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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第3章 真、Cランクになる
33/248

真、ついに召喚する

「マジかよ…お前らの倍近いレベルの相手だぜ?やるだろーなとは思っていたが、本当にやられると、やっぱ驚くな」


 そう言ってリーブリヒは笑って見せた。だが、同時にパンパンと両手を叩いてこうも言う。


「けど、最下層はまだ早えーらしーな。消耗がハンパねー。上にもどんぞ。今回はこれくれーで満足しとけー」


 それは口出ししてはいけないところなのではなかろうか?—と思わなくもなかったが、確かに私達は消耗が大きい。今の二体はこれまでの敵の比ではなく危なかった。

 考えるに、私達にとって、ゴーレムは非常に相性の良い相手だ。

 だがそれでも、今はまだ格上である。一撃もらえば相当に危険な事には変わりなく、今もアイマスはソティから法術による治療を施されている。盾で捌いているだけでもダメージはかなりのものになるらしい。


「ああ、いや、すまない。私達にまだこの階層は早いな。だが満足だ。いやぁ、いい戦いだった」

「全く、アイマスは戦闘狂過ぎるよ」

「本当で御座います」


 お前もだよ—と、横に並び立つソティの笑顔を見ながら思った。怖いので言わないが。

 私達は、すぐにその階層を後にすると、開けた場所まで戻り、そこで数刻眠る事にした。

 相変わらず、活躍するのは私のセンサー魔術である。ただし、迷宮内であるため、使用するのはやや重い改良版の方だ。

 アイマスとソティは、何も気にせずぐっすりと眠り、リーブリヒは若干戸惑っていたが、それでも疲れていたのであろう。すぐに寝息が聞こえてきた。私もまもなく意識を手放した。






〈聞こえますか?真?〉

「だ〜れ〜?」

〈だ〜れ〜?じゃありませんよ!私を召喚せよと言ったではありませんか!いつになったら召喚するんですか!〉

「へ?…そういえば言われた気もする…と言われてもね、あたし召喚使えないし」

〈アシュレイの本に書いてあるでしょ!〉

「…貴方はアシュレイの知り合い?」


 声に意識を傾ければ、私は再びよく分からない場所にいた。

 深い海の中に沈み込んでいるかのような感覚。目の前に誰かいるのは分かるが、目を開ける事が出来ないのは疲れ故か。手足が動かないのは、相変わらずであるらしい。

 私の問いかけに、声の主は嘆息してから応じた。


〈貴女の視界を通して、いつも見ています〉

「へ〜、私の視界を…」


 しばしその意味を考えて固まった。


「ちょっと待った」

〈はい?何でしょうか?〉

「私の視界を通して見ているって、いつも見てるの?何処まで見てるの?」

〈…ああ、そういう事ですか。全て見てますよ。トイレも湯浴みも…なんなら貴女の記憶も全て!〉


 勝ち誇った言い方をする声の主は言い終えて満足でもしたのか、ふっふっふ—と笑っている。

 私は真っ赤になって怒り出す。当然である。乙女の純情が汚されていたのだ。


「ふ、巫山戯んなぁ〜!」

〈巫山戯てるのは真です!嫌なら早く召喚しなさい!毎回毎回見たくもない貴女の貧相な胸を見せられるこっちの気持ちにもなれ!〉

「何だとテメー!」


 マジギレである。だが向こうも何故かキレている。キレる程に貧相な身体つきだと言うのか!?


〈どんなに揉んだって大きくなりはしないんですよ!現実を見なさい!デカい人は何もしなくてもデカいんです!〉

「ぐ、ぐあぁぁぁ」


 今の一言は私にとっては特大ダメージであった。ソティとか、アイマスとか、確かにデカい。アイマスなんて酒飲んでるだけだし、ソティなんてほっとけば粗食の極みだ。なのに何故あんなに大きいのか—と、考えると、泣きそうになった。


〈兎に角、早く呼び出しなさい〉

「…すぐには無理」


 私の返答に、再び声の主は嘆息する。


〈仕方ありません。強制的に生まれるとしましょうか。貴女を母体として〉

「…へ?」

〈妊娠おめでとう御座います。元気な私を産んでくださいね〉

「ふ、巫山戯んな!巫山戯んなぁ!!」






「巫山戯んなぁ!!」

「うわぁっ!?びっくりした!?」

「どうしたのですか、怖い夢でも見たので御座いますか?マコト?」


 叫び声を上げながら上体を起こしてみれば、目の前には、不思議そうな顔で私を見つめるアイマスとソティがいた。

 周囲を見渡せば、そこは迷宮内である。少し離れた場所では、リーブリヒが私に視線を送りながら、干し肉を噛んでいる。

 状況を把握すると、思わず首を傾げて尋ねる。


「…何が巫山戯んな?」

「いや、こっちの台詞なんだが」


 アイマスがジト目を私へと向けてくるが、何故私は叫んだのか、全く思い出せない。何かを忘れている気がして、腕を組んで考え込んだ。


(夢?…夢を見てた?)


 また寝れば思い出すかと考えて、横になると目を瞑った。—寝れなかった。


「…眠れん」

「何がしたいので御座いますか?マコト?」


 首を傾げて私を見つめるソティに、指を突き付けると私は叫んだ。


「そう!何かをしなくちゃならない!じゃないとヤバい事になる…気がする。でも、それが何なのか思い出せないんだよ〜」

 

 頭を抱えて唸る私を前にして、アイマスとソティは顔を見合わせている。何か良い案をくれ。


「何か変なものでも食べたのかマコトは?」

「マコトの食べたもの=私達の食べたもの、で御座います」


 アイマスとソティは腕を組んで考え込む。

 やがて、アイマスがボソリとこぼした。


「アシュレイなら何か分かるのか?簡単に呼び出せればいいんだがな…」


 呼び出す—その言葉が何故か強く引っかかり、アイマスをじっと見る。

 アイマスは、私の顔が余程な表情を浮かべているのか、たじろいで数歩後退った。


「…呼び出す…呼び出す…」


 ゆっくりと立ち上がると、端に置いてあったポストマンバッグを拾い上げ、中身をガサゴソと漁る。やがて取り出したのは、高等魔術理論。パラパラとページをめくりながら目を走らせる。朧げながら思い出す。私は呼び出さなくてはならない。


「…それだ。それだよ!呼び出す、呼び出すんだ!あたしは何かを呼び出さなくてはならない!召喚だよ!」


 一気にページをめくり、召喚に関するページを開く。

 分かる。かつては全く読み解けなかった術式が、今なら何故か、すんなりと頭に入ってくる。


「これは…成る程、こっちと結びつくから…」


 ブツブツと独り言を呟いている以上、気持ち悪い奴だという自覚はある。だから、聞こえる声で言わないでもらいたい。後ろの3人。


「おい、あいつは大丈夫なのか?」

「いや、いつも大体狂っているが、ここまで酷いのは初めてだからなぁ」

「そうで御座います。今度こそダメかもしれないので御座います」


 私がジト目を背後に向けると、アイマスとソティは視線を逸らし、リーブリヒはそんな二人にジト目を向けていた。


「お前ら、本当に仲良いーのか悪りーのか分かんねーな」

「仲良いに決まってるだろ。私達は摩武駄致(マブダチ)だ!夜露死苦(よろしく)!」

「そうで御座います!夜露死苦(よろしく)!」


 二人はリーブリヒに毒されているらしい。影響を受けやすい質である。

 やがて、バラバラだったピースが一気に噛み合う。

視線だけはすごい速さで右へ左へと動き、口元もブツブツと構築するべき術式を呟いていると、また背後からは私の正気を疑う声が聞こえてくる。


「あー、ありゃ確かにやべーわ。近寄っちゃいけん奴だわー」


 うっさいわ。ほっとけ。

 それはそれとして、私はついに読み解いた。

 徐に立ち上がると、ポストマンバッグの中から詠唱用の短杖を取り出し、小声で詠唱しながら魔法陣を組み立て始める。


「こりゃ…召喚陣じゃねーか。あいつ何を召喚すんだ?」


 リーブリヒがアイマスとソティに尋ねているが、二人とて知る由はない。私は召喚など使った事がないからだ。二人はさあ?—と肩を竦めているが、私だって己が何を召喚するのか分からない。

 けれど、何かいる。私の中に何かいるのは分かった。やがて、その何かは明確な形を作る。

 鳥だ。それもかなり大きな。


〈ようやく召喚してくれましたか。待ちわびましたよ〉


 脳裏に声が響くと、頭の中に一気に情報が浮かび上がる。何故か忘れ去っていた、くそったれとのやり取りだ。


「そうだ、これだ!こいつだ!思い出したぞ、ちくしょう!出てこいくそったれ!」


 声を荒げて召喚陣を短杖で荒々しく叩く。召喚陣は紫電を放ちながら、私の呼びかけに応じた。


「おいおい。何か出るじゃねーか。Dランクにして契約獣持ちかよ。やるじゃねーか」


 リーブリヒの発言に、私は顔を顰める。

 そんなものを持ってはいないからだ。これはきっと契約獣などではない。

 契約獣とは、多少の理性があるのか、悪戯に人に害を成さない魔物の事である。

 多くの場合は魔素を食料としており、口径摂取で餌を取る必要がない。そのため契約を行えば、魔素を餌として供給する代わりに、召喚に応じて手を貸してくれる事もあるのだ。


「そんなものを見つけた記憶はないな…」

「私もで御座います…マコトが一人で契約をしたので御座いましょうか?」


 アイマスとソティは、リーブリヒに首を傾げて見せている。

 契約獣のはずはないと考えているのだろう。何故ならば、アイマスとソティは、魔物と見るや否や殲滅するからだ。特に生かしておいて捕らえた事もなければ、私が何かと契約しているのを見た事もないはずだ。私だって契約なんざした事ないのだから。

 けれども、現に魔法陣は紫電を放ち、魔法陣の中から精霊を意味する刻印が浮かび上がると、その刻印はやがて実態を取り、己を形作った。


『ようやくですか、真!待ちわびましたよ!』


 紫電が消え去った後、召喚陣の上には、一羽の大鷲が佇んでいた。


「大鷲?」

「しかも言葉を話しているので御座います」

「こりゃ驚いたなー」


 アイマス達は顕在化した大鷲の姿に、ほぅほぅ—と、頻りに首を上下させている。

 大鷲は私の肩へ着地すると、胸を反らせていった。


『私は、大精霊プラヴァシです。夜露死苦(よろしく)!』


 プラヴァシも既にリーブリヒに毒されていた。だが、そんな事は今の私にとってはどうでも良い。

 私の暗黒面を察したと思わしきプラヴァシは、即座に私の肩から離脱して、アイマスの肩へと飛び移る。

 プラヴァシの乗っていた場所を、ナイフの輝きが通過していた。無論、私の仕業である。プラヴァシを殺傷せしめんとしたのだ。

 それを見たプラヴァシは、怒りに満ちた目を私へと向けてくる。


『真…何をするのですか?場合によっては貴女と言えども—

「うっさい!こっちの台詞じゃボケェ!忘れろ!即座に忘れろ!いや、焼き鳥にしてやる!」


 プラヴァシは半眼を私に向けると、ニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。


『忘れろというのは、どれの事ですか?トイレで必ず貴女が口遊む鼻歌の事ですか?湯浴みの度に乳を揉んで大きくなーれ—と、魔素を胸に溜め込もうとしている事ですか?彼氏が欲しい—と、事ある毎に呟いている事ですか?貴女の初恋の相手である、小学三年生の頃の担任の森先生の事ですか?それとも—

「ぎゃー!最早許さん!焼き鳥待った無しだ!そこを動くなぁ〜!」


 地味に初恋の相手までバラされた。

 怒りに燃えて、弓をプラヴァシへと向ける。これに慌てたのはアイマスである。当然であろう。プラヴァシはアイマスの肩に載っているのだから。


「いやいや待て待て!やるなら私を巻き込むな!私だって彼氏欲しいんだ!まだ死にたくないぞ!」


 アイマスも何かをカミングアウトしているが、知ったこっちゃない。

 それに、プラヴァシはなおもこちらを挑発する。


『ふふふ。その胸で彼氏?彼女の間違いなのではないですか?』


 怒りの炎が体の中で荒れ狂う。だが、不思議と冷静なもので、よし、こいつを殺そう—と、しめた後の事を考えている己がいた。

 弓を投げ捨てて構えれば、プラヴァシもまた鋭い目で私を睨みつける。迎え撃つ構えだ。


「巫山戯んなぁくそ鳥が〜!」

『巫山戯てるのは貴女です!一年待たせるとか何事ですか!』


 私が羽を毟り、プラヴァシが容赦なく突く。やがて戦いは終結し、激戦を制したのは—


『ふっ、ペチャパイ—いや、まな板の戦闘力などそんなものです』


 —プラヴァシであった。

 私は憎々しげにプラヴァシを睨み付ける事しかできない。

 けれど、まだ諦めてはいない。第2ラウンドの始まりである。再び構えたところで、リーブリヒからの拳骨が飛んできた。


閑話休題。


「ふぅん、じゃー時折こいつが夢で語りかけてたのか?」


 リーブリヒがプラヴァシに尋ねれば、プラヴァシは首肯する。


『ええ。ところが、このまな板は目を覚ませばすっきりと忘れやがりまして、何度声をかけても全然私を召喚する気配がないときたものです。流石の私も怒り、最終手段に出ると宣言した訳です』


 プラヴァシが胸を反らせて偉そうに語るのを聞いて、ぐぬぬ—と唸りながら、プラヴァシを睨みつける。

 アイマスは腕を組んでリーブリヒと共にプラヴァシの話を聞いており、ソティは苦笑しながら、私とプラヴァシに対して法術を行使していた。そんな奴を癒す必要はないから。


「最終手段ってのは何だ?」

『私は真の身体を母体として、この世界に生まれ落ちようとしました』


 アイマスの問いかけに、プラヴァシはしれっと言って退ける。

 刹那、世界の時が止まった。流石に高レベルとも言うべきか、最初に正気を取り戻したのはリーブリヒである。


「そ、そいつは…確かに最終手段と呼べる代物だ。ヤベーよ。やられる方はたまったもんじゃねぇ…」

「確かに焦るな…マコトは覚えていないまでも、凄い焦りようだったからな」


 リーブリヒとアイマスが顔を見合わせて頷きあっている。


「折角の処女出産のチャンスをみすみす逃したので御座いますか?」


 ところが、ソティだけは、私に残念な生き物でも見るかのような視線を送っていた。

 そんなソティの後頭部には、アイマスとリーブリヒの理解不可能を意味する視線が突き刺さっていたりする。

 私は嘆息して気持ちを入れ替えると、プラヴァシへと尋ねた。


「で、何であんたは、そんなにこの世界に呼び出されたかったのさ?」

『真、あんた呼ばわりはないでしょう。まあ、良いです—今この世界は何者かの悪意に満ちています。その原因を調査しなくてはなりません。取り除けるならば取り除きましょう』


 プラヴァシの言葉に全員が怪訝な顔を見せる。正直、何言ってんのこいつ?—という思いしか湧かない。

 アイマスがプラヴァシへと尋ねた。


「何者かの悪意って何だ?」

『それは…まだ分かりません。巨大な力を持つ何かとしか。力の波動が何処からともなく流れてきたのを感知できた程度です』


 アイマスは腕を組んで考え込む。

 私は立ち上がり、プラヴァシへと詰問する勢いで尋ねた。


「そもそも、プラヴァシは何であたしの中にいたのさ?何者な訳?」


 ところが、プラヴァシは首を振ると嘆息した。


『それはこちらが聞きたいくらいですよ。何故私は貴女の中にいたのか—目が覚めたら貴女の中にいたのですから、知る由がありません』


 なんじゃそら?—と、眉を寄せる。

 更に食い下がろうとしたその時、私のセンサー魔術が、魔力の塊を捉える。それは私達の程近くに急に発生した。

 どうやら、魔素が結合したようだ。結合した魔素は急激に周囲の魔素を取り込み勢いを増すと、近場の石塊の中へと宿る。


「待った。ゴーレムが生まれる」


 投げ捨てた弓を広い、弦を弾く構えを見せれば、アイマスとソティも直ちにそれに続く。

 プラヴァシは私の肩へと降り立つと、告げた。


「私は大精霊です。そんじょそこらのチンケな精霊とは、同列に扱う事を許されない程の力を持っております。その力、貴女へ貸しましょう』


 訝しげな顔でプラヴァシの話を聞いていたが、ふと気が付けば、魔力の流れが力強くなったのを感じる。

 思わずプラヴァシを見るが、プラヴァシは何も言わずに前方を眺めている。


「ほう、魔物が発生する瞬間を見たのは初めてだ」

「なかなかに興味深い光景で御座いますね」

「俺も初めてだ。こうなんのか」


 私達の視線の先では、十体前後のゴーレムが生成されようとしていた。石塊が周囲の石塊と混じり合い、次々にゴーレムらしい形を成してゆく。やがてそれは完全にゴーレムとなり、立ち上がった。


「っし、行くぞ!作戦は先と同様!前に出る!」


 アイマスが即座に前へと出ようとするが、そのアイマスの横を一本の矢が通過する。放たれた矢はアイマスを追い越した途端に十本に枝分かれして、立ち並ぶゴーレム達の魔石があるであろう胸部を過たずに穿った。


(…え?今…あれ?私が射ったの?…いつの間に?…)


 己の成した事に目を見開いて驚いていた。

 的確に魔石だけを狙った複数攻撃など、今の今まで出来る事ではなかったのだ。

 何となく出来ると感じてやってみれば、本当にできてしまった。それも、ほぼほぼ無意識のうちに。

 更には、使用した魔力など、今までの戦闘に比べれば格段に少なく、これまでの戦闘で例えるならば、ゴーレム三体分程度だ。


『真、貴女の魔力制御やその他の些事は私が補佐します。今や貴女は人間では有り得ない程の魔力制御能力、演算能力を有しているのです。この程度のゴーレム如き、敵では有りません』

「…マジか…」


 それしか言えない。プラヴァシは想像以上に優秀な精霊であるらしい。

 アイマスは未だに固まっていたが、ソティとリーブリヒもまた固まっていた。

 やがて、我に戻ったリーブリヒからゴーレムを百体倒し終えた事が告げられると、私達は複雑な顔で首肯した。最後が最後なだけに、実感が湧かない。


「さて、後は特殊個体ユニークをぶっ潰すだけだが、早速行くか?」


 リーブリヒに尋ねられると、私達は顔を見合わせる。考えるまでもない。

 アイマスがリーブリヒへと向き直り答えた。


「ああ、勿論だ。案内してくれ」


 その言葉にリーブリヒは満足げに笑う。


「へへ。摩武駄致(マブダチ)の頼みとあっちゃあ断れねぇな」


 断れないらしい。つか頼みじゃなくて仕事だろ?—と思ったが、口には出さない。

 そんな私の脳裏に、プラヴァシから念話が届いた。


〈あ、貴女の考える事は私に筒抜けなので、今後はピンク色の妄想は控えてください。貴女の妄想は色々と歪み過ぎていて吐きそうです。男に夢を見過ぎですよ〉

「ほがぁぁぁぁぁ!!つくねにしてやるぅ!」

「おいっ!どうしたマコト!?」

「アイマス!そっち抑えろ!」


 吠える私を抑え込むアイマスとリーブリヒ。

 頼む。行かせてくれ。あのクソ鳥はここで始末しなくてはならないのだから!


『ははははは、愚かなりまな板。あ、ソティ、肩借りてます』

「ぶち殺ぉぉぉす!」


 閑話休題。


 さて、特殊個体ユニーク目指して歩く私達であるが、私の活躍が目覚ましい。


「あ、その先も隠し通路あるよ」

「お?また何か見つかるかもな」


 私はプラヴァシの力により、センサー魔術で色々と見えるようになったのだ。それは完成したMAPがある事と同義であった。

 もはや私には、魔力により隠蔽された目には映らない仕掛けや、幻覚の壁なども意味を成さない。

 地図にはない隠し通路を数多く発見し、その先に眠る特殊個体ユニークや、レアな鉱石などを幾つか確保していた。


「ただでさえお前らはDランクじゃ頭一つ抜けてたってのに…もはやCでも頭一つ抜けてるかもな…索敵・探索能力に至っては…多分世界一だ」


 リーブリヒは苦笑しつつ、誰ともなしに呟く。

 モスクルにどう報告したものか—とでも、悩んでいるのかも知れない。


「身体が軽いな!」

「今までエンチャントというものを甘く見ていたので御座います。ここまで変わるのですね」


 そしてプラヴァシだ。こいつ自身の魔術も凄い。

 プラヴァシは直接的な加護こそ私にしか及ぼせないが、エンチャントにより私達を大幅に強化できるのだ。

 リーブリヒの見立てでは、既にこのパーティはBランク中堅六人パーティと並ぶ強さを持っているらしい。


「この壁はかなり薄いよ。アイマスの力なら壊せると思う。奥に通路が続いているね」

「いよっし、壊すか!」


 私の言葉に、アイマスが壁へと盾を打ち付ければ、二発目には皹が入り、四発目には穴が空いた。

 それを認めたソティは、地図へと新たに通路と注釈を書き足してゆく。

 ところが、私達がそのまま奥へ歩き出そうとした時、リーブリヒが私達を制止する。何事か?—と、リーブリヒへと振り返る私達に、リーブリヒは言った。


「この迷宮は迷宮主ダンジョンマスターが発見されていねぇ。この通路は長そうじゃねえか?下手すりゃぶち当たる可能性があんぞ」


 本当は言ってはならない情報であるはずだ。試験中の助言である。リーブリヒはそれを口にした。


「…それ、言っちゃダメな奴でしょ?」


 私の言葉に、リーブリヒは笑った。


「お前らは、合格だ。悪戯に死なせたくねぇ。それと、こっからは独り言だな」


 そう言って、リーブリヒは更に続ける。

 迷宮主となれば、今の三人より五段は格上の相手が出てくる事であろう。それは流石に危険すぎる。リーブリヒですら、一人では勝てると断言できない—と。


「だってさ。どうするの?」


 私がアイマスへと尋ねると、アイマスは考えるまでもない—と、即座に言った。


「引き返そう。私達だけならまだしも、リーブリヒもいる。リーブリヒはきっと未熟な私達を守ろうとするだろう。私達が足手纏いになってリーブリヒを失ったら、迷宮主ダンジョンマスターに例え勝てたとしても、後味は最悪だ。私達はまだまだ迷宮主ダンジョンマスターに挑むには力不足だ。今回は、この迷宮を攻略出来そうな糸口を見つけた事で満足しよう」


 アイマスの言葉にリーブリヒは破顔して言う。


「はっ、誰が迷宮主ダンジョンマスター如きにやられっかよ。だが、お前の判断は最高にクールだと思うぜ」


 私とソティも和かに言う。


「いやあ、アイマスの事だから正直、そんなの関係ない—とか言って、突っ込むんじゃないかと少しだけ心配したよ。ま、信じてたけどね」

「私も、私より強い奴に会いに行く—とか言って、突き進むのではないかと少しだけ思っていたので御座います。当然、信じていたので御座いますが」


 とても信じていそうには聞こえない私達の発言に、アイマスは快活に笑って照れた。


〈今の、褒めてませんよね?〉

(シャラップ)


 さて、私達は隠し通路から引き返して本道へと戻ると、リーブリヒの誘導に従い、目当ての特殊個体ユニーク目指して歩き出す。

 私は他にも未発見と思われる通路をセンサー魔術—もといMAP魔術により発見しているが、特に何もしてはいない。

 迷宮主ダンジョンマスターがいるかもしれない以上、悪戯に隠し通路を繋げる事は、危険と考えたからだ。

 そのまま本道をしばらく戻り、途中で支道へと入る。支道は未だに多くのゴーレムが残っていたが、もはや私達には警戒すべき敵ではなかった。やがて、私達は特殊個体ユニークの元へと辿り着く。


「この先の広間に奴はいんよ…今更問題ないとは思うが、十分に気をつけな。場合によっちゃ俺も出る。不安のねえよーに先に言っておくぜ。この後の結果に関わらず、先に言った“合格”はもはや覆らねぇ」


 リーブリヒの言葉にガッツポーズで喜ぶアイマス。

 いつもと変わらぬ柔らかな微笑みを少しだけ深くするソティ。

 そして、言っちゃあかんやろ—とジト目を向ける私。三者三様の合格通知であったが、やる気が出たのは皆一緒である。


〈なら、行かなくても良いのでは?〉

(え!?あ…うん、そうだね…でも、言えないよ?なんか…空気的に)


 プラヴァシの言葉に喜びも何もかもを吹っ飛ばされたが、それを口にできる空気でもないので、嫌々ながら特殊個体の姿を確認する。行かなくて良い事に気が付いた今、やる気などほぼでない。

 さて、私達の前には、通路を埋め尽くさんばかりの、巨大なゴーレムが四つん這いで佇んでいた。

 巨大過ぎて立ち上がれないのだ。魔石はおそらく胸部であろうが、胸部を攻撃するためには、兎に角表面を削る必要がありそうである。怠い相手だ。

 それはそれとして、アイマスが私とソティに向けて告げる。


「うし!じゃあ行くぞ!作戦は変わらず。壁はスイッチ体制。マコト、プラヴァシ、頼む!」

「あいあいさー」

『任されました』


 アイマスの求めに応じて、私が攻撃魔術を展開すると同時に、プラヴァシは私達を強化してゆく。


『プロテジョン・アタック、プロテジョン・マジック、オバー・アタック、オバー・マジック、オバー・クイック、シャドウ・ミラー、トリプル・スペル…良いですよ!』


 私が放ったのは無属性の魔力矢、そしてそれを追随する無数の魔力矢の魔術である。お気に入りのくせに、名前のまだない可哀想な魔術である。

 引き放たれた矢がゴーレムへと迫る。そしてそれに追随する二本の魔力矢。トリプル・スペルの効果により、一つの魔術が三つに増えたのだ。


「うえっ!?」


 驚き僅かに距離を取る。私の手元に浮いているはずの光球は、一つではなく三つあったからだ。

 アイマスもまたゴーレムへと突っ込まずに横に距離をとった。ゴーレムに迫る三つの矢は、それぞれが異なる弧を描いてゴーレムに突き刺さる。

 貫通こそしなかったものの、この後にゴーレムを待つのは無数の光輝による刺突攻撃である。一本の矢を起点にしたものですら過剰な破壊を齎す魔術である。三つ同時に起動したら、それはさぞかし盛大な花火になる事であろう。

 呆気にとられて起動コードを言い淀んでいると—


「ファイアで御座います!」


 いつまでも起動コードを入力しない私に焦れたのだろう。ソティの言葉に三つの光球から一斉に光の矢が弧を描いて降り注ぐ。

 アイマスはそれを認めると、大慌てで更に離れる。猶予の見積もりが甘かったのだろう。

 うわぁ—と、声を上げるしかできない程の光輝がゴーレムへと突き刺さり、コバルトを削り落としてゆく。


「マコト、第二射準備!待機に入ったら連絡!」

「了解!」


 光が収束するや否や、即座にアイマスとソティはゴーレムへと向けて駆け込んでゆく。そんな二人の横を追走する影がある。

 シャドウ・ミラーにより生み出された影の戦士である。アイマスとソティの動きを完全に再現した戦士も、またゴーレムへと迫った。


『グオオオオオオオ!』


 巨大なゴーレムが唸り声を上げる。頭部など見当たらないが、発声器官があるらしい。その雄叫びを聞いたプラヴァシが注意を促す。


『今のは魔力の波動が含まれていました!攻撃行動と誤解した周辺のゴーレムがわんさかと寄ってきますよ!』

「でかい癖に雑魚敵も呼ぶの?全く勘弁してよね!」


 四つん這いになり二本の腕で上半身を支えるゴーレムであったが、その右腕へとアイマスが斬りかかる。強化して切れ味を増した剣による一撃だ。


—ガキン—


 剣は腕を半分程切り裂いたところで停止する。だが、アイマスと左右対称に追随する影の戦士の放った一撃もまた右腕へと突き刺さる。

 ゴーレムの右腕は、手首をアイマスに一撃で両断された。

 腕を組んで見ていたリーブリヒだが、私とアイマスの快進撃に、流石に目を見開く。


「おいおい、そいつのエンチャント魔術…反則じゃねぇか…」


 —なんて声が聞こえた。私もそう思う。

 さて、アイマスは即座にその場から離脱した。ゴーレムが崩れ落ちてきたからだ。

 ソティの影はソティのやや後ろを付いて走る。ソティとズレた位置で、全く同じ動きを繰り返すように追走する影に、ソティは満足げに頷き、ゴーレムの胸部の隙間を駆け抜けながら鉈で深く斬りつける。

 その後に僅かに軌道を逸らした、ソティの影の一撃が振り下ろされると、ゴーレムの胸部には、深い二条の傷跡ができた。


「勝機だ!マコト!」


 アイマスが叫びゴーサインを掲げるが、生憎こちらの準備が整っていなかった。


「ごめん、もう少しかかる!」


 少し急ぎ過ぎたか—と呟き、アイマスは苦い顔を見せた。

 そんなアイマス達めがけて無数の雑魚ゴーレムがわらわらと集まりだす。長期戦の予感である。

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