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小坂、魔石を作る

「お〜い、ファーレンさん、起きてくださ〜い」

「ふひっ!?」


 俺の呼び声に意識を取り戻したのだろう。ガバリと慌てて上体を持ち上げるものだから、危なく衝突するところであった。我ながら、よく躱したものである。


「おはよう。それと、お疲れ様」


 ファーレンは呆けた顔で、コクリと頷いた。絶対に分かっていない。

 さて、俺達がいるのは、小坂邸のリビングだ。意識を手放してしまったファーレンをそのままにしておく事もできず、ここまで担いできたのである。

 道中、商業区などでは随分と絡まれた。やれ、ファーレンは無事なのか?—とか、お前がファーレンの男か?—とか。適当にハイハイ答えていたせいで、危なくファーレンの男という事にされそうになった。


(思ったよりも、この子は周囲に恵まれていたのだな。冒険者などという道を捨てれば、生き方は無数にあったろうに)


 未だに呆けているファーレンを見つめながら、そんな事を考えたりした。

 さて、ファーレンの目が見開かれる。どうやら思い出したらしく、すぐさま飛び起きると、俺へと尋ねてくる。


「ま、魔石は!?魔石はどうなりました!?」


 右手を上げて、サムズアップして見せれば、ファーレンは破顔し、飛び跳ねて喜んだ。


「やりましたね師匠!」


 ファーレンはよほど嬉しいのか、俺の手を掴むと、ブンブンと上下に振るう。


「ははは、大袈裟ですよ。ようやくここからです」


 小躍りするファーレンを宥めて落ち着かせつつ、自分に言い聞かせる。

 そう、ここからなのだ。魔石は作れた。けれど、まだそれだけである。この後は、色々な魔道具を作らねばならない。これがあれば、冷暖房器具や冷蔵庫も一般市民に普及させる事ができるだろうし、トイレや風呂も安く作れるだろう。今は小坂邸の各種設備は魔法陣を用いたものだが、まずはそれらを魔道具化して、様子を見つつ、改良を重ねてゆく必要がある。


(何にせよ、ファーレンのおかげだな)


 俺一人では魔道具に使用する魔石を生み出す事は叶わなかった。俺の魔力は闇属性が強過ぎるため、無属性の魔石として凝固しないからだ。


「ファーレンさん、手を」


 俺の理論が正しかったのだ—と確証が得られたのは、紛れもなくファーレンのおかげに違いない。ならば、その最初の一個は、それを生み出した本人に渡してやるべきだろう。

 亜空間から魔石を取り出して、ファーレンへと見せる。小振りではあるが、無色透明な綺麗な魔石であった。


「こ、これって?」


 ファーレンの手に魔石を乗せてやれば、穴が空くのではなかろうか?—と苦笑するほどに、ファーレンは魔石を見つめ続けている。

 俺はゆっくりと首肯してから応じた。


「ああ、ファーレンさんが作り出した魔石ですよ。それは貴女のものです」


 己が作り出した澄んだ美しい魔石。余程嬉しかったのだろう。ファーレンは破顔すると、すっかり舞い上がり、いつもの長話を始めた。


「いやぁ、頑張った甲斐がありました。大変だったんですよ?あの時、板に魔力を流してみれば、一気に身体中から魔力が奪われてですね。でもでも、僕はそれでも耐えました。吐き気やら尿意やら、色々なものが一気に押し寄せてきましたが、なんとか耐えつつ—」


 尿意も来るんだ—と、魔力枯渇の新たな発見があった。女性の口から聞かされるには、色々と酷い言葉がなおも続く。これには苦笑せざるを得ないが、たまには良いか—と、珍しくファーレンに付き合う事にする。どうやら、今日の俺は頗る機嫌が良いらしい。


(ファーレンに付き合えるかどうかが機嫌のバロメータってのは、どうなんだろうな)


 己の偏屈っぷりに苦笑しつつ、しばらくは二人で和気藹々と話していた。

 ところが、ふらりと俺の視界に黒い影が映り込む。それと同時に、ファーレンが真顔になるや否や飛び退いた。

 チュイン—と音を立てて、何かが高速でファーレンのいた位置を掠めた。視線を向ければ、絨毯の上には穴が空いている。この目にも留まらぬ攻撃は、彼女のものに違いない。


「工業廃水以下の汚染物質の分際で、閣下と歓談!?歓談ンンンンンンン!?更には贈り物までぇぇぇぇぇぇぇ!!身の程を弁えろよ汚泥がぁぁぁぁぁ!!」


 ほらみろ。通路の陰からゆらりと軍服に身を包んだ幽鬼—否、クルスが姿を現す。ふぅふぅ—と、荒い息を吐きながら、ぐにゃりと歪められた表情は、鬼もかくやの形相だ。サイレンサーを銃口に取り付けているところに、これまでにはない本気の殺意を見た気がする。


(あ、無理)


 これは怖い。ファーレンのみならず、俺も思わず喉を鳴らした。何とかお帰り願えないだろうか。

 更に、そんなクルスの後ろからは、責めているかのような、呆れているかのような半眼を俺へと向けつつ、クローディアが現れる。


(…なんか怖い目してるぞ)


 クローディアの放つ、剣呑とした空気に身の危険を感じた俺は、即座に逃げ出そうとして身を翻したものの、玄関の前にはアビスが立ち塞がっているではないか。思わず舌打ちした。


「…裏切ったか…アビス」


 渋い顔を作りつつ恨み言を吐けば、アビスは呵々と笑い、言って退けた。


「我が貴様の味方だった事など、一度たりとてないであるな」


 それは酷いだろ—と内心で涙しつつ、背後を向く。クルスは未だにファーレンへと剥き出しの敵意を見せており、廊下への道を塞ぐように、クローディアは佇む。逃げるとすれば二階だが、二階に逃げたとて袋小路だ。万事休すである。


(これはもう、何とか上手く誤魔化すしかないな)


 降参とばかりに手を上げてみせた。まだ魔石の件を赤裸々に語るつもりはない。となれば、問題はどこから聞かれていたか—だ。それによっては誤魔化し方も変えてゆかねばならない。

 クローディアへ視線を向ければ、ニヤリと仄暗い笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。


「何やら、面白そうな話をしておったのぅ。魔石?ようやくここから?…一体、何の話じゃ?ファーレンに渡したそれは何じゃ?」


 クソが—と、思わず歯噛みする。最初から聞かれていたらしい。

 クローディアがチラリとファーレンへ視線を送れば、ファーレンは渡してなるか—とばかりに、魔石を背中に隠す。心配しなくとも、奪われたりはしないと思う。


「我にも教えるのであるな」

「閣下、愚図山精族(ファーレン)よりも私を供に選んでほしいのであります」


 次いで、背後からアビスの声が聞こえ、目が危ない光を湛えたクルスも声を上げる。


「い、今、山精族(ドワーフ)って言いませんでした?山精族(ドワーフ)って!?」


 ファーレンがクルスを指差しながら喚く。ふと空目でクルスの発言を思い返せば、確かに山精族(ドワーフ)と言った気がする。なぜファーレンと変換されたのかは謎だ。

 まあ、ファーレンは良いとして、俺は何とかこの場を切り抜ける言い訳を考えた。俺が隠れて進めていた魔石作りの研究は、まだ皆に披露しても良いと思えるレベルには、とても到達できていないのだ。

 魔力を凝固させる効率には、改善の余地がまだまだあり、最低でも一般的な魔術師達でも魔石を作り出せるようにはしておきたい。

 いや、それよりも何よりも—


(俺の憩いの場が!秘密基地が!)


 そう。屋敷にいては、いつの間にやら囲まれているのだ。自室で一人寛いでいたはずが、気付くと全員が集合していたのは、一度や二度ではない。

 なんでも、呼んでも来ないから、俺の部屋に集合するのだとか。意味分からん。鍵をかけるとマジギレするし。


(死中に活を見出すんだ)


 瞼を閉じて退路を求める。最悪、ファーレンを生贄にしてこの場から離脱する手もある。彼女が背中に隠す魔石の事を教えれば、三人の注意はファーレンへと向かうだろう。その隙に逃げ出し、廃工場の設備は全て亜空間に回収して雲隠れすればよい。


「さあ、さっさと背中のブツを見せるであります!」

「いいい、嫌です!これは僕が貰ったものです!絶対に見せませんよ!渡しませんよ!」


 クルスはファーレンへとにじり寄り、ファーレンは顔を青くして退がる。彼女の様子を窺うに、本当に大切に思ってくれているのだろう。これで囮にするとか、流石にファーレンが可哀想だ。囮案は却下すべきだろう。それに—


(ここでファーレンを切り捨てれば、あいつも敵に回る。きっと、ウザくてしつこい)


 ファーレンが敵に回った時の事を想像する。くんくん—と謎の嗅覚で、容易に居所を突き止められそうだな—なんて考えた。


「…ダメだ。逃げ切れる気がしない。分かりました。分かりましたよ…全て白状しますから」


 今度こそ抵抗を断念し、俺はソファに身を沈める。はぁ—と嘆息して、頭をガシガシと乱暴にかいた。


「勿体ぶってないで、さっさと教えるであるな」

「魔石とは何の事じゃ?魔物の体内にある魔石をどうしようというのじゃ?」

「ゴミムシがぁぁぁぁ…」


 三体の猛獣は思い思いの獲物にゆっくりと近付いてゆく。俺の方には二体来た。若干、ファーレンに狙いを定めた猛獣だけが毛色を異にする気もするが、考えても仕方ない。頑張れファーレン—と内心でエールを送った後、諦めて全てを白状した。






「お主、隠れて犬を飼うとか…子供か!可哀想に…はよう連れてこい」

「犬は躾をせねばならんぞ?ちゃんと責任を持って世話するのであるぞ?」

「閣下、エルは私の部屋での寝起きを義務付けるのであります」


 語り終えた後の感想がこれである。全員が犬に関する事しか言わなかった。それはそれで、本気で泣きたくなる。


(俺の研究は…世界を変えるほどのものだと思うんだけどなぁ…)


 肩を落とす俺を先頭にして、早速廃工場へと向かう事になった。連れてこい—というからそれに従おうとしたのだが—


(やっぱりわしらも行く。お主一人だと逃げ出しかねん)


 —だそうだ。全く、随分と信用がない。

 ところで、道中のファーレンはご機嫌だった。魔石を取り上げられなくて済んだ事に喜んでいるらしい。

 そんなファーレンに半眼を向けつつ、これみよがしに嘆息した。


(くそう…もともとこいつに見つからなければ、こんな事には…)


 後をつけられるという己の過失は棚に上げて、ファーレンへ内心で当たり散らす。そうでもしなくては、未だに失敗作の域を出ない、未完成品を晒す恥に耐えられなかった。

 さて、既に空は茜色に染まり、路上には腹の鳴りそうな匂いが立ち込めている。商業区は人もまばらで、まもなく夜闇に満たされるだろう。建屋の影が長い尾をひく中、俺達は廃工場へと辿り着いた。


「…屋敷を購入した不動産屋から、格安で融通してもらった廃工場です。理論は既に出来ていたので、すぐに魔道具を組み立てて、夜に実験をしておりました」


 立ち入り禁止の立て札に肘を預けて告げれば、クローディアが呆れたかのような視線を投げてくる。


「…お主なぁ…目の下のクマはそれが理由か!夜はちゃんと寝ろと言ったじゃろ!いくら魔石が本体の不死系魔物(アンデッド)とはいえ、肉体にダメージは蓄積されるのじゃぞ!?何のために肉体(ホムンクルス)を拵えたと思っておる!その身体が死んだら、元も子もないじゃろうが!」


 クローディアの言はもっともだ。俺は項垂れて声をなくす。そんな俺に変わって鳴き声を上げたのは、子犬の魔物であるエルだった。


「ワン!ハァウ!ハァウ!」


 何やら喜んでいるらしい。どこからともなく俺を呼ぶ声は聞こえるが、姿は見えない。きっと、倉庫の陰にでも隠れているのだろう。俺の前以外では姿を見せるな—と言い付けたのを、しっかりと守っているらしい。可愛いヤツめ。


「エル、おいで」


 俺が声をかけると、倉庫の裏手から尻尾をブンブンと振りながら、白く巨大な子犬が飛び出てくる。ハッハッ—と、嬉しそうに息を弾ませているが、その吐息がどういう訳かフルーティだ。よくよく見てみれば、口元が汚れている。何か拾い食いでもしていたのだろうか。


「…ああっ!?」


 突如、大声を上げたファーレンが、弾かれたように倉庫の裏へと駆けて行った。何事か?—と皆と視線を交わしたが、誰も理由など知る由もない。


「とりあえず、様子を見に行くべきであるな」


 アビスの言にクローディアが歩き出す。

 俺もその後に続いて歩き出そうとした時、食い散らかされた野菜や果物を手に、ファーレンが泣きながら戻ってきた。


「しょ、商店街の皆さんからもらった食料が…」


 どうやら、ファーレンの頂き物を、エルが食べてしまったようだ。やたらとフルーティな吐息は、それが故であるらしい。凄くどうでもいい。


「少しは気にしてくださいよ!商店街の皆さんの御厚意が…」

「犬のやった事じゃ。仕方ないじゃろ…そもそも、そんなところに置いていたお主の責めじゃよ」


 クローディアの手厳しい言葉に、更に項垂れるファーレン。いつも思う事だが、ファーレンの項垂れる顔は可愛い。反則的に可愛い。町人達がこぞってファーレンを弄るのも、それが理由だろう。


「ワン!」


 ところで、ファーレンを凹ませた犯人?であるエルは、全く理解していない顔で尻尾をブンブンと振っている。罪作りな犬である。


「可愛いのであります。タンパク質は慣れてくれるでありますか?」


 クルスがエルを撫で回しつつ、珍しくも含む所のない笑みを向けてくる。もはや連れ帰る事は確定であるらしい。

 しかしだ。犬と猫では性質が大きく違う。俺は苦笑いしつつ応じた。


「タンパク質がどれだけ犬に慣れているかによるかな…基本は犬と猫じゃ相容れないと思う。それに、エルは魔物だしな。普通の犬よりもはるかにデカい。だが、エルは賢いから、俺達の言葉を理解してくれる。タンパク質の目を見ない。追いかけないを徹底させれば、タンパク質はすぐに慣れてくれると思うぞ」


 俺の言葉に、クルスは無念そうに唸る。すぐにでも打ち解けてくれれば、犬と猫を両手に抱いて寝たりしたかったのだろう。こういうところは女の子らしいのにな—とは、思っても口にしない。怖いから。


「エル、ちょっとここで待っていなさい」


 さて、俺達は一旦エルと別れて、廃工場の中へと入る。広さはともかくとして、通路の臭いが酷すぎて、エルは入れないのだ。入ろうともしないが。

 そして、その香ばしい臭気は、魔物並みに鼻の良い二人をも苦しめる。


「ぐおぉ!?くっさいのである!?ファーレン、貴様よくぞ耐えたであるな!?我は我は〜!?」


 アビスが涙目になりながら文句を言う。ファーレンへと話しかけているはずなのだが、何故か俺へと責めるような視線を向けてきていた。その視線にムカッ腹が立ち、殴ろうかな—と、割と本気で思った。


「走りましょうアビスさん!通路を抜ければ臭いは消えます!」


 ファーレンが言うや否や、アビスと連れ立ち、凄い速度で通路の奥まで進み、丁字路を右へ曲がった。

 一方で、取り残された俺達は、歩いてその三つ手前の十字路を左へ曲がった。


「お、教えないとか…鬼か!?」


 クローディアが隣を歩く俺の顔を見上げながら、ワナワナと震える。


「くくく…愚物共め。もっと苦しめ」


 己の性格の悪さを自覚しながらも、にやける頰を引き締められない。少しスッキリした。

 さて、俺達三人は程なくして魔道具を置いた部屋へと辿り着く。照明の魔道具のスイッチを入れてやれば、クローディアが目を輝かせて設備に魅入った。


「…こ、これは…何とまぁ…す、凄い設備だのぅ…」


 クルスは何がそんなに凄いのか分からないらしく、魔道具を見ては首を傾げていた。ファーレンと同じ反応である—とは、絶対に言えない。


「…閣下。これがそうなのでありますか?」

「ん?ああ、そうだね。なんだ?興味があるのか?」


 俺が尋ね返せば、クルスは徐に頷く。まさかクルスが魔道具作りに興味を示すとは思ってもおらず、ほう?—と、思いがけない返事に気分を良くした。


「鼻が…鼻が全く利かないであるな…」

「ううう…面目次第もありません…」


 やがて、鼻を抑えながら、先行していた二名が到着する。何故かボロボロになっているが、喧嘩でもしたのだろうか。

 

「さて、全員が揃ったので稼働させますが、よろしいでしょうか?」


 俺が声を上げれば、皆がこちらへと向き直る。


「うむ!早くするのじゃ!これは楽しみじゃのう!」


 クローディアは余程楽しみであるのだろう。キャッキャと声が弾んでいる。爺言葉とのギャップが凄い。のじゃロリの本領発揮だ。


「じゃあ、やりますよ」


 工場の動力となる魔法陣へと魔力を込める。辺り一面の魔法陣がアクティブになり、魔道具の中に満たされた魔力水が、ゴポゴポと泡立ち始めた。


「なるほど…なるほどのぅ…ふぅむ」


 あとは泡が消えるのを待つばかりなのだが、その間もクローディアは辛抱がならないらしい。至るところを丹念に調べており、錬金陣やら魔法陣を、何度も何度も見返している。やがて、ぐるりと魔道具の裏に回ると、陰になっていた錬金布に気が付いたらしい。その目が俄かに細められていた。


「オサカよ、これはどういう事じゃ?」


 クローディアが顔を上げて尋ねてくる。彼女が目をつけたのは、分解陣を描いた錬金布。だが、刻み込まれているのは間違いなく分解陣であるものの、その構成は途中で止まっている。これでは、術は完全に成されずに、中途半端にしか分解されない—とでも考えているのであろう。実際その通りだし、それでこの場合は正解なのだ。


「いや、待て!何も言うな!」


 クローディアの問いに答えようとして近付けば、クローディアが俺の発言を制する。出鼻を挫かれた心持ちになり、何だよもう—と、少しだけ白けた。

 けれど、クローディアは俺の様子など全く意に介さない。口元に手を当てたまま、周囲の魔法陣やら錬金陣、そして構成が中途半端な分解陣と、頻りに視線を往復させている。


(…気付いたか…)


 クローディアをアッ—と驚かせたかったのだが、俺が答える前に、己の力で解答に辿り着いたらしい。これには逆に驚かされた。けれど、誇らしくもある。流石は俺の師だ—と、口元が緩んだ。


「途中であえて止めておるのか!そうする事で結合の弱い部分だけを削ぎ落とすのじゃな?」


 どうだ!?—とばかりに、クローディアはこちらに視線を向ける。確信があるのだろう。喜色と共に笑顔に現れていたのは、自信であった。

 俺は苦笑しつつ首肯する。


「正解です師匠。流石ですね…こんなにあっさりと見破られると、ちょっと凹みます」


 俺の言葉に、気を良くしたらしいクローディア。ニヤリと笑って自賛した。


「何がじゃ馬鹿たれが。わしを誰だと思うておる」


 鼻息荒くして、踏ん反り返る仕草が可愛らしい。思わず頭を撫でそうになり、慌てて伸ばした腕を引っ込めた。


「しかし、よくこんな事を思いついたの。師として鼻が高いぞ」


 そんな俺の様子には気付かず、クローディアは満足げな笑みを湛えたままで続ける。

 はん—とそれを鼻で笑い飛ばしつつ、俺は言ってやった。


「師匠こそ何をおっしゃるやら。貴女は既にこれをやって退けているではありませんか」


 俺の発言に、クローディアは眉を寄せる。どうやら、気が付いていないらしい。これは一本取れるのではなかろうか。俺は不敵に笑って続けた。


「ハオマの抽出です」

「なっ!?」


 クローディアの目が見開かれる。だが、すぐに表情は平常なものに戻ると、クローディアはやや寂しげに笑った。


「…そうか。そういう事か。…お主、あの時から既にそれが理解できていたのか…」


 クローディアは愉快そうに笑うと、何が弟子じゃ馬鹿者め!ほぼお主の独学じゃないか—と毒づいて、次の陣を観察すべく歩き出す。

 その背中がやや寂しそうに見えて、失敗したか?—と、頭をかいた。


(師匠…)


 ホムンクルスを作成する過程で、魔石から高純度の魔力の結晶を抽出しなくてはならない作業がある。

 その不純物の一切混じっていない魔石部分をハオマと呼ぶのだが、これは錬金術の分解陣でしか抽出できない。

 分解陣を使うと、その全てを分解してしまうのだが、分解は結合の弱いところから徐々に断ち切れてゆくというものであるらしい。故に、途中で術を止めると、結合力の強い魔力の結晶—つまり、ハオマのみが残る事になる。これを錬金術の分解作用の応用で抽出と呼ぶ。これは術者の勘と、経験により実行されていた。これまでは。

 俺が作り上げたのは、その勘による作業を魔法陣として認めたものだ。これが、途中で終わる分解陣である。抽出したい対象により、陣そのものを取り替えなくてはいけない手間はあるものの、誰がやっても均一な結果が得られる。俺はこの抽出陣とも呼べる陣の出来栄えに、非常に満足している。

 そもそも、魔石を作り出す技術には、大した魔術は使われていない。魔石を安定化させる最大の要因は、魔力の密な結合、即ち密度だったからだ。

 この大陸へと出てきた段階で、既に魔石を作る構想はあった。屋敷を買ってすぐに廃工場も抑えていた。だが、設備を整えて実験しても、上手くはゆかなかった。

 何故だろうか?—と、ファーレンと共に小鬼(ゴブリン)を狩っていた時、考えてみた。一般的な魔物と、不死系魔物(アンデッド)との魔石の違いをだ。


(こいつらの魔石は、空気に触れるとすぐに分解してしまう…けれど、不死系魔物(アンデッド)の魔石はそうではない。スケルトンに至っては、肋骨の隙間から見えているのにだ。…一体、何が違う?)


 辿り着いた答えは、密度だった。そして、その仮説は正しかった。何度か実験を繰り返して、五回に一回は成功の兆しが見えるようになった。けれども、方向性こそ定まったものの、闇魔術による圧縮だけでは足りず、更に密度を増すにはどうすれば良いか?—と、頭を悩ませる事になる。

 そんな中、浴槽に身を沈めていて、ふと思い至ったのが、ハオマの抽出に使われた技術だった。魔石の密度を高めるべく圧縮する傍らで、結合の甘い部位は分解して再結合させる。抽出陣の完成と共に、実験は成功した。

 そして今日、最終段階の工程に取り掛かっていた時、ファーレンに目撃されたのだ。最終段階の工程とは、魔石に蓄積させた魔力を消費しても使い捨てず、再充填できるように、表面を精霊石でコーティングする事だ。


(あの時、師匠が錬金術の秘奥の一つを見せてくれたからこそ、これは実現できたのですよ)


 先を行く小さな背中に向けて、俺は声をかける事にした。少しだけ照れ臭かったが、この技術の根底にあるのは間違いなくクローディアの技だ。彼女の力なくしては、魔石の安定化の実現は成し得なかったに違いない。それを考えれば、多少は持ち上げてもバチは当たるまい。


「そんな事ないですよ、師匠。貴女こそがこの世界における唯一の私の師です。最初に出会えたのが、貴女で良かった」


 だが、クローディアはといえば、次の魔法陣を見つけて、フムフム—と、頻りに唸っている。どうやら聞こえてはいないらしかった。


「…」


 なんとも言えない気恥ずかしさに、腕組みして視線を逸らす。


「うっ、ううっ…オサカ師匠…」

「最初に出会ったのは…我であるが…まあ良いである」


 なお、アビスとファーレンの二人には聞こえていたらしい。二人は胸を打たれたらしく、一気に声を詰まらせて涙ぐむと、互いにハンカチを貸しあっては、鼻をかんでいる。鼻水など交換して、どうしようというのか。意味不明である。


「閣下、準備が完全に整ったようであります」


 クルスに声をかけられて、驚きに肩を跳ね上げた。誤魔化すために大きく咳払いして、クルスに礼を告げる。


「ああ、有難うクルス」


 俺が魔道具の前へと移動すれば、全員がそれに倣った。


「さて、この板に向けて魔力を流し込めば、魔石が完成します。今は大体、ファーレンさん程度の魔力量を凝固させる設定にしてありますので、他の皆さんは意識を失う事などないでしょう。試してみたい方は?」


 俺の発言には当然他意などない。ファーレンは前衛であるため、森精族(エルフ)である事を差し引いても、魔力は育ち難い。ファーレン本人もそれは理解しているだろう。だが、それでも納得いかなかったようで、口を尖らせて呟く。


「なんか…僕が雑魚扱いされている気がします」


 俺は思わず苦笑する。さっきから失言ばかりだ。

 そういうつもりではなかった—と、素直に詫びようとしたが、俺が口を開くよりも早く、ハン—と、クルスが鼻で笑った。


「実際、雑魚なのであります。ここにいる全員が、愚図山精族(ファーレン)ごとき一撃で消し飛ばせるのであります」


 その言葉が着火剤となり、ファーレンは怒り心頭に発する。例の流れである。一気に顔を真っ赤にすると、クルスへ食ってかかった。


「あああ!?またしても!またしても山精族(ドワーフ)と言いましたね〜!?」

「はぁ?何を言っているのでありますか?お前と一緒にされては、山精族(ドワーフ)が可哀想なのであります」


 もはや溜め息しか出ない光景だ。二人が険悪な空気を纏い始めたため、俺は二人の元まで歩いてゆき、両人の頭をグリグリと強めに撫でた。


「もう、君たちはいい加減にしなさい。あまり喧嘩ばかりするようだと、デザートは無しだよ」


 二人はうっ—と、言葉を詰まらせて黙り込む。

 クローディアとアビスが、その様子を見て声なく笑い、二人同時に魔道具へと歩み寄った。


「クローディアから先に行くである。主役は最後と相場が決まっているものなのである」


 得意げな表情を見せるアビスの言に、クローディアは頷く。


「ふふふ。ならば甘えさせてもらおうかの」


 クローディアは一度アビスに目礼してから前に出ると、魔道具へと手をかざす。


(やはり、師匠の魔力は綺麗だな…)


 クローディアの腕から手のひらへと、清水の如き魔力の川が出来上がれば、俺は思わずそれに魅入った。


(…羨ましいな…俺の到達し得ない、魔力制御の頂か…)


 ふと、クローディアを真似て、己の腕から手のひらへと魔力を通わせる。そこに現れたのは、濁流だ。淀みが至る所に現れ、一本の川とはとても呼べないそれを認めると、断ち切るかのように腕を振るった。


不死系魔物(アンデッド)化の弊害…)


 不死系魔物(アンデッド)とは、魔石が本体だ。身体を動かすにしても、魔石が命令を下し、脳を介して肉体を動かす。魔力の流れとてまた然りだ。その魔石を経由するという余計な工程が、不死系魔物(アンデッド)の限界を作る。それは肉体の反応速度にしても、魔力制御にしてもだ。

 だからこそ、不死系魔物(アンデッド)は一部の例外を除けば、生きた魔物に比べて鈍臭い。純粋な力ではなく、特殊能力に頼るのもそれが故なのだろう。

 それは生者の肉体を持つ俺でも変わらない。今や小坂帯刀という男の本体は、魔石なのだ。魔力を原動力とし、瘴気という名の魔力の搾りカス—老廃物と言い換えてもいい—を出す不死系魔物(アンデッド)だ。その器として、生きている肉体を使っているだけに過ぎない。

 俺が頭一つ抜けているのは、偏にレベル故だ。レベルが同じであり、特殊能力なくしては、皆の足手まといにしかならないに違いない。


(俺の魔力制御能力は…きっと、もう頭打ちだ)


 クローディアはかつて、俺に魔術の才能がある。或いは、見所がある—と言った。けれど、俺は不死系魔物(アンデッド)だ。あの時は己の限界になど気付く余地もなかったが、クローディアは気が付いていたのではないか?—とも思う。彼女は蒙昧でもなければ、暗愚でもない。むしろ聡明なのだから。


(…なら、どうして…師匠はあんな事を言った?)


 この事に気が付いた時、流石にショックを受けた。俺もいつかはクローディアのような、美しい魔術制御を成し得るものだと信じて疑わなかっただけに、酷く落ち込んだ。表には出さなかったが。


(酷いですよ、師匠)


 チラリとクローディアの手元へ視線を向ける。クローディアの手のひらからは、魔道具へと魔力の筋が幾重にも伸びていた。やはり、美しい。


(まあ、気にしても仕方ない。それをカバーするための技術でもあるのだから)


 己を宥めるかのように言い聞かせ、ゆっくりと拳を握り込む。俺の魔力制御能力が低い事は仕方ない。受け入れるしかない。けれど、そこで終わるつもりはない。


(生活は豊かになる。それは間違いないが、魔石の活用法はそれだけではないぞ)


 ファーレンや皆には、まだ話していない事がある。それは、魔石の使い道だ。俺は魔石に魔力制御を行わせようと考えていた。理論上は可能である。ならば、実現可能なはずなのだ。


「うわわ…大師匠…凄いです…」


 ファーレンの呟きに、ハッと我に返る。見れば、クローディアの手のひらから流し込まれた魔素が、魔石へと変わりつつあった。


「…う、嘘だろ?」


 魔道具を作り上げたのは俺だ。その俺をもってして、出来上がった魔石の美しさに、度肝を抜かれた。


「…何だよこれ…魔素ってこんな綺麗に結合するものなのか?まるで研磨でもしたかのような…はは、流石は師匠」


 魔力水の中に浮かんでいたのは、正二十面体の魔石だ。まるでカットされたダイヤのような、虹色の輝きを放つ美しいものだった。

 これにはクローディア自身も驚いたと見えて、俺が魔道具から取り出した魔石を台座に置けば、繁々とそれを眺めていた。


「綺麗じゃ、のぅ…」

「…自画自賛ですか?」


 悔しさに、俺が吐き捨てるように尋ねれば、クローディアはジト目を作り、杖の先端を俺へと向ける。

 ひっ!?叩かれる!?—と慌てて頭部を抑えるも、杖が振り下ろされる事はなかった。

 どうしたのか?—と恐る恐る目を開けば、クローディアは微笑みながら杖を下ろす。


「…オサカよ。お主もこれくらいできるようになってもらわねば困る。なんと言っても、わしの一番弟子なのだから」


 言い終えた後のクローディアは、まるで慈しむかのような笑みを湛えていた。

 無茶言うなよ—と己が身のハンデを思い返しつつ、苦笑を返す。


「ははは、善処しますよ」


 俺の返事に満足したのか、クローディアは頷くと、魔道具の前を開けた。

 さて、次はアビスの番だ。真打は最後—とか言っていたような気もするが、クルスよりも先にやりたいらしい。早く早く—と、急かすかのように落ち着かない様子は、実にアビスらしい。

 けれども、少しだけ待ってもらわねばなるまい。クローディアの魔力は余程結合力が強かったのか、魔石を生み出すための魔力水を大きく減らしている。


「ちょっと待っててください」


 俺は別室から予備の魔力水を持ってきて、魔道具の中へと補充する。蓋を閉めて天板の上から降りると、アビスに向けて頷いて見せた。


「では我の番であるな」

 

 アビスは大股で魔道具の前へと進み出ると、遠慮もクソもない膨大な魔力を流し込む。アビスの魔力を一言で例えるならば、大河。或いは、大牙。竜の牙の如き圧倒的な破壊力を持ち、荒れ狂う激流のような魔力だ。俺達四人の中では、クルスに近いものがある。

 そして凝固した魔石もまた、大牙そのものであった。


「こりゃまた…随分と歪な魔石が出来上がりましたね…」


 完成した魔石は、アビスの魔力を再現するかのように荒々しいのだが、アビス自身はその結果に不満であるらしく、剝れてしまった。


「何であるかこれは!?こんな結果認めんである!」


 —だそうだ。

 苦笑いしつつも、天板を持ち上げて魔石を取り出す事にした。クローディアに続き、アビスも随分な魔力水を消費している。また補充しなくてはなるまい。


「…ん?あれ?」

「どうしたである?」


 天板の蓋を開けて魔石に手をかけたものの、魔石がなかなか持ち上がらない。凄まじい重量なのだ。

 訝しむアビスの問いに答える前に、両手を使って魔石を持ち上げる。魔石を抜き取ってみれば、クローディアの比ではないほどに、魔力水は減っていた。


「…アビスさん、これ…やたらと重いです。とんでもない魔力密度ですよ」


 俺の言葉にアビスは一気に破顔する。気を良くしたらしい。分かりやすい神様もいたものである。


「ふふん!そうであるな!我ほどになれば、普通の魔石はでき得ないであるからな!」


 胸を張るアビスに苦笑しつつ魔石を手渡せば、まるで赤子を包み込むかのように、アビスは魔石を抱き抱えた。俺の扱いよりもはるかに上等だ。


「ファーレンさん。ちょっと魔石を殴ってみてください」

「え?…あ、はい」

「はい—じゃないである!やめるであるな!」


 硬度も生半可なものではないだろう。試しにファーレンに殴らせようとしたが、許可がおりなかった。やはり俺の扱いよりも上等だ。


「しかし…一個作って溶液がほとんどなくなるとか…デタラメな魔力だな…」


 俺の呟きに、アビスは更に気を良くして胸を張る。


「あー、じゃあ、次はクルスか」

「はい。私もやってみるであります」


 クルスの魔力もまた膨大だ。アビスほどの密度は得られなかったが、アビスに次ぐ大きな魔石が完成した。

 ここまでの結果をまとめると、ファーレンの魔石は精霊石に近い。同じように扱う事が可能だろう。

 クローディアの魔石は、出力こそ低いものの、安定性が極めて高い。これまでは実現が難しかった、精緻な魔法陣を必要とする魔道具が生み出せるだろう。俺の代わりに魔力制御を担当させるなら、この魔石以外にはあり得ない。

 アビスの魔石は攻撃の用途に向く性能だった。試しに、アビスの魔石を用いて魔力を飛ばしたところ、簡単な魔力障壁程度なら、難なく突破する貫通性能を見せたのだ。

 クルスが作り上げた魔石は、大動力としての役割が望まれる。彼女の魔石は瞬間的な大出力が得られたのだ。消耗した魔力を一気に補充するなどの、マナ・ポーション的な使い方から、大型の魔道具を動かすための動力にもなる。但し、安定性には難があり、直接的な魔法陣の制御には向かないようだ。

 そして、最後に残った魔石は俺の魔石だ。


(…俺の魔石は闇属性。…何に使えるんだ?これ?)


 魔石を手にして首を捻る。魔石を生み出した張本人の魔石が一番使い物にならないとは、なんたる皮肉だろうか。


「人類種は闇属性に対して耐性も低く、また、闇属性はそうそう使い手のいる属性でもない。しかし、魔物、特に不死系魔物(アンデッド)は別じゃ。彼奴らの使う闇属性魔法には、極めて危険なものもある。それに対する耐性を高める—という魔道具なんかはどうじゃ?」


 クローディアの提案に、空目で思い返してみた。聖剣の迷宮だ。あそこの敵の中には、闇属性への耐性がなければ、一撃でやられてしまうような魔法を使う者もいた。それに、ヴァンパイアなどが多用する、精神異常をもたらす邪眼なども、闇属性への耐性を高める事で防げるらしい。


(なるほど。一理ある…のか?)


 どちらにしても、用途は極めて限定的だ。何とも情けない結果であるが、これも仕方あるまい。古戦場や深夜の山道、それに墓地なんかにも不死系魔物(アンデッド)は出没する。行商人や墓守には喜ばれる事だろう—と、己に言い聞かせた。


「では、蟻の巣攻略で効果を試すとしましょうか」


 俺の提案に、皆が興味津々といった様子で首肯する。もはや夜も遅かったが、明日からの蟻討伐に向けて、魔石を何個か量産した。

 なお、ファーレンは早々に寝た。夜に弱い森精族(エルフ)の性である。

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