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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第1章 真、異世界デビュー
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真、冒険者になる

『いやいやいや、おかしいだろ』


 思わず不満に声を上げる。あたしが問題視しているのは、宿の部屋割りであった。

 アイマス達が贔屓にしている安宿には、三人部屋と一人部屋の二つしか空きがなかったため、あたしの事を気遣っているのであろうと思われるが、一人部屋を充てがわれたのだ。

 あたしの発言にポカンとした表情を見せる三人。何が嫌なのか?—と問いたげですらある。あたしは続けて言う。


『防犯、バツ!意思疎通、不可!あたし、雑魚!そんな状態で一人部屋とか怖すぎるんですけど!』


 あたしの発言に、三人は得心いったようである。ウンウンと頷いた後に、アイマスが短剣をあたしへ手渡すと、ニッコリ微笑みながら、あたしへ告げる。


『じゃあ、何かあったらこれで』

『自決でもしろってのか!無理無理!床で良いから一緒の部屋に入れてよ!』


 言い縋り、何とか三人部屋に潜り込む事に成功した。だが、三人部屋一つなのに、宿代はしっかり四人分取られた。阿漕な商売をしているものである。


『では、明日からの事を話し合おう』


 アイマスが提案し、ソティとアシュレイは頷く。あたしはそれに従うのみである。

 皆がベッドに腰を下ろして、あたしは床に正座する。一見すると、虐めの現場を見ているかのようであった。


『一先ず、マコトの冒険者登録で御座いますね』

『ステータスも鑑定しておかないとな』


 ソティの言葉にアイマスは頷きながら補足する。

 ステータス鑑定をすれば、あたしの能力値が赤裸々になる。白日の下へ晒される。その事実に少しばかり尻込みするものの、同時に期待もしている。あたしの能力値は一体どんなものか—と、好奇心を刺激してくるのだ。雑魚なのは分かりきっているので、虫けらみたいなステータスでも、文句を言われる事は無いであろう。


(知力は少し自信あるかな?信仰は…0かな?)


 あたしの口端が、期待により僅かに上がり頰が緩む。これは現実だと言い聞かせても、ゲーム感覚が若干出てきてしまっているらしい。アイテムコンプしたいとか思ってしまっている。

 にやけるあたしのパーカーの袖をアシュレイが掴むと、質感を確かめるかの様に触りながら、アイマスへと尋ねた。


『マコトの装備はどうするの〜』

『そうだな。流石にいつまでもこの格好では目立つからな』


 アイマスの言葉にソティも同意する。二人とも難しい顔をしているのは、衣類はそれなりに高いものであるからだ。装備も纏めて買うとなると、一財産—は、言い過ぎだが、あたしの世界で言えば、自動車くらいは買える値段になる—らしい。


『そうで御座いますね。マコトの衣類の質感からすれば、こっちの衣類は不服かも知れませんが…』

『…大丈夫です。こっちの世界の服を着ます。お金かしてください』


 神妙な顔で頭を下げるが、あたしはそこまで衣類やら装備品が高価であるという実感などない。アシュレイがニヤケているのは、借金であたしを逃がさない算段がついたからであろうか。


『まあ、安い買い物ではないが仕方あるまい。下着なんかは布を買って自分達で作る様にしよう。マコトの世界の下着は画期的だ。何より可愛い。私もそういうのが欲しい』


 アイマスの発言に、全員がアイマスを見る。そういうのに興味あったの?—と、問いたげな視線を投げかければ、アイマスは真っ赤になって、プリプリと文句を言う。


『何だその目は!私だって女だぞ!』

『言われてみれば、そういう設定だったね〜』


 設定って何だ—と、アイマスはなおもプリプリするが、あたし達は笑って済ませると、その日はそのまま就寝する。鬼の所業だ。

 明日からあたしは冒険者となる。果たして、どんな冒険があたしを待っているのか。不安と期待に眠れるか不安であったが、一日中歩いた疲れから、泥の様に眠った。


 朝である—


 あたしはアイマス、ソティと連れ立って、宿の裏手にある小さな井戸へ顔を洗うために向かった。この井戸は雨水を保管しておくタイプの井戸の様で、水の利用は有料であった。

 アイマスが宿の女将さんに銭貨を支払い、裏手の扉を開けてもらうのだ。水は貴重である。アシュレイの様な魔術師がいなくては、水の使用にも制限をかけなくてはならないらしい。


『これが私達の世界の歯ブラシだ。マコトの世界では、歯ブラシは自動で動くのだったか?すごいな』

『振動するだけだよ?自動で洗ってくれる訳じゃないからね?』


 アイマスから渡された歯ブラシは、何かの動物の毛で作られている様であった。筆の様に棒切れの先端に毛が取り付けられている。やや磨きにくいが致し方ない。これらの消耗品は、昨日のうちにあたしの分まで一式取り揃えてくれていた。

 アイマスらに拾ってもらえた幸運に感謝しながら歯を磨くと、アイマスらの動きに倣って顔を洗った。


『アシュレイは?』


 顔を洗い終えて、アイマスとソティに尋ねれば、アシュレイは今朝早くに学者の業務へと戻っていったらしい。

 昼過ぎには戻ってくるのだ—とソティが教えてくれた。あたし達はそのまま食堂へ赴くと、黒パンに豆のスープという簡単な朝食を済ませて衣類を買いに行く事にした。


『マコトの世界では、衣類ってのはどういう扱いなんだ?価格設定は?』


 アイマスが何とも答えにくい質問をしてきたのは、宿を出てすぐである。あたしはアイマスとソティの二人に挟まれて通りを歩いていた。

 うーむ—と、考え込んでいて、ふと道行く人達があたしの姿を珍しげに眺めている事に気が付いた。衣類のせいか、或いは髪と目の色が故かも知れない。黒髪黒目の者は未だに見ていないのだ。私の容姿は珍しいのだろうか。

 まあ、気にしても仕方ないので質問に答えることにする。あたしは僅かに考えてから答えた。


『う〜ん、扱いかぁ。誰でも買える値段で、取り扱いもそんなに難しい物ではないなぁ。安いものなら一食分くらい?話題の新モデルとかなら…手に入れるのは苦労する程度かな』


 この言葉にアイマスとソティは大変驚いた様である。目を見開いてわたしを見る。


『だ、誰でも買える?そんな高級そうな服が誰でも買えるのか?あ、そうか。古着なんだな?』

『ちがわい』


 あたしはここに来て、衣類に対する認識の差に気がつく。アイマスとソティから聞き取り調査をした結果、この世界では衣類は本当に高価である事が分かった。

 衣類は一般的に貴族が新品を注文する。そして古くなったり、着ることのなくなった—所謂古着と呼ばれる物が、庶民の元へ届くのだ。庶民が新品で買える普段着となるような服は、何の飾りもない無地のシャツにパンツであるらしい。また、それでもそこそこ値ははるので、継ぎ接ぎを繰り返して着続けるのだそうだ。あたしの語った、どんな新品でも安価で買えるという発言に驚いたのは、それが故である。


『田舎の農村なんかへ行くと、継ぎ接ぎだらけの簡素な服を着た農夫を山の様に見る事になるぞ。ちなみに、私も子供の頃はそうだった。嫁ぎ先として紹介された男がどうしても受け入れられなくてな。身体一つで村を飛び出した口だ…だから学は期待するな?読み書きは出来ん』

『私は孤児で御座いましたから、物心ついた時には教会におりましたので御座います。教会で一通りの教育は受けておりましので読み書きは出来ますが、衣類には苦労しましたね。私より小さな子達の服を何度も継ぎ足したので御座います』

『超コメントし辛え〜』


 アイマスとソティは苦り切った顔で真ん中を歩くあたしの肩を叩く。気にするな—という事であろうか。あたしが二人の顔を見ると、二人は笑って見せる。


『何て言うかな、マコトの世界でも昔はこんな感じだったって言うじゃないか?て事は、裏を返せば、私達の世界もマコトの世界みたいになるかもしれない訳だろ?それを考えると、未来を先取りした気になって、少し楽しくてな』

『そうで御座いますね。マコトの世界の話はワクワクするので御座います。私達の世界も、いずれはそうなると良いで御座いますね』


 どうやら、あたしの話を楽しんで聞いてくれている様である。あたしは何とも言えないむず痒さを感じた。

 アイマスとソティが大人しくなったため、あたしは周囲の景色を見る事に没頭し始めた。どうやら商業区画に入っているらしく、様々な店が立ち並んでいる。大体は屋号を見れば何を扱う店か分かるのだが、一見しただけでは分からない様なものも多い。真は指差して尋ねた。


『あれは何を扱う店?』

『ん?ああ、あれは薬師だな。庶民用の塗り薬なんかを作ってくれるところだな。駆け出しの頃は何度も世話になったな。今はソティがいるし、そうそう薬の世話になる事はなくなったが』


 アイマスの言葉を受けて、おや?—と、疑問を覚えたあたしはソティを見る。

 ソティはこちらを見返してニコリと微笑んだので、そのまま尋ねた。


『二人は最初から一緒だった訳じゃないの?』

『ええ。私は最初、教会の修道士として冒険者の皆様を治療する役目にあったので御座います。そんな仕事の傍でアイマスと出会って、色々とあった挙句にパーティを組む事になったので御座います』


 何も伝わらない—と、思った。肝心な部分を端折り過ぎな説明だ。

 どうなのさ?—という意味を込めてアイマスに視線を送ると、アイマスの目からはハイライトが消えていた。その表情から察するに、ソティの語った内容は嘘八百であるらしい。


(異端審問官の役目って、人を癒す事じゃないよね…知らない方が幸せな事もあるんだろうな)


 あたしの判断は懸命であったと言えよう。ソティという名の美少女の抱える闇は、どうやら大きそうである。あたしもアイマス同様に目からハイライトを消して、古着屋を目指す事に努めた。

 さて、私達は目指していた古着屋へと到着する。

 アイマスとソティが店主に声をかけながら店へと入り、あたしはその後に続いた。

 ショーウィンドウなどという物はなく、一見すると何であるのか分からなかった石造りの家屋は、中に入るとガラリとその印象を変えた。

 至る所に服がかけられており、色々なデザインが選り取り見取り—という訳にもいかないが、それなりに幅広く揃えられていた。

 店主と何かを話すアイマスはさておき、衣服を視線でチラチラと眺めるあたしの元へ、ソティがやってくる。


『何か気に入ったのがあったので御座いますか?』

『…あれ』


 あたしが指差したのは、フード付きの動きやすそうな上着であった。橙色でポンチョのような見た目であるが、おそらくは上から羽織る作業着なのであろう。

 ソティがそれを見て何か考え込むような顔を見せた後、店主に声をかける。二、三やりとりした後に、ソティはあたしへと向き直り告げた。


『あれは魔術師が実験をする時なんかに着ていた作業着のようで御座いますね。炎なんかも扱っていたらしく、フードは髪を覆うためのものであったようで御座います。私達の感性だと、お世辞にも良いデザインとは言えませんので、お安く提供できるみたいで御座いますよ?』

『…おう。微妙に嬉しくない情報だね』


 それでも、ボディラインの出る服なんて御免である。あたしの中ではこのポンチョ擬きが普段使いの服に決定した瞬間である。お安く提供できるというのも、あたしにとっては有難い。

 服を選ぶあたしの横では、アイマスと店主が今なお何かを話していた。あたしはパンツを眺めていたが、丁度良く七分丈で焦茶色のパンツを見つける。


『これだ…』


 あたしはパンツを両手に握り締めると、天啓でも得たかのように呟いた。ソティが再び微妙な表情を一瞬見せた後に、店主と言葉を交わす。


『マコト、それは子供用のパンツらしいのですが…流石に小さ…入りそうで御座いますね?』

『…あたしは財布に優しいミニマム仕様だからね』


 涙を堪えながら言った。

 あたしの身長は150強である。日本人としても平均よりは小さい部類だが、こっちの世界だと尚更小ささが目立つのだ。

 ソティはあたしよりも一つ下の年齢だが、既にあたしよりも背は大きい。胸も大きい。色々な意味を込めて下唇を噛んだ。

 さて、靴は冒険者の中では魔術師がよく履くサンダルを購入した。これでこの世界でも可笑しくない一般的な服装の完成である。

 橙色の派手なポンチョ擬きが膝まであたしを覆い隠し、その下から僅かにパンツの裾が見えている。上が安く上がった分、サンダルは長距離の移動にも耐え得る少しだけ良い物だ。これまでの服はポストマンバッグへしまった。


『わはははは!何だその格好!わははははは!』


 アイマスは爆笑しているが、この世界でも可笑しくない一般的な服装の完成であるはずだ。

 アイマスが店主に何枚かの硬貨を渡して買い物を終える。アイマスの手から店主に渡される硬貨の中に、銀貨が数枚入っていたのを見た。

 銀貨は大銀貨に次ぐ価値を持つ硬貨である。やはり中古であっても衣類は高いものであるらしい。あたしは生まれて初めての借金に嘆息した。


『さて、と。次はマコトの装備品だが…その前に冒険者ギルドへ行くか』

『そうですね。ここからなら、冒険者ギルドが近かったはずで御座います』


 再びあたしは二人に挟まれる様に並んで歩き出す。あたしの頭頂部はソティの肩の高さである。アイマスと比較すると実に胸の位置であったりする。まるで姉妹の様だ。あたしは左右を見て嘆息した。


『何だこれ、美人姉妹とその出涸らし?公開処刑されている気分だ』

『…マコトは変な事ばかり気にするな』


 横を歩くアイマスが微妙な顔であたしを見る。ソティも苦笑いしながらあたしを見ていた。二人はタイプこそ違うものの、文句なしに美人と美少女である。そんな二人に並ばれたあたしの苦しみは如何許りであろうか。

 あたしは気を取り直すと、改めて周囲の町並みを窺った。先程から引っ切り無しに聞こえるのは商人と触れ役の声。更には事ある毎に鐘の音が鳴り響き、何とも騒がしい空間を形成している。

 すぐ傍では香辛料を扱う商人の屋台に人垣が出来ており、その反対側では何かの肋肉を売るべく声を張り上げる店主がいた。

 家屋は木造と石造が入り乱れており、新しい建屋は石造の方であるらしい。石は均等なサイズにカットされており、職人の腕の高さが窺える出来栄えであった。

 ところで、そんな家屋の中には出入り口の見当たらないものもある。それは何かとソティへ問えば、出入り口を同一とする家屋もあるらしく、隣の家屋から入って行くとの事であるらしい。防犯とかどうなっているのであろうか—あたしがそんな事を漏らせば、二人は笑いながら応じた。


『都市の開発計画をする設計士がいるんだがな。そういう人達からすれば、人口の増加とか悩みの種は尽きないのだろう。何と言っても四方を壁に覆われているんだ。使える土地は限られている。そうすると、家屋同士をくっつけて通りを無くすことにより、少しでも建屋を増やすか、家屋を縦に伸ばして住居スペースを確保するかしかないからな』

『軍を優先するか市民を優先するかという問題もあるので御座います。軍は道を広く取って行軍出来る様に要請するでしょうし、市民は商売のための広場や、井戸を多く作る様に要請するでしょう。板挟みになる施政者は大変で御座います』


 あたしは二人の言葉に首肯して続いた。


『成る程、そういうのに場当たり的に対処せざるを得なくなり、こうなる訳か』


 ならお前がやれ—と言われれば、当然返答に窮する。なるべく失礼な言い方にならない様に気を遣って言ったつもりだ。あたしの発言を聞いた二人は、くつくつと声を殺して笑っている。

 さて、視線の先には、増改築を繰り返した事により、内部は迷宮の様に複雑になっているのであろう、一種の要塞の様な建屋が聳え立っていた。扉の前にはドラゴンの屋号が掲げられており、何を扱う店なのかは杳として知れない。だがしかし、アイマスとソティの二人はあたしへ向き直ったまま歩き出さない事から、ここが目的地なのだろうと知れた。


『まあ、そうだろうな。で、この場当たり的な増改築を繰り返した建屋が、我々の目指す冒険者ギルドな訳だ』

『はい、すんませんでしたぁー!』


 あたしがアイマスの意地悪い物言いに詫びれば、二人は今度こそ声を上げて笑った。あたしはきまりが悪くなって頸を摩るが、アイマスが呵々大笑して言う。


『いや、実際にその通りだからな。帝国は…小さな国々を吸収して瞬く間に大きくなった国だ。その分の皺寄せが色々な所に見て取れる。私達の目から見ても、この町は—ちょっと酷い。ここだけの話な?』


 アイマスが言い含める様にあたしにウインクして見せる。まるでイケメン俳優さながらの所作に、立ち眩みを覚えた。


『さあ、そろそろ入るので御座います。マコトを私達のパーティに加えて、後はステータス鑑定をしてもらわなくてはならないので御座います』


 ソティの言葉にあたしとアイマスは頷くと、冒険者ギルドの扉を開いた。


『うわっ、何これ怖い。入りたくない』


 あたしの視線の先には、屈強な男達がこれでもかと犇いている。狭い部屋が男の匂いで満たされていた。


『…篭った匂いがする…』


 あたしが正直な感想を述べれば、ソティが苦笑いで同意する。アイマスはあまり気にならないようで、ズンズンと奥へ進んで行く。あたしとソティはその後を追った。


『随分と人が多いね?』

『昨日も言ったと思うが、迷宮目当ての冒険者だろう。迷宮は稼げるからな。その分危険も多いが、冒険者なんて一攫千金を狙うギャブラーとそう変わらん。命をチップに大枚を狙っているのさ』


 前を進むアイマスが、僅かに振り返るとあたしの呟きに答えた。あたしは頷いて返すと、黙ってアイマスの背後を歩いた。周囲の男達は女三人のあたし達へと、好奇の視線から言いたくない様な視線まで、憚る様子もなく無遠慮に叩きつけてくる。


『大丈夫で御座います。時期に慣れるので御座います』


 尻込みするあたしの背中をソティが押しながら言う。あたしは頷く事したできずに、押されるままアイマスの後を追った。

 アイマスが向かったのは一つだけ誰も並んでいないカウンターであった。アイマスはそこまで辿り着くと、あたしへ振り向いて告げる。


『ここが登録申請用の窓口だ。このドラゴンの像が意思疎通リングと同じものになっている。像を握りながら窓口の職員と話してくれ』


 あたしは首肯した後、恐る恐るドラゴンの像へと触れる。視線を持ち上げたあたしの前にいたのは、ゴツい男性職員であった。男性職員は熊にしか見えない程に全身が毛深く、腕も髭も毛むくじゃらである。頰に付いた巨大な傷痕の周りくらいしか、毛のない場所がない。


『ようこそ冒険者ギルドへ。ご用件は?』


 —ところが、脳裏に響いた声はやたらと優しげであった。あたしは思わず周囲を見る。目の前の殺人熊から発せられた声色とは思えなかったからだ。しかし、アイマスとソティが苦笑いするのみで、殺人熊以外にあたしへ声をかけた人間はいない様に見受けられる。

 あたしが改めて殺人熊を見れば、殺人熊はニコリと笑って言った。


『見た目と声のギャップが凄いと、何時も言われます。ご安心ください。見た目はこんなですが、職員歴は長いので』

『そ、そうですか。すみません』


 いえいえ—と殺人熊…もとい、熊は手を振って気にしていない事をアピールして見せた。あたしは改めて用件を伝える。


『あの、彼女達のパーティの一員として冒険者登録をしたいのと、ステータス鑑定をお願いしたいのですが』

『畏まりました。では、先ず貴女の情報を冒険者カードへ記録しますね。お名前、年齢を教えていただけますか?』


 あたしは頷いて要求された情報を伝えると、職員は目の前の水晶玉へ指文字で何かを書き込んでゆく。指先が僅かに光っている事から、指先に魔力を灯して水晶玉へ情報を書き込んでいるのだろう。


『はい、お名前はマコトで年齢は十五歳と。次はステータス登録になります。水晶玉に手をかざしてください。私が良いと言うまで、手を離さないでくださいね』


 あたしは熊の言葉に首肯すると、水晶玉へ手をかざした。待っている間、あたしへとアイマスが話しかけてきた。


『イイダという苗字は本当に登録しなくて良いんだな?』

『うん。だって苗字があるのは貴族だけなんだよね?あたし貴族じゃないし』


 これは事前に話していた事だ。ちなみに、出身地を尋ねられた場合は、アイマスの故郷の村から更に遠方にあるカキという村を答える事にしている。そこは酷く閉鎖的な村であり、まず村人は外へ出る事はないらしい。故にバレないそうだ。言語も若干特殊であり、言葉が通じなくとも不自然はないとの事だ。まあ、そこまで突っ込まれる事もないだろうが、念には念をとのアシュレイからの指示である。


『良し、登録は終了だ。君達のパーティ名を教えてもらっても良いかな?調べるから』

『ああ、私達はアンラ神聖国のアエテルヌムというパーティだ。前にもここに立ち寄ったから、情報はあると思う』


 アエテルヌムというパーティ名。これもあたしは事前に聞いていた。何でも、空中都市の名前であるらしい。

 いつか辿り着くという決意表明に、この名前をつけているそうだ。—他人事のように言っているが、今後はあたしもアエテルヌムの一員である。少し照れくさいが、そういう名前のつけ方も悪くないと個人的には思っている。


『うん、これで完了です。マコトは今日からアエテルヌムの一員ですよ。パーティとしてのランクはDランクですが、マコト個人としてはFランクなので、気をつけてくださいね』


 あたしは礼を告げて熊からカードを受け取ると、裏面のステータスを眺める。アイマスとソティも覗き込んできた。


名前:マコト

種族:人間族

性別:女性

年齢:一五歳

職業:学者スコーラー

レベル:2

HP:21

MP:4

筋力:4

器用:10

体力:5

俊敏:7

魔力:2

知力:87

信仰:0

精神:10

運命:1


冒険者ランク:F

所属パーティ:アエテルヌム


 あたしは何とも言えない顔を見せた。アシュレイのステータスと比べて、余りにも弱すぎるため凹んだのだ。だが、これは仕方あるまい。アシュレイはレベル100である。張り合おうとするのが無茶である。

 ところが、そんなあたしとは対照的に、アイマスとソティは驚きに目を見開いていた。


『ち、知力87!?凄まじいな…』

『信仰0!?そんな事があり得るので御座いますかっ!?』


 ソティの驚きポイントが少しズレている気がしないでもないが、これも仕方あるまい。彼女は教会の修道士なのだから。…実際は異端審問官だが。

 あたしは顔を上げると、二人の顔を見てから尋ねる。


『めちゃくちゃ弱いんだけど、これ何とかなるの?』


 アイマスとソティは顔を見合わせてからあたしに向き直る。アイマスはあたしを持ち上げるかのように言う。


『これだけ知力があれば、魔術が使えるようになれば立派な戦力になると思うぞ?』

『測定してみなければ何とも言えませんが、おそらく…大抵の初級魔術では、MPを1とかしか消費しないのではないでしょうか?それだけでも魔術を4回使える事になるので御座います。レベルが上がってきたら、恐ろしい事になるので御座います』


 アイマスに続きソティもまた持ち上げた。

 あたしが思っていたよりも、二人からは高評価である。そういうものかとあたしは首を傾げる。正直言って自分では何も実感がわかないからだ。異文化コミュニケーションは難しいようだ。


『ところでマコト、信仰は素晴らしいもので御座いますよ!0だなんて!0だなんて!』


 そしてもう一つ面倒くさそうなフラグが成立したようである。ソティの布教魂に火をつけてしまったらしい。苦笑いで誤魔化した。

 兎も角、冒険者として活動するための下準備は整った。最後は装備品である。あたしへ向けてアイマスが尋ねてきた。


『これで残るは装備品だけだが、マコトは魔術にどんな触媒を使うんだ?』

『え?杖以外に何かあるの?』

『ん?アシュレイから聞いた訳ではないのか?』


 あたしはアイマスへ首を振って見せる。アシュレイとはそんな話はしていない。アイマスはしばし考えた後に言った。


『良し、なら直接魔術師ギルドへ聞きに行こうか』


 魔術師ギルドなるギルドもあるらしい。あたしは言われるままに頷いた。先頭を歩き出したアイマスの背後をソティ共に付いて行く。ソティが頻りに神の教えを説いているが、全面的に無視である。これは耳をかしてはいけないやつだ。

 私達は冒険者ギルドを出てから細い迷路のような路地を潜り抜けて、魔術師ギルドへと辿り着いた。

 一本道であった様な気もするが、ここから冒険者ギルドまで帰れと言われたら、きっとあたしは泣く。先の会話で出てきた、場当たり的な町作りの弊害であろう。

 途中、道と道の間にロープを通して洗濯物を干していたり、家主がいないのか、壁際に糞が山になっている場所もあった。魔術師ギルドは随分と細々とやっているらしい。


『…着いたぞ』

『…掘建小屋?』


 私達の目の前には、今にも崩れそうな木造のボロい小屋があるのみであった。だが、一丁前に杖と三角帽子が描かれた屋号を掲げている。信じられないが、本当に魔術師ギルドであるらしい。あたしは視線を掘建小屋へ向けたまま、誰ともなしに問う。


『魔術師ギルドって、何をしているところなの?』

『ああ、魔術師ギルドの仕事はな—って、丁度良い。大先生に説明してもらうか』


 アイマスの言う丁度良いとは、正午を示す鐘の音だった。そのまま魔術師ギルドに入るでもなく、口を開くでもなく、立ち尽くすアイマスとニコニコ微笑むソティ。アイマスが大先生と呼ぶのはアシュレイであろう。アシュレイが何処から現れるのか—と周囲をキョロキョロ見回していたあたしであったが、アシュレイの現れる気配はない。

 あたしがアイマスに尋ねようとして視線を上げた時、掘建小屋の扉がミチミチと音を立てて開かれた。


「@#/&〜」


 掘建小屋から姿を見せたのは、魔術師らしい濃紺のローブに身を包んだアシュレイであった。

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