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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第3章 真、Cランクになる
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真、マールィ王国へ行く

「お早う御座います」

「ああ、お早う御座います」


 私達アエテルヌムが、集合場所となる城門前に着いた時、他のメンバーは既に集まっていた。依頼主のネリックがニコニコと人の良い笑みを浮かべて、声をかけたアイマスに慇懃な挨拶を返す。


「昨日の打ち合わせ通りに進みますから、細かい事は冒険者の皆様で取り決めておいてください。では、道中よろしくお願いしますね」


 ネリックはそう言い残して慇懃に頭を下げると、荷の整理に戻っていった。私達はネリックの言葉に従い、冒険者の一団の元へと向かう。


「すまない、遅くなった。Cランクパーティのアエテルヌムだ。よろしく頼む」


 アイマスが頭を下げて挨拶すると、冒険者達は僅かに騒めく。


「まじかよ、本物だ…」

「魔剣のアイマスだ…」

「首狩り修道士ソティ…か、可憐だ」

「索敵のマコト…森精族(エルフ)とのハーフらしいぞ?」


 最後に聞こえてきた声に、へぇ、そうだったのか?—などと言い、ニヤニヤしながらアイマスがこちらを見る。森精族(エルフ)とのハーフという情報は、何処から出たものか。胸か?胸が平らだからそんな話題が出てくるのか?まな板は罪だとでも言うのか。


「男は全員燃え尽きろ…」

『真、暗黒面に飲み込まれないで。皆殺しの二つ名が消えただけで良しとしましょう』


 渋面を作りながらも、繰り言は飲み下した。そう、私の二つ名は、いつの間にか“皆殺し”から“索敵”に変わっていた。アエテルヌム自体もそうそう避けられる事もなくなったのは、蟻の一件がアンラ中に知れ渡ったからであろう。


「では、昨日打ち合わせた通りだ。索敵能力に優れたアエテルヌムが先頭馬車。ジェリーフィッシュとオクトパスは左右、俺達キューカンバーが後方警戒の馬車に乗る。異常を検知したら、とにかく即座に知らせる事。良いな?」


 司令塔であるキューカンバーのリーダー、クロエリが尋ねると、各パーティのリーダーは首肯する。私はその光景を何とも言えない目で眺めていた。


(クラゲにタコにきゅうり…いや、この場合はナマコか…)

〈やめなさい真、笑ってしまいます〉


 各パーティ名が海産物で統一されているのだ。これは笑うなと言う方が無理である。私とラヴァの一人と一羽は、笑いを堪えて口元に随分と力がこもっているものの、アイマスとソティの二人は、気味の悪い表情を見せる私達を見ても、いつもの事か—と、深く追求をしては来ない。有難いが、悲しい話であった。

 さて、一行はアンラを出ると、大平原を西へ横断する事になる。アンラ神聖国は縦に長い国土を有する国であるが、その国土の半分を平原が占めている。後は山脈と豊かな水源だ。人の手が入った場所は海には面していないが、岩塩が取れるため塩にも不足しない恵まれた国である。そして平原部は魔素が溜まらないため、魔物も強力には育たないという、非常に有難い国でもあった。

 そんなアンラの環境しか知らない私はふと考える。北の帝国はそれほどでもないが、南の森羅連合や、南東のメキラ王国などは、森林や山が非常に多いため、魔素が溜まりやすく魔物が強力に育つ。そういった地域では、どのように自衛の手段を構築しているのだろう—と。しかし、見てみない事には分かるはずもない。まあ、いいか—と考える事を放棄すると、MAP魔術に意識を向けながら馬車に揺られていた。


「これから行くマールィという国はどんなところなんだろうね?」


 MAP魔術には何の異常も映り込んでは来ない。暇を持て余してアイマスに尋ねると、アイマスはやや考えた後に、難しい顔で返してくる。


「あまり治安は良くないらしいな。野盗の類が多いそうだ。町の中に居ても、スリや強盗、強姦やらなんやら。事件には事欠かないらしいぞ?」

「うわ…それは怖い…」


 だからこそ、Cランク以上のパーティを四つも雇うのであろう。普通、護衛依頼と言えば、Dランクで十分だからだ。


「Dランク“で十分”…か。あたしも随分と偉そうになったものだ」

「ん?どうしたんだマコト?」


 私の呟きを聞きつけたアイマスが、私の顔を覗き込む。何でもない—と、笑って見せた。


(そうだよね…もう二年になるんだもんね…はぁ…帰れるのかなぁ…)


 この世界に来てから二年が過ぎたが、未だに帰る手立ては見つからない。図書館に足繁く通い、様々な魔術書に目を通したが、それらしい記述を見つける事はなかった。全ての蔵書を読んだ訳ではないが、おそらく、アンラの図書館にある本から得られるものなどないのだろうな—と、薄々感じてもいた。他国へと出なければならない。そう思っていた矢先の護衛依頼である。丁度良い—と、即座に飛びついた。アイマスもソティも、私の心情を察していたとは思うが、特に何も言わずに快諾してくれた。小国群というのは期待薄かも知れないが、行くだけ行ってみるのも良いだろう。遺跡なんかを見つけて、今は失われた魔力文字とか発見しちゃうかもしれないし。そう考えるとテンションも上がる。問題があるとすれば一点くらいだ。治安悪いとか聞いてない。ちょっとだけ怖いじゃないか。


〈真!〉

(…うん。気付いてる)


 ここで、私のMAP魔術に敵影が映り込む。私はすぐさま確認すると、皆に向けて声を上げた。


「…前方に魔物の気配。動きからしてアンラウルフ。警戒を—」

「不要で御座います」


 私の言葉に被せるように、ソティが言い放ち馬車から飛び降りる。そのまま馬車に並走するのかと思いきや、一気に速度を上げて見えなくなった。信仰蓄積の時間であるらしい。ラヴァも飛び上がると、ソティについて行く。肉の時間であるらしい。


「え!?…あ、あの?」


 御者が驚くべき速度で駆け抜けていったソティに仰天して、アイマスと私を交互に見る。私達二人に言える事などない。苦笑いを浮かべて、問題ない—とだけ答えた。


(…一応、確認だけはしておこうかな)


 MAP魔術に意識を向ければ、ソティと思わしき反応が駆け抜ける度に、アンラウルフと思われる反応が次々に消えてゆく。どうやら、無事に信仰を果たせているようだ。私は安堵の息をつき、更に先の気配を探るべく意識を集中させた。


「ただいま戻りましたので御座います」

『満腹です』


 信仰の名の下に魔物を刎ねるハンターと、肉なら何でも良いフードファイターが帰ってきた。ちょっと早過ぎないか?—と、思わないでもなかったが、ソティとラヴァならこんなものなのだろう。


「そのスピード、羨ましいな…」


 アイマスが物欲しそうな顔でソティを見れば、ソティはふふふ—と静かに笑う。そんなソティに、信じられないものを見るような視線を向ける御者。ソティではなく、前を見てください。


『ウルフの毛皮を削ぎ取ってきましたよ。ソティの早業は凄いですね』


 これには驚いた。嘘っ!?—と声を上げたが、亜空間から出された毛皮は、まだ熱を失っておらず新鮮なものだった。触った事を軽く後悔した。


「刎ねるだけじゃなくて毛皮まで取ってこのタイムかよ。本当に何でもありになってきたね、ソティは」


 私の言葉を褒め言葉として受け取ったソティはニッコリである。ちなみに、女神教の戒律では積極的に殺傷したり、亡骸を傷付ける行為を基本的に禁止している。それに関してのソティの認識は、“見られなければノーカウント”であるらしい。ソティが単独行動を好む理由がここにある。


(本当に、信仰61とか信じられないよなぁ…)

〈絡繰があるとしか思えないですよね〜〉


 私とラヴァは、共にソティへとジト目を向けた。

 さて、平原を渡りきるまでの五日間、私はひたすら索敵、ソティはひたすら信仰蓄積、ラヴァはひたすら肉肉肉。そしてやる事のないアイマスは、いじけていた。


「仕方ないでしょ?アイマス、機嫌直して」

「ああ、分かってる。私も己がこんなに面倒な女だとは思わなかったよ。そうだな…もう少しだけ、放っておいてくれないか」


 五日目の夜、平原が終わった後のアイマスとの会話である。開けた平原部では敵の接近を許す事もなく、アイマスの出番はなかったのだ。仕方ないだろう。明日からは山脈を越える事になる。少しはアイマスに活躍の場がある事を願って、私は就寝した。

 特に何の事件もなかったために割愛するが、アイマスの活躍の場はなかった。野盗の接近は、即座に私により感知され、信仰の糧となる。ハーピィなどの鳥型の敵は、私とラヴァの手により空の藻屑に。その他の地上を歩く魔物は、やはり接近する前に信仰の糧となった。


「私なんて…私なんて…」


 いじけるアイマスを何とかして宥めようと、私は必死に脳を働かせる。やがて、これだ!—と、思う理由付けができたため、私は喜色を浮かべて口を開いた。


「ほらほらアイマス、アイマスの活躍は強敵がいないと、ね?でしょ、ソティ」

「そうで御座います。肉壁無くして強敵に突っ込むなど、無謀の極みで御座います。やはりアイマスがいなくては!」


 肉壁ねぇ。私とアイマスは、思わずジト目をソティへ向ける。毎日大量の肉を食べて、少し丸くなったラヴァもこれには苦笑いだ。余談であるが、他の護衛達もアイマス同様に面倒くさいスイッチが入ってしまい、宥めるのに翻弄させられたのにはまいった。


「ソティも慰めてよ」

「私が慰めては、それこそ、お前が言うな!—と、怒られるので御座います」


 私の要請に、ソティは苦笑いしてみせた。確かにその通りだ。難しいものである。

 まあ、そんなこんなで無事に私達は辿り着いた。マールィの王国の王都、アマウンキットへと。


「いやいや、ここまで安全な旅は初めてですよ。マコト様、ソティ様、有難う御座います。魔物素材までこんなに頂いて。なんと礼を言って良いやら」


 ネリックはニコニコと上機嫌に、依頼完了のサインをしてゆく。私は苦笑いでそれを見つめていた。やがて、四枚の受注書にサインをし終えたネリックは、他の面々の顔を見てから言う。


「他の皆様も、マコト様やソティ様の働きに腐らず、良くやってくださいました。皆様が側にいてくれるだけでも、戦う術のない我々には、心強いのです。感謝しています」


 ネリックの言葉で、アイマス達の死んだ魚のような目に潤いが戻り始める。ネリックは本当にできた人物であった。私はアイマスの機嫌が上向いた事に安堵の息をつく。ソティはどうでも良さそうに、鉈の柄を撫でているがね。

 さて、ネリックと別れた私達は、町中を散策する事にした。私は肩越しに後ろを歩くアイマスへと声をかける。


「アイマス、色々と教えてよ」


 ここは町の歴史に詳しいアイマスの活躍の場だろう。直接見るのは初めてだけど—と前置きしてから、アイマスは朗らかに語り始める。


「マールィの王都であるアマウンキットは、人口約三千人の大都市だ。アンラの都市に比べれば小さいが、大国と比べるものでもないだろう。そんなアマウンキットの町には、冒険者ギルドがある。何でも、去年ようやく出来上がった新しい支部だそうだ。町の警邏も冒険者の仕事として扱われており、警邏の際にはそれと分かる専用の装備を身に付ける事になっている。ほら、ちょうど良くいたな。あれだ」


 アイマスの指差す先には、二人一組でお揃いの革鎧に身を包んだ男性がいた。周囲を見回しながら、ゆっくりと通りを歩いている。


(へぇ…全然イメージと違うな…)


 聞いていた話では、治安の悪さばかりが目立ったマールィであるが、いざアマウンキットに着いてみると、町は綺麗だし治安の悪いところも見当たらない。だが、この様子にはネリックも驚いていた事から察するに、冒険者達が随分と頑張った結果のようであるらしい。


「早速、冒険者ギルドへ行ってみるか?」


 アイマスの言葉に、私とソティは頷いた。ちなみにラヴァは不在である。ダイエットのために、空を延々と飛ばせているのだ。今日はアンラまで行って帰ってくるそうだ。デンテにおやつをもらおうという魂胆が透けて見える。


「マールィ王国に来た事はないんだっけ?」


 いつの間にか前を歩いていたアイマスへ声をかければ、アイマスは肩越しに私へ返した。


「ああ、以前に言ったかもしれないが、この辺りの小国群には、冒険者ギルドがなくてな。こっちに来ても冒険者は食い扶持がなかったんだよ」


 その発言に、ソティが疑問を口にした。


「しかし、冒険者は何処から見繕ったので御座いましょう?ギルドがなかったなら、これまでは冒険者もいなかった訳で御座いますよね?他国から引っ張ってきたのでしょうか?」


 もっともである。私が視線を向けると、アイマスは苦笑していた。


「その辺もギルドで聞いてみよう」


 アイマスも知らないらしい。私とソティは素直に首肯した。


「ところで、このマールィという国だがな、小国群の中では穏やかな海に面していて、漁業が進んでいる。それがどうしたかといえば、海産物が豊富なんだ。王都であるアマウンキットも海の近くだし、潮の香りが漂っているだろ?」


 アイマスに言われて、そういえば—と、潮の香りに気が付く。周囲の光景にしても、よくよく見れば、沿岸地帯特有かどうかは知らないが、風変わりな光景が随所に見られた。植生にしても見知ったものとはだいぶ違う。アンラでは見れない情景には異国風情が感じられて、やや気分が上向くというものだ。


(へぇ…面白いものだね)


 家屋は石造りのとんがり屋根である。風土、或いは歴史的な意味があるのかも知れない。時折巨大な貝の殻が家の玄関に立てかけられており、あれは何だ?—と、首を傾げた。


「この町は色々と珍しいものがあるな」

「家屋が不思議な形をしているので御座います」


 通りを歩きながら、アイマスとソティがそんな事を語り合う。私もそう思う。しかし、素晴らしいと思う反面で気になる事もある。何とこのアマウンキット。男も女も上半身が裸なのだ。若い女性などは胸を隠していたりする者もいるが、基本的にはオープンである。男はパンツ一丁で歩いている者も珍しくない。アイマスとソティは物珍しげに視線を向けるのみだが、私は目のやり場に困って、それどころではない。性意識に対する違いが、如実に現れる町であった。


「気にし過ぎだろ…マコトは結構エロいんだな」


 そんな事を言いながら、アイマスが呵々大笑すると、ソティもまた笑みをこぼした。何という言い草か。耳まで真っ赤にして抗議する。


「ち、違う!あたしのいたところでは、こういうのは無しなの!男性も女性も、ちゃんと服を着る事が大前提。女性なんか公衆の面前で胸を出していたら牢屋行きだよ!」

「えっ!?何で?」


 私の発言は二人にとって理解できないものであったらしい。アイマスとソティは驚きに目を見開く。


「何でって…うーん」


 一方で、私は困惑した。何で?—と聞かれると、説明する言葉を持たなかったのだ。猥褻物陳列罪に問われる事は知っているが、何故問われるのか?—という理由については、今この瞬間まで気にした事がなかった。そういうものだと受け入れていたし、そもそも恥ずかしくて人前で肌を晒す事など考えた事もない。


「…何でだろう」


 腕を組んで考え込む私に向けて、渋い顔でアイマスが言う。


「マコトの世界は、よく分からんルールが多いな」


 よく分からないってなんだよ!—と、ここは噛み付いておく。だって私達は女だ。男をその気にさせてしまう魔性の持ち主なのだから。


「いやいや、男性がその気になっちゃったら困るでしょ!」


 —とは言ったものの、周囲を見渡す限りでは誰一人としてその気になっている男性はいなさそうであった。アイマスとソティも何ともいえない顔で町の人々を眺めている。それを認めると、私は再び腕を組んで唸った。


「…えーっと…何のために作られた法律で、何処に向けたものなんだっけ?…うん?分からなくなってきたぞ…歴史的な背景なんかを加味しなくては答えの出ないアレか?」


 腕組みして考え込む私の肩をアイマスが苦笑しながら叩く。


「分かった分かった。ほら、行くぞ」


 必死に考えてみるも、答えが出る前に目的地へと到達した。アンラ神聖国冒険者ギルド・アマウンキット支部である。


「へぇ?アンラ神聖国の冒険者ギルドなんだ?」

「ああ、そうだ。ほら、吊り看板にはアンラ神聖国の国旗も描かれているだろ?」


 小国群にある冒険者ギルドは、小国群に面するアンラと帝国の二国が管理している。小国群の北方は帝国管理。南方はアンラ管理だ。アマウンキットは南方なので、アンラの管轄となるらしい。


「たのもー」


 ひとまず男女のあれこれは忘れて、声を出して扉を開いた。石造りのとんがり屋根な建物の内部は、何故か木造の作りである。おお—と、面食らった。


「ようこそ、冒険者ギルド、アマウンキット支部へ」


 そう言って快活に笑って見せたのは、地元のお姉さんと思われる妙齢の女性である。狭い室内は入り口を入ってすぐにカウンターがあり、そのカウンターの向こうでは、受付嬢の他にも数人のギルド職員がいるものの、皆慌ただしく動き回っていた。どうやら、相当に忙しいらしい。


「随分と慌ただしいが、何か問題でも?」


 アイマスがカウンターへと近付いて尋ねるが、受付嬢は苦笑いしながら首を振る。


「いえ、そういう事ではないのです。近年、この小国群でも森羅同様に連合国を形成しようという動きがありまして。それに向けて自国の危険地帯やら問題点を把握しようとして、慌ただしくなっているのです。ギルド支部が出来てからは、そうした業務は冒険者ギルドへ一任されまして…押し付けられたとも言いますが。ともかく、そんな理由からここ一年ずっとこの調子です」


 私達は顔を見合わせた。連合を形成しようとしている—そんな話題は聞いた事がない。いくら情報伝達の遅い世界であっても、そういった類の情報は、もう少し広まるのではなかろうか。だが、そんな事は気にしても仕方ないだろう。私が気にするなら、ギルドの現状であろうか。同情の意味合いを込めて、受付嬢へと尋ねる。


「人手不足って事?アンラへ増員を願い出たら?」

「あはは、その通りなのですがね〜。他国から来られた方は…その、この辺りでは、皆上半身裸でしょう?そのせいか、男性も女性も問題を起こしてしまって…あはは、は…」


 どうやら増員はあったらしい。あったらしいが、トラブルを起こして、国へ戻されたか、牢屋の中かであるようだ。


「やっぱり、ちゃんと服を着なきゃいけないんだよ」


 そら見た事か—と勝ち誇るように声を上げたが、アイマスの反応は渋い。


「ええ?言っちゃ悪いが、男性はともかくとして、私達女性がそういうトラブルを起こすか?」


 アイマスの疑問はもっともだと思う。以前、父親から聞かされた事がある。男がエロいのは本能であり、もうどうしようもないものであるらしい。パソコンが世に普及したのも、エロの力に他ならない—とか何とか。流石にそれは嘘だろ—と、ジト目を向けた記憶がある。

 対して、私はそこまでエロいのは好きではない。母もそうだし、中学までの友人達にしても。アイマスやソティと会話していても、そういう話題はほとんど出ない。せいぜい彼氏が欲しい—とぼやくくらいのもので、女性でありながらエロ魔人と言えるのは、アシュレイただ一人だ。


(でも、そのアシュレイだって、町に行っても色街とか繰り出さなかったし…)


 私は受付嬢にどうなんだ?—という思いを込めて視線を向ける。アイマスとソティも私に倣った。受付嬢は苦笑とも失笑とも取れる表情を私達へと向ける。


「ええと…ノ、ノーコメントで」

「「「気になる!」」」


 どうやら答えてはくれないらしい。ブーブーと文句を言いつつカウンターを離れると、どういった依頼があるのか掲示板を見てみる事にした。


「お、討伐依頼があるぞ?…海中の魔物だと?」


 実は、討伐依頼というのは珍しい。それこそ、いつでもどこでも姿を見かける小鬼(ゴブリン)くらいしか、純粋な討伐依頼はない。その他の討伐依頼は、大体が緊急である。街道に大型の魔物が現れた—とかいうケースだ。


「水の中で戦える気がしないので御座います」


 渋い顔でソティが首を振った。私も肩を竦める。


「私も…どうやったら良いのか想像つかないよ…」


 だよな—と苦笑しつつ、アイマスは依頼票を掲示板へ戻す。私も視線を掲示板へと戻した。討伐依頼の他には、漁に出る船の護衛やら、養殖場付近の魔物排除など、どれも海に関連する依頼が多い。


(はぁ…ダメだね。二の足を踏むような仕事ばかりだよ)


 陸の依頼に関してはやたらと少ないが、受付嬢曰く、陸地の依頼は隣村に多く入るそうだ。この都市は海の玄関口—というのも違う気がするが、海辺の依頼が多く集まるらしい。つまり、この都市に住まう人々の多くが、海に関連した仕事に従事している事になる。


「受けてみる?海の依頼?」


 私が肩越しに声をかければ、二人は渋い顔で首を振った。


「…怖いな」

「私も遠慮したいところなので御座います」


 私も好奇心から聞いてみただけで、成功させるビジョンが見えない。やめておくべきだろうと判断する。


「あの、こういった依頼は如何でしょうか?」


 ギルドを出て観光でも—と話していた私達へ向けてのものだろう。受付嬢がカウンターの裏から一枚の依頼票を取り出した。アイマスがそれを受け取り、徐に読み始める。


「庭園の迷宮の攻略。依頼主はマールィ王国王女…罰則なし、攻略出来た事を証明出来れば、大金貨五〇枚」


 アイマスは依頼票に落としていた視線を持ち上げて私とソティを見る。その瞳はこれ以上ないくらいに輝いていたが、私は思わずジト目を向けた。ソティ?ニコニコしているのみである。どうでも良いらしい。


「いや、攻略しろって事はさ…迷宮核を壊せって事だよね?それでどうやって攻略を証明するの?」

「えっ?あっ!」


 どうやらアイマスもこの依頼のトラップに気が付いたようである。私は続ける。


「報酬なんて始めっから支払う気ないよ、王女様は。まあ、それだけじゃないけれど」


 私の言葉に、青い顔を見せる受付嬢。慌てて私達の会話に割り込んできた。


「い、いえ!迷宮核を持ち帰る手もありますよ!むしろ、それであれば迷宮攻略を証明できます」

「あ、成る程。マコト、それならどうだ?」


 再びアイマスの目が輝き出す。アイマスは、どうにも迷宮となると頭の働きが鈍くなる。チョロすぎだ。私は嘆息してからアイマスへと視線を向けると、アイマスは僅かにたじろいだ。


「…な、何だよ?まだ何かあるのか?」


 アイマスは未だに気が付かないらしい。私は依頼票を指差しながら告げる。


「アイマス、迷宮核なんて高純度の魔力の塊だよ?よっぽど小さくない限り、大金貨五〇枚でおさまるはずないじゃん。むしろ、その十倍は堅いんじゃない?」


 アイマスと受付嬢は絶句したが、二人では絶句の意味が大きく違う。受付嬢の顔色は、青を通り越して蒼白になっているのだ。おそらくは私の姿を見て、魔術師だとは思わなかったのだろう。鉢金に胸当て、更には背中に背負う弓や矢筒とくれば、野伏と思い込んだに違いない。Cランクの魔術師でもない小娘共が、迷宮核の本当の価値を知っているとは思ってもいなかったはずだ。つまり、騙そうとしたのである。私は更に続ける。


「その依頼はね、完全な詐欺だよ。王女様からの依頼かどうかすら怪しいけれど、このギルドが真っ黒なのは間違いないと思う。大方、ギルドのヘルプとしてやってきた他国の職員は、問題を起こすように誘導して追い出していたんでしょ?ギルドは国と利害関係のない中立な立場だったはずだけど、ここでは違うみたいだね。安く迷宮核を手に入れて、何に使うつもりだったのかな?ギルドで捌こうとすれば、どうしたって足がつくもんね?王国がバックにいるのは間違いないよね?」


 私が一気に語り終えた頃には、カウンターの後ろで慌ただしく動いていた職員達も全員が私を見て目を見開いている。その表情からは白黒の判断がつかないものの、どうやら私達に何かする気はないらしい。問題は受付嬢と外にいる連中だ。私のMAP魔術により、ギルドを取り囲むように配置された数人が動き出したのがみて取れた。だが、気付いているのは私だけではない。アイマスも剣の柄に手を当て、いつでも抜ける体勢となっている。目も既に戦闘時のそれである。ソティとてニコニコと佇んでいるのみであるが、気が付いているに違いない。


「外にいる皆様は、殺してもよろしいと思いますか?そうです!野盗の類が町に侵入してきたのを処理した—この筋書きなら…何も咎められないかと。…まぁ、我ながら素晴らしい考えで御座います」


 やはりソティも気が付いていたらしく、ニコニコと笑顔を崩さずに碌でもない事を言い出す始末の悪さだ。私もアイマスもこれには流石に引いた。スルースキルのない受付嬢は、口をパクパクさせている。そりゃそうだ。見た目は虫の一匹も殺せなさそうな白皙の美女で修道士だ。見た目詐欺も甚だしい。


「沈黙は是で御座います」


 ソティは早速とばかりに鉈を引き抜く。アンラの王様からいただいた呪われたやつである。何の呪いかは知らない。知りたくない。


「ええと、なんかゴメンね?」


 受付嬢は間違いなく悪党だが、何となく申し訳なく思えて、私は詫びた。


「ソティはダメだ」

「え〜?抗議するので御座います!」


 ソティにはアイマスがダメ出ししている。大きくバッテンを作り、ソティの前に立ち塞がる姿は割と珍しい。いつもは私と共に見て見ぬ振りを決め込むから。流石に町人を手にかけるのはマズいと踏んだのだろう。


「…二人共。何故そうも意地悪をするので御座いますか?」


 そう言って、よよよ—と泣き真似をしてみせるソティ。真似事だが、ソティの悲しげな顔はレアである。こんな時にしか見せないのはどうかと思うが。


「で、やるのか?受けて立つぞ!」


 気を取り直したアイマスが、外に控える連中にも聞こえるように声を張り上げて叫ぶと、冒険者ギルドの扉が蹴り開けられ、私達はたちまち男達に囲まれる。対して広くもない室内が、素晴らしい人口密度になっている。何となく、満員電車を連想した。


(本当の満員電車は、身動き一つ取れないらしいけれど)


 そんな事を考えて懐郷の念に駆られている間にも、男達は包囲網を形成している。けれど、私もアイマスも微塵も慌てる事はない。今更ゴロツキ程度では、毒を盛ろうと私達に勝つ事などできはしないからだ。蟻の巣帰りは伊達じゃない—と、言っておこう。いや、実際に毒を盛られたら分からんけれどね。


(とりあえずは様子見かな?アイマスが瞬く間にのしちゃうだろうし)


 黙って男達の出方を窺う。場合によっては、私も出る。火傷で済む程度の炎くらいならばありだろう。


—パン—


 その時、すぐ傍から手を叩く音が聞こえた。何事か?—と振り向けば、ソティがニコニコと嬉しそうに声を上げる。


「まあ、これは正当防衛で御座います。腕の一本、二本はいただ—」

「「ダメ」」


 私とアイマスのジト目が、ソティを見据える。ソティは渋々といった体で首肯してから言った。


「しかし、正当防衛で御座いますので、何が起きるのか分からない怖さがあるので御座います。当たり所が悪ければ、目玉の一つ、耳の一つくら—」

「「ダメ」」


 それでもソティは言い縋る。注意すれば頷く事は頷くのだが、何一つ分かっていないし、どうやら分かる気もないらしい。とんでもない修道士もいたものだ。そして目の前で言い争っていれば、流石に暗黒修道士の異端さが目立つのだろう。男達の顔はあからさまに翳る。それまでは抜群のルックスを誇るソティに群がっていた男達が、立ち位置を少しずつずらしてソティの正面から逃げている。賢明である。だが、ソティもまたニッコニコで立ち位置をずらしては、数名の男の前に立ち塞がる。逃す気はないらしい。


「お、お前ら!黙ってこっちの言う事に従—」


 ドサリ—と、男は言葉の途中で頽れた。男の胴体から血がどくどくと溢れ、男の背後には血に濡れた鉈を持つソティが佇んでいる。やっちゃったよ。

 ソティは、これだよこれ—と言いたげな満足げな顔を見せているが、私とアイマスは真っ青になってソティを責める。


「「いやいやいやいや!ダメって言ったじゃん!?(ろ!?)」」

「いえいえいえいえ。今のは手が滑っただけで御座いますから!」


 どうやらソティは意地でも斬るつもりであるらしい。私はジト目をアイマスへ向けた。なんとかしろ—と、視線で訴えているのだ。ところが、アイマスはその視線を一瞬受け止めるも、すぐに逸らしてくれた。


「ソティ、きちんと元通りに治すんだぞ?」

「勿論で御座います!」


 マジかよ—と、私は渋い顔を作る。アイマスは男達に背中を向けている。“私は何も見なかった”と、いうやつである。私は渋い顔はそのままに、アイマスへと向けて呟く。


「アイマス、最低」

「なんとでも言え」


 素気無く言った後、掲示板を腕組みして眺め始めるアイマス。男達は慌てて逃げ出そうとするが、神速の修道士(アサシン)からは逃げられる訳がなかった。阿鼻叫喚の地獄絵図の中、私は両手を合わせると、男達の冥福を祈る事にした。


「後は…ギルドの職員さんかな」

「ぎゃあっ!?」

「ぐああ!指がっ!」


 なるべく男達の声を聞かないように、感情を殺して声を出す。

 

「…そうだな。全員が黒…という訳でなければ良いのだが…」


 アイマスの眼はビー玉のように光を反射するのみで、微塵も動きはしない。


「がはあっ!」

「あ、脚っ!?俺の脚っ!!」


 何やら酷いBGMが間に入っているが、気にしてはいけない。私とアイマスの二人は、心を無にしてギルド職員に詰め寄った。


「さて、お話しようか?」

「…は、はははは…い…」


 さて、冒険者ギルドの職員は、年の若い者達は全員が黒であった。逆に年のいった職員達は白である。奥の部屋に詰めていた年嵩の者などは、受付の有様に一体何が起きているのか分からず、酷く狼狽していた。


「…う〜ん。どうする?これ?」

「…どうしような」


 私達はどうしたものかと困惑している。荒くれ者の男達を含めて、黒と判断された者達はなかなかの数になったのだ。いくらなんでも三人で面倒を見るには多過ぎる。ましてや、本当に王女かどうかは知らないが、王国がバックについているのも間違いないのだ。下手な真似はできない。


「問題は誰がバックについているのか、だよね?」

「王城の人間に間違いないだろうな。王女の名前を騙るのは、基本的に重罪だ。それを考えれば、事が露見しても問題ない人物。或いは本当に王女本人かもしれんぞ?」


 私とアイマスがカウンターの裏で話し込んでいると、すっかり機嫌を良くしたソティが近付いてきた。何事か—と振り向けば、満面の笑みで彼女は言う。


「何れにしても彼らは死ぬのですから、身体に聞いた方が手っ取り早いのでは御座いませんか?」


 これには捕まった職員や男達だけではなく、私達までもギョッとする。何か使えそうなものは?—などと鼻歌のように口遊みながら、ギルド内を物色し始めたソティを止める。使うって何に何を使うつもりだ。


「いやいやいや、それはちょっとやり過ぎじゃない!?」


 だが、ソティはニコリと笑うと首を振った。


「冒険者ギルドだって綺麗事だけでは御座いません。後ろ暗いところのある組織が、一度でも裏切った人間を生かしておく訳ないので御座います。私のよう…ゴホン、闇に生きる者達が—」


 語り終えたらしいソティが視線を私達へと戻したので、私とアイマスは耳を塞いでいた手を退けた。


「…ちょっと耳が痛くて…聞き逃しちゃった」

「…私も耳が痒くてな。これはまいったな」


 私とアイマスは共にソティから顔を逸らすと、窓の外に身を乗り出して新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。ソティの方は向かない。向けない。何なんだろうか彼女は。まじ怖い。


「…あ、ああ…し、死にたくない…」

「いやっ!いやっ!」


 しかし、縄に繋がれた職員や、男達は顔面を蒼白にしてカタカタと震えている。今の反応だけで、ソティが何を言っていたのか朧げに把握できた。


(おっ?)


 ここで、私のMAP魔術に新たな反応が映り込む。ソティ顔負けの速度で一気にこちらへと接近すると、くるくると旋回してから下降を始めた。


『おやおや、これはどうした事ですか?』


 すっかり聞き慣れた声に顔を上げれば、窓からラヴァがギルド内へと入ってきたところであった。大精霊のご帰還である。そのラヴァは訝しげな顔で周囲の様子を窺いながら、私の肩に留まった。

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