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小坂、古城を目指す その三

「…そうか。それはお疲れ様じゃったのぅ」

「そう!そうなんですよ!二人とも酷いんです!」


 クローディアに縋り付いて、ファーレンが泣いていた。

 俺とアビスの二人は、クローディアを前に正座させられている。そろそろ辛くなってきた。


「貴様のせいであるな」

「最初に言い出したのはアビスさんでしょう?」


 俺達はなおも小声で罵り合うが、二人の間に交わされる声音には、憤りも落胆の色もない。反省をしていない訳でもないが、ファーレンがやり遂げてくれた事で満たされており、多少の小言も受け入れられる下地ができていたのだ。

 遡る事数刻前、延々と頂を目指していた俺達が出会したのは、よりにもよってグリフォンであった。


「…グリフォン…であるな」

「…ですね」


 俺達の上空を影が横切ったかと思えば、叩きつけるかのような強風が通過する。何事か?—と上空を窺えば、はるか彼方を旋回するグリフォンの姿があったのだ。

 グリフォンとは、鷲の翼に上半身、獅子の下半身をもつという、混成獣(キメラ)の一種だ。獅子の下半身をもつために重量は重く、翼を頼りに浮力に身を任せるではなく、風魔法を用いて空を飛ぶ。

 しかし、その風魔法はかなりのレベルであり、空中にあっては旋回からの滑空攻撃、地上においては強靭な後脚から繰り出される飛びかかりを、より一層危険な域へと高めていた。


「…なせばなる…であるか?」

「…多分?」

「なんで二人とも疑問形なんですかっ!?」


 首を傾げる俺達に、ファーレンは声を荒げて抗議した。

 ファーレンは、当然ながら空を飛べない。魔術も満足に行使できないばかりか、彼女のもつ魔法の正体すらしれない。そんな彼女にとって、グリフォンに限らず、空を飛ぶ敵というものは、極めて相性が良くない。


「ま、いけるである」

「そうですね」


 ところが、その時は俺もアビスも声援を送るだけで、微塵も手伝ってやらなかった。青くなって固まるファーレンの背を押し出すと、あろう事かサムズアップして見せたほどだ。今にして思えば、酷いものである。


「お主らなぁ…本当に…はぁ…誰しもが、お主らのような強者ではない。弱者というのは、力を持ったとしても、すぐに強者たり得ぬ。時間をかけて、ゆっくりと階段を上り、強者という自信と自覚を塗り固めて、厚みを増してゆくものじゃ。もうお前は十分に強い。だからやってみろ—などと言われて、そう易々と一人でやれるものかよ。…全く、アビス様がついていながら…」

「…ごもっともである」

「…返す言葉がありません」

 

 別に俺だって、生まれついての強者ではないのだが、反論はしない。説教(この手の話)において、口答えがプラスに転じた試しなど、ありはしないのだ。


「…それで?続きはどうなったのじゃ?」

「ええとですね〜」


 それまではクローディアの膝に顔を埋めていたファーレンであったが、我が意を得たりとばかりに顔を持ち上げる。大型魔獣の単身討伐など、冒険者達の夢だ。英雄の領域だ。話したいのだろう。

 しかし、これはクローディアが手で制した。


「お主の話は長い。オサカよ、語れ」

「…はい」


 泣きそうな顔で俺に訴えかけてくるファーレンに苦笑を向けつつ、俺はファーレンの武勇伝を続けた。


「えーっと、そうそう—」


 ファーレンはできる子だった。

 ファーレンを啄もうとした嘴での一撃を、右拳で捉えたのだ。

 当然ながら、そうそうできる事ではない。滑空するグリフォンは風魔法による突風の籠で防護されているばかりか、スピードも凄まじく、近付いてきた—と思った次の瞬間には、既に目前に迫っている。

 ファーレンは驚くべき事に、風魔法の籠の目を、体勢を崩す事なく潜り抜け、更には、疾風迅雷の如き嘴の攻撃に、横から右拳を重ねた。


「なんとっ!?」

「…マジかよ」


 これには、木陰から見ていた俺達も言葉を失う。俄かに視線を交わし、喉を鳴らした。


「今の…できるであるか?」

「…私はレベルが高いですから…ですが、同条件で、かつ初見では、無理かと…」


 そのやり取りだけで、互いに唸り、視線を戻す。

 さて、ファーレンの猛攻は終わりではなかった。怯んだグリフォンが体勢を立て直す前に、烈火の如く拳を撃ち込み、これを地表に落としたのだ。


「ぬおっ!?か、苛烈であるな…」

「凄まじいですね…何というか…動きが超人的と言いますか…身体の作りが、人間とは根本的に違うとしか思えない連打です」


 俺やアビスが息を呑んだのも仕方ない事だろう。それほどまでに、ファーレンの動きは早かった。拳を突き出せば、それを戻さねば、次の拳は突き入れられない。右、左、と交互に繰り出すにしても、それは変わらない。

 ところが、ファーレンの動きは、その一連の動作が極めて早い。まだまだ荒削りで拳の軌道も無駄が多い。それでいながらにして、信じられない高回転の連撃を生み出していた。


「このまま決めます!」


 最後には首に蹴りを見舞い、そのまま取り付くと、反撃の機会を与える事なく、一気にへし折る。そう、ファーレンは一人でグリフォンに打ち勝ったばかりか、文句ない圧勝で締め括ったのである。

 しばらくは、俺もアビスも声が出なかった。ファーレンもまた、目の前に沈む巨体を見下ろしたまま、肩で息を吐いている。

 けれども、ついに歓喜が緊張を上回ったらしく、くるりと俺達に向き直るや否や、相好を崩して声を上げた。


「やった!やりましたよ!見てくれましたか?オサカ師匠!アビスさん!」


 今し方見せていた苛烈さは影を潜め、年相応の表情を見せるファーレンに、俺とアビスは顔を見合わせて苦笑した。


「いや、まさか瞬殺とは。恐れ入りました」


 ファーレンに近付きながら労えば、その後にアビスが続いた。


「本当である。貴様、才能がある—というオサカの妄言は、もしかすると真実かもしれぬであるぞ?」


 アビスの発言に、ファーレンがチラッと俺に視線を向けた。あ、えと—と、歯切れ悪く切り出すも、結局、何も言わずに口を噤む。

 大丈夫、怒ってない。怒ってないよ?けれど、少しばかりアビスとは話し合う必要があるかもしれない。まあ、後でだが。今はそれよりも優先したい事がある。


「アビスさん」

「はっ、やるであるか?」


 どうやら、アビスはファーレンの見事な戦いぶりに触発でもされたのか、気が高ぶっているらしい。わざと挑発的な事を言ってきたのは、暴れたかったからだろうか。

 けれど、俺はそうではない。手でアビスを制すると、真面目な話を始める。


「先のファーレンの動きだが…森精族(エルフ)ってのは、あんな事ができるものなのか?」


 俺の問いかけに、アビスは一瞬気の抜けた顔を見せるも、すぐに考え込む。かと思えば、答えを出すのも早かった。


「…いや、我の知る限りでは、森精族(エルフ)にあんな動きは無理であるな。どちらかといえば、森精族(エルフ)は鈍臭い種族である。森での機動能力こそ目を見張るものがあるであるが、それとて、森の精霊を味方につけてのものである。本来の森精族(エルフ)という種族は、運動能力は人間族並みに低いであるな。先のファーレンの動きのキレは…獣人のそれであった」


 獣人。メットーラに登録する冒険者には、獣人の前衛が多い。彼らの多くは勘働きに優れ、俺達に近付こうとしないばかりか、目も合わせようとはしない。危険だという事が、直感的に分かるのかもしれない。まあ、それは置いておくとして、遠巻きに彼らの戦闘を見ていると、なんだその動きは!?—と、目を見開く事が多い。メットーラ近郊の魔物は総じてレベルが高めであり、人間族の前衛では、かなりの強者でなくては苦戦する。けれども、獣人族達ならば、持ち前のセンスやバネで、なんとかできてしまうのだ。そんな獣人達と、先のファーレンの動きは近しいものがあった。

 だよな—と返せば、アビスは深く首肯する。

 ファーレン本人は何の事か分からないらしく、頻りに俺とアビスの間で視線を往復させているが、俺もアビスも、それきり口を噤む。言えるはずがない。


“やっぱり、ファーレンは森精族(エルフ)じゃない”


 —などとは。

 冗談ならば口にする事とてあるだろうが、本人は真面目に森精族(エルフ)であると思っているのだ。悪戯にそれを否定する事はできない。少なくとも、付き合いの短い今はまだ。いずれ、己で気付く、或いは、己と向き合う事があれば、伝えてやるのも良いだろう。


「オサカ」

「大丈夫です。不用意な事は…しませんよ」


 アビスも同じ考えであるらしく、念押ししてくる。同意を返せば、満足げに頷いた。


「…えっと?」

「いや、なんでもない。ファーレンの動きが凄過ぎて、整理が追いつかなかっただけだ」


 俺の言に、ファーレンが破顔した。喜びが治らないらしく、頻りに俺の腕を引いては、仕留めたグリフォンを見てくれ—と言う。

 俺とアビスは苦笑して、グリフォンへと近付いた。打撃痕こそあるものの、綺麗なものだった。これならば、高値で捌けるだろう。


「…うん、大したものだ。これはロロナさんに最初に見せますか?それまでは、腐敗しないように亜空間にしまっておきますよ?」

「え?良いんですか!?是非!是非!」


 ファーレンが仕留めたグリフォンは俺の亜空間に収納され、ロロナが帰着次第、披露する事にした。

 ところで、グリフォンは陸生の魔物ではない。となれば、この開けた道を作り出したのは、別にいるはずである。そう考えた俺は、アビスに話を振った。


「…この道はグリフォンの仕業じゃないですよね?」

「…で、あるな。ヒュドラかサイクロプスの仕業である。出くわさなかったのは残念である」


 俺の言葉にアビスは頷いてみせた。

 ならば—と、俺は更なる提案をする。


「明日はもう少し深くまで追ってみましょうか?」

「名案であるな!」


 我が意を得たり—とばかりにアビスは乗ってくる。俺達の会話に、ヒュ—という奇妙な声を出して、乾いた笑いを浮かべるファーレン。その顔色は真っ青である。何を恐れる必要があるのか。グリフォン同様に一捻りしてしまえば良いのだ。


「…で、それからは…まあ、ずっとそんな感じです」

「…はぁ。全く…何をしておるのか…」


 クローディアは流石にファーレンを不憫に思ったのか、助け舟を出す事にしたらしい。


「お主ら、いい加減にせよ。ファーレンが初々しくて可愛いのは分かるがの…それでいらんちょっかいを出すとか…子供か」


 クローディアが俺達に向けて何か言っているが、今、俺達はファーレンを見ていた。

 ファーレンはただでさえ大きな目をめいいっぱい開き、キラキラと輝かせてクローディアを見つめている。耳はピコピコと上下し、大師匠〜愛してます〜—とか呟いている。

 しかし、これが地雷だった。


「うえっ!?何を言うておるかバカタレ!女同士で目合う趣味などないわっ!」


 膝にもたれかかるファーレンをペイッ—と引き離したクローディアは、俺へと向き直り、先の発言を訂正した。


「やっぱさっきのなしじゃ。好きなだけ扱け」


 俺は歓喜のガッツポーズを見せ、ファーレンは慌ててクローディアへと縋り付く。

 そして、ここまで黙って成り行きを見守っていたクルスは、ファーレンの様子に満足げに頷いているのであった。






 夜が明けた。

 この日は俺とアビスのみが古城探索である。

 ファーレンはクローディアに泣きつき、魔道具開発へと回ったのだ。残念極まりないが、泣くほど辛いならば、無理強いするのも酷だ。諦めるしかあるまい。


「では、ヒヨさん、行ってきますね。あまり周囲の魔物を食べ散らかさないように」

「コケ!」


 鷹揚に頷くヒヨさんは、首に従魔である事を証明するプレートをぶら下げている。カッポーギの用意してくれたものだ。

 なんでも、従魔はプレートを何処かに取り付ける事が義務付けられているのだとか。付けられないアーサーさんとかは、どうするつもりなのか。

 アーサーさんはさておき、プレートを身につけた事により、ヒヨさんはある程度なら自由に往来を行き来できるのだが、昨日は町の外に出て、魔物を捕食していたようなのである。

 従魔であるために、特に何も咎められる事もないのだが、目撃した人達は寿命が縮む思いだったに違いない。実際に苦情も寄せられたとかなんとか。


「では、アビスさん、行きましょうか」


 俺がアビスへと声をかけると、アビスはクローディアの背に隠れるファーレンを見て、くつくつと笑いながら言う。


「二人旅など久しぶりであるな。今日はゆっくりと歩きたい気分なのである」


 アビスの言う二人旅とは、アビスがまだ俺の中で力を蓄えていた頃の事を指しているのであろう。クローディアに出会う前の話である。

 俺もこれには破顔して同意した。


「そういえばそうですね。いつの間にやら随分と大所帯になったものです。少し話しながら歩きますか」


 アビスもまた俺の言葉に頷く。

 俺は亜空間を開き、アビスと共に森林の中へと入った。






 馬鹿二人の後ろ姿を見送ったわしらは、早速新たな魔道具開発に取り掛かる事にする。


「さて、昨日は遠距離通話を可能にする魔道具を作り出したが…今日は何を作ろうかのぅ?」


 ファーレンはこの発言に首を傾げる。

 わしとクルスの二人は、昨日の成果をオサカ達にはまだ伝えていなかったのだ。できれば、完成品を見せつけて驚かせてやりたい—という気持ちからであったが、よくよく考えてみれば、その発想は馬鹿(オサカ)に近しいところにある気がする。

 わしの渋い顔はスルーして、クルスが提案した。


「昨日の電話機能を拡張する方向で進めるのが良いと思うのであります。具体的には、世界中のどこにいても使えるように、中継器を設けるのが良いと思うのであります」


 クルスの発言に、ふむ—と、考え込む。


(確かに…昨日の通話試験では、時折ノイズが混じったのぅ。距離が遠くなればなるほど、障害物が増えれば増えるほど、ノイズは多くなった。となれば、遠距離では魔力波が弱くなり、周囲を漂う魔素に妨害されるのか。…中継機…なるほどのぅ)


 そうなれば魔道具の構成を若干変えなくてはならないが、クルスの提案はもっともである。せっかく遠距離通話を可能にする魔道具を作っても、そこまで魔力が届かなくては意味がないのだから。


「うむ、そうじゃな。お主の言う通りじゃ。ならば、中継機の製作、そして遠距離通話の魔道具を改造じゃな」


 わしは首肯すると、早速中継器を作るべく、自室へと向かう。

 二人もその後をついてくるが、ファーレンにはチンプンカンプンな話であるらしい。背中越しに、ファーレンがクルスへと尋ねる声が聞こえる。


「遠距離通話の魔道具って何ですか?」


 部屋に着いたら説明するつもりであったが、気になって仕方ないらしい。ならば語るか—と振り返れば、クルスは開発途中の魔道具を腰鞄から取り出して、ファーレンへと見せていた。


「これであります。どれだけ離れている相手とも、話せるようにするのが目標であります」


 クルスはイヤホン型の魔道具をファーレンへと手渡す。

 ファーレンはそれを受け取るも、矯めつ眇めつ眺めた後は、怪訝そうな顔付きで再度尋ねてきた。


「どのようにして使うのですか?」


 ファーレンが食い付いてきた事に、気を良くしたらしいクルスは、ファーレンから魔道具を返してもらうと、己の耳へとはめて見せる。

 ほぅほぅ—とそれを見ていたファーレンであったが、苦笑いするとクルスへ告げた。


「僕達、森精族(エルフ)の耳にははまりそうにないですね…」

「なん…でありますと?」


 クルスはファーレンの耳を見て愕然としている。思わず立ち止まり、わしも愕然とした。

 よくよく見れば、わしら魔人族や、人間族の耳とは、森精族(エルフ)のそれは起伏の形状が異なるのだ。完全に盲点であった。


「ば、馬鹿な…愚図山精族(ファーレン)は耳の形まで劣っていると!?どこまでも不憫な奴であります!」

「劣ってませんから!こういう耳の形をした種族なんです!って、また山精族(ドワーフ)って言いましたね!?」


 クルスの質の悪い冗談に、ファーレンも付き合う。

 あまりにもクルスが突っ込んだ事を言うため、思わずギョッとしたのだが、笑って返すファーレンに、ふぅ—と、安堵の息を吐いた。雨降って地固まる—と言うやつか。少し前まではハラハラする事も多かったが、互いに適正な距離感を掴んだのかもしれん。


(オサカめ。何を言うたのか、後で問い質さねばならぬのぅ)


 二人からは見えぬ様に、わしは相好を崩す。

 すっかり仲良くなった二人組は、騒ぎながらわしの後をついてきた。






 家人のいなくなった玄関には、僕とヒヨさんが残された。エルは町の子供達と遊ぶべく、はやくも姿を晦まし、残された僕らは、顔?を見合わせると、徐にオサカ邸の敷地から街中へと出た。

 オサカ邸は、貴族街という場所のはずれにある。まるでそこだけ小高い丘や木々に隔離されたかのような立地は、オサカ達の怪しい研究や、僕らの存在を思えば、うってつけなのだろう。

 傾斜を下り、お隣さんの前を通過すれば、門兵がギョッとする。昨日はそれで終わりだったのだが、今日はこちらに槍を構えてきた。何かと思えば、門から馬車が出るところであったらしい。


“お先にどうぞ”


 木板を取り出して、馬車を先に行かせるべく魔力で文字を作り出す。

 それを見た門兵は頻りに頷くものの、門の奥にいる馬は動こうとしない。


「おっきな鳥さんだぁ!」

「レヴ!顔を出すんじゃない!」


 僕らがまごついているうちに、御子息らしき少年が馬車の窓から顔を覗かせるも、官僚を思わせる法衣を纏った腕が、少年を窓から引き剥がす。それを機に、馬車の周囲を固めていた護衛と思わしき者達が、一斉に抜剣した。

 少しだけ傷ついたが、これはいつもの事だ。エルは犬型の魔物であり、多少怯えられる事こそあれど、従魔だと判明すれば、すぐに気を許される事も多い。けれども、僕らは違う。スライムとコカトリスだ。

 スライムは何でも溶かす性質と、汚物の処理に使用される事が多いという不潔なイメージから嫌悪され、コカトリスは石化ブレスの凶悪さにより忌避される。


「す、すまないが…先に行ってもらえるか?」


 おずおずと尋ねてきた門兵に、僕に代わりヒヨさんが頷いて返した。

 門兵が話が通じた事に安堵の表情を見せる中、僕とヒヨさんはゆっくりと歩き出す。馬を悪戯に刺激しないようにとの配慮だ。

 貴族街を出て繁華街に入ると、早朝とはいえ早い者は店を開いており、二日連続で現れたヒヨさんと僕に肩を跳ねあげる。

 連なる屋台を睥睨—している訳ではないのだが、目付きが鋭過ぎるために睨んでいるようにしか見えない—しながらヒヨさんは歩く。

 やがて、ある屋台の前でヒヨさんは歩みを止めた。何かの肉串の店だ。一所懸命に串焼きを焼いていた店主は、自分を店ごと包み込む影に気が付いて顔を上げる。


「へい、らっしゃ…」

「コケ!」


 そこにいたのは巨大なコカトリスである。驚かない訳がない。従魔である事を示すプレートを首からぶら下げているにせよ、その主人は何処にも見当たらないのだ。

 更に背中には僕がおり、戯れてくるヒヨさんの蛇の尾の相手をしている。一体何事か!?—と、店主が混乱したのも無理のない話だろう。


「あ、えっと…お客様…で?」

「コケ!」


 けれど、店主はすぐに我に返る。昨日もこの通りで、買い食いをしていた僕らを見ていたのだろう。呑み込みは早かった。

 昨日同様に本板を取り出すと、必要な本数をツラツラと書いてみせた。


“三十”


 識字率の低い商店街においても、数字程度なら理解してくれるため、正しく伝わる。

 店主は慌てて串を追加で焼き始め、周囲には香ばしい香りが立ち込める。


「すぐに用意します!」


 硬貨を数枚取り出すと、触手を伸ばして店主の横へと置く。一瞬、店主の肩がビクッと跳ねたが気にしない。


“それで足りますか?”


 読めるかどうか不安だったが、店主は頻りに頷いてくる。どうやら読み書きの類は大丈夫であるらしい。

 これには、おや?—と思ったが、何の事はなかった。すぐ側に代筆屋がいたからだ。樽の上に木の板を載せて、机代わりにしている。その机の上にはペンとインク壺が並べられており、代筆屋本人は、目を見開いて僕らを見つめていた。普段、彼の仕事を盗み見ているならば、簡単な文字は読めるようになるのだろう。


「十分です!お、お釣りは…お釣り…えと…はいどうぞ!」


 手渡されたお釣りは、銭貨が少しだけ多かった。余計な分を返却し、計算式をついでに書いて見せる。文字の読み書きはできても計算は苦手であるらしく、僕の示した木板は、串屋の店主にも、代筆屋にも理解されなかった。


「ああ…その、計算は…どうも苦手で…大丈夫ですよ。疑ったりしねえから」


 —だそうだ。三十本もまとめて買うような客が、今日まではいなかったのだろう。けれど、この串は美味しそうだ。今後、ちょくちょく利用するだろうから、できることなら覚えてもらいたい。

 ところで、僕がどこから木板や貨幣を出しているかといえば、オサカやクローディアの得意とする亜空間というやつだ。オサカと眷属化している僕には、亜空間を開く時の感覚がよく分かる。試しに開いてみたところ、あっさりと成功した。

 そんな訳なので、亜空間内にあるものは、有効に使わせてもらっている。この木板とて、実のところはオサカが文字の練習に使っていたもののお古だったりする。

 そして貨幣に関しては、オサカのお金だ。使い方はアビスとの食べ歩きで学んだ。たまにオサカは小銭の多さに首を傾げているようだが、僕の買い食いには、未だに気が付いてはいない。


「お待たせしました」


 渡された三十本の串焼きを、僕は触手で十本ずつ持つと、それぞれを鶏の頭、蛇の頭、己に与える。串ごと飲み込んで満足した僕らは、店主に頭を下げてから再び歩き始める。次なる屋台を探すのだ。


「コケッ!」

「シャー!」

“三杯ください。大盛りで”


 次の屋台は、文字を理解してはくれなかった。






 俺とアビスの二人は、山を歩きながら歓談していた。


「もうすぐ森林限界です。アビスさんも少し厚着をしては如何ですか?コートありますよ?」


 傾斜がきつくなり、俺は岩肌に手をついて歩いているのだが、後ろを振り返れば、アビスは当たり前のように二本足で立っている。しかも岩肌に垂直にだ。見ていて頭が痛くなる光景だ。流石は竜とでも言うべきか。何でもありである。


「いらんである。この程度で寒がっていては、空は飛べんであるからな」


 そう言って呵々大笑するアビスであるが、俺はむしろ、別の事が気にかかっていた。


「あの…それ、どうやって立ってるんですか?」


 だが、それに対する返答はない。まるで俺の言葉が聞こえなかったかのように、明後日の方向を向いて鼻歌を歌っている。教えてくれる気はないらしい。或いは、自身でも分からないのかもしれない。


(へぇへぇ。ケチ臭い事ですな)


 俺は諦めて前に視線を戻すと、再び傾斜に手をかけて先へと進む。麓から仰ぎ見ていた時は、これほど急斜面であるとは思ってもいなかった。

 既に吐く息は白く染まり、俺はこれでもかと厚着をしているのだが、アビスはやはりいつもの格好であり、それでいて全く寒そうには見えない。改めて竜の格の違いを垣間見た瞬間である。


(もう少し格好いい格の違いを見たいんだけどな)


 —などと、苦笑いを浮かべながら、大きな岩棚に登らんとして手をかけた。


「よっ!ほっ!…と」


 ボルダリングの要領でスイスイと頂点まで登りきったが、ほぼ垂直な岩棚を普通に歩いて登ってくるアビスの姿には笑うしかない。反則だろ、それ。

 そんな何でもありのアビスであったが、岩棚の上まで登り切ると、徐に俺に話しかけてきた。


「オサカよ、帰る手立ては見つかったであるか?」


 悴む手を火の魔法で温めつつ、チラリと視線を持ち上げれば、アビスは真剣な面持ちであった。

 何を言うかと思えば—と、嘆息する。あまりにも馬鹿馬鹿しい問いかけに、立ち上がり天を仰ぐ。


「…見つかったように見えますか?」


 若干の苛立ちを覆い隠すため、あえて戯けてみせた。帰る手立てなど未だに手掛かりすら得られていない事は、アビスも分かっているに違いないのだ。


「何故、そんな事を?」


 俺が尋ね返せば、アビスは鷹揚に頷いてから応じた。


「この世界で生きてゆくつもりはないであるか?我と共に邪神を滅ぼし、人の世を守護する竜とならんであるか?」


 風が吹いた。冷たく、吐いた息が立ち所に白く染まる風だ。俺は再び手元に火を作り出すと、炙るべく手をかざす。丁寧に焼き色をつけるかのように裏表とひっくり返したながら、ボソリと呟く。なんとも答え難い問いかけだった。


「…竜…ですか」


 俺はあくまでも人だ。どれだけ強くとも、周囲から人間扱いされなくとも、心は人のままなのだ。だから、唐突にそんな事を尋ねられたとしても、全く想像ができない。何故なら—


「竜とは、なんですか?アビスさんのような、高位な存在の総称ではないのですか?」


 竜というものを知らないからだ。これまで、竜というのは、羽付き蜥蜴の総称だと思っていた。

 だがしかし、アビスは俺の問いに首を振る。竜とはドラゴンの事ではないらしく、思わず目を見開く。では、竜とは一体何だというのか。


「竜とは、神に至った生物を指すものである。我ら竜種は、生きているだけで神に至れるため、竜種と呼ばれるようになったであるな」


 アビスの発言に、なるほど—と、顎を摩る。

 そんな俺の理解を促すかのように、アビスはゆっくりと先を続けた。


「我ら竜種は、成長に従い肉を食うだけでは身体を維持できなくなる。当然である。でか過ぎるのであるな。我らが成体になっても肉を主食とするならば、とっくに人類など、滅亡しているのである」


 道理だ—と、頷いて返す。アビスの竜形態は、それは馬鹿みたいにデカい。流石に国会議事堂と比べるのは酷だが、そこいらの小中学校クラスはあろうかと思われる全長なのだ。それを見た事がある者であれば、実に納得ゆく話だろう。


「だからなのか、別の理由があるのか…我ら竜種は、成長に従い、魔素を食うようになる。我らが人里離れた火山や森林、深海といった、魔素の色濃い場所を好むのは、そのためである」


 いくら火を灯しているとはいえ、黙って突っ立っていては、少しだけ肌寒く感じるようになってきた。

 ゆっくりと俺が歩き始めれば、アビスも歩き出す。俺達は並んで尾根を目指した。


「そして、身体中に蓄えられた魔素は、長い時を得て、徐々に密度を増してゆく。この段になると、我ら竜種は知性、理性といったものを宿すようになる」

「…それまでは?」


 アビスの発言に首を傾げ、思わず尋ねた。

 ふっ—と口角を持ち上げてみせた後、アビスは自嘲するかのように答える。


「魔物と変わらんである。我とて、そうであった。人を人として認識できたのは、いつだったであるかな」


 人を人として認識—その発言には、看過できない裏がある。ならば、人を人として認識する前は、どう思っていたというのか。餌か、或いは敵か。


「何とも思っていなかったである。そこまでの知性、理性もなかったであるからな」


 まるで俺の思考を読んだかのように、アビスは淀みなく口を動かす。俺は黙ってその言葉を聞いていた。


「父上もまた、偉大な竜だった。我同様に神に至った、強大な竜だった。いやな、これがなかなかに厳しい方でな。記憶している限りでは、人を襲うなどという事は、我らを討ち取ろうとした者達を返り討ちにする以外では、認められていなかったである。父上は、基本的には人間を良き隣人として認めていたであるからな」


 そう言ってアビスは呵呵と笑う。

 どうやら、人を襲って喰い殺していた訳ではないらしい。少し安堵した。


「貴様が心配しているような事は、誓ってやっていないであるな」

「…そのようですね」


 俺が頷いてみせると、アビスも鷹揚に頷く。

 一瞬、何の話をしていたのか忘れていたが、アビスが再び語り始めた事で、そういえば、竜の話だったな—と、思い出した。


「やがて、竜は神格を宿すである。この段になると、人の言葉も解し、我のように人として振る舞う事も造作なくなる。竜種という魔物から、神力を扱う神へと至る訳であるな」


 ふぅん—と軽く返す傍で、考え込む。神力とは何であろうか—と。


(これまで、神力なんて言葉は出てこなかった。いや、どこかで聞いた気もするが、この話の中では初めてだ。なのに、いきなり“神格を宿す”、“神力を扱う”って、どういう事だ?どこから神力は現れた?)


 考えても分かりようはずがなく、チラリとアビスを盗み見た。アビスは胸を張って、どうだ—と言わんばかりの偉容を見せているが、肝心なところが分からない。きっと、アビス本人にも分からない。

 ガリガリと頭をかいて、思考を切り替える。もう一つ、気になっている事を聞いてみた。


「その、アビスさん以外にも、竜種っていますよね?皆が皆、神に至れる訳ですか?」

「む?それはまあ…亜竜と呼ばれるような、竜種の中でも短命な者は、神には至れぬである。人間からすれば、気が遠くなるほどの長い時をかけて魔素を溜め込んだ結果、神に至るのであるからな」


 言われてみれば、そんなものか—と、納得できる話だ。一体、どれほどの魔素を溜め込めば、神などという大それた存在になれるというのか。


「そもそも、アビスさんの言う神って何ですか?」


 ふと思いついて尋ねれば、呆れたような、可哀想な生き物を見るかのような視線を向けられた。

 そんな目を向けられても困る。俺の生きてきた人生の中で、神などという巫山戯た存在と出会した事などない。仕方ないだろう。


「神とは、知的生命体の祈りを、糧として存える者である」

「…ん?祈り?」


 どうにも理解が追いつかず尋ねると、アビスは続ける。


「人、或いは知的生命体が神へと祈りを捧げる時、その祈りは周囲の魔素を励起する。励起された魔素は、更に近くの魔素を励起する。そんな連鎖反応を繰り返せば、そのうちの一割とはゆかなくとも、僅かには神へと届く」

「それは魔素の話でしょうか?」


 思わず話を遮って尋ねる。

 神への祈りが糧になるらしいが、実際に糧になっているのは魔素ではないか。これでは話が違う—などと思ったが、よくよく考えてみれば、俺の気にしている事など、豚を引く時、豚を引いているのは人か、或いは縄か?—と尋ねているに等しい。超くだらない。

 馬鹿か俺は—と、きまり悪さに手で顔を覆い、何でもありません—と呟いた。


「如何にも。魔素であるな。先は祈りと言ったであるが、気に入らぬなら訂正しよう。神とは、魔素により存え、或いは力を増す存在である」


 けれども、アビスは意地悪く続ける。実に面白くない。だから俺も意地の悪い言葉を返す。


「俺の中で神ってのは、無謬にして全能どころか、人の理解では推し量れない存在の事を指すのです。アビスさんの発言によれば、神も人間や魔物と変わらないではないですか?魔素でレベルアップして?魔素を食物にして?」


 そう言ってジト目を向けるも、アビスは呵呵と笑って肯定した。


「まあ、事実その通りであるからな。貴様達の世界には魔素がないため、神はおらぬのであろうが…貴様の考える神と、この世界の神とでは、在り方が違うであるな。この世界の神は、もう少し人に近い。いや、寄り添った存在…共生と表するが相応しいであるかな」


 共生ねぇ—と、眉間を揉む。その言葉を聞くと、蟻と蟻牧を想像してしまうのは、ついこの間、蟻を大量虐殺したせいだろうか。


「また碌でもない事を考えているであるな?」

「…いえ、そんな事は…」


 ありません—という言葉は、ついに出てきてくれなかった。おかしい。いつもなら息吐くように嘯けるのに。

 まあ、いいである—と、アビスは嘆息してみせた後、徐に続ける。


「人にさまざまな恩恵を齎し、その見返りに祈りをもらう—それが、人と神との在り方である。商業を営む者達に加護を与える神。農夫達を飢えさせぬように恩沢を授ける神。さまざまな神がある。そして、神は基本的に、祈りによる魔素しか吸収できないのである。我のように、竜として、生物としての機能が備わっているならば、肉を食らって生き存える事とてもできるであろう。けれどもな、人の、知的生命体の想いから産み落とされた神々は、最初は弱々しく、人の祈りがなくなれば、生きてはゆけないのである」


 ここでも俺は首を傾げる。人の想いから生み出された神とは、一体何であろうか?


「ちょっと待ってください。人の想いから生み出された神とは?それは神なのですか?」


 アビスが更に続けようとするのを手で制して、口を挟む。

 アビスはやや面白くなさそうに口を引き結んだ後、はぁ—と、嘆息した。


「貴様…さっきからごちゃごちゃと。…最初に何を話そうとしていたのか、もはや思い出せないであるな」


 最初の話は、俺に竜となれ—というものだった。忘れてくれたならばありがたい。遠慮なく気になる事を尋ねられるというものだ。


「いきなり真面目な話を始めるアビスさんが悪いんですよ」

「あー、あー、分かったである。で、人の想いから産み落とされた神の話であったな?一言で言えば、魔力の塊。精霊と同じようなものであるな」


 じゃあ精霊じゃん—と斬り捨てる前に、それを察知したであろうアビスが手を突き出してきた。何も言うな—という事か。


「精霊との違いは、人の想いが産んだものか、自然に寄り集まった魔素から生まれたものか—というところであるな。下級神(ヤザタ)と、かつては呼ばれたである。まだ口を挟むなである!…その違いは大きく、人の想いから産まれた神は、やがて、その願いを叶えるための権能を得るのであるな。そうすれば、後は自然に真の神へと至るである」


 かつてというのは、アビスさんが地上にいた頃の話ですか?—と、分かりきった事を尋ねようとして伸ばした手を引っ込めつつ、ここまでの事を整理した。


(竜とは、神に至った存在を指す言葉。アビスさん達、竜種が竜種と呼ばれるようになったのは、生きているだけで、自然と神に至れる存在だから)


 ここまではいい。だが、その後がよろしくない。アビスの語った内容を、ゆっくりと反芻するように思い出す。


(神とは…人々の祈りを糧として生き存える存在。人々の祈りをもらう対価として、人に恵みを齎す。人、或いは知的生命体とは共生関係にある…か)


 更には、人の祈りが神を生み出す事もあるそうだ。それらは下級神(ヤザタ)と呼ばれ、最初は弱々しく、精霊とさしたる違いもない。だが、祈りを捧げ続ける事で真なる神となり、権能を得るに至る。

 では、アビスが俺に言った言葉、竜となれ—について考えてみる。


(魔素を取り込む続ける事で、魔素は密度を増し、神力となる?…ならば、魔素と神力とは、同じもの?俺のもつ魔素もいずれは密度を高め始め、神に至る?)


 考えてみた結果、検証が必要だ—との結論に至った。

 神になるつもりなど毛頭ない。面倒なのはごめんであり、この世界で人類の守護者なんかになる気ももちろんない。

 けれども、神力というのは価値がありそうだ。もっと調べてみるべきだろう。


(思えば、魔力を反射する死霊騎士(デュラハン)の鎧では、アビスさんのブレスを反射しきれなかった。密度?魔力の密度が違ったから?…なるほど。そう考えれば納得がゆく)


 神力とは、おそらくは高密度の魔力。もしくは、高エネルギーを保有する魔力だ。

 そう当たりをつけた俺は、アビスに確認を取ろうとしたが、アビスは勝手に亜空間を開いて、弁当を食べていた。自由過ぎる。


「ちょっと…」

「ふ?ふふ?…はふはへほほは、ほはっはへはふは?」


 しかも何を言っているのか分からないし。

 せめて、飲み込んでから喋れ—と言おうとしたが、アビスは嚥下する前に口の中へと次のサンドイッチを放り込んでゆく。それでいて、ちゃんと飲み込めてもいるらしい。もぐもぐと口を動かす傍ら、喉もごくごくと音を鳴らしているから不思議だ。どういう構造をしているのか。


(はぁ…こりゃ聞いても分かりそうにないな…)


 俺も弁当を食うか—と腰を下ろそうとすると、それよりも早くアビスが立ち上がる。既に出発するつもりであるらしく、コキコキと身体を捻ると歩き出した。

 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、またしてもアビスがそれに先んじる。


「この世界の何が気に入らないのである?貴様のいた世界とは確かに違う。貴様の中にいた頃、僅かに貴様の記憶から、貴様の世界を知ったである。だが、貴様にはもはや、あの世界は息苦しいだけである。向こうに戻ってどうする?世界征服でもするのであるか?」


 どうやら、話は一番最初に戻ったらしい。この世界で人類の守護者を共に—というやつだ。最初、何を言い出すんだ?この駄竜は?—と眉をひそめたのは内緒だ。


(まあ、確かにそうなんだけどな)


 全くもって、アビスの言う通りだと思う。あちらへ戻るには、俺は些か危険な存在になり過ぎた。力を抑え、己を殺し、今以上に目立たぬよう努めなくてはならない。

 それ以前に、魔石を核とした不死系魔物(アンデッド)である以上、大量に魔石を持ち込まねば、向こうではやっていけない。不死系魔物(アンデッド)のエネルギーは魔力であり、魔素のないあの世界において、一年を生きるのに、一体、何個の魔石を消費する事だろう。

 それらの問題がクリアできたとしても、今度は逆にあちらの世界が俺を持て余すに違いない。どれだけ俺が大人しくしていたとしても、あの世界では一瞬で全世界に情報が拡散する。息苦しいなんてものではないだろう。万が一にも俺の事が周囲に知られれば、よくて腫れ物扱い。或いは実験動物か。最悪、常に暗殺の恐怖に晒される事になりかねない。問題は山積みで、それを解決して枕を高くしようとするならば、それこそ、世界征服でもしなければ不可能だろう。


(…それでも、ちゃんと帰らにゃならん場所があるしな)


 人の噂も七五日という言葉もある。楽観的な考えかもしれないが、今はそれで良い—と、俺は思っている。帰ってからの事は、帰ってからで良い。

 俺はアビスに視線だけ向けると、歩きながら答える。


「母がおります。祖父もまだ健在でしょう。更には、きちんとけじめをつけなくてはならない問題も残っています。それを果たすためにも、帰らなくてはなりません」


 アビスは何かを言いかけたが、止めた。

 俺はそれを認めると、視線を前へと戻す。

 こちらの世界に俺の居場所を作ってくれようとするアビスの心遣いは嬉しく思う。だが、それが神様というのは如何なものか。そっちの方が俺には息苦しい。俺はどこまでいっても、根っこは小市民なのだから。


「アビスさん、山頂です」


 それからしばらく歩いて、山の頂がようやく見えた。俺の言葉に、アビスも視線を前へと向ける。

 俺達の視線の先には、広大な海が広がっていた。海と陸との境界は切り立った崖になっており、視界に収まる範囲には浜は見えない。

 だが、視線を右へとずらしていった俺は、目指す古城らしきものを視界に収める。


「アビスさん、あれ…そうじゃないですか?」


 俺の指差す先を見て、アビスは首肯した。

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