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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第3章 真、Cランクになる
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真、王都に戻る

今回もまた長いです。

すみません。

「てめえらは何人助けたっ!?」

「十一人!Bランクの二パーティ」


 怒鳴り声にしか聞こえないリーブリヒの問いかけには、私が応じた。今は大急ぎで地上目指して駆けている。駆けているとか言いつつも、私は余りにも足が遅いため、ボーナスに担がれていたりするのだが。情けないが気にしてはいけない。有難うボーナス。だが、それでも内太腿に触れた事は許さん。


「ならばあそこで犠牲になっていた彼ら以外には…残りは迷宮班のAランクパーティ二つだけだ。そいつらは放っておいても勝手に逃げるだろう。私達も撤退するぞ」


 オールバックの女性—カームというそうだ—の言葉に全員が首肯した。助け出された冒険者達も、セイクリッドとスヴィトーイの法術により完全に回復しており、今は私達と共に自分の足で走っている。いや、私は担がれている訳だけど。

 冒険者の一人が、先頭を走る私達へと向けて尋ねてきた。


「道は分かるのか!?」

「この先の分かれ道を左奥。その先は右手前で表層へ向かえるよ!」


 私は振り返って応じた。後を付いてきていた冒険者達は、驚きを顔いっぱいに湛えて私を見る。これ程までに明確な答えが返ってくるなどとは、微塵も考えていなかったに違いない。


「信じるわよ〜♪」


 ロドリゲスがこちらを見て微笑むと、私は僅かにひいたが、すぐに持ち直して頷く。私の首肯を認めたロドリゲスは満足げに笑みを深めると、一段速度を速め私達を追い抜いて先頭に躍り出る。最高レベルは言うまでもなくボーナスなのであろうが、その最高戦力であるボーナスは、足の遅い魔術師を担いでいるのだ。前方に敵がいた場合の備えとして、先頭に出てくれたのだろう。そのまま速度を落とす事なく、むしろグングンとスピードを上げてゆく。それでも、流石に高レベルの冒険者達だけあり、誰一人欠ける事なくロドリゲスの速度について行く。一番辛そうなのはアイマスだ。ソティは元々足が馬鹿みたいに早いので、気にならないらしい。


「…アイマスもボーナスさんに担いでもらえば?」

「はぁ…はぁ…いや…それは、色々と…はぁ…はぁ…問題が、あるだろう?…はぁ…はぁ…私だって、女だぞ?」


 そっか—とだけ言って、私は口を閉ざした。内心は複雑であったが。


(担がれてる私だって女なんだけどなぁ…)

〈まあ、真の場合は子供と紙一重ですから〉


 ラヴァまでが失礼な事を言う。隣を優雅に羽ばたく鷲を見て、ぐぬぬ—と唸った。

 さて、ボーナスとゴリアテは、黒い蟻を無事粉砕した。同時に冒険者達も自身の足で歩けるようになったため、私達は即座に蟻の巣から撤退を始めたのだ。私の魔術により、殆どの蟻は動けなくなっていたが、私達が広間から出る直前になって、わらわらと新たな蟻達が這い出てきた。上位種、最上位種のオンパレードだ。即座に魔力酔いを引き起こす魔術を撃ち込み、広間から慌てて撤退したのである。

 結局、山積みにされていた冒険者の半数は死んでいた。それでも、半数が助けられただけでも良しとせねばなるまい。私は己にそう言い聞かせると、口を引き結んだ—のだが、即座にボーナスを睨む。


「ボーナス、そこおっぱい!エッチ!」


 ボーナスが私を担ぎ直そうとして、あろう事か私の胸を平気で触ってきたのだ。緊急時なので仕方ないにしても、少しくらいは気にしてほしい。


「え?そうなのか?悪い、全く分からなかった」


 ところが、ボーナスの反応ときたらどうだ。分からなかったらしい。しかもそんなに気後れした様子も見せず、淡々と返答しただけの印象を受ける。そして、周囲の冒険者達だ。分からなかった—その事実が意味するところを考えたのだろう。場が何とも言えない空気に包まれた。ぐぬぬ—と、またしても唸らずにはいられない。何も考えていなさそうなのは、ボーナス一人だけだ。殴ってやろうか—と、思った。


「この道を右手前ね?マコトちゃんだったかしら?次は?♪」


 ロドリゲスが走りながらも肩越しに尋ねてくる。ドカドカと無数の足音が轟く中、不思議とはっきり聞こえた。


「えーっと、しばらく真っ直ぐで、丁字路に突き当たったら、天井付近にも穴があるはず。その上に上がれば…敵!前方に多数出現!上位種!ボーナス!あたしの事を持ち上げて!」


 説明の途中であったが、私達の前方に数えるのも億劫になるほどの反応が湧いて出た。私は慌てて声を上げ、ボーナスに協力を求めた。


「こうか!?」


 ボーナスは求めに応じて私を持ち上げる。だが、掴んだ位置が悪い。尻を触るな—と喚いたが、ボーナスは泣きそうな顔で反論してきた。


「その外套外してくれよ。どこが胸でどこが尻なのか分からないぞ」

「し、失礼な〜!」


 怒りながら矢を射る。矢は高速で蟻達の元まで飛翔すると、パシュンと弾けて消えた。例の魔力酔いを引き起こす魔術である。流石に上位種の蟻達は倒れないまでも、目に見えて動きが鈍くなる。私達は容易に蟻達を蹴散らして、先へと進む事ができた。


「後方から次々に蟻が集まってきてる!足がやたらと早い種がいる!多分見た事ない奴!」


 私のMAP魔術には、これまでとは明らかに速度の違う魔物の反応が映り込んでいた。異常な速度で蟻の巣を駆け上がり、真っ直ぐに私達の元へと迫っている。


「このまま逃げ切るわよ!アイマスちゃん!行ける!?♪」

「はぁはぁ…と…当然だ!」


 気遣うロドリゲスの言葉に、アイマスが兜を投げ捨てながら叫ぶ。まあ、軽くする事を考えるなら、直ちに脱げる箇所など兜くらいしかないのだろう。


「急げ急げ!」


 最後尾を走る冒険者が急かす。既に最後尾からは蟻の姿が見えているのかもしれない。冒険者の言を受けて、皆が一段加速する。アイマスもなんとかついて来ているが、間違いなく全力疾走だ。重鎧を着てあれでは、疲れるなどというレベルでは済まないに違いない。後で労ってやるとしよう。


(死んでなければね)

〈いや、このタイミングでそれは洒落になりませんよ?〉


 そのまま道なりに走る事しばし、ついに前方に丁字路を見つけた。慌てて丁字路付近の天井を見上げれば、上へと上る通路が見える。私はそれを指差して叫ぶ。


「あれだよ!あそこ!」

「良し、行くぞ!」


 ボーナスが私を担いだまま、跳躍して上へと上がる。驚くべき膂力だ。他の面々も問題なく飛び上がるも、重鎧を着込んだアイマスだけは届かない。泣きそうな顔で何度も飛び跳ねている。なお、もしかして—と思い視線を向ければ、やはりソティはアイマスを見て笑っていた。


「ほら!掴まれ!」

「感謝する!」


 闇の深い修道士はさておき、冒険者が数人がかりでアイマスを引き上げた後、私達は一気に上り坂を駆け抜けた。


「光だ!地上に出るぞ!」


 ボーナスの声にリーブリヒが重ねて叫ぶ。


「マコト、索敵!」

「上には蟻はいない。あるのは遠巻きに人の気配!問題ないよ」


 私は即座に応じれば、その言葉に一行はついに安堵し破顔する。私達は何とか無事に、地上へと帰り着いたのだ。






「バカな…」


 早馬からの報告を受け取った俺は、頭を抱えていた。


「超大型迷宮だと?…最悪だ…」


 最初は単なる蟻の討伐のはずであった。だが、蟻の魔物が巨大な巣を設けた事で魔素が大量に集まり、蟻の巣内部に迷宮が発生。これで既に最悪の事態であった。だが、その迷宮が超大型迷宮と化したのだ。超大型になれば、出現する魔物のレベルは100を優に超えてくる。更には、蟻の巣という迷宮自体の構造がまずい。出入り口がいくつもあり、いつ魔物が外部に溢れてくるか分かったものではない。その上、周辺は砂漠地帯と化しているため、その進行を遮るものもない。一度外に出た魔物がいたとすれば、一気に都市周辺まで、餌を探してやってくるはずである。


「近いのはアメランド…不味いな。メキラ王国との国際問題にもなりかねん…くそっ」


 アメランドはアンラ神聖国と、メキラ王国に跨って栄える貿易都市である。元々は大きな渓谷であったのだが、渓谷を渡す大きな橋を作った事がアメランドの歴史の始まりだ。町の人口は一万人を超える大都市であり、西半分はアンラ神聖国の管轄、東半分はメキラ王国の管轄となる。町の中央には町を二分する壁があるものの、その中央には国境門があり、魔物の進行を止める目的で設けられているものではない。あくまでも不法な入国を妨げる目的での、簡易的な装置があるのみだ。


「…王宮へ報告しなくてはな」


 俺は徐に立ち上がり、執務室を出る。その肩は自覚できる程にがっくりと落ち、背中は随分と小さくなっていたが、それでも足取りはしっかりとしたものであった—はずだ。


(…泣きたい)


 実際はそんな事を考えていたにしても、部下達に情けない姿を見せてはならない。俺は階段を下ると、姿勢を正して受付カウンターに視線を向ける。そこではチッコが頬杖をついていた。この時間帯は暇なのだろう。空目で何か妄想でもしているのか、嬉しそうに尻尾は伸びている。


(ぐぅ、チッコか…まぁ、大丈夫だろ)


 一抹の不安はあるものの、チッコしかいないのだ。仕方あるまい。俺はカウンターへ近寄ると、チッコに小声で告げた。


「チッコ、裏通りに馬車を一台回してくれ」

「裏通り?裏通りですか?何で表通りじゃないんですか?」


 ダメだった。わざわざ小声で話しかけたのに、平常運転の大声で口を開いたチッコ。周囲の冒険者達は何事かとカウンターに視線を送り、俺の姿を認めたらしい。僅かにギルド内が騒めいた。俺は渋い顔でチッコに拳骨を落とすと、そのまま裏口から裏通りへと出た。痛いっ!—とか聞こえてきたが、当然無視だ。


(全く。少しは周囲の状況を考えろ)


 チッコに対する愚痴はさておき、左右を確認して誰もいない事を見て取ると、大きく跳躍して屋根の上へと上がる。昼時は既に終わったアンラの町であるが、煙突からは、未だに食欲を唆る香りが漂ってくる。脂の焼けた香りを鼻腔いっぱいに吸い込むと、屋根の上を無音で走り出す。新市街から貴族街へと出た後は、庭園の中やら屋敷の屋根やらを歩き、人目に触れないように王宮前へとやってきた。


(さて、奴はいるかな?)


 流石に王宮内へ忍び込むのは無しである。隠れんぼはここまでにして、門兵の前へと進み出た。水の都と言うだけあり、王宮の手前には美しい川が流れている。アンラの王宮は、この川の流れを左右に分けて川中島を作り、そこに建設されている。川にかける跳ね橋は正門前に一つあるのみで、王宮内へ入るのであれば、どうしてもここを通過する必要がある。まぁ、俺ならば橋などなくとも通過できる訳であるが。


「冒険者ギルドのギルドマスター—モスクル・ダーマだ。緊急事態だ。何のアポもないが、火急の用につき、国王陛下に取り次いでもらいたい」


 そう告げて身分証を門兵へと手渡す。俺が手渡したのはギルドマスターである事を示す冒険者カードだ。具にそれを見ていた門兵だが、やがて視線を俺へ向けると、カードを少しだけ掲げて見せる。俺はそれに黙って首肯した。門兵は特に言葉を発しなかったが、これは俺が小声であったためだ。門兵がカードを僅かに掲げて見せたのは、“偽造確認を取るが構わないか?”という意味を込めてのものである。当然否やなどない。


(こういう心遣いが、何故チッコにはできないのか…)


 天真爛漫が過ぎる部下の姿を思い浮かべて、思わず嘆息した。さて、俺の承諾を受けて、門兵の一人がカードを持って門柱の奥へと消える。そこに偽造確認用の魔道具でも置いてあるのだろう。その先では年若い門兵が一人、既に王宮へと向かって走っていた。伝令であろうか。火急の用という事で、気を遣ってくれたらしい。

 そのまま待つ事しばし、柱の陰から門兵が戻ってくると、カードを俺へと手渡して頷いた。通って良いという事なのであろう。


「有難う」


 俺はそれだけ告げると、足早に王宮目指して歩いた。城門を通過して、全く飾る気のない前庭を通り過ぎる。やがて出たのは、何もない大きな広場であった。たまに国民を集めて祭りの開催を宣言したりする程度で、普段は騎士団や兵達の訓練場代わりに使われているという、少し残念な広場である。


(もう少し贅沢してもバチは当たらないと思うんだがな…)


 この国の国王は質実剛健な事で有名だ。客人でもあれば別だが、普段は身のない事には金を使わない。そんな訳であるから、庭を飾り立てる—という発想がまずないのだろう。王宮内は以前からの絵画やら調度やらがあるため多少の華やかさはあるものの、草花となれば手入れしなくてはすぐに枯れてしまうのだ。まあ、その絵画や調度とても、手入れをしなくてはいずれダメになるのであろうが。


(その前に国王が代替わりするか)


 益のない事を考えながら、何もない広場を横切り王宮前へと辿り着く。王宮の門は閉じられていたが、その手前には和かに笑う町人スタイルの男女と、おおよそその二人には似つかわしくない侍女達が佇んでいる。背後に立つ門兵が、物凄く緊張しているのが見て取れた。

 自然と溜め息がこぼれる。こいつら、またか—という思いを禁じ得ない。俺はそのまま男女の前に進み出て、慇懃に礼をした。本来ならば片膝立ちだが、緊急時なので勘弁してもらおう。


「ご無沙汰しております、国王陛下。王妃陛下。本日は何のれんら—

「いやいや、そういうのやめようよモスクル。せっかくラフな格好で出てきたんだから、もっとフランクに行こうじゃないか」


 そう言って国王は笑う。その横では王妃もまた楽しそうに笑っている。何がラフな格好で出てきた—だ。最初からラフな格好だったんだろうがよ—と思わなくもなかったが、それを言い出すとキリがないのでやめておく。大方、市井調査—とか何とか言って、王宮を抜け出す算段だったに違いないのだ。

 さて、フランクと言われた以上は、いつも通りに接しても良かろう。俺は顔を上げると、早速とばかりに口を開いた。


「国内に超大型迷宮ができた。アメランドの西。ロードリー村—分かるか?アンラ大平原の南西にあった村だ。迷宮はその辺りにできた」


 それまでは和かに笑っていた二人であったが、俺の報告を聞くと真顔になった。それはそうだろう。俺でもそんな事を言われれば、何の冗談か?—と、考え込む。しばらくは顔を見合わせていた二人だが、やがて国王は眉間を揉みつつ、俺に向けて尋ねてきた。


「え?ちょっと待ってモスクル。…超大型迷宮?何かのドッキリとか?」

「マジだ…いいか、ベロート、よく聞け。本当だ。うちの冒険者が早馬を出してまで知らせてくれた。現場はおそらく、相当ヤバい事態に陥ってる。各国にこの情報を持ち寄って、協力を募らなくてはいかん。アンラ神聖国だけの問題じゃない。迷宮は蟻の巣だ。詳細は後で語るが、早急に抑えないと、どこまでも広がる可能性が高い」


 国王—もといベロート—は、眉間を抑えたままでしばし固まった。だが、顔を上げた時には随分と凛々しい表情へと変じている。アンラ神聖国国王陛下としての顔だ。


「よし、冒険者ギルドへ行こう。そこから各国の冒険者ギルドへ協力を呼びかける。当然、各国へ親書は出すが…なにぶん緊急事態だ。先に手勢を抑えたい。ブルーツ、親書の文面は一任する。一刻以内に書き上げて早馬を出してほしい。お願いしても良いかい?」


 ベロートの問いかけに、王妃—もといブルーツ—は力強く頷いた。


「ええ。もちろんよベロート。すぐに取り掛かるわ」


 そう言ってブルーツは王宮内へと駆けてゆく。その足は俺と比べても遜色ない程に早い。

 俺がブルーツを見送っている内に、ベロートが己の背後に控えていた侍女へと声をかける。


「馬車を一台用意してくれ。大至急だ。空いているやつなら何でも構わない」


 侍女は慇懃に礼をすると、即座に準備に取り掛かる。広場を走り抜けて馬小屋の方へと向かっていった。


「さて、詳しい話を聞かせてくれるかな?」


 侍女の様子を眺めていた俺に、ベロートが声をかけてくる。俺はベロートに向き直ると、徐に口を開く。


「事の起こりは10日と少し前だ。Cランクに上がりたての冒険者が、Cランクの依頼を眺めていて、違和感を覚えたのがきっかけだな」


 そこまで告げた時、ベロートは手を叩いて口を挟む。


「C?ああ、あの子達だね?ソティのいるパーティだろ?」


 この野郎、口を挟むなよ—という思いを込めて睨み付けると、ベロートは慌てて口を噤んだ。それを認めてから、俺は続ける。


「まあ、そうだ。その依頼はロードリー村から9年前に出されたものでな。あまりにも冒険者を馬鹿にした内容だったために、誰からも見向きもされずに放置されていたものだった。…それが、蟻の巣の排除だ」

「…成る程。9年で蟻の巣は手がつけられない程に大きくなっていた訳だ」


 ベロートが顎鬚を摩りながら納得する。俺は更に続けた。


「現場は相当に厄介な状況になっているだろうという確認も込めて、そのCランクのパーティが先行した。そこの魔術師は使い魔持ちでな。…使い魔が鷲なんだ。高速の情報伝達が可能だったからな…そのまま頼んだ。そして数日後に齎された情報は、地平線の向こうまで広がる砂漠地帯と蟻の巣。山の一角までも巣に侵食されて、穴だらけになっていたそうだ。村も、密林も綺麗に無くなってたとさ。…その上、巣の内部には迷宮が確認された」


 俺はそこで一旦話を区切ると、ベロートの反応を窺う。黙って考え込んでいたベロートだが、やがて顔を上げた時には大体の事情を察していた。


「それで、大部隊を送った先で、迷宮が超大型迷宮へと移行する拡張期に入ってしまった訳かい?」


 ベロートの言には黙って首肯する。今回の大部隊の中には、騎士団も含まれていた。それならば、ベロートもある程度は知っていたに違いないのだ。物分かりが良いのも当然である。


「ここまで送り込んだ部隊は、Cランクが相当数。Bはアンラに登録してある冒険者の過半数。Aは王都近郊にいた四パーティだ。一つはノアの鐘というアンラのパーティではないパーティにも応援をお願いしている。後はたまたま居合わせたSランクが一人…」


 Sランクという言葉に、ベロートは反応した。


「…S?誰だい?」

「剛剣のボーナスだ」


 へぇ、ボーナス—そうベロートは呟いて、顎鬚を摩る。僅かな喜色を見せた後、安堵の表情を浮かべていた。俺もボーナスであった事は幸いだと思っている。“格上狩り”の異名を持つボーナスは、超大型迷宮の敵がレベル100を超える事を考えると、滅法相性が良い。適任であると言えるだろう。


「騎士団にも冒険者にも、それなりに被害が出ているだろう。レベル100超えの蟻がどれだけいるか知らんが、もはやアンラだけでどうこうする事は不可能って状況だ」


 俺が粗方の説明を終えた頃、馬車がベロートの元へとやってきた。俺とベロートは、連れ立って冒険者ギルドの会議室へと向かった。






「お前達、よくぞ生きて戻って来てくれた」


 私達の姿を認めたフィーラーは、出迎えた後にそう言って破顔した。フィーラー曰く、迷宮攻略班に指定されたAランクの二パーティは、やはり自力で戻ってきていたそうだ。違和感を感じて即座に引き返してきたらしい。その辺の嗅覚は流石である。


「余力のある者達は迷宮出口を固めてくれ!それと、法術を使える者は何名か俺に付いてきてくれるか!」


 私達はそのまま天幕まで案内されると、内部の状況を具に尋ねられる。私が語ったのは、レベル100超えは間違いないと思われるキリンのような蟻の事と、黒い大柄な蟻の事である。特にキリンに関しては、ボーナス以外では太刀打ち出来なかったであろう事も付け加えた。それを聞いたボーナスが鼻を高くしていたので、帰り道で胸や尻を散々触られた事も追加で話した。


「ふ、不可抗力だろ!?わざとじゃないんだ!」

「うっさい!触られた方には、わざとじゃないとか関係ないんです〜」


 なおもボーナスと言い争いながらふと考える。争いは同レベルの者同士でしか起きないらしい。つまり、私とボーナスの精神年齢は、同程度という事に他ならないのではなかろうか。Sランクと同程度—と聞けば、少し誇らしいかもしれない。まあ、どうでもいい事なのだが。

 ともかく、得られた情報は再び早馬で王都へと送られた。ラヴァを出そうか—と私は提案したが、ラヴァが流石にゴネたため残留となっている。

 そして、今後の流れについては、私達Cランクは任意で。Bランク以上のパーティは、アンラ神聖国の要請により、今後の対応が決定するまではこの場に残り、巣から蟻が出てこないように監視する事になる。出てきた場合は、当然戦闘である。蟻の餌になりかけた数パーティの面々は、待機と聞いて顔が真っ青になっていた。私は、彼らだけでも帰せないものか?—と尋ねるも、その要望は通りはしなかった。蟻達が包囲網から溢れ出た場合、大変な事になるからだ。少しでも戦える力のあるものは残留しなくてはならないらしい。

 では私達はどうするのかといえば、言い出しっぺである以上、残るもの—と考えていたのだが、どういう訳か周囲の帰れコールが凄い。けれども、私達は誰も帰ろうとは思わない。帰りたくないと言えば嘘になるが、帰れる状況にはないだろう。

 そんな訳で、帰らないと言い張る私達と、帰らせようとする面々で、終わらない戦いが続いていたりする。目の前では、今なおアイマスとボーナスが腕を組んで睨み合っている真っ最中だ。


「私は残るべきだと思っている」


 腕を組んで憮然とした表情のアイマスが告げると、相手にしてられん—とばかりに、手をヒラヒラと振りながらボーナスは返す。


「いやいや、帰れ。流石にお前らには危な過ぎる。見たろ?あのヘンテコな蟻。一匹だけとは限らないんだぞ?」


 その態度が気に入らなかったのか、アイマスは僅かに目を細めつつ尋ねる。


「では、ラヴァのエンチャントは不要だと?」

「ぬぐっ!?そ、それを言われると痛いな。あいつのエンチャントは凄過ぎる。味を知ると戻れなくなるな…」


 どうやら、Sランクであっても、ラヴァのエンチャントは麻薬であるらしい。私もその味を知っている中毒者の一人である。ボーナスに味方する訳ではないが、ウンウン—と、ボーナスの言葉に首肯した。なお、口には出さないが、個人的には超帰りたいと思っている。ただし、思っているだけで帰る気などない。そもそもの言い出しっぺは己なのだから。きちんと顛末を見届けるべきだと考えている。


「絶対に帰らないぞ」


 珍しくアイマスが退かない構えを見せると、まいったな—と呟きながら、ボーナスは髪をかきあげた。意外に生え際が後退している。思っていたよりも、いい歳なのかも知れない。


「よし、多数決だ」


 ボーナスは姿勢を正すと、そんな事を言い出した。アイマスが面食らった顔を見せているが、私とソティには、ボーナスの提案の理由が分かっている。アイマスからは見えていなかったが、ボーナスに増援が来たのだ。


「その多数決、俺達も加わるぜ」


 そこにいたのは、リーブリヒとそのパーティメンバー、ノアの鐘だ。その背後には白の秘蹟までいる。振り向いてそれを認めたアイマスは、渋い顔を作った。リーブリヒがどちらに味方するつもりであるか、分かっているからだ。リーブリヒの背後で苦笑いしている面々も、同じ意見なのだろう。

 そんな皆を代表するかのように、ロドリゲスが口を開く。


「確かに貴女達の力は欲しいけれど、Cランクに上がりたての若者達に無理させたくないの♪」


 その言葉に、白の秘蹟のセイクリッドも続く。


「ここは私達に任せて、王都へ退いてください。貴女達は、我々にとっても窮地を救ってくれた恩人です。恩人の万が一を考えていては…仕事になりませんから」


 そう言われてはアイマスも返す言葉がない。がっくりと肩を落とすと、降参の意思を示した。


「…分かった。我儘を言ってすまない。それと、気遣いに感謝する。武運を祈る」


 アエテルヌムは、こうして蟻の一件から手を引く事になった。

 蟻塚の迷宮と名付けられた迷宮が攻略されたと聞くのは、私達が王都に戻ってから、僅か十日後の事である。だが、具体的にどうやって攻略されたのかを知る者は誰もいない。不思議な話であった。






 王都に戻ってからは、特に何ら大きな事件もなく、順当に冒険者としての経験を重ねている。アイマスは剣に盾、鎧まで新調する羽目になり泣きそうな顔をしていたが、それは何とかなった。

 まずはギルドから、蟻の件で報奨金が大量に出たのだ。更には王都へと戻った面々からの報告により、アエテルヌムには国からも褒美が与えられる事になったのである。アイマスは立派な剣と盾を。ソティは呪われた斧の形状を整えて、鉈へと改造してもらっている。何に使うのかは聞かない。聞けない。ちなみに、私は目立ちたくないので断った。悲しい日本人の性である。

 ところが、国王からの褒賞を断るというのは大変失礼にあたるらしく、断る方が面倒な事になったのは計算違いだった。私がビクビクと青い顔で震えているうちに、モスクルがなんとかしてくれたそうだ。後は、あれだ。レベルが上がった事で手札が増えた。デンテの扱きが一層キツくなったのだ。


「もういけるだろう?このくらいはの」


 —とかなんとか言いながら、鬼のような試練を課してくる。私は何度かリアルに泣いた。

 それ以外は概ね問題なく、冒険者活動を続けている。そんな訳で、今日も冒険者として元気に働くべく冒険者ギルドへと顔を出したのだが—


「…はあ?拠点?何で?宿屋じゃダメなの?」


 私は思わず横から口を出す。依頼を受けに行ったはずのアイマスが、チッコに何やら迫られて、たじろいでいたのだ。


「何してんのあれ?」

「…さあ?何で御座いましょう?」


 ソティに尋ねるも、ソティも首を傾げた。不審に思って近付けば、拠点を作るように—と、チッコからアイマスが求められているではないか。これは口を出さずにはいられなかった。

 そんな私へ向けて、そんな事も分からないのか?—と、言いたげな態度でチッコは嘆息してみせる。絞め殺そうか—と、一瞬考えた。


「いい?アエテルヌムはね、蟻の一件で大活躍したアンラの英雄なの。若い子達の憧れなのよ〜。…ところが、その英雄がいつまでも安宿を拠点にしてるってどうなの?周囲からどう見られる?Cランクにもなって、尚且つ報奨金までもらっても、拠点すら持てない—なんて思われたら、冒険者になりたいと思う人間が減るじゃない。諦めて拠点を用意なさい。これはギルドマスターからの命令と受け取っていいわ」


 ギルドマスターの命令と受け取ってほしいらしい。どうやらチッコが考えた文面ではなさそうだ。道理で淀みなく話せるはずである。


「まいったな…」


 アイマスが肩を竦めて私とソティを見る。すっかりとチッコに丸め込まれているらしい。しかし、私の答えは決まっていた。


「無理。掃除めんどい」

「不要で御座います」


 私に続きソティもが素気無く断ると、アイマスもハッとした顔でそれに続く。


「わ、私もいらないな!寝に帰るだけだし!」


 実に簡潔にまとまったものである。荷物の少ない私達ならではの答えと言えよう。そう、私達はほぼ手ぶらである。私のトレードマークであるポストマンバッグは未だに肩にかけられているが、その中身はほとんど入っておらず、ぺしゃんこになっている。アシュレイから預かった大量の魔道書や私の世界の教科書がどこに行ったのかといえば、答えはラヴァである。流石は優秀な大精霊。私が亜空間の開き方の構成を考えて伝えてみたところ、あっさりと成功させたのだ。


『…こんな簡単な事ができないのですか?…プッ』


 亜空間を一発で開いてみせたラヴァは私の唖然とした顔に気が付くと、これ以上ないくらい腹立たしい顔を作って馬鹿にしてきた。焼き鳥にしてやろうかと思った。まあ、ラヴァはどうでも良いとして、私達の荷物は全て亜空間の中である。本も食料も全てだ。そんな訳で、尚更拠点など要らなかった。


「え?え?ええっ!?」


 チッコは思わず目を見開く。まさかの反応であったらしい。ギルドマスターからの命令がここまで無下に扱われるとは思ってもいなかったのだろう。あわあわと慌てふためいた後は、途端に辿々しい口調になる。どうやら、ここから先のマニュアルはないらしい。


「あ、貴女達ねぇ…そんなんじゃダメでしょ?そ、そうだ!そもそも、ギルマスからの命令よ?いきなり無視しないでよ!」

「命令と受け取っていい…という事は、命令とは受け取らない、という事だって出来る訳で」


 私はヘラヘラと笑いながら屁理屈を捏ねてみせる。屁理屈だって理屈である。チッコは思わず声に詰まった。私の勝ちである。


「とりあえず、この依頼を受けたいんだ。受注書にサインしてもらえないか?」


 アイマスが差し出した依頼票を、憮然とした顔で眺めていたチッコであるが、私がチッコの耳へと手を伸ばそうとすると、慌てて受注書を取り出してサインする。それを引っ手繰るように私が奪うと、チッコはついに涙をポロポロとこぼし始めた。


「う〜!次は負けないから!」

「何の話だ馬鹿め」


 私は全く意に介さずにギルドを後にする。可哀想なチッコであった。知った事ではないが。


「じゃあ、早速依頼主のところに挨拶に行くか」


 アイマスの言に私とソティは首肯する。

 私達が受けた依頼は、アンラの西側にある小国群までの護衛依頼である。四パーティ合同の依頼となる事から、私が目を付けたのだ。


(このままじゃいけないからね)


 アエテルヌムは強くなった。蟻の一件により、また強くなった。現場にいた時は、気が張り詰めていたのか然程感じなかったが、蟻の巣から王都へ戻る馬車に乗り込んだ瞬間、私達は一人残らず意識を失った。三人のレベルは、一気に高くなっていたのである。


「え?何これ、何かの冗談?」


 —とは、カードを更新した時の私の台詞だ。それほど一気にレベルが上がったのだ。これは仕方ないかもしれない。何せあの場にはレベルが100を超える敵もいたのだ。

 ところで、迷宮好きなアイマスは、レベルが高くなった事に歓喜して高難度の迷宮にこもりたがった。しかし、私が素気無く却下し、ソティも流石に難色を示す。何故かと言えば、高難度の迷宮は、ただレベルが高いだけではない。敵の耐久力や数が、馬鹿みたいに跳ね上がるのだ。それこそ蟻の巣と同様だ。そうなると、私達のような少人数のパーティでは手が足りなくなるのである。もっと人手が必要になるのだ。故に私達アエテルヌムは、もっと冒険者との繋がりを広げようとしているのだ。それこそ上手くいけば、アイマスと同様にレベルを上げたい冒険者と出会えるかもしれない。まず間違いなく、そんな冒険者はいないと思っているが。


(熱血バトル漫画の主人公はアイマス一人でお腹一杯だよ)


 —と、私は考える。そして私は日常系漫画—否、恋愛に主軸を置いた、少女漫画の主人公になりたいとか思っていたりする。現実的にはソティがいる時点で無理なのだが。超絶美女を前にしては、私など出涸らし—いや、モブ扱いだろう。それに、私も17歳。この歳になると、男性陣の視線が何処に向かっているのか、なんとなく分かる。


(あいつら…顔と胸しか見ねえ)

〈…ノーコメントです〉


 沈黙は是とみなす—ボソリとそんな事を呟けば、肩の上のラヴァがビクリと跳ねた。だがしかし、それでもラヴァは何も言わない。どうやら間違いなさそうだ。許されざる生態だよ男共。


「…何でマコトはあんなにプリプリしてるんだ?」

「いつもの病で御座いますよ」


 突如として不機嫌になった私に訝しむような視線を向けるアイマスであるが、彼女もまた美人さんだ。そして、かなり大きい。何がとは言わないが、持っている連中に私の気持ちは分からない。パーティでありながら、私は強い孤独感に苛まれるのだ。

 それとソティ。毒物はもう少し厚いオブラートへ包んではどうだろうか。


「明日からの護衛依頼を受けてきた者だ。ほら、受注書だ。依頼主と顔合わせしておきたいのだが、ネリックさんはいらっしゃるだろうか?」


 私達は商人ギルドへとやってきた。受付嬢は年若い娘である。しげしげとカウンターの上に置かれた受注書に視線を落として、内容を確認している。

 そんな受付嬢を前にして、私の視線はカウンターに載るメロン二つに釘付けになってしまった。


「はい、確かに。今呼んでまいります。しばらくお待ちいただけますか?」


 そう告げて受付嬢が立ち上がった時、メロンは大きく揺れた。


(ええっ!?ありかあれ!?跳ねた!?今跳ねたよ!)


 あれで人を殴れば殺せそうな程に大きいのではなかろうか。重たいのではなかろうか—と、思わず喉を鳴らした。


〈重たそうですね…肩が凝りはしないのでしょうか?…〉


 ラヴァもラヴァで別の理由により喉を鳴らす。鳥のくせに女人を見て喉を鳴らすとは、けしからん奴だ。けれど、ここまでのものを見せつけられては、ラヴァの反応も頷けるというものであり、不機嫌にすらなれない。がっくりと項垂れると、依頼主との顔合わせに付き合うのであった。


「…何でマコトはあんなに肩を落としてるんだ?」

「いつもの病で御座いますよ」


 受付嬢を見送った二人は、再び私を見て言葉を交わしている。煩い。持っている連中には、私の気持ちは分からない。私は内心で泣きながら、二人の美女にジト目を向けた。

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