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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第3章 真、Cランクになる
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真、庭園の迷宮を攻略する その一

 私達は庭園の迷宮へと向かうべく、海沿いの山道を歩いていた。道はやや高台になっており、木陰から時折見える海がとても美しい。


「うわぁ、綺麗だなぁ」

「うん、見事な眺めだな」


 私とアイマスが素晴らしい光景に目元を緩ませる中、後ろを歩くクシケンスは、ガタガタと震えている。大体察しているが、どうしたことか?—とクシケンスを見つめれば、クシケンスは目線でソティがヤバいと訴えかけてくる。やっぱりか—と、私は曖昧に頷いた。


(大方、この海水を血で染めあげたら、さぞかし綺麗で御座いましょう—とか考えてるんでしょ)

〈はは、さもありなんですね〉


 などとラヴァと冗談を言い合って、笑っていたのだが—


「せ、正解です…」


 —と、クシケンスは頷く。正解であるらしい。ソティの考えが、理解できてしまう己に絶望した。

 さて、私達は延々と山道を歩いている訳であるが、この辺りで出現する魔物は蛇が多い。クシケンス曰く水陸どちらでも出現する魔物であるという事なので、海蛇なのであろう。噛まれれば毒が怖いのだが、とても残念な事に私達には彼らの奇襲は通じない。MAP魔術により、茂みの中に潜んでいるのが分かっているからだ。正面から対峙しても大した脅威にはなり得ず、相手にならなかった。鈍臭い—と言っては言い過ぎだが—私やアイマスですら完封できるのだ。良い信仰の糧である。なお、毒液が錬金術で色々と加工できるらしいので、クシケンスへと渡している。


(これはちょっと食べたくないなぁ)


 それなりに数が出てくるため、仕留める度に顔をしかめた。そのまま放置して腐らせては、腐肉を漁る大型の魔物なんかがやってくる可能性もあるため、仕留めた奴は回収しなくてはならない。埋めるのも手間なので、そのまま亜空間行きである。ちなみに、肉は臭みが強いものの、香辛料漬けにすれば食べられなくはないらしい。ラヴァの餌にしても良いかもしれない。


『嫌ですよ。もっと美味しい肉が良いです!』

「贅沢は敵だよ、ラヴァ?」


 その中にあって、一匹だけやたらと硬い皮を持つ蛇がおり、この皮は色々と有用そうであった。クシケンス曰く、この辺に出没する蛇種の中で、頂点に位置するものであるらしい。何事もないかのようにソティが両断して見せると、クシケンスは目を見開いて驚いていた。


(…なるほどなぁ。クシケンスは裏方さんなのか…裏方のSランクってのもあるんだね?)

〈ええ。私も意外に思いましたが、そういう事なのでしょうね〉


 ここまでくると、流石に私にも理解できた。クシケンスは、戦闘能力そのものは決して高くない。だが、サポート能力や錬金術師としての腕前、知識量は、他の追随を許さぬ程に優れているのだ。


「い、今の!?…トリプル・スペル!…トリプル・スペル、ですよね?…失われた秘術!?神代の、魔術を…この目で見られるとは!も、もう一度!…もう一度、見せて、ください!」


 —と、トリプル・スペルやシャドウ・ミラーを知っていた程だ。クシケンスなら、元の世界に帰るための魔術を知っているかもしれない—と、少しだけ脳裏を過った。


『ふむ、蛇肉というものも、淡白ながらなかなか…うむ、悪くない』


 昼ごはんの時間である。私とアイマスは、生肉を貪るラヴァから調理道具を出してもらい、簡単に作れる料理を用意する。クシケンスは案の定、料理は出来ないそうなので、今のうちに蛇の毒を加工するらしい。ソティは周辺の危険排除の名目の元、信仰蓄積に向かった。


「こんなに…歩いたのは、久しぶりです…皆さんは、凄い…体力ですね。私は、足が棒のように…ひぃっ!?」


 クシケンスの足元に首を落とされた蛇の死骸が投げ捨てられる。木上から落ちてきたところを見るに、ソティの仕業であるようだ。弱音は許さない—という警告なのであろうか。いや、単なる虐めだろう。或いは何も考えずに木上の蛇の首を落としただけかもしれないが。


「あ、あの…皆さんは…何故、冒険者を?」


 おずおずとクシケンスが口を開いたのは、煮込み終わった野菜のスープを配っていた時の事だ。私達は互いに顔を見つめて、なんとなく笑った。クシケンスの問いに、憚る事なく答えたのはアイマスである。


「私はこれだ。魔剣に魅入られてな。何故私が魅入られたのか—その理由が知りたい。強い敵と戦えば、その理由が分かるかもしれんと思い、冒険者になった」


 アイマスが腰の剣をポンを叩けば、瓶底眼鏡の位置を正しながら、クシケンスが魔剣をジッと見つめる。やがて、クシケンスは飛び上がって驚いた。


「ま、魔剣ベルセルク!?」

「ほう?見ただけで分かるのか…」

「スッゴ…」


 アイマスはかつて、鑑定商に大枚を叩いて魔剣の正体を鑑定してもらった事があるそうだ。鑑定商もさまざまな魔道具を使い、ようやく鑑定に漕ぎ着けたのだとか。それがどうだ。見ただけで分かってしまうとは、恐るべしSランク。


「あ、あの…今までで、何回…抜きました?」


 その恐るべきSランクが、おずおずとアイマスの顔色を窺いながら尋ねてくる。どういう意図の質問か分からなかったのだろう。機嫌を損ねたものではないだろうが、クシケンスを見るアイマスの目が僅かに細められた。ビクッとクシケンスは肩を震わせ、唇を引き結んで睨まれる恐怖に耐えているように見えなくもない。


「アイマス、目が怖い。差し支えないなら答えてあげてよ」


 クシケンスが若干可哀想に感じられて、苦笑まじりに助け舟を出せば、私とクシケンスの間で視線を何往復かさせたアイマスは、きまりが悪そうに詫びた後、徐に告げた。


「一回だ。一回だけどうにもならん時があってな。それ以降は嫌な予感がして、戦闘で抜いた事はない。それがどうかしたのか?」


 クシケンスはアイマスの言葉に僅かに安堵したようだが、キッと目元に力を込めると告げた。


「ベルセルクは…三回交戦すれば、精神の侵食を…完全に完了させると…言われて、います。…つまり…戦闘中、三回目を抜いたら、最後…もはや、暴走は死ぬまで…止まらない—という事です。真偽は…定かでは、ないですが…もう、抜かないで…ください」

「うえっ!?」


 なんだそりゃ—と、耳驚いた。普段は笑みを絶やさないアイマスも、これには驚きを隠せなかったようだ。目を見開いて固まっていた。


「…そうか。そうか。三回…三回か…」


 やがて、平静を取り戻したアイマスが見せたのは、凄く苦い顔である。アイマスは魔剣の柄を撫でながら、クシケンスへと尋ねる。


「何とかならないのか?こいつに助けられたのは事実だが…今は仲間もいるしな。万が一など考えたくもない」


 その言葉に、ふと出会った頃のアイマスを思い浮かべる。あの頃のアイマスは、まださほどレベルも高くなかったせいか、魔剣ではなくとも、剣を抜けば形相が意図せずに変わる事があった。あれはベルセルクの影響であるらしい。今はレベルの上昇に伴い精神値が高くなった事で、何ら問題はなくなっているかに見える。


「カッコ悪いからあまり言いたくはなかったが、こいつを何とかする方法を探すために冒険者をやっている—というのも理由の一つだ」


 アイマスは私をチラリと見て言った。若干申し訳なさそうなのは、かつて私が同じ事を尋ねた時には、そこまで語らなかったからであろうか。私もまた、この野郎—という揶揄いの意味を視線に込めてアイマスを見つめ返せば、その視線に気が付いたアイマスは肩を竦め戯けて見せた。


「す、すみません…流石に…何とも…。そ、その…帝国には…アイマスさんと、同じく…ベルセルクの、その…所持者が、いる、そうですよ?…その方、ならば…或いは…」


 クシケンスはそう言って申し訳なさそうに頭を下げる。気にするな、助かったよ—と、アイマスが肩を叩けば、珍しい事もあったもので、クシケンスは嬉しそうに破顔した。


「あの…じゃあ、ソティさんは?」


 勢いに乗ったクシケンスがソティに尋ねる。凄い。勇者かよ。ソティは静かに笑った後に言った。


「私の神へとより多くの信仰を捧げるためで御座います。魔物達を人として—神の御子として生まれ変わらせてあげるために!愚かな咎人を真っ当な善人に生まれ変わらせてあげるために!斬って潰して叩いて削って刎ねて砕いて—」


 なんだかソティの目がヤバくなってきた。湯掻いてトロミが付いてきたら—の辺りでついに耐えられなくなったのか、アイマスが動いた。


「ようし、ソティ!ソティの信仰は痛い程伝わった。本当に私は胸が痛いぞ!」


 アイマスがソティの発言をぶった斬ると、その端正な顔を抑え込み口元を塞ぐ。私も色んな意味で胸が痛い。クシケンスはガタガタと震えていた。

 さて、私もクシケンスに倣い、かねてからの疑問を口にした。この流れなら聞けると思ったのだ。


「アイマスとソティは、どうしてパーティを組んだのさ?」


 二人は私の問いに、顔を見合わせると笑った。これには最初、ソティが答えた。


「はい。いかに今は修道士になっているとはいえ、かつては異端審問官であった私で御座います。どこからそういう情報が漏れるものか、周囲から避けられて誰もパーティを組んではくれなかったので御座います」

「ははは、そして私も同じくだ」


 そう言って、アイマスは腰の魔剣をポンと叩きながら続ける。


「ある日、ギルドへ依頼完了の報告を入れた時にな、寂しそうに夕食を食べているソティが目に付いた。何となくだったな。本当に何となく声をかけてみる気になったんだ」


 ふんふん—と頷きながら聞いていた。クシケンスも興味があるのか、楽しげに聞いている。それでどうなるの?—と問いかければ、ソティが応じた。


「ええ。本当に驚いたので御座います。“お前、強いな?私と戦ってくれないか?”と声をかけられるなんて、初めてで御座いましたから」

「「そっちかよ(ですか)!?」」


 私とクシケンスは揃って声を張り上げた。


「「え?」」


 二人は目を見開いて私達を見ている。私とクシケンスが、何に対して突っ込んだのか分かっていない顔だ。


「いやいや、ここは普通ね、“一人ならパーティを組まないか?”とかそういう事を言うべきところでしょ?何で喧嘩売ってんの?おかしいよ!」


 クシケンスもウンウン—と、私の発言に頻りに頷いている。しかし、アイマスとソティは顔を見合わせてキョトンとしているのだ。何かおかしいか?—とでも言いたげですらある。根っこが似た者同士なのかもしれない。戦闘狂だよ戦闘狂。私は嘆息すると、とりあえず続きを促した。


「はい、それで…私達は戦う事にしたのです」


 戦ったらしい。どうなんだよそれ?—とクシケンスへ視線を向けるが、クシケンスは苦笑するに留めた。大人の対応である。


「アイマスは強かったので御座います。レベルには現れない戦闘技術の巧みな事と言ったら…私の信仰が大いに試されたので御座います」

「ははは。ソティも強かったな。見えなくなったと思えば、背後から鋭い殺気が押し寄せてくるんだ。本当に怖かったよ。…あぁ、勝ちたかったなぁ」

「勝ってんのかよ修道士!」


 ソティとアイマスでは、やはり戦闘スタイルの差からソティに分があるようである。


「それでな、お互いに挨拶くらいはする仲になったんだが、いつもソティは一人な事に気が付いてな。…あれ?私から誘ったんだっけ?ソティからだったか?」


 アイマスが尋ねると、ソティは快活に応じた。


「アイマスからお誘いの言葉をいただいたので御座います」

「ああ、そうか。まあ、そんな感じだ。で、その時に何か二人の目標を決めようって話になって…空高く浮かぶ空中都市、アエテルヌムに行く—というのを目標に、パーティ名をアエテルヌムにした訳だ。夢はでっかくだな!」


 アイマスはそう告げて呵々大笑すれば、ソティもクスリと笑う。


「大き過ぎるので御座います」


 話は終わり—とばかりに、アイマスとソティは顔を見合わせて笑いあう。人に歴史ありと言うが、この二人の馴れ初め—とはちょっと違うものの、経緯をちゃんと聞くのは初めてだ。


「では、マコトさんは…どうして、冒険者…に?」


 ここで、急にクシケンスの矛先が私を向いた。しかし、なんの問題もない。私は淀みなく答える。


「ん?あたしはね、間の抜けた話でさ。薬草取りに入った森の中で運悪くゴブリンに襲われて、逃げてたら迷子になっちゃったんだよね。そこを二人に助けられたのさ。どうせ親なしだしね。そのまま村を出て、二人についてきたんだ」


 これは、アイマスとソティにクシケンスの意識が向いている間に考えていたエピソードである。ゴブリンに襲われていたのは事実だ。おかしな所などないはず。クシケンスも不自然な点を感じなかったのか、私の運の良さを喜んでいる。運命値1とか言えなくなった。


「クシケンスは何で冒険者になったんだ?」 


 逆に尋ねたのはアイマスだ。尋ねられるとは思っていなかったのか、クシケンスは困惑した様子を見せた後、苦笑しながら語った。


「私は…元々、錬金術師で…ただ、錬金陣とかは、作れるのですが…低レベルなので、魔力も小さく…自分では、行使できなかった…のです。国が…それは、勿体ないと…無理やり、私を冒険者に、して…色々、連れ回されて…」


 クシケンスの言葉の最後は尻すぼみになってゆく。どうやら、望んで冒険者になった訳ではないらしい。


(へぇ…そんなケースもあるんだね)

〈んぐんぐ…まあ、レアなケースでしょうけれどね〉


 クシケンスは森羅連合国の所属であったはずだ。森羅という国は、ギルドでも度々問題にあがるお国柄であるらしい。詳しくは聞いていないが。だが、言い方は悪いが、今はそんな事はどうでも良い。クシケンスは錬金陣を作り出せるらしい。これは凄い事である。私達は絶賛した。


「錬金陣の構成を書けるのか?凄いじゃないか!」

「本当で御座います」

「うん、大したものだよね」


 私達の含む所のない声に、クシケンスは少しだけ嬉しそうな顔を見せる。


「え…あ、有難う…御座います…」


 そのまま昼ご飯は賑やかな空気のまま終わり、私のスープまでいつの間にか飲み干していたラヴァは、罰として今日も空中を散歩している。どんどんラヴァが食いしん坊キャラになってゆく。欠食児童か。


『ご飯が美味しいから悪いんです!』


 こう言われると、何となくこそばゆく感じてしまい、強く出られない私は女子であった。ラヴァはなかなかにグルメである。ゲテモノ肉も平然と食す彼だが、それだってちゃんとゲテモノ系というジャンルの中で楽しんでいる。食えれば何でも良い—とはまた違うのだ。そんなラヴァが美味しいと評してくれるのは、素直に嬉しい。


「だが許さん。動け。これ以上重くなったら、私の肩に乗る事を禁ずる」

「まあ、それとこれとは別問題だわな」


 私の言葉にラヴァが項垂れ、アイマスが笑った。ラヴァはデカイのだ。重いのだ。ズシンと肩が沈むくらいには重いのだ。

 さて、休憩を終えた私達は、ひたすら山道を進み、山の中腹程度まで登った頃だろうか。クシケンスが山道から外れると、草を掻き分けて藪の中へと入ってゆく。


「あ…本当に、もう少しで…着きます…から」

「お気遣いなく」


 藪の中に入るのか—と、渋い顔を作らざるを得ない。蚊の魔物とかいるじゃんか。とか何とかボヤいていると、気が付いた時には既に刺されていた。


「うがぁ〜!いつの間に!クッソ腹立つ〜!」

「ははは。マコトは不思議と、良く刺されるよな」


 うっさい—と、アイマスにジト目を向けた後、なんとなくソティへ視線を向ける。そういえば、この美女が虫に刺されて苦しんでいる姿を見た事がない。どういう事なのだろうか。訝しむ私の視線を察知したのだろう。ソティはニコリと笑って朗らかに告げた。


「私は刺された事がないので御座います」

「…え?…す、すご…」


 汗かかない、虫にも刺されない。彼女は一体なんなのか。きっとお花を摘みにも行かないし、口臭だってない、或いは薔薇の香りに違いない。不公平過ぎるよ神様。


(馬鹿な事考えてたら、余計に痒くなってきた)

〈鎮静化の魔術を使っておきますから〉


 ラヴァから鎮静化の魔術を施されると、痒みが一気に消えた。私は感謝の言葉を告げ、クシケンスの背後を再び追いかけ始める。

 それにしても、蟻といい、今回の一件といい、迷宮には嫌な思い出しか作らせてもらえないらしい。奥に進むにつれ、草はますます生い茂り、もはやクシケンスの頭頂部しか見えない。


「今度の迷宮はどんなところだろうな?」


 私の背後を歩くアイマスが嬉々として声を上げた。アイマスはワクワクしているようだが、蟻の時のようなレベルアップは望めまいだろう。何故なら、アイマスは100も見えるところまでレベルが上昇しているからだ。それはソティや私とて同様である。


(裏を返せば、それ程までに蟻が脅威だったって事だよね…一体どうやって攻略したんだろう)


 蟻の一件には箝口令でも敷かれているのか、誰一人として何も語らない。その場にいたはずの者達ですら、何を聞いても知らぬ存ぜぬである。それが逆に何かあった事を如実に語っているのだが、どれだけ頼み込んでも教えてはくれない。皆が皆、蒼白な顔で口を閉ざすのだった。気になるが、どうしようもない。


「さあ…着きました」


 クシケンスの案内により辿り着いた場所は、小さな洞窟であった。大岩の割れ目の奥に続く洞窟が口を開けており、コオコオと風の鳴る音が聞こえている。


「これが…庭園?」

「中に…入って、みれば…分かり、ます…」


 私はクシケンスへと訝しげな視線を向けるが、クシケンスは目を逸らしてそれ以上は何も言わない。何なんだ一体?


「良し、行くか!」


 流石は迷宮大好きっ子のアイマスである。考えようともせず、ズンズンと進んで行く。割れ目の中へと潜り暗がりの中へ消えたかと思えば、すぐにこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。


「お、おい!ソティ、マコト、来てみろ!凄いぞ!」


 アイマスの声は悲鳴でも怒声でもなかった。歓喜である。私は思わずソティと顔を見合わせた。次いでクシケンスを見るが、クシケンスは相変わらず視線を逸らすのみである。その態度を訝しむが、今更私達をはめようなどと思わないだろう—と考えた私は、ソティと共に迷宮内へと足を踏み入れた。


『じゃあ、失礼しますよっと』

「重っ!」


 私の肩にラヴァが乗れば、慣れ親しんだ重みが、私の眉を寄せさせた。


「ふあぁ…これは確かに…」

「綺麗な景色で御座います」


 割れ目を潜り暗がりの中へと踏み込んだ刹那、私のMAP魔術の映像が俄かに切り替わる。それと同時に、私の視界に広がる景色もまた、美しい庭園へと置き換わった。空は真っ青で風は心地よく、空気もまた澄んでいて、深呼吸すると胸も腹もが満たされる思いだ。周囲には色とりどりの花が咲き乱れ、床は煉瓦の道がどこまでも伸び、道を逸れた所には、東屋が設けられているのが見て取れた。更に遠目には、ネズミさんのテーマパークさながらの立派な城が佇み、まるで御伽の国に迷い込んだかのような印象を受ける。


「確かに…庭園だ…」

「はい。この…見事な、庭園に…ちなんで…庭園の、迷宮と…名付けられた…らしい、です」


 遅れて姿を現したクシケンスは、先程までの様子とは打って変わって、ニコニコと笑っている。どうやら、この光景を見せて私達を驚かそうとしたらしい。


(驚いたよ…本当に)

〈クシケンスは、致命的に演技が下手ですね。別の意味で勘繰ってしまいました〉


 言うなよ—とラヴァに向けて苦笑しつつ、改めて周囲に目を向けた。アイマスが花の香りを楽しんでいる。超似合わない—とか一瞬考えたら、隣で神妙な顔をしていたクシケンスが噴き出した。


「迷宮っぽくないので御座います」


 一方、ソティは平常運転である。鉈をくるくると回しているのは、魔物の一匹でも見つけたら、即座に首を刎ね落とすつもりなのだろう。花は全て赤で統一させたいようだ。


「…せ、正解です…」


 何故わかるのか!?—とでも言いたげな視線を、クシケンスは私へ向けてくる。


「その目やめて。それなりの付き合いになってきちゃって分かるだけだから…」


 ソティと同類ではありませんアピールは欠かせない。ソティはこちらに向けて頰を膨らませているが、自業自得だと思う。それはさておき、私はクシケンスに問いかける。


「クシケンスはここを知っているみたいだけれど、挑戦したの?」

「あ、はい…前に、一度…やれって、言われて…でも、私は戦闘職でもないので…大した力にも、なれなくて…早々に、撤退しました…すみません」


 申し訳なさそうに俯くクシケンス。この自己評価の低さはどうした事だろうか。


(きっと読心術なんてものがあるせいで、見たくないものをいっぱい見聞きしてきたんだろうな)


 なんとなくそんな事を考えたのだが、クシケンスが驚き目を見開いた。


「…あ、はい…よく、分かりましたね」


 合ってたらしい。なんかすまんね—と、私が心の中で詫びると、隣のクシケンスは、いえいえ—と応じた。

 それからどれくらい歩いただろうか。それこそ三刻は歩いたと思うのだが、未だに魔物は一匹も出ない。MAP魔術にも何の反応もない。これは流石におかしい。私はどうした事なのか?—と訝しみ、クシケンスへと尋ねた。


「ねぇクシケンス。魔物が全然いないけど?」

「あ、はい…この階層では…魔物は、出ないんです…言い忘れて、いました…すみません」


 どうやらこの階層では魔物は出ないらしい。確かに、どこまでも敵性反応がない事を考えれば、そう考えた方が納得である。


(…そんな事あるんだね?)

〈…極めて稀ですよ?きっと〉


 ラヴァの言には、そうだよね—と、返した。迷宮としては、やはり珍しいらしい。ここまでの迷宮では、徹頭徹尾、私達を排除しにかかってきていたし、そういうものだ—と思い込んでいたために、これは新鮮だった。


「んお?人?」


 MAP魔術に人と思わしき者が映り込むと、私はアイマスらにそれを伝えた。そちらへと向けて舵を切れば、やがて遠目に若い冒険者と思わしき男女が腰を下ろしているのが見えてきた。二人は手を繋いで正面に佇む城を眺めている。


「「「チッ」」」

『貴女達…』


 鋭い舌打ちが出た。私達は全員がフリーである。何となく、本当に少しだけ、豆粒、いや、原子核くらいの小ささで負けた気になった。だからという訳でもないが、邪魔—もとい、情報収集の名目で、腰を下ろす二人へとアイマスが声をかける。


「おい、ここは迷宮だぞ?危なくないのか?」

「え?あ、ここは魔物が出ないんですよ。この先に下の階層へ下りる階段がありますが、そこを下りない限りは、魔物も襲ってはこないんです」


 私達の姿に気が付いた男女は、慌てて手を離す。実に初々しい事ですな。砂糖製造機共め。


「…そうなのか。教えてくれて有難う」


 砂糖製造機の言葉にアイマスは納得したのか首肯すると、礼を言って先へと進む。私達もアイマスの後に続いた。


「…すまん。あれが限界だ。あれ以上は見ていられない」


 砂糖製造機から離れる事しばし、アイマスが徐に口を開く。私もウンウン—と頷きながら、応じた。


「分かるよ、アイマス。なんか悔しいよね。嫉妬で暗黒面に堕ちて行くよね」

「…それはない」


 ないらしい。おかしいな。

 それから一刻ほど歩いただろうか。砂糖製造機の言葉通り、小さな螺旋階段があった。私達は顔を見合わせる。


「準備はいいか?」

「もちのろん」

「大丈夫で御座います」

「は、はぃ!…が、頑張ります!」


 一人だけ気負い過ぎている気がしないでもないが、私達は螺旋階段を下った。


(迷路…かな?)

〈すっごく蔓が生い茂ってますね〉


 螺旋階段を降りた先は、蔓植物が生い茂る高い壁がどこまでも続くエリアだった。私はゆっくりと螺旋階段を下り切ると、すぐ側には木の板が転がっているのに気が付く。蔓に覆われていてよくは見えないが、何か模様があり、それが妙に気になった。


「これなんぞ」

『またゴミを拾って』


 またってなんだよ—と、ラヴァにジト目を向けた後、私は徐に木の板を拾い上げる。なんとなしに拾い上げたそれを見て、私は目を見開いた。


「…ごめん、ちょっと待って…」


 螺旋階段を下りた皆が歩き出そうとした時、私は皆にストップをかける。MAP魔術に反応があったわけではない。私は拾い上げた木の板を見つめたまま、動く事が出来なくなっていたのだ。


「何だこれは?」

「絵?…いや、文字で御座いますか?」


 私の様子を訝しんだアイマスとソティも、木の板を覗き込んでくる。二人は首を傾げているが、ここに書かれているのは文字である。そして、何が書いてあるのか、アイマス達には分からないだろう。


「ああ…それ、ですか。おそらくは…文字だと、思うのですが…何が書いてあるのか、分からないの、です。色々と…文献を、紐解きは…したのですが…どんな、文字とも…一致、しなくて…その、すみません」


 何故かクシケンスが詫びた。私は曖昧に返事を返すと、再び視線を木の板へと戻してゆっくりと読み進める。


「“この先危険。モンスターが出ます。命を奪う事は禁止してありますが、それ以上の細かい命令は受け付けてくれません。直ちに引き返してください”“Be unsafe from monsters”—と、書かれてあるね」


 私の言葉にアイマスとソティが絶句した。私のみが読める—その意味に、即座に思い至ったのであろう。当然、私も理解している。


(日本語に英語…じゃあ、この迷宮には私と同じ世界の人がいる?)


 他にも何かないかと周囲を見渡せば、地面に打ち込んでいたのであろう折れた木の棒が転がっていた。どうやら、この木の板は元々立て札であったらしい。蔓で木の棒に括り付けていた物を、心ない冒険者が壊したようだ。


(…いや、間違いなくいる!いるんだ!助けなきゃ!)


 私は即座にアイマスとソティに振り向くと、頭を下げた。


「この文字は私と同郷の人間が使用する文字です。お願いします、二人の力を貸してください。あたしは何としてもこの人を助けたい」


 頭を下げたままでしばらく待つが、二人から声はかからない。不安に耐えられなくなり顔を上げた時、二人は同時にサムズアップして見せた。


「当たり前だろ。マコトの同郷なら、戦う力なんてないだろうしな。早い所、助けよう」

「それが良いので御座います。素敵な場所では御座いますが、人が暮らすには少しだけ不便であると思われるので御座います。助け出しましょう」


 こちらが顔を上げるまでは何も言わないとか、やや意地悪く感じるが、かけてくれた言葉は暖かいものだった。


「あ、有難う…二人とも…」


 ちょっとだけ泣きそうになり、思わず目元に力を入れる。アイマスとソティが、そんな私の背中をバシバシと叩けば、私はたたらを踏み、肩の上のラヴァが慌てて羽を開く。


「あ、危ないよもう!」

「ははは。すまない」


 全く反省の色が見えない。片割れは詫びようともしないし。全く—とぼやきながら背筋を伸ばした私は、クシケンスへと向き直り詫びた。


「ごめんなさいクシケンス。あたし達の問題になっちゃった。ここから先はあたし達だけで行くよ。クシケンスを危険な目には合わせられない。この埋め合わせは必ずするから、町で待ってて。あ、一人で帰れる?荷物はしばらく預かっちゃうけど、問題ない?」

「え?えと…はい」


 私の問いかけに、クシケンスは曖昧に答えた。私はそれを見て頷くと、踵を返して歩き出す。


「ま、待って…ください!」


 ところが、不意に上がった声に振り返れば、クシケンスがこちらを見て口を引き結んでいた。目には強い意志が宿り、何かを言わんとしているのが表情から伝わってくる。どうした事か?—と、クシケンスへと私達は向き直るも、クシケンスはわなわなと震えるばかりで、口を開こうとはしなかった。やがて、力の抜けた表情へと変わると、いつも通りおずおずと口を開く。


「…が、頑張って…ください」


 私は思わず顔を顰めた。何か、もっと違う思いを秘めていたのは明白だ。アイマスとソティを見れば、二人も厳しい顔をクシケンスへと向けている。私は嘆息した。


(全く、遠慮しすぎだっつの)

〈最初の頃は、真もあんなものでしたよ?〉


 あの頃は可愛げが—の辺りで、嘴を突いて黙らせると、私はクシケンスへと向けて声を上げる。


「その1、言わなきゃ人には伝わらない」


 え?—と、クシケンスは私の言葉に狼狽えた。


「その2、溜め込むのは苦しい事だ」


 アイマスが吹き出す。私はクシケンスから視線を切ると、アイマスを睨み付ける。今、いいとこなんだから。いや、すまん—と、アイマスは手振りで詫びた。私は再びクシケンスに視線を戻すと、最後の言葉を口にする。


「その3、仲間に遠慮する奴があるか」


 私が小学生だった頃、クラスメイトの一人が周囲に打ち解けられなくて、授業中、唐突に泣き出した。子供ながらに色々と考え込んでいたのだろう。箍が外れてしまったのだ。その時、私達の担任だった先生の言葉だ。私はこれが大のお気に入りだったりする。どうよ?—と、アイマス達に視線を向ければ、バッチリだ—と、サムズアップで返してきた。


〈森先生の言葉ですね〉

(うっさい)


 森先生とは、私が仄かな思いを寄せていた教師だ。何故ラヴァが知っているのかはともかく、クシケンスの表情に再び火が付いた。わなわなと口元が震えて、言葉を発しようとしているのは間違いないが、どうも勇気が出ないらしい。心を読める—という魔眼は、常に人の領域を土足で侵すようなものだ。ここまでずっと、拒絶され続けてきたのだろう。クラスメイトもそうであったが、クシケンスも人間関係にトラウマを抱えているのかもしれない。


(クシケンス、最後の壁は、自身で乗り越えるの。大丈夫だよ。私達は味方だよ)


 私の心の声に、クシケンスが呆気に取られて顔を上げる。こんな時でも、心の声は読めてしまうものであるらしい。私が力強く頷くと、クシケンスはついに声を上げた。大声で叫んだ。


「わ、私も、私も…皆さんのパーティに、入れて…入れてください!」


 言い終えたクシケンスは、俯いて肩で息をしている。一方で、私達は思いもよらない申し出に固まっていた。ややあって我に返った私は、アイマスへと顔を向ける。アイマスは未だに呆けていたので、掣肘して無理やりこちら側へ引き戻す。


「あ、ああ…当然断る理由なんかないんだが…むしろ、うちで良いのか?」


 アイマスの言葉に、クシケンスは首肯した。未だに口は引き結ばれ、表情は緊張を湛えている。次いで、口を開いたのはソティだ。


「歓迎するので御座います。ですが、うちはリーダーが戦闘狂なので御座います。戦闘が不得手では、少し、辛いかも知れないので御座いますよ?」


 思わず私とアイマスがソティへとジト目を向ける。お前が言うのか?—と、視線で問うているのだ。当然の如く本人にはスルーされたが。


「か、構いません!…そ、それに…裏方も、いずれは…必要に…なり、ます…」


 成る程、いずれは裏方も必要になるのか。私には何をするものか全く想像ができないが、アイマスとソティの二人は、確かに—と、納得していた。


「よし!クシケンスは、アエテルヌムがもらった」


 そう宣言した後、アイマスはクシケンスの元まで歩いて行く。何をするつもりかと見ていれば、アイマスはクシケンスへと向けて右手を差し出した。


「宜しくな、クシケンス」

「は、はいっ」


 クシケンスは満面の笑みを咲かせて、アイマスの握手に応じる。私とソティは顔を見合わせて笑うと、アイマスに倣いクシケンスと握手をするべく、二人の元へと向かった。

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