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小坂、古城を目指す その一

第四九話 小坂、古城を目指す その一 OK


「多過ぎだろ、小鬼(ゴブリン)


 立っていた小鬼(ゴブリン)の姿がなくなると、安堵したためか思わず愚痴が出た。


「あっつ…」


 首元の汗を拭いながら周囲を見回すも、近場に魔物の気配は感じない。一先ずは安心できそうである。

 俺のすぐそばでは、せっせとファーレンが耳を削いでいた。俺とファーレンの周辺には、ざっと見ただけでも100体のゴブリンが倒れ伏している。実際にはそれをはるかに超えるのであろう。ファーレンも一度立ち上がると、渋い顔で曲がった腰を伸ばした。


「オサカ師匠〜腰が痛いです〜。オサカ師匠も削ぎ取り手伝ってくださいよ〜」


 ええ?—と、眉をひそめて周囲を見る。眼に映る範囲には、どこまでも小鬼(ゴブリン)の死体が転がっていた。その数たるや、頑張り屋のファーレンが泣き言を口にする程である。


(この依頼は…失敗だった…小鬼(ゴブリン)の数多すぎだろ…これ全部耳を取るの?もう帰ってもよくない?)


 昼前にはゴブリンの巣と呼ばれる疎林へ入り込んだ俺達は、二手に別れて探索を開始した。俺、ファーレン組と、クローディア、クルス、アビス組である。俺とクローディアは亜空間を開けるために別れる事は確定していたが、その他の面子に関しては、適当にじゃんけんにより決められた。真面目に冒険者をやっている方々には、とても語れない決め方だ。

 さて、俺は同行者一名、クローディアは二名という決め事であったのだが、一抜けしたファーレンは、どういう訳か俺への同行を希望したのだ。アビスは、意外だと目を見開き、クルスは凄まじい形相でファーレンを睨んだ。俺はといえば、思わず舌打ちしていた。だがしかし、ファーレンは強い子である。めげずに俺に付いてきた。そんなこんなで今に至る訳である。


「耳の上半分を切れば良いのか?」


 どうにも切れ味の悪そうなナイフを見つめながらファーレンへ声をかければ、ファーレンは中腰のまま顔だけをこちらに向けて頷く。手本にするべくファーレンの処理した小鬼(ゴブリン)の耳を一瞥してから、俺は手近な小鬼(ゴブリン)の耳を削ぐため腰を落とした。


「そうですそうです。あ、それじゃダメです。僕のやる通りに。見ててくださいね、こうですよ、こう。角度が重要なのです。こんな感じでナイフを当てて、半分ほどまで切ったら角度を変えます。その時、指を切らないように抑える親指は少し引っ込め…見てくださいよ〜」


 一を尋ねれば、ファーレンはこれでもか—とばかりに口を開く。俺はへそ曲がりな上に、有り得ない程の一人好きである。コミュニケーションを取ろうと頑張るファーレンに応えてやりたい思いはあるが、どうにもこの騒がしさにはまいる。若さ故の有り余る体力からくるものなのだろうが、煩い娘だ—と、顔を顰める事しかできない。


(ファーレンには何の罪もないし、凄く良い子なんだけれどね)


 そんな事を考えては嘆息する。いくら肉体が若返ったとはいえ、精神は30代のおっさんなのだ。とてもファーレンの馬鹿みたいなハイテンションにはついてゆけない。悪いな—とは思いつつも、俺はファーレンの発言を聞き流した。


(お?大人しくなった)


 気が付けば、垂れ流しになっていたファーレンの音声は途切れている。チラリと視線を向けてみれば、俺の塩対応に剝れつつも、黙々とゴブリンの耳を削いでいた。健気な子である。


「あれ?」


 ファーレンが徐に顔を上げる。何かの音を捉えたらしい。耳がピコピコと上下していた。やがて、ファーレンは顔を引き締めると—否、辟易した顔を上げると、俺に告げてくる。


「オサカ師匠、おかわりです」


 その言葉に、俺は一気に脱力した。


「…またか」


 ファーレンは森精族(エルフ)である。人間族よりも大きな耳は、その分聴力に優れ、俺の索敵範囲なんか比較にならないほどの広範囲をカバーする事ができる。やれやれ—とのんびり腰を持ち上げるのと、小鬼(ゴブリン)が草むらを掻き分けて姿を見せるのは同時であった。


「よっと」


 小鬼(ゴブリン)の一団は、俺達を認めて顔を顰める前に絶命する。俺やファーレンからすれば、この程度の敵はもはや敵ですらない。的である。


「…また削ぎ取らねばならん対象が増えたな」


 俺がげんなりして呟くと、ファーレンは首を傾げた。


「…いくらなんでも多過ぎますね…何か異常事態でも起こっているのでしょうか?」


 ため息をついて削ぎ取りを始める俺の背後では、ファーレンが考え込みながら呟いている。


(異常事態ねぇ…あるとすれば、クルスかなぁ)


 ファーレンの呟きを聞きながら、漠然とそんな事を思ったりもしたが、強ち間違いでもない気がした。






 疎林の奥地には本当に小鬼(ゴブリン)の巣があった。小鬼(ゴブリン)系の中でも基本となるゴブリン、上位種となるゴブリン・アーチャー、ゴブリン・メイジなど、選り取り見取りだ。小鬼(ゴブリン)の巣という名前に偽りなしである。

 そこにいち早く攻め入った我らであるが、クルスが暴走したかと思えば、ファーレンを事故死に見せかけるべく、数多の小鬼(ゴブリン)を追い立てている。本来ならば止めるべき事態であろうが、今更小鬼(ゴブリン)など物の数ではなかろう。それに、向こうにはオサカもいるのだ。ますますもって問題にはなり得ない。そんな訳で、好きにさせる事にした。


「ファーレンめ!ファーレンめ!ファーレンめぇぇ!死ぬでありますぅぅ!!」


 嫉妬に狂ったクルスは、先程からこの調子である。見ていて飽きないが、今の我は箸休めとでも言おうか。クローディアと歓談中である。


「クルスは怒らせるとこっわいのぅ」


 クローディアが苦笑しつつも状況を楽しんでいるらしい。出会った頃と比べると、随分と肝が太くなったものである。


「怒り方のベクトルが、アレではあるがな」


 我も笑いながらクローディアに返す。先も述べた通り、心配する要素がないからこそ我らは笑っていられる。まあ、心配するとするならば、オサカ達が異変を察してこちらに来た時であろう。クルスを止めもせずに、のんびりと歓談していたと知れたならば、流石のオサカも怒り出すであろう。


「ま、それはないであるかな」

「ん?オサカがこちらへやってくるか—という話か?…まあ、来んじゃろうな」


 相変わらず、クローディアは察しが良い。話していて実に心地良いである。何処かのやる気なし男とも、喧し森精族(エルフ)とも違うである。


「うがああああ!ファーレン!ファーレン!!」


 クルスがばら撒いた弾丸の一発が、チュイン—という音を立てて我の横を通り過ぎると、すぐそばに立つ木の表面を削り取った。それを見送った我は、徐にクローディアへと尋ねる。


「クローディアよ、クルスは…我らの事を失念しているのではないか?」


 ふと見れば、クローディアはいつの間にか、己の眼前に石の壁を築いている。狡いである。


「そうじゃのぅ。わしらの事を完全に意識の外に置いておるな。これはヤバいかも知れんのぅ」


 ふぅむ—と、我は思案する。そろそろ止めるべきだろう。そう結論付けた我が立ち上がった時、銃声が鳴り止んだ。何事か?—と視線を向ければ、どうやら、小鬼(ゴブリン)は一匹残らず消えたものであるらしい。クルスはなおも青筋を浮かべ、歯軋りしながら小鬼(ゴブリン)の影を探している。物凄く怖いのである。


「終わりじゃな。行くか」


 全てのゴブリンが消えた事により、クローディアも立ち上がる。そうであるな—と首肯して、我らはクルスの元へと向かった。


「…」

「…」


 二人の間に沈黙が訪れる。いつまで経っても、クローディアが口を開かないため、尋ねてみた。


「…で、どっちがクルスに声をかけるであるか?」

「…じゃんけんで公平に決めるのじゃ」


 とか何とか言いながら、クローディアの眼が煌々と輝き出した。絶対ズルをするつもりである。卑怯であるぞ、クローディア。






 俺達は増援が来なくなるまで、延々と小鬼(ゴブリン)を狩り尽くした。もはや足場はゴブリンで埋まり、まともに歩く事もままならない。足場確保のために、耳を削いだゴブリンは地面に開けた大穴へと次々放り込んでゆく。シャツが肌に張り付くほど汗だくになっている。二人掛かりでも進んでいると思えない耳削ぎに、げんなりとしながらも明け暮れていた。


「…ええと…あー、いくつまで数えたか忘れた。1604?…ダメだ、分からなくなった」


 俺は痛む腰を伸ばすべく立ち上がった。後ろに身を反らして軽く捻ると、心地良さに思わず緩んだ声が漏れる。


「うし!数はもういい!とにかくここまで来たらやり切る!」


 俺は気合を入れて、次のゴブリンの山へと向かった。上から引きずり下ろせば良いものを、中程の手頃なところから積み重なったゴブリンを引き抜こうとする。ブチブチ—と音を立て、小鬼(ゴブリン)の首が千切れて取れた。


「ふう…ざっけんな!やってられっかクソが!」


 怒りに任せて、小鬼(ゴブリン)の頭部を木に投げつける。小鬼(ゴブリン)の頭部は木にぶつかると、潰れて脳漿を辺りに撒き散らした。


「オサカ師匠〜、気持ちは分かりますが…やる気出したばかりですよ?頑張りましょう…サボると、クローディア大師匠に怒られますよ?」


 背後からそんな声が聞こえれてくれば、俺は肩越しに視線を向ける。言うまでもなくファーレンなのだが、今やファーレンの瞳は感情を失いビー玉のようだ。黙々と耳を削ぐだけの機械になっている。ある意味で尊敬する。


「…ファーレンは…凄いな。よくこんな事を延々と続けられるな。気が狂いそうだ」


 自分でも褒めているのか貶しているのか分からない微妙な返事をすると、ファーレンは途端に顔から全ての表情をなくしてボソリと呟いた。


「こんなの…汚水処理施設の清掃に比べたら、全然楽勝ですよ…」


 これよりも、辛い仕事があるらしい。それは肉体的な意味なのか、或いは、精神的な意味なのか。俺は怖くて聞けなかった。

 さて、それからどれ程の時間が経過したろう。しばらくは二人で頑張っていたが、再びファーレンの耳がピコピコと動き出す。しかし、ファーレンは俺へと注意喚起をしない。それもそのはず、茂みをかき分けて現れたのはクローディア達であった。クローディアは小鬼(ゴブリン)の山を見ると、思わずといった様子で苦笑した。


「ほぅ。こりゃまたすっごいのぅ。ここまでくるといっそ爽快じゃ」


 クローディアがほうほう—と声を上げながら、小鬼(ゴブリン)の山を矯めつ眇めつ観察する。俺とファーレンの二人は、しばらくは渋い顔でクローディアを見つめていたが、やがて痺れを切らして声を上げた。


「「手伝ってください」」

「おお?これはすまぬ」


 くっくっく—と笑いながら、クローディアは小鬼(ゴブリン)の耳を削ぎ出した。ちょっと前までは、小鬼(ゴブリン)にもビビりまくっていたクローディアだが、随分と逞しくなったものである。しばらくは肩越しにその光景を眺めていたものの、思わず顔を顰めた。


(…おかしい)


 どうにもクローディアの態度が引っかかるのだ。更に、遅れて木の陰からクルスが出てくると、俺の疑念はより一層強まる。日頃の毅然とした態度は影を潜め—いや、口を開かないのはいつも通りなのであるが、顔が青を通り越して蒼白なのである。そればかりではない。目元はあからさまに泳ぎ、平常であれば、いの一番に俺に声をかけてくるはずが、何かに取り憑かれたかのように一心不乱に耳を削いでいるのだ。


(…なんなんだ?あの態度は?)


 その奥では、クルスの様子を窺いながら高笑いしているアビスの姿がある。いよいよ何かあると考えた。どう見てもおかしい。俺は立ち上がり、クルスに声をかけた。


「クルス」

「…は、はっ。何でありましょうか」


 耳を削ぐ手を止め、フラフラと立ち上がったクルスだが、俺から視線を逸らして俯いたままだ。らしくない。この様子には、ファーレンも怪訝な顔を作る。手を止めて俺達の様子を見つめていた。


「どこか具合が悪いのか?」


 ゆっくりと問いかけるが、クルスは俯いたままで一度大きく息を飲むと、おずおずと口を開いた。


「も、申し訳ありません、閣下…そ、その…黙秘…そう、黙秘させていただくのであります…」


 はぁ?—と、思わず声を上げる。黙秘ってなんだよ。ファーレンも立ち上がると、恐る恐るクルスへ近寄り尋ねた。


「クルスさん、熱でもあるのでは?」

「死ね!ファーレン!」


 ファーレンが声をかけた刹那、鬼の形相でファーレンを睨みつけるクルス。ファーレンは固まり、俺は満足して破顔した。


「なんだ、いつも通りか。心配したぞ」


 どうやら考えすぎだったらしい—という事にした。この場で追及しても仕方ない。どっこいしょ—と腰を下ろし、耳を削ぐ作業に戻る。そんな俺の背中に向けて、ファーレンが抗議をしてきてはいるが。


「ちょ、ちょっと!パーティ内の不和ですよオサカ師匠!今のがいつも通りとか嫌すぎるんですけど!」


 だがファーレンの抗議は無視する。ただでさえ疲れてるんだ。騒ぐのは後にしてくれ。俺は肩越しに手を振ってファーレンを追い払った。


「ひ、酷いですよ!酷いですよ!」


 疎林の中には、ファーレンの泣き声と、アビスの笑い声が木霊していた。






「っていう事があったんですよロロナさん!酷いと思いませんか!」

「あー、思う思う」


 ファーレンがロロナに泣きついているが、ロロナの反応もまた薄い。何故なら冒険者ギルドのカウンターは小鬼(ゴブリン)の耳で埋まっているからだ。ロロナはハイライトの消えた瞳で、小鬼(ゴブリン)の耳を見つめている。


「狩ってきましたよ。根こそぎ」


 そう言ってニコリと笑う。俺達は冒険者ギルドへ戻っていた。冒険者ギルドへと帰り着くや否や、山のような小鬼(ゴブリン)の耳をカウンターの上へと叩きつけてやったのだ。嫌がらせである。


「報酬は明日支払うよ…これは、随分とまぁ…」


 ロロナは目元を覆い、大きく嘆息した。うおっ!?なんだこりゃ!?—と、奥から姿を見せたカッポーギが肩を跳ね上げている。


「本当に巣が出来ていたそうです。俺とファーレンは狩るのに…いや、削ぐのに必死で見ていませんが」


 俺の報告に、アビスが再び笑い始めた。何がおかしいんだ?—とアビスにジト目を向けたが、一旦は放っておく事にしてロロナに視線を戻した。


「さて、じゃあ今日のところは、これで良いですかね?」


 ロロナに尋ねるも、ロロナはロロナで、青白い顔で立ち竦むクルスに怪訝な視線を送っている。やはりロロナから見てもおかしいと思うようだ。


「ああ、構わないよ。…それと、あんまりファーレンを虐めないように」


 未だに瞳のハイライトは消えたままだが、それでもロロナは釘を刺してくる。虐めてなんかいませんよ—と返し、俺達はギルドを後にした。


「さて、と。夕食はどうしようかな…何処かで食べて帰ろうか?」


 今日はあまりにも疲れ過ぎた。とてもではないが料理をする気分にはなれない。俺の提案に、ファーレンが賛同した。


「良いですね!良いですね!依頼完了の後の仲間との晩餐!パーティって感じがします」


 そういうものか?—と呟けば、ファーレンは元気いっぱいに首肯する。俺は他の面子に視線を向けるが、皆もそれで良いらしい。クルスは未だに俯いていたが。一先ずそれで良しとすると、ファーレンに案内をお願いした。


「ファーレン、君がメットーラで暮らしていて、食べたかったものを食べよう」

「…え?良いんですか?」


 これには恐る恐る尋ね返してくるファーレン。だが、耳はピコピコと期待するかのように動き、行きたい場所があるのは明白だ。今更、嘘です—なんて言えない。いや、元から嘘のつもりなんてないのだが。俺は首肯して言う。


「今日一番頑張ったのは、ファーレンだろうからな。それに、お金なくて、今まで食べたくても食べられなかったんだろ?」

「うっ!?」


 ファーレンの反応があまりにも可愛らしくて、思わず悪い笑みを浮かべる。どうにも森精族(エルフ)はいけない。円らな瞳を見ていると意地悪したくなってしまう。更には表情の豊かさよ。犬獣人よりもよほど犬らしいと思う。俺の笑いを噛み殺す顔にファーレンは一瞬膨れるが、すぐにいつもの表情に戻ると俺達を案内し始めた。


「こっちです!」


 さて、ファーレンがどこに連れて行こうとしているかは知らないが、もうすぐ宿街という頃になって、クルスがピタリと立ち止まった。俺も足を止め、クルスへ尋ねる。


「どうした?」


 俺の声を聞き付けて、他の面々も立ち止まると振り返る。何も言い出さないクルスに向けて、更に声をかけようと手を伸ばした時、クルスは泣き出しそうな顔を上げ、頭を下げてきた。訳が分からずに困惑する。これはどうした事か?—と、後ろを振り向けば、アビスとクローディアが苦笑していた。


「閣下、じ、実は…」


 クルスの声に、視線をクルスへと戻す。クルスは一度逡巡した様子を見せたが、息をのむと続けた。


「実は、あの大量の小鬼(ゴブリン)は、私が閣下の元へと送っていたのであります!申し訳ありません!」


 ファーレンは、ええっ!?—と、声を上げて驚いているが、俺は何となく察していた。クルスの態度に加えて、クローディア達に成果がほとんどなかった事を考えれば、自然に行き着く答えだ。俺は一度ファーレンへと視線を向ける。俺自身に思うところはないが、ファーレンはどうだろうか?—という意思確認だ。しかし、ファーレンはわたわたと慌てふためき、何かを言える状況ではないらしい。


(はぁ…どうしたもんかな…)


 俺は嘆息すると、落とし所を模索する。やがて、叱り付けるよりは、諭すべきだ—と判断して、クルスに語りかけた。


「先ずは、良く正直に言った。そこは評価する。誰にでも間違いはあるし、感情に振り回される事もある。ましてや、クルスは生まれたばかりだ。知識としては備えていても、そこに経験はない。心の成長が、振るえる力に追いついていないのだろう」


 俺があまり怒ってはいないと判断したのか、恐る恐るといった体でクルスは顔を上げた。だが、きちんと言わねばならない。諭して終わりという訳にはゆくまい。


「しかし、罪は罪。それには罰を与えねばならん。それは良いな?」


 クルスは黙って頷いた。俺はそれを確認すると、ファーレンへと向き直る。


「ファーレン、今回の小鬼(ゴブリン)の報酬は、全て君が受け取ってくれ」


 俺の言葉に、ファーレンは口を開けたまま固まっている。俺は続ける。


「クルス他二人の分は、ファーレンの物だ。そして、俺にはクルスの生みの親としての責任がある。故に、俺の分もだ」

「…え?あ…でも…」


 ファーレンはチラチラと俺の背後を気にしている。クルスと、その暴走を止めなかったバカ二人の事を気にしているのだろう。


「ファーレン、優しさと甘さは別物だ。罪には罰を。俺達だから何をしても許されるのか?そんなはずないだろ。この三人には、きっちりと反省してもらう」


 俺の言葉に、ファーレンはゆっくりと頷いた。首を傾げ、眉間には皺が刻まれているが、分かってるよな?分かってて頷いてるよな?

 さて、改めてクルスに向き直ると、物凄く凹んでいる。怒りも何処かに吹き飛ぶほど、暗いオーラを漂わせていた。俺は苦笑しつつ、徐に尋ねる。


「クルス、何故、そんな事をしたのか、後で聞かせてもらえるな?」

「…はい…」


 クルスは俯いたままで首肯した。嘆息まじりに、項垂れるクルスの頭を軽く撫でる。反対の手で、ファーレンを呼び寄せると、ファーレンの頭も撫でる。二人は不思議そうな顔で俺を見上げてくる。どうやら、何故撫でられているのか、分からないらしい。


(二人とも、まだ子供だもんな)


 クルスは俺同様に、対人距離が広い。警戒心が強いのだ。対して、ファーレンは警戒心が薄い。慣れるまでがとにかく早い—とでも言い変えれば良いだろうか。そんな対照的な二人は、当然反りが合わない。ファーレンは俺達のパーティに早く馴染もうとして、必要以上に明るく振る舞う。その在り方が、クルスには煩わしいのだろう。きっと、今日まで我慢を重ねて、それが爆発してしまったに違いない。周りが見えていないファーレンに、必要以上に周囲を気にするクルス。でも、きっとこの子らは良い友人関係を築ける。無二の親友になってくれるはずだ。もう少しだけ、時間は必要そうだが。


「二人共、良い子だな。本当に良い子だ。頼むから、喧嘩したりしてくれるなよ?」


 俺の言葉が理解できないのだろう。この流れで、何故そんな事を言い出すのか?—とでも言いたげに、顔を見合わせてキョトンとしている。俺は最後に、二人の頰を軽く抓ってから、手を離した。


「さて…と」


 クルスの背後に佇む二人に視線を向ける。こいつらには容赦はしない。全く、やってくれた。お前らがクルスを諌めていれば、こんな事にはならなかったのだ。


「とりあえず、一発殴らせろ。話はそれからだ」


 パキポキと指の骨を鳴らすと、二人は蒼白になって後退った。


「ひ、ひいっ!?ま、待つのじゃ!悪かったと思っておる!少し悪ふざけが過ぎた!猛省しておるっ!」

「わ、我も!我も!」


 慌てて言い訳を始める二人だが、知ったこっちゃない。とりあえず、クローディアには軽めに、アビスには大分重めに拳骨を見舞った。反省しろ、阿呆共が。






 明日る朝、俺達は冒険者ギルドで小鬼(ゴブリン)の間引き依頼の報酬を受け取ると、そのまま町の外へと出た。仕事をしにきた訳ではないと知った時のロロナの顔は凄かったが、昨日は働いたのだ。今日は働かずとも良かろう。町の外に出て大きく伸びをすると、背後に佇むクルスへと尋ねる。


「タンパク質…連れてきたのか?」


 タンパク質はクルスに抱かれ、アーサーはクルスの肩へ乗っかっている。クルスはコクリと頷いた。


「遠出をするという事でありましたので…タンパク質の世話で、アーサー様の手を煩わせるのも悪いかと思ったのであります」


 猫は家につくはずなのだが、どういう訳か、タンパク質はクルスの腕の中に大人しく収まっている。

 野良暮らしが長かったせいで、あまり気にならないのかもしれない。ならば良いか—と、俺は頷いてみせた。


「では、これを見てください」


 俺は亜空間から一冊の本を取り出す。その本は古い伝記であり、様々な伝説や伝承が書き記されていた。その本の中程を開くと皆に見せる。


「どう思いますか?」


 それを見たクローディアの目は細められ、アビスは難しい顔で顎鬚を摩る。クルスはアーサーを突き、ファーレンは首を傾げた。


「この伝承によると、この大陸の東の絶壁には古城があり、そこには天使が住むとされています。ここに行きましょう。何があるのか知りませんが、確認しておいた方が良いかと」


 俺の言葉にファーレンの目が輝く。大冒険でも期待しているのだろうか。そんなファーレンの隣でアビスが呟いた。


「古城…は、確かにあったであるな…天使、天使であるか?…いたであるかな?そんな奴…」


 アビスの言に目が曇る。早くも不穏な影が落とされた。思わずといった体で、クローディアが口を挟む。


「アビス様が封じられておる数千年の間に、状況は変わっておるかもしれんじゃろ。行くだけでも行ってみれば良い。何かしら邪神を倒すのに有益なものが見つかるやもしれん」


 クローディアの言葉をアビス以外の全員が支持した。アビスもそれには反論せずに頷く。


「そうであるな。我は少なくとも四千年以上封印されていたのだ。状況は変わっている—と、見るべきであるな」


 そう言って呵々大笑したが、その後に真顔になると、こうも言ってきた。


「しかし、我が全盛であった頃からある城だぞ?もはや影も形もないのでは?」


 また全員が白い目をアビスへ向ける。四人の視線にたじろいだアビスは、何でもないのである—と小さく呟いた。その後、皆の興奮が一段落したところで俺は皆に尋ねる。


「で、今日からは辺境ツアーなのですが、真っ直ぐに走るのと、迂回してなるべく平地を歩くのと…どっちがお好みですか」

「真っ直ぐじゃ」

「真っ直ぐである」

「真っ直ぐであります」

「真っ直ぐです!」


 俺の言葉に全員が直進と答えた。尋ねるまでもなかったな—と苦笑しつつ、身体強化を施し始める。全員がそれに倣って身体強化を施した。


「では、今日も元気よく走りますか」


 待ってました—とばかりに全員が頷き、駆け出す。俺も後から四人を追った。


「今日一日でどの辺りまで行くつもりじゃ?」


 追い付き隣に並んだ俺へと、クローディアが尋ねてくる。俺は前を向いたままで答えた。


「正直分かりません。一先ず行けるところまで行き…っと、魔物です」


 言うや否や、素早く戦棍(メイス)を抜き放つと、前方の魔物達へ躍り掛かるべく疾走する。俺の脇にはいつの間にかファーレンが付き添っていた。思いがけないファーレンの足の速さに、僅かに驚く。


(マジかよ…足早っ!?)


 さて、遠目には狼のように見えたが、近付いてみると猿の魔物であった—のだが、俺達が辿り着いた時には、既に眉間に穴が空いた後である。やられたな—と、遥か後方で銃を構えるクルスを見た。そのままファーレンと二人で苦笑していれば、追いついてきたクローディアが呟く。


「平地で猿の魔物とは珍しいの。この辺りには逃げられる木など無かろうに…」


 猿の魔物はそこまで大柄と言うわけでもなく、サイズは人間より少し小さい程度であった。茶色い体毛に覆われ、魔物特有の黄色い虹彩に蜥蜴を思わせる細い瞳孔、体表には無数に走る血管のあるおかげで、辛うじて魔物と分かるレベルである。猿といえば木上—そう考えているらしいクローディアだったが、これにファーレンが口を挟んだ。


「これは狂乱の大猿と呼ばれる魔物です。雌は馬鹿みたいに大きくなるのですよ。これは雄ですね。Dランク冒険者相当とされている魔物で、雌一体に雄が10体前後の群れを形成して襲いかかってきます。かつては逃げるしか手のなかった魔物に立ち向かえる日が来ようとは…感激です!一年前もですね—」


 俺とクローディアは思わず視線を交わした。クローディアの発言に割って入ったくらいである。この猿が平原にいる事に関して、蘊蓄が出てくるものと考えていた。だが、そのような事は全くなく、僅かに生態に触れた後は、ファーレン自身の苦労話を長々と語り始めたではないか。今も何やら力説しているが、既にお経か何かにしか聞こえない。俺はクルスを見て頷いた。


(やってよし)


 クルスも俺へ頷き返すと、懐からペッパーボックスを取り出す。ダブルアクション式の小型拳銃だ。そんな物もあるのか—と感心していると、クルスは肩から胸にかけた弾薬ベルトから愚図森精族(ファーレン)用と書かれたポーチを開く。


(あ、ファーレン用とかあるんだ)


 おそらくは非殺傷の弾薬が込められているのだろう。ゴム弾とか。


(銃を取り出したのには驚いたけれど、まあ…ゴム弾程度ならファーレンにはほとんどダメージはないかな…)


 一応手加減を考えているらしいクルスに感心するも、薬室をスライドさせて詰め始めた弾薬を認めると、一気に血の気が引く。慌ててクルスを止めた。


「ストップ!ストップ!クルス!それは不味い!」


 クルスが薬室に詰めていた弾丸は、どう見てもゴム弾ではない。実弾だ。昨日の今日で早速である。最初に悪ノリしたのは俺だが、実弾は勘弁してほしい。しかし、俺に止められたクルスは不満顔で告げてくる。


「閣下、馬鹿は頑丈と相場が決まっているのであります」


 クルスは見てみろ—とばかりにファーレンに視線を向ける。俺もファーレンを見た。


「—そう、その時の傷がこれです。見てください。麗しい乙女の柔肌にこんな目立つ傷を…法術を頼むお金がなくて、自然治癒に任せたら傷が残っちゃったのです…」


 どうやら語り終えた?らしい。最後にはしゅんと項垂れるファーレン。気落ちしたおかげか、ファーレンの自分語りは丁度良く一段落ついたようである。確かに一発二発ではへこたれなさそうだな—とか思いつつ、俺は改めてファーレンへ尋ねた。


「ファーレンさん、聞かれた事だけに答えてほしい。こいつは売れますか?」


 俺の問いにファーレンは狂乱の何とかへ視線を戻す。けれども、すぐに顔を上げると断言した。


「売れる…とは言いませんね。雄は用途がないので、お金になりません。無償で引き取ってはもらえます」

「…そうか」


 金にはならないそうだ。ならば放っておいても良い。小さな魔物の数体ならば、埋めなくともその辺の魔物が平らげてくれるだろうし、人の往来もない。別に一時的に大型が出ても気にもならないだろうから。

 嘆息しつつ俺が歩き出すと、全員がそれに続く。長々と続いたファーレンの武勇伝?だが、無駄な時間を過ごしたなどと思ってはいけない。ファーレンの機嫌が良くなったので良しとしよう。クルスの機嫌が悪くなった事を考えれば、差し引き0かもしれないが。


(まあ、これから徐々に馴染んでゆくだろ)


 こういうのはなるようにしかならないものだ。啀み合う者同士も居るのは当然だ。組織とは、大きくなればなるほどに多様な価値観を抱え込む事になるからだ。俺もきっと、そのうちファーレンのテンションに慣れるだろうし、ファーレンとて俺という人間を理解して、適切な距離感を保つようになるはずだ。クルスもまた同様に。俺は深く考える事を止めると、周囲には気付かれないように嘆息した。






「オサカよ。亜空間による擬似転移で家に帰りはしないのか?」


 さて、クローディアがそんな事を訪ねてきたのは昼休憩を取っていた時の事である。俺はサンドイッチをアーサーに食べさせながら首を振る。


「今回は考えていませんね。長旅の疲れがどの程度になるのかを測っておきたくて。我々だけで行動する時はともかくとして、他の冒険者がいる中、我々だけ帰る訳にもいかんでしょ?亜空間の擬似転移は秘匿しろと言われておりますし」


 そう答えつつクローディアに苦笑してみせる。その間隙をついて、アビスが俺のサンドイッチを一つ奪ったが、口に放り込む前に、アーサーの触手に奪われていた。なっ!?—と声を上げ、アビスは珍しく目を見開いている。


「…何しとるんじゃアビス様は…」


 俺とクローディアがジト目をアビスへ向けるが、アビスは愕然とした顔で、いつまでもアーサーを見つめているのみであった。


「食事は都度都度作るのですか?」


 今度はファーレンが俺へと問いかけてくる。俺はアビスから視線を切り、ファーレンに振り返ると苦笑しながら応じた。


「いや、サンドイッチとか弁当とかを大量に亜空間にしまってあるんだ。その都度作る事は考えていない。だって、アビスさんとファーレンさんは、作った先からあるだけ食べちゃうだろう?」


 アビスとファーレンがムッとする。クローディアとクルスは納得顔であったが、二人には今の発言が許容できないらしい。


「貴様、我の事を何と心得ている?我は竜の神である!身体が大きいのである!人間の食事など小さ過ぎて30人前は食べなくては腹が膨らんである!」


 —などと豪語したアビスであるが、俺は知っている。竜の生態という物好きのための本を読んだ事があるからだ。


「アビスさん、食べなくとも平気でしょうに。ドラゴンは魔素から身体の維持に必要な栄養素を作り出す—って、本で読みましたよ」


 タンパク質にサンドイッチを食べさせながら論破した。アビスは渋い顔でたじろぐ。その反応から察するに、本に書いてあった事は事実であるらしい。すごすごと先鋒のアビスが敗れ去った後は、大将のファーレンが前に出る。


「僕は食べ盛りなんです!人よりも少しだけ多く食べないと身体が保たないのです!」

「…5人前って少しか?太るぞ?」


 呆れた顔をファーレンに向けつつも、ファーレンの肢体を上から下まで丁寧に視線でなぞれば、ファーレンは真っ赤になって座り込んだ。お年頃らしい。セクハラになりはしないだろうか?—と、少しばかりドキドキした。


「さて、ではそろそろ行きますか?今日のうちには辺境と呼ばれるような場所まで行っておきたいですからね」


 俺が立ち上がると、四人もそれに続き、タンパク質とアーサーはクルスの元へと戻る。そのまま海岸沿いを目指して、再び走り始めた。

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