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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第3章 真、Cランクになる
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真、害虫駆除をする その四

 私達は蟻の巣の内部へと、即座に突入する。

 先頭はボーナスとアイマスの二枚壁。

 私がその後を走り、最後尾はソティが務める。索敵は私の担当だ。


「その角を曲がったところに三匹。天井裏に六匹隠れてる!」

「はっ、凄く正確で助かるぜ!っと」


 ボーナスの巨大な大剣が何とか振るえるくらいの狭いスペースの通路であるため、ボーナスは大剣ではなく腰の直剣で戦っている。


「アイマス、よく見てろ。蟻はこう処理するのが簡単だ」


 蟻を一匹斬り捨てたアイマスがボーナスへ視線を向けると、ボーナスはわざと蟻の顎を剣で受けた。

 私は、剣が折れるのではないか?—と心配したが、ボーナスは剣をくるりと時計回りに捻る。それだけで蟻の首がねじ切れた。


「えっ?」


 驚き固まるアイマスに向けて、ニヤリと笑ってボーナスが告げる。


「蟻共は顎の力は凄いが、首はそうでもない。噛み付いたら離さない特性を逆手に取って、あえて噛みつかせてから首をねじ切るんだ。これなら蟻酸も受けない。囲まれていない状況なら鉄板の処理方法だ」


 ほぅ—と、私達は揃いも揃って感嘆の声を上げる。

 敵を処理する速度もそうであるが、知識もまた深く、ボーナスから学べる事は多い。


「あ、後ろから来るよ。四匹」

「お任せあれで御座います」


 ソティは素早く蟻達の元へと走り込むと、鉈を使って今教えられた首をねじ切る倒し方を披露する。

 いきなり成功させる器用さもであるが、鉈のような短い武器で、やろうと思う胆力もまた凄いものである。


「まあ、とても簡単に処理できるので御座います」


 首狩りのレパートリーに、ねじ切りが追加された瞬間である。

 私とアイマスの二人は、なんとも言えない表情で、ソティの作業とも呼べるねじ切りを眺めていた。


「あ、前方右手に小部屋。蟻多数。私がやるよ」


 言うや否や、弓を構えて矢を番える。そのまま通路の先へと向けて矢を射れば、射った矢は右へと弧を描いて小部屋の中へと入った。その後にはパシュンと何かが弾ける音が聞こえ、それで終わりであった。派手な爆発も、身を竦める冷気もない。だが効果は劇的であるはずだ。

 小部屋を覗き込んだボーナスとアイマスは首を傾げている。おそらくは不思議がっているのだ。蟻達には傷一つないのに、フラフラと足元が覚束なくなったかと思えば、パタンと倒れているのだろう。

 遅れて小部屋を覗き込んで、予想通りの状況になっている事を認めた私は、怪訝な顔を見せる二人に教えた。


「魔力酔いだよ。私の魔力を撃ち込んだのさ。ポーション酔いと同じ原理だね。地下だと大規模な魔術なんて使えないからね」


 成る程—と、アイマスとボーナスの二人は納得したらしい。

 その後は皆で、蟻の首をねじ切る作業に終始する。小部屋はすぐに片付いた。


「さっきのはラヴァが教えたのか?」


 蟻の処理も終わった後、額の汗を拭いながらアイマスが尋ねてくる。その質問にはラヴァが応じた。


『いえ、基本的に真の魔術のほぼ全ては、真の考えによるものです。先の魔力酔いを誘発する魔術には、私も驚きましたよ』


 アイマスがほぉ—と感心してこちらを見れば、私の鼻が高くなるというものだ。ちなみに、精霊石を体内に持つ人間相手には効きが悪いと思われる魔術でもある。魔物専用と言い切っても良い。


「そうか…魔物専用か…人間相手でも使えたなら、戦争なんかも無血で終わりそうなんだがな…」


 私が効果を説明すると、ボーナスが渋い顔で呟く。その呟きを拾ったのはアイマスだ。


「相手も同じ事をしてくるだろ…」


 苦笑しながらも、ボーナスの心情を慮っているらしく、それ以上は何も言わない。ボーナスは帝国の冒険者にして、年嵩でもある。きっと、血生臭い場面をいくつも見てきているであろうから。


「…違いないな」


 アイマスの言に何度か頷くと、ボーナスも力なく笑った。

 二人は小部屋を出ると、なおもずんずんと進む。わらわらと出てくる蟻を捌きながらも、時折軽口を交わしている。余裕そうである。

 私はMAP魔術を常時発動しているため、基本無言。

 ソティは緊急事態に備えて法術を待機させているため、やはり無言である。前列の賑やかさに比べて後列の作業感はハンパない。


「挟撃。左右の壁から。左四。右七」


 うん?—と、違和感に眉をひそめるが、それでも見たままを告げた。この道は真っ直ぐの一本道であり、左右には道も小部屋もない。だがしかし、魔物の気配はあるのだ。突如として発生した。


「多い方を俺がやる。アイマスは左を頼む」

「承知した」


 私の言葉に怪訝な顔一つ見せず、ボーナスとアイマスは左右の壁へと構える。信頼されているようで、とでも嬉しい。例え背後でソティが胡乱げな視線を向けてきていたとしても。


「来たぞ!」


 左右の壁を破って蟻達が現れる。アイマスとボーナスは危なげなくこれを処理するが—


「ごめん!足元多数!」


 見落としていたはずはない。きっちりと警戒はしていた。だが、またしても突如として敵の気配が現れたのだ。


「ちっ!気にするな!教えてくれるだけでも有難い!」


 私の言葉にアイマスとボーナスが飛び退く。迷宮が近くなってきたせいか、私の索敵が効果的に働かなくなってきたのかもしれない。漂う魔素に阻害され、正しく地形も敵影も認識出来ないのだろう。

 更にここへ来て、MAP魔術におかしな動きを捉える。


(…え?待って、この先は右カーブだったはず…緩やかな下り坂になってる?)


 私の認識では、この先は右カーブであったはずなのだ。先にMAP魔術により確認した結果である。

 だがしかし、今MAP魔術で確認した結果によると、この先は下り坂となっている。


(おかしい…)

〈真、もしかすると…我々はとんでもない思い違いをしているのかもしれません〉


 ラヴァの言葉に耳を傾ける前に、私は再び叫ぶ。


「敵!前方から多数!天井裏にも!突如出現!」

「なんなんだ!?どうなってる!」


 ボーナスが叫びながら危なげなく敵を処理する。

 アイマスはやや混乱していたものの、こちらも蟻の顎を上手く使い首をねじ切っている。慣れてきたもので、気分は害虫駆除業者だ。


「ラストだ!」


 最後の蟻の首をねじ切ると、息を切らせながらもアイマスが私へと尋ねてくる。


「マコト、何か思うところがあったら言ってくれ。どうなっていると思う?」


 私はラヴァと視線を交わした後、僅かに考えてから告げた。


「もしかすると、この蟻の巣そのものが迷宮なのかもしれない」






「どうなってるんだクソ!地下班が突入した穴からも、続々と蟻が出てきやがる!一本道のはずだろ!?」

「間違いなく穴の中は一本道だ!」

「じゃあ突入した地下班がやられたのか!?」


 地上班も、徐々に違和感に気が付き始めていた。

 地下班が突入した穴からも、続々と蟻達が這い出てくるのだ。

 数の暴力と高レベルの冒険者が多数参戦した事により、なんら危なげなく処理できているものの、地上班もまた少しずつ防勢に回る事が増え始めている。


「おい?これって地下はどうなってるんだ?」

「地下の奴らは無事なのか?」


 俺がマコトに調査させた蟻の巣内部の地図が、現物と違うと否定されたのは、地下班が突入してから割とすぐの事であった。その時には違和感を感じはしたものの、特に深く考えてはいなかった。楽観視していた訳ではなく、マコトでどうにもならないなら、誰が調査しても結果は一緒だったからだ。

 地図の作成には俺も立ち会っていた。護衛達は当然付けていたが、マコトの察知能力は護衛を不要とし兼ねない程に優れたものであった。そのマコトに出来なかったなら、仕方ない—と考えたのだ。だが、ここである疑問を覚える。


(ちょっと待て…マコトの地図は…合ってたんじゃないのか?…あの段階では?)


 俺が考えたのは、蟻の巣の内部が変化している可能性である。しかも、リアルタイムでだ。そこまで思い至って、戦慄した。


「まて、全員蟻の巣から急いで離れろ!蟻の巣そのものまで迷宮に侵食されている!拡張期だ!迷宮が姿を変えてる!地上も安全とは限らん!」

「離れろー!蟻の巣から急いで離れろー!」


 俺の言葉を受けて、青い顔で周囲への指示を引き継ぐ冒険者達。前回に引き続き、今回も苦渋を舐めさせられる事になりそうだ。


(くそ!とことん引きが悪いな!)


 拡張期とは、迷宮核の存在する迷宮に起こる現象で、迷宮が拡大する時期の事である。迷宮毎に規模こそ異なるが、迷宮の周囲の空間を捻じ曲げ、迷宮の一部として侵食してゆく現象だ。その時の迷宮は空間が歪み、内部も大きく変化する。表層を歩いていたはずが、中層にいきなり突入した—というケースも報告されている。今回の件で言えば、蟻の巣の内部に発生した迷宮の拡張期が、蟻の巣全土に及んでいると考えられる。

 更に脳裏を過ったのは、何処ぞの学者が発表した迷宮のスタンピードに関する論文だ。何かの依頼で貴族の屋敷に招かれた時の事だ。待ち時間の暇潰しに—と、家令から手渡されたものであった。

 その時、論文などという物を初めて目にした。興味を惹かれ、どれどれ—と目を通す。その出だしは、痛烈な批判から始まった。現在の主な学説は、スタンピードは迷宮内の魔素で賄いきれなくなった魔物達を迷宮外へ拡散させるための働きであるというものである。ところが、その論文を書いた学者は違う可能性を提示していたのだ。それは、迷宮の拡張期を察した魔物達が、危険から逃れるために迷宮外へと拡散する—と、いうものであったのだ。その論文は、俺の知る限り日の目を浴びる事はなくひっそりと消えていったが、俺自身はあり得るのではないか?—と考えている。


(スタンピードが起きたのはつい先日。あの論文が正しいとすれば、拡張期に突入したと考えられる。本当に最悪のタイミングだ!)


 俺は歯噛みして蟻の巣の様子を窺っていた。既に冒険者達も騎士団も、蟻の巣から離れて様子を見るに徹している。たまに蟻の巣から出てきた蟻が、弓矢や魔術の餌食になる程度である。


「お、おい!見ろ!」


 誰かが叫んだ。言われるまでもなく既に見ていた。俺は前衛職だが、Bランクにもなればそこそこ魔力の扱いにも長けてくる。故に、僅かだが見えていた。蟻の巣の穴の周囲に、魔素が集まり始め、大きな魔力のうねりとなっているのが。それは空間そのものをグニャリと歪め、大きな蟻塚を形成し始める。もはやそこには一面が穴だらけの砂漠は存在しない。巨大な蟻塚が鎮座していたのだ。


「…これで終わりじゃないぞ…まだ魔力は停滞している…更にこの迷宮は大きくなる…」


 数ある選択肢の中で、この緊急依頼は最悪の状況を選び続ける。ここでもまた、最悪の状況は更新された。


「アンラに早馬をだせ!ここは…この迷宮は…超大型迷宮だ!魔物も一気に強力になるぞ!Bランク上位冒険者は蟻を一匹も逃さないでくれ!それ以下のランクのものは、その補佐だ!ここからは持久戦になる!アンラからの応援が来るまで耐えるぞ!」


 俺の叫びに、慌ただしく冒険者達が動き始める。俺は次いで、Aランク冒険者に指示を飛ばした。


「ノアの鐘と白の秘蹟の二パーティは…悪いが、内部に入り込んだ冒険者達の救出をお願い出来ないだろうか?」


 ノアの鐘は全員が前衛職という極めて異色のパーティである。リーブリヒが所属するパーティでもある。

 白の秘蹟は全員が修道士という、これまた異色のパーティであった。過去形であるのは、昨年、精霊がパーティに加わったからだ。白の秘蹟の夜営地近くで魔素が溜まり、そこから精霊が誕生したそうなのだ。誕生した精霊は、白の秘蹟の光属性を帯びた魔力に感化され、光の性質を帯びていた。それがためでもないが、精霊は己を保護した白の秘蹟の一員として、そのままパーティメンバーへ加わったている。


「お任せください、フィーラー様。力の限り冒険者の皆様を救出します」


 力強く答えて見せたのは、白の秘蹟のリーダーであるセイクリッドである。

 頼みます—と、俺は大きく頭を下げて、Aランク冒険者パーティの面々を送り出す。

 本来であれば、全員で乗り込みたい気持ちであるが、Aランクの隔絶した実力を前にしては、俺でも足を引っ張りかねない。歯痒さに、苦虫を噛み潰したような顔で、俺は頭を下げていた。






「もしかすると、この蟻の巣そのものが迷宮なのかもしれない」


 私の発言を受けたボーナスは、具に周囲を観察する。

 一見すると四方は何の変哲も無い土の壁である。ボーナスは背中から大剣を抜くと、思いっきり壁を切りつけた。

 思わずアイマスが口を開くが、すぐにその声色は驚愕のものへと変わる。


「一体何を?…これはっ!」

「…何これ?亜空間?」


 私も驚き声を上げた。

 斬り付けられた壁の向こう側には、ねじ曲がる黒い闇が広がっていた。黒い闇はグニャリと歪むと、今ボーナスの生成した穴へ新たな通路を繋げて見せた。

 私達のいる場所は、直線から丁字路へと変化したのだ。ボーナスは大剣を担ぎ直すと、嘆息してから言う。


「…どうもおかしいとは思ってたが…決まりだな。拡張期らしい…ははは、最悪だな」


 うっわ—と、ボーナスの言葉に眩暈を覚える。拡張期となれば、前方の通路が切り替わるのも頷けた。私達は今、リアルタイムで道の変わる迷路を進んでいるようなものだ。最悪、今いる場所が壁の中に埋まる事だってあり得る。


「リアルテレポートの罠かよ」

『真、誰にも通じませんから、それ』


 私の頭の中を覗ける鷲には通じたようであるが。

 さて、冗談はともかくとして、事態は再び最悪へと向けて舵を切った。拡張期が進めば、今度は魔物の強化が急激に進むのだ。この迷宮の規模は不明であるが、大きな迷宮であればある程、周囲から大量の魔素を取り込み強力な魔物を生成する。そうなれば、私達はどうなるか分からない。全員が何かしら特殊な能力を持つアエテルヌムではあるが、レベルという意味では、ボーナスの足元にも及ばないだろう。ステータスとて、それだけの開きがあるはずである。

 そこまで思い至ると、私は意を決してボーナスへと告げた。


「ボーナスさん、あたし達が足手纏いと感じたら、置いていってください」


 アイマスとソティが私に視線を向ける。けれど、それは責めているような視線ではない。むしろ、よくぞ言った—と言いたげな、満足げな表情ですらある。

 私もまた、二人に笑って見せた。

 ところで、そんな事を言われたボーナスはというと、腕組みしたままでしばらくは考え込んでいた。うーん—と唸っていたかと思えば、徐に片手を上へと伸ばす。

 何をするのか?—と、黙ってそれを見ていた私だが、私の肩を叩こうとしているのだ—と理解すると、俄かに身を硬くした。だがしかし、私は忘れていた。ボーナスの肩叩きの威力を。多少身を硬くした程度では、防ぎきれない悪夢の一撃だ。


—ズドォン—


 ボーナスに肩を叩かれた私の足が、迷宮の床へと沈み込む。


「くっふぅ」

「「『マコト〜!?』」」


 何やら、私を呼ぶ声が聞こえた気がした。






「お前らを見殺しにするとか、あり得ないからな!絶対に諦める事などない。俺より先に死ぬ事は許さん!分かったな」

「「「はい」」」


 私と、何故か同じく気絶していたアイマスが目をさましてから、私達三人は、まとめてボーナスに説教を受けていた。およそ迷宮内でやる事でもないが、ボーナスには関係ないらしい。何か反論しようにも、ボーナスの剣幕が凄く口答えできる雰囲気でもない。


「全く!命根性が汚い事は、美徳だ!そう思え!いいな!」


 ようやくボーナスの怒りは静まったと見えて、鼻息を大きく吐き出すと、警戒こそ続けているようだが、やや平常のものへと表情が戻る。

 私はチラリとボーナスが怒っていない事を認めてから、改めて尋ねた。


「この後は?一旦仕切り直し?それとも攻略継続?」


 ボーナスは私の問いかけに、腕を組んでウンウンと唸り始めた。どうやら決めていなかったらしい。やがてボーナスは顔を上げると、苦い顔で首を振った。


「一旦帰るしかないだろうな。上でもこの事態に気が付いているなら、仕切り直しになっているはずだ。Aランクのパーティでも、中に送り込んで冒険者の捜索に入ってるんじゃねぇか?…いや、待て。それを手伝うのもアリか?」

「じゃあ、人の気配らしきものを探せば良い?」


 私が加えて尋ねると、ボーナスは喜色を浮かべて私を見た。


「出来るのか?」


 私は首肯しながら答える。


「やってみる」

『人の気配は魔物のそれに比べて弱いはずです。精霊石を体内に持っていますから。ですから、気配をやたらと感じられない場所がそれだと思われます。真、判断が付きますね?』


 ラヴァの言葉に私は首肯し、意識をMAP魔術へと向ける。迷宮化による影響か、薄ぼんやりとした映像しか脳裏には浮かんでこなかったが、人を探し出す分には十分であった。精霊石の効果によるものなのか、逆にくっきりと何も感知できない空間が広がるのだ。ラヴァの言っていた事はこれであろう。


「うん、大丈夫。近くにはいないけれど、やや離れたところにいるのが分かる。いけるよ」

「んじゃ、助けに向かうか」


 ボーナスの言葉に私達は首肯すると、走り出した。


「通路の先、蟻?四」


 やや歯切れの悪い言い方をする。

 アイマスやソティは顔を顰めて私を見るが、ボーナスは即座にその意味を理解した。


「敵が進化してるぞ!気を抜くなよ!」


 緩やかなカーブの先にいたのは、成る程、確かに蟻なのだろう。けれど、顎が異様に発達しており、まるで兜を被っているような形貌になっていた。

 私とアイマスは蟻博士のソティを見る。ソティは嘆息してから教えてくれた。


「ビッグ・ヘルム…ビッグ・ジョーの上位種で御座います。見ての通り、顎が異様に発達しており、正面に立つのは危険で御座います。先の剣を噛ませてねじ切る戦法を取るときには、顎が相当前に伸びる点に留意してくださいませ…もしかしたら剣が保たないかもしれませんが」

「…保たんだろうな」


 ビッグ・ヘルムなどを見た事がなかったらしいボーナスは、その巨大な顎に驚いている。

 ちなみに、私がびっくりしたのは、ソティがちゃんと敵を知っていた事である。つまり、こんな気持ち悪い蟻が地上にもいる事になる訳だ。


(私、途端にこの世界でやってゆく自身がなくなってきたよ)

〈貴女ね、Gを想像しないでもらえます?こっちにも思念が流れてくるんですから〉


 私は巨大なG型魔物を想像して身を震わせた。いるんだろうな。

 さて、ソティの言ったようにビッグ・ヘルムの顎は伸びた。顎は頭部を覆うように四分割して口元に張り付いており、噛み付こうとすると、それらがニュッと伸びるのだ。最高に気持ち悪い。エイ○アンかよ。

 ちなみに、ソティ曰く、この時が最高の攻撃チャンスであるらしい。顎を伸ばす時は、その他の動作が止まってしまうのだとか何とか。


「手本をお見せするので御座います」


 そう言って、ビッグ・ヘルムへと普通に歩いてゆくソティ。

 ソティが間合いに入ったのであろう。ビッグ・ヘルムの顎が勢いよく伸びる。想像以上の速さで動く顎に驚いた。

 だがしかし、ソティは既にそこにはいない。顎が頭部の前方で閉じられた時、ソティは既に蟻の首を落としているではないか。更に流れるようにもう一体を刎ねると、残りの二体をアイマスとボーナスへ譲る。


「今のタイミングで御座います」

「いやぁ…お嬢ちゃんと同じ動きは無理だな〜」

「あれを私にやれと?」


 ボーナスとアイマスの二人は、苦り切った顔で告げるのだった。

 それでも、顎が突き出てくる速度は把握していたと見えて、ボーナスもアイマスも危なげなく蟻を処理する。四体の蟻は生命活動を停止し、脚を畳むと動かなくなった。


「あたしもあんな風に動いてみたいな…」

『一朝一夕で出来る動きじゃありませんよ?相当な訓練の賜物でしょう。やめておきなさい』


 私の呟きに、ラヴァが素早くダメ出しする。諦めきれない私は食い下がった。


「何事もチャレンジだよ!」

『貴女には貴女に相応しい戦い方があります。そうですね…魔力の高速回復とかどうですか?』


 ラヴァがチラつかせた餌に、私は見事に食いついてしまう。なにそれ?—と目を輝かせて尋ね返す。おのれ、悔しいが魅力的だ。

 ところがラヴァは、落ち着いたら教えましょう—と、お茶を濁した。いい加減な事を言って誤魔化しただけかもしれない。

 さて、私達は移動を再開して、変化する迷宮内を進む。魔物は奥に進むに従い、上位種が出現するようになり下位種はまるっきり出なくなる。どうやら表層に押しやられているらしい。

 私はふと考えて、アイマスへ尋ねる。


「ねえアイマス。もしかしてスタンピードって、迷宮の深部に上位種の魔物が発生した事により、下位種がそこから逃げて起こる現象じゃない?」

「…ほう?面白いな。確かにそう考えても不思議じゃないな。論文でも出すのか?」


 いやいやまさか—と、私は笑いながら首を振る。けれど、次にアシュレイと会った時にでも、この見解を語ってみれば面白い話になりそうだな—とは思った。

 それからは通路の変化もなく、人の反応があった場所へと私達が駆けつけた時、冒険者の一団は大量の蟻と乱戦を繰り広げていた。下位種であったが物凄い数である。まるでスタンピードだ。

 何より凄いのが、その勢いだ。何かから逃げるかのように、恐ろしいスピードで駆け抜けようと、冒険者達へと突っ込んできている。そのまま通過してくれれば冒険者達も唖然として見送るのであろうが、行きの駄賃と言わんばかりに大きな顎を広げてくるのだ。これでは対処しない訳にもいかない。


「退がって!一気に冷えるよ!」


 蟻は寒さに弱い生き物である。それを思い出した私は、瞬時に周囲を極寒の冷気で覆う魔術—通称、アシュレイの落書き—を発動させた。込める魔力は最低限だ。それでも日本の冬を超える寒さを叩き出すから恐ろしい。急速に足元から冷気を伴う風が拡散し、周囲の温度を一気に下げる。地下であるため陽の光の及ばないそこは、即座に霜がおり凍てつくのだ。蟻の動きが止まるまで、そう時間はかからなかった。


「たす、た、助かっ…た。にし…も、寒い…な」


 それ程危ない訳でもなさそうではあったが、数には辟易していたようである。どちらかと言えば、私の魔術による被害の方が酷い。アイマス達もガチガチと震えながら、消えた洋燈に再び火を灯している。そういえばアイマスは金属鎧だったな—と思い出すと、心の中で詫びた。

 私が魔術を停止させた後は、皆で動きの鈍くなった蟻達を仕留める。やがて、全ての蟻を片付け終えると、状況の整理に入った。アイマスから事のあらましを聞いた冒険者達は、私達一行に礼を言うと、撤退する旨を告げてきた。


「分かった。一旦上へ戻る事にするよ。あんた達も気をつけてくれ」

「ああ。道がちょくちょく変化してる。下り坂になったら、引き返して上り坂を探すのも手だ。気をつけて」


 向こうの冒険者のリーダーと思わしき男性とアイマスが握手で別れを告げて、私達は次の一団を目指して再び走り出した。

 その時である。MAP魔術により監視していた先の通路に、明らかに異様な魔力の塊を感知したのだ。


「止まって!」


 私の叫びに三人が即座に停止し、こちらへと向き直る。


「どうした?」


 尋ねてきたアイマスに、少し待て—と手で制してからMAP魔術の映像に意識を向ける。やはり間違いではない。私はアイマスに視線を戻して告げた。


「前方に滅茶苦茶濃度の濃い魔力の塊がある。魔物だとしたら、危険なんてレベルじゃないよ」

「なんだと?」


 アイマスが苦い顔を作る。ソティも僅かに眉を寄せた。ボーナスもまた渋い顔を見せていたが、やがて、私へと向き直り尋ねてくる。


「…数は?」

「数?…えっと、一塊…一つに見えるけど?」


 私は数を尋ねられた意図が分からずに、首を傾げながら返す。

 ボーナスは私の返答に、満足げに頷いてから笑った。


「昆虫系魔物の最悪は、俺の知る限り、レベル200のビー・マンティスって奴だが…一対一なら…俺は勝てる」


 はぁ?—と、私達は絶句する。人類種の限界はレベル100である。その倍あるレベルの魔物に、ボーナスは勝てると断言したのだ。

 唖然とした顔でボーナスを見つめる私達に、ボーナスは続けた。


「俺がSランクとして認められているのは、格上の敵に対して滅法強いからなんだ。一対一限定だがな」


 Sランク冒険者—それは、冒険者達の憧れであり、目指す頂でもある。その場所は、Aランクで実績を積むだけでは到達し得ない。強さは勿論の事、何らかの条件が必要なのだ。ボーナスの場合、単独で格上の敵を狩れるという能力—否、突き詰めた強さである。レベルに現れない強さをもって、Sランクを得たのだ。そのボーナスが言うのだ。一対一なら勝てる—と。

 私達は顔を見合わせる。何かあっても手助けする事は出来ない。レベルが隔絶した相手では、手助けに入った瞬間に逆に殺されかねないからだ。最悪、足手纏いになる。


「…それに、引く事は出来そうにないな。また壁に穴でも開けてみるか?」


 ボーナスの呟きに、私達が背後を振り返れば、今しがた通ってきたはずの道は壁になっていた。


「…嘘…」


 私が思わず声を上げ、アイマスとソティも渋い顔で、突然に現れた壁を見つめた。


(…どうする?退く方が危険は少ない?)


 ボーナスに穴を開けて貰えば、先のように道が出来上がる可能性もなくはないのだが、道ができるとも限らなければ、例えできたとしても、更なる強敵が待ち受けていないとも限らない。思考の坩堝に陥りかけた時、MAP魔術に新たな反応が現れた。考える事を一旦止めて意識をそちらに向けた私たが、思わず青くなって呟く。


「…嘘でしょ…」

「どうした?」


 アイマスの声に私は我に返ると、慌てて三人へと告げた。


「巨大な魔力の塊へ向けて、近付く気配が何個か…おそらくは冒険者」


 私のMAP魔術に、冒険者のものと思われる空白がいくつか、巨大な魔力の塊へと向かって移動していたのだ。この先は急なカーブになっている。冒険者達はカーブの奥からこちらへと向けて進んでいた。カーブの先に死神に等しい存在がいるなどとは、思ってもいないに違いない。

 三人は私の言葉に目を見開き、即座に駆けた。私も慌てて後を追う。


「やるぞ!いいな!?」


 ボーナスが背中の大剣を抜きながらアイマスに問う。アイマスは一も二もなく首肯した。

 それを聞いた私は、慌ててラヴァへと声をかける。


「ラヴァ、ボーナスさんへエンチャント!」

『ああ、そうでした!』


 ラヴァのエンチャントがボーナスの身体を包み、光り輝けば、その効果に驚いたボーナスがぼそりともらす。


「こりゃすげぇな。負ける気がしねぇ」


 そのまま速度を上げて、ぐんぐんと私達を引き離してゆくボーナス。やがてその姿が豆粒程のサイズになった時、通路の先に蟻の姿が見えた。


(…何あれ?蟻…なんだよね?)

〈…蟻…なんでしょうねぇ…〉


 まず目に付いたのは脚だ。異様に長いのである。私程度なら屈まなくても潜り抜けられる程に足元が空いている。次いで目に付いたのは顎。ビッグ系とはまた違う、一風変わった顎を持っていた。その形状はまるで鎌である。そして蟻が首を持ち上げると、首もまた脚同様に恐ろしく長い。一瞬キリンを思い浮かべたが、首には無数の節があり、グルグルとよく動くのだ。それはまるで轆轤首のようであった。


「…ないわ」


 あまりの悍ましさに顔を顰めて呟く。チラリと視線を向けるが、流石にソティも見た事がないらしく、首を振るのみであった。


「っくぞオラァ!」


 ところが、ボーナスは何一つ動じる事なく大剣を大上段に構えて飛びかかる。それは余りにも迂闊なのではなかろうか?—と心配したが、どうやら杞憂であったらしい。蟻は律儀にも顎で大剣の一撃を受け止めると、楽々と押し返してみせた。


「ははっ、力負けしてんな」


 ボーナスは獰猛に笑うが、見ている私達は気が気ではない。本当に大丈夫なのだろうか?—と、思わず怪訝な顔を作る。


「大丈夫だ。まあ、見てろ」


 しかし、まるで私達の心情を正確に察知したかの如く、ボーナスは蟻から目を逸らさずに告げてきた。するとどうだろう。ボーナスの身体からは、薄っすらと魔力が立ち昇り始める。さっきの一撃は様子見かよ—と突っ込みたくもなったが、Sランク冒険者の本領発揮である。私達は固唾を呑んで見守った。

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