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小坂、アンラの人々と知り合う

今回、長い割には全く進みません。

申し訳ない。

 冒険者ギルドの会議室へと入った俺達を待っていたのは、ロロナ他、ギルドの幹部職員であった。皆が皆、緊張した面持ちを湛えており、一見しただけでも只事ではない事が窺い知れた。

 そして部屋の真ん中には、僅かに光る水晶玉が鎮座している。そこには、夜空の星屑すら霞んで見える、美しい星彩が、一つ浮かんでいた。


(…魔道具か?)


 水晶玉を認めたクローディアの目が、僅かに細められる。俺は目敏くその理由に気が付くも、一先ずそれは置いておく事にした。


「召集により参じました。何用ですか?」

「ん?ああ…ええとねぇ…」


 声をかけると、ロロナは上擦った声を上げる。どうやら、緊張しているらしい。照れ隠しなのか、お茶を乱暴に飲み下すと、今度はゴホゴホとむせた。


「ロロナさん、落ち着いて」


 苦笑しつつも近付けば、ロロナは口元をハンカチで拭いながら手を上げてみせる。大丈夫という事だろう。


(何を言うつもりかは知らないが、俺に説教までかますロロナさんが緊張してるんだ。下手に囃し立てず、ロロナさんの言葉を待つべきだろうな)


 そう考えて口を噤む。しばらくは黙然としていたが、ようやくロロナは口を開く気になったらしい。ゴホン—とわざとらしく咳払いした後、真っ赤な顔でこちらを睨みつけてきた。その視線は、何故か俺を責める色を帯びていたりする。どうしてなのか。


「オサカ…迷宮攻略を頼みたい。蟻の巣の迷宮だ」


 ロロナの要請は、やはり思っていた通りのものであった。蟻だったら最悪だ—などと軽く口にしていたが、本当に蟻の迷宮であるらしい。

 だがしかし、それは今はいい。問題は別にある。


「その前に…その水晶玉が何処に繋がってるのか、教えてもらえるんだよな?」


 問い質すかのような強い口調でロロナに尋ねれば、ロロナの顔が歪む。隠すつもりであったのではなく、言い出す前にこちらが気付いていた事が想定外だったのだろう。気持ちの準備とか、話の流れとか、色々な思惑が瓦解した事に対する苛立ち—そんな印象を受けた。


(威圧的に声をかけたのは失敗だったな。もう少しフレンドリーな尋ね方をすべきだった)


 悟られぬように反省している俺の側では、ロロナの様子には全く気が付かないのか、ファーレンが身を乗り出して、しげしげと水晶玉を見つめている。


「へ?え?…どこにも繋がってませんよ?」


 屈んだり覗き込んだりしている様は、紐でも括り付けてあると思ったのだろうか。


「魔力による接続がされているみたいなのですよ。物理的に繋がっている訳ではありません」

「ええっ!?なんとっ!」


 俺の言にファーレンは大仰に驚いてみせる。新しいリアクションだな—と、クルスと視線を交差させた。

 さて、ファーレンには未だに見えないようだが、俺には見えている。うっすらと水晶玉から伸びる魔力リンクが。それは波のように揺らぎながら、北西へと伸びていた。けれども、水晶玉を制御している魔法陣は、微塵も窺い知る事ができない。よほど精緻な隠蔽式で隠してあるらしい。


(師匠クラスの術者が作ったのかな?)


 これほど大掛かりな魔道具は、今日まで見た事がなかった。魔道具を制御する術式自体の素晴らしさもさる事ながら、動力となる精霊石も類を見ないほどに大きなものだ。なお、動力となる精霊石は、水晶玉を載せている台座そのものであったりする。


(随分と大きい…こんな大きな精霊石は、そうそうに見つかるものではないだろうな)


 精霊石は、今のところ人工的に作る事が叶わない。なぜならそれは、精霊の亡骸であるからだ。精霊がその生涯を終えた時、魔力の抜けた精霊の外殻—表現が適切か否かは不明だが—は硬化し、この世界に残る。それが、精霊石と呼ばれるものの正体である。

 精霊石は有用だ。砕いて飲めば魔物化を防ぐ薬にもなるし、魔力を溜めれば魔道具の動力として活用する事もできる。この世界で生きる人々にとっては、なくてはならないものだろう。

 一方で欠点もある。加工ができない事だ。切り崩すなり形を整える事はできる。けれど、二つの精霊石を結合させたり、魔力回路的に接続したりする事はできない。精霊石毎に生成する魔力の波長には若干の差異があり、複数の精霊石を用いると、その差異が魔法陣に影響してしまうからだ。波長を整える事とてできなくはないが、魔術式は大掛かりなものになるし、それにも相応の精霊石が必要になる。そして、変換すれば損失が発生するのは当然であり、増幅回路が作れない現状、やるだけ得られる出力は小さくなる。はっきり言って無駄だ。

 故に、大掛かりな魔道具を動かすためには、それに見合うだけの大きな精霊石が必要となる。


(精霊って、一般的には手のひらサイズだよな?けれど、あの台座はスイカくらいあるぞ?生前はどれだけ大きな精霊だったんだ?)


 精霊石など、その辺の土をほじくり返せばいくらでも出てくるが、大抵は親指の爪ほどのサイズが関の山だ。それを思えば、目の前の精霊石はデカいなんてもんじゃない。規格外だ。埒外だ。


(こういう巨大な精霊石がポンポンと見つかってくれれば、この世界も暮らしやすくなるんだけどな…)


 この世界の暮らしが前時代的—と言っては失礼だが—なのは、魔物の脅威を別とすれば、ここに理由がある。なまじ魔力などというものがあるおかげで、科学の概念がないこの世界では、大きな精霊石なくしては大動力が確保できない。つまり、暮らしを豊かにするような大型の利器を扱えないのだ。

 本などを読む限りでは、既に構想は生まれているようなのだが、現実的には気狂いの妄言とされており、現状では、水力などの自然を利用した機械。或いは、魔術を使用しての工夫が精一杯である。


(ま、ブレークスルーは間近だけどな)


 人々の暮らしや社会の在り方を見て、唖然とした。家から一歩も出ずに世界中の情報を得られ、暑かろうと寒かろうと気にもならない。そんな世界を知る俺からすれば、この世界の暮らしは我慢がならない。さっさと帰りたい—というのが本音だが、そう簡単な話ではないようだ。故に、まずは暮らしを改善する事に舵を切っている。

 具体的には、人工的に精霊石を生み出す研究を行なっていたりする。何をおいても、まずは動力を確保する必要があると考えたからだ。既に理論は形になり、後は実践あるのみ—というところまで漕ぎ着けているのだ。


「何をにやけておる。気味が悪いぞ」


 クローディアに指摘されて、俺は頰に力を込めた。確かににやけていたらしい。口角が持ち上がっていた。

 さて、ロロナは一度視線を水晶玉へ向けた後、俺へと向き直り頭を下げた。


「…すまないとは思っている。あんた達が目立ちたくないという事を軽く考えていたつもりはなかったが、結果的に裏切る選択をした事は事実だよ」


 ロロナの言に、意外にもアビスが前に出ようとした。クルスもホルスターの留め具を外し、いつでも抜ける姿勢を見せている。

 嘆息しつつ、二人を手で制する。そのままロロナへ視線で発言を促せば、ロロナは俺に頷いてみせてから、話を再開した。


「…それでもお願いしたい。この間話していた、アンラ神聖国の件だよ。一国が滅びかねない程の事態に陥っている。力が必要なんだよ。全てをねじ伏せるような理不尽な力が。頼むよ。先ずは私達の話を聞いてほしい」


 俺とアビスは視線を交わす。先程、アビスは前に出ようとしたため、てっきり怒りを湛えているのかと思ったが、そうではなかった。ロロナの真摯な態度に心を打たれたのか、むしろ理解を示しているかの如く、穏やかな表情を作っている。


「我らが目立ちたくない理由は当然、我らが敵に先手を打たれる事を防ぐためである。だが、その敵を倒すのは、我が人類のためを思うからに他ならない」


 俺の手を押し退けて、アビスは滔々と語りつつも水晶玉へと近づいてゆく。まるで、水晶玉に言い聞かせるかのような語り口だ。

 俺はといえば、腕組みしながら黙然と立ち尽くしているのだが、クローディアに袖を引かれて視線を落とした。


「そう剝れるな。察してやれ」


 そんな事を言いながら、クローディアは微笑んでいる。剝れてなどいない—はずだ。


「オサカよ、彼らの頼みを聞いてやってほしいのである」


 呼びかけられて視線を戻せば、ポンポンと水晶玉を撫で付けながら懇願するアビスは、僅かに憂いを帯びた表情を見せていた。


(まあ…元からそのつもりだったんだけどな)


 深々と嘆息する。助力を求められれば、応じるのは吝かではない—否、なかった。けれど、これはなしだ。何のために隠伏していると思っているのか。


(こんな真似をされたら、全て台無しだろう)


 頼られるのは悪い気はしないが、面倒事を押し付けられるのは御免被りたい。一度助ければ、色々と都合良い理由をこじつけては、あれもこれもと厄介な仕事を押し付けられそうな気がする。正直言って、気乗りはしない。

 そして、それが積み重なればどうなるか。必ず目立つ事になる。もしも邪神とやらが人里に紛れていたらどうだろう。人間離れした力を持つ一団を警戒しない訳がない。


(やるならば、目立たぬように秘密裏にやる必要がある。それなのに…)


 考えれば考えるほどに苛立ちが勝る。アビスも、何故ロロナの肩を持つのか。巫山戯るな—と怒鳴りつけて、捨て置けばよい。そう思わずにはいられない。


「オサカよ…わしからも頼む」

「お願いします。師匠」


 だが、クローディアとファーレンまでもがロロナの味方であるらしい。二人の視線が左右から突き刺さる。揃いも揃ってお人好しだ。

 チラリとクルスに視線を向ければ、判断は委ねる—とばかりに、目を伏せて一歩下がった。


(…恩を売っておくのも、悪くない…かな)


 ガシガシと頭をかきつつ、無理やり己を納得させる。目立ちたくないならば、助けるべきではない—と、個人的には考える。俺達は異質に過ぎるのだ。蟻の巣が如何程のものかは知らないが、おそらくは何の障害にもならないだろう。


(問題はその後だ。ロロナさんは思い違えている。俺達が目立ちたくないのは、面倒事に巻き込まれたくないからではない。いや、俺個人としてはそれも大きいが、敵に俺達の事を知られる訳にはゆかないからだ)


 視線を今一度アビスへ向ければ、アビスは肩を竦めてみせた。


(アビスさんとてそれは承知している。むしろ、誰よりもそれを知っているはずだ。だが、そのアビスさんは、助けてやれ—と言う。それをやれば嫌でも目立つ事になると分かっているはずなのに。…葛藤はあるだろう。先の複雑な表情が、その証左か…むぅ…)


 アビスは他者に甘い。まあ、その分、己にも甘いが。そして言い出したらきかないのだ。そうだ。どのみち手伝う羽目になるのなら、粘っても仕方あるまい。

 水晶玉の前で、俺の言葉を待つアビスへ視線を戻す。アビスはまたしても、憂いを帯びた顔をみせていた。


「…どうなっても知らないですよ?」

「…おお!やってくれるであるか!?」


 俺はついに折れた。嬉々として発せられたアビスの問いかけに、苦笑しつつ頷く。


「…承知しました」


 アビスやロロナのみならず、会議室内の皆が花やぐ。ファーレンなどは小躍りして喜んでいる。

 視線をロロナへと向ければ、ロロナは少女のように破顔していた。すっかりと気が抜けているらしい。

 そんな彼女の姿に、悪戯心がむくむくと鎌首をもたげてくる。少しくらいは驚かせても、バチは当たるまい。悪い顔になっているのを自覚できるが、どうにも辛抱ならない。


「…師匠、水晶玉の接続先は追えますか?」


 顔を引き締めてクローディアへと尋ねる。

 俺の言にロロナの顔が一気に強張った。何をするつもりなのか?—と、警戒しているらしい。

 一方で、クローディアは俺の意図を即座に察したらしく、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべると、手を突き出してきた。


「ほぅ?そういう事か。良い、魔力だけよこせ。こっちでやる」


 手など繋がなくとも問題はないのだが、クローディアもまた役者だ。クローディアの手に俺の手を重ねれば、大仰な仕草で詠唱を開始する。俺も遅れて詠唱を開始した。

 周囲の者達が怪訝な顔を作り、俺とクローディアの様子を見つめている。さぞ驚く事だろう—と、彼らがこれから見せる顔を想像する。引き締めた表情筋は、既に決壊していた。


「では、お願いします」


 言うや否や亜空間を開いて見せれば、早くも騒めきが室内を満たす。メットーラ支部の幹部職員だけあって、どいつもこいつも見た事のある顔だ。だがしかし、亜空間を直接見せるのは、ロロナ以外では初めてである。中にはこの魔術を知る者もいたようだが、やはり動揺は少なくないようだ。驚きに目を見開く顔が、凄く心地良い。


「…ちょ、ちょっと待ちなよ。まさか…」


 ロロナは亜空間を用いた擬似転移を知っている。俺達が何をしようとしているものか、理解できたらしい。青い顔をこちらへ向けていた。そのまさかだよ。


「ゆくぞ」


 クローディアが俺の亜空間に、己の亜空間を重ねる。グニャリと空間が歪み、二つの空間が亜空間を介して接続された。


「ははっ、上手くいきましたね師匠」


 そこには、見知らぬ男達が背を向けて立っていた。水晶玉に視線を落としたまま、難しい顔を作る男達は、お揃いの服を身に包んでいる。おそらくは、アンラ神聖国の冒険者ギルド職員だ。そして彼らが身に纏う制服は、ギルド員の証なのだろう。それに対して、メットーラ職員達は皆が普段着だったりする。メットーラは田舎なのだなぁ—と、申し訳なく思いつつも笑ってしまった。

 ところで、アンラ神聖国のギルド職員の中には、一人だけ平服の男も混じっている。その横顔は難しい顔付きを見せており、彼もまた水晶玉へと視線を落としている。

 男の風貌は、白髪を八、二の割合で横に流しており、口髭はなく顎に僅かに見える髭は切り揃えられている。見事なまでに垂れ目なのだが、穏やかそうな雰囲気には妙にマッチしており、なかなかに舌打ちしたくなるイケメンだ。年の頃は50近いと思われた。


(…魔力が…なんだ?この感覚は?)


 俺が彼に注目したのは、その魔力故にだ。その男から感じられる魔力が、どうにもおかしい。得体が知れないとでも言えば良いのか、見通せないとでも言えば良いのか。ともかく、妙なのだ。


(気にしているのは俺だけか?)


 だがしかし、クローディアもクルスも、アビスでさえも気にした素振りはない。ならば、考えても仕方ないだろう。こういう魔力の持ち主もいる—というだけの話に違いない。

 さて、改めて向こう側を見てみれば、場所はどこかの会議室であるらしく、メットーラは冒険者ギルドの会議室と似たような作りになっている。あそこもどこかの冒険者ギルドなのかもしれない。だが、室内の装飾や調度品は、メットーラのそれとは比べ物にならないくらい見事なもので、少しだけ苛立ちを覚えた。


(さて、と…どうするかな)


 男達は気付く様子がない。未だ真剣な眼差しを水晶玉へ向けている。声をかけても良いのだが、見知った相手でもなければ、僅かに気後れした。


「…もしかして…モスクル…かい?」


 水面に波紋が広がるように、静寂の中に透き通った声が落とされる。発言の主はロロナだった。その言葉に男達はこちらへと振り向いた。


「なっ!?」

「ええっ!?」


 アンラのギルド職員達は、ロロナや俺達を見て驚きに目を見開く。そうそう、その顔だよ。見たかったのは。ああ、スッキリした。


「…ロロナ…なのか?」


 モスクルという名の男と、ロロナは顔見知りであるらしい。亜空間越しに互いの顔を認識した後も、驚愕に目を見開いて固まっている。

 ちなみに、ファーレンも口を開けて固まっていた。いや、お前は驚く事ないだろう。


(これは…使えるな)


 さて、俺とクローディアは悪戯が成功した悪ガキのようにニヤニヤしていたが、俺達が上機嫌なのは何も悪戯が成功したからだけではない。

 水晶玉はどうやら互いの位置を正確に読み取っている。それはつまり、位置情報として使えるという事に他ならない。それを元にすれば、各地の冒険者ギルドと、メキラ王国の辺境都市であるメットーラは、行き来が自由自在になる。

 つまり、活動範囲がグッと広がる事に他ならない。俺とクローディアの上機嫌は、それが故である。


「さて、と。皆さん一人残らずこちらへ来ていただきましょうか。クルス、騒ぐ者、逃げようとしたり抵抗する者は撃て。どうせ法術で治療できる。足の一本くらい吹き飛ばしても良いぞ」


 もちろん、そんな気は微塵もない訳だが、少し強めに脅しておく。騒がれても面倒だし、高圧的な態度を取られても面白くないからだ。まあ、真っ当な相手であれば、そんな事はないとも思うが。

 俺の言葉にクルスが銃を抜き放つ。ガチャリ—と重たい音が室内に響き、銃口がアンラのギルド員達へと向けられた。


「ま、待て!分かった…従う」


 クルスの向けているものが何かを知る由も無いだろうが、モスクルはなかなかに物分かりが良いらしい。彼を筆頭に、アンラの面々は慌ててメットーラ側へと亜空間の門を潜り抜けてやってきた。

 俺とクローディアは、それを見てから亜空間を閉じる。


「い、今のは…一体…」


 亜空間が閉じ、この場はすっかりといつもの会議室へ戻った。古臭くシミだらけの、メットーラ冒険者ギルドの会議室だ。

 アンラの面々は未だに信じられないような面持ちで、俺達や周囲の光景に慌ただしく視線を巡らせている。

 そんな夢見心地な一同を、手を叩いて現実に引き戻した。


「はい、そういうのは後々。皆さんが本件の依頼主でしょうか?」


 俺の言葉に頷いたのは、モスクルだった。


「あ、ああ。俺達はアンラ神聖国の王都アンラのギルド職員だ。俺がロロナに話を持っていった張本人だ。王都アンラのギルドマスターで、モスクルという」


 モスクルはお偉いさんだった。王都のギルドマスターとなれば、立場的には支部長のロロナよりも一段上だ。剃っているのか天然なのかは知らないが、ツルツルの坊主頭に、厳しい面構えの男である。身体も逞しく、身長はやや大きいくらいのものだが、厚みが凄い。腕や首も丸太のように太く、一見して受ける印象は、分厚い壁だ。だが、なかなかのオシャレさんでもあるらしい。顎のラインに沿って生えた髭は綺麗に切り揃えられており、制服の着こなしも、他者とは微妙に異なっていた。


「そして僕はアンラ神聖国の国王で、ベロートというんだ。よろしくね」


 モスクルの脇に佇んでいた平服の男が名乗りを上げると、会議室内の空気が凍った。氷点下かな?—と錯覚する程には、モスクル達アンラの面々の顔は青かった。俺も唖然とした。だって国王がいるとか思わないし。

 後にカッポーギの鉄板ネタになる一幕だ。


「な、な、な、何で名乗るんだ!何かあったらどうするつもりだ!?お前は自分の立場を分かっているのか!?いや、分かってないだろ!?」


 モスクルが蒼白な顔でベロートへ迫る。国王陛下となれば、国のトップだ。けれど、そんな事は御構いなしとばかりにモスクルは詰め寄る。きっと、長い付き合いなのだろう。そうでなければ不敬罪に問われてもおかしくない。


「あー、聞こえない。聞こえないよー」


 しかし、当のベロートはモスクルを相手にしない。蝿でも払うかの如く、煩わしそうに手で追いやると、ニコニコしながらこちらへと向かってくる。

 大した胆力の持ち主なのか、或いは考えなしなのか。判断に困って何もできずにいると、横から声が上がった。


「それ以上閣下に近付いてみろクソが!尻に穴を一つ増やしてやるであります!」


 クルスだった。鬼の形相でベロートへと銃口を突きつければ、今度はメットーラの面々が青くなる。俺も焦って、思わず上擦った声を上げてしまう。


「クルス!待て!洒落にならない!」


 銃口の先に手をかざせば、クルスは慌てて銃を下ろす。全員が安堵して、大きな溜め息をついた。


(あ、危なかった。戦争の引き金を引くところだった)


 流石クルス。他国の人間であるとか、国王とか関係ないらしい。だが、これは後々まずい事になりかねない。後でちゃんと言い含めておかねばならないだろう。

 一方で、銃を突きつけられたベロートだったが、こちらも少しずれたお方であるらしい。全く気にもせずにクルスへ詰め寄る。


「いやいや待って、待ってよ!今の魔術だよね?魔術なんだよね?」


 ベロートの悪意のない捲し立てに、さしものクルスも目を点にしていた。思いっきり敵意を向けて、それを気にも止められないのは、初めての事なのだろう。戸惑っているらしい。


「凄いと思わない?アンラとメットーラって、どれほどの距離があると思う?輸送が変わるよ!商人が安全に物資を運べる世の中が来るんだよ!それだけじゃない!野盗も廃業だ!凄いよ!今のは本当に凄い事だよ!」


 ベロートの舌は止まらない。しかもその内容は、俺とクローディアの魔術をべた褒めするものであった。

 俺とクローディアは、やや面映ゆい心持ちになり視線を交わす。単純に驚かせるだけのつもりが、話が変な方向に進んでいる。あちらに権力者がいるなどとは、思ってもみなかった。少しよくない流れかもしれない。


「し、仕方ないでありますな。お前はクソでありますが、クソなりに閣下の凄さを理解できているようなのであります。特別に閣下との会話を許可するのであります」


 勝手に許可を出して、クルスは一歩下がる。その顔は、どこか誇らしげだったりする。

 げんなりとした顔でクルスを見つめていたが、ロロナに掣肘されて正気に戻った。


(いたっ!?)


 割と強めの一撃だった。何ですか?—と小声で尋ねたが、何とかしろ—と、訴えるかのような視線を向けてくるのみだ。

 どうやら、ロロナはベロートの相手をしたくないようである。俺も相手などしたくない。だが、そういう訳にもゆくまい。貴方は帰ってどうぞ—などと、間違っても言えない相手だ。


「あー、その、陛下…会議室よりは私の屋敷の方が広いので、うちでお話しませんか?」

「え?いいのかい?行く行く!」


 俺の提案に、ベロートは子供のように声を上げる。国王なんざに我が家の敷居を跨がせたくないが、汚い会議室で長々と話す訳にもゆくまい。ロロナがベロートへ視線を向けようともしない以上、俺の家に招待するしかない。


「…師匠」


 ところが、俺が亜空間を開いても、クローディアは物凄く嫌そうな顔を見せるのみで、全く動こうとしない。


「師匠…頼みますよ」


 もう一度声をかけると、渋々といった体でクローディアは動き出す。


「まあ、やむを得まい。狭くて埃っぽい会議室はいかんものな」

「…悪かったね」


 クローディアのぼやきに、ロロナが噛み付いた。






「いやぁ、僕達までご馳走になっちゃってごめんね」


 アンラの面々も、メットーラの面々も、朝ご飯がまだであったらしく—


「とりあえず飯にするのである」


 —というアビスの一言に、盛大にお腹を鳴らした。

 そんな訳で、俺は人数分の料理を作り、提供したのである。


「このパンは美味いな…メットーラではこんなに美味いパンが作れるのか」


 小坂家の手作りパンを矯めつ眇めつ眺めながらモスクルが呟くと、それにファーレンが反応した。


「それは僕が作ったパンですよ!いやぁ〜オサカ師匠はパン作りには厳しいんですよ!?この間もですね—」


 またファーレンの苦労話が始まった。メットーラの面々は、呆れる面々と、苦笑を浮かべる面々とに分かれる。アンラの面々も、俺達の反応を見て、ファーレンの話が如何なるものかを察したらしい。皆、苦笑いを浮かべている。

 余談だが、彼女の苦労話は二種類ある。俺達と出会う前の苦労話と、出会った後の苦労話だ。

 俺達と出会う前の苦労話は本当に重く、はっきり言って聞くに耐えない。しばらくは優しくしてやるか—などと、血迷うくらいには重い。一方で、俺達と出会った後の苦労話は、一転して女子らしさの滲み出るポップな愚痴に変わるのだが、どちらの話も無駄に長い。まあ、重い方ではなかっただけでも良しとしよう。


「ええと…」


 そんな訳で、モスクルが生贄になっている間に話を進めようとしたのだが、ロロナは機嫌でも悪いのか、憮然とした態度で粛々と野菜のスープを飲んでいる。ベロートも食べる事に夢中であり、モスクルがいなくては会話が進みそうにない。


「—そこで役立つのがこれです!その名も—」


 チラリと視線を向ければ、モスクルは律儀にファーレンの話を聞いている。早く解放してくれ—と顔には書いてあるのだが、ファーレンが気付いた様子はない。


「—これを使うとですね。パンがもっちもちのふっわふわになるのです!ところがですよ!」


 俺の名誉?のために言わせてもらえば、別に厳しくパン作りを指導した記憶などない。あるとするならば、二、三のアドバイスをしたのみだ。ファーレンの話は、それがやたらと誇張されているに過ぎない。

 なお、俺の記憶が確かなら、この話は二刻弱続く。単に製粉方法を改良した—という一文が、二刻弱という膨大なサクセスストーリーに変わるのだ。校長先生もびっくりの長広舌であり、その出来映えは、パンよりも見事に膨らんでいると思う。


「ファーレンさん、早く食べないと、おかわりを全部アビスさんに取られますよ?」


 いい加減にモスクルが可哀想になってきた。助け舟を出せば、ギギギギ—と油の切れた玩具のような動きで、ファーレンの首がアビスへと向く。アビスの前には空いた皿が何枚も重ねられているのを認めると、ファーレンは慌てて食器を動かし始めた。


「…不用意な発言をすれば、その森精族(エルフ)に捕まりますよ」

「…よく分かった」


 俺の忠告は、やや遅かった。モスクルは疲れた顔で、頭髪のない頭頂部を摩っている。仕方あるまい。パンを賞賛などと、ピンポイントで今日一番の地雷を踏むとは思っていなかったのだ。

 さて、一度咳払いをした後、改めてモスクルが仕切り直す。


「改めて名乗ろう。アンラ冒険者ギルドのギルドマスターで、モスクルだ」

「メットーラのDランク冒険者で、オサカと申します」


 俺とモスクルは互いに礼を交わした。続けて口を開いたのはモスクルである。


「我が国に超大型迷宮ができた。魔物は確認できた限りでは全て蟻だ。レベルは弱い奴でも50を超え、強い奴に至っては人類の限界である100を超える。発見が遅れたために、既に蟻の数は数え切れない程に増え、もはや国内だけでは処理しきれなくなったのだ。何とも情けない話だが…希望があれば縋りたい。君がもし、それをどうにかできるなら、助けてほしい」


 モスクルが頭を下げれば、アンラのギルド職員がそれに続く。


「もちろん謝礼も—」

「まあ、その辺りはおいおいで」


 モスクルはやたらと焦っているらしく、早く話を纏めたいようだ。けれど、正直言って謝礼なんて要らない。その代わり、金輪際関わらないでほしい。


(この場で言える空気じゃないしな…)


 とりあえずは迷宮を攻略して見せ、その成果と引き換えに不干渉を取り付けるのが良かろう。そうすれば、力を理由に中立を保つ—などと言っても、十分に説得力がある。


「正直なところ、どうなんだい?何とかできそうかい?」


 口元を上品に拭いながら、尋ねてきたのはベロートだ。風体は平民そのものなのだが、その所作の美しさは貴族のそれに違いない。なんとも不思議な光景である。


(そう言われてもなぁ…)


 その問いには眉を寄せる。実際に見た訳でもない以上、何とも言い難い。だが、できないという事もないと思う。


(蟻って、この間のやつだよな…なら、楽勝…だよな?)


 腕組みして考え込む。俺の氷魔法は優秀だし、火炎魔法を蟻の巣に放ってから出入り口を塞いでもいい。最悪、直接殴っても何とかなるだろう。


「申し上げます。あの程度の手合いであれば、迷宮の規模にもよりますが、おそらく大した苦労もなく終わるものと存じます」


 アンラの面々が愕然とした顔で俺を見る。まるでお化けでも見たかのような表情だ。何故かメットーラの面々もだ。敬語だと?—とか、カッポーギが呟いた。失礼な。


「…あ、あ、あの…程度?…み、見たのか?」


 絞り出すかのように尋ねてきたのはモスクルだ。


「はいっ!見ました!…モグモグ…擬似転移の魔術の試験で…モグモグ…繋げた先がそこだったのです…モグモグ…冒険者の皆さんが夥しい数の蟻に囲まれておりましたが…モグモグ…オサカ師匠が自慢の魔法で一網打尽に…モグモグ…」

「ファーレンさん…あちらには、身分のある人もいるのですよ。本来であれば、共に食卓を囲む事すら無礼に当たります。行儀が悪い真似は慎みましょう」


 相変わらず、リスのように頰を膨らませつつも、器用に口を開くファーレンだったが、俺の発言を受けて、見る見るうちに蒼白になった。どうやら、浮かれていて失念していたようである。


「気にしなくていいのに」


 身分のある人筆頭のベロートが眉をひそめる。まるでリスが消え去るのを惜しむかのように、残念そうに呟いた。確かにファーレンの食べる姿は可愛らしいが、それとこれとは別問題だろう。


「ベロート国王陛下、仲間の無作法をご寛恕ください」

「…へ?うん。いいよ、別に。むしろ、畏まった敬語も態度もいらないんだけどなぁ」


 俺が頭を下げれば、ベロートはきまり悪そうに頭をかいた。冗談じゃない。そんな友達感覚でいられるのも困る。俺は距離を置きたいのだから。


(それにしても…やってしまったな)


 テーブルマナー等々については今日まで気にしていなかったが、それが故にファーレンに恥をかかせてしまった。これは俺の指導不足。怠慢に他ならない。


「ファーレンさん、テーブルマナーはまだ教えていませんでした。申し訳ない」

「…い、いえ…僕こそ、すみません…」


 そして、当のファーレンはすっかりと萎縮してしまっている。元々は貴族に苦手意識をもつファーレンだ。俺の一言により、目の前にいるのが他国の王である事を再認識してしまったらしい。


(…ぐぅ…まずったか。指摘するにしても、皆の前で辱める必要はなかったよな…あああ、俺はなんと愚かな真似を)


 はぁ—と大きく嘆息すれば、俺の溜め息をどう受け取ったのか、場が一気に静まり返る。これにもまいった。


「モスクル、こいつは一人で聖剣の迷宮を踏破するような化け物よ。そもそもが埒外なのよ…あ、これはオフレコよ?」

「なあっ!?せ、聖剣の迷宮を一人でっ!?」


 ロロナが脱線した話を本線へと戻す。

 有り難いと思いつつも、喋り過ぎだ。勝手に俺の情報を渡すなよ—と厳しい視線を向けるが、ロロナはそれをスルーした。

 俺は再び嘆息してから、モスクルに向き直る。


「ええ。聖剣の迷宮を踏破したのは事実ですよ。私達の住んでいた大陸では、霊廟の迷宮と言われておりましたが。何なら証拠も見ますか?高位死霊騎士(デュラハン・ロード)の鎧とかありますけど?」


—カチャーン—


 俺の言葉に食器を取り落とした者がいたらしい。室内に金属音が鳴り響いた。視線を上げてみれば、アンラ組は全員、メットーラ組も事情を知らなかった者はもれなく固まっている。彼らの硬直は、アビスがお代わりの声を上げるまで続いた。


「私の住んでいた…大陸(・・)?…霊廟の迷宮?」


 最初に声を上げたのはベロートだった。目を見開いてこちらを見つめている。てっきり、高位死霊騎士(デュラハン・ロード)の方に食い付くかと思っていただけに、この反応には逆に驚いた。


「…あえて深くは聞かないぞ。君がどういう存在かは何となく分かった。蟻の事は一任しても良いだろうか?」


 眉間を揉みつつモスクルが尋ねてくる。その前段の、あえて深くは聞かない。この一文には色々な思いが詰まっている事だろう。そこは聞いてくれても構わなかったのだが、聞かないというならば殊更に語る事もなかろう。聞かれた事だけに返事をした。


「お任せください。間違いなく迷宮は攻略してみせます」


 更に俺は続ける。元々は全てが終わった後にお願いするつもりだったが、この流れならば口にしても不自然ではないはずだ。


「そのかわり、二つ条件があります」

「…何だ?」


 俺が指を立てて見せると、モスクルが神妙な顔で身構える。俺は一度首肯してから告げた。


「まずは今後の不干渉を約束していただきたい。それと、私達の事を誰にも言わない事です」


 その言葉にモスクルは微妙な表情を作る。その視線はベロートへと向けられるも、ベロートはベロートで考え込んでいた。先の大陸云々というやつで、未だに何事かを悩んでいるようだ。そんなベロートの様子に、助太刀はないものと諦めたのだろう。モスクルは俺へと視線を戻す。


「待ってくれ。魔物の脅威は人類全体の問題なんだ。それをものともしない力の持ち主ならば—」

「我々には目立ちたくない理由があるのです。ご理解ください」


 モスクルの発言に被せて声を上げる。だが、それでもモスクルはひかない。眉を吊り上げて抗議の姿勢を見せた。


「ま、待ってくれ!君達に不利益は—」

「もし、アンラ国内外問わず、本件で我々の情報が出回っていた場合…アンラ神聖国には地図から消えてもらいますので」


 俺はモスクルの発言を手で制すると、ニコリと笑って告げる。このくらいの脅しはありだろう。


—カチャーン—


 再び誰かが食器を取り落としたらしい。俺はそれには構わず、隣に座るロロナの肩を叩く。


「もし、情報が出回ったりしたら、メットーラも同罪とみなします。後は…分かりますね?」


 ロロナは顔を上げない。だが、見る見るうちにロロナの顔は青くなり、手に持つナイフとフォークがカタカタと震え出す。それらが皿と触れ合う事で軽快なリズムを刻むと、メットーラの面々のみならず、アンラの面々も、俺の言葉が冗談ではない—と、整理したらしい。


(いや、本当にやるつもりなんて、微塵もないんだけどね)


 ロロナの肩から手を下ろして周囲に微笑んでみせる。実際のところ、内心は複雑だ。ロロナとはそれなりに打ち解けられたと思っていただけに、この反応には少しだけ傷付いていたりする。


「あっはっは、これは凄いな。迂闊な事が言えなくなっちゃうね。お酒には気をつけなくちゃ。任せてよ!これでも口は堅いんだ」


 全く堅そうに見えない口を軽快に動かしながら、ベロートが呵々と笑う。先程までは難しい顔で考え込んでいたものだが、いつの間にか復活していたようだ。

 モスクルも覚悟が決まったらしい。坊主頭をガシガシとかいて姿勢を改めた。


「分かった。それで良い。本件に関しても絶対に口外しない事を約束する。だから、蟻の巣の事を…頼む」

「…承りました」


 頭を下げたモスクルに向けて、俺も慇懃に礼で返す。

 話は決まったとばかりに、アビスが手を叩く。一同がアビスを見れば、アビスはニコリと破顔した。


「デザートの時間であるな!」


 まだ食べるつもりか—と苦笑しつつも、用意してあったシャーベットとパンケーキを提供する。

 俺が六本の腕で六人前。残りはアーサーさんが無数に触手を生やして皿を運べば、その異形にアンラの面々は目を見開いて驚いた。メットーラの面々は少しばかり慣れてきたようで、既にこの程度では驚きすらしない。随分と躾が進んだものである。


「…これは…美味いな」

「沢山召し上がってくださいね」


 上品に食べるのは俺、クローディア、クルスの三名のみで、その他の面々は狂ったようにパンケーキを頬張っている。ファーレンとアビスは、もうどうしようもない。思わず苦笑した。

 アーサーさんとタンパク質もパンケーキを美味しそうに食べている。もちろん、タンパク質の分は、メープルシロップなどの甘味を抜いたものだ。


「オサカ…あんた、こんなものまで?…この甘いソースは何だい?」


 ロロナが目を輝かせて尋ねてくる。女性は甘味の虜—などとは思わないが、やはり好きな人は多いようだ。先程の震えも、ものの見事に消えている。甘味様様だ。

 そんなロロナの真剣な表情には、申し訳なく思いつつも答えた。


「サトウカエデという木の樹液を加工したものですよ。この大陸では見た事がないですし、かなり寒くならないと甘くならないので…ここでの生産は無理だと思います。諦めてください」


 その言葉にロロナが項垂れる。何故かベロートも項垂れた。甘味好きなのだろうか。

 俺の怪訝な視線に気が付いたベロートが顔を上げ、弱々しく口を開く。


「ママにも…ママにも食べてほしくて…」

「…お土産を渡しますから」


 どうにも泣き落としには弱い俺である。ママというのは、母親ではなく妻の事なのだろう。なんとなく、そんな気がした。

 ベロートは喜びおかわりを催促すると、負けじとファーレンにアビスも続く。モスクルやアンラ、メットーラ職員までも皿を突き出し、ロロナも遅れて皿を突き付けてくる。一皿で満足したのは、クローディアとクルスくらいだ。


「…急いで焼きますね」


 恐るべしメープルシロップ。冬になったら、再びナイセイルへと渡る必要がありそうだ。






「では、明日の二刻頃に、再びアンラのギルド会議室へ亜空間を繋がせていただきます。そこから、蟻の巣を目指します」

「すまん、蟻の巣へは俺も同行する。明日からよろしく頼む。ロロナも…この巡り合わせを持ち込んでくれた事は感謝の念に堪えん。埋め合わせは必ずさせてもらう」


 話し合いは既に終幕を迎えていた。途中は俺に萎縮していた皆も、デザートの辺りからは遠慮がなくなっている。不干渉を約束させはしたが、これはこれで嬉しいものだ。

 モスクルが俺とロロナへ向けて、慇懃に礼をしてみせた。俺は苦笑し、ロロナはモスクルを励ます。


「良いんだよ。その代わり、こっちが困った時は頼むよ」


 ロロナの言葉に、モスクルは頷いた。

 メットーラのギルド会議室へ戻ると、そこから水晶玉の魔力リンクを辿り、亜空間をアンラへ繋げる。

 モスクル達は再び亜空間を経由して、アンラのギルド会議室へと帰っていった。

 さて、アンラの面々を見送った俺は、思わず大きな溜め息をつく。国王陛下の相手は、流石に気を遣ったのだ。

 言いたい事もある。クルスに視線を向け、当て付けとばかりに呟いた。


「マジで寿命が縮んだぞ」


 けれども、クルスは目を伏せて頭を下げるのみだ。きっと彼女は同じ事をする。そんな予感がした。

 なお、俺の発言に反応したのはロロナだ。彼女は俺にジト目を向けて言う。


「あんたでも、そういうのは気にするんだね…」


 —だそうだ。人をなんだと思っているのか。


「当たり前ですよ!そもそも、ロロナさんにも言いたい事はありますからね!なんですか、俺のあの扱い!?結構傷付きましたよ!」

「日頃の行いだろ!?無茶苦茶な力を持つ上に、ギルドに所属しながら、全くギルドに貢献しようともしない。更には得体の知れない研究ばかりしているとあっちゃ、私の反応も無理ないと思うよ!?」


 そこに関しては何も言い返せない。うぐ—と言葉に詰まった後は咳払いして、無難な苦言を口にするに止める。


「我々は隠者ではありますが、決して人の世に否定的な訳ではありません。時間がなかった事は理解しておりますが、今度からはちゃんと相談してからにしてください。いきなり他国の権力者と会う事になるなんて、こちらにも都合があるのですよ?」


 今度はロロナが閉口する番だった。ややきまりが悪そうに視線を逸らすと、しどろもどろに言い訳しようとする。けれど、上手い言葉が見つからなかったらしい。大人しくなったかと思えば、悪かったよ—とだけ呟いた。


「もう許してやれ。事が事だ。それに、何やら旧交もあったようじゃしの。助けてやりたくなるのも無理はない。ロロナとていっぱいいっぱいだったのじゃろう」


 助け舟を出したのはクローディアだ。苦笑を浮かべながら俺達の間に割って入ると、俺とロロナの肩を叩く。

 クローディアに言われては矛を収める他ない。俺達はそこで別れ、明日の準備に取り掛かる事にした。

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