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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第1章 真、異世界デビュー
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真、人里に辿り着く

名前:アシュレイ

種族:魔人族

性別:女性

年齢:1072歳

職業:呪術師コンジャラー

レベル:100

HP:200

MP:332

筋力:42

器用:38

体力:41

俊敏:40

魔力:115

知力:36

信仰:41

精神:102

運命:6


冒険者ランク:D


 アシュレイから渡されたカードの裏面には、アシュレイの詳細?な情報が記されていた。あたしはしばらくそれを眺めていたが、ボソリと呟く。


『運命低っ。…運命って何?』

『最初の台詞がそれ〜?』


 アシュレイはあたしの反応がご不満な様である。とはいえ、他に言い様がない。歳に突っ込んで良いものかは分からないし、この数値がどれだけ凄いのかも不明である。というか、1000歳って事実かよ。—それは置いておくとして、後はレベルが100である事はキリが良くて見た目に綺麗である。…そのくらいか。


『運命ってのは〜、吉凶が天運に左右される場面において〜、どれだけ吉の方向に持っていけるかの力かな〜。私はね、運命の値が低すぎるのが嫌で呪術師になったんだ〜。呪術はね〜その辺を吉の側に固定出来たりするんだよ〜。凄いでしょ〜』


 つまりは運の良し悪しであるらしい。となれば、呪術師は宝くじで一等を簡単に当てられる事になる。あたしは呪術も習う事をここに決意する。

 さて、おバカな考えは脇に置いて、改めてアシュレイに尋ねた。


『どうしてステータスなんてものがあるの?この数値を知る事に意味があるの?』


 あたしがカードから目を離してアシュレイに振り向くと、アシュレイはしばし考え込んだ。どう説明したものか?—とでも思案しているのであろう。

 やがてアシュレイは顔を上げると、あたしの問いに答える。


『うん、それはね〜魔物達にもステータスってのは当然あってさ。自分が今どれ程の力を持っていて、目の前の魔物にどれ程食い付いて行けるか—という指標がないと、無謀にも突っ込んで行って死ぬ人が続出するんだよね〜。ある程度強くなると〜、手札が増える事と培った経験で〜、ステータス差もひっくり返せるようになるんだけどね〜…あ、魔物のステータスは図書館の蔵書だとか、冒険者ギルドで確認出来るよ〜』


 成る程—と頷いた。図書館やら冒険者ギルドやらはよく分からないが、町の施設であろう。町に着いたら聞けば良い。受験する学校の合格判定ではないが、勝てない敵を見極めるための指標であるらしい。あたしは重ねて尋ねる。


『数値として出てきているけれど、これは誰が測定しているの?』

『それを測定する装置があるんだよ〜。マコトの世界みたいなゴツい機械?じゃないけれどさ〜。人の頭部サイズの水晶玉〜』


 アシュレイが手をくねくねと動かして流線型を作る。あたしはふむふむ—と首肯して見せた。水晶玉は流線型ではない—という突っ込みはなしだ。

 さて、次は各項目の意味である。一見して分かるものもあれば、見ただけでは眉を寄せるものまであり、一通り聞いておくべきだろうと思われた。それをあたしが尋ねれば、アシュレイは待ってましたとばかりに話し始めた。


『え〜と、先ずはHPかな?これはどれくらい敵の攻撃に耐えられるか、という耐久力を示しているよ〜。私は後衛だから、レベルに対して大分低いね〜。ちなみに、0になると…死亡ではなく戦闘不能、或いは単独行動が不可とか、そういうレベルのダメージとなっておりま〜す』


 理解した—という意味を込めて首肯する。ヒットポイントではなく、ヘルスポイントの概念であるらしい。

 あたしはカードに視線を落とす。次はMP。確か、先の会話でマジックポイントとか言っていた様な気がする。まず間違いなくこれであろう。


『次はMPだね〜。これはどれだけ魔術やそれに準ずる技を使えるか—という指標になるよ〜。マジックポイントの略だね〜』


 やはりそうであった。あたしは首肯する。しかし、魔術や“それに準ずる技”とは何であろうか。尋ねるべく口を開こうとすると、先んじてアシュレイが口を開いた。


『それに準ずる技というのは〜、前衛さんの技だね〜。人によっては魔力の刃を飛ばしたり出来るのさ〜』

『…ほほぅ。それは興味深い』


 あたしは魔法剣士として活躍する己の姿を想像する。だが即座に没とした。魔物に自ら近寄るとか恐ろし過ぎる。あたしは後方で魔術を撃ちながら、商人的な立ち位置でパーティに貢献しよう—と、一人頷いておいた。

 想像力逞しいあたしの横顔を眺めていたアシュレイは、あたしが現実こっちがわに帰ってきたのを見てから続きを話し始める。


『筋力、器用さ、体力、俊敏…この辺りは説明いる?』

『いや、その辺は分かるから大丈夫だよ』


 あたしは説明不要であるとアシュレイに告げる。アシュレイは頷いて見せた後に、ハタと何かを思い出したのか、手を叩いてから言った。


『そうそう〜、忘れるところだったよ〜。レベルだよレベル〜。これはね〜、どれだけその人が魔素により強化されているのかを示す値なの〜。魔物を倒したりすると〜、魔物の体内の魔素がこっちに移ったりするのね〜。それで魔素が溜まれば溜まるほど〜、その人は魔素により強化されてゆくの〜。魔素の影響を受けにくいのは〜、知力と信仰。全く魔素の影響を受けないのが運命〜。魔素の影響で何れかのステータスが合計三ポイント上昇する度に、レベルは一加算されま〜す』

『…魔素と魔力は違うの?』


 あたしが疑問に思ったのは、魔素と魔力の呼び方の違いだ。あたしの理解では同じものを指していると思っていたのだが、もしかしたら違うのだろうか—と、確認の意味を込めて問う。それに対するアシュレイの回答は—


『同じものだよ〜。ただ、役割の違いから別呼称で呼んでるの〜。魔素と言った場合には〜、それ単体では大した力も持たず、その辺を漂う虫みたいな存在かな〜。人体に触れれば人体に取り込まれ〜、大地に触れれば大地に取り込まれる〜。そして、ある程度の魔素が寄り集まると、結合して魔力となるの〜。こうなると、体内に留まる大きな力となって〜、魔術を発動するための大元になったり〜、前衛の人達だと筋肉と密接に結びついて〜、身体能力を格段に高めたりする〜。でも〜、魔力と呼んだ場合には〜、魔術を発動させるための力と考えておけばOKかな〜』


 あたしは首肯した。曖昧な理解が若干だが深まったので良しとする。

 先のアイマスやソティが魔術を扱えない理由を尋ねた時にこの説明はなかったが、前衛として活躍する彼女達は、魔素は筋肉と結びついて、体内に留まる魔力としては残っていないのだろう。故に魔力値は低いのではなかろうか。魔力値の高低が与える魔術への影響については、この後に説明がされる事であろう。あたしは黙ってアシュレイが口を開くのを待った。


『さて、じゃあ魔術師には必須の魔力だ〜。魔力はね〜、魔術の威力やMPに大きな影響を及ぼしま〜す。魔力値が低いと、炎を生み出しても豆粒みたいな炎しか作り出せなかったり、一回の魔術でMPが切れて、ヘトヘトになったりしま〜す』

『魔術の制御云々は?』

『あれは知力に大きく影響を受けるから〜、魔力の説明からは除外〜』


 除外するらしい。だが今の説明で知力の役割が判明する。あたしは意気揚々と声を上げた。


『じゃあ知力はあれだ。魔術の制御をどれだけ円滑に行えるかの指標だ!』


 ところが、アシュレイはチッチッ—と人差し指を振りながら舌を打ち鳴らす。この仕草を始めて見たあたしは、腹を立てるよりも感激に打ち震えた。


(本当にやる人いるんだ〜。なんか感激〜)


 そんなあたしの視線に、アシュレイも何かを感じ取ったのか、僅かに目を細める。あたしは慌てて表情を取り繕った。

 しばらく無言で見つめ合っていた私達であるが、アシュレイは一先ず置いておく事にしたらしい。知力について話し始める。


『実はね、知力は信仰とも結びついていてさ〜。法術の効力にも影響を及ぼしたりするんだな〜。本を読んで知力を高めると〜、何故か一緒に信仰も高まる謎仕様〜』

『法術と魔術は違うの?』


 ソティが使う法術という力であたしの肩を治療したらしい。出来る事なら覚えておきたい代物である。だが、アシュレイは肩を竦めて見せると、小馬鹿にしたように言う。


『全然別物だよ〜。魔術はこの世界の術理という摂理に基づいた人の作り出した技術だ〜。対して法術ってのは、やりたい事だけを書き出した巫山戯た魔法陣を使った神頼みさ〜。要するに、“こういう事をしたいのです。神様、お願いします!”って、神様の力で奇跡を起こしてるんだよ〜。理屈も何もないトンデモスキルだよ〜。便利だけれど〜、私的には認められない〜』


 アシュレイ的には法術は認められない代物であるらしい。だが、そのトンデモスキルにあたしは救われたのである。アシュレイの言葉を肯定する訳にもゆかず、苦笑いするだけに留めた。


『次、信仰—法術を使うための力。祈りの力とでも言えば良いかな〜?信仰の高い人の祈りは〜、即座に神に届く。以上、説明終わり〜』


 法術についての説明はあっさりと終わった。アシュレイは法術に恨みでもあるのだろうか?—と、あたしは複雑な表情を見せる。

 そんなあたしの様子に気付かず、アシュレイは次の説明へと進んだ。


『精神はね、魔術の威力に少しだけ影響するし、法術にも少しだけ影響するね〜。大きく影響を及ぼすのは〜精神異常に対する耐性かな〜』

『…精神異常?』


 あたしは聞きなれない言葉に首を傾げる。所謂バッドステータスというやつなのであろうが、その中身は多義に渡ると思われる。そこは是非とも聞いておきたかった。


『混乱とか、気絶、高揚、沈下、恐怖、魅了など〜精神に異常を及ぼす攻撃を多用する魔物もいるんだよ〜。主に不死系魔物アンデッドに多いかな〜』

不死系魔物アンデッドいるんだ…』


 アシュレイの口から聞きたくない言葉が出てきた。あれである。ゾンビとかグールとかそれ系である。きっと汚いのだろう。臭いのだろう。あたしは出会わない様に祈る事にした。今だけは信仰値が高くなっているはずだ。


『いるよ〜?あいつらは最悪だよ〜。汚いし臭いし。出会わない様に祈るのみだよ〜』


 全く同意見であった。もしかしたら思考は同レベルなのかも知れない。何だか親近感を覚えて、アシュレイの言葉に深く頷いた。

 さて、残すところ説明が必要な項目は一つである。あたしはアシュレイを見る。アシュレイはあたしの視線に応える様に話し出した。


『冒険者クラスってのはね〜、冒険者としてどれくらいの技能を持っているかの指標だね。一般的にはA〜Fクラスの六段階あって、例外としてはAの上のSクラスと、未成年者用のGクラスというのがありま〜す。もう少し深く聞きたい?』

『…まぁ、一応』


 どうやらこの辺りの説明は、アシュレイ的には食指が動かないらしい。アシュレイは大きく嘆息してみせた後に話し始める。


『最初はFランクからスタートするんだけど〜、働きに応じてランクは上がっていくの〜。で、ランクが上がるとどうなるかっていうと〜受注出来る仕事の難易度と報酬が上がるの〜』


 その説明を受けて、ふと思い付く。アシュレイ達は魔物の討伐依頼を受けてここまで来たのだと言っていた。それはつまり、アイマスやソティも冒険者なのだろうか?パーティというのは、もしかして冒険者としてのパーティの事なのだろうか—と。

 そしてそこまで考えが至ると、俄かに青くなる。それはつまり、魔物と積極的に戦う事を意味するのではなかろうか。


『ちょっと待った。聞きたいんだけどさ…冒険者って積極的に魔物と戦うの?』


 あたしの質問に何かを感じ取ったのか、アシュレイはチラリと天幕を見てから言った。


『他の冒険者は知らないけど〜、彼女達は嬉々として魔物の群れに突っ込んで行くよ〜』

『…なんじゃそら』


 どうやらアイマス達は戦闘狂であるらしい。あたしは目眩を感じて目元を覆った。

 マジか—と、あたしは冒険者を回避するべく頭をフル回転させる。助けてもらった恩はあるが、それでも魔物は怖い。命のやり取りに慣れてなんていないのだ。先に小鬼ゴブリンの命を奪った時は、ある種の極限状態であったのだ。今同じ事が出来るかと言われれば、出来るとは思えない。

 その上、敵は正面から走って襲ってくる訳ではないのだ。


(最初に出会った魔物が不意打ちとか…どんなクソゲーだよ)


 あたしは眉間を揉みながらこんな事を考えていたが、こんなゲームがあるなら、きっと面白い。

 むむむ—と、唸っていたからだろう。あたしが何を考えているのか、アシュレイは見抜いたものであるらしい。

 優しく笑いながら声をかけてきた。


『まぁ、気持ちが分かるなんて言えないけれどさ〜、多分、冒険者として彼女達と一緒に活動している方が安全だよ〜?』


 アシュレイの言葉にあたしは顔を上げた。アシュレイは笑みを深くすると、なおも続ける。


『マコトは、有事の際に自衛出来ないでしょう〜?となると、そういう意識作りや実力をつけるための修行も兼ねて〜、彼女達と一緒にいるのが、将来的に一番安全だと思う〜。彼女達は戦闘狂だけあって〜、同ランク帯では戦闘能力は高いわよ〜。安牌〜』

『…安牌って…その言葉、こっちにもあるんだ…』


 何となく可笑しくなって、アシュレイに笑って見せる。アシュレイもまたあたしに対して笑いながら言った。


『私もずっと彼女達と一緒に居られる訳じゃないから、マコトが居てくれると安心〜』

『…は?』


 あたしは耳を疑う。アシュレイが居ないタイミングがあるというのは聞いていない。無理である。絶対に無理である。


『ちょちょちょ、ちょっと待って!アシュレイが居ない事があるって事!?無理だからね!?本当に無理!ダメ!絶対!』

『え〜?だって私は学者だし〜。普段は机に噛り付いてるし〜』

『あああああ〜、ふ、巫山戯んな!謀ったな!?最初からそれ狙いであたしをパーティに入れる流れに持っていったろ!』


 指を突き付けてアシュレイを非難するが、アシュレイは何処吹く風で、ならない口笛を吹いていた。

 あたしとアシュレイが二人でギャーギャー喚いていると、天幕の入り口がバサリと開かれる。何事か?—と、あたし達が振り向けば、そこにはジト目をこちらへと向ける、アイマスとソティがいた。


『『煩いぞ(で御座います)』』

『『すみません』』


 どうやらアイマス達は、あたし達が騒いでいる為に眠れないようだ。意思疎通のリングのおかげかは定かではないが、あたし達の会話は漏れていたらしい。あたしとアシュレイは口を閉ざすと、お前のせいだぞ—と言わんばかりに、お互いを掣肘しながら焚き火の番を務めた。

 天幕から僅かに寝息が聞こえ出したのは、交代間際になってからであった。本当にごめん。






『おはよう御座います』


 寝ぼけ眼のあたしにソティが挨拶をする。あたしも挨拶を返しながら、焚き火を囲む円に加わった。アシュレイは既に起きていたらしく、遅れて起きてきたあたしの顔を見ると、口元を指差した。


(うぬ?おっと、パトスが溢れていたか)


 口元をハンカチで拭うと、僅かに黒ずんだハンカチに顔を顰めた。そういえば、この世界に来てから何日経ったろうか。いい加減にお風呂に入りたいものである。

 しかし、それを言っても良いものだろうか?あたしは居候の身であるのだ。そんな贅沢が許されるとも思えない。

 ところが、あたしがウンウンと唸っていると、ソティが声をかけてきた。


『お風呂?確か湯浴みの事でしたよね?それならばアシュレイに湯を入れてもらいましょう』

『エ、エスパーか!?』


 あたしは忘れていた。意思疎通のリングの事を。強い想いは周囲にダダ漏れなのだろう。

 それはさておき、あたし達はもう少しばかり移動した後に湯浴みをする事になった。森の中での湯浴みは、流石に危ないと判断したのである。

 それでもあたしはルンルンであった。浴槽をアシュレイが石で作り上げ、水を溜め熱を加えて温める。


『今回限りのサービスだよ〜』


 —と本人は言っているが、アイマスとソティにも囃し立てられたアシュレイの機嫌は決して悪くない。また次の機会もありそうである。

 あたし達が代わる代わる湯浴みを済ませたのは、森を出てすぐの岩場であった。

 丁度良い具合に湧き水が潤沢に湧いており、アシュレイは0から水を作らなくて済んだ事に、ホッと胸を撫で下ろしていた。流石に浴槽一杯になる程の水を溜めるとなると、アシュレイでも辛いらしい。

 石鹸があった事も幸いであった。やや肌が引っ張られる感覚はあるものの、ベタつくよりかは随分とマシである。あたしは上機嫌で最後に湯浴みを終えた。

 さて、湯浴みを済ませると、あたしは衣類に袖を通す前に臭いのチェックを行う。僅かに鼻を近付けて、スンスンと臭いを吸い込む。ゆっくりと衣類から顔を離したあたしは、眉を寄せた。


『…汗臭い』

『そりゃそうだ』


 何を当たり前の事を—と、言わんばかりの視線をアイマスがあたしへ向ける。だが、あたしは現代を生きる女子である。お風呂は毎日入って当たり前。汗臭い事など到底許されない思春期の乙女なのだ。

 下唇を噛んで唸るあたしに、アシュレイが耳打ちする。


『お嬢さんお嬢さん、魔術師としてレベルを上げて魔術が使い放題になれば、湯浴みも洗濯も思うがままに出来ますぜ〜?ちなみに、この世界では湯浴みなんて贅沢で〜す。町の発展度合いにもよりますが〜、庶民は二日に一度くらいの割合で、冷たい水で身体を拭うくらいが関の山で〜す』

『うん、そうだね!決めた!あたしは魔術師になるよ!』


 あたしはあっさりと魔術師デビューを決めた。昨晩の悩みっぷりが嘘のようである。かくして、あたしは正式にアイマス達のパーティへと加わる事になったのだ。

 さて、湯浴みを終えてから三時間も歩けば、岩場も終わり街道へと出る。この頃になると、ちらほらと商人やら乗合やら、街道を往き来する馬車を見かける様になってきた。


『今日は随分と馬車が多いな…』


 あたしはこれが当たり前かと思っていたのだが、どうやらこれは普段の交通量に比べて多いらしい。どうした事か—と首を捻っていると、ソティが言った。


『おそらくは迷宮の件が町へと伝わったのでは?私達以外にも討伐依頼を受けていた冒険者はいるはずで御座います。そういった方々が町へと状況を伝えたので御座いましょう』

『…成る程。そうだな、そうなんだろうな』


 ソティの説明にアイマスは得心いったとばかりに頷いて笑う。あたし達が歩く方向が、ちょくちょくと話に出る町のある方向なのであろう。

 そう考えると、町から出てあたし達とすれ違う馬車は無人であり、あたし達を追い抜いて町へと向かう馬車には、屈強そうな男達がダース単位で詰め込まれている。

 あたしがそれを尋ねると、迷宮の話を聞きつけた冒険者達が、今後は続々と集まって来るらしい。迷宮は稼げるのだとか。


(あれが冒険者か…)


 あたしは幌馬車の幌から覗く鋭い視線に射抜かれると、そそくさとアイマスの背中に隠れた。そんなあたしの姿に、アイマスは呵々と笑い、ソティもまた微笑む。

 我ながら随分とアイマス達に打ち解けたものだ。何ともパーティらしくなってきたと思う。

 さて、そんなあたし達の横に、一台の馬車が並んだ。


「@#/&@#/&@#/&?」


 馬車の御者は気の良さそうな笑みを浮かべて、アシュレイに話しかけているようだ。

 アシュレイも笑みを浮かべて返す。


「@#/&@#/&@#/&」

「@#/&@#/&@#/&@#/&@#/&」


 アシュレイが何かを言うと、御者はチラリとあたしを見た。思わず訝しげな顔を見せるあたしに、ソティとアイマスの二人は御者とアシュレイの会話内容を教えてくれた。


『御機嫌よう大先生。一番乗りかと思ったら、随分と遅い到着で御座いますね?』

『まあな。今回は異国の元貴族を拾ってな。どうやら道に迷っていた上に帰る場所もないらしい。だから我々で保護しがてら、この国の事を色々と教えていたんだ』

『ほぅ、こりゃ珍しいで御座います。何処の国の出で御座いますか?こんな御召し物は早々に見られませんので御座いますよ?』

『それがな、我々にもさっぱりなんだ。共通語が通じないから、余程遠くの田舎町の出なんだろう』

『はは、成る程。良ければ乗っていかれるで御座いますか?』

『いやいや、もう町はすぐそこだ。気持ちだけいただいておこう』

『そうで御座いますか。それじゃあ大先生、お気をつけてで御座います』

『ああ、そっちもな』


 馬車はあたし達を追い抜き先へと進み、あたし達一行はそのまま歩く。あたしはアイマスとソティの翻訳に、違和感を感じていた。


『二人ともさ、声色を似せてくれるのは分かり易くて良いのだけれどね…口調、変えておくれよ。違和感が半端無い』

『む?贅沢だぞマコト』


 アイマスが渋い顔であたしの駄目出しを切り捨てる。

 ここで贅沢なんて言葉を使われるとは思わなかったあたしは、ええ?—と、遣る瀬無い顔を見せた。


『私はそんなに野太い声をしていない〜』

『なあっ!?私の声が野太いとでもっ!』


 アシュレイからも不満が飛び出すと、アイマスは悔しそうに項垂れる。

 あたしとソティはそれを見て笑い合った。


 『お?町が見えてきたぞ』


 アイマスの言葉にあたし達は視線を前へと向ける。

 目を凝らしてみるも、ぼんやりと高い塔らしきものが見えるだけである。鈍色の塔は、おそらくは石造りなのだろう。歩くに従い、塔の周りにも、鈍色が広がり出す。成る程—ここは魔物のいる世界である。高い壁を築いて町を覆っているのだろう。とはいえ、適当に想像しているだけで、あたしの目には未だに鈍色である事しか分からない。


(あれが見えるとか…マジかよ。どんな視力してんだ…)


『マコトは目が悪いんだな。アシュレイと同じだ』


 あたしの心の叫びはまたしてもダダ漏れであった。少しばかりきまりの悪い思いに駆られて頰をかく。

 さて、やがてあたしにも見事な城塞都市が見えてきた。城壁の外には見える範囲では民家などは無く、全ての生活空間が城壁で覆われているらしい。城壁の上には高く聳える主塔が見えており、主塔の頂点には国旗なのであろうか。赤と黄色の派手な旗が風に靡いている。

 あたしはその光景に感動した。平原の真ん中とは言え、塀と堀を築き橋渡しの城門を携えた城壁など、まさに鉄壁。空からの攻撃無くして沈む事など、有り得ないのではないかと思わせる堂々たる威容である。


『でも、この世界には空からの攻撃って有るんだよね…普通に…』

『そりゃあるよ〜』


 あたしの呟きをアシュレイが拾う。あたしはここに来るまでに、空を飛ぶ巨大な影を見ていた。あまりの大きさにジェット機でも飛んでいるのかと思った程だ。

 アイマスやソティの話によれば、グリムという名の超巨大な鳥の魔物であるらしい。余りにもデカすぎるため、人間程度の小型生物は餌として認識されないのだとか。但し、一度狙われると生還はほぼ不可能である事から、絶望グリムという名が付けられたそうだ。

 余談だが、グリムを見上げて呆気に取られるあたしの横では、アイマスとソティが嬉々としてはしゃいでいた。


『グリムが見られるなんて運が良いな』

『本当で御座いますね』


 運が良いらしい。冗談だろ—と、あたしはジト目で二人を見る。なお、その時のアシュレイは興味なさげに睫毛を抜いていた。

 話を戻そう。あたしにとっては、この世界で初の人里である。人里デビューである。あたしは緊張に喉を鳴らす。上手くやっていけるだろうか—と、不安になったのだ。


『何を緊張しているんだ?言葉も分からないのに緊張も何も無いだろう?』


 アイマスの言葉にあたしはハッとする。そうである。この3人は意思疎通のリングをはめているために普通に会話出来ているが、町の住民達とはそうはいかない。

 がっくりと項垂れると、出来立てホヤホヤの疑問をぶつける事にした。


『ねぇ、ちょっと聞きたいのだけれど、何で皆は意思疎通のリングなんて持ってたの?しかも四つも。必要ないでしょ?』


 誰ともなしに問いかけたあたしに答えたのはソティである。ソティがニコリと微笑むと、まるでソティの背後から後光が差しているかの様に見受けられる。美少女恐るべし。


『いえ、そんな事はないので御座います。例えば野盗の類に奇襲をかけたりとか、声を出せない状況での戦闘には重宝するので御座います。そんな理由から、三人分と予備一つで四つ持っていた訳で御座います』

『…奇襲、かけるんだ』


 美少女なのに—と悟られない様に日本語で呟く。鉈を持って嬉々として敵陣に飛び込んで行くその姿は、まるで狂戦士バーサーカーである。

 あたしは頭を振って、悪しき想像を追い払う。そんな悩める子羊であるあたしへ、アシュレイがボソリと告げた。


『まあ、マコトが何を考えているのかは想像に難しくないけれど〜、ソティのカードに記録されている適正職業は異端審問官インクイジターだからね〜。魔物相手よりも人間相手のタマの取り合いが本業〜』

司祭プリーストじゃないのかよ!?』


 恐るべき事実が判明した。戦士に異端審問官に呪術師である。ここは超前のめりな攻撃あるのみのイケイケパーティであるらしい。あたしは魔術師よりも司祭などの回復職を目指すべきではないのだろうか。

 口からエクトプラズム的な何かを吐き出すあたしであったが、アイマスに背中を押されて三人と共に入場待ちの行列へと並んだ。

 ややあって、あたしは我に返ると視線を城壁へと向ける。ようやく人心地つける場所へとあたしはやってきたのだ。何をするにもここからである。


(帰る術を探す。あたしはそのために冒険者になる)


 具体的なプランなど何もないが、今はそれでも良いだろう。先ずはこの世界を知る事から始める必要があるのだから。

 太陽は傾き地平線を赤く染めている。あたし達は町へと入った後の事を話し合いながら、入場を待った。

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