?』


 魔道具から漏れ出たのは、光だけではない。声もだ。伸ばしていた手を止めて、念のために周囲をぐるりと見回す。当然だが、どこにも彼女らの姿は認められず、やはり声は魔道具から聞こえてくるものであるらしい。形だけ見ると、炊飯器か何かだと考えたのだが、どうやら違うようだ。


(…米もないし、炊飯器な訳がないんだけどな)


 黒く光沢のある、成人男性の頭部くらいはあろうかという、卵形の魔道具だ。表面の至る所を、淡い赤が溝に沿って行き来している。内に隠された複数個の魔法陣にラインを通し、魔力的に連結させているのだろう。見た感じは、ゲーマー用炊飯器—といった趣であるのに。


(…んで?何だこれは?スピーカー?)


 ふむ—と、顎に手を当てて考え込む。状況だけ見ればスピーカーに他ならないのだが、彼女らの会話から察するに、どうにも違う気がする。


(後で聞けばいいか)


 人の作品を勝手に開くような無粋はやめておく事にする。なかなか面白い事になりそうで、独りでに口角が上がった。

 ところで、今はちょうど起動試験か何かの最中なのだろう。女性陣は、それこそ本領発揮とばかりに、キャッキャウフフと楽しそうに会話していた。

 それを聞いていると、徐々に気まずさを覚えて、思わずアビスに問いかける。


「あの…これ…秘密の花園的な?」

「ん?んん?…そういうもの…であるのか?」


 俺とアビスは揃って唸る。女子達の赤裸々な会話を、男子が聞いていて良いものであろうか?—と、考えたのだ。


『多人数通話もバッチリですね!』

『うむ、これならばいつでも情報を共有化出来るのう。イチロー達が戻ってきたら持たせてやろう』

『閣下とアビス様にも渡すのであります』


 なおも女性陣の会話は続く。なんとなくいたたまれなくなり、ゲーマー用炊飯器を避けて歩き、ソファに腰を下ろせば、それにアビスも倣った。


『ちなみにお主らは今どこにおる?迎えに行くぞ?』

『メルアルドにいるであります。可愛らしい服が沢山あるであります。馬鹿みたいに布地の少ない服を、ファーレンのお土産に買ってゆくであります。きっと、とても馬鹿そうに見えて、閣下が喜ぶであります』


 クルスの言に、チラリとアビスが俺の方に視線を向けた。


「この件に対するコメントは、後で」

「うむ」


 それきり、俺とアビスは口を噤むと、再び会話に耳を傾ける。なんだか、覗きをしている心持ちになる。


『ややや、やめてください〜!そんなの恥ずかしくて着れませんよ!こっちはアメランドにおります!アメランドは宿街が広くて、綺麗な女性がいっぱい歩いています…ちょっと場違いな感じで恥ずかしいのです。早く迎えに来てください』

『…わしが言うのもなんじゃが…お主らは随分と遠くまで行ったのぅ。中継器も問題ない事が分かったわい。良し、一旦中継器を回収してから迎えに行く。しばし待つのじゃ』


 それきり声は聞こえなくなった。


「…中継器…ねぇ…」

「ふむ…なるほどである…」


 俺達は、そんな事を呟きながら、ソファの背もたれに身体を預ける。真面目くさった表情を作りつつも、実のところ、考えていたのは全く別の事だったりする。


「ファーレンの布地の少ない服を着た姿…水着なんかをイメージすれば良いですかね?」


 俺の言葉に、アビスはやや考えてから応じた。水着を思い出しているのであろう。俺の記憶を読み取った事のあるアビスなら、水着が分かるはずである。


「ふむ、そうであるな。そのイメージで良いと思うのである」


 アビスが頷いた事で、俺はその先を続ける。


「…想像してみましたが、エロさが足りないと思うのですよ…」


 ファーレンの超健康的な肢体を露わにした姿。彼女はきっと、非常に恥ずかしがり、必死に腕を伸ばしては身体を隠そうとする。なかなかに唆る光景には違いない。けれど、そうじゃない。


「…全くであるな。ファーレンには無用の長物である」


 やはりアビスも同感であるらしく、頻りに頷いた。ファーレンに求められるのは、恥辱に染められる頬でも、官能的な露出でもない。


「…ですよね。ファーレンの魅力は快活さにあります。今の姿がファーレンには一番似合うと思うのですよ」


 まだまだクルスも男を分かっていないな—と俺が締めれば、アビスもまた同意した。どうしようもないおっさん達である事は自覚している。






 さて、オサカは立ち上がると、調理場へと消えてゆく。

 我はそのままソファで横になり、目を閉じたのだが、それからすぐにクローディア達、女性陣チームが、オサカ邸へと帰ってきた。

 どうやら、転移座標用の魔道具も持ち歩いていたらしい。確かに、それさえ持っていれば、即座に擬似転移で迎えに行けるだろう—と、納得した。


「帰ったであるか」


 徐にソファから上体を起こし、おかえりの挨拶と共に、三人へ尋ねてみる。


「貴様ら、この魔道具は何であるか?貴様らの話し声が全て聞こえていたであるぞ?」


 我の言に三人は固まる。何故か。我の言の葉には、停滞の付加効果などありはしない。


「くっ、忘れていたのぅ」


 やがてクローディアが再起動すると、悔しげに爪を噛んだ。


「成る程、そうじゃな…中継器からは音が漏れないようにしなくては、会話内容がダダ漏れじゃよな…盲点であったわい」


 クローディアは肩を落として呟くと、せっせと魔道具類を亜空間へと閉まってゆく。

 我の問いかけは、無視された。


(だから、それは何だと聞いているのであるが…中継器とは一体…)


 クルスとファーレンもそれを手伝い、程なくしてリビングはいつも通りの綺麗な姿を取り戻す。

 なお、全ての魔道具が収納されると、即座にアーサーさんが一面を走り回り、床のゴミやチリなどを吸収してゆく。全自動掃除機である。

 ちなみに、特に念入りに這い回られるのはエルであったりする。抜け毛の季節なのだ。リビングの隅で鼻提灯を作っていたのが、アーサーさんが遠慮なく上に登ってきた事で、慌てて首を持ち上げていた。可哀想に。


「はぁ、また改良を加えなくてはならんな。完成したと思ったのじゃが」


 クローディアは項垂れたままソファへ腰を下ろすと、ぼそりと呟いた。

 まあまあ—とか苦笑を湛えつつ、ファーレンが我の横へと腰を下ろして、クローディアを労う。


「たった一日でここまでできたのは、凄い事だと僕は思いますよ!」


 ファーレンの発言にクルスも頷いている。クルスは近付いてきたタンパク質を抱き上げると、クローディアの隣に腰を下ろしてから賞賛した。


「クローディア様の魔道具作りの腕は、相当であります。流石は閣下の師匠であると納得したのであります」


 こうまで持ち上げられては、クローディアとて鼻が高くなったらしい。嬉しそうに破顔して、膝をパンと叩いた。親父くさい仕草である。


「ふふふ、明日には完全に物にしてみせよう!このクローディアに不可能はないのじゃ!」


 クルスとファーレンが、パチパチとクローディアへ拍手を送れば、我はついに喧しさに耐えられなくなり、ソファを立ち上がった。

 結局、これが何なのか分かってはいないのだが、まあ良い。どのみち、完成すれば教えてくれるだろうから。


「アビス様よ、そっちはどうじゃった?」


 場所を変えて食堂で寛ろぐべく立ち上がった我に、声がかけられる。そういう気遣いは無用であるというのに。

 憮然とした顔もそのままに振り返り、背中越しに応じた。


「古城前に到達したのである」


 我がそう告げると、即座に声をあげたのは、元気印のファーレンであった。勢いよく立ち上がると、我へと近付いて唾を飛ばす。


「ええっ!?言ってくださいよ!あ、明日は僕もそっちへ行きます!」


 これに続いたのはクローディアである。


「わしも行こう。こちらは一段落したしのぅ。クルスも来るじゃろ?」

「無論であります。閣下にお供するであります」


 クルスも頷く。どうやら、静かで気楽な旅が楽しめるのは、今日だけであったらしい。


「…そうであるか」

「なんじゃ?その反応は。アビス様よ、オサカみたいな顔を見せてくれるな」


 クローディアの言に乾いた笑いを返すと、我はフラフラとリビングを後にする。

 一人一人ならば気にもならないのに、三人集まると、何故こうも煩く感じられるのか。女人というのは不思議なものであるな—なんて思った。






「あれ?アビスさん?」

「できたら、声をかけてほしいのである」


 ヒヨさんの卵を手に、調理場へと戻ろうとした時、アビスとすれ違う。

 アビスはげんなりしたまま食堂へ入っていったかと思えば、椅子を四つ並べて、その上に横になった。はぁぁ—とか、深い溜め息を吐いている。

 何事か?—と興味をそそられた俺は、卵を持ったまま、居間の様子を見に行く。すると、そこには女性陣が集合しており、皆が腕組みし、何やら難しい顔で話し合っていた。


「明らかに嫌がっておったよな…わ、わしらは、もしかして煩いのかのぅ?」


 クローディアが二人の顔を見て尋ねれば、これにはクルスが答える。


「いえ、ファーレン一人が煩いため、その印象が我々にまで波及しているものと思われるのであります」

「酷くないですか!?本当に泣きますよ!」


 いつも通りにクルスがファーレンを弄り、ファーレンが喚けば、クローディアが苦笑しながらファーレンを宥める。お決まりの光景だ。


(何を話しているのか知らないけれど、既にこの時点で煩いんだよな)


 そんな事を考えては、ふふっ—と小さく声を漏らす。

 そんな俺の姿を、ピクリと耳が動いたかと思えば、梟のように首を捻ったファーレンが認めてきた。ひぇっ、キモっ。


「し、師匠!僕って煩いのですか!?ウザいのですか!?」


 即座に縋り付いてくるファーレンの顔を、引き剥がすべく抑えつける。相変わらずの腕力で何よりだ。


「煩くないとでも思っているのか?離れろくそ。シャツがシワになるだろ」


 即答で結構な扱いをしてしまう己が怖い。先程までの会話を聞いていたために、大体の流れを察しているが、ファーレンに問われると、何故か意地悪してしまう。

 あう—と、声を上げて、ファーレンは撃沈した。けれども、俺を放す気はないらしいが。


「せっかくじゃ、聞いてゆけ」


 ファーレンが項垂れるているのもお構いなしに、クローディアとクルスが事情を説明してくれた。想像通りで思わず笑ったが、その笑みを突っ込まれる前に、口を開いて誤魔化した。


「アビスさん、今日は色々とあったのですよ。その反動が出て、疲れちゃったのでしょう」


 クローディアは、どういう事か?—と詳細を聞いてくるが、俺は答えずに濁す。古代人の件や神については、アビスの口から語るべき話だろう。


「とりあえず、ご飯にしましょうか」


 俺に抱きついたまま放心するファーレンを、引きずって歩く。こいつ、どこまでも面倒くさい。

 ちなみに、クルスは心底楽しそうに、呆けるファーレンを見下ろしていた。助けてくれよ。


「アビスさん、もうすぐ夕飯できますから、女性陣をよろしく」

「ぬあっ!?ま、待つである!今日はもう静かに休みたいであるな!貴様の料理を手伝わせるである!クローディアは料理ができるであるぞ!?…い、いや、クローディアは連れていっちゃ困るである!ファーレンを連れてゆくであるな!」


 食堂に顔を出して声をかければ、ガバリと椅子のベッドから身を起こすと、アビスは随分な事を言った。女性の会話は話題が尽きないからね。


「師匠、クルス、ファーレンを剥がしてください」

「お主が酷い事を言うからじゃろ」

「閣下、最高でありました」


 俺の後ろをついてきた二人にファーレンを任せ、俺はさくっと料理を作る。出来上がった卵料理は、エルやアーサーさん、タンパク質はおろか、ヒヨさんも普通も食べる。いいのかそれ?—などと野暮な事は言わない。


「できましたよ」


 皆のテーブルに料理を並べながら、今日の成果だけは報告した。空中都市については、クローディアが話に聞いた事がある程度だそうな。

 ちなみに、アビスは口を割らなかったらしい。クローディア達に問い詰められても、知らんである—と、そっぽを向くのみであったそうだ。あの話は、アビスにとっても辛い思い出に違いなく、一日のうちに何度も口にしたいものではないのだろう。


「それでも、近いうちにお願いしますよ」

「分かっているであるな」


 ファーレンは魂が抜けたままであったが、俺が鼻先に料理を近付けると、正気を取り戻した。泣きながら食べていた。






「では、行きますか」


 一夜明けて、俺達五人は古城前へと飛ぶ事にする。玄関前に出てから、亜空間を開く事が恒例になっているが、この日は本当に居間で開かなくて良かったと実感した。

 何故なら、擬似転移で空間を連結させた瞬間に、大量の水が流れ込んできたからだ。即座に亜空間を閉じるも、既に俺達は水浸しである。


「しかも、海水かよ…しょっぺぇ」

「ふぅむ…誰かが転移座標用の魔道具を移動させたのであるかな?」

「うわっ!お魚さんですよ!高級品です!これ、食べられますかね!?」


 ピチピチと飛び跳ねるピラニアのような魚を、ファーレンが抱き上げる。力加減が絶妙なのか、滑って落としたりはしない。

 クローディアとクルスの二人も、次々に魚を抱え込んでゆくファーレンを見ては、感嘆の声を上げていた。自分達も恐る恐る魚を捕まえようとするが、滑って取り落としたり、跳ねて逃げられたりと、ファーレンのようにはできないらしい。

 ちなみに、アビスは既に乾いている。相変わらず何でもありだ。


(魔道具を海にでも放り込まれたか…)


 しばらくは皆を見つめていたが、我に返り、顔の水気を落としつつ、激しく舌打ちをする。びっくりして放心していたが、落ち着いてくると、途端にむかっ腹が立ってきたのだ。

 礼も非礼も倍返し—が、小坂家の教育方針だ。魔物なのか人なのか、どこのどいつかは知らないが、このもてなしにはそれなりの礼を返す必要がある。


「…やってくれたな」


 本当はもう少し後に披露するつもりであったが、転移座標となる魔道具がなくては、古城前には転移しようがない。また一から、古城目指して歩く気もさらさらなければ、使う他ないだろう。

 それも業腹だが、何よりも許せないのは、未完成品を晒す羽目になった事だ。努力や失敗の痕跡など、人前では見せないのが俺の美学であり、これに悖る状況を作り上げられた事が、それを想定できなかった己の浅慮が腹立たしい。


(借りは、すぐに返すぞ)


 手を高く掲げて帰還のコードを送信すれば、俺の呼び出しに応じて、先日打ち上げた魔石が五つ、即座に手元へと戻ってくる。


「…やるか」


 皆が見つめる中、裏面に魔法陣を仕込んだ、上質な羊皮紙を古びたガーデンテーブルの上に広げ、戻ってきた魔石の一つと、新たに取り出した魔石を連結させた。


「以前の魔石であるな?」

「何をするつもりじゃ?」


 最も関心を寄せたのは、アビスとクローディアである。クルスは俺に任せておけば、万事安泰—などと言わんばかりの顔を浮かべ、ファーレンに至っては、腕いっぱいに抱え込んだ魚を見つめて涎を垂らしている。こちらには未だに関心が向かないらしい。ならば、その呆けた顔も驚愕に染めてやろう。


「くくく。楽しみにしていてください」


 魔力を魔石へと通わせれば、魔石は上質な羊皮紙の表面を焦がしながら、高速で何かを描き始める。そう、地図である。メットーラを中心として、その周辺、未開の大森林や、かつて俺達が超えた大河、更には東の岸壁に古城までもが書き込まれてゆく。

 些か不安を感じていた高度についても、どうやら上手く出来ている。起点となるのは、今まで歩いた中で最も高度の低い場所。そこよりも高度の高い場所は、徐々に色濃くなってゆくというものだ。

 本当ならば、この大陸を隅々まで歩き回り、最も高度の低い場所を特定出来てから作成したかった。そうなれば作り直す手間もなく、鼻を高くしてクローディアに自慢できた事だろう。


「ふはは、ふはははは」


 けれど、それでも愉快である事には変わりない。成功だ。未完成だが、完成は約束されたも同然だ。術が上手く機能した事に、笑いが止まらない。想像した通りの皆の呆けた表情に、愉悦の波が引かない。海水を浴びた怒りも手伝い、最高にハイな気分である。おかしなテンションになっているようだ。


「…流石であります…」

「こ、こ、これって…もしかして…」


 今まではアビスやクローディアの背後に佇んでいた二人も、ついに身を乗り出して地図へ視線を落とす。どうだ。思い知ったか。


「…ふむ。ここまでか」


 四人が地図の上に深い影を落とす中、魔石はその輝きを失う。これまで踏破してきた場所を描き終えたのだ。

 即座に魔石に魔力を充填させ、再び上空、四方八方に飛ばす。地図を描くための魔石には余力がある。そのまま亜空間へと閉まった。


「オサカ…これは—」

「そうですよ。地図です。しかも—」


 俺へ問いかけようとしたクローディアだが、今の俺は気が急いている。更に皆の驚く顔が見たかったからだ。最後まで聞きもせず、話を遮った。


「こいつを使うと—」


 神獣を模った駒型の魔道具を地図の古城前に配置して、魔力を流し込めば、亜空間が開き古城が現れる。大成功だ。

 そして、クローディア達はといえば、唐突に現れた古城に、言葉を失っていた。






「クソが!何が天使だ!海水の礼は弾ませてもらうぞ!」


 悪鬼羅刹を思わせる顔で叫ぶと、オサカは地図もしまわずに亜空間の先へ—古城の中へと駆けてゆく。

 その背中を見送った後、わしは残された地図と、一角獣を模した駒を拾い上げた。


「…なんじゃ?あれは?」

「…気が短すぎるであるな」

「…なんだか変なテンションだったのは、怒っていたからなんですね」

「…閣下。素敵であります」


 後に残されたわしらの間には、何とも微妙な空気が漂っている。この魔道具の完成度が素晴らしい事もあるが、主にオサカの怒気に当てられてだ。

 それはさておき、一先ずファーレンが抱える魚達を亜空間へとしまい、三人に地図を広げて見せた。


「この地図そのものが既に魔道具のようじゃの…ほれ、裏には印が刻んであるわい。この小さな魔道具を乗せた位置へと亜空間を繋げられるようじゃな」


 わしが携帯電話を再現しようとしている間に、オサカはこれほどまでに精巧な地図、そして魔道具を作り上げていたらしい。間違いなく世界が変わる品だ。


(いつの間に…油断ならぬのぅ…)


 弟子の成長が嬉しくないと言えば嘘になるが、喜びよりも、置いて行かれた悔しさが勝る。わしもこれに一枚噛みたかった。


「…えと、つまり…それって…」

「この地図が完成している場所であれば、どこへでも行ける—という訳でありますな」


 驚きのあまり閉口するファーレンの後をクルスが継いだ。普段のオサカであれば、それだよそれ!その反応!—と言わんばかりのドヤ顔で、この場に踏ん反り返っているところであろう。

 けれども、オサカはこの場にはいない。海水の件が、よほど腹に据えかねたらしい。


「…ううむ。確かにこれは見事であるな…この駒にしても…八本脚の軍馬(スレイプニル)であるか…細かいであるな」


 アビスの感想は若干ズレており、術そのものの完成度よりも、地図や駒の精緻さを讃えていた。


(スレイプニル…か。確か、神獣、神霊の類じゃったな。数日の距離を一刻で駆けるほどの豪脚という伝説じゃな…)


 なんとなくアビスの反応に釣られて、わしも八本脚の軍馬(スレイプニル)の駒をよくよく見つめる。すると、出来云々以前に、スレイプニルの上に跨っている三人の娘には、見覚えがあった。

 思わず吹き出して笑ってしまう。


「ぬ?これは…クローディア達ではないであるか?」


 わしに遅れてアビスが気付いたらしい。

 その言に、ファーレンもスレイプニルを覗き込む。


「ふえ?…あ、本当です!クルスさん!僕達がスレイプニルに跨ってますよ!」


 アビスからスレイプニルを受け取ったファーレンが、嬉しそうに破顔してクルスに駒を手渡す。


「流石は閣下。芸術の中にも遊び心を混ぜ込むとは…感服したのであります」


 クルスはクルリと駒を一周させて満足したらしく、わしへと手渡してきた。


(全く…凝り性な奴じゃのう)


 三人娘の先頭はクルスだ。勇しく腰を上げて、片手で銃を高く掲げている。そのすぐ後ろに配置されるのはファーレン。立ち上がるクルスを諫めんとしてか、クルスの背に手を伸ばしている。或いは、しがみ付けないから立つな—という構図なのかもしれない。

 そして、わしはファーレンにがっしりとしがみ付いていた。


(わしの扱いの酷さよ)


 別の意味で笑いそうになるが、きっと、現実でもこうなる事だろう。よく見ているな—などと感心してしまった。


「何故、我の駒がないであるか」


 アビスの言に顔を上げれば、アビスは大人気なく剝れている。今度は笑いを堪えられなかった。


「ふふふ、大丈夫ですよ、アビスさん!きっと凝り性なオサカ師匠の事です。アビスさんの駒だって作ってますよ!ね?」


 コロコロと笑いつつ、ファーレンがわしらに尋ねる。なんの確証もないが、あやつはきっと作っている。そんな確信だけはあった。


「そうじゃのぅ。きっと作っておるな。間違いないわい」


 わしやクルスも頷いて返せば、ついにアビスも納得したらしい。満足げに頷いて呵呵大笑した。


「さて、わしらも行くか?」


 区切りが良いので尋ねれば、三人は首肯する。


「ならば、早速これを使ってみようかの」


 地図を広げて魔力を流し込めば、目の前には亜空間の開く前兆と思わしき、空間の揺らぎが現れた。


(なるほどの…地図単体では効果を示さんか)


 地図と駒の両方がなくては効果を発揮し得ないらしい。オサカの事だ。どうせ、防犯面だとか、無駄なところに力を入れたに違いない。


「では、やるぞ」


 広げた地図の上に駒を置けば、トン—と、小気味良い音をたてて、スレイブニルが空間を繋ぐ。目の前に現れたのは森林だった。わしがあえて森の中へと駒を置いたからだ。


「ふふふ。これならどうじゃ?」


 あえてそこから駒をスライドさせてゆく。目の前に広がる光景は、目紛しく移り変わるものの、高度の調整は完璧であるらしく、亜空間の接続先は、常に地面スレスレであった。見事な出来と言わざるを得ない。


「…負けた気分じゃ…」

「何をしているである」


 清々しい顔を作るわしに、アビスの咎めるような視線が突き刺さる。テストはこれくらいにして、大人しく駒を古城前へと配置した。

 するとどうした事か。目の前には確かに先の古城が現れたのだが、古城からはもうもうと煙が上がっており、今なお中からは、何かの炸裂音やら振動が響いてくる。


「オサカの仕業であるな」

「そのようでありますね」


 どうやら、キレたオサカが暴れているらしい。古城内へと立ち入れば、正門の門扉までもが粉砕され、正門には僅かな蝶番と扉の破片が残っているのみで、開けた通路の奥に、門扉の本体が転がっていた。


「…沸点低すぎじゃろ」


 呆れ顔で己の弟子が作り上げた光景を眺めながら呟く。今でこそ、これほど冷静でいられるが、初めてオサカと出会ったあの時に、オサカのこんな一面を見せつけられたら、果たして、今の己はあっただろうか?


(…ふっ、やめじゃ。やめやめ)


 わしは意識を浮上させ、考える事を中断する。眼前に広がるのは、魔物の跋扈する外の世界。物思いに耽っていい時ではないだろう。


「魔道具作りの腕は素晴らしいのにのぅ。この、一気に怒りのボルテージが高まるのは…どうにかならんのかのぅ」


 わしが怒っているとでも思ったのか、ファーレンは目を伏せて大人しくしている。耳も垂れ下がり、力なくピコピコと揺れている。

 言葉が少し悪かったかのぅ—と、反省して咳払いした。


「ここには、天使様がいるのではなかったでありますか?」


 空気を変えようとした訳でもあるまいが、クルスが尋ねると、アビスが微妙に嫌そうな顔を見せる。


「いたとすれば、オサカの魔道具を海の中へ放り投げたのはそいつであるな。オサカの怒りが向く対象であるぞ。絶対関わりたくないのであるな。今日は、このまま帰るのである」


 ドォン—と、一際大きな爆音と揺れが古城を襲えば、後にはミシミシと天井が軋む音と、剥がれて床に落ちた壁材の破片が転がる。

 わしらは互いに顔を見合わせて、誰ともなく頷き合った。


「…それが良さそうじゃの」


 アビスに賛同して地図を取り出そうとしたわしであったが、そんなわしを押し除けるように、ファーレンが腕を伸ばしてくる。


「な、なんじゃ!?」

「危ないです!」


 わしに飛来する何かを撃ち落としたファーレンは、そのままわしの前へと進み出て、拳を構える。

 アビスもまた、巨大な斧を手にファーレンの横へと並んだ。


(…な、何が?)


 ファーレンの打ち落とした何かを探して床に視線を這わせれば、萎びた種と思わしき物が目に付いた。


「たまにはファーレンと共闘というのも面白いであるな」

「よろしくお願いします!」


 二人の声にハッとして顔を上げる。いつの間にやら、クルスまでもがわしの前に出ていた。

 そのクルスの背中の向こうには、不敵に笑うアビスと、真剣な顔つきのファーレンがいる。二人は明らかに戦闘モードである。


(て、敵かっ!?)


 ここに来て、ようやくわしは敵襲を受けた事を理解した。教えてくれても良いだろうに—と思わなくもなかったが、接近を許した時点で、わしはお荷物以外の何者でもないのだろう。クリアリングが優先であり、邪魔せずに引っ込んでいろ—という事に他ならない。

 悔しいが、術者であり、近接戦闘能力に乏しいわしには、その扱いに文句を言えるだけの資格がない。


「考え過ぎでありますよ、クローディア様」


 そんなわしを気遣ったのは、クルスであった。肩越しにこちらを見つめつつ、口元は優しげな微笑みを湛えている。


「考えなしなだけであります。クローディア様が思っているような事は、我らは意識した事すらないのであります」

「…お主…」


 知ったような事を言うのぅ—と、意地悪く返せば、クルスもまたニヤリと笑って言った。


「数日お側にいたせいか、クローディア様の思考パターンは、おおよそ把握したでありますから」


 これには耳驚いて、目を見開く。


「…お主も大概じゃよな」

「くふふ。クローディア様に褒められたとなれば、閣下に自慢できようというものであります」


 それを最後に、クルスは口を噤むと、前へと視線を戻した。


(好き嫌いせずに、わしも冒険者になったなら、接近戦の手も持っておくべきじゃな)


 ふぅ—と息を吐きつつ、杖を握り込む。今この場では守ってもらう立場であるが、伊達にレベルが高い訳ではない。今度は皆をカバーすべく、周囲の気配を窺った。


「ようやく来たであるな」

「…はい」


 戦闘職故の勘働きであろうか。わしにはとんと分からないが、アビスとファーレンは気合を入れ直している。

 そんな二人の前に立ちはだかるのは、巨大な植物の魔物であった。城の天井から床までを覆っていた枝が剥がれたかと思えば、ドクドクと脈動するかのように動き始める。そちらに気を取られていると、いきなり壁を突き破り、巨木の根が姿を見せたのだ。物凄く驚いた。


「ほ、ほぅ!植物の不死系魔物(アンデッド)とはのぅ」


 誰も見てはいなかったが、肩を跳ね上げた事を誤魔化すかのように声を出す。

 何かの怨念でも取り憑いているのか、木の根の至る所から瘴気を噴き出し、幹には顔のような亀裂が刻まれていた。


「クローディア様。二人に任せて周辺警戒を共にするであります」


 うむ、そうじゃのぅ—と鷹揚に頷いてみせたが、その実、心臓がバクバクと高鳴っていたのは内緒だ。何あの魔物。不気味過ぎるじゃろう。

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