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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第1章 真、異世界デビュー
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真、装備を買う

毎度、何か書かなくては…と思うのですが、何も思いつく事がなくて。

1章くらいは、一日一話ペースで上げていくつもりです。

『あはははは!何その格好!だせ〜!あはははは〜!』


 アシュレイはあたしの姿を見て盛大に笑い始めた。そんなにおかしいだろうか?—と、首を傾げる。


『だよなぁ、やっぱりおかしいよなぁ!わはははは!』


 アイマスまでもが笑い始める。これにはぐぬぬ—と唸った。

 さて、一頻り笑って落ち着いたアシュレイは、私達を順に見回して尋ねてきた。


『で、わざわざ魔術師ギルドまでやってきてどうしたの〜?』

『ああ、それなんだがな。マコトの魔術触媒をどうすべきか悩んでいたんだ。専門家に尋ねようと思ってな』


 アイマスはそう言って魔術師ギルドの屋号を見た。あたしとソティも、それに倣って屋号を見る。

 あたし達の視線の先で、魔術ギルドの屋号は壁から剝がれて落ちた。


『…期待に応えられるないってさ〜』


 アシュレイは笑って戯けて見せるが、恐ろしい偶然もあったものである。…偶然だよな?

 そのままアシュレイが歩き出したのに合わせて、あたし達も歩きだす。

 やがて、例の糞尿エリアを超えた後、アシュレイが摘んでいた鼻から手を離し、背中越しに尋ねてきた。


『マコトは何かある?魔術を発動させる—と、聞いて、イメージする武器とか』


 尋ねられたあたしは、ふと考える。

 あたしがプレイしていたオンラインRPGでは、あたしは最初、弓使いであった。だが、弓使いではどうしてもゲットできない超レア武器が実装された。レア武器は弓であるのに、弓による遠距離攻撃が一切通用しない敵が所持していたのだ。あたしは止む無く魔法使いに転向した。弓装備のままで。ソロプレイヤーであったため、やむなしであった。以降、あたしは弓の魔法使いとしてゲームを楽しんでいた。


『弓…かな』

『『『何で!?』』』


 何でも何も—三年もプレイしてきたせいか、むしろそれしか思いつかない。後はオーソドックスに杖だが、それだと面白くないし。

 アイマスとソティは渋い顔であたしを見るが、アシュレイは何やら考え込んでいた。

 そのまましばし待っていると、アシュレイは徐に口を開く。


『有りかも…しれな〜い』


 アシュレイの発言に驚くアイマスとソティ。

 私達の視線が集まったのを感じた訳でもないだろうが、アシュレイは考え込んだ姿勢のままで話しだす。頭の中の整理も兼ねているのであろう。


『そもそも、魔術触媒として有名なのは杖や短剣よね〜。それは杖や短剣から魔術が発動するイメージがあるから〜。なら、弓から魔術が発動するイメージを持つ人がいたって不思議じゃない〜。そして、弓という装備故の強さがある〜。MPが無くなっても弓で戦えるわ〜。長期戦ではMPを保存するために弓矢メインで戦っても良いし〜。否定する理由がないんよね〜』

『そ、そうなのか?弓で魔術が使えるのか?』


 アイマスの問いにアシュレイは首肯して返すと、アイマスとソティは再度目を見開いた。思わずといった様子で、アイマスがボソリと呟く。


『こ、これが知力87の発想か…』


 違うよ。ゲームばかりやってたせいだよ。


『87!?何それ!?』


 今度はアシュレイが驚く番であった。

 あたしはポンチョの内ポケットから冒険者カードを取り出して、アシュレイに渡す。裏を見たアシュレイの目が見開かれた。


『凄…レベル二のステータス値では、間違いなく最高値よ〜。マコトの世界では、こんなのがゴロゴロいるって事〜?』


 また何とも答え辛い質問を。

 あたしは苦笑いするに留め、アシュレイからカードを返してもらった。

 ポンチョの内ポケットにカードをしまいながら、話題を変えるべく尋ねる。


『弓って高いの?』


 この質問に三人は顔を見合わせる。弓使いなどこの場にはいないのだ。分からないのであろう。

 三人は顔を見合わせたまま頷くと、あたしへ向き直った。


『取り敢えず、弓を見に行こうか』

『…はい』


 そんな訳で、私達は昼食を食べた後、弓を見に行く事になった。

 昼食は大衆浴場に併設された食堂で取り、メニューは黒パンにオーク肉のステーキ、チーズにワインと豆のポタージュスープであった。ご馳走である。


『大衆浴場なんてあるんだ…』

『はは、そりゃあるさ。マコトの世界みたいに、一家に一つ風呂があるなんて貴族しか無理だ。後は豪商とかな』


 アイマスの言葉に渋い顔を作る。それは、少し困ったな。風呂は欲しいよ。今はまだどうにもならないが、いずれは何とかしたいところだ。

 さて、この世界では15歳から成人だそうで、あたしもワインをペロリと舐めてみたが、苦くて無理だった。

 そんな訳で、あたしのワインとチーズはアイマスの胃袋に収まっている。オーク肉?まんま豚肉でした。美味かった。

 ご飯を食べ終えたあたし達は、商業区の中心にある広場までやってきた。そこには数多くの露店が並び、あたしの探す弓を扱う店もすぐに見つかると思われる。

 ところで、アシュレイが足を止めて露店の一つを覗き込んだ。それにつられて露店を眺めれば、そこでは歪な形の石が幾つか並べられている。アシュレイが真剣な顔付きで石の一つを持ち上げると、露天商へと向けて声をかけた。


「@#/&?」

「@#/&@#/&」


 そのまま露天商とアシュレイは何かを話し始める。あたしが両脇に佇むアイマスとソティを見れば、二人は例の小芝居を始めてくれた。


『これはお幾らで御座いますか?』

『んあ?研磨前だから10万Yってとこだな〜』

『高いで御座います。もう少し勉強出来ませんか?』

『お嬢さんは魔術師だろ?んならこれの価値も分かるだろ?研磨しちまったらとんでもない値段になるところを、研磨前だから10万Yで提供してるんだぜ?』

『ぐぬぬ—で御座います。分かりました。10万Y払うで御座います』

『毎度!お嬢さんみたいな本物の魔術師に買ってほしくて研磨前のを出してるんだ。また頼むぜ!』


 アイマスとソティは小芝居を終えると、あたしへと振り返る。どうだ—と、言わんばかりのドヤ顔だ。

 ふんふん—と頷いてから、分かりやすかったよ—と、礼を言う。どういたしまして—と言う代わりに胸を張る二人の元へ、アシュレイがやってくると、あたしへと向けて告げた。


『マコト、弓に嵌める触媒ゲットよ〜。これは良いものだよ〜』

『え?その石が触媒なの?』


 あたしは驚いてアシュレイの杖の先に嵌る輝く石を見る。恐らくこの石が触媒なのだろう。つまり、アシュレイが今購入した石を研磨すると、アシュレイの杖の先に取り付けられた石のように光り輝くという事なのであろう。


『金貨10枚とは相当に良いものなんだろうな。正直驚いたよ』

『金貨10枚だとぉっ!?』


 アイマスの言葉に事の大きさを知る事になる。一般家庭の一年間の生活費が金貨10枚程度なのだそうだ。つまり年間生活費が石ころ一つに消えたのである。あたしは驚きのあまり目眩を覚えた。


『落ち着け〜。魔術師になれば幾らでも取り返せる額だから〜。マコトの借金につけておくよ〜』

『ああああ〜、ダメだろそれ。そのまま利息で雪だるま式に膨らんで破産するやつだろ』


 頭を抑えて蹲るあたしの横では、アイマスとソティが苦笑いしていた。だが、アシュレイは真面目な顔で言う。


『いやいや、魔術触媒はケチるな〜。いい加減な魔術触媒を使って、本番で失敗なんかしたら、えらい事だぞ〜』

『ぬ、ぐぬぬ—それを言われると何も言えん。金がかかるなぁ、魔術師』


 あたしの世界で言えば、いきなり1000万円の借金をこさえた様なものだろうか。ちなみに、この世界では黒パン一つが5Yである。硬貨で言えば銭貨五枚だ。安いものは安い。高い物は滅茶苦茶高いのだ。


『この程度で凹んでたら武器なんて買えないぞ?この後、その石を研磨するのにも金がかかるし、弓そのものにも金がかかるし、矢だって必須だ。そして防具も後衛として最低限は必要だ』

『…あたしの借金、幾らになるの?』


 アイマスの言葉に尋ねて返したが、三人は曖昧に笑って答えなかった。あたしは悪い狼に騙された山羊の気持ちになった。


『あ、見つけたので御座います』


 それからしばらくは目ぼしいものもなく、露店を冷やかしていたあたし達であったが、ソティが弓を見つけて声をかけてくる。

 あたし達は売り出された弓を眺めて、どうしたものか—と、首を傾げた。弓の良し悪しなど分からないからだ。

 アイマスが露天商へと声をかければ、露天商は弓を一つ持ち上げて、アイマスに説明しているようである。

 アイマス他、ソティとアシュレイもそれに聞き入っていたが、あたしは理解できないので退屈だ。


(弓かぁ、実際に弓で魔術を使おうとしたら、どうなるのだろう?)


 なるべく安い—と、思われる弓を一つ手に取ると、弦を引いて感触を確かめる。


(重い…)


 流石は筋力値4だな—と、自嘲する。弓を満足に引くだけの力はないらしい。先ずはそこからであるようだ。

 しかしだ。もしあたしがオンラインRPGさながらの動きが出来るようになるのなら、筋トレは苦にならないだろう。

 あたしは自らのアバターが握っていた弓を思い浮かべた。それはありとあらゆる属性を持つ七色の弓、アルカンシエル。魔術師に転向してまで手に入れた激レア武器だ。

 そのアルカンシエルを構えて、矢を番えた状況を想像する。次には、その鏃の先端に魔法陣が浮かび上がる様を想像した。

 弓のハンドルに取り付けられた魔術触媒が光り輝き、魔法陣に魔術文字が書き足されてゆく。矢が触媒に励起され、鏃に炎の力が宿る。

 あたしが矢を射れば、射出された矢は敵に命中して、真っ赤な炎の花を咲かせるのだろう。


(…カッコいいな)


 あたしがニヤケながら意識を現実に戻すと、露天商を含む四人はあたしを見ていた。

 何さ?—と、訝しげな顔をするも、全員があたしの握る弓を指差す。

 あたしは己の左手に握られた弓を見て驚愕した。


『えっ!?うわっ、魔法陣!?』


 あたしが握る弓は僅かに輝き、そのハンドルの先には魔法陣が浮かび上がっていた。やっば!怒られる—と思ったあたしは、慌てて魔法陣を消す。何の効果もない魔法陣であったのだが、商品を傷物にしたのではないかと、変な汗が吹き出した。


「@#、@#/&?」


 そんなあたしから、アシュレイが引っ手繰る様に弓を取り上げる。何時もとは違い、間延びした口調も消えていたばかりか、あたしに対して念話する事も忘れている。

 弓を取り上げられて、何かやらかしたのか?—と、慌てるあたしも無視である。

 アシュレイは弓を矯めつ眇めつ眺めて、何かを呟く。いい加減訳が分からないあたしは尋ねた。


『念話でよろしく』


 ようやくあたしの顔を見たアシュレイが、唖然とした顔のままで言った。


魔力回路サーキットが形成されてる』


 アシュレイの言に、アイマスが弓を覗き込んで尋ねる。


『そ、それはもしかして…霊木マギアになっているって事か?』


 アイマスの問いかけに首肯して見せるアシュレイ。アイマスとソティが息を飲んだ。露天商も弓を見て喉を鳴らしている事から、理解しているらしい。説明プリーズ。


『あ、そうだね〜、えっと〜、霊木マギアというのは〜、潤沢に魔力のある土地に育った木々が宿す特性なんだ〜。魔力を非常に通しやすい木材となっておりまして〜、魔術師の武器としては非常に相性が良いの〜。でもね〜、魔力が高まると迷宮を形成してしまうのが世の常だから〜、奇跡的な確率でしか手に入らない非常にレアな素材なんだ〜』


 成る程、この弓は非常に高価なものであるらしい。安そうなのを手にしたつもりが、とんでもない物を触っていたものだ。

 だが、アシュレイはそんなあたしに首を振ってみせる。


『違う〜。ここにある弓は〜、どれも霊木なんて使ってない〜。もちろん、これも単なる木だったの〜。マコトが霊木にしたの〜』


 そんな馬鹿な—という思いに駆られるも、アシュレイ達のあたしを見る目は真剣そのものだ。思わず尻込みしてしまう。

 そんなあたしに向けて、これがどれ程凄い事なのか力説し始めたアシュレイであるが、話はどんどんと逸れてゆき、ついには素材に関しての薀蓄となる。これは少し面白かった。

 そもそも、魔術師に武器など不要であるそうだ。だが、敵に接近を許したり、不測の事態に備えて武器を持つ事にならざるを得ないだけだ。本来であれば、霊木マギア霊銀ミスリル霊金オリハルコンなどの魔力の通りを妨げない武器以外は、持っていても役には立たない。

 それどころか、魔術の威力を大幅に減衰させてしまうらしい。それを避けるための魔力増幅器—いわゆる触媒が必要なのである。触媒には色々な種類があるが、今回アシュレイがあたしのためにと購入したのは霊鉱石アダマンの触媒であるとの事。ためになった。


『でだマコト、ここにある弓七張を霊木に変えられるか?そうしたら金貨20枚くれるそうだが?』

『…やってみる』


 アイマスの言葉にあたしは頷く。先程と同じ様に弓を構えて番える姿を想像する。あたしの脳裏で、アルカンシエルを構えるあたしが矢を射った。

 あたしは僅かな間を置いてから目を開くと、あたしの持つ弓は僅かに光り、霊木へと変化した事を物語っている。露天商は大喜びして残りの弓をあたしの前へと突き出した。何かを喋っているが、あたしには何を言われているか分からないので、苦笑いで返しておいた。

 ソティとアシュレイは法術、呪術と方向の差はあれど、同じ術者として感じるものがあるらしい。渋い顔で語り合っている。


『アシュレイ、あれ出来ますか?』

『無理言わないで〜。何なのあれ〜?反則じゃない〜?』


 かくして、あたしのこさえた借金は、一日経たずに返済されるのだ。やったね。


『前にも言ったけれど〜、魔術は術理だよ〜。あれは奇跡なんかじゃない。何かしらの術理で説明のつく事象のはずなんだよ〜』


 こう語ったのはアシュレイである。あたし達四人は、金貨20枚の他に、あたしが霊木マギア化させた弓を一張貰っていた。それでも余裕で利益が出ると言うのだから驚きである。

 あたしは貰った弓に、他の店で購入した矢筒と矢を携えて歩いていた。ちなみに、三人はあたしを取り囲む様に歩いている。

 今のあたしは金のなる木である。露天商達の前で大々的にパフォーマンスしてしまったようなものであり、変な輩に狙われないように護衛してくれている—と、信じている。

 既に三人はあたしをパーティーメンバーの一人として認めており、悪い狼に騙されるような目にはあってほしくないのだろう。そうに違いない。

 さて、先のアシュレイの言葉を受けて、ふむ—と、考え込んでいたアイマスだが、徐にアシュレイへと尋ねた。


『検証でもするのか?』

『マコトが出来たって意味ないんだよ〜。他の人間—例えば私やソティが出来なきゃ意味ないんだよ〜』


 アシュレイの言葉に、そうか—と返しながら、呆れたようにジト目を向けるアイマス。

 そんな視線を向けられているのは、ソティとアシュレイの二人だが、二人はあたしにぴったりと寄り添う様に歩きつつ、木の切れ端に魔力を流そうと必死に唸っていた。


『ぜ、全然流れないので御座います』

『私も〜、やっぱし無理〜』


 力んで真っ赤になった顔を上げつつ、二人はギブアップを宣言した。そんな二人に向けて、アイマスは笑いながら言う。


『ははは、しばらくはマコトだけの金策になりそうだな』

『あたし、無一文脱出!やったね!』


 あたしとアイマスは顔を見合わせて笑い合うが、ソティとアシュレイの二人が待ったをかけた。何事か?—と、二人の顔を見れば、ソティが強く言う。


『もうあれをやったらダメで御座います。今のマコトは誰から見ても金のなる木で御座います。色々なところから狙われるので御座いますよ?豪商、王侯貴族、犯罪組織。マコトを手に入れようとする輩は、腐る程いる事で御座いましょう!この町も、準備が整い次第出たほうが良いので御座います』

『そうだね〜、マコト。町に着いたばかりだけれど〜、防具を購入したらこの町を直ぐに出よ〜。あれを見られた以上、国外に逃げないと危険だよ〜』

『…え?マジで?』


 あたしは真っ青になってアイマスを見るが、アイマスはそこまで考えていなかったらしい。言われて気がついたらしく、今は頻りに頷いていた。

 あたし達は直ちに町を出るべく準備を開始した。力のあるアイマスが保存食を買込みに。

 アシュレイは魔術師ギルドへ町を離れる旨の連絡に。

 あたしとソティは急いであたしの防具を買う為に武器防具屋へと急いだ。


(いやいや、それなら木の切れ端で遊んでないで、早く行動しようよ!)


 —と、思わないでもなかったが、それは仕方ない。術者としてのプライドから、どうしても試してみたかったのだろう。

 急ぎ足で武器防具屋へと向かったあたしとソティは、中古のアームガードやチェストガードといった防具を取り揃えて町を出た。たまたま成人前の子供用が一式だけ残っており、少しだけあたしには大きかったものの、入門用としてなら十分であろう。それに、成長期だし。きっとあたしはまだまだ大きくなるのだ。

 なお、アイマスやアシュレイとは、城門を出て橋を渡ったところで待ち合わせている。あたしとソティは待ち合わせ場所まで辿り着くと、購入した防具を身に付けてみる事にした。


『早速装備してゆくかい?』

『ふふふ。マコト、何で御座いますかそれ?』


 あたしは防具を身に付けようとするが、ポンチョの上からでは付けられず、ポンチョの下に付ける事にした。見た目はあまり変わらないが、チェストガードを付けた事により、バストサイズがワンランク上…いや、ツーランクは上に見える。思わず歓喜の舞を踊った。モンキーダンスとも言う。そんなあたし達の元へ、アシュレイとアイマスがやって来る。


『お?なんだ、もう装備しているのか?』


 アイマスはあたしの胸を見ながら言った。繰り返す。あたしの胸を見ながら言った。あたしは戦慄して、思わずアイマスへ尋ねる。


『わ、分かる?分かっちゃう?』

『え?いや、だってさっきまでまな板だったのに、今はボリュームあるとかおかしいだろ?』


 アイマスの返答にあたしは胸を撫で下ろした。分かる訳ではないらしい。ならばノープロブレムである。まだもう少し、巨乳気分を味わっていたい。

 安堵の息をつくあたしへ向けて、今度はアシュレイが尋ねる。


『ヘッドガードにチェストガード、後はレッグガード〜?何で野伏みたいな防具なの〜?』

『『…あっ』』


 あたしとソティは、急いでいたために魔術師用の防具ではなく、野伏用の防具を取り揃えてしまっていた。弓にやられたのだ。アイマスとアシュレイは、あわあわと慌てふためくあたし達二人を見て、嘆息した後に笑ってみせた。


『ま、野伏と思わせておいて、実は魔術師ってのも、奇襲としてはありだよな』

『そ、そうで御座いますね。野盗狩りが捗りそうです』

『貴女達は本当に野盗狩りが好きね〜』


 アエテルヌムはやはり前のめりの攻撃特化型パーティであった。

 あたしがいても、そのスタンスは変わらないらしい。というか、既に戦力に数えられている節がある。あたしはまだ魔術なんて使えないのに、だ。酷い話もあったものである。

 嘆息するあたしは肩を押されて、町を後にした。


 夜である—


『そう、これが基本の形〜。各種属性に限らず〜、魔法陣の中心には発動させる魔術の核となる文字が入るのね〜』

『ほほぅ、こういう事かな?』


 あたしはアシュレイと魔術の練習に励んでいた。夕方からはアイマスの指導の下、弓矢の訓練を行い、日が暮れてからは焚き火の番をしながら、アシュレイに魔術の基礎を教わっていた。


『魔力を指先に集めるやり方は、もうバッチリみたいだね〜』

『おかげさまで』


 あたしはアシュレイと手を繋ぎ、アシュレイの魔力を身体に流してもらう事により、魔力の感覚を掴んだ。

 それにより、あたしの体内に流れる微量な魔力を感じ取れる様になり、魔力を指先に集める事は苦もなくできるようになっている。


『けれど〜、難しいのはこっからだよ〜。魔力の文字を描いて、魔法陣に意味を持たせる〜。私と同じ魔法陣を描いてみよ〜』


 アシュレイはそう言って、魔法陣の中心に炎を意味する文字を描く。アシュレイの魔法陣は炎の属性へと変わり、俄かに赤くなる。

 あたしもそれに倣って炎を意味する文字を描くが、アシュレイと違って文字として魔法陣の中心に残らない。何が違うのか?—と首を傾げてアシュレイの魔法陣を見る。何も変わらない様に見えた。


“イマジネーションが足りない〜”


 あたしはアシュレイの言葉を思い浮かべて、何が違うのか考えてみる。きっとアシュレイは何かを意図的に伝えていない。あたしに失敗させる事で、考える状況を作り出しているのだ。


(魔法陣に意味を持たせる。魔法陣そのものも術理の一つだよね…何かルールがあるの?あたしは魔法陣を出す時にどうしたっけ?)


 あたしは魔法陣を始めて展開した時の事を思い浮かべた。アイマスやソティが見ている中、今と同じ様にアシュレイにやってみろと言われたのだ。あの時はただ何となくアシュレイと同じものを作り出そうとして—


『出ろ…と念じた?』


 あたしの呟きにアシュレイが笑った気がした。あたしは念じる。魔力文字を描きながら、魔法陣を炎を司る赤へと変える様に。無から炎が噴き出す様を想像して、魔法陣の中心に文字を書き込んだ時、魔法陣は白から赤を経由した後に真紅へと変化した。


『え?あれ?』


 何か違う。アシュレイの魔法陣と比べると、やはり何かおかしい。


『ちょっと待った!マコト、放棄!放棄と強く念じて!急いで!』


 アシュレイの言葉に慌てて念じる。だが僅かに間に合わず、巨大な火柱が魔法陣から立ち上がる。


『あつっ!?あつつっ!?』

『早く念じて!もっと強く!!魔法陣から離れないで!制御が効かなくなるよ!』


 あたしは更に強く念じる。


(炎よ消えろ!あたしは魔術を放棄する!!)


 あたしの願いは無事魔法陣へと聞き入れられたらしく、魔法陣は立ち所に収縮してゆく。それに伴い火柱も消え去り、辺りは静寂を取り戻した。


『…いきなり暴走かよ〜。マコトは別の意味で苦労しそうだな〜』

『…うっぷ、気持ち悪い…』


 酷い吐き気と頭痛を覚えて蹲れば、アシュレイがあたしの背中に手を当てて摩ってくれた。

 少しだけ楽になったあたしは、アシュレイへと尋ねる。


『…この気持ち悪さは何?』

『MPが空って事〜。既に魔力はマコトの一部になっているんだよ〜。それが失われる事で、身体が危険信号を発している—と考えられているの〜』


 うへぇ—と、理不尽さに眉を寄せる。

 それと同時に怖さも覚えた。あたしの腕が炎の熱でキシキシと痛む。火傷をしたのかもしれない。MP消費4であれだけの炎が出せるのだ。MPが300もあるアシュレイはどれだけの炎を作り出せるのであろうか。制御に失敗するとどうなるのか—大した力もないうちに身を以て知る事になったのは、むしろ僥倖であったのかもしれない。


『あ、ちなみに—私があんな炎を作り出そうとすると、MP20くらいは使うかな〜。たったのMP4であれだけの炎を作りあげたのは凄いね〜。流石は知力87。大物の片鱗を見せてもらったよ〜』


 アシュレイはそう言うと、くつくつと笑いながら天幕へと歩いてゆく。何をするのかとアシュレイの背中を眺めていると、中に声をかけてソティを起こした。どうやらあたしの火傷を治療させるつもりであるらしい。あたしは申し訳なくなって恐縮した。

 ソティは寝惚け眼を擦っていたが、火傷と聞くと慌ててあたしの元までやってきた。


『火傷は綺麗に治らない事が多いので御座います。急いで治療しなくては』


 —とはソティの言である。

 すっかりと元通りになった己の腕を見て、あたしは礼を言う。ソティはどういたしまして—と、優しく微笑むと、天幕へと戻って行った。ソティを見送ったアシュレイが、あたしに向き直ると言う。


『それじゃあ、身体が魔素を欲している今の状態でのみ出来る訓練だ〜。周囲に漂う魔素を感じ取り、それを身体に取り込んでみよう〜始めっ!』

『…また無茶な…』


 —と、言いながらも目を瞑る。こういうのは感覚で覚えると相場が決まっているのだ。

 そのまま身体に流れる魔力—否、魔素を意識する。血の巡りの様に全身を流れるそれの感覚を記憶した後、意識を体内から外側へと向けた。

 やがて己の鼓動しか聞こえないくらいまで意識は研ぎ澄まされる。何事もなく数分が経過した頃、手の甲に何かが触れた。

 それはとても小さく、けれどとても暖かくもあった。あたしは心の中で語りかける。おいで—と。小さな何かは手の甲へと吸い込まれて身体の中を巡り始めた。

 結局、その一度きりで、あたしには何も感じられなくなった。


『は〜い、やめ〜』


 アシュレイの言葉に目を開けてアシュレイを見る。あたしの視線の先で、アシュレイは石に腰を下ろしてあたしを見ていた。その表情は全てを見透かすかの様にニヤニヤと意地悪く笑っている。あたしが問うよりも早く、アシュレイが口を開く。


『今の感覚を忘れないで〜。マコトならそう遠くないうちに使えるようになるはず〜。この技は“集魔”と呼ばれるMPを高速回復させるための技術で〜す。魔物は結構簡単に使えるみたいなんだけどね〜。人間さんだとなかなかに高難度な技だよね〜。魔物に比べて魔素を感じ取る力が弱いんだろうね〜』


 そういうものか—と、首肯してみせる。それを見たアシュレイは満足そうに頷いてから、あたしへ尋ねてきた。


『どうする?今日はもう止める〜?』

『いやいや、まだまだやるよ』


 あたしの答えにニヤリと不敵に笑うと、アシュレイは立ち上がる。あたしもアシュレイに倣って立ち上がった。既に頭痛も吐き気も消えている。MPが回復したのだろうか。

 そんな事を考えるあたしを他所に、アシュレイは再び魔法陣を展開する。あたしは僅かに眉を寄せた。先の火傷を思い出したのだ。

 アシュレイはそんなあたしの様子を見て、苦笑いを浮かべて言った。


『あ〜、大丈夫だよ〜。今度は失敗しても影響の出ない魔術でやろう』


 アシュレイはそう言うや否や、魔法陣の中心へと文字を描く。それに合わせて魔法陣が水色に変化した。


『水属性を示す文字…』


 アシュレイが頷くのを見て、あたしも魔法陣を展開すると、中心へ水属性を示す文字を描いてゆく。今度は暴発せずに済んだ様であった。

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