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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第3章 真、Cランクになる
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真、庭園の迷宮を攻略する その二

更新が遅くなりまして申し訳ありません。

「いやぁ、何処かで見た文字だと思ったんだよな」


 呵々と笑いながら、そんな事を口にするのはアイマスである。アイマスの手には、私の世界で言うところの教科書が広げられていた。そんなアイマスの横からは、クシケンスが興味深そうに教科書を眺めている。


「これは平仮名、カタカナ、漢字、こっちはアルファベットという文字で、更にはアラビア数字とかの文字もあるんだ。ちなみに、こっちの世界とは違って、私のいた世界は、国毎に言語が異なるんだよ」


 私の説明をメモしながら、頻りに頷くクシケンス。タイプこそ違うが、知識に対する貪欲さはアシュレイに通じるものがある。魔人族という種族は、皆こうなのかもしれない。


「夕食ができたので御座います」


 エプロンを畳みながらソティが声をかけてきたので、私はアイマスから教科書を返してもらい立ち上がった。ああっ—とか無念そうな声が背後から聞こえてきたが、気にしてはいけない。


「ソティの手作りなんて、いつ以来だろうな。楽しみだ」

「魔物が出ない迷宮なんて初めてだもんね。いつもは信仰蓄積があるから」


 迷宮の中は、すっかりと夜の帳が下りている。クシケンスを仲間に加えた私達であったが、クシケンスが感極まって泣きだしてしまった。それを宥めているうちに、随分と時間が経過していたのだ。私達は一旦上層へと戻り、夜営する事にした。落ち着いたクシケンスは頻りに謝ってきたが、元々が良い時間になっていたのだ。どちらにせよこうなっていた事だろう。私達はそれを伝えて、再度クシケンスを宥めた。それでも、己に自信が持てないクシケンスは、私達が本当は何を考えているのか—と、心を探ったに違いない。ひっ!—と悲鳴をあげると、ガタガタと震えだした。


「「ソティ」」

「はて?なんで御座いましょう?」


 ソティはクシケンスの心情を読んでおり、己の心を読みに来ると察して、逆にモザイク不可避な恐ろしい事を考えていたようである。私とアイマスがジト目を向ける中、ソティはニコニコと微笑んでいるのみであった。なお、考えを読むなどというチート能力の前では、私の過去を隠したところですぐにバレるだろう。そんな理由から、こちらから明かしたのである。既にバレていたが。


「…あ、す、すみません…その…き、気付いて…ました…すみません…」


 —と、言われた時のいたたまれなさよ。あ、そう—と、言葉少なく返した私の横では、アイマスとソティが大笑いしていた。


「さあ、吾輩の頭脳を覗くが良い」

「うわっ!うわっ!凄い!車!?電車!?雑誌!これは見事です!…あれ?えと、マコトさんは…こういう男性が好みなんですか?森先生??」


 眉を寄せて呟くクシケンスの横で、真っ赤になって声を上げる。


「やめろこのやろー!覗いて良い場所と悪い場所ってもんがあるだろーがー!」

「ひいっ!?…す、すみませんっ!」


 再び登場した森先生という謎ワード。これがアイマスとソティは気になって仕方ないようである。私の目の前でありながら、二人は顔を見合わせて意地の悪い笑みを浮かべると、素早くクシケンスの元へと赴く。いきなり肩を組まれて困惑するクシケンスに、アイマスとソティが耳打ちした。


「森先生ってどんな人なんだ?」

「速やかに教えるので御座います」

「え?あ、はい…えっと…」

「教える奴があるかぁ!」


 何を言おうとしてるのか!—と、再び私は爆発する。アイマスとソティは、笑いながら散って行った。ぐぬぬ—と、憤懣遣る方無い心持ちに歯噛みしたが、ハタと気が付いて唖然とした。


「…なん…だと…」


 MAP魔術には、先の年若い男女二人組も映り込んでいる。どうやら彼らも夜営をしているようである。それだけならばまだいい。ところがだ、二人を示す点が重なっている。夜営どころか夜戦までしているようであった。これはなかなかどうして腹立たしい。ソティをけしかけてやろうか?—と、半ば本気で考えた。


「ふぅ、もう寝るよ!」


 私が声を上げると、アイマス達もそれに応じる。


「ははは、おやすみマコト」

「おやすみなさいませで御座います」

「あ、おやすみなさい」


 それぞれがそれぞれの天幕へと入ってゆく。全く—と毒づくものの、気が付けば私は笑っていた。






 翌日、私達は再び迷宮の第二階層へとやってきていた。高く聳える壁を見上げる私達へと、アイマスが声をかけてくる。


「準備は良いか?」


 アイマスの問いに真っ先に応じたのは、まさかのソティである。第一階層は魔物が出なかったのだ。やる気の理由は信仰蓄積の関係だろうと思われた。別名—殺る気とも言う。


「当然で御座います」


 そんなソティに私とクシケンスも続く。


「もちのろん」

「え?あ、はいっ!」


 全員が首肯した事で、アイマスが歩き出す。先頭をアイマス。その背後に私とクシケンス。最後尾はソティの陣形だ。まぁ、いつも通りである。

 迷宮の第二階層は、第一階層とは様相が異なった。蔓に覆われた、薔薇の咲き乱れる壁がどこまでも高く続く。床は変わらず煉瓦であるし太陽の光も燦々と降り注いでいるのだが、左右の壁が高すぎるために影が落ち、第一階層よりも暗い印象を与える。更には、MAP魔術により、巨大な迷路である事が判明している。ちなみに、そのMAP魔術でも全容を窺い知る事は出来ず、どれだけ広いのか—と、辟易していたりする。

 そんな第二階層を歩きだしてすぐ、ふと思いついて隣のクシケンスへと尋ねた。


「そう言えば、どんな敵がいるの?」

「この迷宮の中でしか…見ない敵です。蔓人間、とでも…呼べば良いでしょうか?」


 前を歩くアイマスも、これは気になるらしく、肩越しに私達に視線を向ける。クシケンスは詳細に説明を始めた。


「蔓人間自体は…大した事のない、強さなのです。問題は、倒した後です。蔓人間の身体には、魔石があり…その魔石を…破壊する事により、撃破となりますが…その魔石を、破壊した時に…激しい発光と、爆音を、発生させるのです。それを受けると…目眩や、気絶…場合によっては…一時的な、記憶障害を…引き起こします。防ぐ術の開発を…頼まれまして…あそこに詰めて、いたのです」


 クシケンスの発言に、ふむ—と考え込む。魔物の不可思議な生態はさておき、何となく思うところがあったのだ。


(スタングレネード?)


 この世界へとやってくる直前に見た映画で、主人公が投擲していたものである。それは激しい発光と爆音を鳴らし、周囲の敵を一網打尽にしていたのだ。


「光を遮るものや、音を遮るものは?」


 私が尋ねると、クシケンスは首を振った。


「それが、ダメなのです。防げないのです」


 試してはいるらしいが、防げなかったらしい。これは怪訝に思い、ん?—と眉を寄せた。何故防げないのか?—と、考えたのだ。


(音と光だよね?認識するのは耳と目…いや、もしかして脳か?脳に直接干渉する?どうやって…いや、魔術か。うん、そうだよね…脳でも耳でも目でもなく、魔力を防げなきゃ意味がないんだ…)


 ふと気が付けば、クシケンスが目を見開いて私を見ていた。隣から注がれる熱い視線にきまりが悪くなり、ついに尋ねる。


「何?どうしたの?」

「マコトさん、凄いです…思いつきすらしませんでした…」


 何を言われたのか一瞬分からなかったが、蔓人間の考察の事だと気が付くと、てへ—と、少しだけ照れ隠しに戯けた。


『ふふん、真は凄いのですよ。そして、私も凄いのです。魔力を防ぐという事であれば任せなさい』


 ラヴァの自信ありげな様子に私は一瞬戸惑うが、直ぐに気が付く。ラヴァにはあれがあるのだ。


「あ、プロテジョン・マジックか」


 私の言葉にラヴァが鷹揚に頷いて見せた。

 プロテジョン・マジックとは、その名の示す通り、魔力による被害を低減するエンチャントだ。具体的には、魔力による精神汚染や不死系魔物(アンデッド)が徘徊する場所に蔓延る瘴気などを低減できる。逆に炎や冷気などの物理現象は、プロテジョン・アタックが担当である。


「おい、出たぞ!やるなら早くしてくれ!」


 アイマスが皆の前に立ち、腰の剣を抜き放つ。それに続いたのはラヴァだ。


『プロテジョン・マジック!』

「重ねがけします!プロテジョン・マジック!」


 ラヴァの後には、クシケンスもエンチャントを重ねがけしてくれる。これならば万全であろう。私達の全身を、ラヴァとクシケンスの魔力が包み込む。それを認めるや否や、素早く前方へ向けて矢を番えた。


「あれが蔓人間…」


 剣と盾を構えるアイマスの目の前で、シュルシュルと音を鳴らしながら蔓が組み合わさってゆく。それが足元から頭部まで繰り返され、人間の形をした蔓の塊が出来上がる。全身が形成されると、蔓人間はゆっくりとこちらに向き直った。


「一、二、三…いきなり八体もか?」


 油断なく視線を巡らせながら、アイマスが呟く。


「アイマスさん…気を、付けて、ください。魔石を、砕いたり…蔓の外へ、露出させたり、すると…例のやつが、来ます…ので」


 アイマスはクシケンスの警告に頷くと、剣と盾を打ち鳴らして蔓人間達の注意を引こうとする。ところが、蔓人間達は遠巻きに様子を窺うのみで襲いかかってはこない。私は蔓人間の様子に、おや?—と違和感を感じた。


(どういう事?)


 魔物ならば、殊更に理由がない限りは音がする方に引き寄せられるはずだ。けれど、現実としてそうはなっていない。黙ってこちらの様子を窺うのみである。けれども、魔物といつまでも睨めっこしている訳にはゆくまい。


(仕方ない。こちらから打って出ようかな)


 —と考えたのと、八体の蔓人間の胸部に投げナイフが突き刺さるのは同時であった。


「ちょっ!?」


 私は青くなりながらも、即座に身構えて身体強化を施し、それと並行してガードの姿勢を取る。刹那、蔓人間の胸部が膨らみ爆ぜると絶叫が聞こえた。


—ギャァァァァァア—


 それは紛れもない断末魔であった。蔓が朽ち果て、ブスブスと音を立てながら消えてゆく中、私は軽い目眩を覚えていた。私のみではない。明滅する視界の中、ソティ、アイマス、クシケンス、ラヴァに至るまで。全員が断末魔の音と光に晒されて、顳顬に手を当てている様子が窺えた。


「ソティ…やるなら…やると、言ってくれ。驚いた…ぞ」


 流石にアイマスが苦言を呈する。何度か目を瞬かせて、その直ぐ後には何事もなかったかのように佇んでいる。強すぎだろ、アイマス。


「申し訳無いので御座います。万が一プロテジョン・マジックが効果を発揮しなかった時の事を考えると、一網打尽にしておきたかったので御座います」


 ソティの考えは理に適っている。そして、正しかった。私はよろよろと起き上がり歯噛みした。


「アイマス、ソティの懸念は正しかったよ。プロテジョン・マジックだけでは防ぎ切れない。確かにかなり威力は減衰している感があるけど…」

「あ、はい…大分、威力は…削がれて、います」


 私の言に、クシケンスが同意して見せた。やはり軽減はできているらしい。クシケンスが語るところによれば、あの断末魔を聞いたら最後、意識を保つ事はほぼ不可能であるらしい。魔力を通過させない金属鎧などで全身を固めた者が、僅かに意識を保てるのみであったそうだ。これには私のみならず、皆が驚き声を上げる。私達の思いを代表して、アイマスが尋ねた。


「よく死ななかったな?」


 問われたクシケンスは、苦笑しながら応じた。


「マコトさんの…世界の、文字で…書かれていた“命を奪う事を禁止している”という、文言ですよ。あれ…事実です。第二階層で、気を失うと…第二階層の、入り口の、ところまで…戻されちゃうんです。戻されるだけで…終わりなんです。今まで…誰一人として、第二階層を突破したものはいませんが…誰一人として、死んだ者も…いないのです」


 へぇ—と、アイマスは簡単に返して終えた。ところで、今の話に繋がるかは不明だが、私は違和感を感じていた。とりあえず口にする事で、違和感の正体が浮かぶかもしれない—と、そんな思いから誰ともなしに尋ねる。


「あの蔓人間、本当に魔物なのかな?」


 私の問いかけに反応したのは、クシケンスである。


「魔石を…体内に、持つ以上…魔物、なのでは?」

「私には上手く言えんが、対峙した時に違和感は感じたな…」


 クシケンスの後には、アイマスが腕を組んで言う。ソティもそれを肯定した。


「違和感ごとねじ伏せたので御座います」


 ソティは相変わらずのオンリーワンである。誰も何も言わない。さて、一通り意見を聞けたが、私の違和感は払拭されなかった。


『で、どうするのですか?』


 ラヴァが私達を見回して、誰ともなしに問いかける。ここで言うどうする—とは、進退の事であろう。私は手を上げた。


「試したい事があるんだ。もう一戦良いかな?」


 私の言葉に三人は首肯する。私達は蔓人間に出会うべく、再び迷宮内を歩き出せば、一刻も歩かないうちに蔓人間達は再び姿を見せる。今度は二〇体であった。私はMAP魔術の精度を高めるべく、より魔力を込めてゆく。


(敵さんには耳も目も脳も無い…か。嫌になるね、本当に)


 一体どうやってこちらを認識しているのか?何を判断基準として行動しているのか?—と、考えて、違和感の正体が掴めた。やはり、この蔓人間は魔物とは違う。そう確信した。けれども、立ち塞がる以上は倒さねばならない。私は渋い顔をしながらアイマスに告げる。


「アイマス、どれでも良いから一体お願い!皆も一回だけあれに耐えて!」

「ははは、スパルタだな。任せろ!」


 アイマスが煉瓦を蹴り砕き、デンテの如き跳躍を見せる。圧倒的な破壊力が蔓人間へ襲いかかり、蔓人間は魔石ごと成す術なく両断された。刹那、魔石が膨らみ破裂する。


(ここだっ!ラヴァ、魔力波を見て!)


 ボコりと蔓人間の胸部が赤い光を抱き、次の瞬間には蔓ごと破壊して飛び散る。私はラヴァと共に、放たれた魔力波を観測する事に徹した。


—ギャァァァァァア—


 私達は何とか耐えきった。八体同時の場合と違い、一体だけであれば問題なく耐えきれる。プロテジョン・マジックの効果もあるのであろう。これならば、進めない事もない。しかし、そんな力技は私の望むところでは無い。


「攻略してみせるよ!ラヴァ、さっきの魔力波と逆位相の魔力波を生成して!意味なんて何も持たせなくて良い!あたし達に当たる直前に打ち消してもらえれば良い!」

『無茶を言う!任されましょう!』


 ラヴァは文句を言いながらも鷹揚に笑ってみせると、即座に逆位相の魔力波を生成し始めた。


「よしっ!じゃあ…」


 どうやって魔石を砕こうか?—と、考えて一同を見回すと、ソティがチラチラと私を見ていた。やりたいらしい。仕方なく頷いてみせると、残り一九体の胸に纏めてナイフが突き刺さる。投げた瞬間が分からないとか、どうなってるのか。アンラの修道士は、日々暗殺者として完成してゆく。


(くるっ!)


 蔓人間の胸部が膨れ上がり、破裂する。一九体の魔石が同時に魔力波を放ち、私達へと襲いかかれば、流石に顔は引き攣り、全身に力が入った。


—………—


 何かが過ぎ去った気がした。けれども、それだけである。私達は互いに顔を見合わせて、視線で問いかけた。


「…」

「…」

「…何か、聞こえた?かな…」

「ちっさく悲鳴のようなものが聞こえた気がするので御座います」

『ほんのりと薄暗い光を感じた気がしますね』


 耳の良い人と、目の良い鳥には何か分かったらしいが、どうやら私の考えは正しかったようである。上手くいった事に安堵して大きく息を吐き出すと、一気に脱力した。怖すぎて、思わず泣けてくる。うまくいったから良かったものの、あんなの賭けだ。勝算も何もない、読み違えたら即死亡である。いや、ここの迷宮では死ぬ事はないのだったか。


(いや、それでも…賭けなんて、やるべきではないな…今後は気を付けよう)


 まだ何処かでゲーム感覚が抜けていないのかも知れない—と、己を戒めた。


「どういう事なんだ?」


 アイマスが私へと尋ねてきたので、私は力なく笑いながら答えた。


「この階層さ、元から何かの魔力が漂ってるんだよ。おそらく、それが魔力波の信号を定義しているデータフォーマットだよ。で、魔力波はそのデータ。だから我々のところを通過する時にそのデータを崩しておけば、効果が出ないのさ」


 語り終えて口を閉じたが、思ったような反応は返ってこない。そればかりか、皆が怪訝な顔で首を傾げた。


「…うん?」

「…全く分からないので御座います」

「ええと…」

『ものを教える才能がないですね』


 とりあえずいじけた。その後、なんとか事象を理解したクシケンスにより、懇切丁寧な説明がなされた。

 この第二階層には、特殊な魔力により、何かの空間が形成されている。それは魔力波に刻まれた信号を検知して、魔法を発動させるというものである。

 蔓人間の魔石が破裂した時に発せられる魔力波には、まさにその信号が刻み込まれており、特殊な魔力の充満する空気中を魔力波が通過する事で、信号が読み込まれ、別の魔力を持つ対象を魔力波が通過した際に、魔法が発動する仕組みとなっている。私がやった事は、その魔力波の波形を歪め、信号として認識できなくするというものである。


「…何となくだけど、分かった」

「何となくで御座いますが」

『何とはなしに』


 未だに眉をひそめるアイマスとソティはともかく、ラヴァは最初から分かっていたはずだ。何を今し方気が付いたかのように取り繕っているのか。とはいえ、一先ず攻略法は確立した。


「後は、どんな魔力波が他にあるかだね」


 おそらく、データそのものは、スタングレネード意外にもあるのだろう。だが、どのような効果を齎すものであったとしても、波形さえ壊して認識できなくしてしまえば問題はない。


「今の、攻略法を…思いつくに、至ったきっかけを…覗かせて、もらっても?」


 クシケンスの申し出に、私は首肯する。


「いいともさ…ええと、これかな?夏休みの宿題」


 上手く説明する事ができず、夏休みの宿題で父と共に過ごした時間を思い浮かべた。ラジオ作りだ。父の語る電磁気学の一節を特に強くイメージした。クシケンスはふんふんとそれを読み取って、頻りにメモ帳を埋めてゆく。凄いスピードだが、あそこには何が書かれているのだろうか。やがて、満足げな顔を上げてクシケンスは言った。


「成る程…森先生に、褒めて、もらいたくて…難しい課題に…チャレンジ、したのですか。恋する乙女は…強いの、ですね」


 目が点になった。言われてみれば、ラジオを作ったのは小学校三年生の夏休みだったかもしれない。ラジオを作るきっかけは、そんな煩悩であったのか。読心術—己ですら忘れていた過去を呼び起こす危険な魔眼である。


「くり抜くで御座いますか?」


 ソティが手頃なナイフを握った手首を捻って見せる。私の心中を察したかのような動作だが、許可する訳ない。クシケンスは慌てて逃げたそうとするが、あっという間にソティに回り込まれていた。


「ひいっ!?た、助けて!!」

「「ダメだよ(だぞ)!」」


 さて、馬鹿騒ぎが一段落してから更に先へと進むと、やや開けた場所に出た。そして、そこにはまたしても立て札があった。その立て札は倒されていなかった。もしかすると、ここまで到達した者はいないのかもしれない。


“この広間は安全地帯です”“SAFE AREA”


 それを皆に伝えると、先の現象のおさらいをする事になった。クシケンス主導で。普通は私主導なのではなかろうか。何故なのか。


「この陣の、上に…乗って、ください。この陣には…ある術が、刻まれて、おります。光闇光というパターンを…持たせた、魔力波を検知すると…魔力波が、通過した対象へ…オバー・アタックを施し…闇光闇のパターンを、検知すると…オバー・マジックを、施すというものです。では…ラヴァさん、魔力波を、視認しやすいように…ゆっくりお願いします」

『貴女も無茶を言う…任されましょう』


 私達が陣の上に乗ると、ラヴァから光闇光のパターンを持つ魔力波が流れてきた。それを検知した陣が俄かに輝くと、魔力波が私達に触れた途端、オバー・アタックが施された。


「おおっ!成る程!そういう事なのか!」

「よく分かったので御座います」


 どうやらアイマスもソティも分かったらしい。なお、私は既に不貞腐れている。


「では、今度はラヴァさんの反対側から、私が闇光闇のパターンを流します。陣の真ん中にいる皆さんはどうなりますか?」

「オバー・アタックとオバー・マジックがかかるんじゃないのか?」


 ではやってみましょう—と、クシケンスが言いながら魔力波を流し始める。ラヴァも同様に魔力波を流し始めた。ラヴァの流した光闇光の魔力波と、クシケンスの流した闇光闇の魔力波は、互いの距離が近くなるに従い干渉しあい属性を打ち消してしまう。私達に触れる前に陣の輝きは失われ、私達の元へと到達した時には、無属性の魔力波となっていた。


「こんな感じで…逆属性の魔力波を、ぶつける事で…魔力波の特性を、消してしまう訳です。そうなると…陣の効果は、出なくなります。先にマコトさんが、やって退けたのは…これですね」

「…よくこんな事を瞬時に思いつくな」


 アイマスとソティの、何とも言えない視線が私に向けられる。羨望でもないし、何の目だあれは。


『ふふふ、真は凄いという事です』


 そして何故か自慢げなラヴァであった。そんなこんなで検証を終えた私達は、安全地帯で食事を済ませた後に再び歩き出す。MAP魔術には、次の安全地帯が映り込んでいる。今日はそこで夜営となりそうである。


(作りに気遣いが見受けられるな…なるべく人を傷付けないようにもしている。人為的…と言って良いのか分からないけれど、迷宮の作り手には理性がある。あたし達が助けんとしている人は、もしかして迷宮主なのかな?=で結び付けるのは、早計かな…)


 その日一日、私はそんな事を考えながら過ごした。






“この先は危険地帯です。私の意思とは無関係に生まれるモンスターが徘徊しています。おそらくは命の危機に晒されます。関係者以外立ち入り禁止”“DANGER AREA STAFF ONLY”


(関係者って誰だよ…)

〈迷宮の主人とかなのでしょうかね?〉


 次の日の夕刻近くになって安全地帯に辿り着いたのだが、その安全地帯の隅には、下り螺旋階段と、いつもの立て札が掲げてあったのだ。


「随分と親切な迷宮だな…攻略するのが申し訳なくなってきたぞ」

「私の鉈捌きも鈍ってきたので御座います」


 アイマスとソティも苦い顔だ。クシケンスが頻りに文字をメモしては、こっちの文字との照らし合わせを行なっている。


「日本語が、難しいです。平仮名と、カタカナと、漢字の…使い分けが、意味不明です。どういう風に…使い分けて、いるのですか?」


 かなり真剣な顔を見せるクシケンスには申し訳ないが、その疑問には答えられなかった。


「…習った気がするけど忘れた。ごめん」


 クシケンスが項垂れると、凄く申し訳ない気分にさせられる。悪かったよ。

 さて、すこしばかり第三階層を見た限りでは、植物系の魔物が徘徊—はしていなかった。植物だけに、移動はできないらしい。寄生木系の魔物が樹木に取り付いていたり、草花系の魔物が花の中に紛れて咲き乱れている。これまでの庭園の様相は鳴りを潜め、不気味な森林といった感じだ。


「明日からは早速、第三階層に取り掛かるが…問題ないか?」


 アイマスが私達三人を見回すが、全員が問題ない事を首肯して伝えると、アイマスも首肯してみせる。


「よし、なら今日はしっかりと睡眠をとって、明日に備える事」

「あ、あの…」


 ここで手をあげたのはクシケンスである。皆がクシケンスに注目すると、クシケンスはおずおずと話し始めた。


「そ、その…どれ程…効果が、あるかは…分かりませんが…その…下の階層に、除草剤を、散布してみようかと…思うのですが…よろしいでしょうか?」

「え?あ…いいと思うよ?」


 何故か私を見るアイマスだが、お前が決めろ—と言わんばかりに私は視線を逸らす。可哀想な気がしないでもないが、クシケンスは武闘派ではない。そろそろアイマスにも肉体言語以外の戦い方を学んでもらうのには良い機会だ。そんな思いから視線を逸らした。ソティも同じ考えであったらしく、アイマスから視線を向けられると、やや強い口調で告げる。


「アイマス、これは良い機会なので御座います。直に魔石を砕きに行くのも良いですが、相手によっては搦め手を使う事で簡単に倒す事も出来るので御座います。クシケンス様の教えを受けて、除草剤やら殺虫剤やらの薬について、学んでみると良いので御座います」


 ところが、これにアイマスは露骨に顔を曇らせると、素っ頓狂な声を上げる。


「え!?それは…マコトとクシケンスに任せる!」

「あ、逃げるなアイマス!」


 アイマスは逃げた。しかも人に押し付けて行くという、始末の悪さだ。元はオリーブ農家の娘であったらしいが、殺虫剤とかは用いなかったのであろうか。


「あれ?もしかして…この間の蟻も、殺虫剤があれば早かったんじゃない?」


 —と、ここで私は考え込む。もしかすると、10日足らずで迷宮を攻略したのは、そういう事なのだろうか?—と、思えたのだ。


「蟻?蟻ですか?蟻は…タイプによりますが…帝国北部に、生える…キルアリ草と、いう草が…必要になりますので…手持ちであるなら、別ですが…一からとなると…ちょっと、手間です」


 キルアリ草—蟻を殺す以外の用途がなさそうな名前の草である。その流れでクシケンスが殺虫剤について話している横では、アイマスが耳を塞いで蹲っている。実に情けない姿だ。見兼ねたソティが声をかけると、アイマスからはこんな言葉が返ってきた。


「嫌だ!嫌だ!何が薬剤の配合だ!知った事か!絶対にあんな陰険な錬金術師のところになんか嫁がないからな!」

「…」

「…」

「…」


 何やらアイマスには薬剤に対してトラウマがあるらしい。私はソティと顔を見合わせると、どちらともなく頷き合う。本件に関してのみ、アイマスをそっとしておく事にした。


「あ?え?それで、終わりですか?…何か、声をかけないん…ですか?」


 クシケンスだけは、蹲るアイマスを気にかけていたが、私とソティはさっさと寝た。我ながら鬼である。






「昨夜の、うちに…散布してあるので…早いものなら、既に…効果は出ていると、思います…」


 そんなクシケンスの言葉を聞いてはいたものの、そこまで期待していた訳でもなかった私達は、目の前に広がる光景に驚愕して目を見開いた。


「何だこれは…」

「全部枯れてる…」

「死の大地で御座いますね」

「ソティさん…その、言い方が…ひいっ!?」


 ソティとクシケンスのやり取りはともかくとして、木も草花も枯れ果てている。青々と生い茂っていた木は、惨たらしく葉を散らし、生命の逞しさを感じさせた草花は、無残な姿を晒していた。


「わはー、凄いね。一周回って不死系魔物(アンデッド)が出そうな勢いだ」

「クシケンスがやたら深く眠っていたのは…ここの魔物を刈り尽くして、急激にレベルアップしたからじゃないか?」


 クシケンスは今朝、何をしても起きなかった。あまりにも起きないもので、ソティを連れてこようかと思った程だ。寝息は聞こえていたために、起きるまで待ったのだが、なかなか良い時間になったのである。クシケンスは頻りに謝っていたが、成る程、アイマスの読みは合っているのかもしれない。


「お、お恥ずかしい限りです」


 プラントハンター・クシケンスの誕生である。冗談はさておき、おどろおどろしい山道を私達は歩いて行く。途中には立て札が立てられており—


“一合目”


 —とか何とか書かれているが、もはや何も気にならない。敵は絶滅してしまっているのだから。そのまま歩みを進め、太陽がまもなく沈む頃合いになると、開けた場所を見つけてテントを広げた。


「今日はここまでだな」

「一日歩いて三合目か…長いね」

「今日の食事当番はクシケンス様で御座います」

「みな…さん…ちょっと、だけ…休ま…せて、下さ、い」


 何の障害もなかったためにほぼ丸一日歩き続けた結果、クシケンスは死にかけていた。それでも付いてきた根性は評価したい。


「クシケンスは料理できないでしょ?あたしとアイマスがやるよ」

「そうだな。ここの敵はクシケンスが倒してくれたからな。その礼も兼ねてな」


 クシケンスは、私とアイマスに礼を言いながら倒れ伏した。限界であったらしい。ソティが微笑みながらクシケンスへと近付き、法術を行使し始める。ソティが近付きだしたのを見た私とアイマスが、慌てて駆け出しそうになったのは、ソティの日頃の言動故であろうか。ソティは法術を行使しながらも私達をガン見しているが、私達は視線を逸らすと素早く料理に集中し始めた。


「今日はオーク肉のローストだよ」

『絶品です!絶品です!』


 ラヴァの分は二人前くらいあるのだが、早くも食べ終わりそうである。私は取られてなるかと己の分を片付けにかかるるが、一足遅かったらしい。


「ぐあー!クソ鳥がぁー!ふざけんなー!」

『早い者勝ちです!』


 ナイフとフォークで二枚のローストを抑えたが、三枚目以降を纏めて掻っ攫われる。怒り心頭に発するとはこの事であろうか。顳顬に青筋を浮かべて立ち上がる。手には霊弓アルカンシエル(私命名)。私の本気モードであった。


「もはや勘弁ならん。焼き鳥にしてやる」


 死の宣告と共に、弓を構えて魔力の矢を番えた。


『ははははは。愚かなり。貴女のような小娘に、この私が討てようか。かかってこい真!」


 対するラヴァも紫電を纏い大空を羽ばたく。ノリノリである。


「割といつもだから気にするな」

「えっ?あ、はい…」


 クシケンスだけがオロオロと私達の間で視線を往復させる中、夕食の時間は過ぎて行くのだった。

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